ベートーヴェン ピアノソナタ総合 その35
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>>691
へー
この人の書籍が気に入って読んだけど演奏は聴いてない。 私は、カナダ ブリティッシュコロンビア州 バンクーバーを主な拠点として
世界的に活躍するピアニスト
新屋 宗一 しんや むねかず と申します。
Shinya Munekazu
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同性愛の何がいけないのですか? >>692
メジューエワに限らず今のライブ版と言われてるものはたいてい修正はされてるし、中にはライブの前後に会場で取ったものもあるよ
それにしてもメジューエワ、メジューエワって騒いでた屑はどうしちゃったのかな?発売になったら何も言わないと言うことは、若林工房の関係者か、CDショップの関係者だったんだろうな
ああ言うresは害悪でしかない
俺は元々メジューエワのソナタは聴いてみるつもりだったんだ。この手のソナタを聴けば其のピアニストの力量が分かるから
それにしてもこの程度の演奏しか出来ないとは情けねえな
まあそれなりに評価されていれば、もっとメジャーなレーベルからお呼びがあるだろうけどな アファナシエフでさえ、若林工房から一時期出してたんだけどな
今は SONY だけど >>696
それは一時的に出してただけだろ
それにアファナシエフなど海外ではどれくらいメジャーなのか分からない
彼の演奏で評価できるのは、ブラームスの117、119くらいだな
奇を衒った演奏で俺は気に入らない
アファナシエフのCDは一応色々もってるがね >>695
バカか
騒いでなんておらんわ 彼女の解説本がてめえみたいな滓の
独りよがりのとは違って誠実で中身があるということで紹介しただけだ。
演奏がどうなんて全くコメントしていないし俺自身聴いたこともないし
聴く予定もないわ
こういう滓は また頓珍漢なレスを繰り返すんだろうな >>698
とうとう君の本質が隠せなかったんだね、可哀想に
それと演奏の善し悪しと書籍に見られる誠実さとは違うんだよ
そんなことも分からないんだね
もっとも破綻した人格の持ち主では仕方ないが 評価できると言いながら、気に入らないという不思議w >>699
バカか
書籍の評価と演奏の評価を混同しているバカを指摘しただけだろ
案の定バカ晒しとるw >>700
そりゃ誰しも自分が会場1番の特等席で5ちゃんしたいからなw 言い合いしてる人達が「オフ会」なんかでは
大人しく普通に話するんだろうなと想像したら
おかしい。 朝まで生テレビは終わった後皆んなで
呑み会って聞いたことがある 失礼なことを言われなければ私は温厚です。
失礼なことを言ったやつは多分そういう会にも出てないし出ても借りてきた
猫状態でしょう。文面で分かります。 >>670
の視点で、ショスタコやら20世紀の作品を聴きなおしてみるのも面白いかもしれないし、もちろん各時代毎のベトソナ32番演奏の変遷を追ってみたり。 持っている全集はパールとブレンデル(デジタル)だけですが、
バックハウスの1954年カーネギーホールのライブが
何故か好きで、中高生の頃はむしろそれをよく聴いて
いました。
『テンペスト』終楽章の最後が全然楽譜どおりでない
独特の弾き方です。ピアノ教室で同じことをやったら
先生に注意されるだろうけど、大家がやると許される、
というか称賛される。そんなことを思いながら聴いて
いました。 このスレで何時だったかバックハウスのモノラル版が良いなどと聞いたので手に入れてみたが、言われているほどではなかったな
まあステレオ版に比べればテクニックの点では優れているようには思えたが
書かれていたことを信じて手に入れたというよりは、一応自分の耳で聞いてみる必要があるだろうと想って聞いたのだが、やはり想った通り俺にはだめだったな >>713
俺もステレオの方がすき。より大きなうねりのある演奏。
モノならライブがいい。 俺はケンプの方がまだ良いな
しっかりとした構成、透明で引き締まった和音の響き、バックハウスよりテクニックの点ではさらに劣ってるがこのあたりが良い
でもなんといってもアシュケ、バレンボイム、パールだな バックハウスのライブにかなう人はいない
命かけてやってるからね
FMでブレンデルの18番聞いたけど、俺のイメージとは全然違った
鳥の羽で背中をなぜられてる感じ 18番とか23番のライブを聞くと、ここまでギリギリやるかと思うほど白熱している
やっぱ、ベートーベンとバックハウスって、前世でなんらかの因縁があったとしか思えない どうでもいいけど月光の1楽章が退屈だからプレストで弾いてみたら結構かっこよかった >>717
命かけてるって、確かに最後のコンサートでは半分死んでたけどさ >>721
エレキギターでやりそうなひといるよねw 6時のFMで野際陽子の話をしてた
病気を押して仕事してたんだって
彼女の人となりを情感いっぱいに話してた
おれは、なぜか嫌になって、FM切ってベトソナ聞いた
芸術と愛情を天秤にかけたら、愛情が勝つと思ってた(寅さんの「夕焼け小焼け」)
でも、今日は、べたべたした人情話より、品格のあると思われる芸術を選択した
愛情なんて一時の感情であって、芸術に生きる方が人間としてまっとうなんかな ベートーベンのピアノソナタ曲は月光とか悲愴みたいな有名なやつしか聴いたことなかったけど、最近は読書する時にYouTubeで全曲通して流してたら他の曲もどれもいいな。
32番って鳥肌立つわ。ベートーベンやっぱ天才だわ。
聴力失わなかったらもっと良い曲残してたんだろうに惜しいな。 >>728
>聴力失わなかったらもっと良い曲残してたんだろうに惜しいな。
人間としてはもっと幸福に生きられただろうけど、作曲家としての発展はベートーヴェンの場合は難聴という苦悩と切り離せないと思う
よってこの点は同意しない >>729
同意
ピアノに関しては聴力のハンデは無いのでは >>729
その苦悩と闘った故に芸術性が高まったとか昇華したとか捉えたらドラマティックではあるんだけど、シンプルに作曲の妨げなだけだったと思う。
他の作曲家より寡作なのも、耳のせいで一曲一曲書き上げるのに難儀した部分大きいでしょ。 聴力失せたから素晴らしいのではなく、聴力失せても素晴らしいものを作ったのですよ。 スメタナとフォーレも聴覚障害になったんだっけ?
作曲家としてはベトより格落ちするかもしれないが 耳が聞こえた頃の作品は他の同年代の作曲家の作品と比べて
出来はどうだったんだろうか? ピアノに口に咥えた棒を当てて音を確かめたというのは聞いたことがあるが、ピアノなら音は頭の中で鳴らせるはず
音楽やるなら聴力に問題など無くても全く音楽性の無い人の方が難儀だと思うが >>736
後発の利点はあるにしても、ベートーヴェンの場合は出発点から既にハイドンの円熟期、
モーツァルトのK400番前後(ハイドンセットなど)と同程度の完成度と内容がある
op.1のピアノトリオ、初期ピアノソナタ、弦楽四重奏曲op.18、交響曲第1番第2番
いずれもハイドンやモーツァルトの最高のものに全然劣らない ガキの頃からピアノに馴染んでいれば難聴自体はなんとかなるとは思う。 >>739
自分で弾いたり聴いたりする楽しみはもうなくなるのかな? >>738
そうだよね、初期ソナタの3,4,6,7,11,12なんかも素晴らしいよ
後期になるほど完成度が増して、32番で極致に達していながら、可能性が開かれている
ってことは、どうなんだろう?
むしろ、中期の13,18,23,28なんか完成品に感じる
だんだん進歩していくって発想は、ベトソナには当てはまらないと思う ベートーヴェンの頭の中には、
脳内再生上等な仮想のピアノがあったと思う 絶対音感半端なかったろうし、聴こえてた頃に蓄えてた楽器の音を頭で再生出来たんだろうけど、それでも骨伝導の道具使ったりってのはやっぱリアルな音を聴きたいからだしほんと作曲の足引っ張ってたと思うよ 確認の手段として棒を使ったという話
仮にもプロだぜ
聴覚に不自由が無ければ別の人生を歩み違う相貌の作品を生み出しただろうよ
盛んに足を引っ張ったとか言ってるヤツは作品を改訂して見せていただきたいもんだな >>744
完成したものは、進歩も進化もしない
完成していないと、進化がある >>751
言葉の上では成る程と思うけど
進歩も進化もしない 完成したものって何があるの? ある、勝義諦における真理
ベトソナなら、13,18,23,28,31
変更できないんじゃないかと思う ベートーヴェンはある時点時点での彼の芸術を完成させつつ、しかも生涯を通じて発展させて行く
ベートーヴェンをよく知りたいと思う人は必ずハイリゲンシュタットの遺書は読むべきだ
ベートーヴェンの場合は、生涯と作品とを切り離すことは出来ない
ベートーヴェンの生涯が彼の作品を完成させ、また彼の作品が彼の生涯を完成させている。 完成の定義も無いし個人によって違う
そんなもの無いって皆んな薄々知っている
751さんの言っている事はカッコ良いけれど
全く無意味だと思いますよ ベートーヴェンが作ってようがクライスラーが作ってようが楽曲の価値は変わらない >>756
そうなんだ、ベトソナを聞くと、ベートーベンの肉声が聞こえてくるようだ
他の作曲家の場合、音が独立して鳴っていると感じることが多いけど
ベートーベンは、ピアノソナタから、彼の人格そのものが聞こえてくるようだ
ロマン派の特徴なのかな そう感じることは紛れもないロマン主義者の特徴だね。
ロマン主義を拒否したベートーヴェンとは大違い。 ロマン主義を拒否したって、どっかに書いてあるの?
古典派のバッハを聞くと、音そのものの様式美があって
バッハの人間性が現れているような気がしないけど
ベートーベンはその人格が曲に出ている気がするって言いたかったんだけど 作品は全て人格を表すんじゃない?
それに寄り添えるかそうでないかであって
そこは好みになるのではないかと。 >>766
さあな
人格の影響を受ける面はあるかも知れないが
人格なんか考えないで聴いてるけどな
オペラも人格を表してるの?
作品を聴いて人格を云々する自信はないな 俺も作品を聴いて人格を云々する自信は無い。
『悲愴』の第一楽章と第二楽章を例に挙げたら
どっちがベートーヴェンの人格に近いんだ? >>766
そういういかがわしいオカルチックな考え方が、佐村河内守をうみだしたんだよね。
あれだけベートーヴェンを賞賛して、ロマン主義の旗手に祀り上げようとしたホフマンらに、ベートーヴェンは見向きもしなかった。
ちょうどロマン派の時代に古典主義者ショパンが、シューマンによる賞賛を鼻で笑ったように。
ベートーヴェンの興味の対象は同時代ではモーツァルト、ゲーテ、シラー、カント、古いものではヘンデル、バッハ、グルック、シェイクスピア、ホメーロス、プラトーン、インドの古典だった。 人格というとアレだが、性格や思想面、当時の時代状況は多少なりとも反映されるんじゃないか つかクラ板ってたぶんご年輩の方が多いだろうから敢えて連投しとくと、
麻央さんが亡くなった朝の海老蔵ブログの楽屋での写真見たでしょ?あのものすごい真っ青な麻央さんのお姿。
あれこそがいわゆる神なる存在の輝かしき証明なんだと俺は思ってる!あの何とも真っ青なお姿!
ゆえに皆さんも来世の希望は決して捨てぬように。 チョット、何言ってだかわかんない(富沢)
麻央さんは、かわいそうとしか言いようがない
海老蔵みたいな非常識と結婚するからこういうことになる
愛之助とはえらい違いだ >>770
ベートーベンは特にカントが大好きだったらしいね 人格っていうから、よくなかったかな
ベトソナを聞くと、ベートーベンその人を感じてしまうんだ
ベートーベンがピアノに向かって作曲している姿が思い浮かぶ
素肌感覚っていうのかな、命みたいなものを感じる
バッハを聞くと、ただ心地よい音だけが聞こえてくる、バッハの人となりは感じない
ドッチがいいかってことじゃなくて、そう感じるんだ 初めて聴くオルガン曲でも
バッハってヤッパリこうなんだと思う >>776
>ベートーベンその人を感じてしまう
人格 を言い換えただけ >>776
聴覚に障害が出てからはピアノには向かわなかった気がするが >>776
その妄想力には恐れ入るが、音楽を聞かないならここに来るべきじゃないね >バッハを聞くと、ただ心地よい音だけが聞こえてくる
俺には無理だ。鍵盤楽器作品ひとつにしても
耳に心地よいのは『平均律』冒頭のハ長調前奏曲ぐらいで、
他は聴いていて緊張する。 その大戦後の一時期広まったんであろう流説に乗っかれるほどベートーヴェンの音楽には自然な音楽的な流れがあるんだと気づこう そういう意味で、グールドの声入りバッハはいただけない
ベトソナならありか?やっぱ、やだね
交響曲だとウケる、5番の声入り演奏聞いたけど、緊張感が出てていかった グールドに限らんけど声入りは気持ち悪いから勘弁してほしい アラウの鼻息やゼルキンの呻き声は良いのか?
ベトソナ録音にも盛大に入ってるぞ >>775
男ならそれはみんな好きだろ。
梅毒もらうほどかどうかは別として。 >>788
カントを何か別の物と勘違いしてないか? 英米人はカントと言いたくないので
わざとキャントと発音する人もいるようだな
そうすると不能みたいになってしまうが ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています