バッハのあとに続くものって誰?
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後世の後知恵視点で見たって, 当時当人たちがどう思って活動したかなんてわからないでしょ. バカはそこを間違える.
>>56
次男より長男のほうが父親成分が濃いね. いちおうまだ教会音楽家だったし.
>>57
「影響」とか言えばいいんじゃない? 聞き専とってはなんでも後知恵
自分で楽譜読めないから Bachは時代遅れって言われる事多いけど
宇宙や神様を描こうとした人が多い時代に
結果的に個人的な匂いのする音楽を書いたのは
逆に新しかったんじゃない?
85年後のベートーヴェンに繋がったんじゃぁ・・・ モンテヴェルディーはいい響きだなと感じる時があるがBachは意外に
ない。Bachは和音の移り変わりに陶酔させる力がある。
宗教洗脳の麻薬のような作用。 生前のバッハは作曲家としての評価がそれほど高くなかったと聞いたが本当なのかな
ライプツィヒの音楽監督だったぐらいだし分かる人には認められてたんじゃないかな >>72
へぇー
あんた通奏低音読めるんだ。
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9NZ >>72
>>73
私はオルガン弾くんだがw
>>79
本当. Leipzig市はTelemannに断られて, 「二流の人でも仕方がない」と言ってBachと契約した. 新ウィーン楽派の三人、特にシェーンベルクとウェーベルンへの影響は大きいでしょう バッハの影響でデタラメ書きましたってか?
笑わせんな
ゲソヲソ板から出て来んな >>79
ライプツィヒ時代のパルティータと
ザクセン時代のゴールドベルクでは
演奏感が全然違う。
ライプツィヒ時代はクラブサン
ザクセン時代は2段鍵盤のチェンバロを
使用していたと推察される。
何故ならパルティータには小節を跨ぐ持続音
そしてゴールドベルクには両手の交差及びに
同一音を右手及び左手で同時に弾くように
書かれた箇所が目立つからであり
これらは各鍵盤楽器の特性と合致する。
これはいいとしてザクセンの領主だった
ザクセン・ヴァイマール公はこの土地を離れると
言い出したバッハを城内に幽閉した事がある。
バッハは自分の仕事に理解を示さない役人と
殴り合いの喧嘩をした事もある。
実質後世にバッハの作品群の真の価値を発掘したのは
メンデルスゾーンと言われている。 >>74
バロック時代だよ?
ルネサンスと間違ってない? バッハに続くものはエマニュエルバッハでいいと思う。 エマニュエルバッハはまさにバロックと古典派の中間にいてる感じ
末っ子バッハになると完全に古典派音楽 バッハから古典派って何か全然違うよな
楽器がチェンバロからピアノフォルテにとって変わられるようになったからか?
モーツァルトやベートーベンの作品にはバッハのかけらも感じられない >>94
そりゃ、モノフォニーだからだ。
モーツァルトも、ハ短調ミサ曲は面影がある。
レクイエムは全然だが。
ニマジ前奏曲とかブラームス4の4楽章とかは、バッハの臭いがする。 バッハの完璧なポリフォニーに馴染んでしまうと、他の音楽がスカスカに思えてしまう。
同時代の作曲家ですら、弱々しく感じる。
モノフォニーを聴くときは、頭の中で対旋律を作っている自分がいる。
プロコフィエフ(曲は忘れた)はその作業が不要で、楽だ。 モンテベルディからラフマニノフまで和声的には大して変わらない。
歴史の中にいる人にとっては大きな変化であっても、外から眺めると実に微々たるもの。
19世紀末からの50年で大きく和声はそれまでの300年以上に変化して、そこで頭打ち。和声というもの自体が終わった。 >チェンバロからピアノフォルテにとって変わられるようになったからか?
それまで得られなかった音の強弱を音の数で表していたんだとすれば
あながち無関係ではないだろうね。鍵盤曲なら
大バッハと古典派も終わる頃のモツとの比較ではなく
バッハの先達ラインケンやフローベルガー、Bux、
そして大バッハの長男や次男の作品も聴いてみるべきだ。 ルネサンスからロマン派まで和声が変わらないとか
和声が終わったとか
多分自身が和声のことわからなち外から眺めるだけの人だからこその発言なんだろうけど バッハの曲ってピアノじゃつまらないよな
ショパンみたくまるでオーケストラのような濃密なピアノと違って、
バッハのはスッカスカ
チェンバロじゃないと良さが出ないんだろうな 俺は知識がない頃知ったかしてた
ネットの例えばウィキ程度のものが知識だと思っちゃってたのかな
恥ずかしいね
あの頃のレス消したい、失礼なこと言った人に謝りたい バッハに続くのはラップだろな。
メロディーからライムへのアンチテーゼ。 >>107
ショパンはバッハの平均律を弾きながら、
「これに比べたら私の作品など落書きだ」と言ったとか言わなかったとか >>105
確かに、バッハは自分のオルガン・チェンバロ・バイオリン演奏が基準で作曲していたと言われるな。
バイオリンは強弱すごいが、関係ないのかもね。
バッハのチェンバロ曲をピアノで弾くとき、ものすごいクレッシェンド・ディクレッシェンドつける人がいるが、いやらしいだけ。
そう演奏するようになっていない。 オルガン・チェンバロは打鍵で強弱をつけるんじゃなくて
ストップで音を増やすからね
ひとつの音に3度や5度の音がセットで鳴るような
仕組みになってるのもあるから
ピアノの強弱とは違う類のやかましさ・にぎやかさになる。 弦楽器の場合はコンチェルティーノにリピエノが呼応して
音の増減をしているし
(もとから音が大きいダブルリード系と金管は野外用だった) 弦楽器の場合はコンチェルティーノにリピエノが呼応して
音の増減をしているし
(もとから音が大きいダブルリード系と金管は野外用だった) ストップで音を増やす というのは誤解で
一斉に鳴らしたマックスな音をストップして減らしているというほうが
正しいのか 笑 >>109
ウィキ自体知ったかぶった記事があるしねえ フーガの技法は未完にもかかわらず後期ロマン派の作曲家たちの手本になってたと聞いたことがある。
マーラーは自身の交響曲を作曲する際、SATBの四段スコアを使ってスケッチするところから始めたとか。 それはフーガの技法と関係なく、標準的な対位法実習の際の楽譜の書き方を流用してるだけでは?
自分も対位法実習はSATBでやったよ。今はどうなのか知らないけど。 うん、だからその標準的な対位法実習の方法自体がバッハを基礎に確立されたのではないかと。
本当のところはどうか知らんけど。 まあ実際の作曲技法はともかく、後期ロマン派の作曲家にとって、
溢れ出るロマンティックな情感に一定の形式的な支柱を添えるのに
ベートーヴェンの交響曲と合わせてバッハの対位法的な作品群が
大きな存在であったのではないかと言いたかっただけ。 対位法実習のやり方はフックスが世に広めたもの。あの一行一声部の記譜法はもっともっと昔から。 改めて、モーツァルトの「ハ短調ミサ曲」は、非常にバッハ的だと感じた
ポリフォニーがふんだんに使われ、BWV4の旋律が出て来る
モーツァルトも、やれば出来るんだから、もっとバッハ的なのを作曲してほしかった え?ジャズじゃねーの?キースジャレットとかもバッハ弾くしアメリカの宗教音楽wから始まったようなもんだし
グルーブが似てる感じがする >>129じゃないけど
実際ジャズの手法とバッハのそれは結構似ている
細い転調をもとに曲を展開していくところとか
グルーヴはちょっと違うと思うが で
バッハに飽きたなあと感じたら
次は誰に行くものなの?フォーレ?シベリウス? パイセンにさかのぼるか
息子や弟子にくだるか
ビートルズやクイーン草 に高跳びするか 俺は、モノフォニーはダメだわ
裏旋律を自分で作りながら聴いている
プロコフィエフはその努力が少なかった記憶がある >>133
名前で選ぶ派?
そうでなければ周辺の名曲のがいい
ビーバーの無伴奏はバッハのそれを超えてるから 133だけど皆いろいろありがとう
とりあえずバッハとほぼ同時代のヴァイスにチャレンジ中っす
子守唄に最適
ロボは…ワルシャワフィル版なら好きw
ゲームソフト越しだったけど >>133
わたしはユーロビートを強く薦める
あのリズム感は、根底にバッハが流れている メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、ブルックナー ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています