フルトヴェングラーの演奏スタイルが1952年以降に晩年様式に変わったきっかけは
肺炎を患って長い療養を強いられて以降に体力が衰えたと思われる一方で
トリスタンのスタジオ録音が本当の理由だったかもしれない。
つまりまるで夢遊病のように演奏中は忘我の状態であった演奏を振り返り
どの角度からみても古典的な風格をもつべきだと気が付いたのかもしれない。

実は同じようなことがスキーで骨折した1941年にも起きており
そのときラジオ放送を聞いたことで一連のマグネトフォン録音につながった。
戦後のラジオ放送にも協力的で多くのライブ録音が聞けるのは幸いなことだが
1本マイクへのコダワリは最後まで続いた。有機的な響きを大切にした結果だ。