ムソルグスキーについて語ろうそのA
編曲物の方が有名なのと作品がピアノ曲・歌曲に偏っているせいで
オリジナルで演奏会にかけられる作品が少ないから
チャイコフスキーと違って影が薄いよね
ボリスは傑作だけど そういえばボリス・チャイコフスキーという作曲家がいたな 展覧会の絵スレがあるのにそちらはガン無視で次スレ立ててるの草 作品数がこれだけ少なく、しかも原典のまま演奏される曲が殆ど無い作曲家で、こんだけ人気があるのはなんでなん?
ずっと疑問。とか言う俺も好きなんだけど >>7
ボリスが素晴らしいからなあ
モーツァルトやヴァーグナーにも匹敵する >>10
でもあのスレを無視して立てるのはちょっと >>8
ムソルグスキーの人気=展覧会の絵の人気
ボリスなんか聴いてるやつほとんどいない ホヴァンシチナは未完なのがなあ
第二幕のマルファ、シャクロヴィートゥイ、ドシフェイ、ゴリーツィン公、ホヴァーンスキー公の
メゾ&テノール&バリトン&バス二人の五重唱聞きたかった >>7
あのレーピンの絵もでかいかも
ま、俺も普通に音楽として好きだが あの肖像画は完全に精神が向こうの世界に行ってしまっているのに
着ている服が上等な品なのが悲しくなる ムソルグスキー家ってロシア貴族の中ではどの辺に位置付けられるのだろう
英国で言うところのジェントリだけどバヤールやクニャースではないよね ボリスだとシュイスキー公が一番好きだな
ああいう狡猾な悪役いいよね はようコロナが収まってほしいんじゃ。
そうすればモデストの曲も聴けるのに 歌手さえいればまた上演できるよ
問題はいつ終息するかという事と、それまでにムソルグスキーが地位を保っていられるかだ
ようやく最近ホヴァンシチナもオペラハウスのレパートリーとして定着し始めた頃だったのに クーベリックにはボリスの演奏歴があるわけで、
グラモフォンあたりが、スタジオ録音してくれてたらなー、
と残念に思う DGGはスラヴオペラに関心が低い印象 海賊盤を堂々と貼らないで
5ちゃんで言っても仕方のない事だけれど フリッチャイのボリスって存在しているのだろうか?
音楽性が似ているヨッフムやクーベリックはあるよね
後何でもやるヤルヴィ父やハイティンクが実は手をつけていない 未完 「サランボー」の巫女たちの合唱って名曲じゃない?
アバドの録音聴いて結構感動した。 >>43
良い曲だよね
彼の合唱と管弦楽のための作品なら自分は「イェホーシュア(ヨシュア)」が一番すこ
単独ではアバドは録音していないけれど、
ボリスやホヴァンシチナに含まれる男声や女声合唱も狂おしい程愛している >>44
ムソルグスキーに関しては展覧会の絵と、禿山の一夜くらいしか知らんにわかなもんでして。貴方は中々の通っぽいですね。
彼の和声様式が私が1番好きなスクリャービンに通じる所があるので、聴き込んでみようと思いました。 >>45
自分はただモデストを愛するだけの者ですよ
スレにおいでくださってありがとうございます
どんどんムソルグスキーの沼にはまってくだしゃれ……
https://www.youtube.com/watch?v=P5ROs6YRbGw ボリスより「さて門閥貴族の皆さま、投票と参りましょう」
https://www.youtube.com/watch?v=FXq06hStRUo ホヴァンシチナより「川のほとりの草原で、私は夜を過ごした」
ボリスとホヴァンシチナより
男声合唱と女声合唱の名シーン置いておきますね >>45
それぞれラヴェルがオーケストラにしたバージョンとリムスキー=コルサコフが編曲したバージョンでムソルグスキーのオリジナルは聴いたことなかったりする人? >>47
流石にそれは聴いてますよ。禿山の一夜に関しては原典版の方が優れていると思います。 今日も仕事から帰ってきてご飯を食べたらムソルグスキーを聴く日々 このスレ展覧会の絵スレと違って初心者お断り感があるな 絵スレは作品については全く語れずどの指揮者がいいだのオケがいいだのしか語ってない印象 オケ版はラヴェルの編曲だから、どのオケがとかいうのは本筋じゃないよな、ここでは。 ホヴァンシチナって真夏のお話なんだよね
勝手に冬のイメージを抱いていたけれど ゴリーツィン公の夏の離宮に住みたい
迷路みたいな御殿とか面白そう イヴァン公の
「我が御殿で何の危険があるというのだ?」というセリフ妙に好き ホヴァンシチナの話ばかりしていると単曲スレ立てるぞ 過疎スレをさらに分けて過疎スレ作っても
ゴキブリの餌になるだけ このスレの話題がなくなるよ
禿山とホヴァンシチナと歌曲しか残っていないよ >>78
何という事だ……
老衰ではなくコロナによる死なのが悲C オペラボックス出るのに話題になってないね
このスレの人たちなら全員全部持っているか https://www.youtube.com/watch?v=4kEzapUpsE8
マルガリトフのショスタコーヴィチ版ホヴァンシチナ
上演されたのはブルガリアのソフィアかな? オボーリンの日本録音の展覧会の絵がCD化されたので聴いてみた。 ムソルグスキーが台本を書いている事もあるけれど
ホヴァンシチナのテクストってボリスよりずっと率直で素直だよね ボリスやホヴァンシチナをいつになったら聴けるのかな >>98
ラザレフのホヴァンシチナをお聴きになった方かな
正教徒の魂を知りやがって、許さんぞ!(羨ましいぞ) ラザレフと言えばショスタコーヴィチの「ステパン・ラージンの処刑」流れちゃったね
ホヴァンシチナやボリスからの影響が明瞭なショスタコーヴィチの傑作の一つなのに 猫(オス)飼うことになったんだけど、「ボリス」って名前は不吉かな?「ヴァクラ」も候補なんだけど。 第一幕のイヴァン大公「ご機嫌麗しゅう、マルファよ」
第二幕のマルファ「まるで迷宮のような御殿ですのね、大公様」
〃イヴァン大公「取次もなしに失礼いたしますぞ、大公よ!」
第四幕のゴリーツィン公の使者「ゴリーツィン公より遣わされました、
ホヴァンスキー大公よ、御身に危機が迫っておりまする!」
・イヴァン大公は息子を通じてマルファと旧知で
彼女に向かって丁寧な言葉遣いをしているのでマルファは身分の高い女性
・ゴリーツィン大公とマルファは面識の有無は定かではないが、
少なくとも彼がそれまでにマルファを屋敷まで招いた事はなかった
・G公の迷宮のような屋敷で迷わないので、
H公は以前からG公の屋敷に頻繁に出入りしていた事が窺える
・取次無しに他人の屋敷に入ってくるH公と違って
G公は窮地の時でも使者を立てているので貴族の礼儀は心得ている
こういうちょっとしたセリフにも人間関係が窺えるのがホヴァンシチナの醍醐味 ドビュッシーの聖セバスティアヌスの殉教に展覧会の絵そっくりのフレーズが出てきて草生える 今月のレコ芸記事で推されてた
ムソルグスキーのオペラもの全集
立ち読みだったんでうろ覚えだが
Profilだが多分これです
https://tower.jp/article/feature_item/2021/06/02/1104
Profil『ムソルグスキー:歌劇全集』(17枚組)
〜ゴロワノフをはじめ大半がメロディア音源による1946-1963年のボリショイ劇場黄金期の名演が収録!
https://cdfront.tower.jp/~/media/Images/Tol/pc/article/feature_item/Classical/2021/06/02_1104_01.jpg プーシキンの原作とボリスの台本
この違いをつまびらかにできたら論文が書けそうだなあ マリーナは「美しいが冷ややかで人形のような人」と称される美人だから
お世辞にも美人とは言えない歌手が彼女を演じているのを見ると生暖かい気分になる もうヨーロッパでは彼女が登場する1872年版or折衷版は殆どしないけどね。 愛しのサヴィシナ
聴いていると悲しくなってくる曲だ ○ちゃんと作曲家が完成させていれば立派な作品になっただろうに https://www.youtube.com/watch?v=YK1AS6aY4nw
何故アバドがパラノイアと揶揄されるほどムソルグスキーにこだわったのか考えてみた
フェニーチェのショスタコーヴィチ版ボリスもそうだけど
イタリア人は母国の作曲家の作品以外では何故かムソルグスキーのオペラを異常に好む
彼の作品にドン・カルロの匂いがするのと
赤い国だったからよく考えてみると当然なんだけど 禿山の一夜
単独だと名曲だけどオペラの中に唐突にぶち込まれているのを見ると
明らかに没ネタ救済である事が分かってくるしくなる ホヴァンシチナはいいオペラだけど
ムソルグスキーのオリキャラ(メアリー・スー)が一番活躍するのがなあ
史劇のお約束だけど ゴリーツィン公が一番情けない役になっている
メタ的に読めば彼はドイツで教育を受けたドイツかぶれなので
ドイツ楽壇に浮かれていた当時のロシア楽壇を批判する構図になっているのだけれど 君の鬱陶しい独り言のおかげで、ムソルグスキーを嫌いになりそう。 過疎スレで話題を提供してくれているだけに思うが
>鬱陶しい独り言
ってもっと長文を何連投もするような奴だろ 126(125?)が有難いっていうより
ただでさえ過疎板、過疎スレなのに普通の書き込みに変な言いがかりをつけて雰囲気悪くする奴の方が鬱陶しいし迷惑なんだよ ゴリツィン公は第4幕にアリアでもあればもっといい役になれたのにね スレチだけどブロンフマンってウクライナ人だと思ってて心配してたけど違った・・まあ、そうだとしても居ないだろうけど ホヴァンシチナに「大ルーシと白ルーシ(ベラルーシ)と小ルーシ(ウクライナ)を統べたもうソフィア様に奏上せん」という
セリフが出てくるけど
今度からポリコレに配慮して上差し替えられるんだろうか? チャイコフスキースレがトップにあるのは何か気に入らないのでage ロシア音楽スレやロシア人作曲家のスレは普段来ない千客万来で絶賛荒れまくり
このスレは例外的にモラルが高く平和でよろしい こういう情勢だからこそボリスやホヴァンシチナがより一層沁みてくる ショスタコーヴィチの交響曲は興味なかったけど最近になって聞いてみたんだけど
3番まで聞いたところで飽きてしまった
これいつになったらおもしろくなるの?
12番まであるんでしょ?苦痛です(泣) >>143
ショスタコーヴィチの交響曲は完成されたものとしては第1番から第15番までの15曲
はじめ第9番の第一楽章として考案された単一楽章の断片がございます↓
https://www.youtube.com/watch?v=-V2X-1iKsNs
ムソルグスキーからの影響を隠す気オフ会0人の第13番と第14番からお聴きになってください
ボリスからの引用であれば第10番も必須でしょう キエフ(キーウ)の大門 ムソルグスキー/「展覧会の絵」
https://kogure.exblog.jp/amp/241381304/
2022/03/03 ― キエフ(キーウ)の大門 ムソルグスキー/「展覧会の絵」 · 2022/3/3(木) · 雛まつり。 · 「展覧会の絵」に、かわいい「卵の殻をつけた雛の踊…
ムソルグスキー:キーウの大門 / アンスネス - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=0qba1upe1vg
「#キーウの大門」のTwitter検索結果 - Yahoo!リアルタイム検索
https://search.yahoo.co.jp/realtime/search?p=%23%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%81%AE%E5%A4%A7%E9%96%80
キーウの大門」に関するTwitter(ツイッター)検索結果です。ログインやフォロー不要でTwitterに投稿されたツイートをリアルタイムに検索できます。
キーウの大門? | 試験に出ない〇〇 - Ameba
https://ameblo.jp/bla-blo/entry-12731029651.html
2022/03/09 ― キエフの大門(ロシア語)→キーウの大門(ウクライナ語) に変わっていくのかもしれませんね。 …ムソルグスキーはロシアの作曲家なので、ロシア語… アバドのホヴァンシチナはロシアの未来を憂う役がウクライナ人バス歌手で複雑な気持ちになる https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000250284.html
前線へ送られるロシア兵の現実 ―「兵士の母の会」の告発
[2022/04/03 19:00]
>わたしは兵士の親たちが抗議行動を起こしたりすることには期待していない。
>ロシアでは社会的意識がたいへん弱いのだ。
>ロシア政府は、戦死者の数を正式に発表して弔意をあらわしたことのない政府だ。
>戦死者も負傷兵も戦場に残されたまま、「行方不明」とされて終わりだ。
>わたしは、早急に死者の遺体、捕虜の交換をすべきだと思う。
>十字架を立ててやれないまま、名もなく朽ち果てていくことを見過ごすわけにはいかない。 >>149
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%98%E3%82%8C%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%80%85_(%E3%83%A0%E3%82%BD%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC)
忘れられた者 (ムソルグスキー)
バラード『忘れられた者』(ロシア語: Баллада≪Забытый≫、
ラテン文字表記の例:Ballada≪Zabytyi≫)は、
モデスト・ムソルグスキーが1874年に作曲したピアノ伴奏による歌曲。演奏時間はおよそ2分。
戦争画家として知られるヴァシーリー・ヴェレシチャーギンが
1871年にトルキスタン・シリーズ(ロシア語版)の一環として描いた同名の絵画に触発されて作曲された。
この絵は、前線で斃れそのまま戦場に置き去りにされたロシア軍兵士の遺体と、それをついばもうと群がるカラスの群れを描いている。
ムソルグスキーは、1874年にサンクトペテルブルクで開催された展覧会でこの絵を観て心を動かされ、
同じく絵に感銘を受けたアルセニイ・ゴレニシチェフ=クトゥーゾフが書いた詞に付曲、画家に献呈している。
なお、ヴェレシチャーギンの絵は、彼の才能を高く評価していたロシア皇帝アレクサンドル2世から
「ロシア軍には同朋の遺体を異国の地に置き去りにする者はいない」と批判されたことから、画家自らの手で破棄してしまうこととなった。
このことが原因で、ヴェレシチャーギンは一時、精神的失調に陥ったという。 >>150
歌詞大意
彼は異郷で敵と戦い死んだ。
敵は戦友らに打ち破られ―
戦友は歓呼の声をあげ
ただ彼だけが忘れられ
戦場に一人横たわっている。
貪欲なカラスが血を飲み
死の脅威を浮かべた
見開いた瞳をついばむ。
そして満腹し飛び立っていく―
はるか彼方の故郷で
窓辺で母が子に乳を飲ませる。
「よしよし、泣かないで坊や
父ちゃん帰って来るからね、
お祝いに小さなピローグを
焼いてあげようね…」
だが―彼は忘れられ、一人横たわっている。
http://cdn01.ru/files/users/images/65/de/65de7f0993027f97bace308a3c5c7ff9.jpeg
破棄後に下書きから復元されたもの
http://youtu.be/BYtsCaj_jNY https://www.youtube.com/watch?v=hTszV_gg5rY
「今世紀、我らロシア人はみな等しく……
恐ろしい事に、希望に満ちたむごい運命に翻弄されています。
主がどうか我らを最後まで罰する事がありませんように。
私の親愛なる友よ、(あなた方のご好意に)感謝いたします、
私は永久にあなた方のものです」
19世紀モデストがユロージヴイに語らせた旋律で歌われる
前世紀ソルジェニーツィンがロストロポーヴィチ夫妻にあてた言葉の通りになっていて悲しい
デュティユーは慧眼だ ウィキペディアの記事をコピペするだけのID:HukaBptYと
自分の言葉で動画を貼り説明するID:JS+WIiYIとの間に、
とてつもない知性と教養の差を感じる。 ここ最近のウクライナ情勢でロシアという国への嫌悪感や
それに伴うロシア音楽が世界で忌避されてる状況は看過できません
コピペだろうが自分の文章だろうが
その状況を危惧して故の書きこみは評価します ムソルグスキーの本質をきちんと理解している人間であれば
彼の音楽を厭うどころか
寧ろ積極的に演奏してゆこうと思うようになるのが自然だがね
この国からそのような知性が失われて久しい ムソちゃん天才だったからね。ソーファー♭シ
これで曲が特定できるなんて、まあない。 歌曲「ドニェープル河にて」
歌詞の内容がすさまじいけどこれもポリコレに配慮して
「ドニプロー河にて」になるのだろうか 昨晩のNHKドラマ「けものみち」(1982)の音楽がムソルグスキー
松本清張の世界とマッチしてた この人非正規公務員とはいえ裕福な家庭の出だからお金には困っていなかったのに
40過ぎても独身だったのはつまりそういう事? https://www.youtube.com/watch?v=AEdbHUKiOpg
ハイキンのホヴァンシチナ(RK版)
1968年録音という説明が正しいとすればすればこれはかなりのお宝では? 「組曲「展覧会の絵」」
ムソルグスキー:作曲
(ピアノ)ゲアハルト・オピッツ
(32分37秒) 最近ホヴァンシチナばかり聴いている(RK版とショスタコーヴィチ版両方)
ロシア音楽はいいねえ
この情勢下でアンタッチャブルな存在になってしまったが >>169
そんな事はない
聴きたいだけ聴き
愛したいだけ愛すればよい! ホヴァンシチナにはゴロヴァノフ版もある
エルムレルの録音で聴ける 単独スレ立てるほどの作曲家か?ロシア総合スレで十分だろ 新国のボリスは嬉しいけれど指揮者が大野なのが嫌すぎる
彼の指揮で感心したためしがないわ 未完のままに終わったピアノ、ハープと管弦楽のための南コーカサス組曲を聴いてみたかった 生家が没落しなかったら抱一ばりに芸術に邁進して傑作を残せたと思うと悔しいよ >>184
これの頭の中どうなっているんだろうね!!
阿呆すぎてもうwwww https://www4.nhk.or.jp/opera-f/x/2022-10-28/07/10285/4678552/
10月28日金曜
NHKFM 午後2時00分~ 午後6時00分
オペラ・ファンタスティカ ウィーン国立歌劇場公演 歌劇「ボリス・ゴドノフ」
中田朱美 収録:2022年5月15日 ウィーン国立歌劇場 録音:オーストリア放送協会
楽曲
「歌劇「ボリス・ゴドノフ」」
ムソルグスキー:作曲
ボリス・ゴドノフ…(バス・バリトン)アレクサンドル・ツィムバリュク、ピーメン…(バス)ヴィターリ・コワリョフ、
シュイスキー公爵…(テノール)トーマス・エベンシュタイン、グリゴリー…(テノール)ドミートリー・ゴロヴニン、ほか、
(合唱)ウィーン国立歌劇場合唱団、(管弦楽)ウィーン国立歌劇場管弦楽団、(指揮)セバスティアン・ヴァイグレ
~2022年5月15日 ウィーン国立歌劇場~ ムソルグスキーがウクライナの文化に関心を示していたのはもっと認知されていい ホヴァンシチナの歌詞でウクライナが小ルーシなのに
歌曲(ドニプロ河にて)ではウクライナがウクライナと使い分けられているのは
何か作曲家にウクライナに関してこだわりがあったのだろうか ウクライナの人々には申し訳ないけれど
ムソルグスキーの時代には(現代の)ウクライナの概念がなかったし
当時のキーウはキエフだったので
キエフの門をキーウの門と書かれると何だか違和感を感じてしまう ムソちゃんの展覧会の絵の直筆楽譜の コピー持ってるよ >ムソルグスキーの時代には(現代の)ウクライナの概念がなかったし
ウクライナ人をいじめる悪いロシア人のレス 2022ウクライナ事変をきっかけに
このスレの人たちが宇露問題に目覚めているのには草を生やさずにはいられない
笑いごとじゃないんだけど
ホヴァンシチナ(ホヴァーンスキー事変)のようにオペラ化できないのかな カラヤンは展覧会の絵を3度も録音したのに
はげ山の一夜は手をつけなかったな はげ山はバーバリズムがないと面白くないから、洗練されすぎたカラヤンじゃダメだろう 同じベルリンフィルのシェフでも
カラヤンはムソルグスキーに関するレパートリーを絞ったのに
お洒落なミラネーゼのアバドが取り憑かれたようにいろいろな作品を取り上げたのは興味深い
ムソルグスキーの野性味の中に潜む貴族趣味に惹かれたんだろうね メンデルスゾーン専用指揮者=マズア
ムソルグスキィ専用指揮者=アバド カラヤンの上品すぎるはげ山もそれはそれで聴いてみたかった 42歳で亡くなったのが本当に惜しい
せめてホヴァンシチナは完成させてから逝って欲しかった ムソルグスキーとパガニーニは闇の力を感じさせるところが少し似ている モンスターストライクというゲームで
ムソルグスキーが闇属性に設定されているのは
ネタを仕込んだ人の解像度が高いなと思った
ムソルグスキーが老人として描写されているのが残念だけど 歌曲「ドニプロ河(ドニエプル河)にて」にはユダヤ教徒を揶揄する描写がある
ポリコレに配慮してムソルグスキーの作品を取り上げなくなる日がますます近づいてきてしまった…… 同時代の作曲家の中では
ユダヤ人に対する偏見が少ない作曲家だけどね。 展覧会もサムエルゴールデンベルクとシュミイレ、飛ばして演奏するようになったりしてな ユダヤ人が弾くときはOKになるよ、今までもそうなんだし ムソルグスキーはもちろん純粋なロシア人でウクライナの血は流れていない
当時のキーウはロシア領キエフだからムソルグスキーにとってはキーウはキエフ
それをキーウの大門とわざわざ呼び変えて
ウクライナの不屈の闘志のシンボルになっているのは何だかなあと思う
ウクライナ人もロシア人も違和感を感じないの?