素人おじさん バレエ奮闘日記【リレー小説】
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
あなたの教室にもいるかもしれない…
バレエをはじめて二十年近く。
けれど全然上達せずずっと初心者クラス。
ダイエットになればとはじめたけれど、腹はへこまない。
体もガチガチに硬い。
東京の某有名バレエ学校の大人初心者クラスに所属するちょっぴり冴えないバレエおじさんのおはなし。
○ルール○
名無しが適当にストーリーをつくり適当に投下していく完全暇潰しスレ。
連投も全然OK。
語彙力文章力一切問わず。
マニアックなバレエネタも大歓迎。
登場人物の追加やおじさんの設定を勝手に追加してもよし。
展開がカオスな方向へいっても自由ですが、あくまでもバレエものなのでバレエから脱線しない。
※おじさんやその他登場人物に関して、実在人物をモデルにするのは構いませんが、それによるトラブルは保障しかねるため
不特定多数が閲覧していることを視野に気をつけてください。 東京某所、広大な敷地と花々や草木が生える庭園、貴族の邸宅を思わせる壮麗な建築物。
正門には何やら賑やかな声。
シニヨンに同じスクールバッグを肩から下げる独特な雰囲気を放つ少女たちに目が引かれる者もいるだろう。
黒崎バレエアカデミー。
設立から120周年を迎える歴史と伝統ある日本のバレエ学校である。
ロシアの名門バレエ学校とも繋がりが厚く、ロシアバレエを本国の未来のダンサー達に伝える重大な役目を担う存在でもある。
その学校の卒業生には国内外問わず有名バレエカンパニーに所属し活躍するダンサーも少なくない。
そんな黒崎バレエアカデミーであるが、そこに通うもの全てが栄光に与れるわけではない。
努力と才能、素質…それらを兼ね備えたほんの一握りの者のみが選ばれる世界だ。
もしも選ばれた者であるならば、ここには十分な環境が整っているといえる。
それ以外の者は金になるだけ。
残酷なもので、学年ごとにレベル別にクラス分けがなされ、Aクラスより下は養分も同じ。
そして大人初心者クラスも養分同様であった。
素質や将来性の無いものに端から格式高い古典バレエの真髄を教えるほど無意味で冒涜的なものは無い。そう謂わんごとく。 今日も広々としたレッスン室にピアノの生演奏によるレッスン曲が響く。
窓からは朝の優しい光が差し込み、グレーのレオタードに巻きスカートそして黒タイツ姿のシンプルでありながら洗練された美を纏った若い男女を照らした。
その中でも一際ただ者ではない佇まいの青年。
眉目秀麗で古典に相応しい身体条件、当然バレエの技術は群を抜き
その立ち姿でさえ、みるものの心をつかむ。
彼はロシアでの長期留学を終え優秀な成績でディプロマを取得、さらにロシア名門バレエ団にてソリストとして採用された。
現在は一時帰国しており、黒崎バレエアカデミーでの最後の舞台公演を主役として踊るため練習に励んでいるという。
この物語の主人公は彼…?
いや、そうではない。 突如響く扉を開け放つ音に、その場にいた者はこの物語の主人公の登場を目の当たりにすることとなった。
中年太りを隠すようなヨレヨレのTシャツにダボッとした短パン、猫背に膝が出たがに股、黒縁めがねの中年男。
まさかバレエを踊るとは思えない風貌の彼が荒い息づかいでレッスン室に飛び込んできた。
久々に全力で走ったためかなり苦しそうだ。 神さま登場
バレエをやめない限り一生不幸のまま
この国を救うためにバレエを禁じないといけない。今日から踊る者はすべて化け物の姿である。男が起き上がるとダンサーたちは化け物に変わっていた。 主人公の男は何故かそのままの姿だった。
そう彼は勇者に選ばれたのだ。
彼の脳裏にドラクエバレエの白勇者の姿が思い浮かぶ。
「いや、田中さんはダンサーではないからそのままの姿なのです。」
神様のツッコミが頭の中に響き渡りました。
おじさんの名前は田中さん。 「キャァアアア!!」
ダンサー達が突如異形のモノへと変貌し、先ほどまで優雅にレッスン曲を弾いていた女性ピアニストが悲鳴をあげた。
ピアニストはダンサーではなかったため幸いにも化け物化を免れたのだ。
だが
当然、その悲鳴に化け物たちは気付かないはずもなく、彼ら彼女らの敵意と憎悪に満ちた視線は若いピアニストに向けられる。
彼女を救えるのは、このおじさん、田中しかいない…。
しかし二人とも丸腰。
彼は今や勇者とされた。だが今の田中にあるのは聖剣でも鎧でもない。
ヨレヨレのレッスン着、いや、バレエ教室ホームページの体験レッスン時の服装欄に書いてあるような「動きやすい服装」そのものの格好。
その彼にいったい何が出来るというのか? すると一体の化け物がピアニストに向かって動き始める。ボヤボヤしている猶予はないのか?
だが全速力で走ったため疲れ切っている上に、気絶した際に打った膝が痛くて動けない田中。
こうなるならばダイエットを頑張るべきであったと後悔の念が押し寄せる。
襲いかからんとする化け物。
もうおしまいだ…。そう思った瞬間、化け物のとった行動は意外なものであった。
「…バレエ?」
化け物と変わり果てても、彼らは人であったときのように何とも洗練した動作で踊り始める。
とはいえ、敵意が消えたようではない。
「え…なんで……?身体が勝手に」
ピアニストが操られるように動き始める。
その動きはクラシックバレエのそれであった。
子どもの頃ロシアのバレエ学校に厳しい審査を通過し入学したものの、ピアニストの道を奨められた、言い換えればダンサーを諦めさせられた彼女。
それでも難関をくぐりぬけただけあり生まれもっての素質なのか、テクニックは未熟ながら何とも美しく舞っている。
化け物による魔力なのか、『ジゼル』のウィリたちのごとく、彼らはピアニストを死ぬまで踊らせ、とり殺すつもりらしい。 「一体、何を騒いでいるのです!」
突然、扉を開けたのは、このバレエアカデミーの首席バレエミストレス
松谷瑠璃子(まつたに・るりこ)。
老いてはいるが、その立ち姿の美しさはかつてバレエ界を風靡した
元プリマバレリーナであることを物語っている。
神はスタジオの扉の前に仁王立ちになっている瑠璃子を見て、ふんと見下すように言った。
「私は神である。バレエはこの国から撲滅する。
このダンサー達は化け物となったのだ。そしてお前も化け物にしてやろう。」
「バカおっしゃい!」その言葉を聞いた瑠璃子は激しい怒りに打ち震えた。 瑠璃子にとって、バレエは生涯をかけて心血注いできた唯一無二の芸術である。
愚弄するような行為は神とて許されるものではない。
しかし、次の瞬間、彼女が怒りをぶつけはじめたのは、神ではなく
化け物としてゆらゆら踊っているダンサー達にだった。
「あのようなまやかしの神に翻弄されるなど、ダンサーとしてあるまじき失態!
あなたたちが信じてよいのは "バレエの神、舞踊の神" だけです。
それを忘れて魔力に負けて化け物になるなどと、
稽古が足りないからでしょう!」
スタジオに響き渡る大きな罵声。瑠璃子の怒りは止まらない。
「おおー、あれが"昭和の先生"ってやつかー、実物は迫力違うなー」
傍らで見ていた田中さんはYouTubeのけっけちゃんから得た情報を思い出し
一人納得してうなずいていた。 体臭のキツイ匂いがどこからともなくしてきた
強い、癖のある香り 「おや、あそこに舞台の小道具が」
田中さんが気が付いたのは、スタジオの隅っこに置かれていた剣だった。
ジゼルの一幕でアルブレヒトが貴族だということをしめすものだ。
「あれでいっちょー、バレエを滅ぼすという神を追い払ってやるか。
追い払ったら、そのお礼に、次の公演では良い役をもらえるかもしれないな。
初めて王子様役に挑戦か、まいったなー。うっしっし」
田中さんは白タイツの王子様役の自分を想像して、にんまりした。 瑠璃子の罵声により、化け物となってしまったアカデミーの若きダンサー達は動きを止めた。
瑠璃子のいうバレエの神の栄光によるものか、瑠璃子自身の強い信仰心によるものなのか…
バレエを消滅させんとする神の力はその強い力の前では意味をなさなかった。
「お…おのれ……っ!!」
「それにあの男、何故動けるんだ…」
しかしバレエを20年近く続けながら一切初心者レベルを脱せていない田中さんまでもが、その呪いが効かないのは神にとっても想定外であった。
「王子様役!王子様役だぁあ!!俺は王子になってみせるぞぉお!!」
己の野望を叫びながら、
化け物化したダンサー達が動きを止めた隙にアルブレヒトの剣を握った田中さん。
O脚がに股で悪玉コレステロール値に悩む中年サラリーマンの体重を支えながら神に向かって彼は全力で走り出した。
その迫力に化け物になったダンサー達も道を開ける。
「なんだこの臭いは」
さっきから漂っていた独特な臭い。
その発生源は田中さんの汗と共に体外へ排出された皮脂の臭いであった。
全力疾走をしたためか、汗が尋常でないほどに噴き出して溜まりに溜まった垢や加齢臭などの臭いが混じり合い強烈なものとなったのだ。 穏やかな人はいい匂いがするけど、そうでない人はドブ臭くて近くによれないほどです
気が強くなればなるほど悪臭が増す
穏やかな人は美しく良い香りがします 音に合わせられなくて怒ってるひとも悪臭がします。臭い匂いを世界中にばらまきながら、努力が実らないと訴えてます。
しかし、神様から見放されてしまっているので2度とチャンスがやってきません。
頑張れば頑張るほど、体臭がきつくなってきました。世界中はドブ臭くなるばかりです。 田中さんは勢いよく神に向かって剣を振り上げて、斬りつけた。ポカっ。
「そんなものは神である私にはきかん!」
そうね小道具の剣ですもの。 「ジュッテアントールナンよ!ジュッテアントールナンで蹴りつけるのよ!」
瑠璃子が叫んだ。 おじさんの愛人コスプレーヤーきなこ参戦!しかし実は瑠璃子の娘だった
おじさん見とれて硬直
きなこはおじさんの大好物だった
あんなこともこんなこともしたなと物思いに耽り始めてしまった きなこはジゼルのウィリの白いロマンティックチュチュを身にまとっており、絶賛コスプレ中であった。
だが、美しき元プリマバレリーナ瑠璃子の娘だけあってか、まるで精霊となった本物の薄幸の美女そのもの。
コスプレでありながら一切の世俗的なにおいはせず、その姿は神秘的でさえある。 きれいかなぁ
このおじさんの価値観かわってるね
豚っぱなが好きなのかぁ その時、スマホのアラームが大音量でなった。
おじさんは慌ててベッドから起き上がった。
「なんだ夢か。」
おじさんの自宅の窓から朝日が差し込む。
今日は仕事のあとバレエに行く予定だ。
残業にならなければだが。 「残念!もう少しで、王子様役ゲットだったのになあ」
仕事の用のビジネスバッグとは別に、もう一つリュックに
バレエ用のハーフパンツ、Tシャツ、靴下にシューズ、タオルをつめこんだ。
「そういや、ジュッテアントールナンって、要は回し蹴りとコツは同じなんだよね」
あらゆるパの理解がかなりずれているのが、
田中さんが20年も初心者にとどまっている最大の原因である。 実は田中さん、20代に空手道場に通っていた時期がある。
憧れの女性に告白したものの「もっと男らしい人が好き」とあっさり振られ、
思い付きで空手を習ってみたものの、運動音痴の田中さんは全く上達せず
そればかりか、屈強な男たちの集団が苦手になってしまったのだ。
「俺は見た目より、繊細なタイプなんだよ。芸術家肌と言ってもいい」
道場の同じビル内には、小さなバレエ教室が入っていた。
そこに通う少女たちは、髪をきれいにまとめ、すらりとした姿で、
幸せそうに笑いさざめき、空手道場の男たちとは異人種に見えた。
そこで田中さんは考えた。
「俺、格闘技よりも芸術的分野のほうが向いてるんじゃないか?」 そうして田中さんは、今まで検索したことさえ無かったキーワードをGoogleの検索ボックスに入力したのである。
『大人 バレエ 初心者 男』
カタカタと無機質な音が止まり、最後にエンターキーを叩く音が、静寂に包まれた散らかった部屋に響いた。
若き田中さんのパソコンに新たな検索履歴が追加されたのである。
ドキドキしながらインターネットのサイト一覧を眺める田中さん。
確かに男のバレエに対するネガティブな書き込みやサイトは少なくは無かったが、それでも田中さんの気持ちに迷いはなかった。
そればかりか華麗に舞う外国人プロバレリーノの画像に、将来の自分自身を重ねてやる気が漲っている。
「ダンスール・ノーブルか…。俺も王子様役の似合うダンサーになりたいもんだぁ」
妄想をしながら一人ニヤニヤし、ならば本格的に習える場所をと考えあるバレエアカデミーのホームページを見つけることとなった。
「体験レッスン一ヶ月無料、生徒募集中」「正統なクラシックバレエのメソッドで指導する数少ないバレエアカデミー」「120年の伝統と歴史、確かな実績」という文言に田中さんの心は揺さぶられ、運命的なものを感じたらしい。
実際に数多くの卒業生が有名バレエ団に所属し、コンクールで優秀な成績を修めているようだ。此処ならば自分も凄いダンサーになれるという期待。
「黒崎バレエアカデミーか!ここに決めたぞ」 そのバレエスクールは郊外のターミナル駅から徒歩15分ほどだった。アクセスは良いとはいえないが、ちょうど乗り換え駅だ。
「まずは見学からかな。でも男性が見学に行ったら嫌がられるかな。体験レッスンでいいか。」
こうして20代の頃の田中さんは黒崎バレエアカデミーの門戸を叩いたのである。 今ではその面影さえ残らない田中さんであるが
20代の頃は王子様役も似合いそうな端正な顔立ちに気品さえ感じる青年であった。
とはいえ、男らしくないと振られてしまったが…。
その当時は、田中さんの「ダンスール・ノーブルを目指す」という夢も、
あながちおかしな話には聞こえなかったかもしれない。 田中さんは端正な顔立ちと気品(自画自賛しているのは自分だけ)他人からみたら、相当癖の強い悪人顔である。努力が嫌いで、他人から指摘されるのを嫌い、ひねくれ者。間違っている考えをしていると気がついても、自分は悪くないと自省の心がないのだ。仕事中にTwitterやYoutubeに書き込んでいて忙しい振りをしている。誰にもバレてないと思っているのは本人だけ。今年の冬のボーナスは昨年の1/5であった、ここが管理社会の落とし穴である。バレてないようでバレていてどこかでしっぺ返しをくらうのだ。 おじさんのサボり癖はバレていてボーナスに影響があった。パンツの中はどうだろう。幼少期は「おしっこちょっぴりもれたろう」だったが、現在も健在である。「ちょっぴり」だから誰にもばれてない。他のダンサーの白タイツの中はどうだろうか、仲間を探したいといつもダンサー白タイツを観察する。だが、同じような悩みを抱えている者は見つからなかった。 田中さんが20年経過してもなかなかタイツに手を出せないのは、そういった悩み故でもあったのだ。 20代当時の田中さんは、下見もかねて直接出向いてみることにした。
駅前の喧騒を通り抜け、住宅地を歩いていると、大きな屋敷が見えてきた。
「ひぇええ、ずいぶん立派な洋館だな。こんなところでバレエを習うのか」
おそるおそる門をくぐりぬけ、重い扉を開くと、すぐ右側に事務室があった。
「あのぉ、すみません」
「はい」受付をしていたのは、背筋がまっすぐ伸びた若く華奢な女性だった。
きっと彼女もダンサーに違いない。
「バレエを習おうと思うんですが」
「はい?」
空気が一瞬凍り付いた。不審者と思われてないか?
「その、ここでバレエを習いたいんですが」
「は・・・い」
受付の彼女はいぶかしい顔をしたまま、田中さんに質問し始めた。
「何歳の方ですか?ご年齢は?バレエのご経験は?全くない?
ジャズダンスや演劇などの舞台経験も?ない?そうですか。
ご家族ではなく、ご本人が習われるということで間違いありませんか?」
「はい、僕が習いたいんです」
「はあ」
なんなんだこの受付の態度は!田中さんは、さすがにムッとした。 「数年前までは大人の初心者の方はは一切お断りしておりましたが、
当アカデミーも、最近、大人バレエのクラスを開設しました」
1990年代から2000年代にかけて、日本バレエ界の教室事情には大きな変化が起きた。
大人向けバレエクラスが爆発的に増えていったのである。
エリート教育を誇る老舗中の老舗、黒崎バレエアカデミーでも
バレエの普及と収益性をかんがみ、大人対象のレッスンを始めていた。
「今日は初心者レッスンの日ではないので、体験希望なら明日お越しください。
最初は靴下で参加するか、バレエシューズを購入してください。
受付でも購入できますが、成人男性用シューズの在庫はありませんので、
注文して数日かかります。」
そうして、田中さんは立派なパンフレットをもらってアカデミーをあとにした。 「あの感じ悪いスタッフ…いったい何なんだ?まるでこっちをバカにしてるみたいだったな」
帰り道、先ほどの受付スタッフの女性の対応を思い出しながら、頭の中でブツブツと文句を言った。
確かに田中さんが怒るのも当たり前だ。
世間一般的に、あの様な態度を来館者にスタッフがとるのはあり得ないことである。
「…やっぱバレエってお高く止まったお嬢様も多いんだろうなぁ」
さてとと、もらったパンフレットに視線を落とし徐に裏表紙をみる。
裏表紙には黒崎バレエアカデミーが提携している有名バレエ用品店の名前と地図、住所が記載されていた。
「この近くにバレエ用品店があるみたいだ。そういえばシューズは在庫がないって言っていたし買いに行くとするか」 駅にほど近いビルの二階の奥まった場所に、バレエショップはあった。
案外小さい店だ。小さなピンクの看板には「バレエショップ ルルべ」
外からガラス戸越しに中をのぞいてみると、
マネキンが着ているのは、上から下までピンク系の女性用のウェアだ。
「男性用もちゃんとあるのかなあ?」田中さんはおそるおそる入ってみる。
レジにいるのは、アカデミーの受付と似たような姿勢の良い若い女性だ。
田中さんが、ティアラや小物のディスプレイの前できょろきょろしていると
「何かお探しですか」と声をかけてきた。
「バレエのシューズを、その・・・初めて習うので」
「男性の方も習われる方が増えてますよ。芸能人や舞台関係の人や、
フィギュアスケートや他のダンスのために習われる方も多いです」
よかった、この人はさっきの受付の人と違って優しそうだ。
お店の女性はニコニコして、すみっこにある男性用のシューズのほうに
案内してくれた。 シューズの色は黒、白、ブラウンの3色だ。
バレエはお金がかかると聞いたが、バレエシューズは案外安い。2000円もしない。
「タイツの色と合わせると良いですが、教室の指定がないのでしたら
黒を選ばれる方が多いですね。試着されますか。
サイドがフィットして、つま先には余裕があるほうがいいです」
白タイツに白シューズの王子様が俺の目標だが、ここはおとなしく黒にしておこう。
さあ!明日からいよいよだ。20代の田中さんは、空にこぶしをつきあげた。
バレエ・ダンサーに!!! 俺はなるっ!!!!! とその時田中さんは気をうしなう
田中さんはベッドである
今は70代の年老いた男 >>37
入院中で暇な田中さんは20代の頃を思い出していたのだ。
そう。あれはまだ平成12年。
はじめて黒崎バレエアカデミーでレッスンを受けた日。
バレエショップに行った次の日、田中さんはバレエシューズを持って体験レッスンに向かった。 昨日、気を失ったのはただの寝不足だったようだ。
気を失うように寝たあとすぐにショップの店員さんに起こされて無事に帰宅した。
田中さんはバレエ教室について調べてたら一睡もしてなかったのだ。バレエにかける期待と情熱が伺える。
今日は十分寝たから体力も気力はばっちりだ。
「今日はぐるぐるまわってみたいな!」 一方その頃、黒崎バレエアカデミーでは
Aクラスのレッスンが行われていた。
講師をつとめるのは元プロバレリーナでソリストとして活躍していた佐藤紗江子。
とても穏やかそうな雰囲気の先生。
しかし男子生徒からは「ドS魔女」と呼ばれているという。
彼女はその見た目通り基本は穏やかなのだが、美青年、特にバレエを習う所謂バレエ男子にはかなり厳しい発言をしたくなるというアカデミーの要注意人物だ。
タイツ姿というある種大胆な格好をした若いイケメンバレエ男子が自身の厳しい叱責により落ち込んだり泣いたりする姿が紗江子の好物であった。 サエコはレッドカーテン出身
レッドカーテン一一派はマダムチアカの顧客を相手に日銭を稼いでいた。マダ厶チアカが度々一般にはわからない隠語をつかってその日接客した客の人数を報告しあう。チアカは普通であれば引退し、老骨に鞭をうち客を取るような年である。下っ端のサエコ達はチアカに絞られ、なじられ、魔物達は反乱をおこしそうである
男性たちは、白タイツや黒タイツ、ショーパン男子もいる、グンゼでもいいのだ。 親玉は強欲な妖怪魔女で何でも取って喰らう
子供でも老人でも容赦しない。
世界中で多くの行方不明者がいるのは、この魔女のせいである。
赤い部屋におびき寄せ、毒ガスを吐き続け、意識朦朧としているところを狙うのだ。
こだわりのある看板は始めは一般的な当たり障りのないものだったが、近頃では金ピカになり
、頭には金のシャチホコを乗せて登場する。
目潰しにあっている間、すかさず身ぐるみはがされてしまう。こうして看板がアップデートされて豪華になった。 紗江子の口癖は「バレエは選ばれし者の芸術」
「美しくないものは踊る資格がない」。
上級生徒にも「そんな下手な踊りを見てると目が腐るから、出ていきなさい!」
と言ってはばからない。その厳しさに脱落していく男子は数知れず。
一方で、紗江子に目をつけられしごかれた男子は、
飛躍的に上達していくという評判もある。
そんな紗江子が、なぜ、初心者クラスの担当を引き受けたのであろうか。
理由はただひとつ。
そう、田中さんが入ろうとしている初心者クラスには、
音感と身体能力抜群の美青年がいたのだ。 「紗江子先生おはようございます」
夕日を浴びながらスーツ姿の青年が扉から入ってきた。
上背があり細身なので頼りない印象があるが、レッスン着が似合う筋肉質のことを紗江子知っていた。
彼の名は高瀬蓮。
柔らかい雰囲気の二重の目が涼やかに笑う。
「今日のレッスンもよろしくお願いします。」
大人クラスにいる紗江子のお気に入りだ。
彼女はこのスーツ姿を見たくてさり気なく受付付近をうろついていたのだ。
「こんばんはー。体験レッスンにきました。田中です。」
玄関の扉が再び開いて声が響き渡った。 サエコは田中さんを見るなり舌打ちをした
冴えないおやじが立っていた
(煮ても焼いても食えない)
冷たくあしらった
田中さんは立ち尽くしたが、踵を返しあてもなく歩き始めた おじさんはトボトボ歩いていた。木枯らしが冷たく凍えそうだ。街はクリスマスシーズン一色だった。おじさんは何十年立ってもチアカが忘れられないでいた。同じ悪のムジナであったが頭から片時も離れなかった。朝から晩までチアカに取り憑かれていたようだった。かつておじさんには妻がいた。妻はおじさんに呆れはてて家を出ていってしまった。おじさんはチアカに見ぐるみ剥がされても忘れることができなかった。おじさんは家庭を不幸にし、妻の行動が可怪しくなり、愛娘は自殺をしてしまった。おじさんは心のままに従ってたが、関わった人すべて不幸にしてしまうのだ。 おじさんのチアカとのメッセージのやり取りを見るたびに愛娘は心をいためた。
愛娘の左腕の傷跡はおじさんのメッセージの数だった。傷跡がミリ単位にいくつも重なっている。とうとう隙間が埋める場所がなくなったとき旅だった。やっと心が自由になった。
愛娘はこうして自由をはじめて手にした。 周りの人間の不幸を養分としてきた。
おじさんは腹が出ていた。
よぅしカラオケのまねきにゃんこに入った
うぉうぉー 昭和歌謡曲のオンパレード、自分の世界に浸っていい気分で歌いはじめた。 おじさんは気持ち悪い質問を投げかけるのでキャバクラでは若い子が席につくのを嫌がっていた。コロナ禍で懐が寂しいおじさんはカラオケで我慢をした。おじさんはギラギラした女の子が大好きだった。弱い自分が強くなった気分が、するのだ。カモネギさんやバシャーレ、ピン子、アキ子ああいう友達をもつと、とにかくあの類と一緒に行動すると自分が強く神になった気分になる。他人のふんどしで相撲をとる正確なのだ。権力にすり寄るタイプ?そういう感じなんだよ。 おじさんのスケベパワーは社会悪。女子の性転換は自分を女性として軽視されたくない女子の最終手段となっている。性に敏感な子供が男性の自分に向けられるイヤらしい視線を察知し、大人になったのを機会に手術するという。
おじさん達のすけべ心がLGBTに火をつけてしまった。動画でも気軽に視聴できてお小遣い稼ぎができる。ショートパンツや露出しストレッチ動画を上げて視聴回数を稼ぐあざといバレエダンサーも中にはいる。おじさんは特にあざといのが大好きで検定一級モノとしている。
これがバレリーナかとAVさながらであり、文化が崩れたきっかけである。
こういったAV崩れのバレエ教室に通う生徒と勤勉な教師による教室は10年にも満たない間、差がついた。歴史の重みを背負ってるということは一つ一つ考えて行動をする。大事な文化を背負うというのは責任がある。本当の芸術はそういうことである。おじさんは芸術の「げ」の字もわからない。そういう環境で育っていないのだから仕方がない。ある日突然芸術はわかったりしない。だから軽いノリのなんちゃって成金バレエがとっつきやすいのだ。 先程の紗栄子の教室にいた高瀬蓮は実は女性である。キモイおっさんにいたずらをされて、男性嫌いになり男性として生きていくことを選んだ。男が女になり、女が男になる選択をする若者が増えた。本当がわからないのだ。
女だって白タイツ履いて王子様をやったり、ヒゲを、はやして海賊に出たい。ハゲ散らかして王様もやりたい(まさかそれはないだろう…) というわけで過去を遡ると、高瀬蓮は女の子だったころに田中のおじさんにいたずらをされて、女子として生きていきたくないが為に、男性となった。
自分で選択しているようだが、選ばされた性である。トラウマにより性の交換を行われている。混沌とした世界を神は救えるのか? 「ゆうきバレエ最近どぅ?」スマホで誰かと界隈をしている
「海外に住むなんてもう嫌だ!」日本に帰国したばかりだ。
「そうだよね!会えて嬉しいよ!」
レンはゆうき夫妻にお世話になっていて、奥さんはかなりの料理の腕前だ。どんなにつかれていてもえりなさんの料理を食べると元気が回復するのだ。 田中のおじさんは、マダムチアカの何週間も前に作り置きしてあるタッパーから、冷えきった惣菜を皿に分けて食べている。
来る日も来る日も、タッパーの中が空になるまで同じメニューである。良くも悪くも合理的である。ただし、お腹が丈夫でないと無理だろう
何事も結果オーライの2人。食文化も適当だ、テキトー。カタカナが似合うね 田中のおじさんはマダム検定一級を取得する上客だ。身長なんぞ5級レベル、隅々までマダムのプライベートを知り尽くしている。身も心も開き、マダムに刻まれた消えないタトゥーは柔らかな本の間に挟まれた栞のようであった。
栞は検定一級を取得者へのご褒美である。 田中さん、疲れて元気ないねー
「get up ! get up !」「なーえたおーとこはいらないー」って明菜ちゃんもいってるよぉー
とマダムチアカがしかめっ面をしている 何だかんだいってテキトーだなぁ、雑だなぁー
。テキトーでもなくザツでもないこのないのかなぁー バレエ奮闘日記の名に相応しいことを何一つやっていないおじさんである。
おじさんを観察する日記、バラや蘭の花ではなく、朝顔がちょうどよい。 おじさんはせっせとメールや推しにコメントをした。元妻はメールもあまりの熱心さに、コロッと結婚してしまった。おじさんは妻が好きだったのでは無く、文章を書くのが大好きだ。家には早く帰宅してたとしてもずっとスマホでコメントしている。心あらずである。
おじさんは、外出先でもずっと長文を打ち続けて仕舞いには家族が崩壊してしまった。
田中のおじさんは、バチがあたって脳梗塞である。田中さんのお母さんも兄弟もみんな、可怪しくなってしまって身寄りがない。
車椅子でマダムチアカの店でお爺さんの相手をさせられている。口からはヨダレがたれたままで、風呂にも入れず臭いままだ。
やりたいように生きるのは自由だけどしっぺ返しが待っていたね。
変わってるから普通には生きられない。でも一生ずっとマダムチアカと生きていく、成り行きではなく一つ一つ小さな選択でこうなったんだ。脳梗塞と作り置きおかずは僕の最高の幸せ 何年もかけて関係をつくったんだ。努力すれば夢はかなうよ!ね 紆余曲折はあったものの、田中さんは気を取り直して再びこの稽古場に帰ってきた。
何気なく目にしたTVの特集番組で
新しいバレエ団を作ったという20代の男性ダンサーのことを知ったのだ。
舞台の感想を聞かれた観客の女性たちは、彼のことを口々に絶賛していた。
「素晴らしいテクニック」「胸にしみる表現力」
「イギリス仕込みのスタイル」「型にはまらない個性」
彼はずいぶん女性に人気があるようだな、けしからん。
俺と歳はそう変わらないのに、大スターかよ。
「バレエが上手い=モテる」
という構図が田中さんの脳にインプットされた。
「よし、当面の目標は、彼のようにぐるぐる回ることだ!」 初心者クラスには十数人の女性生徒がいた。年齢は20代から60代までバラバラだ。
そして二人の20代の男性。高瀬蓮と田中さん。
田中さんは、蓮の動きを真似して、わけもわからずバタバタと手足を動かしてみる。
よくわからないが、音楽は美しいし、目の前で動いている蓮は
おとぎ話に出てくる長身イケメンの完全無欠の王子様みたいだ。
「すぐに追い越してやるからな!身長は追い越せないけどな!」 1時間ほど四苦八苦した後、田中さん待望の回転の練習が始まった。
田中さんははりきって、ぶん!と腕を振り回して回ってみたが、すってんころりん。
一方、蓮は初心者ながら、身体能力の高さで、するするっと二回回った。
「回れない男には、一片の価値もありません!」紗江子は言い放った。
「膝高く、カマ足ダメ、かかと前に、外旋して、ルルべが低い、
スポットつけて、腕が遅い、脇が遅れてる、肘張って、指先ぃぃぃ!」
転んだ田中さんは無視して、紗江子は蓮にとことんダメ出しをする。 覚えているだろうか。>>2
黒崎バレエアカデミーの教育が、本格派ロシアスタイルであることを。
ロシア式の教育は、生え抜きの国家芸術家を育てるのが目的である。
各クラスの優等生数人が厳しく指導され、あとはおまけ。いわいる養分なのだ。 田中さんは転んだはずみでうんこを漏らしてしまった。便秘症で朝からトイレに閉じ込もっていても出ないのに、よりによってこんな時に。
稽古場は一気に臭くなった。 うんこという養分、子分。今日から田中さんをウンコと呼ぶ! と、ギャルが叫んだ。
なんだこの厚化粧のオバハンはと田中さんは驚いたが、小学生ユーチューバーらしい。
中身は子供だからウンコだのオシッコだの言ってはしゃいでいる。
向かいに来たギャルは母親らしい。目をこらしてみると、くたびれてはいる。 勢い余って転んだ上に、指導されているのは自分と同じ初心者のイケメン。自分はまるで空気扱いだ。
そして何やらパンツの尻の辺りから生暖かく柔らかいものが…。転んだ弾みで力んでしまい溜まっていた大便が漏れてしまった。
惨めであった。
田中さんはギュッと涙を堪える。
今にも逃げ出したくなり顔をあげたときには、レッスン室には誰もいなかった。皆田中さんの大便の臭いが充満した部屋からいつの間にか避難していたらしい。
ただ一人、異臭のする部屋にポツンと田中さんは取り残されていた。 まともにみてもらえず無視され置き去りにされた田中さん。
体験レッスン日早々に災難ばかりで流石の田中さんも気が滅入っていた。
「大丈夫ですか?」
すると大便をどうするか悩み呆然とする田中さんに声をかける者が現れる。
ほんわかした声に、少し天然そうな女子だ。
「立てます? ズボン汚れているみたいだしシャワーいってる間に私が着替え準備しますから」
ニコリと少女は微笑んだ。
今の田中さんにとって、まるで彼女が天使にみえた。彼女こそ後の田中さんの愛人となるコスプレイヤーきなこである。 田中さんはおっぱい一筋80年〜と心の中で口ずさみニヤニヤした。おっぱいがいっぱいー!
メロディか頭の中を駆け巡り楽しくってしょうがなくなった。田中さんの給料よりおっぱいのほうが給料がいいなんて羨ましすぎる。 20年前、きなこは15歳の中学生だった。
レッスンと舞台とコンクールに明け暮れる日々。
母親の松谷瑠璃子は、日本バレエ史に名を残す大バレリーナ。
きなこは、幼いころから過剰な期待を背負ってきた。
あの瑠璃子の娘なのだから、上手くて当然。できて当たり前。
この数年、何度もコンクールに出てはギリギリで決選に残ることはあっても
一度も上位入賞を果たせないことに、きなこは焦りを覚えていた。
「来年は高校生クラスに入るのに、こんなんじゃ全然ダメだ」
名門・黒崎バレエアカデミーには、他の教室から才能のある子が移籍してくる。
例年、多数のコンクール入賞者が出るのはもちろんのこと、
高校生ともなると、長期留学する子や海外のカンパニーに就職が決まる子も多い。 「ママと違って、私には才能がないんだもの」
レッスン後、ひとりでヴァリエーションの自習を続けるも、
鏡に映る自分は、デュポンでも、フェリでも、ギエムでもない。
ただの頼りない中学生だ。
「紗江子先生の言う"選ばれし者"じゃない。踊る資格なんてないよ・・・」
打ちひしがれ帰ろうとしたとき、ドア越しに大人クラスの様子が見えた。
すてーん!!!
いい年した大人の男性が、回ろうとして派手に転んだ。
「ぷっ、なにあれ」
田中さんの失態は、荒んでいたきなこの心を一瞬でなごませたのだ。 初レッスンは散々だったが、家路につく田中さんの足取りは軽かった。
可愛い子に助けてもらって、まさに禍転じて福となる、だ。
「通ってればすぐ上手くなれるだろう」と楽観的に考え
今日おぼえたばかりのグリッサード・アッサンブレをしながら駅に向かった。
通りすがりのおばあさんが、「あら、懐かしいわね。そのガニ股、
昔の映画の喜劇王、チャップリンの動きにそっくり」と拍手してくれた。
見知らぬおばあさんの拍手でいい気になった田中さんは
おばあさんに向かって、うやうやしくレべランスをしてみせた。
この俺が、見知らぬおばあさんを笑顔にできるなんて!
俺は天性のバレエダンサーなのだ!
その日から20年間
田中さんは初心者レベルのままバレエを続けている。 きなこもおっぱいが「選ばれし者」だ。もって生まれたおっぱい。バレエなんて苦行よりデカパイのほうが楽に生きられる。それからというものデカパイを武器にする。
きなこのライバルはパイパイでか美だけである。 バストの大きさは、きなこの大きなコンプレックスだった。
毎回大きめのサイズのチュチュを用意し、
大きな胸がおさまるようにサイドにタックを入れ
ウエストを絞り、谷間が見えないように、胸当ての布もつける。
目立つ胸のために、毎回衣装のリメイクが必要だ。
きなこは自分の身体も、チュチュ姿も嫌いだった。
今年のアカデミーの発表会では、中学生クラスでジゼル二幕を演じた。
ジゼルは、きなこが一番好きな演目である。
ダブルキャストの主役に決まったときには飛び上がって喜び
以前にも増して熱心に稽古に励んだ。なのに… ロシアから招いた監修のニコライ・シトニコフ先生は舞台を見たあと、
ダブルキャストのもう一人の主役の、水野みやこについては
「繊細でジゼルそのもの」と絶賛。
きなこは「健康的で、精霊に見えなかった」と言ったのだ
その場にいた先生も生徒も一同大爆笑、きなこもつられて笑った。
友達と笑顔で別れ、家に帰り、自分の部屋に戻りドアを閉めたとたん、
きなこは大きな目から、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「大人になったら手術して胸を小さくするんだ」
きなこの嗚咽は一晩中止まらなかった。 バストの大きさは、きなこの大きなコンプレックスだった。
毎回大きめのサイズのチュチュを用意し、
大きな胸がおさまるようにサイドにタックを入れ
ウエストを絞り、谷間が見えないように、胸当ての布もつける。
目立つ胸のために、毎回衣装のリメイクが必要だ。
きなこは自分の身体も、チュチュ姿も嫌いだった。
今年のアカデミーの発表会では、大人クラスで春の祭典を演じた。
ジゼルは、きなこが一番好きな演目である。
ダブルキャストの主役に決まったときには飛び上がって喜び ロシアから招いた監修のバリシニコフ先生は舞台を見たあと、
ダブルキャストのもう一人の主役の、水野みやこについては
「デカパイ」と絶賛。
きなこは「ちっぱいに見えなかった」と言ったのだ
その場にいた先生も生徒も一同大爆笑、きなこもつられて笑った。
友達と笑顔で別れ、家に帰り、自分の部屋に戻りドアを閉めたとたん、
きなこは大きな目から、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「大人になったらバレエをやめます」
きなこの嗚咽は一晩中止まらなかった。 そんなエリートなジュニアの苦悩に比べたら
大人の趣味の田中さんは、気楽なもんである。 バレエ歴1日だというのに、もう将来の妄想が止まらない。
「俺のルックスはロバルト・ボッレ系の甘系セクシーだが、
踊りは、デリケートなマラーホフの路線だろうな。
世界バレエフェスに出るときには、キャラがかぶってしまうなあ」
「そうだ。俺の名前は地味だから、舞台に立つときには
海外でも通用するステージネームも考えなきゃな。
"テディ田中"っていうのはどうかな。おっとぉ、あぶない、
某ダンサーを意識してるのがバレてしまう」
その日、田中さんは幸せそうな顔して眠りについた。 その頃、今年の大人クラスの発表会の演目と配役が決定された。
演目は『ジゼル』全幕。
大人クラスの場合出演は任意参加であるが、実際のところ強制参加である。
同調圧力というものであろうか?もしも断るようなことがあれば、楽しいバレエ学校生活はほぼあきらめた方がよい。 その頃、今年の大人クラスの発表会の演目と配役が決定された。
演目は『ラ・フィーユ・マルガルテ』全幕。
大人クラスの場合出演は任意参加であるが、実際のところ強制参加である。
同調圧力というものであろうか?もしも断るようなことがあれば、楽しいバレエ学校生活はほぼあきらめた方がよい。 その頃、今年の大人クラスの発表会の演目と配役が決定された。
演目は『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』全幕。
大人クラスの場合出演は任意参加であるが、実際のところ強制参加である。
同調圧力というものであろうか?もしも断るようなことがあれば、楽しいバレエ学校生活はほぼあきらめた方がよい。 黒崎バレエアカデミーの発表会は小品集が存在しないが、変わりにVaや全幕バレエ2作品が踊られることとなっている。
今年は『ジゼル』と『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』全幕。
大人クラスのみで踊られるため、
主役も大人クラス生徒が踊ることが通例だ。
主役を踊れることが許されるのはバレエ経験者など一握りだが、校長にその踊りが認められれば大人でありながら提携するロシア名門バレエ学校への特別留学やAクラスへの昇級も約束されている。
それ故に、意識の高い生徒は主役になるための努力は惜しまない。
田中さんも主役に抜擢されることを夢見ているが、誰も敵だと思っていないのか田中さんをわざわざ蹴落とそうという生徒はおらず
田中さんの日常は配役が決定されるまでの間もずっと平和であった。 黒崎バレエアカデミーは大きな組織、発表会出演者は
500人以上にもなるため、何グループかに分かれ数日に分け発表会を行う。
大人クラスの在籍者も50人ほど、全幕物を行うにはじゅうぶんである。
ところで、演目は?どっちなんだ?
他の人のコピペをして少し変えるのは紛らわしいからやめてくれ。 黒崎バレエアカデミーの発表会は小品集が存在しないが、変わりにVaや全幕バレエ2作品が踊られることとなっている。
今年は『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』全幕。
大人クラスのみで踊られるため、
主役も大人クラス生徒が踊ることが通例だ。
主役を踊れることが許されるのはバレエ経験者など一握りだが、校長にその踊りが認められれば大人でありながら提携するロシア名門バレエ学校への特別留学やAクラスへの昇級も約束されている。
それ故に、意識の高い生徒は主役になるための努力は惜しまない。
田中さんも主役に抜擢されることを夢見ているが、誰も敵だと思っていないのか田中さんをわざわざ蹴落とそうという生徒はおらず
田中さんの日常は配役が決定されるまでの間もずっと平和であった。 黒崎バレエアカデミーの発表会
今年は『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』全幕。
大人クラスのみで踊られるため、
主役も大人クラス生徒が踊ることが通例だ。
主役を踊れることが許されるのはバレエ経験者など一握りだが、校長にその踊りが認められれば大人でありながら提携するロシア名門バレエ学校への特別留学やAクラスへの昇級も約束されている。
それ故に、意識の高い生徒は主役になるための努力は惜しまない。 たひたひ( ̄∇ ̄)たひたひ
自分ではモテると思ってると思うよ 私はバレエママさんも好きだけど、アヤコバレエクルールのアヤコ先生が好き
実際、アヤコ先生のコツや解説動画のおかげで出来るようになったことも多々あるし
今はご出産間近なのでYoutubeもSNSも更新が途絶えてるけど落ち着いたらまた更新してくれるのを待ってます 踊る名無しさん 2021/12/23 20:20:43
私はバレエママさんも好きだけど、アヤコバレエクルールのアヤコ先生が好き
実際、アヤコ先生のおかげで出来るようになったことも多々あるし
今はご出産間近なのでYoutubeもSNSも更新が途絶えてるけど落ち着いたらまた更新してくれるのを待ってます。 (原則なんでもありだけど、荒らし行為はやめてほしいわ…以後関係無さそうなレスやコピペは無視ってことでいいだろう) 田中さんは配役が決定したという知らせを聞き
ウキウキとした気分で校内掲示板へスキップしながら向かっていく。
「やっぱ男が少ないから、俺はいい役貰えるに違いないぞぉ〜!」 掲示板の前では大人生徒たちが集まって配役表を見ている。
案外みんな淡々と確認して、去っていく。
小さな声で「おめでとう」とか「よろしくお願いします」と言っている人はいる。
ここで「わーい主役だぜ!」とはしゃいではいけないんだと、田中さんは学ぶ。
ジゼルは、一幕、貴族か、やっぱりな、俺の高貴さは先生にも見抜かれていたか!
ラ・フィーユ・マル・ガルデ?
どんな作品が良くわからないが、あとでネットで調べてみよう。
予備知識ばっちりなのが俺の売りだからな。
うん?
これは?
なんと?!
名前のある大役ではないか!!! 「えっ?田中さん主役?家畜じゃないの?ニワトリじゃないなんて何かの間違い」 wikiから抜粋の主な登場人物。
さぁて、田中さんはどれだろう。
リーズ:農家の一人娘
コーラス(コラ):貧乏だが魅力あふれる農夫で、リーズの恋人。
シモーヌ:リーズの母親。未亡人で娘とアランとの結婚を望み、
コーラスとの仲を邪魔する。男性が演じるのが通例。
アラン:裕福な農場主トーマスの一人息子。
とっぴな行動ばかりとるバカ息子だが、性格は純真。
トーマス:アランの父親で豊かな農場を所有している。
リーズを息子と結婚させようとするが…。 しかしニワトリは踊りが出来なければ意味がない。一番滑稽ではあるがかなり印象の強い役柄であり、素人で運動音痴な田中さんにはハードとも言えよう。
田中さんはヒヨコ役がいいかもしれない。 その数日前、大人クラスの配役を決める教師会議では意見が分かれもめていた。
ジゼルの主役、アルブレヒト、ヒラリオン、ペザントは上級クラスの経験者で決まり、
と一同思ったのだが、そこに紗江子が口をはさんだ。
「初心者だけど、良い男の子がいる。ペザントで経験を積ませてはどうかしら」
「初心者に一幕のハイライトのパドドゥは無理ですよ無理無理」
「無理じゃないです!教師が生徒を信じなくてどうするの!」
紗江子は机をバン!と叩きながら、熱弁した。
「小学生が踊るような簡単バージョンなら、彼は舞台映えするルックスだから
良い経験になるわ。初心者でもできるということを、皆に見せるのも教育でしょ!」 (また紗江子の美青年のごり推しが始まったか…)
紗江子が配役においてルックスを最優先、美青年を推薦するのは常だが、
今回ばかりは初心者にパドドゥをやらせようという紗江子に、教師一同あきれ果てた。
「そのイケメンくんには、ラフィーユの、ジプシーはどうですか。
女性達の中にイケメンが入ると映えるでしょう。
長身なら、主人公の母親役で女装に挑戦してもらうのも
受けるかもしれませんねえ」 紗江子は白紙に戻すと言い始めた
「ずんぐりでしたのがいる。山奥で修行はどうかしら」
「は無理ですよ無理無理」
「無理じゃないです!教師が生徒を信じなくてどうするの!」
紗江子は机をバン!と叩きながら、熱弁した。
「お遍路は良い経験になるわ。ずんぐりでもできるということを、皆に見せるのも教育でしょ!」 あんなに陰気臭く、暗い演目はやめましょう。
この御時世だからこそ明るい作品一択でいきましょうよ。 ペザントを踊って踊りまくって、最後には狂って死んでしまった歴史があるのです。
出演者全員死ぬまで踊り続けました。
死ぬまで踊り続けるという疫病が流行りました。そして全ての人が亡くなってしまったのです。 田舎で本気でバレエをやっていたが都会暮らしがあわなかったね。小学生で麦わら帽子がよく似合って素朴だったのに残念ね。 あーあの白菜もって楽しげに踊ってる子ね!
「ラ・フィーユ・マル・ガルデはそういう農村の暖かい背景の中で繰り広げられてるの。素晴らしいでしょ?」 やれやれ、と塩田和人はため息をついた。
現役時代から、紗江子のわがままには振り回されてばかりだ。
塩田和人もまた有名バレエ団の元ソリストをつとめた人物で、
今は黒崎バレエアカデミーの中学生クラスや大人上級クラスを担当する教師だ。
彼はコツコツ努力を積み重ねていく真面目な生徒を高く評価していた。
例えば、中学生クラスの、松谷きなこのように、
器用ではないが、レッスンの後に一生懸命欠点を克服しようとする努力家を好んだ。
コンクールの審査でも、紗江子が選ぶ子はとにかく容姿の華やかな子で、
塩田の選ぶ生徒は、真面目にきっちり踊るタイプの子だ。
塩田が育てた努力家の生徒たちがAクラスに入ったとたん、
紗江子のスパルタで委縮したり脱落していくのも気に入らなかった。 一方、田中さんは、あいかわらずバレエライフを心底楽しんでいた。
ここは、とある中小企業のオフィス。社員たちがひそひそ噂をしている。
「田中さん、最近、すごく姿勢良くないですか」
「ええ、いつもは背中丸めてPCに隠れてコソコソやってるのに」
「一体、何があったんでしょう?」
なんとでも、言うがいい。俺は既にバレエダンサーなのだ。
今朝は、オフィスの入り口で、城の庭に集まった友人にあいさつする
王子のごとく気高く、片手をあげて
「やあ、みんな、おはよう!」とあいさつをしてみせた。
俺のダンサー・オーラにひるんだかのように、
「お、おはようございます?」とみんな目を背けた。
そしてつま先から部屋に足を踏み入れる俺。
既に、王子様の風格が備わってしまったかもしれない。
さあ、今日もレッスン頑張るぞ! 紗栄子は、厳しくて過酷な柔軟トレーニングの合宿指導をしていた。生徒たちは痛がって、泣きわめいていた。開脚は大人達に抑えつけられていた。 紗江子のお気に入りの高瀬蓮も合宿に参加していた。
「ううっ、紗江子先生っ、痛いですっ」
高瀬蓮は生まれつき男子にしては相当身体が柔らかいほうで、
真横に開脚して、そのまま上体を前に倒すことができた。
しかし紗江子の要求はもう一段階上。
お腹も床にぴったりつくように蓮の上にまたがり、ゆっくりと体重をかけた。
蓮の痛がる姿に、紗江子はニヤッと悪魔的な微笑みを浮かべた。
「ダメよ〜。息をつめちゃ〜。息を吐くのよ〜、さあ、吐きなさぁ〜い」
そして蓮の太ももを触り、内側から外側へと撫で始めた。
「外旋はバレエの命〜。ほぉら、内から外へ〜、腿が開いてく〜」
(※紗江子はケガをさせない限界を知っている専門家です。
ぐいぐい押したり、真似をしてはいけません。) バレエを始めて数カ月、20代の田中さんが疑問に思ったことがある。
それは、Aクラスの生徒たちに漂う悲壮感だ。
自分があの子たちのように、若く才能もあって容姿にも恵まれ、
あれほど上手に踊れたら、さぞバレエが楽しいだろう。
彼らは、踊るために何をそんなに苦しんでるんだろう?
「"選ばれし者の芸術"って辛いんだな」
スタジオの外から、Aクラスの生徒が、
激しい叱責に耐えてる姿を見るたびに思った。
「でも」
「ゲージツは、苦しむためにあるんじゃないよね?
俺のポリシーは、"生きてるだけで丸儲け"だからな!」
田中さんは、今日も元気に初心者クラスに向かう。 バレエ合宿はジュニアクラスの中で素質ある生徒のみが選ばれるため、
初心者大人クラスの高瀬が参加することは特殊なことであった。
周りにいる生徒たちはそんな噂の青年を拝もうと、チラチラ彼の方を見ている。
紗江子に押され痛がり苦しむイケメンの姿は、一部の生徒たちの興奮をも誘った。
紗江子の手は高瀬の太ももをなかなか際どいところまで撫でているのが分かる。 裁判の判決次第だろうけど
予約画面みると4月中旬以降は全く予約できなくなってるから、さすがにこの頃には営業は無理か
1年以上も家賃払わず、ここまで引っ張ったと思えば逆に凄い気もするが・・・ 予約人数を持ち出して話題を振ってる。
ちょっと前は渋谷潰せ公園潰せだの書いてた。 ツイッターには私怨で悪口を書いたらしい
業界的にもこういう非常識なことを許してはならないって気持ちじゃないかな。
書いた人?芸人?女優?のどんぐりさんにそっくりだから彼氏はとーぜん無償でも付いてくるよねー、この方目当てのおばさまにチケット売れたら丸儲けでラッキーという感じかな 訳のわからない書き込みしてる人は、特徴のある書き方が分析されたから、書き方変えて書き込んでるんじゃないかしら?
やはり精神的に障害がある人かと。 他の教師たちに発表会の配役を猛反対されたことで
紗江子は意固地になって、合宿に蓮を強制参加させた。
蓮はすぐ上級者になる。一通りの基礎と技術を身に着けたら
最高の舞台映えをする資質の持主だ。
紗江子は170cmを超える長身であるがゆえ、現役時代はパートナーと役柄が限られ、
歯がゆい思いをすることも多々あった。
昨年(2000年)の第9回世界バレエフェスに出演していた男性ダンサーは
みな長身美形、頭が小さく、首も手足もすらりと伸び、
舞台で並々ならぬオーラを放っていた。
「日本で、ああいう色気のある美しいダンサーを育てられないものかしら」
紗江子は上野駅に向かいながら、黒崎バレエアカデミーの生徒のことを考えていた。
みな優等生でテクニシャン揃いなのだが、紗江子の理想の姿には何かが足りない。
そこで現れたのが蓮だった。 他の教師たちに発表会の配役を猛反対されたことで
紗江子は意固地になって、合宿に蓮を強制参加させた。
ヤマカイはすぐ変態になる。一通りの基礎と技術を身に着けたら
最高のへんたい映えをする資質の持主だ。
ちえは155cmを以下長身であるがゆえ、現役時代はパートナーと役柄が限られ、
鼻くそがでまくる思いをすることも多々あった。
オカマショー出演していた男性ダンサーは
みな長身美形、ア・ソ・コが小さく、首も手足もすらりと伸び、
舞台で並々ならぬニオイを放っていた。
「日本で、ああいう男気のある変態ダンサーを育てられないものかしら」
ちえはトイレに向かいながら、奴隷のことを考えていた。
変態で短足揃いなのだが、ちえの妄想には何かが足りない。
そこで現れたのがヤマカイだった。 まおちゃんは、歳が若いせいなのか性格的なものなのか、ファンの人に対する敬意が感じられる まおちかさんはお育ちがいいんですねー
頭角をあらわしてますねー 「今日は紗江子先生が合宿でいらっしゃらないので、
私の初心者クラスは代講です。よろしくお願いします!みなさん、お久しぶりです!」
河合ナナはまだ20代の助手。子供クラスで小さい子に大人気の
かわいらしい先生だ。紗江子が無理矢理初心者クラスの担当になるまで
初心者クラスも教えていた。
「わー!ナナ先生が代講なんて、うれしい!」
前からいた女性生徒たちは歓声を上げた。
「はーい!はりきって教えますね!では両手バーから」 ナナの明るく澄んだ声がスタジオに響いた。
「脇をそろえてー、そう、いい感じ!」
「もっと床使えますよー!うん!その調子!」
普段はスルーされている田中さんにも
ニコニコしながら丁寧に教えてくれる。
「田中さん!パワーあふれてますね!
手までアントルシャしなくても大丈夫ですよ!
ほら、ずっと良くなりましたよ!」
明るくて優しくて、いい人だなー、ナナ先生。
田中さんも感激していた。
「みなさん、少し見ない間に上手になってびっくりしました。
紗江子先生の指導のおかげですね」 「私はナナ先生のほうが良かったなー」
レッスンの後、女性生徒たちはストレッチしながら噂していた。
「紗江子先生が教えるようになって
初心者クラスなのに、一気に難しくなっちゃったよね」
「うんうん、でも指導は蓮くんに集中してるし。
田中さん、いつも無視されてるみたいでイヤでしょ?」
え、俺ですか?田中さんは急に話を振られて答えに迷った。
「俺はー、あまり気にしてないですよ。
蓮くんは良いお手本になってくれてて。ほんとに上手だし。
紗江子先生の言うことは、難しいし厳しいけど
なんていうか…初心者にも、"本物のバレエ"を教えようとしてる」 「白豚のほうが良かったなー」
食事後、黒豚たちはストレッチしながら噂していた。
「カバが監視する
白豚の養豚場なのに、黒くくなっちゃうよね」
「うんうん、注文は黒豚に集中してるし。
客は急なオーダーに迷った。
「俺はー、あまり気にしてないですよ。
黒豚は良いとんかつになって、ほんとに旨いし。
シェフの言うことは、わかりにくい説明だけど
なんていうか…一見さんにも、"本物のとんかつ"を教えようとしてる」 シェフ低い声が食堂に響いた。
「脇をそろえてー、そう、いい感じ!」
「もっとうまくナイフを使ってー!うん!その調子!」
普段は売り切れのヒレカツもまだあった。
「黒豚の肉汁パワーあふれてますね!
とんかつソースをかけなくても大丈夫ですよ!
ほら、ずっとおいしくなりましたよ!」
カバみたいな人だなー。
美味しくって感激していた。
「黒豚さん、少し見ない間に美味しくになりました。
シェフの調理のおかげですね 「初心者にも、"本物のバレエ"を教えようとしてる」
我ながらカッコいいことを言った、と田中さんは満足した。
ある人は、「そうね、他の教室で習ってたんだけど
こんなにきっちりポジションのこと言われないから
何年も習って形になってない人多かった」
また別の人は、「でも、一応初心者クラスなんだから、
わかっててもできない気持ちに寄り添ってくれないと
高い要求されてばかりじゃ続かないわよ」
初心者クラスこそ、教える難しさがあるのかもしれない。 (it seems like my sentences have inspired you so much :)
but show your own creativity) 初心者からギターを始めて1年がっつりやれば指が動いてコードを押さえられて一応弾けるようになるのと似てる。
「ぎこちなく弾き語りができるレベル:半年
思い通りにリードギターを弾けるようになるレベル:5年
聴いたことある曲を耳コピでソロギターにして弾けるレベル:10年」
だってさ。 ナイスナイス
アッハーン
ヤーヤー
オーマイゴーッド
チェケラッチョ >>130
この腐った生ゴミが!
私の書き込みを勝手にコピペしてんじやねーよ!
お前死ねや!クソ野郎! 生ゴミババァー
ヤク中の殺人鬼が刃物を振り回している
生ゴミババァは走り去った
殺人鬼はツイッターで顔を晒され、直ぐに逮捕された 一方のバレエ合宿では、塩田和人によるパドドゥのクラスが行われていた。
女子の数が男子の数の5倍という環境のため、男子たちは休むひまもない。
「アダジオのサポートは女性を動かすというより、
女性が動きやすいように、"枠"を決めること」
高瀬蓮にとっては、もちろん初めてのパドドゥ挑戦だ。
ポワントで女性をサポートするのも
ポワントで踊る女性たちの骨格の違いまで考えるのも初めてだった。
「女性の軸の位置を見極めることに集中して。無理に回さない」 なるほどな、と塩田は思った。
佐藤紗江子があれほど執着する生徒だけあって、
高瀬蓮は、容姿がいいだけじゃない、
見てすぐに理解する、カンが良い、覚えも良い。
しかも礼儀正しく、努力家だ。
「この子の軸は、もう少し左だな。1,2,3 正面!よしいいぞ。
ジュニアは軽いが大人の素人相手じゃこうはいかないよ。
それでもバランス崩したら男のせいだから
その場合、どの位置に戻すかも考えて」
選抜メンバーの合宿に大人初心者が参加することに懐疑的だった塩田も
蓮の飲み込みの良さに感心して、手取り足取り教え始めた。
「今度から、上のクラスやパドドゥクラスにも出るといい」 田中さんはバレエショップ・ルルべで足裏強化用のゴムバンドを購入した。
まずはグッズや知識から入ってイマジネーションを広げるのが俺のやり方さ。
レッスン前に足裏にひっかけてストレッチする自分を鏡で見ながら、
もうプロにしか見えない、とひとり悦に入った。
「今度、初心者クラスが増えるそうよ。担当はナナ先生だって」
女性達はどこから聞きつけるのかいつも情報が早い。皆勤してる田中さんにも初耳だ。
このところ、大人初心者生徒が増えたのもあるが、
きっと誰かが紗江子先生が厳しすぎるとクレームでも入れたんだろう。
よし!出られるクラスは全部出るぞ!
厳しい紗江子先生、優しいナナ先生、両極端な雰囲気のクラスだが、
田中さんはどちらも気に入っていた。 松谷きなこも合宿に参加していた。
もうすぐAクラスの数人が海外留学のために抜けるため、定員に空きが出る。
きなこのAクラス入りはほぼ確定していた。
ところが、きなこは最近バレエが楽しくない。
小さいころは、何も考えずに音楽に合わせて踊るのが大好きだった。
いつかママのようなバレリーナになると思ってた。
ライバルの水野みやこは、あんなに生き生きとしてるのに
きなこはいつも疲労感が抜けずにいた。
「バレエ、やめてしまいたい。来年は普通の高校生になりたい」
でもきなこは、大バレリーナ瑠璃子の娘、そんなことは言えなかった。 そうは言いつつ、きなこはぺらっぺらの弱い足とはおさらばしたいと、涙をこらえながら縦アーチを意識した足裏強化エクササイズをしていた。 ペラペラなんていや
最強の足裏を手に入れなきゃお母さんをがっかりさせてしまう。道具を使わないでどこでもできるエクササイズを稽古の合間にしたり、僅かな時間があれば必死でアーチを支える4つの筋肉はどうなっているんだろうと足裏を縮めるトレーニングに余念がない。 バレエのレッスンは小学3、4年生ごろから加速度的に厳しくなる。
親の経済的負担も増える。受験や部活を理由にやめる子も多い。
黒崎バレエアカデミーの場合、
外部からプロを目指す子たちが移籍してくることで
中学生クラスは一気にレベルが上がるため
のんびり習っていた子は次々に脱落していってしまう。
幼稚園からの仲良しだった あんこちゃん、みつちゃん、みぞれちゃん
いつも一緒だった友達のことを、きなこは思いだしていた。
みんな、みんな、バレエをやめてしまった。
「きなこちゃんは才能あるから、バレエ続けてね。
ローザンヌ賞取ってプロになってよ!」
という重たい励ましの言葉を残して。 きなこの憧れは、アレッサンドラ・フェリ。
高い甲、柔らかい足先が、際立って美しいダンサーだ。
5年前まだ小学生のときにゲストで来た舞台を見た。
危ういほどの絶妙なオフバランス、音楽を奏でるかようなフットワークに魅了された。
「そうだ、足裏だ」
きなこは弱気になっている自分を奮い立たせ、今日も自主トレを始める。 きなこは石井久美子さんの足裏や、踵に特化した研究、そしてバレエに対する情熱で自分も心が熱くなるのだ。 きなこは小学生まではクラスで一番小柄だったのに
中学生になってから急に背が伸び、中3の今も、まだ伸び続けている。
この数年はずっと、変化していく自分の身体をコントロールしきれず、
肝心なところでバランスを崩すことが多かった。
そう、前回のコンクールでも、予選は上手くいったのに…。
「焦ることはない」塩田はいつもきなこを励ましていた。
「コンクールは成長の手段であって、ゴールではない。
バレエ団で毎日リハーサルやってればイヤでも痩せる。
それよりバランスの取れた栄養と休息が大事」と。 「あなたたち、こうやって基礎を見直す時間は
どれだけ残されてると思ってるの?
いつまで同じことを言ってもらえると思ってるの?」
紗江子は、男子クラスでポジションを厳しく直していた。
21世紀のバレエは1980年代とは違うのだ。
男子も女子と同様に、美しいラインを見せなくてはならない。
高瀬蓮は生まれつき正確なターンアウトができ、きっちり5番に入る
恵まれた骨格をしていた。バーだけを見ていれば既に上級者のようだ。
問題はセンターだった。
「男子は回れて跳べなきゃ、論外」
アラスゴンターン、トゥールザンレール、カプリオール
といった、男子必須のテクニックの数々を
蓮は10代のエリートたちに混じって練習した。
「下手なまま何度繰り返しても、下手に踊るのが上手くなるだけ!」
紗江子は手厳しい。
「考えなさい!何が違うのかを!」
何が違うのか?
蓮は食い入るようにアカデミートップの男子たちを観察した。 大人初心者や小さい子を教える河合ナナは、元はAクラスの生徒だった。
アメリカのバレエ団に就職するもハードな生活に体調を崩し、
わずか数年で日本に戻ってきてしまった。
夢に描いていたバレエ人生は、あっけなく終わってしまった。
そんなときに、アカデミーの助手にならないかと声をかけてきたのは紗江子だった。
「ナナは昔から小さい子たちの面倒をよく見ていたでしょ」
プロとして活躍するだけがバレエ人生じゃない。
「バレエを愛する心があれば、子供も大人もバレエダンサーですよ!」
ナナのポジティブな言葉に、田中さんは、大いにやる気を刺激された。
「そうだ、俺もまた、世界のバレエダンサーの一人なのだ!」
そしてお気に入りのジュッテ・アントルラセを
ゴム跳びに夢中な子供のように繰り返し練習していた。 『あの高瀬って奴…。生意気だな……』
いつも楽しく前向きにバレエを頑張っている田中さんのような生徒もいれば、
先生から贔屓にされ期待されている蓮を不愉快に思う穏やかではない生徒もいた。
リチャード・ウェルフォードもその代表といってもよい。イギリス人の留学生で、なかなかの負けず嫌いとしても有名だ。
外国人でありながら黒崎バレエアカデミーでアカデミートップクラスの仲間入りを果たしたのも異例なことであったが、彼の舞台映えのするルックスに高いテクニックを思うと必然的であったともいえるかもしれない。
他の男子生徒にとっても高瀬の存在はあまりいいものでは無かったが、彼らが抱いているのは見下しであった。
彼らはあのようなレベルの低い者が自分達と同じレッスンを受けていること自体が気に食わないと思っているが、リチャードはそれとはまた違った。
リチャードは蓮が今はテクニックは無くとも将来性があり素晴らしいバレリーノに成長する素質のある男であることを見抜いていた。
それ故に気に食わなかったのである。 リチャードは鋭い視線を蓮に向けた。
「俺を見ろ。己の実力のほどを思い知れ!」
と挑発するかのように。
リチャードの踊りは、音楽そのものを見るように流麗であり、
テクニックは正確無比。彼が踊ると気高いオーラが空間に満ち溢れた。
蓮は男子クラスのレベルの高さに圧倒され、ショックを受けていた。
これが"本物のバレエ"なのか、と。 男子生徒たちもリチャードの踊りに魅入っていた。
それと同時に、普段彼にはない闘争心も感じられた。
「なんかリチャード、本気になってねえか」
「まさか高瀬への挑発か?」
「あんなレベルの奴にマジになってるとか…」
生徒たちは色んなことを話した。 お前ら和歌山県の下村拓郎様(35歳独身、元自衛隊)をご存知か、この方は将来素晴しい人物になるから覚えておいて損はないぞ 韓国ドラマで話題になった「高齢男性バレエ」のおかげで
日本でもバレエ男子をいろいろ取材しようとなったらしく
これから羽ばたくかわいらしくも初々しい中高生
既に現役バリバリな20代〜
に対比する位置づけとして
TV的に辛うじてOKな清潔感を保っている中高年男性のサンプルとして
田中さんが選ばれたのかどうか
それはまた別の話である 自衛隊とか韓国ドラマって支離滅裂な展開ですね
高齢者の田中さんは70才以上なのかしら?
韓国ドラマは好きではありません
それにバレエを下地ではなく、自衛隊にしたらいいんじゃない? 世界のバレエ人口、とりわけ日本のバレエ人口は多い。
「バレエをしてる人」と一言で言っても、
経歴も資質も違う。置かれた環境も目標も違う。
バレエの世界の頂点にたどり着くものは、ほんのわずかな一握り。
ほとんどの人が裾野で迷い、山の中腹にも至らずに終わる。
それなのに、なぜ、我々は踊るのか。 田中さんは考えた。
なんで俺、バレエこんなに好きになっちゃったんだろうな。
そうだ、俺は、長い間、自分の特性に気が付いてなかった。
心が繊細で、芸術家肌の俺は、音楽に乗って、喜びにあふれて、
優雅に身体を動かしたかったんだ。そう、王子様のように。
そんな自分らしさの全てが、バレエに凝縮されていたんだ! そして田中さんは
まだ誰もいないスタジオで思う存分に体を動かした。
彼の頭の中では、アダージオの優雅なメロディーが流れている。その流れるような音に合わせながら踊った。
「?」
田中さんが気持ちよく踊っていると
視界の端に衣装がかけられていることに気付く。
純白のタイツに青い上衣。紛れもなく王子の衣装だ。田中さんは何を思ったのか、まるで田中さんを待っていたかのようにそこにある衣装の方へ、彼は吸い寄せられるように歩いていった。 田中さんの鼓動は高鳴り、気が付けば王子の衣装を身に着けていた。
脚を締め付けるタイツ、思ったより固めの上着。
田中さんは、鏡に映る自分を見て身震いを覚えた。
「ああ、これが本当の俺の姿なんだ…」
田中さんは、スタジオ上手側からおごそかに歩き、ポーズを取った。
「みなさん、私の踊りをお見せしましょう」とにこやかに微笑んで。
金平糖のグランパドドゥのアダジオに続いて流れたのは、王子のバリエーション。
ファゴットが低くリズムを刻み、フルートが軽やかな旋律を奏で
クラリネットが追いかける。
音が軽快に絡み合う8分の6拍子のタランテラ。 タランテラの名の由来は、15世紀ごろイタリアで流行した病気
タランティズムと言われている。
この病にかかった者が生きる力を取り戻すには
音楽に合わせて踊る必要があったと言う。
田中さんは、夢中で踊った。
つま先は伸びてないが、エネルギーにあふれたシャンジュマン。
お尻は出ているが、気合の入ったソドバスク。
パッセは縦向きに巻き込んでいるが、喜びにあふれた一回転ピルエット。
最後の「ジャン!」という音で、左手を腰に、右手を高らかにあげた。
「俺は王子様だ!」 「バレエを見つけたことは、失くしていた自分の一部を見つけたようなものだった」
(ミスティー・コープランド ABT プリンシパル)
Finding ballet was like finding this missing piece of myself.
Misty Copeland と、バレエのことを検索しまくった結果、多くのバレエダンサーの言葉を覚えた田中さんは自身の心情を表すごとき一文を引用し呟いた。
その姿を偶然、きなこは見ていた。
散々しごかれ、心身が疲れ切っていた彼女は、同様に心身が疲れ切っている仲間ばかりをみていたせいか
スタジオで一人王子の衣装を身にまとい楽しそうに踊る田中さんが新鮮で輝いて見えた。 「ふふっ、王子様ごっこしてる。
田中さんって人、いつも踊ってて楽しそう」
私も以前はそうだったのにな、ときなこは思った。
「肌から表情から身体から全部、自分をキラキラ輝かせて。
二千人の観客を夢に誘う主役が、普段の姿のままで出てこないで」
と先生に言われても、動きにとらわれて、あれもこれも足りなくて、
もどかしくて、焦ってばかり。
田中さんのはじけるような王子様姿を見て、きなこの目には涙が浮かんだ。 「ブラボー!」誰かが拍手している。
これは幻聴か。
王子のバリエーションを完璧に踊り終え、歓声を浴びる俺…。
自分に陶酔しまくっていた田中さんは、急に我に返った。
「あっ、き、きなこちゃん?あの、見てたの?
うわあ、やだなあー、恥ずかしい」
「すごく素敵で、感動しました」
涙のにじんだ笑顔で、きなこは言った。
次の瞬間、「何してるの?」
背後から冷ややかな声が聞こえた。
「あっ、紗江子先生、合宿からお帰りで…?」 「あっ、あっ、アキラ100%を…」
「田中さんは、アホなの?」紗栄子はいつも直球だ。
大真面目であるが、紗栄子にはふざけてるようにしか見えない。 そんな田中さんにも暗い過去があった。田中さんには子供がいたが、山奥へ捨ててきてしまったのだ。田中さんは誰か優しい人が育ててるとどこ吹く風で呑気だ。でも実は野犬に食われて白骨化したままどこかにいる。
田中さんは、パッと見はどこにでもいる普通のおじさんだ。 >>25からずっと、20年前、田中さんがバレエを始めたころ
大いに勘違いを炸裂させていた時期の回想である。
いつ話が現在に戻るのかは、誰も知らない。 ある日、夕方のTVニュース番組の短い特集コーナーで
黒崎バレエアカデミーのバレエ男子たちが紹介された。
数カ月前に、取材で来ていたのが、忘れたころに放送された。
「バレエと言えば、女の子の習い事というイメージがありますが、
近年、日本人の男性バレエダンサーの活躍が目覚ましく、
国際コンクールでの入賞など、国内外で大きく注目されています。
美しくも厳しいバレエに情熱を燃やす、バレエ男子たちを取材しました」 Aクラスの男子のレッスン風景。
TV映え抜群のリチャード・ウェルフォードが大きく映し出される。
ドンキ三幕のバリエーションの曲とともに、
将来を嘱望された男子たちの華麗なるグランワルツが披露され
ナレーションが入る。
「男性のバレエには、跳躍や回転などの
よりダイナミックなテクニックが要求されます。
男性ダンサー達は、表現者であると同時にアスリートでもあります」 大人クラスもほんの少しだけだが、一応映っていた。
まず高瀬蓮の端正の顔がアップになり、センターで踊る姿も映った。
その後方で、田中さんがジタバタしてるのも見えた。
「えっ、これ、俺?!」
テレビで観る自分のバレエ姿は、田中さんには衝撃だった。
「これでは、まるで、コントじゃないか」 そんな短いニュースをキラキラした瞳で食い入るように観ている一人の男性
もう何年も地味に地味に基礎レッスン中心の先生についてバレエを続けている中村さん
のちに田中さんと運命の出会いを果たすのだが
激しく対立するライバル同士となったのか、それとも心友となったのか
そして夕方のニュースをワクワクした様子で報告する中村さんを
暖かく見守る基礎トレーニングの宗方コーチ
そしてロシアから教えに来ているミロノフ先生
それはまた後日 リチャードが主役として出演する舞台練習のため、彼はスタジオにきていた。
「おはよう、リチャード。ニュースでこの前の取材の流されてたけど、ほとんどお前が映ってたな」
「見映えも技術も抜群で羨ましいよ」
するとAクラスのバレエ男子達が昨日の夕方のニュースを話題に挨拶をしつつ彼に近づいてきた。
「ああ…ありがとう」
生返事をして、徐にハンガーにかけてある王子の衣装を手に取ろうとしたとき、バレエ男子の一人が思い出したように口を開く。
「そういやさ、これ変な奴が勝手にきてたらしいぞ」
この前田中さんが勝手に拝借した王子の衣装。
これはリチャードのものだったのだ。変な奴というのは勿論田中さんのことである。
「大人クラスの田中って奴だろ? きなこが感動したとかどうとか…」
きなこという人物の名をきき、リチャードはドキッとした。実は彼、きなこのことを密かに好いていたのだ。
いつも真摯に健気にバレエが向き合い性格も穏やかで純粋なきなこは、リチャードにとってのプリンセスそのものである。
当然きなこがいつも何かに悩んでいたことも知っていたが、素直ではないリチャードはいたわりの一言さえかける勇気が持てなかった。
「そうか」
特に何とも思っていないという素振りを見せながらも、リチャードの中ではきなこを感動させたという田中さんへのライバル意識がこみ上げているのであった。 田中さんは、バレエショップルルべで、
生まれて初めて女の子へのプレゼントを買った。
ふわふわのファーとキラキラ光るバレリーナの飾りがついた
可愛いキーホルダーだ。
「前にきなこちゃんが、服を汚して困ってる俺を助けてくれて、
ちょっと遅いけど、あの時のお礼をしようと、ずっと思ってて…」
年下の女の子に全く免疫のない田中さんは、
しどろもどろに照れながら、きなこにキーホルダーを渡した。
「わあ!うれしい!こういうの欲しかったの!
さっそくバッグにつけるね」きなこは満面の笑みを浮かべた。
「それから、この前、俺の踊りに拍手してくれて
ありがとう。下手で恥ずかしけど、すごく励みになったよ」
「ううん、田中さんの踊りに救われたのは私のほう」 リチャードは、二人が仲良さそうに話しているところに偶然出くわし、
さっと壁のかげに隠れ、様子をうかがった。
なんだ、あれが田中か?きなこより10歳は年上か?
しかもハーフパンツにTシャツとか、いかにも初心者、
同じ初心者でも、高瀬蓮のほうがずっとマシじゃないか?
きなこが、あんなパッとしないやつと楽しそうに笑ってるなんてどういうことだ!?
リチャードは嫉妬心に燃え、わなわなと震えた。 恨み節にかつお節…
疲れた疲れた疲れた疲れた
鰹節をするのに疲れた
英語禁止だなんて
英語を話したい、英語を話したい
ストレスMAX、ストレスMAX、ストレスMAX 「いや…見た目は本当にぱっとしないが、かなりの素質のある人物なのかもしれないな…。あのきなこが感動した程だ」
リチャードは首を横にふり、自身の偏見を疑った。この目で見なければ真の実力などわからない。
たとえAクラスでなくとも、たとえ初心者であっても、リチャードは侮ってはならないということを常に自分に言い聞かせるような男であった。
素直ではないが案外バレエに関しては謙虚なのである。
「確か大人クラスは昼からだったな…。発表会の練習があるときいていたが。ちょっと見学するとしよう。そうすれば田中の実力が分かるに違いない…」 その頃いつものように基礎クラスでステップをさらう中村さんは
珍しく集中力が今ひとつで心ここにあらずな様子
画面の奥に小さく見切れていた田中さんの一瞬の姿が脳裏から離れない
研究機関で中間管理職の中村さんは自分を出し切るのが苦手なタイプだった
バレエは理屈がわかると上手くなるので自分には向いていると思っていたし
事実あまり悩まず上達するように感じていた
がしかし・・・ 大人クラスの発表会の演目は『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』
田中さんは「雄鶏」の役だ。4人の女性のニワトリを従えてコミカルに踊る。
動物の役だなんて、と最初はちょっと落胆した田中さんだったが
紗江子が「アイドルグループで言えば、デビューからいきなりセンターの位置」
と説明すると、
長年、モーニング娘。ファンだった田中さんのやる気スイッチがオン!
田中さんは技術はないが、不思議なアピール力は持っていて
田中さんが楽しそうに踊ると、観ていた他の生徒たちは思わず笑顔になっていた。
(ニワトリの参考動画は、YouTubeで、
The Chicken Dance - La Fille Mal Gardee) 田中さんは研究熱心だ。
先生から過去の発表会のビデオを貸してもらい、
上級者が演じたニワトリのシーンを繰り返し見ていた。
「ちょっとキレイすぎやしないか?
ニワトリというよりは上手いダンサーにしか見えない」
ある休日、田中さんははるばる養鶏農園に出向いた。
狭いケージ飼いではなく、広々とした農園でニワトリを平飼いをして
高級卵を生産している農家だ。
飼育されているのはほとんどメスで、雄鶏はわずかしかいない。
「バレエ教室もそうだな」
田中さんは妙な共通点を見出しつつ、ニワトリを観察した。
足の運びは慎重にも見える。なんといっても首の動きが独特、
アクセントが効いている。突然走り出したりもする。
人間関係のようにニワトリ同士の関係もさまざまのようだ。
田中さんは、何十羽のニワトリに混じって、仲間のように動きを真似し続けた。
「なんか、変な人が来たな。舞台って言ってたけど、お笑いか形態模写の人かな」
怪訝な顔をしてみている農家の人をよそに
その日、田中さんは完全にニワトリの動きを自分のものにした。 スタジオでは初心者から上級クラスまで集まって、
大人クラスの初めての合同リハーサルが行われていた。
田中さんのリアルなニワトリの踊りは生徒たちの喝采を浴びていた。
それを見ていたリチャードはつぶやいた。
「ダンサーというよりは、ニワトリにしか見えない」 高瀬蓮は、上級者の男性と一緒に
キャラクターダンスであるジプシーのソリストを踊る。
抜群の身体能力と容姿で、上級者と並んでも見劣りしない。
悪くない、と塩田は思った。
技術はまだまだだが、蓮にはダンサーとしての色気がある。
ジプシー女のソリストに、教師である紗江子が特別出演。
長身男性二人と魅力的なジプシーを演じる。
生徒たちは、三人の踊りに「かっこいい〜」と見惚れて騒いでいる。
長年、同じバレエ団で紗江子とは腐れ縁の塩田にはわかっていた。
「紗江子のやつ、自分がこれ踊りたかっただけだろ…」
(YouTube
"La Fille Mal Gardee" - Bolshoi Ballet Grigorovich Company 1994
1:13:00〜ジプシーの踊り、1:13:50〜ジプシーの女と男二人の踊り) >>168
>>174
中村さんは決意した。
「そうだ、黒崎バレエアカデミーに行こう!」 大人のためのバレエクラスに体験のご予約ですか?
男性お一人・・・ボーイズクラスのご見学で・・・バレエのご経験は・・・はい・・・はい・・・
受付の困惑ぶりに、最近は奥にいて滅多に姿を現さない「黒崎アカデミーの始祖」とも言える大先生が顔を出した
御年は80歳は超えているだろうか
「何か面白そうな人が来そうじゃない?わかるのよ、勘が働くから」 黒崎バレエアカデミーの歴史は長い。>>2
1901年(明治35年)には日本にバレエはまだ入ってきておらず
西洋史の学者であった黒崎勇を中心に、帝国大学生など
ダンスや演劇を愛する人々が集まり発足したのが
「黒崎西洋舞踏研究所」だ。
1927年(昭和2年)、ロシア革命を逃れ亡命してきたロシア人バレリーナが
鎌倉に日本初のバレエ教室を作る。
黒崎勇のめいであった黒崎タキ子は、そこでバレエの訓練を受けた。
戦後1945年(昭和20年)、タキ子は「黒崎西洋舞踏研究所」を引き継ぎ
翌1946年、日本初演「白鳥の湖全4幕」の公演にも参加。
日本バレエの黎明期を担った一人である。
その後、研究所は「黒崎バレエアカデミー」と改名し
現在に至るまで、多数の優れたダンサーを輩出する。 黒崎タキ子は、戦後、不世出の天才美女バレリーナとして名を馳せた人物だ。
今でこそ気のよさそうな小柄なおばあちゃんであるが、
かつて、彼女のレッスンは「泣く子も黙る」ほどの厳しさで有名だった。 TVで流れたお陰か最近男性の
それもご年配な方からの問い合わせが増えて・・・
しかも「ぜひクロサキのボーイズで体験してみたい」って・・・
イケメン効果ばつぐんなんですかね
受付のお嬢さんは苦笑いだったが
大先生は既に全く話を聞いておらず「来るわよ面白そうな人が、愉しくなるわ」とつぶやいていた
「こんにちは!ボーイズクラス体験なんですけど!」ハキハキした感じのにこやかなおじさんが受付に現れた
小柄で浅黒く筋肉質でスポーツ万能といった感じで、バレエ教室にはちょっと異質だ
えーっとご予約の・・・
鈴木です
あーら、待ってたのはこの子じゃないわね?
受付の奥の部屋で気配を消しながらタキ子は紅茶を飲んでいた 黒崎バレエアカデミーには、オープンなボーイズクラスがある。
参加条件は「中学生以上の男性、バレエ歴3年以上」。
最近、参加者の年齢差もレベル差も広がって、ややカオスと化しつつあるが
男性がこれほど集まるクラスは稀であり、男たちの活気に満ち溢れている。
リチャードたち精鋭男子は、選抜Aクラスやコンクールレッスンのない日に
ボーイズクラスにやってきて、華麗な踊りで場をさらっていく。
高瀬蓮は、紗江子のスパルタ基礎クラスや
大人向け中級上級クラスと併行して、このボーイズクラスにも通い
まわりの人が目を見張るほどの上達ぶりを見せている。 この物語の主人公である田中さんはと言えば、
カワイーナ先生こと河合ナナの楽しい初心者クラスと
紗江子が教えるスパルタクラスに通い、
相変わらず楽しくジタバタやっているのだが…
「俺もそろそろ、ボーイズクラスに行きたいなあ。
ボーイズクラスでは男性の動きをたくさんやってるみたいだし。
歴3年かぁ。蓮くんは1年目で入れたのになぁ」 田中さんは高瀬蓮を羨ましながら鏡に映る自分の姿をみつめた。
決してバレエ的に向いているとは言い難い脚のラインにペラペラの足裏、可動域の狭い股関節。
身長はそこそこあるものの、体のバランスの関係で低身長に見えた。鎖骨も開いておらず猫背なのが分かる。
田中さんはため息をついた。
同じ初心者で20代であるのに、蓮とは素材から違うのだ。
「ダメだダメだ。そんなこと考えても意味ないからな。俺は自分のペースで上手くなるんだ。身体条件が恵まれてなくても努力でプロになったダンサーだって多いはずだろ」
決めたぞ、俺が先生にボーイズクラス受けられるか相談しよう。蓮くんよりも身体が恵まれていないからこそ努力しなきゃいけないからな。 >>187
この物語の主人公である田中さんはと言えば、
はな先生のマッタリクラスと
みこが教える盆踊りに通い、
相変わらず楽しくジタバタやっているのだが…
「俺もそろそろ、ボーイズクラスに行きたいなあ。
ボーイズクラスでは不思議な動きをたくさんやってるみたいだし。 先日の発表会。
ニワトリはニワトリでも観客の心に残るニワトリを演じてみせる。
田中さんは農園のニワトリの動きを研究し、リアルさを追求した。
わずか2分の出番。
田中さんは、ニワトリを踊り切った。
その踊りは、田中さんの評価を変えた。
「リアルな表現で人々の記憶に残るニワトリだった」と絶賛された。
田中さんがボーイズクラスの先生におそるおそる会いに行くと
「田中さん?ああ、この前のニワトリの人」 >>189
(プロフェッショナルという番組の
ナレーションのパクリである。
誰かわかってほしいのである。
https://youtu.be/vQT5A3Fc7r4?t=273) ばぁばは鏡に映る自分の姿をみつめた。
決して数独に向いているとは言い難いペラペラの知識
頭はあるものの、体のバランスの関係でゴリラにみえた。
ばぁばはため息をついた。70代だから脳みそがちいさい
「ダメだダメだ。そんなこと考えても意味ないからな。ばぁばは自分のペースで頭良くなるんだ。身体条件が恵まれてなくても努力でIQがたかいはずだろ」
決めたぞ、ばぁばはリハビリ受けるか相談しよう。若者よりも頭が悪いからこそ努力しなきゃいけないからな。 面識のない先生に「ニワトリの人」と記憶に残ってるなんて。
俺の目指すのは、みんなの王子様・田中さん、なのだが。
そう、田中さん、間の取り方が上手く、観客との呼応力もあり、
パフォーマーとしては、なかなかの才能とセンスがあった。
だが、骨格が全くバレエ向きでなく、
努力があらぬ方向に向いてしまうのが、惜しいところだ。 教師会議の後に、紗江子は首をかしげていた。
大人クラスの発表会を見た他の教師たちが、
高瀬蓮のことを「滅多にいない逸材」「主役級のオーラ」
「バレエのために作られたかのような脚」とほめたのは想定内だが、
田中さんのニワトリをみんな
「最高傑作」「あれ以上のニワトリは考えらない」
「黒崎バレエアカデミーの歴史に残る好演」と絶賛したのだ。
「そういえばニワトリの人、ボーイズクラスに出たいと言ってましたが、
紗江子先生の意見はどうですか」
意見もなにも、紗江子は田中さんのことはほとんど見ていなかった。
あの歪んだ脚に、猫背、がちがちに固い身体では
教えるだけ無駄だと最初っからスルーしていたのだ。
「本人が出たいと言うなら体験させればいいんじゃない」
恥かいて諦めるんじゃないかしら、と紗江子は思った。 窓の外を眺めると、首吊り気球が近づいてきた。その首吊り気球は気難しそうに何かいいたげなしかめっ面をしている。空は苦しげで重たく唸り声をあげなからだんだん空は暗くなってきた 実は10代の頃からミュージカルやヅカが大好きだった鈴木さん
タップも熱心にやった事があったんだが、当時付いていた先生が若くして亡くなられてしまい
哀しみのあまりタップから離れたらしかった
仕事に追われてダンスからは離れていたけれど、ようやく踊り心が戻ってきた鈴木さん
そんな鈴木さんにとって黒崎アカデミーは良い場所になるのかどうか 日曜朝、黒崎バレエアカデミーの一番大きなスタジオには
さまざまな経歴の多数の「バレエ男子」が集まっていた。
これからボーイズクラスのレッスンが始まる。
田中さんは、ビビっていた。
Aクラスの男子に、大人中級上級クラスの男性。それに、先生。
オープン形式のため、外部のプロやジュニアも混ざる。
しかし、中には普通のおじさんっぽい人や素人らしき人もいた。
田中さんは不謹慎にも「あの人達、どうか初心者であってくれ」
などと願うのであった。 月曜日昼、歌舞伎町の一番大きなおっパブには
さまざまなの「熟女好き」が集まっていた。
これからサービスタイムが始まる。
田中さんは、キョドっていた。
底辺工業高校に、進学校の男子高校生。それに、先生。
オープン形式のため、外部のヤンキーやヤーさんも混ざる。
しかし、中には普通のサラリーマンっぽい人やオタクらしき人もいた。
田中さんは不謹慎にも「あの人達、どうかボインであってくれ」
などと願うのであった。 実は10代の頃からキャバクラやおっパブが大好きだった鈴木さん
チョメチョメも熱心にやった事があったんだが、当時付いていた先生が若くしてはまってしまい
激しさのあまりおっパブから離れたらしかった
仕事に追われておっパブからは離れていたけれど、ようやくチョメチョメ心が戻ってきた鈴木さん
そんな鈴木さんにとっておっパブは良い場所になるのかどうか ボーイズクラスのメインは、センターでの男性のパである。
「アントルシャ・シス16回」
Aクラスの男子たちがさっと前方に並び、他のジュニアたちが続く。
プロダンサーたちは少し端のほうでマイペースで踊る。
いかにも素人っぽいビリグループは最後の列だ。
誰も「お前がビリ」とは言わないのだが
田中さんの実力不足は一目瞭然。
さすがの田中さんも、前には出ていけないほど上手な者ばかりだ。
「できなければ、シャンジュマンでいいから」と教師が言う。
最近、参加者のレベルの差が大きくなったため、
できない人には簡単バージョンを提案する。
いや、やるぞ!アントルシャ・シスだな!
用語集を買って勉強したんだ。
カトルからもう一回打つんだ。 一所懸命だがなかなか大変そうにしているためか、初参加ということもあるのか
そんなな田中さんを見かねて、ボーイズクラス担当教師が彼に近づき言った。
「田中くんだよね?まずバーに両手で捕まって1番に立ってみて。
無理に開かなくていいから、足裏がきちんと床について床を押せるぐらいがちょうどいいかな」
中年ぐらいの優しそうな雰囲気の男性教師で、その口調も穏やかである。
田中さんは慌てて1番ポジションに立つ。
「なるべくひざに力を入れないで引き上げながらプリエをして…
そこから足裏をシールをはがすみたいに踵からゆっくりルルベしてごらん。
足裏をちゃんと使ってね」
「は…はい!」
「降りるときもつま先から順番にシールをくっつけるようにね。それを何度も繰り返してみよう」
相変わらずの膝の歪み具合だが、
骨盤も傾き足裏ぺらぺらで筋肉のない田中さんには仕方のないことなのかもしれない。
だが先生に姿勢を支えてもらいながら言われたことを意識したとき、田中さんの中で何かが繋がった。
もしかしてこれがジャンプのときに意識するものなのではと。 壮麗なグランジュッテ・アントールナンのマネージュで
目の前を疾風のごとく通りすぎる美しいボーイズたち。
田中さんは打ちのめされた。
本物のバレエとは、なんて遠くにあるんだろう、と。
それでも今日、このクラスに出て、自分の中でバレエの新たな扉が開いたようだ。
いろんな先生に習ってみないとわからないもんだ。 ボーイズクラス担当教師、諏訪 建(すわ たける)は、バレエを始めたのが14歳と遅かった。
理性的な諏訪は、いつも穏やかで、子供や初心者に優しく、教えは論理的で分かりやすく、華々しい経歴はないのに生徒に人気だった。
幼少期からピアノを習っていた諏訪は、チャイコフスキー好きが高じて、ある日バレエを習いたいと黒崎バレエアカデミーの門を叩いた。
黙々と正確さを追求するバーレッスンが彼の性に合った。
センターでは自分自身が音楽になったかのように感じた。
プロのダンサーを目指すつもりはなかった。
スタートが遅いのはその頃からわかっていた。
しかし、ピアノでプロを目指すことに疑問を生じ、かと言ってピアノを取ったら自分に何が残るのか、他に自分は何がやりたいのかと、迷いに迷っていた諏訪にとって、美しいピアノの音に合わせて自分の身体を思い切り解放きでるバレエのレッスンの時間は他に替え難い幸せで、どんどんバレエにのめり込んだ。
のめり込んだ挙句、日本で大学に進学後、自分の専門分野で海外の大学院に留学し、いつの間にか大学のバレエ教師養成コースと掛け持ちをしていた。
卒業し、帰国するときには、専門分野の博士号と共にバレエ教師国家認定資格を持って日本に帰ってきた。 ジュニアたちは苦笑いした。
プロを目指す彼らにとってバレエは、一日一日のレッスンが戦いなのだ。
18歳の時点で技術的にほとんど欠点がないレベルまで完成されてなくてはならない。
16歳、17歳と、年齢はすぐに上がっていく。
もう一刻の猶予もない。目指すのはプロフェッショナルなレベルであって
初心者の指導に取られている時間が惜しい。 今のボーイズクラスのアンシェヌマンは、限りなくプロレベルに近い。
一定のレベルにない少数の素人男性たちは、ほぼ指導対象外だった。
最近、フィットネスクラブでバレエを始めた者など、遅くバレエを始めた
素人男性が急に増えたことで、クラスの内容と参加者のレベルが
どんどん乖離してきている。
十分な訓練を受けてないのに
華々しい男性のパを無理に真似する弊害も目に余る。
紗江子だったら「目が腐るから出ていけ!」と言う光景だ。
どの人もその人なりにバレエにかける思いがある。
熱意も向上心もある。
遠方から2時間以上かけて通う者もいる。
彼らは、手に入れられないものを求め、飢え、もがきつづけているのだ。
かくして諏訪の提案で、ボーイズクラスの時間の前に、
成人男性向けの「ボーイズ基礎クラス」ができたのである。
別名「素人おじさんクラス」とも呼ばれる。 「なーんか地味よねー」
「1番でずーっと立ってるだけだったよ。飽きないのかな。諏訪先生は忙しそうだったけど」
「走り回ってた?」
「ずっと喋って直して回ってた」
「私見たときプリエからルルベアップ延々やってたよ」
「床でストレッチもやってるよね」
「そりゃやるよ。おじさんたち体固すぎ」
「フロアバーでしょ」
「えーそう?知らないけどなんか変な道具?使ってるよ。バンドとか板とか棒とか。あとボール」
「裸足になって輪になってみんなで足裏トレーニングみたいなのしてるじゃん」
「足裏ほぐすのはいいことだ」
「諏訪先生の甲出しトレーニング良いんだよ。またワークショップやってほしいな」
「ねー。諏訪先生の無駄遣いじゃんねぇ。うちらもやってほしい」
「いや紗江子先生がいるからさ(ゴニョゴニョ)」
「紗江子先生は『諏訪先生がおじさん達引き受けてくれてラッキー。こっちのクラスに来なくなればいいのに。ついでにおばさん達もまとめて面倒見てくれないかしら?』とか思ってるって」
「そうそう、あたしらオバさんも面倒見てほしいよねー」 贔屓目にみてオバさんだが、孫達には実はばぁばと呼ばれている。紗栄子せんせいは、ばぁば達には青竹踏みを用意している。ばぁば達はこの青竹踏みで足裏ツボを刺激するたびに、心地よく交互に足を入れ換えるたびに、「また長生きできそうだ。ピンピンコロリ」といい気分になる。帰りの更衣室ではばぁば達が「ピンピンコロリ」と大合唱になった。 そんなバアバ達の青竹踏みを
面白い玩具を発見したかの勢いで、ボーイズ基礎クラスを終えた小学生男子達が何が楽しいのか「いてぇ〜!いてぇ〜!」と騒ぎながらふざけるのはいつもの光景だ。
派手なリアクションをして、笑いをとる少年もいる。
その少年達に続いて、田中さんや素人おじさん達がぞろぞろと男子更衣室へ向かっていく。
今日もいい汗かいたなとタオルで顔面をふく健康目的のおじさんの和やかな会話もきこえてきた。
当時20代の田中さんは、ボーイズ基礎クラスのおじさん達の中では目立っており、彼に興味を持って話し掛けるおじさんもいた。
そのひとりには新しく入った中村さんの姿もあった。 大人バレエの流行とニーズの波を受け、
2000年創刊された大人バレエレッスン雑誌『エカルテ』。
(ボーイズ専門誌の創刊はまだ少しあとのことである)
新年早々『エカルテ』に黒崎バレエアカデミーの成人男性たちが取り上げられた。
一番目立つのは、高瀬蓮のセンターでの美しいタンジュの全身写真。
田中さんの踊る姿は、蓮のうしろのほうにピンボケで見えるだけだが、
「バレエは僕の宝物です」という田中さんの言葉も
笑顔の顔写真とともに掲載されていた。
黒崎バレエアカデミーには、どこから湧いてきたのか
素人おじさんたちが集結するようになり、
今では、素人おじさんバレエの聖地となっている。 おしゃべりに精を出す初心者女性陣と比べて
バレエ男性達はスタジオで寡黙な人も少なくない。
語るより、身体で表現したい人が多いせいか。
女性の多い中、余計なことを言わないよう気をつけているのか。
まわりの出方を慎重にうかがっているのか。
中村さんは、普段は別の教室で一人っきりの男性生徒だ。
バレエ男子が多い黒崎バレエアカデミーのことを
TVや雑誌を知り、いてもたってもいられず
素人男性が集まるボーイズ基礎クラスにやってきた。
「田中さんは、ここ長いんですか」
「いえ、始めてまだ10カ月です」
「そ、そう…」
中村さんは内心穏やかではない。 田中さんは内心ホッとしていた。
ボーイズ基礎クラスには、普通のおじさんが集まっている。
高瀬蓮は、驚異的な高速スピードで上手くなっていく。
骨格も見事なまでにバレエ向き。努力家で吸収も早い。
各先生方の覚えもめでたく、みんな蓮を指導したがる。
「いつか上手くなるさ」と楽観的に考えてた田中さんでも
いつも蓮と並んで比較されるのは辛いものがあった。
彼に比べて、できないことが多すぎるから仕方ないのだが。 読者コメント
最近田中さんが可愛く思えてきた。
田中さん頑張って〜 カザフスタン、政情不安定みたいだね。
SEIKAさん大丈夫かな。
直接の危険は無くてもバレエ上映どころじゃなくなったらそれも困る。 「日本はすぐに追い抜かされる」と紗江子は感じていた。
数年前、中国の上海舞踊学校を視察に行ったときのことだ。
広い国土からバレエに適した才能のある者が集められ
寄宿舎で共同生活を送りながら、生活の全てをバレエに捧げる。
中国のバレエダンサーの養成は、国家の威信をかけたプロジェクトだ。
それに比べて日本は、個人の情熱と財力に頼りすぎている。
最初から、バレエに向いていないと宣言されるのと、
何千時間も訓練した後にバレエに向いていないと思い知るのと、
一体、どちらが残酷なのだろう。
幸運にも才能に恵まれた者が世界に通用するダンサーになるためには、
世界レベルの訓練が必要だ。
縦のベクトルを上へ上へと昇っていくための推進力を緩めてはならない。
「教師は憎まれ役くらいでちょうどいいのよ」
紗江子は今日もAクラスで檄を飛ばしている。 高瀬蓮の父親は高名な建築家だ。
蓮は中学生のときに、パリのルーブル美術館のピラミッド(1988年完成)を
見に行く父親についていき、フランスを旅したことがある。
そのときガルニエ宮で初めて観たバレエの舞台が
パリオペラ座の「眠れる森の美女」だった。
その豪華絢爛な舞台と劇場の雰囲気は、鮮明に記憶に焼き付いている。
踊りと音楽、建築と照明、服飾、物語、そして観客たち。
さまざまな芸術が織り合い、溶け合い、文化と歴史を生み出し、
自分もその大きな渦の中に、小さく存在している。
ガルニエ宮の階段を下りながら、心の震えが止まらなかった。
いつかバレエを踊ってみたい。
そのときから、蓮はずっと思っていたのだ。 一方、ボーイズ基礎クラス(素人おじさんクラス)では、
「10カ月にしてはお上手ですね」
「えっ、そんなこと言われたの初めてです。お世辞でもうれしいなあ」
「僕なんて身体が固くて、脚を90度に上げるのが精いっぱいなんですよ」
「わかります。一緒ですよ。俺なんて1番も開かないです」
「諏訪先生は無理に開く必要ないっておっしゃってましたよね」
「少しずつ頑張りましょうよ、お互いに」
中村さんと田中さんは笑顔を交わした。どうやら二人は気が合いそうだ。 一方、国語のクラス(小学校)では、
「のび太さんにしてはすごいですね」
「えっ、そんなこと言われたの初めてです。お世辞でもうれしいなあ」
「私なんて頭が固くて、1点上げるのが精いっぱいなんですよ」
「わかります。一緒ですよ。私なんて1点も上がらないです」
「学校の先生は無理に覚える必要ないっておっしゃってましたよね」
「少しずつ頑張りましょうよ、お互いに」
のび太としずかさんは笑顔を交わした。どうやら二人は気が合いそうだ。 海岸(江ノ島)では、
若い二人が恋をする物語
「足が短いけどお上手ですね」
「えっ、そんなこと言われるのいつもです。お世辞でもうれしいなあ」
「ミーなんて身体が重くて、水に浮くのが精いっぱいなんですよ」
「わかります。一緒ですよ。過去に1回も浮浮くかいです」
「尚美先生は無理に浮く必要ないっておっしゃってましたよね」
「少しずつ浮きましょう」
智美さんと尚美さんはウインクを交わした。どうやら二人レズだそうだ。 >>180-183
黒崎バレエアカデミーの代表、大先生と呼ばれる黒崎タキ子は
ボーイズ基礎クラスをガラス越しにのぞいたあと、
事務室の奥にあるマホガニーと金華山織の椅子に戻ってきた。
「思い出すわね、あの頃のこと」
戦後の1946年、日本初の『白鳥の湖』が上演されたときには、
バレエを踊る男性は数えるほどしかおらず
演劇部の学生たちが素人ながら出演した。
街路にはまだがれきが積みあがっていて、何もかも不足し、
それでも、まだ誰も見たことのない美しい舞台を創り上げたいと
情熱に突き動かされ、みんな無我夢中だった。
今になって思えば…
何もわからないまま、ジタバタやっていたのだ。
「素人おじさんたち、いいじゃない」
ふふっとタキ子は微笑み、お気に入りの紅茶を飲んだ。 金貸し屋の代表、金配りおじさんと呼ばれる前澤は
厩を柵越しにのぞいたあと、
厩の奥にあるゾゾと宇宙線柄の椅子に戻ってきた。
「思い出すな、あの頃のこと」
前澤が月面着陸後の2022年、日本初の『トイレの仕方』が公開されたときには、
トイレを公開する大富豪数えるほどしかおらず
麻布女子のOLたちがマウントながらいっしょにした。
便器にはうんこが積みあがっていてトイレットペーパーが不足し、
それでも、まだ誰も見たことのない美しいうんこの城を創り上げたいと
情熱に突き動かされ、みんな無我夢中だった。
今になって思えば…
何もわからないまま、排便をしていたのだ。
「麻布女子達、いいじゃないか」
ニヤリと前澤は微笑み、お気に入りのビールを飲んだ。 エリート男子たちのアントルシャ・シス
YAGP 2017 - Men Turning and Jumping
https://youtu.be/PK6uefZXQRw?t=3 >>197
田中さんと中村さんの話を、聞かないふりをしながら
耳をそばだてていたのは鈴木さん。
タップダンスの経験者だがバレエ経験はほぼゼロだ。
自分も話に混ざりたいなあ… さらに鈴木さんの後方から不審者…
いや、田中さんを睨んでいるリチャードの姿もあった。
いわゆる恋のライバルである田中さんの顔を拝みに近くまでやってきた彼だが、
もうすぐレッスンも始まるため
鈴木さんの横を颯爽と通り過ぎ、田中さんを横目でみてスタジオへと向かう。
その場の誰もが殺気立った空気を感じた。
そして田中さんの横を通り過ぎる一瞬、田中さんに何やらメモを渡してきた。
「ぇ?え??」
訳も分からないままメモを渡された田中さんは戸惑いつつ、なんだろうとそれに視線を落とした。
「“次回公演の主役のパートナーを選ぶオーディションがある。明日10時に2階大スタジオに来い。主役はきなこだ。”…?」
…??!
田中さんは固まった。 ラ・フィユ・マル・ガルデ中途半端で木靴の踊りとか端折ったの?見たことないから書けないの?タップダンスはラ・フィユ・マル・ガルデのためじゃない展開になりそう
壊滅的、バレエ素人だけど、物語も素人で変な人が書いてるのかな 「なんだ?俺にオーディション受けろってこと?
おそらく、俺の才能を見抜いて、親切にも声をかけてくれたのか…」
さっきまで、あれもこれもできないと中村さんと言い合っていたのに、
急にポジティブモードに切り替わってしまう田中さんだった。 「なんだ?僕に整形手術受けろってこと?
おそらく、僕の顔見て、おせっかいにも声をかけてくれたのか…」
さっきまで、目も耳も口も不自由とさんと言い合っていたのに、
急にネガティブに切り替わってしまうひょっとこさんだった。 「ナナ先生、つかぬことをお聞きしますが…
明日、オーディションがあるそうなんですけど、
オーディションって、どんなもんなんですか」
「明日のオーディションですか?
黒崎バレエアカデミーの一番大きな公演は
注目度が高くて、毎回専門誌の『タンツ・マガチネ』にも
載るくらいなんですよ。
選ばれた候補者のほかにも立候補者も集めて、
審査して配役を決めることがあるんです。
今回はもう女性の主役は決まってるみたい。
その子と雰囲気が合うかどうかも見るんじゃないかな。
え?!田中さんも主役の相手役に立候補ですか?!」
「い、いえ!そんな!大それたことは!」 「私が主役に…」
きなこは未だに信じられないという驚きと感動、そして不安でいっぱいであった。
次回公演予定の『コッペリア』の主役として、きなこが選ばれたのである。
儚い薄幸の乙女より、快活な少女という役柄が彼女のイメージに合ったのかもしれない。
「でも私にようやくきたチャンスだもん。この舞台で成功したら…お母さんも私を認めてくれるかな……」
不安も大きいが、悩んでいる場合ではないときなこは自分の両頬をパンパンと叩く。 タキ子は今日のボーイズ基礎クラスの様子を繰り返し目の奥で再生しながら
この子かしらねぇ・・・とつぶやいていた
小さい頭・長い手足・ある程度背の高さがある
そして何よりも癖が無く素直な体の使い方
本人が捻じれるのがわかってそれを避けられるのか、或いはよほど日頃良い指導を受けて来たか
水泳か剣道出身かもしれないわね タキ子は通りかかった受付嬢を呼び止めて今回の配役を訊ねた
すいません、先生方に確認なすって下さい(あたしはお手伝いさんじゃないし)
きなこが主役っていってたから
アンダーはあんこかのりこよね
柔らかく色白で長い手足をゆっくりと動かすあんこはおっとりだが頑固なマイペース
持って生まれた外脚で腰の高さが生徒の中で一人異次元なのりこは無表情だがクレバー
特にのりこは「ドンキホーテ」のキューピッド隊にいた頃から周囲の子と違いが際立っていて
隣の子と同じ振り付けなのに違う踊りをやっているのかと見えるほどだった 今から100年ほど前
明治大正は日本の富裕層が文明開化に夢中になった時代だった
生涯働かず自分の好きな事だけして暮らせる洋行帰りの高等遊民が
異国の文化や考え方をたくさん持ち込んだ
バレーという素晴らしい文化が有るんだぞ!日本人はまだまだ貧しくて教養が足らずバレーを観る力が無いから
お前たちはバレーダンサーだけでなく観客を育てなければならないんだぞ
ふーん興味ないなーとタキ子はおじの葉山の別邸のサロンに集まる文化人たちを眺めていた その夜、固い身体をストレッチしながら、田中さんは考えた。
オーディションと言えば、俺のイメージはAYASANのモーニング娘。
落選したメンバーを集めてグループ結成したんだ。
思わぬところにチャンスはある。
捨てる神あれば拾う神あり。
モーニング娘。は、俺にそう教えてくれた。
人生、無駄なことは何もない。
すべて道がバレエの道につながっている。
ナナ先生は、普通のクラスレッスン審査って言ってたな。
他にソロやパドドゥも少しするかもしれないって。
パドドゥって、やったことないぞ。
人生、何事も挑戦してみなきゃ、始まらない。 鈴木さんは朗らかスポーツマンで人好きがするタイプ(額の生え際がかなり後ろ
田中さんはちょっと天然で女性には引かれやすい
中村さんは見た目神経質そうで口が重い
それでも仲良し三人組は今日も情報交換に余念がない
今日受付の所で変な気持ち悪い魔女みたいな小さなお婆さんがいて
足裏をこうやってマッサージしろって言われたんですよ
有無を言わさぬ感じで「必ず毎日やりなさいニワトリくん」って どうやら田中さんは
田中さんの知らない人からさえも「ニワトリくん」と呼ばれるぐらいに有名人になったようだ。
黒崎バレエアカデミーで田中さんを知らぬものはいないかもしれない。
三人は一躍有名になった田中さんのエピソードに笑った。
大人バレエクラスで舞台をキッカケに有名になった者はそういない。
「ところで、その魔女みたいなお婆さんって……?」
三人とも黒崎バレエアカデミーに入学してさほど経っていないため頭を捻ったところで無意味であった。
だが彼らは知らない。彼らのすぐそばに飾られている古い写真に映るオデット姫の衣装を身にまとう美しいプリマバレリーナこそ、そのお婆さん、黒崎タキ子の若かりし頃の写真であることを。 婆さんは、この豚のようにでっぷりした飛べないイキモノを攻撃的で目突きの鋭い魔王にできないかと思案した。 「俺の才能を見抜いて、親切にも声をかけてくれたのか…」
そのとき田中さんは、はたと気がついた。
歴代のプリンシパルたちの写真が飾られている横の掲示板に
リチャードが言っていた「オーディション」告知の張り紙があることを。
次回公演のための、男子オーディション
希望者は〇月〇日、10時、2階大スタジオ
あっさりした内容のプリント一枚、今まで見逃していたのも無理はない。
「田中さん、これ参加するんですか?僕も受けてみたいです」
「鈴木さんも行きますか?」
「面白そうですね」
「中村さんも?」
「ナナ先生にちょっとどんなものか聞いてみましょう」
こうして、翌日、素人男性トリオはそろって
オーディション会場に姿を現したのだった。 おじさん達がバレエ以外に夢中になっていることの一つといえば、バレエユーチューバースレ4本目の書き込みであった。
今、現在旬の話題
Y氏、H氏の炎上、それに引き続き便乗したユーチューバー達の話題で持ちきりだった。
この騒動は女性週刊誌さながらで、バレエ界の一線で活躍しているダンサーとは程遠い者達の小競り合いである
この出来事は、くだらないのだか漫画を読むように愉快でたまらなかった。
おじさん達は、複数のアカウントを所持し、それぞれユーチューバーのコメントにおだてたりしてコメント上だけで、何年も長い年月をかけてユーチューバー達を手懐けてきた
ユーチューバー達の裏では無意識におじさん達に誘導され揉め事を起こしたり、ネタを上げたりする。彼らたちは操り人形としておじさん達に操作されている
おじさんたちは彼らを観察し格好のネタとして小説やエッセイを書いている
三流ユーチューバー達の炎上によって一般人は2次、3次と文化が広がりこれを元にした一般のユーチューバーも自由に意見を述べるようになり物議を醸す出来事で一大センセーションとなった。 足裏マッサージ言われた通りやってる?
ん−一応…かなー…最近はあんまり
大きなジャンプやったり回ったりするのに時間を使った方が良いんじゃない?
なんかこっち見てるし、やろうかマッサージ
中村さんだけは誰も気づかないすみっこで毎日足裏マッサージを続けていた
彼はのりこ同様「何をすればいいのかわかるタイプ」だったのである
一方の田中さんはわからずにめちゃくちゃやっているがなぜか筋肉が付くタイプ
足裏にもしっかり筋肉が付いていたが、残念なことに肩と背中にもモリモリ要らない筋肉がついていた
昭和ならまだしも令和じゃだめよねぇ 実は、>>242までずっと
田中さんが20代でバレエを始めたころの20年前、
2002年(平成3年)ごろの設定だったんだが、そんな混乱もご愛敬さ。 先日はこんなことがあった。
素人男性三人トリオが、レッスンの後廊下で
「今日のアレグロは難しかったですねえ」
「途中で振りが飛んじゃいましたよ」と言い合ってたときのこと。
「蓮くん、聞いたわよー」
初心者クラスのおばさまが、高瀬蓮に明るく声をかけた。
田中さんはいつまでも『田中さん』(または『ニワトリくん』)
高瀬蓮は、女性達から親しげに『蓮くん』と呼ばれている。
なんだろう。この待遇の差は。 「蓮くん、今度、バレエ団に出るんですってねーすごいねー」
そばで聞いていた素人男性三人トリオは、思わず耳を疑った。
え?バレエ団にゲスト出演?
まだバレエを始めて1年足らずのはずだが…そんな?!
蓮は謙遜して「いえいえ…」と笑顔で首を振る。
何をやってもさわやかな美青年だ。
「小さなバレエ団で男性が足りないのでエキストラとして
黒崎から何人かお手伝いに行くんです。
ソリストは全部プロの方ですから、勉強させてもらってます」
そのエキストラかストラ星人かは知らないが
そんな『お手伝い』とやらに、俺たちは全くお声がかからないぞ。
なんだろう。この待遇の差は。 「なあ、蓮くんは足裏をほぐしたりするの?」
田中さんは、高瀬蓮に声をかけてみた。
ちょっと見ないうちに、遠い存在になったようだ。
「足裏?レッスン前、お風呂の中、家でひまなときにもやってますよ。
他の部分のストレッチも。
さてはタキ子先生に言われたんですね。僕もです」
蓮はにこやかに答えた。
「あのさあ、それよりも、回転やジャンプの練習がいいかなって思うんだけど」
「回転やジャンプは毎日2時間自主練習のためのスタジオ開放でやってます。
塩田先生や諏訪先生、紗江子先生も見かけたら教えてくれるので」
「えっ…。毎日?」
「中級上級クラス、ボーイズクラス、お手伝いに行くバレエ団のクラスも受けて、
パドドゥにコンテクラス、リハに自主練習、
毎日バレエ漬けですよ。こうなると、中毒みたいですよね。ははは」
「ははは」
田中さんは、ひきつった笑いを見せたが、心の中では嘆いていた。
これじゃあ永遠に追いつけねえ! プロ志望の高校生同様のメニューをこなす高瀬蓮と話したあと
田中さんは気持ちがグラグラ乱れるのを感じた。
自分はしがない平凡な会社員。
バレエに打ち込むには、時間も、体力も、素質も、そしてお金も…。
「こんなにバレエが好きなのに。王子様になりたくてもなれない。
みんな、そろいもそろって、蓮くんばっかりひいきして!」
空回りする情熱。
選ばれた者と選ばれない自分。
遠い遠い本物のバレエ。
やりきれない。
駅前の商店街で、田中さんは空に向かって叫んだ。
「神様は不公平だ。神様のばかーっ!!!」
和菓子屋の店先で叫んでる田中さんに、おばあさん店主が声をかけた。
「お若いの、神を呪っちゃいけないよ。
できることからやればいいの。認めてくれる人は必ずいるからね」
田中さんは、店主のほうを振りむいて言った。
「すみません、まんじゅう一個ください」 のりこさん、あんこさんって受付の上に飾ってある「海と真珠」の写真の方ですよね
大先生が「きなこさんのアンダーに」って仰ってましたけど?
時間の前後関係が怪しくなるのよね、まだらなんとかって・・・大丈夫かしら大先生
発表会の時だけたまに手伝いに駆り出されるかつての主力だったN先生はため息をついた
二人は良いの・・・私が思い出す度胸が痛いのはカラミちゃんよ
カラミちゃんは突然現れて、突然消えてしまったの
小学校高学年クラスでただ一人頭の上までつま先が来るディベロップをズバンと上げて見せて
保護者や先生方の度肝を抜いたのよ
幼稚園で開かれているバレエ教室でバレエ始めたんだって聞いて信じられなかったわ
とにかくテクニックが強くてスタイルも良くて言われた通りの事が出来る能力の持ち主だったわね
中学の頃は始まったばかりの地域のコンクールに出たりして、そりゃあ目立つ存在でね
女の子ばっかり大勢の集団で嫉妬の嵐から上手く守って上げられなかった
その後発表会の練習に入ったのに全く姿を見せなくなって
最後に噂を聞いたのは高校の頃かな・・・ボーイフレンドと手を繋いで歩いてるのを見たって
バレエと大器晩成ってほんと相性悪い
珈琲でも入れますねと受付のお嬢さんは立ち上がって
ダイアナとアクティオンのバリエーションをスイスイ踊ったというカラミちゃんを想像してみた バ美肉おじさんはパクリパクリとたいらげた。
むにゅむにゅした柔らかな舌触りにほっとした
足のこむらがえりの痛さが和らぎ
整骨院よりばぁばの店は癒される やっぱり高瀬蓮と自分では期待されるものが違うのか?
彼は男前でバレエ的に恵まれた体型だから……それだけでこんな不公平な扱いをされてしまうのか?
年齢も同じで性別も同じでバレエ歴だって大差ないのに?
田中さんはえもいえぬ悔しさを覚えた。
そして同時に無力感も襲う。
「ナナ先生……。やっぱりバレエって容姿端麗でスタイルいい方が有利なんですかね?先生からも期待されますし…」
いつもはポジティブな空気を醸し出す田中さん。
そんな田中さんがぼそりとそう語る姿にナナ先生も心配になる。何かあったのは明らかだ。 「ポジティブな態度と度胸のよさが
田中さんのバレエの一番良いところなのに」
ナナは、封印していたはずの昔の記憶を思い出していた。
以前、ナナが所属していたアメリカのバレエ団。
その年の厳しい入団オーディションに合格したのは、女子二人のみ。
一人はナナ。もう一人は、地元出身のきれいなアメリカ人で
国際コンクールジュニア部門金賞の超実力者だった。
二人は同じ研修生として入ったのに、
彼女は入団早々に良い役をもらい、熱心なファンがつき、
あっという間にソリストに昇格していった。
「何を、どうやっても、埋められない差がある」
慣れない異国での生活に疲弊しながら、焦燥感や劣等感に押しつぶされ、
自分の踊りを見失っていった日々のことを
ナナは、今でも、誰にも話す気にはなれない。 「田中さん」
ナナは優しく微笑んだ。
「私は、バレエを好きでいられることが
バレエに一番必要な才能だと思ってます」 「馬鹿げた態度と頭の悪いのが
パンダさんの変ないところなのに」
パンダは食べていたはずの昔の笹を思い出していた。
以前、パンダが飼育されていたの上野動物園。
その年の厳しいに寒さに耐えたのは、パンダ二ひきのみ。
一匹はコパンダ。もう一匹オオパンダは、地元出身のでっかいパンダ
二匹はパンダとして入ったのに、
彼女は入団早々に良いえさをもらい、馬鹿なフ飼育員がつき、
早々に大量に餌をもらっていった。
「何を、どうやっても、食べられないえさがある」
慣れない動物園での生活に疲弊しながら、めまいやや動機に足がつり、
自分の笹を枯らしていった日々のことを
パンダは、今でも、思い出す気にはなれない 便所の落書きにマナー求める割にエバラ黄金の脚には寛容 ネレアさんの小柄なのに夢を諦めずに突き進んでる姿勢、すごいと思います
見てくれるお客さんがいればそれでいいと思う 例のひと
Twitterで回ってきて初めてチャンネル見に行ったらタイトル頭悪いのばかりでびっくりした
あれじゃバカって言われても仕方ないしあんな動画でバレエに興味持った人なんて
バカの人は要らないだろうね 悪口は日記帳に書いたらいいよ
死後、家族に見付けられて恥ずかしい思い出来るかもよ あなたの存在がこのスレで浮いているのではないでしょうか
この惨状に責任取ってくださいな 脅迫されましたぁぁぁぁぁ
どうしたらいいですくわぁぁぁぁぁ? なぜ踊るのか?
踊らないという選択肢がないのだ。
僕の意志をはるかに超える強い力が働いて、僕を踊らせている。
僕が踊るのは、踊らなきゃならないからだ。
(David Hallberg 元ボリショイ、ABTプリンシパル
現オーストラリアバレエ芸術監督) なぜアホのか?
アホなことをしないという選択肢がないのだ。
僕の意志をはるかに超える強い力が働いて、僕をアホにさせている。
僕がアホなのは、アホでなきゃならないからだ。
(元暴走族現場監督) 人は自分の事を好きになったり嫌いになったり、
自信持ったり失ったり、
優越感得たり劣等感に苛まれたり、
シーソーのように感情の揺らぎの中で生きるもの。
そしてその揺らぎは行動すればするほど大きくなる。
(荒川和久 コラムニスト) >>271
バレエやってるみんな、頑張れ!
日本人をして応援してる! >>273
ノーノー、バレエのようなな・に・か
流行語大賞予定だからそこんとこよろぴく^^ ノーノー、バレエのようなな・に・か
流行語大賞予定だからそこんとこよろぴく^^ ノーノー、バレエのようなな・に・か
流行語大賞予定だからそこんとこよろぴく^^ sage推奨。
荒らしはスルーして落ち着いたら再開。 必要とされる人は炎上や便乗する動画をあげてなかったね
コメントや再生数で一喜一憂してるのかもしれないけど
見てる方とすれば「ばっかみたーい!」で終わりだから、人生かけて茶番って無駄な努力だよねぇ
って田中さんはスレに書き込んでみた 渡辺さんはどう思う?と、急に話を振られた
「あんなのどうでもいいよ」
と冷めた目でおじさんたちを見下した 仲裁にしかめっ面した動画をだした女性、オープニングでは笑いを取りに行くスタイルだった。渡辺さん曰く、当事者見たらイラッとするし気分を逆なでしそうで身震いがしたらしい
…これは恨みを買うぞと心配になったそうだ。 レッスンメイト達は「当事者は、真面目なのに横から入ってきて便乗した上にお茶らけた態度で、再生数稼ぐなんてずる賢いわね」と普通の感覚の意見だったが、頭に血が登っている男性達は気づかないのであった。 それに「仲裁しているようで、しっかり2人にマウント取ってるわ」
結果、炎上騒ぎの当事者2人とも、便乗した女性にコケ落とされて終了したようだった
おじさんの世界ではテヘペロと言うんだよ
とレッスンメイトに説明をした 横顔が素敵な子今日来てるかしら?
大先生は新しいお気に入りにウキウキな様子だった
お気に入りスポーツマン鈴木さんは彫が深く目が大きくアジア系だが笑うと白い歯が目立つ
そうですね〜胸板は厚くてデコルテは綺麗なんですが背が無いのが惜しいんです
あとジャック・ニコルソンばりの賢そうなおでこ
私はチャームポイントだと思うんですがクラシックバレエではんん〜
タップされていたみたいなのでキャラダンとしてどうでしょう? 彼には南国を思わせる心地の良い温度があるわね。
そうよ、人の踊りにも温度を感じるの。
熱いのや冷たいの、あったかいのや涼しいの。
昔はね、自分にも他人にも完璧を求めていたのよ。
欠点のない理想のダンサー像を追い求めていたの。
でもいつのころかしら。
引退して数十年たって、
こうして遠くから、たくさんのダンサー達を見つめてきて、
観ていて心が沸き立つダンサーって、
必ずしも理想のダンサーじゃないのよ。 「田中さんは、田中さんのバレエを大事に育ててください」
ナナ先生はそう言ってた。
ナナ先生だって、Aクラスから海外バレエ団のエリートじゃないか。
初心者の俺のみじめな気持ちなんてわかりっこない。
田中さんはなげやりな気持ちで、一人カラオケBOXに入った。
その夜は、流行歌の一曲一曲が、
自分のバレエへの片思いを代弁しているように感じた。
『何かに近づくために 歩いたのか
遠ざかるために ただ歩いてくのか』 『夢見るほど強く 愛せる力を勇気に今かえていこう』
音程は少々不安定だが、張りのある良い声している田中さん、
数十曲続けざまに歌ったあと、カラオケBOXを出た。
田中さんは、ふうっと息を吐いて、夜空を見上げた。
「エトワールって"星"っていう意味なんだよな」
そして、ふと、今日習ったばかりのマズルカステップを思い出した。
右蹴ってー、左蹴ってー、123、123、
たたらった、たっらたー♪
たたらった、たっらたー♪
たたらった、たったらた♪
たたらった、たんたん♪
「酔っ払いの千鳥足にしちゃ、なんか変だね」
よろけながらも踊りながら帰っていく田中さんを
バイトの学生たちが見守っていた。 2001年のヒット曲からの歌詞抜粋
PIECES OF DREAM (CHEMISTRY)
Everything (MISIA)
マズルカはコッペリア一幕 っと、バレエに関するお話はおじさんの妄想で日常はバレエスレの書き込みがおじさんの生きがいだった
人生をかけて顔出しして批判されて自滅した男達のことと同じように命を削ってコメントを投稿していた
おじさんの老眼が進行していて失明しかけている。肩こりは酷いおじさん達はボケているのでスレの話題は無限ループ You Tubeのおすすめ上位は相変わらずネタ系と炎上、便乗系が殆どで週刊誌の見出しみたいだった。乗っかってくる一般のユーチューバーは
次第に増えてはいるがマリンスキーやロイヤルやABTやパリオペには誰も興味を示さない。
気取っているダンサーの素顔は俺ら庶民と一緒だと安心したいだけなのだ。 「あっ、田中さーん!」
「あ、きなこちゃん!元気そうだね!」
「うん、しばらく落ち込んじゃってたけど、最近はりきってるの」
「奇遇だなあ。俺もそうなんだ。
ねえ、きなこちゃんはマズルカ踊ったことある?」
「もちろん!こういうの?」
「わあ、きなこちゃんが踊ると優雅で別物だなあ。俺、ちょっと苦手なんだよねえ」
田中さんが、酔っ払い風のマズルカステップをやって見せる。
「ぷぷっ…ごっ、ごめんなさい、笑ったりして。
上にそんなに跳ねなくてもいいの。腰の位置変えずに滑ってくの」
「こう?こうかな?」
「それに、エポールマンも」
「何それ?ボールマン?ビールマン?ポール・ニューマン?」
「エポールマンだってば!」
田中さんときなこが仲良く笑い合ってるのを、壁に隠れてじとーっと見ているのは、
またしても嫉妬心が抑えきれないリチャードなのだった。 英語喋りたい病がうずうずしてきた
2人にはなしかけてみたがyou know? しか聞き取れなかった
くだらないことに時間を使っていたせいだ
嫉妬されてると勝手に思い込んでいた おじさんは作り話が得意だった
秘伝のレシピは嘘だったがごは石井のハンバーグばかり食べていた
おじさんは唾を飛ばしながら喋っていた
頭おか…嘘ばかりついているので本当が何もかもわからない 真剣に相手するのが面倒くさくなってきた
マリリンモンローみたいにだらしなく半開きになった口元が大好きなんだ
おじさんは性に奔放な女性が大好きなのだ 「実はね私…。今回の公演の主役に選ばれたの」
「道理できなこちゃんご機嫌なわけだ!おめでとう!」
田中さんと笑いあって、少し緊張も解けてきたのかきなこが主役に選ばれたと嬉しそうに報告をした。
田中さんはオーディション希望者として説明会に参加したときに彼女が女性主役であることは耳にしていたが、
こうして嬉しそうに語るきなこを見ていると自然と暖かな笑みと共におめでとうの言葉が出た。
「コッペリアのスワニルダだよね。きなこちゃんみたいな可愛くて元気な女の子にはぴったりな役だな。絶対にいい舞台になるよ」
「ありがとう田中さん。私頑張る……お母さんにも認めてもらいたいし」
少しきなこの顔が曇ったが、すぐにいつもの彼女の笑顔に戻る。
「あ…あとさ」
「ん?」
「俺、オーディション出るつもりなんだ!いや、べ別に受かるとは思ってないけど…、なんというかチャレンジ精神って大事だよなって!リチャードくんだっけ?あの子から誘われたんだ」
田中さんはアハハハと笑った。 >>156
ダメだ
くるみ割りの王子のVaの曲きくと
田中さんの姿が頭をよぎってしまう… 背骨の圧迫骨折が怖いから大先生にスマホ渡しちゃだめですよ
あの方・・・いつの間にか感覚で操作方法を覚えちゃって
わからない時にお教室に来る子どもたちを捕まえてすぐ聞ける利点もあるかもですね
と中村さんは苦笑いした
リチャさんが田中さん、田中さんが鈴木さんに声をかけてオーディションに出られるそうですけど中村さんは?
受付のお嬢さんの推しは中村さんなのだった
僕は仕事があるので…発表会とかよりバレエレッスンが好きなんですたぶん
惜しいなぁ衣装着せて舞台に立たせたらしっかり落ち着いた大人な分高瀬君よりプレパレーションは素敵なのに 中村さんは踊り手というよりは分析者だ。
人が集まる社会的なイベントには価値を見出さず
構造やシステムを解き明かしていくことに強い興味を示すタイプ。
「あの彼、まだ独身で良いところにお勤めみたいだけど?」とタキ子。
「そんなんじゃないですから!」っと受付のお嬢さんはむくれた。 つまらない奴が書いてるからつまらないんだよ
便所の落書きだからいんだよ
ユーチューバースレのコメントにせっせと書き込んでいるようなアタオカでしょう >>252
ああ、カラミちゃんね…覚えているわ、同僚のM先生が言った。
才能とエネルギーの塊が舞っているようだったわ。
カラミちゃんをねたんで、くだらない意地悪してた子たちがいたわね。
これ以上、ネチネチ嫌がらせされるのは許せないと
とうとうお母さんが出てきたんだけど、
首謀者のお母さんもクセのある人でね
濡れ衣だとか冷遇されてるだとか、騒ぎ立てたのよ。
「カラミちゃんが主役なら、うちの子は発表会に出しません」
先生方は「どうぞどうぞ、いつでも、おやめください。
代わりならいくらでもいますから」ってね。 あの代の中学生クラスの雰囲気は最悪で
カラミちゃんも意地悪してた子たちも、結局、やめちゃったわね。
何度注意しても変わらなくて、一体どうしたら良かったのかしら…。
「お友達の良いところを見つけて、見習いましょう」って
今、ナナ先生が幼稚園児に教えてるけど、
お互いを認め合うことが、大人になるほど難しくなるなんてね。
数年前、カラミちゃんのお母さんにばったり会ったら
「カラミは医学部に進学しました」って言ってたわ。
あの時、バレエやめて本当によかったって。
まだ、あのときのわだかまりが消えないかのように… 紗江子が合宿に参加させたときから、
高瀬蓮にとって、「普通に踊れる」ということは
「黒崎のエリートジュニアと同等に踊れる」ことを意味していた。
そのスタンダードはバレエ団の公演参加でさらに上がっていった。
長い時間の訓練で培われた、正確なコントロールと、しなやかさな動き。
軸のブレないターンに空間を制御するようなジャンプ。
そして、美しい女性をより美しく
そうでない女性もそれなりに踊らせるサポートの技術。
「何もかもが足りていない」
初心者にしては、信じがたいほど力をつけてきた蓮だが、
彼にも彼の苦悩があるのだ。 田中さんときなこは不適切な関係いつまで続けるんだ?多目的トイレ勝手に使わないでね >>25から
ずっと20年前田中さんがバレエを始めたころの回想です。 Australia Ballet Schoolの男子によるマズルカ
https://youtu.be/5G5u1jVzFh0
リチャードっぽい男子もいるかもしれない。 俺、音感は悪くないほうだと思うんだけどなあ。
ヒット曲もすぐに覚えるし。
ただ、聞こえる音と、動く脚のタイミングが
一致しないだけなんだよね、あはは。
田中さんは元気にオーディション会場に向かった。 今日から名前かえるよ
リチャードでじゃなくて魔王とよべ!
呼ばなきゃお前ら百叩きの刑だ! 田中さん、記憶力が追いつかず間違えてばかり。おまけに音に合わず激突しまくりで周りに迷惑をかけて即刻退場
号泣した
しばらくバレエはお休みしますと
皆から、非難されて田中さんは休会した コッペリアの相手役オーディションで、一体何が起きたのだろうか?
その日、黒崎バレエアカデミーで一番大きなスタジオには、
魔王リチャードをはじめ、Aクラス男子や大人上級クラスの男性たち、
そして、かなり場違いな田中さんと鈴木さん。
計10名の男子が集まっていた。 コッペリアの相手役簡単な審査で、一体何が起きたのだろうか?
その日、黒崎バレエ教室で一番大きな稽古場には、
魔王をはじめ、Aクラス男子や大人上級クラスの男性たち、
そして、かなり場違いな田中さんと鈴木さん。
計30名の男子が集まっていた。 ぶえっくしょおん
田中さんはくっさいくしゃみをきなこの顔に吐きかけた 受付で名前を書くと、番号が書いたゼッケンを渡された。
田中さんのゼッケン番号は、9。
不吉な数だな。
これは、らくーに踊ろうの9。
くっぺが上手にできるの9。
全然苦しまないの9。
田中さんは良い語呂合わせが見つからないまま、
10番の鈴木さんと一緒にゼッケンをつけた。
スタジオの鏡の前には、長い折りたたみテーブルが横に並べられいた。
ストレッチをしながら時間を待っていると、
6人の審査の先生が入ってきた。
紗江子先生、塩田先生、他に先生3人、
あの足裏足裏と言ってるおばあちゃんも先生だったのか。
「番号順に端からバーについて」 レッスン形式の審査が始まった。
審査の席で、ぐるっと参加者を見回した紗江子。
第一段階で残す人はだいだい決まっている。
「今度から素人おじさんクラスの連中は参加不可にしてほしいわ」
紗江子はプリエの段階で、審査表の田中さんの番号に大きくバツをつけた。 今日の進行担当の先生は田中さんが知らない先生だ。
プリエからロンドジャンブやタンリエの入る上級者用の振付。
こんな振付、見たことない。
進行が早い。
焦る田中さん。
いつかのボーイズクラスの悪夢がよみがえる。
田中さんは、必死でついていこうとするが、全然ついていけない。
審査員は誰一人として、田中さんを見ていない。
他の参加者も、見る価値のないものとして視界に入れないようにしている。
なぜか、リチャードだけは
バレエでない何かの動きを見せる田中さんを
鋭い目つきで後ろからにらんでいた。 「ひっでぇな」
リチャードも途中から田中さんを見るのをやめ、
自分の踊りに集中することにした。
これ以上、汚いものを見てはいけない。 グランワルツが終わった。
「今から番号を呼ぶ5人の人は残ってください。
他の方は、お疲れさまでした。
配役は後日発表します」 タキ子おばさま・・・バレエって西洋のものですよね
ゆかりはタキ子の姪に当たる
タキ子は生涯独身で子どもはいなかった
5人姉妹で唯一仲が良かった妹の娘がゆかりだった
あれって西洋の人が自分たちが一番美しく見えるような音楽と衣装と振り付けで作ったものなんじゃないですか?
そのまま持って来てもなんか違う事になりません?
ストレートに聞くわねぇ・・・わたしだって誰かに質問したいわよ
カッコよかったおじさんに「タキちゃん頼むよ」って言われて姉妹を誘って始めたんだけど
楽器ならまだしも人に見せるためのダンスって良家の子女がやるもんじゃないって気もしたし
体が丈夫になるっていう説もあったけど、とかく曖昧さがつきまとうのよ 昨今の日本のダンサーの海外進出は素晴らしいのに
バレエ教室はそこらじゅうにあるのに
劇場文化として舞台芸術として
バレエが日本の生活に根付いてると言えないなんて。
そういえば、先日のタラソワ・バレエ学校の留学生オーディション、
ロシアからじきじきにやってきた校長は
参加者に回転をたくさんやらせてたわ。
日本人が、文化背景や容姿の差を超えるには
今も昔も、まずはテクニック、なのかしら… コッペリアのオーディション会場。
レッスンの選考で選ばれた5人の中に田中さんの番号はなかった。
「番号の呼び間違いでは?俺も本当は残ってたんでは?」
と一瞬、諦め悪く思ってしまった。
一番下手クソなのは、わかってた、わかってたんだけど、
「あなたは選ばれませんでした」と、ハッキリ現実をつきつけられたようで、
田中さんは、自分が思ってたよりも傷ついた。
スタジオに残る5人の男性は、ジュニアのエリートと大人の上級者たち。
「小さい頃から習ってる彼らが上手いのは当たり前じゃないか」
自分を納得させる理由をつけようとしたが、かえって悔しさが増した。
「俺が下手で彼らが上手いのが、これから先もずっと当たり前、なのか?」 今日はなかなかいいお天気ですねぇ
スタジオ裏手の沈丁花の間に三角座りしてうなだれる田中さんの傍に和服の男性がそっと腰を下ろした
全体からふわっと良い香りがするような、暖かい光がさしているような不思議な雰囲気の人で
いきなり現れたのに田中さんはなぜかびくっとならなかったし見知らぬ人のような気がしなかった
年齢不詳というか性別も不祥・・・そういうものを超えた存在みたいな
あなたの踊り面白かったですよ、そう残念がる事はありません
芸事というのはしょせん時間マターなんですが趣味の方はそこになかなか気づきません
飽きずに諦めずに気長にのんびりお続けなさい
クラシックの舞台には立たなくても何かにはなりますよ
慰めになったようなならなかったような
いつの間にか男性の姿はなくて、なぜか田中さんは体が溶けたようにほっこりしていた 「あなたはあの娘にデレデレしちゃって」
「ちょっと待ってくれ、スワニルダ」
「あの娘が好きならば、結婚の約束はなしよ」
レッスン審査の後はきなこも参加し、残った5人の男性は
一幕のマイムや三幕アダジオからの抜粋で、演技力やパドドゥの力量が試された。
動きはいいけど、演技や表現力のない子もいたわね。
決められた振りにも生きた感情を乗せないと、踊りが死んでしまう。
アダジオのサポートの実力差も明白だった。
しかし、魔王と呼ばれてるクールなリチャードが
きなこと踊るとき、あんなに優しい表情を見せるとは、意外だったな。
審査員全員の意見を聞くまでもなく、
スワニルダの婚約者のフランツ役はリチャードに決まった。 はぃはぃはぃえぇーえぇーぁあーはぃぁーはぃはぃはぃうぇーぁえー ナナが、いつものようにレッスン前にアンシェヌマンを考えていると、
受付のお嬢さんが声をかけてきた。
「ナナ先生、失礼します。初心者クラスの田中さん、お休みだそうです」
「ええ、ずっと皆勤なのに、何かあったのかしら?」
「なんでも、『旅に出てくる』って言ってましたよ」
「旅?今度はドン・キホーテになっちゃった?
この前のオーディション、紗江子先生がほめてたのに。
『間違えても下を向かずに踊り続けて、
審査の先生の顔を見て、ポーズを決める度胸だけは素晴らしい』って」
「それ、ほめてるんですかね?」 バレエってショウビズだよなぁ
ショウビズと芸事って違うんじゃないかなぁ
そんなすごい人が「時間マター」なんて変な言葉使うかなぁ
長く続けていればそのうちいつか貴方にもわかるようになりますよって教え方はなんだか苦手だ
田中さんが珍しくお休みなのでネットで手に入れた『インサイド・バレエテクニック』を読みながら鈴木さんは考えていた
ショウを作る為にお芝居が必要ならお芝居、タップと言われればタップ、手品やマイムってその都度スキルを何とかするよね
バレエだけはそう見えるようになるのに時間がかかるからバレエ専門の人を呼んでこなきゃならない
そもそもショウ(を見る観客)がそれほど無いのにバレエ専門の人いっぱい必要かな〜
いつの間にかピアノの音が流れ始めたので鈴木さんは急いで大事な本をしまうために立ち上がった
仕事や世間から解放されるバレエ面白いし、跳ぶ体は楽しいからまぁいいか! 変な先生の話はつまらないので、迷惑です。
ID:(603/612)
0604 踊る名無しさん 2022/02/01 12:10:16
書込み時間…自分で相槌…w
ID:(604/612)
0605 踊る名無しさん 2022/02/01 12:49:48
本当ね、っ書いたのは自分だけど、その前を書いたのは別の人だよ。マジで。
ID:(605/612)
0606 踊る名無しさん 2022/02/01 18:55:29
またまた〜w
2
ID:(606/612)
0607 踊る名無しさん 2022/02/01 18:56:59
>>606
頭、大丈夫?
ID:(607/612)
0608 踊る名無しさん 2022/02/01 18:57:53
いちいち書き込み時間なんてチェックしてんるだね
気にしたことなかったから何を言ってるかわかんなかったわ
ID:(608/612)
0609 踊る名無しさん 2022/02/01 19:58:28
>>606
愉快犯? おぉ
こういうの増やしてほしい
Yの踊ってみた系好きなんよなー
これカッコいいし!気持ち切り替えて戻って来てほしいね
ID:nGqPILgV0(4/4)
0134 踊る名無しさん (ワッチョイ ea4b-rPRB) 2022/02/02 00:59:38
ヒューマくんloverがヒューマくん応援スレ立てるっていう選択肢はないの?
それだって平和な解決法じゃない?
別にヤマカイくんとセットで語らなくちゃいけないわけじゃないんだし ヒューマ君について語るスレ立てました
[クロアチア] バレエYoutuber ヒューマ [ぐでたま]
https://lavender.5ch...gi/dance/1643731835/
4 自分多分あんまりバレエユーチューバー自体に興味がないんだわ
なんか知ってもあまりプラスに働くことがない
ID:(16/51)
0017 踊る名無しさん 2022/02/01 22:45:25
誘導本スレ
https://lavender.5ch...gi/dance/1643433780/
荒らしが立てたスレだから落として クズ先生がいるなら情報共有はありがたいよ。
隠そうとする方が変。
ID:(583/612)
0584 踊る名無しさん 2022/01/26 22:48:20
前スレから読めばいかにしつこいかわかるよ
個人的な恨みとしか思えない 動画貼っていいみたいなので…
ボリのラントラートフ「バヤデール」よりソロルのヴァリエーション。
https://youtu.be/041LM6gPc3Y
オペラ座のパリエロ、ガムザッティのヴァリ。
https://youtu.be/1lghGqnTRH0 0119 踊る名無しさん (アウアウキー Sa55-v9iE) 2022/02/02 00:29:40
裸体全てを卑猥だと言ってる人は流石に居なかったのでは
個人的にはynの絡みは猥褻、y単体の裸体は下品て感じ
YouTubeの規定内では削除されないからセーフ、でも広告剥がされる程度にグレーってことだよね
YouTuberとして見たら問題無し、バレエ広めたいプロとして問題有り
…と見る人が多いが、気にしない人もいるので平行線 動画ありがとう
サラッと流すつもりがじっくり最後まで見てしまった!先生の最後のバイバイ可愛いw
良い友達に恵まれたみたいで安心したよ
自分を振り返って目標立てて、頑張ってるんやなー クロアチアで働くバレエYoutuberヒューマ君について語るスレです。
https://www.youtube....chsbc2UR9p4gcDf9A0w/
現在登録者数9060人 口ばかりで踊り上手くないしバレエ以外のこと何も知らない感じでとにかく面白くない バレエダンサーだと思うからイラつくわけで
ただのカップルチャンネルだと思えば、自分の人生の1秒でもこの人に裂くのは無駄だと思える プレミアム配信で投げ銭に満面の笑みw
失恋より銭…買い物中毒? 自分多分あんまりバレエユーチューバー自体に興味がないんだわ
なんか知ってもあまりプラスに働くことがない
ID:(52/57)
0053 踊る名無しさん 2022/02/02 01:46:04
同じくそこまで興味湧かない
素晴らしいもの見た時は感動するけど クロアチア国立バレエ団で活躍している未成年のバレエダンサーヒューマ君を応援しましょう!
「注意」ヒューマ日記のファン板につきアンチコメントは禁止!
ヒューマ日記
https://youtube.com/...Dchsbc2UR9p4gcDf9A0w VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:: EXT was configured バレエの裾野を広げたい←もう十分広がってる日本。
ヨーロッパだと、男性客もいるみたいだし、芸術好きにとってはその中の一つって感じかな。
まーでも結局、日本人のバレエ見たい日本人てそんなに多くないのよね。
需要に対して過剰な供給なんだよ。
食えない人は自腹でやるしかない。 サラッと流すつもりがじっくり最後まで見てしまった!先生の最後のバイバイ可愛いw
良い友達に恵まれたみたいで安心したよ
自分を振り返って目標立てて、頑張ってるんやなー 100人プロと踊っても、再びお金払って踊りたいプロなんて数人
始めた時点が一番おおらかで、年数重ねるごとに非社交的で不寛容になるわ 自分のブログに書いてリンク貼るだけにしてほしいよね
みんな書き込みしなくなっちゃったもんね 田中さんは見つけてしまったのだ。
勤務している会社の最寄り駅の線路の反対側に
オープンクラススタジオ「ベルベット」があることを。
朝から晩まで、多種多様なバレエクラスがあり
チケット制でどのクラスでも受けられるシステムだ。
俺は、黒崎ボーイズの中では一番下手くそだ。
だが、経験が浅いだけで、俺の眠れる底力はこんなもんじゃない。
「ベルベット」のオープンクラスで短期間に実力をつけて、
黒崎のみんなをビックリさせてやるからな!
俺のバレエへの情熱をなめんなよ!
田中さんは、心がメラメラと燃えるのを感じながら
「ベルベット」に入っていった。 「ベルベット・バレエスタジオ」で教える講師の一人、
影山清志郎(かげやま・きよしろう)はバレエ団の若きソリストだ。
教え方はそっけないのだが、美しいお手本が人気を呼び、
影山のクラスはファンの奥様たちであふれている。
「やだぁ、こんなのぉ、難しくて、できなぁ〜い」
常連マダムがはしゃぎながら甘えた声を出す。
「難しいけど、挑戦してみてください」と、影山はクールに微笑む。
(できないからやるんだろうが!ヴォケ!)
影山は心の中で思いっきりののしる。
(つーか、レッスン中余計なことしゃべんな!動け!)
先輩から紹介された仕事だと割り切ってはいるが、
ときどき、趣味バレエの猥雑さに耐えられなくなる。
(ひざ伸ばせってっつったら、伸ばさんかい!
いつになったら伸ばすんだ?今だろ!)
「みなさん、ひざをもう少し頑張ってくださいね」
影山は静かに言った。 たまに来てくれていた美しいバレエ教師の小夜子さんも
来なくなってしまった、影山は嘆いた。
掃き溜めに鶴。カラスの大群に雪のような白いハト。
小夜子さんだけが、このクラスの救いだったのに。
今日もこのクラスはお気楽な奥様方でいっぱいだ。
「ほらほら、アームスはどこを通るんですか」
「きゃはーん!」
常連マダムが笑ってごまかす。
(いちいち、キモイ声出すな!)
その後ろで、ものっすごい真剣な顔つきでバーについている
男性が影山の目に留まった。田中さんである。
(素人男性か、やる気はありそうだな。いっちょ、しばいたるか) このクラスの連中を見るたびに感じる怒りは何だろう。
影山は、考えた。
大事に継承されてきた100万ドルのグラスを
100円のコップ同様に扱われているような苛立ち。
経歴や、美醜や、上手下手を問いたいのではない。
レッスンに対する真摯さの欠如が、影山にはどうしようもなく耐えがたいのだ。
そんな中で、ひとり場違いなまでにメラメラしている素人男性、田中さん。
(メラメラしてるやつは嫌いじゃないぜ) 「田中さん、床の踏み方は悪くないですが、
天井を頭で支えるような感覚も欲しいです」
「田中さん、肩甲骨をV字に下げて、ひじの高さを維持して」
「田中さん、エファッセは45度へ、細い対角線を進んで」
「田中さん、観客は右前方にも左前方もいます。
正面の鏡だけ考えない。鏡はウソをつきます」
「田中さん!」
とその日、田中さんはレッスン中に20回も名前を呼ばれた。
こんなに集中指導されるのは初めての経験だった。
レッスンの後、影山は「良い指導を受けてこられたんですね」
(実力はともかく、レッスン態度だけは立派)と、田中さんをほめた。 みんな、バレエを特別なものだと思いすぎ、
と影山クラスの常連の生徒のAさんは思っていた。
習い事や運動やアートや趣味、なんだっていいけど、
そういうものが、世界にいくつ存在するか見渡してみれば
バレエも小さな狭い世界。
私は仕事しながら子育て終えて、今は義父の介護生活。
イケメンダンサーで目の保養をしながら身体を動すのは
やっと手に入れた、ひとときの気晴らしの時間。
気晴らしにバレエを習ったらダメなの?
いい年して、みんなメラメラして、何を目指そうっていうの?
それにしても、例の常連マダムさん、いつもは他の人が指導されると
「影山先生、あの人ばっかりひいきしてるぅーずるいぃー」って騒ぐのに、
今日は、あの男性が集中的にしごかれてても文句言わなかったわね。
若い男性だから嫉妬の対象外なのかしら。
バレエの人達って変なこだわり持つ人が多いわ… 「ベルベット」のオープンクラスで
1週間に10人の先生のレッスンを受けた田中さんは
バレエの切り口も伝え方も解釈も、多種多様であることを知った。
ちょっと上手い人も、自分と同じように下手な人もたくさんいた。
田中さんは「俺もそんなに悪くないほうだったな?」と理由なき自信を回復させて、
黒崎バレエアカデミーのクラスに戻ってきたのだった。 田中くん!やったー久しぶり〜バレエ嫌いになってやめちゃったのかと思って心配したよ
いつも明るい鈴木さんと対照的に照れ屋の中村さんは口の端でニッとした 「鈴木さんや中村さんがいてくれて、本当に心強いよ。ありがとう」
「どうしたんですか?急に」
オープンクラスに一週間通い詰めた田中さん、
残念ながら、短期間でみんなを驚かせるほど上手くはなっていなかったが、
黒崎で教えられたきたことや環境が、
思っていた以上に良いものだと知り感謝の念がわいていた。
「やっぱりここが、俺のホームって気がするよ」
「僕たちも田中さんがいない間、さびしかったですよ。
そういえば、コッペリアの配役、貼りだされてましたね」
鈴木さんが言った。 それにしても、
と田中さんは「ベルベット」のクラスを思い出していた。
現役ソリストの影山先生のお手本は、カッコよかったなあ。
しゃべりながらでも、5回も6回も回っちゃうし、
最後のグランジュッテでは、空中で一瞬止まって見えたぞ。
「今度の公演観に行きますぅ〜」って
奥様方が先生に群がってたのも無理はない。
よし、俺は決めた!影山先生のようにカッコいいダンサーになる!
まてよ、上手くなりすぎて、年上のマダムたちにモテすぎたら困っちゃうな。
いやいやいやいや、
俺のピュアなバレエ愛に邪念を持ち込んではいけない。
俺は俺なりのゲージツを追い求めるバレエダンサーなのだから。 黒崎バレエアカデミーのロビーの掲示板には
次の公演のコッペリアの配役表が貼られていた。
初心者クラスから出る人は全員2幕の人形だ。
人形か、と田中さんはまだ見たことのない踊りを想像していた。
ディズニーランドのイッツアスモールワールドみたいに
可愛いファンタジー系で攻めるかな?
それとも、ソニーが作った初代犬型ロボットのAIBOのように
カクカク動いてテクノロジーを感じさせる動きがいいかな?
後日、やる気満々で2幕の初リハーサルに参加した田中さんは、
そこで、ようやく気がついた。
コッペリア2幕の人形は、ほとんど動かない役だということを。 「また会ったな、田中」
「ひぇ……!」
突然生意気そうな声が田中さんにかけられる。
配役の人形のことで頭がいっぱいであった田中さんは、思わずビクッとして間抜けな声が漏れた。
「り…リチャード君……いやいやいや魔王じゃないか……。主役おめでとう!せっかくオーディション誘ってくれたのに酷い有り様でごめんね」
あの悪夢のオーディションのことが蘇り、田中さんの顔色が一瞬悪くなったが、なんとか苦笑いで誤魔化す。
だがリチャードの目は冷ややかだ。そして小さく笑った。
「まさか、主役に選ばれると期待していたのか?俺に勝てるとでも?」
「……別に僕は」
「じゃあ勝つ気も無いのにお前はオーディションを受けたというのか!?」
田中さんは困惑する。
「俺はそんな奴がきなこと関わることなど許せない。今、きなこは大事なときなんだ。彼女はいつだって本気で挑んでいる……お前なんかと全然違う……!」
「……え」
「きなこと関わるな!迷惑だ!」
そう言い残しリチャードはこの場を後にした。
周囲はその光景をただ呆然と見つめていた。 まおうはちかくにあったトゥシューズを投げた
逃げた! まおうはちかくにあったトゥシューズを洗った
!
綺麗になった! 「ひょっとして、リチャードくんって、きなこちゃんの彼氏?」
と田中さんは思った。
「それで、きなこが他の男と話すのが気に入らないのかな。
リチャードくん、16か17だろ。若いからなあ…」
実は、リチャードときなこは顔見知りではあるが、ろくに話したことがない。
日本に初めてきたとき、勝手がわからず困っていたリチャードを
優しく助けてくれたのが、きなこだった。
きなこがリチャードに優しく微笑んだ、その瞬間
恋のキューピッドの矢は放たれ、リチャードの心を射抜いた。
ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある。
きなこと出会ったときに、リチャードの世界の全てが
光輝くきなこ色に塗り替えられてしまった。
以来、リチャードの脳内では『きなこは俺のプリンセス』だ。 きなこの近くをうろちょろしている田中という男…!!!
少しは踊れるやつかと思ったら
バレエのバの字もわかってないくせに、きなこに近づくとは!
俺はきなことろくに話すこともできないのに、
きなこの笑顔を独り占めするとは!
10歳年上なのをいいことに、清純なきなこを上手いことだまくらかして
手なずけようとしているに違いない!
なんて卑怯なやつ!
「デパルソ!」
魔王リチャードは呪文を唱えた。 その頃中村さんは長い身体を小さく折り畳んで、スタジオ裏の陽だまりにしゃがんで地面を見つめていた
気分悪いの?大丈夫?鈴木さんが声をかけた
なんでもないよ〜あれどうなるのかなって、ほら二幕のスコティッシュダンスがさ〜
民族舞踊ってバレエ教室で教えていないよね
アリさんの行列を見つめていたのを内緒にしたくてつい慌てて口走ってしまったが
実は中村さん大学時代にちょっと民族舞踊をかじったのだった
もちろんサークル活動なので本格とは言えないが、ごく一部の熱心な学生たちが資料を集めて国別や地方別の研究会を作っていた 何故、あなたの踊りはうわべだけ
巨匠でありモンブランの麓の劇場で芸術監督を務めた経験のある山加糸吉は低い声で告げた 糸吉の心には忘れられない乙女がいたのだった
ネリッサ、太陽の様な眩しく無垢な笑顔、そしてラテンの香り ネリッサ
その声は妙なる調べ
瞳は太陽のように輝き
髪は海のように波打つ
ネリッサ
ああ麗しのネリッサ
あのときの僕にはあなたがいた
いつでも正しいあなたがいた
舞台にかけた人生は刹那の幻
最後に残されたのは、老いた肉体とあなたとの想い出
山加はワークショップのために帰国する飛行機の中で
昔の思い出にひたっていた。 よう!山加、山加、ヤマカだろ?ヤマカイトキチだよな??俺だよ、俺、マウィッ。
ガイって言ったら思い出すかな?
あれ?もしかしてドイツ時代一緒だったマウィッツオーゲス?
いやー懐かしいな、何年振りだよ、アカデミー以来か?
機内でのまさかの再会であった。
世の中狭いな。
オーゲズとの再会で舞姫ネリッサを取り合った青春が走馬灯のようにこみ上げてきた。 ネリッサとは?糸吉は重たく口を開き言葉に出してガイに尋ねた。
糸吉はネリッサを奪われていたのだ。
ネリッサは国に帰ったんだ、スペイン。 山加糸吉は、ドイツのアカデミーにいた10代のころは
「回転は上手いが、ふざけたアジアンボーイ」と見られていた。
ネリッサが糸吉ではなくガイを選び、二人が異国へ旅立ってから
残された糸吉は一週間自分のベッドから起き上がれなかった。
やっと部屋から出てきた糸吉は、その後は別人のようにバレエに打ち込んだ。
入団したバレエ団では、指名されてもいなくても
全作品のあらゆるパートの振付を覚えた。
出演を言い渡されたのが、本番前日でも当日でも直前でも
糸吉はどのパートも完璧にこなした。
初主演のロミオとジュリエットでは、舞台の上で
ネリッサと再びめぐり逢い、運命を共にしているような錯覚を起こした。
あの青い空が落ちてこようとも
地面が割れて裂かれようとも
かまわない
あなたが愛してくれるならば
その舞台で、山加糸吉はプリンシパルに指名された。
それは、過ぎ去りし日々の記憶… ヤマカくん?誰かが糸吉の名前と呼んだ
振り返るとそこにはエリスが
まさかここNYでエリスと会えるとは
美しいエリスとアカデミー時代のライバルで親友マウィッツオーゲス、ネリッサと共にドイツで過ごした友だった 山加糸吉は、旅行も兼ねて四年に一度の開催されるトムソン国際バレエコンクールを
見るために、帰国前にNYに立ち寄ったのだ。
エリスは教授法ワークショップに参加するため、
マウィッツオーゲスはバレエ団のディレクター代理で
ダンサーの個別オーディションとスカウトのためにやってきた。
三人はマンハッタンの洒落たレストランで再会を祝った。
「イトキチは、昔は『あきゃー』とか『うきぃー』とか
奇声を発しながら跳び回るクレイジーなやつだったのに、
すっかり落ち着いちゃって」
「ははっ、今でもクレイジーだよ。狂気とダンスは似たようなものだろ」
「マウィッツ、あなたがネレッサを連れ去ったあと、
イトキチは、急にシリアスな性格になっちゃったのよ。
しばらく死んだゾンビみたいだったんだから」
「そうだったのか?」
「うわぁー、エリス、やめてくれよー。そんな昔のこと。
ほら、もうゾンビじゃない。ちゃんと生きてる」
三人は笑い合った。 「ドイツにいたころ、私もヤマカくんに夢中だったのに」
少し酔ったエリスがワイングラスを傾けながら、冗談めかして言った。
「えっ?」
「イトキチ、気づいてなかったの?俺は知ってたよ」
にやにやしながらマウィッツが言う。
「もう一本ワインを頼もうか」
47階のレストランの窓の下には、マンハッタンのきらめく夜景が広がっていた。 再会を祝してもう一度乾杯しましょう!
ガイはこの後は何処に行くの?このコンペの後よ?何故かエリスは熱心に訊ねた。
ガイ?オーゲス?? マウィッツオーゲスはミュンヘン、サンクトペテルブルク、ニューヨークの3都市を拠点とし芸術監督監督、振付などで名を馳せる巨匠と呼ばれる存在になっていた。 「みんな、この近くのホテルに泊まるんでしょう?
ねえ、私の部屋に来て昔話の続きをしましょうよ」
だいぶ酔いが回ってきたエリスが糸吉とマウィッツに聞いた。
「いいね。でも僕はスイスからの長旅で疲れてて。明日も早いから」
と糸吉は断った。
「私とネリッサは大親友だったのよ。メールアドレスも知ってるわ。
あなたが連絡したらきっと喜ぶわ」
糸吉が一瞬、固まる。ネリッサに連絡、だと?
「…さあ、どうだろ…」
糸吉はタイムズスクエアの派手なネオンを見上げた。
どれだけ年月が過ぎても、誰にも解けない呪いのように、
ネリッサへの思いは糸吉の心を締めつけている。
「ヤマカくん、今でもネリッサのことになると、
そんなに切ない顔をするのね」エリスがクスクス笑った。
「はいはい、何とでも言ってくれ。
この酔ってるレディを、巨匠にお願いしてもいいかな」
「心配するな。ちゃんとホテルまで送ってくよ」
マウィッツオーゲスも笑った。 ガイはミュニックに戻るよね?
ヤマカくんは、、、エリスが尋ねると
僕はこの後ソウルに寄ってから帰国するよ。ネリッサ、君は?
私はこの後西海岸で仕事よ。
それにしてもガイがこんなに有名になるなんて!だってアナタの名前が出て来ない公演何てないもの。
最近はどんな作品を手掛けているの?
ガイは仕事の話になると少年の様に語る。
今は3つプロジェクトを持っているんだけど、1つはドイツのネオクラ
1つはウクライナで古典
もう1つは詳細は言えないのだけど来月にはわかると思うよ。 心の中では決まっていた
ななななんと「キョンシー」だ!
中国版ゾンビをもとにバレエ仕立てにする
コミカルで親子で楽しめるバレエである しかし、簡単に周囲に却下されてしまっので、次に提案したのは「ゲゲゲの鬼太郎」だった。
目ン玉の親父はどうするんだとまたまた非難轟々で煮詰まってしまった マンハッタンの夜から3か月が過ぎていた。
糸吉は大阪にいた。何となく寝付けずソファーで横になっていると、電話が鳴った。
こんな時間に誰だろう、と何となく電話に出てみる。
ヤマカくん?エリスよ。あれから時々マンハッタンの夜を思い出して、、ごめんなさい。
連絡はしない約束だったけれど、どうしても。。。
糸吉は何を話したかあまり覚えていなかった。というかまともな話が出来ないくらい動揺したいたのだ。
ガイへの強い嫉妬心から心を病んでいたのだ。
きっかけは些細な出来事だった。
ふと飛び込んできたニュース、
マウィッツオーゲス ボレロ 山加糸吉はアカデミーを卒業後まもなく怪我に悩まされるようになった。
人一倍努力し修練を重ね、若くして舞台の真ん中に立ったものの、若くして引退していたのだった。
ガイは自分に無いものを全て持っている。。。
ダンサーになるべくしてなった美しい体、強靭な脚
健康
才能
ネリッサの心 マウィッツオーゲスは舞台監督、振付などで才能を発揮しているが、まだ現役で踊っているのだ。 山加糸吉 様、 山加様、 ヤマカイトキチ様
エリス、ごめん、また後で。
空港内のビジネスラウンジで電話終え、ラウンジ内のバスルームでシャワーを浴びてからパリに出発したかったのだ。
パリではガイのボレロ公演がある。 まあみなさんおはようございます?!
まあみなさんおようございます?!
何を言ってるんですか
まあみなさんおそようございます?!
でしょう シャルルドゴールで山加糸吉を迎えたのはエリスだった。
ヤマカくん?
エリス!
ヤマカくんごめんなさい、どうしても聞いても欲しい事があって。 ネリッサの太陽の様な甘い香りが糸吉の脳裏をかすめた。
ここに居るはずの無い彼女の香り、幻影。。
エリスは淡々と語り始めた。
「ネリッサはここ、フランスにいるわ。リヨンから少し行ったサヴォワにいるの。
湖畔の保養所よ。彼女は長らく心を患っていて、」
糸吉は絶句した。頭が混乱し、自問した。
何故、何があったんだ!私の愛した美しい舞姫ネリッサ、数えきれないくらい夢に見た彼女のオディール
「どう…」どうしてなんだ、ガイとは…糸吉は確認したい事が有り過ぎて言葉を失った。 パリオペラ座で地響きの様なものが沸きあがり、地鳴りのごとく拍手喝采、ブラボー、ベリッシモ、あらゆる賛美の声も入り混じっていた。
マウィッツオーゲスのボレロは大成功を収めた。 パリで熱狂的な歓声を浴びるマウィッツの姿を前に、
山加糸吉は、一人サナトリウムで療養中のネリッサを思っていた。
マンハッタンでネリッサの名を聞いたときには
昔の傷が再びえぐられるような痛みを感じた。
ネリッサに連絡?彼女の人生と僕の人生は
すっかり違ってしまったんだ、今さら話すこともない、と。
しかし、今、地鳴りのような歓声の中で
また別の胸の痛みが糸吉をつき動かそうとしていた。
「エリス、ネリッサに会いにいきたいんだ。場所を教えて」
「そう言うと思ってた。私も一緒に行くわ」 「パリからリヨンまでTGVで2時間、リヨンのレンタルカーを予約したわ。
早ければ昼すぎには着くわよ」エリスがテキパキと段取りを説明する。
「ネリッサにも連絡したの。ヤマカくんが行くっていったら驚いてた。
ねえ、ヤマカくん、朝からその深刻な顔やめてくれる?
古い友人に会いに行くだけよ?」
高速で走る列車の窓から、延々と続く草原を見つめながら
糸吉は絞り出すような声で聞いた。
「一体、ネリッサに何があったんだ?」
ん−、それはね…
エリスは困ったような顔をして、ゆっくり説明し始めた。 ガイは才能あふれる偉大なる人よ、それは間違いない。
行動力があって自由奔放で、常に新しいものを追い求めてる。
女性関係もね。ときには男性もかしら?
ネリッサは昔から真面目な子でしょ。
敬虔なカソリックだし、一生愛すると誓ったら、絶対変えない。
人の愛と誠実さを信じてるとこ、ヤマカくんとそっくりよ。
詳しいことは知らないけど、心と現実があまりにも食い違ってきたのよ。
10年前から、何度か自殺未遂してたらしいわ。
一度はスペインの家族の元に帰ったんだけど、
心の支えだったご両親も数年前に亡くなれて…
「オーケー、もう、いいよ。わかった」
糸吉は片手で目を覆いながら首を振った。 マウィッツオーゲス
ヤツはアカデミー入学当初から全てにおいて愛顧を得る子供だった。。。
そして今も尚。常に羨慕も受けているが、強靭な精神を持っている。。。。。 糸吉は強い嫉み心に苛まれていた。
「ここで差し入れを見繕いましょう。微量でもアルコール成分が含まれているものはダメよ」
リヨンに到着するとエリスは辺りを見回しながら提案した。 「アボカドと、フルーツを。ネリッサはいつも食べ物に気を使っていたから」
なぜ、彼女が幸せに暮らしてると思いこんでいたんだろう。
彼女がそんなに苦しんでいる間、
何も知らず、何もしてやれなかった。 アボカドとフルーツを買ったあと、糸吉は
雑貨店のショウウインドウに飾られている小さなぬいぐるみに目を留めた。
「あの、ぬいぐるみを買ってくよ」
「ぬいぐるみ?」 糸吉とエリスはリヨンからはレンタカーで移動した。
朝パリを発って現地に到着した時には既に面会受付時間の2時を過ぎていた。
ひっそりした森の中に現われた大きな門。厳重なセキュリティーに守られており、何度か車を止めなければならず、ゲートの通行を許されてから受付に到着するまで30分かかった。
大きな門と広い敷地のわりに建物はこじんまりしていた。
二人は仕方なくブルジェ湖付近の宿に部屋をとり、翌朝面会に行くことにした。
糸吉は察するもエリスに訊ねた。
「ここは普通の人が療養するような施設ではないね?」
エリスは答えた。
「ネリッサはアルコール依存から始まり、薬物にも…
温泉療法っていうの?ここで心身のデトックスをしたり…
ここ何年かは似たような施設に出たり入ったり紆余曲折あったけれど…
今はここで療養していて回復の兆しもあるみたい。
日が暮れると体調が悪くなるらしく、面会時間が限られているわけなの」
。。。回復の兆し?
一体なにがあったんだ、僕の美しい舞姫、無垢なオデット 糸吉が10代でドイツのアカデミーに来て一年目のときのこと。
ヨーロッパ人の男の子たちに比べると線が細いうえ、
オチをつけずにはいられない大阪人の宿命により、
肝心なときにおどけるクセがあったから余計に
年齢よりも幼く見られてた糸吉。
ネリッサに恋しても、気持ちを伝える上手い方法が見つからなかった。
しかも、ネリッサは男子で一番目立っていたマウィッツオーゲスと
つきあってるという噂もあった。 ある日、糸吉は街で見つけた小さなぬいぐるみをネリッサに渡した。
必死で調べたスペイン語のメッセージを添えて。
"Tu eres mi vida y no quiero a nadie mas que a ti."
(君は僕の命だ。君以外の誰も欲しくない)
ネリッサはそれを読んで、愉快そうに笑った。
伝わったのか、伝わらなかったのか。
ジョークだと思われてたかもしれない。
それでも、糸吉が書いたスペイン語のカードを読んで
ネリッサが笑う顔が見たいばかりに、
ささやかなプレゼントとともに、精一杯の愛を言葉を送り続けたのだ。
"Te protegere, pase lo que pase."
(何があろうとも、君を守る) 昨晩は殆ど眠れず朦朧としながらアカデミー時代の出来事を思い出していた。
朝になり、糸吉とエリスはホテルラウンジにいた。
ヤマカくんも何か食べたら?コーヒーだけだと一日もたないわよ。
それにほら、ここのクロワッサン、ブレス地方のアー・オー・ペーバターを使っていてるんですって、それにサン・マルスランチーズもソソシソン・リヨネも最高よ。
糸吉は全く食欲が湧かなかった。
施設に着いて受付を済ませた後別棟にあるレクリエーションルームへ案内された。
看護師に車椅子を押されながら女性が入ってきた。
顔色が悪く、体は普通よりもかなり太っていてた。というよりかなりの巨漢と言った方が正しい。
ま、まさか
巨漢の女性はネリッサだった そのころ、東京の黒崎アカデミーではコッペリアのリハーサルが進んでいた。
「人形の人達、ずっとポーズ取ってなくてもいいですよ」
と言われ、田中さんはスタジオの隅で2幕を見学していた。
「コッペリウスの男性は40代かな?
身のこなしが素人じゃないよね?あの人も先生?」
と田中さんが聞くと、情報通の初心者クラスの女性が
「あれは『社長さん』よ」と教えてくれた。
「社長さん?」
「10代のころドイツにバレエ留学もしたらしいけど、
家業の輸入家具店を継いで、今はオーツマ家具の社長さん」
「へえ。20年後にあんな洗練された40代になれてたらいいよなあ」
情報通の女性は「あなたとは元が全く違うわよ!」と言いかけてやめた。
田中さんは『社長さん』のコッペリウスの動きを熱心に見つめていた。 糸吉はゆっくりネリッサのほうに向かった。
「ネリッサ」
太陽のようにまぶしかった笑顔は
月のように憂いを秘めた透明な表情になっていたが
あの女神のような肢体は
ルノワールの浴女たち(Les Baigneuses)のようにふくよかになっていたが、
まぎれもなく、ネリッサ。
糸吉は、無表情のネリッサに腕を回しハグをする。
この、懐かしい、甘い香り。
二十数年の時が一気に戻されるかのように、
頭がくらくらした。
糸吉はネリッサを強く抱きしめた。 ネリッサは最後までヤマカ君の事思い出せなかったわね。。。
彼女はね、アカデミー時代から拒食症に悩み、それから薬物、薬物を絶ってる間はアルコール
食欲はね、アカデミー時代から物凄い量だったのだけど、全て吐いていたの。
ガイの傍らにはいつもラウラがいたのよ。
ラウラって、あのLaura Wagner?アカデミーの2学年下にいた彼女?
二人はフランスを後にした。
糸吉はかつてドイツ時代同じ学校に在籍していた同郷の友であり、糸吉の最大の理解者、スポンサーでもあるオーツマ家具の社長を訪ねるべく為帰途に就いた。 それにしてもガイの活動25周年のボレロは凄まじかったな。。。 ブルジェ湖湖畔のサナトリウムからの帰り道
エリスが猛スピードで車を飛ばしながら、うなだれている糸吉に聞いた。
「ねえ、ヤマカくんは他の女性と付き合わなかったの?」
「付き合ったよ、昔、何人かは。すぐに別れた。
他の女性と過ごしても、むなしいだけなんだよ。
もう、諦めた。僕は他の女性を愛せないんだ」
「あなたも、かなり重症よねえ」
エリスが呆れたように笑った。
「その気になったら、いつでも私が待ってるわよ」
「はいはい、かわいそうな男に、同情してくれてありがとう」
(同情じゃないのにな…)
そしてエリスは西海岸へ、糸吉は日本へと向かった。 「ヤマカもそ気を落とすなよ」
パリの出来事ですっかり意気消沈したままの糸吉にドイツ時代の旧友オオツマは肩いそっと手を当てた。
オオツマに一部始終を話した糸吉は、心の内を吐き出せたからか少しだけ安堵した様にも見えた。
ラウラって、ラウラ・ワグナー?
僕と彼女は同じ学年だったからよく覚えてるよ。と言っても彼女は僕より5歳も若かったけど。
彼女はアカデミーを16歳で卒業したんだよね、一目で特別な子とわかったよ!
とにかくオーラが凄くて頭に天使の輪が付いているかの如く、キラキラ光り輝く眩しい子だったからね。
天使にキスをされた子だったことは確か。
帰宅した糸吉はオオツマの話を思い出していた。
糸吉はアカデミー卒業後そのままドイツでプロ活動をするも怪我の為帰国を余儀なくされ、活動の拠点を日本に移していた。
日本では名実ともに巨匠であり山加と言えばバレエ、バレエと言えば山加という存在になっていた。
オオツマはアカデミー卒業後、ヴィエナのカンパニーに3年間在籍するも一身上の都合で退団していた。 ねえねえ、社長さんって黒崎先生より上手いんじゃない?
帰り際の更衣室で何処からともなく聞こえてきた。 2幕のリハーサル後に、きなこが話しかけてきた。
きなこは踊りっぱなしだが、田中さんはほぼ見てただけだ。
「田中さん、見てるだけで退屈だったんじゃない?」
「初めて見るもんから、すごく面白かったよ。
コッペリウスがこうやって、コッペリアに魂を移そうとするところとかさ」
田中さんが、目をひんむいて大げさにコッペリウスの動きを真似してみせる。
「ほーら、こいつの魂よ、こっちへうつれぇ〜〜」
きなこが笑いころげながら、コッペリアの動きで応える。
「次は目の神経が、うつれぇ〜〜」
そうやって二人が遊んでる様子をじっと見てる人物がいた。 僕は非力だ。
愛するネリッサを救えなかった。
もっと早くわかっていたら、彼女を、心の闇から救いだせたかもしれない。
糸吉はベッドに横たわり部屋の天井を見つめながら
ネリッサの香りを思い出していた。
ネリッサは、きっと時間をかければ僕のことを思い出す。
僕が"Que sucedio? mi princesa?"
(どうしたの、僕のお姫様)ってスペイン語で言ったら、
瞳の中でわずかに光が動いたのが見えた。
記憶の奥底で、僕のことを覚えているはずだ。
マウィッツやエリスに会って、昔の苦しみをぶりかえし、
今のネリッサの現実はもっと辛いもので、僕は疲れ果ててるんだ‥
糸吉は深い眠りについた。 糸吉は神経衰弱が激しく、モンブランの麓の劇場シャモニー・モンブランの芸術監督職も辞任を余儀なくされた。
「ヤマカ、人生そういう時もあるよ。今後を見据えて少しゆっくりすべき時なんだよ。」
「まずは体調を整えてからだな」
3週間寝たきりの糸吉に、見舞いに来たオオツマは誠意をもって助言した。 黒崎アカデミーのレッスンに見慣れない少年が参加していた。
誰なの?あの子可愛い、中学生くらいかしら?それにしてもなって滑らかな動きなの?
小声のおしゃべりがあちらこちらから聞こえてきた。
あの子、ダンス集団ピューマのリーダー豹くんじゃない?ネオクラ中心のグループよ!それにしても何て綺麗なバレエなの? 「へえ、また才能あるボーイズメンバーかあ。
しかしすごい身体能力だな。若さがまぶしいぞ」
田中さんが20代のわりに年寄りじみたことを言っていると、
紗江子が後ろから話かけてきた。
「田中さん、コッペリウスの振り、覚えておいて」
「え?」
「アンダースタディよ。
練習のときだけコッペリウスの代役できるように」
「ええ?」
「コッペリウスのオオツマさんは、社長さんだから、忙しいの。
彼くらいのレベルになると、数回合わせれば本番も問題ないけどね。
田中さんはヒマ…時間があるでしょ」
「はい、まあ、そうですけど」
「私が決めたんじゃないわよ。黒崎タキ子先生がじきじきにあなたをご指名よ」
紗江子は、苦虫をつぶしたような顔をして、
ブツブツ文句を言いながら、去っていった。 コッペリウスの代役!!!
練習のときだけとは言え、なんという大抜擢!
田中さんは、駅前商店街をアラベスクソテとパドシャで小躍りしながら家に帰り
過去の発表会の「コッペリア」のビデオを繰り返し見た。
「コッペリウスって変わり者のイカれたじいさんだよな。
しかし、俺はダンサーであると同時に、性格俳優でもあるからして、
コッペリウスという『男の人生そのもの』を表現せねばなるまい」
田中さんは研究熱心だ。
人間と間違うほどのリアルな等身大の人形とはどのようなものかと
繁華街の雑居ビルに入っている店を訪ねた。
そして、ちょっと後悔した。 この店は、
あれだ、
その、
なんといえばいいのか、
「いかがわしい」
セクシー系から清純派まで美女を模した等身大の人形が並ぶ。
人形の服装がこれまた、あやしすぎる。
これは、トンデモない場所に足を踏み入れてしまった。
うぶな俺には刺激が強すぎるぞ。
等身大の若い女性の人形を所有してかわいがるなんて、
やはり「ヘンタイの趣味なのか…?」
「そうでもないですよ」
独り言のつもりが返事をされ、田中さんはギョッとした。 振り返ると、高級そうな細身のジャケットを着た男性客がいた。
あれ?ヘンタイっぽくない。
むしろ女性にモテそうな、オシャレな業界のイケてる男性ではないか?
「架空の人間関係を想定して、雰囲気を楽しむのは、
子供の人形遊びやごっこ遊びと一緒ですよ。
まあ、成人男性の場合、『素敵な彼女と暮らしている自分』の
イメージをふくらませるアイテムですね」
「ほう?」
音楽と踊りと衣装で、王子様を演じたい衝動ならよくわかる。
等身大の女性人形を持つのも、空想上の自分を演じるためなのか。
「でも…あなたみたいにかっこいい人だと、
本物の女性がたくさん寄ってきそうですよ?」
田中さんがそう言うと、その男性はためいきをついた。 「本物の女性って、年々、面倒になってくるでしょ。
お互いさまだろうけど、いろんな要求をしてくる。
なんていうかな、男のスペックを値踏みしてくる感じ、
わかります?」
「うーん、そういえば」
田中さんは、バレエを始める前にふられた女性を思い出した。
年齢的に、恋愛感情も条件付きになるよなあ。
ありのままの俺じゃ「不合格!」って感じだ。
「もうね、うんざりしちゃって。
自分の理想の女性をイメージできる人形といるほうがリラックスできるんです」
「うむむ。なるほど?」
この男性、人一倍感受性が豊かなタイプなのかもしれない。
芸術家というものは、そういうものだよな。
俺も同じだからよくわかるよ、うんうん。 田中さんが、大型人形愛好家の男性客の話に耳を傾けながら
コッペリウスの心に思いをはせていたころ、
黒崎アカデミーではまた新たな才能が輝いていた。 「タキ子さ〜ん、お久しぶりです!」豹が叫んだ。
「あらヒョーマ、来てたの?突然来るなんて驚くじゃないの、もうこの子ったら。。。」
あら、黒崎先生は豹くんと知りあい?どうな関係なんだろう?クラスは静まり返った後ざわついた。
「みなさん、ハイ、集まって下さるかしら?古い知り合いを紹介します!こちら山加糸さんです。」
ええええ〜、まさか?あのヤマカイトキチ?ウソだろう?
嘘だろう、人形の。。。田中は別な意味で驚いた。
「ええそうよ、あの巨匠山加糸吉先生よ。いま活動無期停止中で時間を持て余しちゃってるから呼んだの!」
をおおおおおおおお〜黒崎先生、凄いな〜
「それから甥っ子を紹介するわ、甥っ子の豹、ダンス集団ピューマで踊ってるから洒落でヒョーマって呼んでるの。ラブリーでしょう?」 黒崎先生って凄いんだな〜あの巨匠山加糸吉と糸さんだなんて!
「実はね、糸さんと私は従弟なのよ。ふふふ〜驚いた?糸さんはね、父方の親戚なのよ。北海道で酪農やってる。。」
「ヒョーマは姉が出来合いしている子で私にとっても息子の様な存在よ。みさなんイジメないでね!頼んだわ!!」 「という事で、糸さんは遊びに来ただけなので気にせず練習に励んでくださいね」
糸吉がなんとなくバーレッスンを始めると羨望の眼差しを受けた。
そこへオオツマが入ってきて糸吉の隣でバーレッスンを始めた。
「よう、ヤマカ!来たか!どうよ最近は?」
えええ?どうゆ〜こと?しゃちょーと巨匠は知り合いなのか?まじか〜
クラスの全員が静まり返った。 「豪華だー。豪華すぎるよ、このクラス」
上級クラス以外の生徒たちは、スタジオの窓やドアに鈴なりになって
糸吉のレッスンに見入っていた。
見ろよ、あのひざ下からつま先まで美しくしなるライン、
床に吸い付くような足に、そびえたつような背中、
音楽を奏でるようなアームス、何より、あのオーラ!
山加糸吉だけ違う空気をまとっているようだぞ。 「ター子、これからヤマカとうちの新しい都市生活型ショールームに行くんだけどジョインしてよ!」
リハの後、オオツマが黒崎アカデミーのオーナー兼教師の黒崎タキ子に声をかけた。
「あら、銀座3丁目にオープン予定の "ズッペンゲミューゼ” ね? 素敵!オオツマ君のプロデュースよね?」
「今月末までプレスとお得意様用にプレオープンしてるんだ。ヤマカが部屋の模様替えしたいって言うからさ、折角だからたー子もどうかなと思って。」
オオツマの誘いで、オオツマ家具グループの後継者であり若社長でもあるオオツマの案内で黒崎タキ子と山加糸吉は銀座に向かった。 「オオツマ君、今日はありがとう、どれも素敵だったわ。」
「よかった。実はカフェ ”アップルシュニッテン” も試して意見聞かせてよ!」とオオツマ案内してくれた。
「僕は疲れたからお先に失礼するよ、じゃあまた」と糸吉は一足先に帰っていった。
「あら素敵なカフェね、珍しいスウィーツね、おススメをいただくわ!」
オオツマはカフェの名前でもあるアップルシュニッテンを選んでくれた。
「イト、思ったより元気そうで安心したわ。イトを連れ出してくれてありがとう。彼は子供の頃から繊細な子でね。。。」
山加糸吉の従弟であり幼馴染の黒崎タキ子は安心した様子だった。
「ところで甥っ子の豹、どうかしら?ヨーロッパのバレエ学校に行きたいって言ってるのよ。。ワガノワメソッドのアカデミーで勉強したいんですって。」 「豹はね、従弟のイトとは正反対で人懐っこい子なの。3年前からスイスやドイツの短期講習にも行ってるのよ。何より本人が海外を希望してるし。」 「オオツマ君、今日はどうもありがとう!またイトを誘って、お教室で待ってるわ。」
黒崎タキ子はカフェ ”アップルシュニッテン”でお土産に買ったアプフェルクーヘンとプレッツェルを抱えオオツマ家具別館ズッペンゲミューゼを後にした。 糸吉は、マンションの部屋に帰ると
荷物を置いて、ジャケットを脱ぎながら言った。
「一人でさびしくなかったかい?」
「おなかすいただろう?食事にしよう」
「大丈夫だよ、久しぶりに身体を動かしていたんだ」
そして、ベッドに座っている等身大のシリコン製の人形に優しくキスをした。
「愛してるよ、僕の可愛いネリッサ」 ここには最低限の家具しか置いてなかったけど、
君が日中、快適に座っていられる椅子を買うよ。
君と夜を過ごすための、大きなベッドもね。
ファブリックは君の好きなラベンダー色で統一して
素敵な部屋にしたいんだ。
喜んでくれるかい?ネリッサ。
「安心して。何があっても、僕が君を守るから」
糸吉は、人形の波打つ髪を丁寧に櫛でとかしながら
満ち足りた気持ちで微笑んでいた。 家族から引き離されて孤独なアカデミーの寄宿舎暮らし
すぐ先生方に注目されて同じクラスの生徒たちの羨望のまなざしを受けて
「貴女はいいわよね、進級出来ないどころか飛び級だって許される才能が有って」
遠巻きにする周囲の中で一人だけ誰にでも優しかった人
神様は全ての人を平等に愛して下さるから心配しないで伸び伸び貴女らしくいればいいと言ってくれた人
なのにあんな俺様大好き権化みたいなガイにベタ惚れしてみっともないったら
私だけみてくれて私だけの女神ネリッサだったら良かったのに
可愛さ余って憎さ百倍
そんな時エリスが傍に来たの
ねぇ・・・あなた可愛いわね・・・あなたの女神を取り戻すのを手伝うわ
ウィンウィンの関係なのよあたしたち
貴女はネリッサを
私はイトを取り戻すの
ガイは黒髪でふっくら曲線的情熱的で女性らしいダンサーじゃなく
貴女みたいに金髪碧眼でシャープなイメージのダンサーと組みたいって
ふわっとそういう噂をね 幽霊も人形も怖くない…あたしなんてこの世よりあの世の方が大好きだった人の数が多いもの
そうですね、一番怖いのは生きている人かもしれません
タキ子が乗り込んだタクシーのドアを閉めながらオオツマ氏はつぶやいた ヤマカくん…イトは、正真正銘の、信じがたいほどの、バカだわ!
エリスは自宅に向かう車の中で思いっきり悪態をついていた。
マンハッタンのときも、パリでもブルジェ湖のホテルでも、
酔ったふりして、さりげなく部屋に誘ったのに、
彼の頭の中は、20年前別れたネリッサのことばかり!
そうよ。
見せてやりたかったのよ。
ネリッサの今の状態を。
思いっきり幻滅させたかった。
100年の恋も一目で冷めるはずだった。
なのに、
「僕のお姫様」?
「他の女性を愛せない」?
そのロマンチシズム、吐き気がするわ。
人の愛や誠実さを信じるのも、たいがいにしなさいよ!
エリスはアクセルを踏み込み
ロサンゼルスのフリーウェイを猛スピードで走っていった。 マウィッツ・オーゲスのボレロは、スカラ座でも割れるような拍手と歓喜に沸いた。
翌朝ガイの傍らにはラウラ・ワーグナーがいた。
「ガイ、今朝はトラサルディ・カフェににしましょう」ラウラのお気に入りのカフェで、二人はミラノで会う時は必ず何度か訪れる。
「ティラミスあるかしら…」
「どうだろ、朝だからね…ああ、コーヒー、」 「来週からのオデットオディール楽しみにしてるよ!今回はジークフリートは譲ったけど、オペラ座では僕が王子だよ!!」 平日のレッスンの後、田中さんは呼ばれ、きなこと二幕のリハーサルをしていた。
オオツマさんは今週はヨーロッパに出張でいないため、臨時の代役である。
「うーん、オオツマさんは、見た目がスタイリッシュだから
インテリっぽさを感じるコッペリウスだけど、
田中さんのは…」
「はい!孤独に生きる男の、心の機微を織り交ぜた
俺の『愛と哀しみのコッペリウス』、いかがでしたでしょうか?!」
田中さんは自信満々だったのだが、2幕リハーサルを担当する塩田和人は、
「田中さんのは…コントっぽいね」と評した。
「ぷぷっ…」
きなこが隣でそれを聞いて吹き出した。
なかなかの力演なんだけど、バレエではない何か、かもしれない。
だが、松谷きなこが、田中さんといると楽しそうだから、
彼女の主役の重責を和らげる効果はあるようだ。
「まあ、面白いから、いいでしょう」 「オペラ座、私も楽しみだわ。あなたは唯一無二のプリンスだもの」
ラウラ・ワグナーは、美しく輝く微笑をガイに向けた。
アカデミーにいたころ、ガイを誘惑するようけしかけたのはエリスだった。
ラウラは俺様のガイに、毎日少しずつプライドをくすぐるようなことを言い続けた。
「あなたって特別よ」
「ここにいる誰よりも優れているわ」
「あなたにくぎ付けで、他の人は視界に入らない」
ガイはそのうち私を見ると、頬を紅潮させるようになったわ。
ちょろいもんね。
「ガイはあなたのことが好きなのね…」って言う
ネリッサの悲しそうな顔。
愉快でたまらなかった。
もっともっと、悲しめばいい。
「そんなことないわ。ガイはただの友達よ」
その女神のような肢体を抱きしめて、頬にキスした。
「ネリッサ、困ったときは、いつでも私を頼ってね」
ある時点で、私ははっきりと気づいたの。
ガイは、長期的に利用価値がありそうだってことを。 マウィッツ・オーゲスと山加糸吉、エリスとネリッサが最終学年の頃、3学年下級で年齢も5歳若いラウラ・ワーグナーは背伸びをした早熟な様な少女だった。
13歳のラウラは美しく無垢だったが、小悪魔の様な振る舞いであった。そんなラウラをガイは妹の様に愛おしく思っていた。
ラウラとガイは同郷でもあった。 ラウラとガイはスイスのバーゼル出身だが、ドイツ、フランスとの国境にも近く、ドイツ語とフランス語の両方を話す。 当時の二人を傍から見ると、まるでガイがラウラに夢中かの様だったが、実はその逆で、ガイはラウラを愛おしく包み、ラウラはガイにたいしては隠しきれない恋心と尊敬の念を抱いていた。 オオツマはオオツマ家具銀座アネックス"ズッペンゲミューゼ”で扱う物の商談の為、ミラノへ到着した。
ミラノの後はドイツで商談と慌ただしいスケジュールだったが、ガイのボレロを観る為に日程を調整していた。 「やっぱりいたか!ここに来れば絶対会えると思ってさ…」
トラサルディ・カフェでガイがビスコッティを手に取ったその瞬間、オオツマが現れた。
「よう、オオツマ、元気だった?どうしたんだよ、びっくりしたよ。」
「そうなんだよ、急遽日程を決めたから連絡する間がなくてさ。昨日のボレロ、感動したよ、どうしてもボレロが観たくて来たんだよ、ラウラの素ままでいけるオディールも観たかったんだけどね。。。」 ガイとオオツマは学年は3年違うが、糸吉を介して知りあり、親しい友人同士だった。
オオツマはガイの恋人らラウラと同級生で、しばしばペアを組んでいた。
「ラウラは相変わらず眩しいね〜すっかり大人になって。。」 「おっと、そろそろ行くわ。じゃあ、明日!」とオオツマはカフェを出た。
「オオツマ、ディナーの店決まったら連絡するよ、明日な!」「明日ね!」 3人は軽めのディナーの後、食後酒を選んでいた。
「そうだったんだ、大変だったわね。。。えっと、私はアマーロ」
「ネリッサね。。。エリスは独り言の多い子だったよな。。ラウラ、お酒飲んで大丈夫?僕はどうしようかな。。」 「ねえ、イト、ヒマしてるなら、体調の良いときに、うちで指導してくれない?
ごく短時間でもいいから。もちろん指導料を払うわ。
うちのジュニアの男の子たちは伸び盛りだし、
次の公演の「コッペリア」のリハもやってるの。
あなた、フランツは何度もやったわよね?
少しは外に出て動いたほうが身体にいいわよ」
糸吉は、幼馴染のター子からの電話に、ああ、うん、まあ、と生返事をしていた。
ベッドの隣に横たわる、人形の頬をなでながら。
「どうにかして、立ち直らなきゃな…」 バレエのコッペリアってどんなものなのか予備知識が無いと
りはーさる?舞台の練習会に出てもさっぱり自分が何やらされているのかわからないから
図書館で文献を探してみたけど、ほんとバレエの文献って少ないし版によってストーリーも違うし
なんだろね(この物語の設定だとWikipediaはまだない時代ですよね?)
なんとかわかったのは「ポーランドのとある村の物語」を1870年にフランスの作曲家ドリーブの曲でパリオペラ座が初演したんだって事で
それで冒頭にマズルカが出て来て、観客に「これから始まる物語の舞台はポーランドなんだよ」って教えてる
それなのにマズルカステップ教わらないんだーーーーーー
中村さんはちょっぴり寂しかった
スコティッシュダンスもマズルカも出てくるバレエなのに
誰もそこ・・・民族舞踊を気にしない (田中さんはマズルカ一度習ってたけど、
絶望的に下手だったんだよね。>>288
「黒崎タキ子」は御年80歳超えた戦後の大バレリーナで
受付の奥でお茶飲んだり、素人男性をウォッチングしてる設定だったから、
現オーナーで糸吉のいとこの40代くらい精力的な女性は
「黒崎タア子」にしとこうか。) >>456
(ごめん、もしかした大御所かな?とは思ってたけど読んでなかった
お孫さんって設定にして!
漢字違いで同じ名前でお願いしまっす) >>456
すみません計算にがてなので上手く調整してくれるとうれすいです
ガイ 活動25周年 38歳くらい
山加糸吉 同級生で同じ年か少し上 38か39くらい
3学年下
オオツマ 高校卒業後3年留学で21歳で卒業 40代だから40歳くらい
ラウラ オオツマの同級生5歳年下16歳で卒業 ガイの5歳年下だか34歳くらいにして>>456
ター子さん設定イトの同級生か1つ年上くらい (ヤバイ、ガイは活動25周年だった。。コンペ荒らしで学生時代にやガラデビューしたことにしよう!) しかたない…くまのぬいぐるみ抱えた子供が呟いた
芸術は民衆のものである
「何が仕方ないんだ」とみんな、さわぎはじめた
レーニンだって、レーニンだって…
子供のくせにレーニンレーニンうるさいぞ
僕は芸術なんかわからない
マル、サンカク、サンカク、マル、マル、マル、マル、サンカク、サンカク、マル
あとはバツばっかりだ。
バツのくせにサンカクやマルになれると思う?
バカばっかりだ、バツのくせにマルやサンカクだと勘違いしてやがる 「おばあ様、オオツマくんのところの焼き菓子でお茶しましょうよ!」
受付の奥の祖母「黒崎タキ子」に孫のター子が「”アップルシュニッテン”よ」と甘さ控えめ生クリームを添えて渡した。
ター子と祖母は漢字は違うが同じ名前なので、ター子が指導者として入る以前からの生徒はター子のことを ”若先生” ”ター子ちゃん先生” などと呼んでいる。
「そういえばね、オオツマくんは今ミラノですって!お土産なにかしらね。」 才能をケチるやつもいるが、最初からそんなもの持ち合わせてないのだからケチることもできん
しかしケチなやつはいかん
ここぞというときにケチるんだから
ケチなやつの才能はやはり安っぽい
言葉も安っぽいが行動も安っぽい
だからケチは一生ついてまわる
ケチなやつはくさった桃のような表情でしけた面してやがる
腐るギリギリの桃は美味しが明日になれば桃は廃棄物となる 今日から乳幼児クラスの見学会がある為騒がしい。
タコだって。。。ままあ〜どこ?
「おばあ様、しばらくイトに指導に来てもらおうと思ってるの!」
「そう、好きにおやりなさい。ター子さんに任せてるんだし、私は見たいものだけ見て楽しむわ」
「オオツマくんはレベル高いでしょう?」
「そうね、私も後40歳若かったらなんとかなったかもねえ、おほほほほほほ〜・・・」
「おばあ様、相変わらずね。。彼はハンサムだけど踊りもいいでしょう?」 ボロボロのトレーナー着ている人のことかしら
ボロは着てても心は錦をいうけど、そんなのウソよね
やっぱり外見が全てだもの、ボロボロはよくないわ 子供たちはペンを指に挟んでいた。それは指先をきれいにみせるためのもので、子供たちは動くたびにペンを落とす
ペンは散乱し、走ってペンを取りにいきまた指にはさむ
時々癇癪を起こす子供も中にはいてペンを放り投げて出ていってしまった 「はーい、背中ピーンと伸ばしてー!
前にピターッ!お腹と足が仲良しさーん!」
「つまさきから、そっと、そっと足出して。
頭に乗せたりんごが落ちないようにね、そーっとそーっと…」
「ナナはほんと、小さい子どもの扱いが上手いわね。
私が教えたら怖がってビビっちゃうわ」紗江子が感心して言った。
河合ナナは、小さな子供のクラスと大人初心者クラスを教えるかわいい先生だ。
「子供クラスは、ちょっと人数増えすぎてて。走り回っちゃう子もいるし。
今、並ばせるだけでも、手伝ってくれる人を探してるんです」
「チビちゃんから育てるのって大変よ。
苦労して教えても、中学高校まで続けるのは、10人に1人か2人。
今の黒崎のジュニアクラスは、外から入って来た子がほとんどよ」
「そこまで育ったら、紗江子先生に鍛えてもらえて、
本格的なバレエになるんですけどね」
二人の後ろで、体験に来たキッズ達はきゃあきゃあ言いながらじゃれ回っていた。
「はーい、あなたたちー。お教室を出るまで、きちんとバレリーナさんですよ!
お背中伸ばして、にっこりして。はい、さようなら。また、会えるといいわね!」 子供たちは教室から出た途端に怪獣と猿が戦争をしているように騒ぎ立てた。
この中からすごい才能の持ち主がいるのだろうか、すごい才能を感じるというよりはどこにでもいる煩い子供だった マルやサンカクの積み木たちは通りに散らかり
放題で小さなマルやサンカクに徐々に大きなマルやサンカクが加わった いときち先生もオオツマさんもプロフェッショナルを養成するための学校に留学されていたのか〜
それにしてもあのみっしり詰まった感じのからだは僕の会社周辺で見たことが無いな
傍に行くとウっとはじき返されるみたいな圧がある
でも不思議な事に感じない時もあるんだ
うーわーバレエ面白いぞ!それにしてもこの本重いな 「はははっ」
コッペリアのリハーサルを見ている途中、糸吉が声を出して笑った。
「あら、イトが笑ってる」それを見てター子は驚いた。
「あんなに沈んでたのに」
オオツマさんがヨーロッパへ出張中の臨時の代役
田中さんの顔芸とオーバーアクション満載のコッペリウスに笑ったのだ。
「あなたはオオツマさんの代役なんですか」
糸吉が田中さんに話しかける。
「は、は、はいっ、私はコッペリウスのエモーショナルな部分を
表現したいと思っておりまして」
田中さんは、有名ダンサーに話かけられて舞い上がり
急に饒舌になってまくしたてた。
「演劇として、孤独に絶望する老人と、幸せでノーテンキな若者たちとの対比を…」
「やだ!素人男性がビッグネームに向かって、何を語っちゃってんのよ!」
まわりの人はドン引きしていたが、
糸吉はわりと真面目に田中さんの言うことを聞いていた。 「ほんとは、誰もコッペリウスをバカにする権利なんかない!
そもそも不法侵入罪ではあーりませんか?
それでも、あえて、辛い思いを笑いにすり替え
コッペリウスの哀しみを成仏させたいのです!アーメン!」
田中さんは緊張のあまり、自分でも言ってることがわからなくなっていた。
そのあと、糸吉は三幕の出演者たちに、細かいテクニカルな直しを入れていた。
田中さんの演技については
「子供のころ、おじに連れていってもらった大阪の新喜劇を思い出しました」
と最近では珍しく明るい表情で言った。 「イト〜、大きくなったわね〜!」
いつもは受付の奥にいるター子の祖母、黒崎タキ子がスタジオやってきた。
お〜大奥!!… 大先生だわ… 大先生よ… 春日局…
休憩中のスタジオでは、コソコソが聞こえてきた。
「まあ、おばあ様ったら、イトは立派な大人よ!」 ネリッサ
パパ!
ネリッサ
ママ、ママ、おいていかないで!
ネリッサ・・・ネリッサ・・・
なんて温かくて優しくて哀しい声・・・でも染みわたるようない〜い声・・・何回も聴きたい音楽のような
誰かしらぼんやり形にならない・・・誰だったかしら
夢の中で声の方向を確かめようとしたとたん、右頬と右腕に冷たい床の感触
冷たい・・・痛い・・・生きてる・・・重たいし液体みたいにどろんとしてる
これが私のからだなの?なんとかして起きなきゃ
看護師さんたちがパタパタ駆け寄ってくる脚の動きをじーっと見つめながら
車いすから落ちたネリッサは床に横たわったまま大きく深呼吸をしていた 「イト、ところでオオツマくんは戻るの?」
「おばあ様はオオツマ愛凄いですね〜。わ〜懐かしい味、ドイツ時代を思い出しますよ。…」
リハの後、黒崎タキ子と孫のター子、山加糸吉はアップルシュニッテンを食べながら和んでいた。
ター子と糸吉は父方の従弟で幼馴染、黒崎タキ子はター子の母方の祖母だが、糸吉は黒崎タキ子のことはター子にならって「おばあ様」と呼んでいる。
「あの子が来ないとリハも地味だわね〜、ねえ〜イト、早く呼び戻して…」
オオツマは188pと長身のため、体のわりに小さい頭が周りより二つ分上に伸び目立つだめ、スタジオにいると遠くからでも直ぐわかる。
オオツマはミラノでの商談をまとめ、ミュンヘンへ向かう途中ザルツブルクに立ち寄っていた。
広場のカフェで2時間まったり過ごしていた。
「ダブルター子のお土産はホテルザッハーのザッハトルテにでもするか。。。」 「ほらほら、これ見て。
ビジネス雑誌『サファイア』の最新号にオオツマくんのインタビューが載ってるの。
『異色の経歴を持つ経営者たち』の特集。
24歳でバレエ団を退団して、ドイツから帰ってきたときは
社長の息子というだけで、ビジネスの何も知らなかったから、
最初は売り場スタッフから始めたって話よ。
海外との取引や新しい企画で、ようやく社内でも後継者として
認められるようになったんだって。
『一度は断ち切ったバレエでしたが、5年のブランクのあと
レッスンを再び受けるようになって、今でも趣味として楽しんでいます?』
ふふふ、趣味、ね?
もう、あんなに多忙じゃなかったら、もっと舞台に出てもらうんだけど」 どれどれ?・・みせて!・・・
イケメンだな〜
大妻 檜 オオツマ ヒノキ
41歳
18歳でドイツ・ヴュルテンベルクバレエ学校で3年学ん後オーストリア・ウィーン国立劇場に入団
怪我の為3年で退団後、シュトゥットガルト大学卒業
帰国後、家業を継ぐため入社にたオオツマグループでの最初の配属は売り場スタッフだった。・・・・
オオツマグループは江戸時代から続く木材問屋だった。・・・・ 『家具は、使われてこそ完成するので、商品を見るときには、
買う人がどう使うか、どんな生活をしてる人かを想像します。
モノを通して、人の生活が見えてくるんです』
モノから、人生が透けて見えてくるのはバレエの舞台も同じ。
コッペリアがいつも本を読んでいて、
屋敷に飾られてる人形が各国の衣装を身に着けてるのは、
コッペリウス自身が、少年時代から旅物語を読みふけり
空想に胸躍らせていた人だから。
家具の職人さんたちは、いつでも自慢の家具の話を夢中でしてくれる。
コッペリウスは、人形作りという優れた表現手段を持つ幸せな人だ、
とオオツマは思っている。 「もう少し頻繁にピアノの調律をしてくれたらいいのに」
新米バレエピアニストの音井珠子(おとい・たまこ)は思っていた。
この仕事を始めたのは半年前、ピアニスト仲間からの紹介だった。
「もっとテンポ上げて、たらったたらた・たらたたたらたくらい」
「その曲はちょっと違うから、別の曲で」
「4カウントで左へ、最後はバランスを8、いや、やっぱり16」
最初は、バレエ教師の要求がよくわからず戸惑うことも多かったが、
レッスンCDを何枚も聞き、レッスン動画をいくつも見て、
徐々に、ダンサーのエネルギーに共鳴するピアノが弾けるようになってきた。 今朝は黒崎バレエアカデミーのプロフェッショナルクラスの伴奏。
音井さんは、朝の冷たい鍵盤の感触を確かめたり、
指をグーパー動かしながら、今日弾く曲を考えた。
アダジオに、ロミオとジュリエットの第19曲を選んだ。
オケでは、ホルンとチェロによる、ジュリエットの愛の目覚めの主題。
バレエレッスンのピアノは、カウントやテンポの制約があり、
音井さん自身が目指す演奏とは、少し違うのだが、
その中で最大限、ジュリエットの初々しいときめきを表現してみる。
「このピアノの美しい音のひと粒ひと粒を、
身体で吸い込んで、それを、踊りにして放出して」
糸吉の通る声がスタジオに響く。
ヤマカさんって言ったっけ。
この人は「音の粒」が見えてる人なんだ。
音井さんはちょっとうれしくなって、気持ちをこめて弾いた。 「このレベルのクラスで、うわべだけ整えたエクササイズが見たいんじゃない。
あなたが、何を考え、どう生きてきたか、
踊りを通して、何者であるかを見せてほしい」
その哲学的な問いかけに、音井さんは覚えがあった。
ハンス・アインベルグ音大教授の
ピアノのワークショップでも、同じことを言われたことがある。
「その演奏で、自分が何者であるか、なぜ自分は生きてきたかを証明して」
音井さんにとって、初めてピアノとバレエが大きく重なって感じた瞬間だった。
レッスンの後、糸吉は「素晴らしいピアノでした」と近づいてきた。
間近で見る糸吉のイケメンっぷりに、もじもじしながら、
音井さんは、ずっと気になっていたことを言ってみた。
「あのぉ、ピアノの調律をしていただければ、もっとそのぉ…」
その後、糸吉のリクエストで、黒崎バレエアカデミーの全てのピアノは
速やかに調律・メンテされたのだった。 ようやくコッペリアの舞台リハーサルまでこぎつけることができた。 オオツマは美しい湖畔の街ハルシュタットを訪れていた。
オオツマ家具銀座アネックス"ズッペンゲミューゼ”のカフェ”アップルシュニッテン”でのスウィーツメニューの研究と、
新たに銀座アネックス最上階に屋上テラス席を設けたレストランを計画しており、その視察も兼ねていた。
やっぱりちょっとアネックスにはこの雰囲気は合わないな。
どちらかといったら河口湖にオープン予定のアウトレットモールの方かな・・
さて、そろそろ行かないとな…
オオツマはザルツブルクからミュンヘンまでは列車移動で車窓を楽しむことにした。
ミュンヘンには、かつてオーストリア・ウィーン国立劇場で一緒に舞台に立った友人が待っている。
現在は高級家具メーカーを営んでいて、高級ソファーの製造過程の見学と仕入れの交渉する。 糸吉は、暗黒の泥沼につかったような気持ちから、
少しだけ立ち直り、部屋で一人、目を閉じて音楽を聴いていた。
素人男性の荒唐無稽なコッペリウスの演技と、
新米バレエピアニストさんの美しいピアノが、
思いがけず、糸吉の気持ちを引きあげてくれた。
糸吉の閉じた目の中には、新たな振付のアイデアが、
断片のように、ポツリポツリと浮かんでいた。 いろんなスポーツやダンスをかじってみた鈴木さん
生来の勘の良さに加え、負けず嫌いと研究熱心もあいまって
一緒に始めた人の中でもある程度まではすんなり上手くなるのだった
バレエは手順がかなりクリアだから迷わなくていいよなー
けどこれを週一回とかやってもぜったいに
いときち先生やオオツマさんやときおり見かけるプロみたいな人?になる気がしないぞ
順番を覚えて動けたから終わりじゃないし
「音の粒を踊りにして放出して!」って何言ってるんだろ?イメージ?イメージを膨らませたら上手くなるのかな 素人男性トリオの田中さん、鈴木さん、中村さんは、
レッスン後のバレエ談義に夢中だ。おじさんも三人寄れば話がはずむ。
「右見て、左見て、手を上げて横断歩道を渡りましょう」
と教えられた通りに、歩いているのに、大人はそんなことしない。
みたいにさ、上級者になるほど
感覚的に当たり前のこととして、知ってることが多いんだよ。
だから、俺たちには、細かく分解して、段階を踏んで、言葉で説明して、
しつこくしつこく注意してくれる先生が必要なんだよね。
「こんなに足し算引き算がんばってるのに
高校数学解けるようにならないのはなぜ?」って感じでさ、
段階的で、効率的な、ステップアップのカリキュラムが
大人バレエには、ほぼ存在してない気がするんだよねー。
まあ、でも俺たち、上達も早いし、けっこう上手いほうだよね?
ほら、全然覚えないオジサンも来てるしさ。
下を見て満足するのも趣味悪いけど、
上を見上げてるばかりじゃ、首が疲れるだけだもんねー。 もちろんだよ、こうやってリハーサルまで出来るようになったんだしさ
来週の本番頑張ろう!
いえーす! 次の演目も楽しみだよ!
おいおい、まだ終わってね〜ぞ〜 俺、ナナ先生に「どれくらい練習したらプロになれますか」って
聞いてみたんだよ。そうしたら、
「プロもいろいろで個人差もありますけど…
うちの中高生で、海外に出ていくトップクラスの子たちは
一日3時間は練習してて、5年でざっくり5000時間ですよね。
週1で90分なら、6〜70年相当の計算です」
わっはっはっは!三人は笑い合った。
「友よ!俺たちは俺たちの道を行こう!」
こうして、素人男性たちは固い友情を誓い合ったのだった。 いよいよ明日に迫る。
本番を控えて、それぞれ苦手な箇所を再確認した。 ミュンヘンでの仕事を終えたオオツマは再びミラノに向かっていた。
5日前に買付契約をした高級キッチン雑貨に問題が発生したとの連絡を受け、急遽メーカーとアポをとった。 オオツマは手腕を発揮し、事なきを得た。
ホテルに戻りシャワーを浴びた後トラサルディ・カフェへ向かった。
「オオオツ!」
「ガイ、ラウラのオディールが観たくて舞い戻ったよ、アレンジ頼める?」
「そう来ると思って手配してあるよ、明日、大丈夫だよな?…」
「ダンケ…」
オオツマはガイからエリスの話を聞かされた。
エリスはアカデミー時代から鏡に映る自分と会話することがあった。
アカデミーには同じ敷地に音楽院もあった。ヨーロッパ各地から優れた才能が集まり、一風変わった生徒も珍しくなかった。
エリスはある時はラウラに成りすまし、年下のラウラを怯えさえた。
当時の経験がラウラ・ワーグナーのオデットオディールの原点となっていた。 ( あの〜そろそろコッペリアの本番お願いしまっす。舞台が終わらないとオオツマ帰国できません。代役頼んだ手前。。。) その夜とあるビルの4階にあるスタジオでコッペリア3幕の超絶難しいパドドゥを練習する
一組のカップルとそれを見守る女性の姿が窓の向こうに見えていた
男性は黒崎に時々レッスンに来ているプロだったが
ロマンティックチュチュボンを着けて実に見事にポアントで踊るそれは…男性?
きなこより僕の方が絶対上手く踊れるでしょ…はぁ残念だな
そりゃ君はプロだし、それ以前に▼□◎…とにかく気が済んだかい?
うん♪ありがと!君たち練習に付き合ってくれて
ジュン君本当に綺麗よね〜そのラインうらやましいわ、お化粧して衣装着けたら惚れてしまいそう〜
いやだなぁあんこさんだって洗練されてて綺麗じゃない!
私はバレエからさっぱり足を洗って普通の勤め人だし、バレエ現役の人には男女関係なく独特の美しさがあるのよ
定期的に摂取したくなる美…効果が切れたら困っちゃう美ね!それが観たくて劇場に行くのよね 「黒崎のケータリング、毎回すごいよな」
舞台裏には、舞台監督、音響、照明、裏方スタッフと司会が集まっていた。
スタッフには高級焼肉弁当が配られ、
楽屋の廊下には、一口で食べられる、
巻き寿司、サンドイッチ、ケーキやお菓子、飲み物、おしぼり
ずらりと並べられている。
「タブルター子先生が、グルメでよく食べるからね。
腹が減っては戦にならん、とよく言ってるよ」
「久しぶりに聞いたよ、その言葉」
「おはようございます!よろしくお願いします!」
楽屋口から次々入ってきた生徒たちが元気に挨拶してくる。
「ここの子はみんな感じよくていいよなあ。
最近は、知らん顔の教室もあるけどね」
「ああ、先週の発表会は、ひどかったですよねえ。
親も子も、人の顔じろっと見て、あんた誰?みたいな態度で」
「時代の流れかな。さ、もう一度、本番の流れを確認しとこう」 2幕のスパニッシュとアイリッシュダンスは
スワニルダが続けて両方踊るのが当初の振付だったが、
「ちょっと冗長よ」と口をはさんだのが、大先生こと黒崎タキ子。
「せっかくだから、オオツマくんメインのアイリッシュにしましょうよ。
コッペリアがスパニッシュダンスを踊ったあと、
有頂天で踊るコッペリウス、流れも良いでしょ。
そうそう、ついでに素人男性二人も後ろのほうに加わればいいわ」
黒崎タキ子は、どういうわけか素人男性たちを身びいきにしていて、
面白がって彼らをウォッチングしているのである。
田中さんはアンダースタディという立場だったので、
本番では予定通りほぼ動かない人形。さぞ、残念がってると思いきや、
中世騎士の甲冑の衣装が大いに気に入り、
「やったー!戦闘服!昔からガンダムのモビルスーツ憧れてたんだよね!」と
ひとりで大感激していた。 (すみません、練習時だけの臨時代役なので、
オオツマさん帰国して本番は出てくださいませ。。) 「中村さん、似合ってるよ、その衣装!」いつも明るい鈴木さんが声をかける。
「うん…これなら、大丈夫…」
アイリッシュの衣装を着た中村さんもまんざらではないようだ。
「中村さん、前にも舞台出たことあるんだっけ?」
「あぅぅうん…バレエ始めた直後に一度だけ出ました。
12人の女性たちの中に、初心者の自分が一人、
白タイツで混ざってワルツ。トラウマもんでした…」
「それは辛い…」 ラウラ、僕のオディール、素晴らしかった!本当に素晴らしかった!!
オオツマは舞台裏でラウラに抱き付いた。
ありがとうオーツマ、今日のオディールはあなたのために踊ったわ。
おおおお〜僕のオデット、ガイも駆け寄り歓喜の抱擁とキスをした。
オオツマは興奮冷めやらぬ中、ホテルに着いた。
帰国したらコッペリアだな。。。
ミュニックでゲットしたクロイツカムのバウムクーヘン
ザッハーの木箱入りザッハトルテ
それから散歩がてら立ち寄ったモールでゲット、ミラノのクロッカンテとビスコッティ...
さて、荷造り完了 ラウラの白鳥の余韻が抜けきれず、ふわふわした不思議な感覚のままでいたオオマツは、帰国のフライトで現実に戻された。
あ〜、そうだ、そうだった、帰国したら直ぐコッペリアの本番だったな〜
と思い出しながら、ふと手に取った機内誌…あ〜〜〜これは…
「特集 モノ作りとは?」
シュトゥットガルト大学で生産技術を学んだオオツマグループ取締役に聞く!
半年前に取材を受けたヤツか!あれ?この写真希望のと違う… 体臭のキツイ匂いがどこからともなくしてきた
強い、癖のある香り
「なんだこの臭いは」
さっきから漂っていた独特な臭い。
その発生源は田中さんの汗と共に体外へ排出された皮脂の臭いであった。
全力疾走をしたためか、汗が尋常でないほどに噴き出して溜まりに溜まった垢や加齢臭などの臭いが混じり合い強烈なものとなったのだ。 スワニルダ役のきなこは、用意した5足の中から
本番で履くトウシューズを選んでいた。
三幕のアダジオは難しいバランスが多いから、固めのポワント。
一幕と二幕は少し柔らかいほうが踊りやすいから、これかこれ…。
トウシューズに足を入れて、感触を確かめる。
「もう一度、プロムナードの確認をしてもいいかな?」
リチャードがきなこに声をかける。
リチャードくん無口だから、最初は怖い人かと思ってたけど、
サポートはすごく優しいし、思ったよりもいい人なんだ。
この公演が終わったら、ヨーロッパにオーディションを受けに行くと
聞いたけど、ちょっと名残惜しい。
先輩たちは、時期が来れば、みんな旅立っていく。
私もいずれは…。 バレエ衣装専門店コシノの若手社員、衣笠さんにとっては、
初めて、デザインから製作まで、自分にまかされたスワニルダの3幕の衣装。
こだわりのパフスリーブにレース、豪華なブレードに、
キラキラした石を多めに乗せて、でも仕上がりはキュートな感じで。
「このチュチュを納品するのは、大事な娘をお嫁に出す親のような気持ち」
先輩たちは、「よく、わかるわ」と笑ってくれた。
どうぞ、この衣装を着るバレリーナさんの本番、成功しますように。 バレエは美の過剰摂取か・・・
フォアグラといっしょだな
いっぱい食べさせて肥大させて、最終的にはそれを美味しく頂く
全く人の欲望には限りが無い
演目が何であれ、しっかり踊ってくれさえすればいいんだ
幸い景気が良いおかげで昭和の昔と違ってたくさんのダンサーが海外へ出て学んだり仕事を得たりするようになった
海外に出た彼ら彼女らが戻って来てやがて日本の食材で日本の観客の口に合った極上料理を作ってくれるさ
そんなに簡単に行くかしら、相変わらずお父様はお気楽タイプだわ
開演前の客席で恰幅のいい紳士とほっそりとした背の高いマダムの二人連れ
周囲をごらんなさいな、母親と娘、母親と娘、母親とたまに息子…日本はお稽古バレエ大国であって
劇場は大人の社交場ではないのよ 舞台初日、楽屋には肉盛りだくさんのケータリングが並んでいた。
「あれ?今回は特別肉が多いような。ロ、ロ、ローストビーフ…」「あれあれ??チーズとバターもあるわ〜ローストビーフサンドでどうぞ、ってことかしら?」
「チーズとバターも凄い、いったい何種類あるんだろう、バケットも並んでる。。」
「あら、これチーズケーキだわ、プリンもあるじゃない…瓶に入ったプリン…」
「ター子先生、今回はケータリングも気合い十分ですねえ!!」
ター子の鼻歌が聞こえてきた。
「今回は山加先生が参加して下さったから特別なのよ!ほら、山加先生と私は親戚でね、私たちの祖父は北海道で酪農を営んでいるの、そこからの大判振る舞いよ。」
「パンはね、オオツマくんからの差し入れのなの。オオツマ家具銀座アネックスのベーカリー”ドイチェブロート” のパンなのよ!バケットみたいだけどドイツパン...」 「こんなにボディにフィットするチュチュは初めて」
黒崎バレエアカデミーの衣裳部屋には、大量のチュチュがあるのだが、
今回着る3幕の衣装は、きなこの体型に合わせて作ってもらった新品だ。
いつもは既存のチュチュの手直しに苦労するのに、
動いていても衣装が自分を守ってくれるように、ぴったり。
「このチュチュと一緒に踊るんだわ」
きなこは舞台に向けて、徐々に身体と気持ちを作っていった。 「しかし、オオツマさんが出ると舞台が高級に見えるなあ」
田中さんは苦笑いした。
「俺が出ると、なぜかすっごく庶民的!」
アンダースタディ生活も楽しくて勉強になったけど、
オオツマさんとの格の違いは歴然だ。
体格の良さもあるけど、踊ってなくても場がしまって、臨場感が出る。
一体、何のパワーなんだろ。 0251 踊る名無しさん 2022/02/23 00:08:39
人
(_)
(__)
( ・∀・)つ うんこー♪
(( (⊃ (⌒) ))
(__ノ
人
(_)
(__) うんこー♪
(・∀・ )__
(( ⊂⊂ _)
(__ノ ̄ この一カ月、気合が入るあまりに猛練習が過ぎて、過労気味のリチャード。
今日は、なんだか右足が動かないな…
昨日は緊張して、よく眠れなかった…
あんなに練習したから大丈夫のはず…
先週から、右のかかとの具合が良くないんだけど、大丈夫だろう… 「ター子先生!」きなこがバタバタと走ってくる。
「もうすぐ開幕よ。その衣装、似合ってるわ。落ち着いてがんばるのよ!」
「あの、お話が!」
「リチャードくんの右足が、すごく腫れてるんです。
数日前から、ちょっと痛いって言ってたんですけど…」
「なんで、それを早く言わないのよ?!」
舞台には大小のトラブルがつきもの。
この前の、小学生クラスのドンキだって、キューピッドのかつらが
本番中に吹っ飛んでしまった。
よりによって、黒崎の一年で一番大きな公演で、開演直前に主役が! リチャードは顔をしかめて、足を冷やしている。
「どうして、こんなになるまで黙ってたの!」
最後の舞台リハのコーダで、いつもより身体が高く空に浮かんだと思ったら
そのあとの着地で、一気に悪くなったのだ。
リチャードの顔に、悔しさがにじむ。
「大丈夫です。踊ります!」
何人かアンダーとしてフランツ役を練習していたジュニアがいたが、
3幕のパドドゥは心もとない。
「イト!イトはどこ!」ター子は叫んだ。 1、2幕は痛みをこらえてやりきったリチャードだったが、
そのあと、病院へ直行した。
会場には、アナウンスが流れた。
「フランツ役のリチャード・ウェルフォードがケガのため、
急遽、3幕のフランツ役はヤマカイトキチがつとめます」
会場がどよめいた。
舞台袖で緊張するきなこに糸吉が声をかける。
「大丈夫だよ、僕を信用して。好きなように踊ればいいから」 ヨーロッパの劇場でプリンシパルを務めていたヤマカイトキチの踊りで
舞台は大いに盛り上がり、公演は無事終了した。
大きな花束を抱えたきなこは、緊張から解放され、
緞帳が降りた舞台の上で涙が出そうになっていた。
あのアダジオを、あんなにのびのびと踊れるなんて。
いつまでもヤマカ先生と踊っていたかったくらい。
「ヤマカ先生、ありがとうございました。
一度、教室で教えていただいただけなのに、
全部、タイミングまで覚えてて、すごい」
「僕は忘れるのが下手なんだよ」 終わったー終わったー!打ち上げに行こー!
最後のカーテンコールで再び舞台に登場した素人男性トリオは
終幕後、急いでメイクを落としていた。 「オオツマくん、お疲れ!」
「ター子、ご無沙汰!明日休みだからスタジオに顔出すよ、タキ子先生にお土産沢山あるんだ!」
「ありがとう、おばあ様会いたがってたのよ、きっと抱き付くわよ!」
「あら〜豪華ね、バーム美味しいわ〜」
ダブルター子とオオツマは甘さ控えめ8分だてホイップクリームを添えたクロイツカムのバウムクーヘンをアールグレイと楽しんだ。
「ザッハトルテは日持ちするから次回のお茶会にしましょう!」
「そうね、おばあ様...ところでオオツマくん、ザッハトルテ、バーム、クロッカンテ‘…オーストリア、ドイツ、イタリアでしょう?何か美味しいもの食べの?」
「そうそうオオツマくん、これもよかったら、山の奥農場・濃厚滑らかプリンとまったりチーズスティック…イトのところの山の奥農場の…」
「どれどれ、いただこうかな!…チーズケーキは小さくて個包装で食べやすいね...」
旅の話とグルメ、時々バレエ、和やかなお茶会だった。 山の奥農場・濃厚滑らかプリン&まったりチーズスティックなかなか美味しいけど
銀座アネックスとはコンセプトがなあ...
オオツマはお持たせの山海物産スイーツを眺めながら呟いた。 中村君って寡黙でおとなしい、喋らない人っていうイメージだったけど民族舞踊は詳しいよね
詳しくはないよ、ただ民族舞踊ってバレエの全幕公演には必ず出てくるのにそれがメインで好きだとか
魅力を語れる人がバレエ界隈に居なくてさ
僕たちの先輩の時代が学生フォークダンス全盛期だったんだけど
その後急速に下火になって2000年前後にたくさんのサークルが無くなったって聞いた
クロアチア紛争って知ってる?バルカンの火薬庫っていう話
東欧は民族舞踊の宝庫なんだけど、宗教や民族が複雑に入り組んでいて内乱の歴史があるんだ
なんかバルカンダンスやってる場合じゃないよねって
だ・か・ら・逆に詳しく学ばない方が良いんじゃないの?
鈴木さんがまぁまぁと言いながら中村さんにお酒を勧めた
民族舞踊でもバレエでも詳しい背景を知らなければずっと幸せに踊っていられた
知ってしまったら絶対後戻りできないじゃん
田中さんはすみっこにもたれて幸せそうに眠っていた コッペリアの開演前、ター子が血相変えて代役を頼んできたとき、
「ああ、いいよ。メイク道具貸して」
まわりのパニックの中で、糸吉はひとり冷静だった。
バレエ団にいたときにも、突然の代役が何度かあった。
黒崎のコッペリアのリハーサルを見ながらも
振付、立ち位置、タイミング、すべて映像記憶として覚えていた。
昔からの習慣みたいなものだ。
何でもよく覚えるかわり、忘れられないことも多い。
愛した女性の美しい笑顔も、やつれた悲しい姿も。
「僕は忘れるのが下手なんだよ」 リチャードは診察室でX線写真を前に、
医師から右かかとの骨にヒビが入っている、と説明を受けた。
「手術はおそらく必要ないですが、ギブスで固定し、
なるべく動かさないで、しばらく様子みましょう」
「しばらくって、どのくらいですか」
「状態によりますが、数カ月は」 「ヤマカさんやオオツマさんが踊ると、観客がどっと反応したなあ。
やっぱり良いものは伝わるんだねえ」
「田中さん、騎士の甲冑がお気に入りだったね」
「ガンダムっぽさを出したって言ってたけど」
「うーん、ガンダム…」
鈴木さんと中村さんは唸った。
「世界の、まだ誰も、田中くんのセンスに追いついけていない」 「大丈夫か?…」
リチャードのところにター子と山加糸吉が見舞いにやってきた。
「山加先生。。」リチャードは意気消沈して目が潤んでいた。
「よく頑張ったわ!これ、食べられなかったでしょう?召し上がれ!山の奥農場・濃厚滑らかプリンよ...それからオオツマくんの出張のお土産スイーツも」
「ター子先生も、ありがとう。あ、足が...先生、足がね...」
「まあまあ、しっかり療養すれば良くなるわよ。」
「良くなったらまた一緒に練習しよう、待ってるよ!」 「それ、本当にネリッサだったのかしら?」
オオツマから話を聞いたラウラはいぶかった。
「薬物とかアル中とか、全部、言ったのはエリスでしょ?」
オオツマは、それを糸吉に伝えるかどうか迷ったが、
憶測で物を言って、傷心の糸吉を混乱させるのは避けたかった。
さて、どうしたものか。 >>523
( ↑スミマセン上の方で糸吉はネリッサを見舞って確認してます、話食い違っちゃう) (エリスは悪者なのか、ラウラとの関係、まとめたいけど大変そう。)
439、445-448、473、491 バレエ専門誌『タンツ・マガチネ』の黒崎の公演レビューでは、
「はつらつとした15歳のスワニルダ」と
きなこのことも、ちょっとだけほめられていた。
バランスの難しさに戦々恐々としていたアダジオなのに、
ヤマカ先生のサポートは、無駄も迷いも一切ないルートで、
一番良い座標に導かれるようだった。
その感覚は、公演後もきなこの身体に残っている。
一緒にがんばってたリチャードくんと踊れなかったのは残念だったけど、
ヤマカ先生と踊ったパドドゥは、きっと一生忘れないわ! 糸吉は古巣のバレエ団の後任のディレクターと電話で話していた。
「うん、機会があれば…、小さな作品を発表したいんだ。
20分くらい。曲は古典。衣装もシンプル、出演も数人で」
糸吉が病んだ後、急遽芸術監督を引き受けてくれたのは
年上の日本人女性で元プリンシパルの、芦田マヤ子(あしだ・まやこ)。
「半年後にガラ公演を予定しているから。
そのときだったら、プログラムに入れるのにちょうどいいわ。
他のレパートリーのことで、あなたの意見を聞きたいこともあるし、
いつ来られる?」 糸吉がコッペリアをモチーフにして振付た小品は、
恋人にも友にも裏切られ、人形しか愛せなくなった男の物語。
人形相手のベッドシーンもあり、
最後は、人形たちに囲まれ、人形相手の結婚式をあげる。
「陳腐だよなあ」と糸吉は自虐をこめて笑った。
「自分の苦しみを成仏させるための作品だ」
…成仏…、どこで聞いたんだっけ。
ああ、あの素人男性が言ってたんだ。
『あえて、辛い思いを笑いにすり替え
コッペリウスの哀しみを成仏させたいのです!アーメン!』
そう、あの素人男性の言葉にインスパイアされて生まれた作品なんだ。 >>525 ((相関図))
*ネリッサ -- 純粋だけど心が弱く 中毒で更生施設入所中(糸吉とエリスは見舞いに行って状況把握、現状を受け入れ完結)
*エリス -- 嫉妬あり (ラウラにあこがれなりすまし壁あり、糸吉に遠回しにフラれ完結)
交際中の二人
@ラウラ (ラウラ・ワーグナー)プリマ-- 元祖早熟小悪魔天使、幸せ、充実している
*ガイ (マウィッツ・オーゲス) -- 幸せ、充実している
*山加糸吉 -- 無期限活動停止中(現在国内でボランティアで指導→黒崎スタジオ)
@大妻 檜 (オオツマ ヒノキ) -- 社長、人生充実、イケメン、趣味バレエ
*同級生
@3年後輩 >>525 ((相関図))その2
マウィッツオーゲスはミュンヘン、サンクトペテルブルク、ニューヨークの3都市を拠点とし芸術監督監督、振付などで名を馳せる巨匠と呼ばれる存在、現役ダンサー
ドイツ・ヴュルテンベルクバレエ学校 元同級生
エリス、ネリッサ、糸吉、ガイ
3年後輩 ラウラ、オオツマ まぁアーティストって心身を病んでるヒト多いよな
何かを作るとか表現する、自分じゃないものを演じることで治療ってのもある
病んでるから表現するのか
表現するから病んでしまうのか
大ベテランの先生ほど意味を深追いしないで「バレエを楽しんで♪」って趣味の人にはにこやかに言うよなぁ
趣味の世界にいるかぎり上手い下手を比べること自体ばかばかしいからやめなさいって言われているみたいなんだ そりゃあ、先生たちはネイティブスピーカーならぬ
ネイティブダンサーばかりだから。
俺たちみたいに、しょっちゅう、ひっかかっちゃって、立ち止まって、
説明や手助けがほしい素人の気持ち、なかなかわかんないと思うなあ。
せいぜい、バレエを続けるように「楽しんで♪」って励ますしかないんだろーなー。
見込みあるジュニアたちには、あんなに厳しいのにさー。 バレエと民族舞踊の関係、成り立ちや歴史を考える中村君
バレエの訓練の仕方、その古今東西を調べる鈴木君
でも田中君は時代のエンタメを体いっぱい吸収して
それを舞台上のダンサーや観客に届けるように踊る
そもそも届けるというより彼が抱えているパッションが爆発(暴発)するので
結果いやおうなしになにかが届いてしまうというべきか 「あの三人の長所を合わせたら、けっこう良いわよねえ?」
大先生こと黒崎タキ子は、いつものようにお茶を飲みながら愉快そうに言った。
それを聞いた受付のお嬢さんは
(欠点を合わせたら、最悪ですけどね…)と思いつつ、
「ええ、そうですね」とあいづちを打っていた。 民族舞踊かあ。
映画の『タイタニック』(1997)でもダンスシーンあったよね。
三等客室で主人公二人が踊るやつ。あれもアイリッシュだったっけ。
フォークダンスもさびれたけど、社交ダンスも同じらしいよ。
急激な高齢化と衰退だって聞いた。
若い男女がヒマだから集まって踊って交流しよう
っていう娯楽のスタイル、現代ではあまり流行んないんだよ。
盆踊り大会でさえ、最近は近所からうるさいって毎回苦情が来るからねえ。
なんか、流行りのダンスって時代によってコロコロ変わってくよね。
バレエは人口多いし伝統芸術として続いてるけど、未来はどうなるんだろう。 田中さんは思っていた。
全く、バレエってやつは!
俺がポンコツ車なら、ジュニアエリートは高性能のスポーツカー。
それでも、同じ道路を走っている、とちょっと前まで思ってたのに、
ヤマカイトキチのようなジェット機まで飛んでくる。
エンジンも機体も今さら交換はできないのなら、
それならば、
ポンコツ車なりの道を楽しめばいいじゃないか。
ジェット機からは見えない、
俺だけのバレエの道を…。
「田中さん!今日は思いっきりお尻出てますよー!」
ナナ先生の声に、陶酔していた田中さんはハッと我に返った。
田中さんの致命的な欠点、それは、骨格が全くバレエ向きでないこと。
それゆえに、一番に開くという、基礎の基礎から苦戦しているのだ。
「元気いっぱいなのが、田中さんの良いところですよ!」とナナ先生に励まされつつ、
田中さんはバレエ歴2年になろうとしていた。 リチャードは一人ベッドの中
ぼーっとした虚ろな表情で窓の外を眺めていた。彼の瞳に映るのは空ではなく、過去の記憶。
俺がバレエをはじめたの、いつだっけ。
リチャードはイングランドのとある田舎町の出身であった。
見事に手入れされた庭に煉瓦づくりの家々が立ち並ぶ住宅街。青青とした芝生。
その一画が幼い彼の家。
今日も菜の花畑にある川へ遊びに行こうと、家のガレージを飛び出し立ちこぎで自転車を一所懸命走らせる。
そして何となく自転車を止めて、普段通らない小路に視線を向ける。
「今日はこっち通ってみるか」
自転車でいくには少々でこぼこしている上に、親からも人気がないし薄暗いから絶対に通るなと忠告されていた道である。
だがそこは子ども。行くなといえば興味をそそられるのだ。
リチャードはワクワクしながら、その道へと進んでいった。 花と緑に囲まれ、子供たちの遊ぶ声が聞こえる住宅地とくらべると
その通りは、まるで時間が止まったように静かだ。
そこには、数年前に廃業した古い時計工房がある。
「あそこは、不良グループがたむろしてるみたい」
「あの通りは、お化けが出るから行っちゃダメ」
ママが言ってた時計工房跡の前で自転車をとめた。
不良グループもお化けも出てくる気配はないじゃないか。
木立に囲まれたロッジ風の古い建物の門の横には
真新しい真鍮のプレートが掛けられていた。
薄暗い中に、光輝いて見えるその小さな看板は、
「こっちにおいで」と、幼いリチャードを誘っているように見えた。 花と泉に囲まれて
ぶるーしゃとぉー♪
なつかすぃー 2階にあるレクリエーション室の窓からは湖と周囲を囲む新緑が見渡せた
窓のサッシにつかまってネリッサはゆっくりとプリエを繰り返していた
ポジションでなんとかつかまって立てるようになるまで一年はかかっただろうか
その間厳しくも優しく寄り添い続けた人は
ホールの隅のピアノの前でプリエの為のメロディーをポロンポロン鳴らしていた 「久しぶりね。ヤマカくん」
芦田マヤ子は、糸吉の後任のディレクターだ。
糸吉は、コッペリアを元に振り付けた小品のダンサーを選ぶために
アルプスの麓にある古巣のバレエ団にやってきた。
「ヤマカくんは最近踊ってないの?」
「踊ったよ。ちょっと前に…」
糸吉から、直前の舞台リハでケガをした生徒の話を聞いて
マヤ子はまゆをひそめた。
「バレエは自分との闘いと言うけれど、
自分と闘いすぎて、自分を壊してしまうダンサーが多いわ。
今、なるべくリハーサルの時間の短縮と効率化を図って、
慢性的な過労状態の解消をしようとしてるのよ」
「特に男子は女性の長い群舞を待って、
身体が冷えてきたころに、跳躍の見せ場だったりするからね」 「ところで、新作に使うダンサーは選べた?」
「うん、朝のレッスンに参加しながら、だいたいね。
短いし、テクニックも難しくないけど、
滑稽なことを大真面目にやれる、演技力のある若い子がいいんだ」
振付作業とは不思議なものだ。
作られた振付を、優れたダンサーの身体に乗せると
ぼんやりした下絵から、輪郭が鮮明に浮き上がってきて
次々新しいアイデアが浮かんで発展していく。
短い小さな作品だったが、糸吉は久しぶりに
身体の奥から湧き出すような喜びを覚えていた。 6歳のリチャードが『CLOCK Ballet Studio』と書かれた
ピカピカの看板に吸い寄せられるように建物に入ったとたん、
ボーン!ボーン!ボーン!
ロビー正面に置かれた大きなのっぽの古時計が
大きな音を立てて鳴り響いた。
「ひぃ!」
その音に驚いて、リチャードがあわてて外に出ようとしたとき、
「誰か来たの?」と出てきたのは、
同じ年くらいの男の子だった。
「入る?」と男の子に誘われ、
「うん!」
ちょうど遊び相手が欲しかったリチャードはスタジオに入っていった。
古い時計工房を簡単に改装したバレエスタジオで、
二人の男の子は大喜びで走り回っていた。 その男の子の名前はトキオ・アンソニー・スミス。リチャードよりひとつ年上だ。
母親は日本人で元プロダンサー、時子・スミス。
英国人男性と結婚し、息子が少し大きくなってきたのを機に、
古い空き屋を安く借りて、ささやかなバレエ教室を開いたばかりだった。
トキオともっと遊びたい。
隣の家のベンは乱暴で気が合わないけど、トキオは優しくて面白いんだ。
日本のアニメやゲームのことも教えてくれる。
家に帰ってからリチャードは
トキオのお母さんにもらったバレエ教室案内の紙を母親に見せた。
「バレエ?まあ?急にどうしたの?
バレエねえ、ママは昔、パパとロンドンへ旅行したときに一度だけ、
バレエを観たことがあるわよ。
童話のシンデレラをバレエにした舞台で、すごくきれいだった。
12時を告げる音楽が面白かったのよ。
カッコン・カッコン・カッコン・カッコン…って」 イッヌが出てこないせいかいやしがたりない
せやからまおうはどなんした リチャードの両親は、
バレエに関しては一般人のそれと変わらない感じで、少し観たことがあるという程度であった。
けれどチラシを持って嬉しそうにそれをみせるリチャードを見て、あのバレエ教室に通うことを許してくれたのだ。
「リチャード!来てくれると思ったよ!」
「トキオ、よろしく」
「これからはバレエ仲間だな!」
トキオの母親である先生とリチャードの母親が話している間、少年二人は早速バーにつかまってストレッチ…と思いきや、ぶら下がって遊び始めた。
「こら危ないでしょ!」
少年二人に注意をする先生、そしてリチャードを見てニッコリすると
「あなたがリチャードくんね? 手足も首も長くて頭も小さい…脚も本当に綺麗だし、きっと凄く見映えのするバレエダンサーになれると思うよ。一緒に頑張ろうね!」
家の仕事の関係でロンドンに引っ越しをしてから、もう何年も帰っていないあの美しい田舎町での記憶に思いを馳せる。
そこではじめてバレエというものを学び、そしてよき友人やスタジオに出会えたことも。
「トキオ、時子先生、どうしているんだろう……。トキオは今でもバレエを続けているんだろうか…。それとも違う道を……?」
もしも彼がバレエをしていたらどれだけ良いだろうか。ずっと会えていなくとも、バレエで繋がっているような、そんな気がするからだ。
またあの町に行って、あの路地を通ったら、変わらずにあの教室はあるのだろうか?
そして彼らはそこにいるのだろうか。
覚えていてくれているだろうか?
「そういえば時子先生……きなこに似てたな。」 トキオと一緒に、ワークブックでひらがなやカタカナの練習もした。
「リチャードくんがいてくれると、日本語もバレエもはかどって
助かるわ」と時子先生はおいしいお菓子やお茶を出してくれた。
トキオが貸してくれる日本のマンガは
言葉がさっぱりわからなかったけれど、
ひらがなやカタカナを覚えると、少し読むことができた。
トキオのおじが送ってくる漫画『ドラゴンボール』を読みながら
「このガキ」って何?「こんにゃろ」「くそったれ」って何?
と時子先生に聞くと、ちょっと困った顔をしながらも説明してくれた。
「でも実際に使っちゃダメよ」
だがそこは子ども。使うなといえば使いたくなるのだ。
隣の家の乱暴なベンが意地悪を言ってくるたび、
「このガキ、こんにゃろ、くそったれ」と言ってスッキリしていた。
日本語って秘密の呪文みたいだ!
そのころから、リチャードはずっと日本に行きたいと思っていた。 あの体重だから本人の意思がよほど強くない限り車いすから立てるようになりませんよ
でも、湖畔の散歩に連れ出した時水鳥が羽ばたくのを見て大きく腕を広げて羽ばたいて見せたんです
心底嬉しそうに目をキラキラさせて
ああ、あの子小さい時からそうでしたわ!教会の鐘にあわせて踊ったりしてましたもの
その姿があんまり愛らしいので周囲から勧められてご両親もしぶしぶバレエ学校へ行かせることにしたって
ネリッサは獣のように集中していた…私は鳥!飛ばなきゃならない…身体の中心から左右均等に腕を広げて遠くへ引っ張って伸ばす
美しく〜とか白鳥の様に〜とかではない、もっと原始的な欲求…そこまで奥深く下がることではじめて
重くたるんで澱んでしまった感覚を呼び覚ますことが出来る リチャードはロンドンに家族と引っ越した後も、
バレエの先生には、有名バレエ学校の受験を勧められていた。
しかし、銀行員の父親は、特殊な職業訓練校であるバレエ学校に入り
早くから将来を決めてしまうのには難色を示した。
一方で、リチャードの日本に留学したいという希望には
「高校卒業して帰ってくる」という条件付きで賛成してくれた。
そのころ金融界では、SWIFTネットワークが整備され
世界的な決済インフラが確立されようとしており、
ボーダーレスの時代のグローバルなビジネスに
アジア地域は有望だと、父親は思ったからだ。 (日本でSWIFTは2000年以前?から導入されてたとおもうけど、そうするとリッチーは35歳以上?) (>>26あたりからずっと、田中さんが20代でバレエを始めた20年前の回想で、
2002年ころの物語で、
そのころ高校生のリチャードは1984、85年前後の生まれ?
留学検討していたのは、2000年以前、
2022年現在だと、リチャード37歳前後、
田中さんが40代半ば、山加糸吉、オオツマさんは60歳前後
で合ってる?全世界的に拡大されていった感じで適当に書いてすまんね) ヤマカイトキチは新作の主役を務める三人のダンサーに振りうつしをしていた。
理不尽な状況に置かれたとき、
一人は、ショックを受け、立ちすくみ、
一人は、相手の不誠実に憤り、怒りに震え、
一人は、信じがたい現実から目を背け、逃げる姿を演じた。
同じ振付なのに、三者三様、別の物語のようだ。
糸吉は心理学やセラピーの本を読みあさりながら、作品を手直ししていった。
「失恋のショックで人形しか愛せなくなる」
という思い付きで作ったジョークのような小品だが、
不信感、喪失感、挫折感、強いストレスを乗り越える心のさまを
若いダンサー達が描いてくれた。
意外なほどの好評を得たのをきっかけに、糸吉は再びヨーロッパで
振付や指導の仕事をするようになった。 しばし、過去の想い出にひたっていたリチャード。
かかとのヒビってどれくらいで治るんだろう。
とにかく動かすな、と言われてるけど、
先日まで一日何時間も踊っていたのに、急に、安静に、動かすな、と言われても。
何もできずに待つほど辛いことはない。
もう将来のことを決める時期なのに。
「魔王か。俺はピッコロ大魔王ほど悪いやつじゃない。
だが、スーパーサイヤ人にはなりたかったな」 まったく、最初の頃は周囲のサポートが大変だったんです
なにしろ朝から晩まで腕をバタバタさせ続けて…それも思い立ったら突然やり始めるもので
危ないったらありゃしない…周囲の人が当たって怪我したり、本人が腕をぶつけてあざだらけになったり
そういう場合普通は拘束衣もやむを得ずになったりするけど
「ネリッサは絶対に心身の健康を取り戻せる!その為の変化の課程だから何とかしてあげたいんです」
ご両親もご兄弟も無くて独りぼっちだから、小さい頃から知っている私たちが神様の代わりに寄り添いたいって
小さな村だったから周囲の期待もあったのかもだし、美しいダンサーは神様の使いみたいに想われていたのかも さて、この物語の主人公の田中さん、
レッスンを受けるのは楽しいが、やっぱり万年初心者クラス。
ヤマカ先生やオオツマさんが繰り出す芸術的な美や表現とは程遠いところで
ずっと停滞している。
身体に栄養が必要なように、バレエを愛する心にも栄養が必要だ。
「そうだ、バレエを観に行こう」
さっそく近々上演される公演を探してみた。
が、いろんなバレエ団の公演がありすぎて訳がわからない。
「一体、どれを観たらいいんだ?!」
と、そのとき、
知ってるダンサーの名前が目に入ってきた。
影山清志郎
以前、オープンクラススタジオ「ベルベット」で
指導してくれた先生だ。
あれほど、俺に注目してくれた先生は、他にはいなかった。
おそらく影山先生と俺は、バレエの感性が似ているのだろう。
よし、影山先生を観に行こう! S&Bバレエ団?ん?カレーの会社がやってんのかな?
セクシー・アンド・ビューティフル・バレエ団かな?
創立者の二人、薩摩氏と備後氏のイニシャルを取ったネーミングだが
いちいち細かいことが気になってしまう田中さん。
「最近、取引先の企業名もアルファベットにしたり
おしゃれな企業名が増えてんだよねえ。
たしかに、『薩摩・備後バレエ団』では、画数多すぎだよね。
サツマ・ビンゴ・バレエ団じゃ、泉ピン子バレエ団みたいだし」 チケット料金は、
S席15000円、A席11000円、B席8000円、C席…うむむ。うむむぅ〜。
初心者だから、最初は安いのでいいのか?
いや、ここでケチると後悔するのか?
モーニング娘。のライブも武道館のアリーナ席で観たかったよなー。
この料金の差は何なのか、考え込む田中さん。
初心者クラスのマダムの一人が、熱心な観るバレエファンだったはず。
初心者がバレエ鑑賞する心得でも聞いてみるか。 >>553
(thanks,前半よく読んでいなかったので。。ごめんね。計算あってるね。
山加糸吉、大妻檜、マウィッツ・オーゲス、ラウラ・ワーグナー、ネリッサ、エリスのヨーロパ編も年代とか
近年のモバイルもだしてないからセーフだね、OK) 糸吉は、ヨーロッパでの仕事を終えた後
ネリッサの保養所を訪れた。
「ネリッサ、僕の可愛いネリッサ、Mi preciosa Nelissa
元気だったかい?」
糸吉は、車いすにじっと座って正面を見据えているネリッサの頬にキスをした。
ネリッサはほとんど無表情に見えるが、
最近は、わずかに、表情が明るくなった気がする。
「少し髪が乱れてるね」
糸吉はネリッサの波打つ髪を丁寧に櫛でとかした。
「ほら、素敵になったよ、ネリッサ」
ネリッサにつきそっているミレーラさんは
「ネリッサ、こんな美しい男性に愛されてて幸せね」
とコロコロと笑った。 白いワンピースのネリッサが立ち上がろうとするのを支えながら、
糸吉には、また新たな振付がひらめいた。
『薔薇の精』
薔薇の精は、男性にポワントをはかせて踊らせたらどうだろう。
性別を超えた官能的な存在として。
夢にまどろむのは少女でなく、青年で、
男性二人のパドドゥ。
ガラ公演の際の、ちょっとした余興になるだろう。
しかし、単なる余興を超えた、美しさと官能性にこだわりたい。
ポワントで美しく踊れる男性ダンサーが必要だな。 ネリッサの深層心理がどう働いて
獣のように立ち上がり踊ろうとするのか
定かではないけれど。
白いワンピースで車椅子から立ち上がる彼女の姿に、
『薔薇の精』を思い出したんだ。
バレエは男女が結ばれてめでたしめでたしとか
結ばれなくて悲劇だったとか、そういう話が多いだろう。
愛を描くにも、男女の社会的立場が前提になってしまう。
純粋にもっと原始的な欲求を描きたいから、
男性同士のパドドゥとして作りたいんだ。
僕自身は、ゲイではないんだけど、
美しいダンサーには男女問わず、惹かれるよ。
薔薇に同性愛の示唆。
『パタリロ』のバンコラン少佐とマライヒが
イマジネーションの一端を担っているのは
ここだけの秘密だ。 「えー?田中さん、バレエ団の公演観るの初めてなの?
信じられなーい。私は年間50回は観るわ。
観る目から養わないと、一生、バレエ上手くならないわよ!」
田中さんが、初心者クラスにいる熱烈な観るファンの女性に
声をかけたとたん、予想外のマシンガントークが始まった。
「私のおすすめは、海外のバレエ団。国内ならCバレエ団一択よ。
今からチケット取るなら、1階の中央あたりの席は無理かな。
私はお目当てのバレエ団の公演は
会員への優先販売で、全日程のS席を買うの。
あとで、ネットで『あの日のあの人がすごく良かった』って聞いて
その回を見逃してたら、悔しいからね!
演出振付の違いを観るのもいいわよ。
いろんな有名なバージョンがあってね、
ロイヤル、ボリショイ、パリオペ、バレエ団のオリジナル。
その演目なら、ロイヤルのが一番お勧めなんだけどな。
1997年の来日公演にはギエムや都さんも来て、素晴らしかったのよぉ」 「えー、S&Bバレエ団に行くの?さあ、どうだろうー。
あそこの観客はニワカとミーハーが多いからね。
ネットでも、バレエ知らないって感じの人の感想が多いのよ。
人気はあるんだけど、私の好みじゃないわ。
特に話題のプリマがねー?どこがいいのかわかんない。
影山さんは悪くないダンサーだけど、
私の基準では、まあまあ、中の上ってとこ?
キャストを総合的に見ると、別の回のほうが魅力的よ?
一回だけ観るなら、せめて、その日にしたら?
え、影山さんが出てる回がいいの?フーン。
田中さんは、座高…背が高いから、後ろの人の邪魔にならないようにね」 田中さんは「へー、そういうもんですか」と適当に返しながら、
結局「座高を気をつけろ」しか頭に残らなかった。 すごい熱量で情報を一度に投下されて目が点になっている田中さんを
通りすがりの別のマダムがフォローした
「主演のキャストの組み合わせ違いで観る」
「嫌いなダンサーはなるべく避けて観ない」
ってことかしら
影山先生ならダンサー割引のチケット持ってらっしゃるかもなのでお聞きして見たら?
嫌いなダンサーの日を避けるって良し悪しかもしれないのよね〜
昔すごく苦手なダンサーがいて、絶対その人が所属してるバレエ団のチケット買わないって決めてたんだけど
実はその人がいた時代は今よりも良い興味深いダンサーさんがいたって後にわかって後悔したのよ
食わず嫌いせずなんでも見た方が良いんだけど長く残って踊ってくれる人少ないのよね
同じダンサーさんでも出来不出来の波があるし
お金も時間もかけて失敗もして・・・まぁそういう趣味よね 軽い気持ちで一度観に行ってみようと思っただけなのに、
そんなディープな世界なのか。
初心者にはハードル高そうだ。
行く気満々だったのに出鼻をくじかれた田中さん、
少しはポジティブな言葉がほしくて、いつも明るい鈴木さんに聞いてみた。
「鈴木さんは、いろんな舞台観たことあるんだよね。
タップやミュージカルや宝塚が好きだったって言ってたよね?」
「うん、どこでもマニアックなファンは多いよー。
宝塚は特に。ファンの間で細かい掟みたいなものがあって、
出待ちするにも整列してたりするんだ。
その掟を破ろうもんなら…怖い怖い」 「ミュージカルでは劇の途中でブラボーって叫ぶのは
流れや雰囲気を壊すから、基本ダメ。
バレエは途中のソロの見せ場でもブラボー言ってもいいよ。
イタリア語には女性形や複数形があるんだけどさ、
日本では気にしない。全部ブラボー。
もちろん、ブラーヴィ!ブラーヴァ!と言う人もいる。
いかにもツウっぽいよね。俺はまだその域に達してないんだよ。
でもさ、ブラボーの安売りは、わざとらしいから要注意だよ。
静かなシーンでブラボー叫ぶと雰囲気ぶち壊しだし、
身内の男性達が集団で言ってるのは仕込んでる感が出ちゃうからね。
俺のポリシーとしては、感動を声に出せないシャイな観客たちの
気持ちの高まりを代弁するかのように、
ここぞ!という時に、ブラボーと叫ぶんだよ。
もちろん、本当に素晴らしい演技だと思ったときだけ。
ブラボーの絶妙なタイミングに
こだわってるのは俺だけじゃないと思うな!」 ベテラン観るファンの話を聞けば聞くほど
田中さんの初バレエ公演鑑賞のハードルは
ますます上がっていくのだった。 「鈴木さん、中村さん、この日どう?一緒に行かない?」と
誘ってみたが、二人とも仕事だと断った。
「映画と違って気軽に行く金額でも雰囲気でもなさそうだなあ
そのお金で追加のレッスンを受けたほうがいいかなあ。
オープンスタジオなら6レッスン、
月謝で来てる黒崎だと10レッスン」
最近、田中さんの判断基準となる通貨単位は、バレエレッスンなのだ。
買い物するときも「このワイシャツは4レッスン」
と無意識に計算してしまう。 田中さんが、バレエ公演に行くのをほぼ諦めかけたとき、
そばで話を聞いていたナナ先生が声をかけてきた。
「田中さん、バレエ観に行くんですか?素敵ですね!」
「俺なんか場違いじゃないかと…わからないこと多そうだし…」
「考えるより、感じてください」
「ナナ先生が『燃えよドラゴン』の名セリフをご存じだとは」
「なんですか、それ?」
ナナ先生は笑顔でこう言いながら去って行った。
「バレエを楽しんで♪」 「床を一生懸命擦ってるのは見えますが、
5番で、もっと、dignity、ディグニティーって日本語でなんだっけ」
「"威厳"です、先生」
「ダンケ。タンジュから足を戻すときに
毎回、これぞバレエという"威厳ある5番"を見せて。
センターでもそう。途中の5番が甘い」
ヨーロッパでの仕事を再開したヤマカイトキチだが、
日本に帰国したときには黒崎でゲスト講師として教えていた。
「ヤマカ先生のレッスンに出るの、初めて〜。
あの甘いマスクにセクシーな下肢のライン、僕の好みのタイプ〜」
ジュンは、ときどき黒崎バレエアカデミーの
プロフェッショナルクラスに遊びに来ているプロダンサーだ。
>>493
「だめよぉ、ヤマカ先生はノンケよぉ?でなきゃ、アタシがとっくに」 田中さんはギリギリまで悩んで、ようやくバレエ団の公演に行くことを決心した。
できれば、自分が知ってる演目が良かったんだけどなあ。
発表会でやった『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』か『コッペリア』、
じゃなかったら『くるみ割り人形』か『ドン・キホーテ』かな。
暗い作品より、明るい系が好みだよなー。
心に太陽を、くちびるに歌を。生きてるだけで丸もうけ。
だが、その日、影山清志郎が出演するS&Bバレエ団の演目は
悲劇の恋物語『ロミオとジュリエット』
花の都のヴェローナに
勢威をきそう二名門
古き恨みがいまもまた
人々の手を血にぞ染む
書店で立ち読みしたシェイクスピアの戯曲の和訳本が難しすぎたので、
代わりに、いがらしゆみこ作、世界の名作シリーズの漫画を読んで
田中さんはロミオとジュリエットのストーリーの予習をした。 こんな繁華街に大きなホールがあるなんて知らなかったな。
しっかし、世の中は男女ほぼ同数のはずなのに
バレエの観客席の男女比は偏りすぎじゃないか。
素人男性にも、バレエの裾野がもっと広がってほしいよなあ。
バレエ習って二回舞台に出た俺でも
公演を観に行く心理ハードルが高いなんてどーゆーこと?
単独で来てる男性は一体どういう人達なんだろ。
ぽちゃっとした年上の男性は、文化人とか好事家か、身内か?
いかにも鍛えた細マッチョなボディにまっすぐ伸びた背中、
あの男性はダンサーだろうな。
うん、あの人も。あの人も、踊れそう。 のりこ!久しぶりだわーどうしたの?ていうか最近どうしていたの?
イトキチ先生今すれ違いで帰って行かれたのよ!相変わらず素敵だったわよ、一緒に見学出来たら良かったのに〜
黒崎で生徒だったころから寡黙なのりこは素晴らしいターンアウトの持ち主で将来を嘱望されていたにもかかわらず
バレエの道には進まず衣装制作の小さな工房に勤めていた
生徒だったころからレオタードをチクチク縫って自作したりしてたもんね、のりこさん
今日ここに居るって言ったら衣装見てくれって言われて待ち合わせしてたんだ〜
のりこは懐かしそうに目を細めてあんこに会釈し、すぐ持ってきた大きなカバンの中から次々に袋に小分けされた衣装を取り出しながら
ジュンに向かって目くばせした
そうだったんだー全然知らなかった…のりこ…レッスンの時以外ほとんど話さなかったし
床の上に広げた衣装や小物を頭を寄せ合って楽しそうにアレコレ手に取っている細身の二人は、まるで仲良しの姉妹?兄弟?のようで
はぁぁぁ美しいわぁ〜、こういうのってバレエスタジオならではの光景よね〜 「素晴らしかったなあ!ロミオとジュリエット!」
田中さんは初バレエ鑑賞後、るんるんしながら駅に向かった。
「2000人の観客と同じ物語を体験する舞台ってすごい!
クセになりそうだ!」
満員の客席のスタンディングオベーションに
私服の男性が下手からちょっと舞台に顔を出してきて、
アチュチュードでひるがえって幕に入っていった。
「なんか偉い人みたいだけど、お茶目さんだなー」 田中さん的に一番のツボは、チャンバラシーンだった。
あれ、俺も一度やりたいよなあ。バチバチ剣を叩くやつ。
影山先生のロミオ、チョーかっこよかったなあ。
最後のカーテンコールまで、愛があふれてた。
俺がジュリエットでも一目で恋に落ちるわ。うんうん。
他にも見どころいっぱいあって、
一回じゃ観たりないぞ! S&Bバレエ団『ロミオとジュリエット』と題された大きなポスターの前を黒縁の眼鏡にスーツ姿の地味な印象の青年が通りかかる。
既に公演は終わり、お洒落をした大勢の観客達が皆満足そうにホールの扉から出て行く様子を見送りつつ、そのポスターに映るバレエダンサー達の姿にふと視線を向けた。
「バレエ……」
この青年、有沢 啓徒は、子どもの頃クラシックバレエを学んでいた。
地元の団付属の教室に10歳の頃入学し、真面目で努力家、舞台映えのする容姿にバレエ的に恵まれた身体の彼は周囲からも期待されていた。
しかし当時の彼にとってバレエはただの習い事にしか過ぎなかったのである。そんな彼にとって周囲からの期待は鬱陶しいものであった。
それから受験を機に、バレエからは縁を切り、高校、大学と出て、20代半ばの今では公務員として役所で働いている。
とても真面目な有沢であるが、あまり他人と関わるのが得意ではなく、職場に仲の良い同僚や友人はおらず、いつも黙々と仕事をこなしては定時にはあがり、駅前の牛丼屋で夕食をすませ一人帰宅するだけの毎日である。
特に趣味もなく楽しいこともない、そんな日々を過ごしてきた有沢。そんな彼も最近自分の人生について考えるようになったが、その時いつも甦るのがバレエの舞台に立っていたときの記憶であった。
一度棄てたバレエのことを何故今更になって何度も思い出してしまうのか、有沢自身も困惑していたが、その気持ちを止めることは出来なかったのである。
もう一度…、
もう一度、あの舞台に再び立てるだろうか……? 20代の男におすすめの趣味って何だろうな。
筋トレ、ジョギング、ウォーキング、
バイク、車、旅行
ゲーム、映画、音楽鑑賞、カラオケ
語学、読書、食べ歩き、料理
どれも悪くないけど、夢中になれそうにないんだよな。
キャンプやコンパに誘ってくれる
友達ならいるけど、あんなには燃え上れなくて。 地面に舞台のパンフレットが落ちていることに気づき有沢は何となくそれを拾い上げた。
「S&Bバレエ団……この近くみたいだけど…」
バレエ団本部はこの近所らしかった。
レッスン見学いつでも自由と書いているため、ちょっとした好奇心がわき、帰り道とは反対方向へと歩き出した。 ロミオとジュリエットに感化された田中さんは
フェンシングの一日体験教室に訪れた。
「ラッサンブレ・サリュー!」(気をつけ礼!)
フェンシング用語もフランス語だ。
バレエはルイ14世の王立舞踊アカデミーからだけど、
フェンシングは国際連盟がパリに設立されたためフランス語らしい。
バレエのおかげで、ポーズの真似がなんとなくできる田中さん、
「構えがさまになってますね。本当に初めてですか?」
とコーチにお世辞を言われ、
「いや、そんなっ、生まれて初めてですよー」
と言いながら、ちょっといい気分になっていた。
イメージは、華麗にバチバチ剣を交わすロミオ、
なのだが、もともと運動音痴なので、必死でサーブルを握りしめたまま
コーチ相手に軽い突きを繰り返して終わった。
フェンシング楽しかったな!もっとも一回でじゅうぶん満足!
「すごく筋がいいですよ」
と笑顔でほめながらフェンシングのコーチは言った。
「フェンシングも、もっと裾野が広がってほしいんですけどね」 眩しい舞台袖のライトとその後ろの暗闇にうごめくダンサーやスタッフさん
吸い込まれそうな高い天井、緞帳の向こうに感じる大勢の観客の気配や体温
舞台空間って他のどこにも無いよね…だから病みつきになるのかも
雪山とかもそうかな〜スキューバダイビングも…もしかしたら宇宙旅行も
入社した時に「ダム1個半か、運が良ければ2個造ってサラリーマン人生が終わるよ」って先輩に言われたんだ
いきなりの人生総括だしちょっとビックリしちゃってさ…なんだかなーって
異業種交流セミナーで一緒になった育ちが良さそうなさわやか青年、それが鈴木さんだったことを
ずっとあとになって知ることになる有沢さんだった 何のために生まれて
何をして生きるのか
答えれないなんて
そんなのは 嫌だ
時は早く過ぎる
光る星は消える
だから君は行くんだ
ほほえんで 田中さんはアンパンマンのマーチを口ずさみながら
今日もご機嫌でバレエのレッスンに向かう。 チュチュボンにも流行りがあるからねー。
少し下向きで、何層も重ねて、豪華に、でも重くなりすぎない、
大きさ、シェイプ、微妙な加減で、体型が全然違って見えるの。
この豪華なレース使い、ジュンくんに似合う似合うー。
でもアポロみたいなシンプルなタイツもいいわ。
だって身体のラインが超キレイなんだもの。
これもこれも、全部着てみて! 黒崎バレエアカデミーの大人クラスに
黒い長袖、長ズボンのジャージ姿の眼鏡の青年が体験レッスンにやってきた。
S&Bバレエ団のレッスンに感化され、勇気を出してバレエを再開することを決心した有沢さんだ。彼がバレエを辞めておよそ10年である。
ジュニア時代は期待されていただけあり、ジャージ姿であっても長い手足に小さい頭と身体バランスの良さがうかがえる。
因みに有沢さんが黒崎バレエを選んだのは男性初心者が多数在籍しているというところが大きかったが、あまりに立派なスタジオに正直圧倒された。
「凄いスタジオだな…」
バーの近くではストレッチや雑談をする生徒たちの姿があり、彼女たちから離れた空いている適当な位置で腰を下ろす。
リノリウムに木製のバー、大きな鏡。規模は違うものの、有沢さんがいたバレエ教室にもそれらはあった。彼のうちから懐かしさがこみあげる。
「あ! 先生おはようございます!」
「おはようございます!」
しばらくストレッチなどをしていると、担当講師のナナ先生が現れ、生徒たちが挨拶をはじめる。
「はじめまして。体験でいらした有沢さんですね。よろしくお願いします」
「此方こそよろしくお願いします」
簡単な自己紹介や挨拶を終えてレッスンがはじまる。
丁度有沢さんの斜め向かい側のバーに田中さんの姿があり、彼は興味深げに有沢さんの様子を眺めていた。
「若い男の人だな。黒髪に眼鏡に全身黒ジャージで地味な感じなのに無駄に動きが綺麗だ…」
ディスっているのか褒めているのか、有沢さんのバーレッスンに見とれながら田中さんはボソッと呟いた。 おお先生、ご無沙汰してます!
受付付近で爽やかなそよ風と共にいい匂いの男性が現れた。
「ダーリン、会いたかったわ〜」と男性におお先生こと黒崎タキ子は抱き付いた。
「あら、オオツマくん、元気だった?」
「まあね、今日はタキ子さんとター子へラブリーなお土産があるんだよね!」
「まあ〜嬉しい、勿論スウィートでしょう?さ、あがってちょうだいな!アフタヌーンティーティーをしましょう!」
ター子の言われるがままにオオツマは受付奥のオフィスへ入っていった。
「いい匂いだな〜もしかしてアラミスかな?アンアンに出てきそう!」
体験レッスンで黒崎バレエアカデミーを訪れた有沢は、スタジオの規模以上に受付付近ですれ違ったオオツマグループ若社長の大妻檜に圧倒されていた。 「じゃ〜ん、今日のスイーツは何と何と。。。カヌレとフィナンシェとエシレバターのクロワッサン」
「オオツマ君、奮発したわね!」 有沢さんが、家の近所の小さな支部教室でバレエを始めたのは
4歳のときだ。二つ上の姉が先に習っていた。
つきそいの母についてバレエ教室へ行き、
レッスン中は絵本をめくったり、絵を描いたり、
一人遊びして大人しく時間をつぶしていた。
「脚が長くてまっすぐでバレエに向いてるわ。
啓徒くんもバレエやればいいのに」
先生は母親の顔を見るたびに、熱心に勧めた。
「この子、まわりの男の子と比べると、おとなしくて無口で。
おもちゃの取り合いだって、すぐ譲ってしまうんです。
もう少し自己主張するようになってくれればいいんだけど」
そう思った母親の意向で、有沢さんもバレエを習うようになったのだ。 10歳になるころには、先生の推薦で本部教室に通い始めた。
小学生までは週2〜3回だったレッスンも、中学生になると週5回に増えた。
他の子たちが「プロダンサーになる」と情熱を燃やし
居残って何時間も練習を続けるのを横目に、
有沢さんは、バレエに対する気持ちは彼らより強くないと自覚していた。
なのに、発表会で一番良い役がついてしまうのを、後ろめたくも感じた。
中3の猛暑の夏、発表会の練習と塾の夏期講習通いで
へとへとになりながら、初秋の発表会で大役をつとめたあと、
受験を理由にバレエをやめた。
「これからは、普通の学校生活が送れる」
有沢さんはバレエから解放され、せいせいした気分だった。
あれから約10年、
再びバレエに戻ってくる日がこようとは。 あの受付で見かけた背の高いハンサムガイは誰だろう...
先生かな?などと有沢啓徒はぼんやり思い浮かべていた。 「先輩として、俺が手本を見せてやろう!うぉっふぉん!」
久しぶりに素人男性が体験に来たため、田中さんは大いに張り切り
いつもより派手に動いた。
すかさず、ナナ先生の注意がとんでくる。
「田中さーん、いつもは猫背なのに、今日は胸が威張っちゃってますよ!」
おっと失敗失敗。ナナ先生は何もかもお見通しだ。
俺は本来、謙虚な性格なのに、
つい調子こいて先輩風を吹かせようとしたのが間違いだった。
一方、10年ぶりにレッスンした有沢さん
「身体が全然動かない。関節は固いし、床はつかめないな…。
でも、昔のように厳しい指導や期待のプレッシャーもなくて
久しぶりに踊ることが楽しかった」
と入会案内を受け取って帰っていった。 最近は大人クラスに男性来るようになりましたね〜と甲さん
私は正直嫌なの・・・だってここが女性だけの安心な場所じゃなくなってしまうから、と乙さん
男女n歳にして席を同じうせずでしたっけ、と丙さん
イスラム教でも礼拝堂は男性のみですね、と丁さん
「良かったわねあなたたち、綺麗な男性をいっぱい観ると寿命が延びるわよ」
タキ子先生が例のごとく紅茶カップを手にそのそばを通り過ぎて行った その時、アカデミーから帰宅する有沢さんの背中を不穏な眼差しでみつめる紗江子の姿があった。
実は彼女は若い男性生徒が体験レッスンに来ると聞きつけ有沢さんのレッスンの様子をずっとみていたのである。
「ちょっとお待ちなさい!」
紗江子が有沢さんを呼び止めた。
きょとんとする表情で振り返ると、如何にも厳しそうな女性がいるのを見て過去のトラウマが一瞬蘇る。
「…な、何でしょうか?」
何か悪いことでもしでかしてしまったのかと恐る恐る用件をきくと、
紗江子はにっこりと微笑み、「有沢くんですね。レッスンはジャージよりも身体ラインの見える服装がいいですよ。当アカデミーに入学してくれるのを期待しております」と目は笑っていない表情で言った。
「はい…。ありがとうございます……」
軽く礼を言ってさっさと踵を返す有沢さん。
有沢さんは、紗江子のような厳しい雰囲気の教師が大の苦手であった。出来ることならば関わりたくない。
まだ彼が子どもの頃、本部教室の選抜制クラスに参加させられた有沢さんは、そこでトラウマを植え付けられたのだ。
名前は覚えていないが中年の男性教師に何度も罵倒されたのを憶えている。他の生徒も同様に怒鳴られることはあったが、その中でも有沢さんへのそれは特別であった。
今思えば、心がバレエから離れていったのは本部教室移籍がきっかけであったかもしれない。元々引っ込み思案で人見知り、自分に自信のない有沢さんには、あのときの時間は地獄だっただろう。 「あ〜びくりした。マジ勘弁だわ〜。。。ふぉ〜つか、びびったわ、ちびるかと思った」と有沢啓徒は心の中で呟いた そうだ、あの夏。
もう限界に来てたんだ。
地元の老舗バレエ団の古いスタジオは、冷房があまりきかなくて
有沢さんは、汗をダラダラ流しながら、息苦しさを覚えながら
連日リハーサルをしていた。
何度も同じ個所をやり直しさせられて、みんなの前で怒鳴られる日々。
なのに仲間は「いいよな〜啓徒は、ひいきされてて〜」
と嫌味を言ってくる。
中学生のころは、ひょろっと背は伸びたが筋力はなくて
パドドゥで女の子の身体を扱うのも、おっかなびっくり、
サポートのコツもよくわからない。
気の強い相手の女の子に、「先生はもっとこうしてくれるのに」
と散々に言われて、険悪なムードになっていった。
「笑え」と言われることも苦痛だった。
精一杯、口角上げてても、全然楽しそうじゃないって。
無表情なのは生まれつきなんだよ。
バレエをやめると言ったときには、強く引き留められたが
あのときには、楽しさより苦痛のほうが大きかったんだ。 「いやだな〜タキ子さん、褒めすぎですよ!」
「あらオオツマ君は永遠のダーリンよ!」オオツマと黒崎タキ子は例の如くエンドレスな話題に突入していた。
「ター子さん、次回の公演の演目は決まっているの?ダーリンの王子は何時なのかしら?ねえ〜え?」
「おばあさま、イトにも相談してるところなのよ!」
「そういえば最近イト君見かけないわねえ〜どうしてるの?」
「おばあさま、イトは今フランスよ!かつての職場;劇場シャモニー・モンブランに出張中なの」
「あらそう、お土産なんだろうねえ〜」.......
---
(ヤマカイトキチ復習)
山加 糸吉 ヤマカ イトキチ (親しい間柄ではイトと呼ばれている)
(377踊る名無しさん2022/02/08(火) 19:57:41.65 から登場)
巨匠でありモンブランの麓の劇場で芸術監督を務めた経験あり ;フランス、劇場シャモニー・モンブラン
四年に一度NYで開催されるトムソン国際バレエコンクールを見るために、NYに立ち寄った帰りにドイツ・ヴュルテンベルクバレエ学校 同級生 エリスとガイと偶然再会
初恋相手だったネリッサの現状を知り心を痛め、またガイに対しては計り知れない嫉妬心を抱く。精神的キャパオーバーで活動無期停止状態に陥る。
ボランティアで黒崎スタジオで指導、心身快復傾向。
--- 河合ナナ先生、明るくて可愛い先生だったな。
年も同じくらいか。
さらっと見せるデヴェロッペやルティレのライン、相当な実力者だろうな。
アメリカの有名バレエ団に3年いたのか。
ここで初心者や子供担当なのは勿体ないくらいだが、
性に合ってるんだろう。
バレエはいつだってやめられるんだから、
バレエが好きでいられることが大事なんだよ。
その気持ちを支えるのは、人、なんだよな… 「オディールがいかに妖艶で魅惑的か、
オデットの姿を消し去るほどに、強大な魔力の持主だということを、
この、数秒のパドブレで表現して」
山加糸吉は、モンブランの麓にある古巣のバレエ団で
白鳥の湖のプリンシパル達を指導していた。
「チャイコフスキーがヴァイオリンの調べに込めたメッセージを
そのアームスに見せて」 現役時代から、バレエ団のレパートリーのあらゆる役を覚え
作品の理解を深めてきたイトキチの能力を、
後任のディレクター芦田マヤ子は高く評価していた。
「この前のコッペリアの小品、ツアーでも大好評だったわ。
アメリカのバレエ団からも上演依頼が来てるわよ。
次はどんな作品を予定してるの?」
「今準備できてるのは、男性三人組がたわむれる都会的な小品。
先日、日本でロミオとジュリエットを観て思いついたんだ」
実は、ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオの三人が
黒崎の素人男性トリオに重なって見えた瞬間、
インスピレーションが止まらなくなり、
その日のうちに振付ができあがってたのだ。
「あとは薔薇の精。これはキャストが難しくてね。
他にもいくつか構想があるよ」
「スケジュールの調整するから、詳しく聞かせて」 「あった…」
自室のクローゼットの奥を漁り、埃が被ったアルバムを取り出す。
紅茶色の皮の表紙を軽く払い、開けば白を基調とした衣装を身にまとい踊る化粧を施した少年の写真。
有沢さんがジュニア時代、デジレ王子をやったときのものである。これが彼の最後の舞台であった。
写真の中の王子は、何時もの地味な雰囲気の有沢さんとは別人と見紛う程だ。威厳のようなものはまだ無いが年齢相応の若々しさ、優雅さと気品が窺える。初心者であった時代も舞台で華のある少年であったが、徐々に技術が向上するとその良さは一層引き立った。
…このままバレエを続けていたらプロになる道もあったのだろうか?
確かにバレエは苦痛であった、それでも有沢さんにとってバレエを踊ることそのものは、ずっと好きであったことを思い出す。舞台に立つ喜び、感動…忘れることは出来ない。
「だからこうして戻ってきてしまったのだろうな、バレエの世界に…。」
センターのアダージオでのナナ先生の見事なデヴェロッペを思い出しながら、姿見の前で有沢さんはつま先をパッセにして脚をゆっくり高くあげた。 「面白い素材が来たわ」
佐藤紗江子はニヤッと微笑んだ。
見た目は、穏やかそうな長身の美女だが、
ひそかにドS魔女と呼ばれ恐れられているスパルタ教師だ。
ルックス抜群の美青年、高瀬蓮に目をつけて
週一回は初心者クラスを教えるようになったのだが
成長著しい彼は、今では初心者クラスには来なくなってしまった。
そこへ現れたのが有沢さん。
地味な黒ジャージで隠しても、隠し切れない長くすっきり伸びた手足。
自然なアームスや顔の角度、頭の位置の安定感、
音に動きを入れていく正確さも、紗江子は見逃さなかった。
「そろそろ、初心者クラスの担当を降りようかと思っていたけど、
あの子が入ってくるなら、楽しくなりそうだわ。
ふふふふふ…」
そのころ、有沢さんは背筋にぞわぞわと悪寒が走るのを感じていた。 一方、紗江子の初心者クラス継続の噂を生徒のマダムたちからきいた主人公・田中さんは
「紗江子先生は俺の為に残る決意をしたに違いない…」
確かに田中さんは趣味の習い事や友達との付き合いで習っている大人クラス生徒と違い、熱意はプロを目指す生徒のそれであった。
バレエの為に、養鶏場の鶏を観察したり、図書館で関連する書物を読みふけったり、フェンシングを始めたりと、その努力が実を結ぶこともあった。
そうした実績が彼に自信をつけていったのである。
「先生は俺には無関心だが、きっと生徒それぞれにあった指導をしているんだろう。俺は頑張るぞ…!」 ( ( 質問)S魔女こと佐藤紗江子先生は年齢いくつくらいですか?どこかに書いていたらごめんなさい )
---
有沢 啓徒 アリサワ ケイト 推定25歳 公務員 役所勤務
(580踊る名無しさん2022/03/17(木) 22:12:20.70 から登場)
地元の団付属の教室に10歳の頃入学し、真面目で努力家、舞台映えのする容姿にバレエ的に恵まれた身体の彼は周囲からも期待されていたが、バレエに情熱を感じられず高校受験を機にバレエを辞める。高校、大学と学問一筋だったが、10年後、再びバレエに戻った。
体験レッスンの後、見た目はと裏腹にS魔女と呼ばれ恐れられているスパルタ教師 佐藤紗江子に目を付けられた。
--- 「まいったな〜タキ子さん、勘弁して下さい! ター子助けて!!」
「だってオオツマ君は完璧過ぎるのよ!普通クロワッサン手作りする?しないわよ、しかも一般人で男性が、よ、...」
「夜中にパンやお菓子焼くのって、案外楽しいんだよ!パン生地以外の事はどっか行っちゃって、精神集中できるんだよね...僕のパン作りはオーストリア時代からの趣味なんだよね、当時はひたすら生地をこねる時に魂を吹き込む、ではなく、ストレスを吐き出す...あ、パンにストレスは吹き込まれてないから大丈夫!
実は不定期で焼き菓子を習ってるんだよね〜ちょうどこの間クロワッサンを習って、そこで多めに記事を作り残りを冷凍しておいて、今回はそれを焼いてきたんだよ。カヌレとフィナンシェは、焼き菓子を教えてくれるベルギー人シェフのお店で購入したんだけどさ。次回はフィナンシェ焼いてくるよ!」
「何処まで甘いダーリンなの〜」
オオツマとダブルター子達3人の宴はいつも通り、ディナータイムに突入していた。 >>606
(特に設定は無かったと思いますが、イメージは50歳くらい?) >>608
(イメージ、、、もう少し若いイメージですが、、、アラサーとかミッドサーとか。実際書いた人どうなんでしょうか) (元プロバレリーナでソリストとして活躍していた、
ジュニアにスパルタしてたり、配役に意見するなど、
それなりにアカデミーで教える経験も長そうだから
30代前半〜半ばで引退して、アラフォーかなあ?) >>610
(OK,了解!ではこんなイメージにしてみました!)
---
スパルタ教師 佐藤紗江子(サトウ サエコ) 元プロバレリーナ・ソリストとして活躍 37歳くらい
30代を過ぎた頃から指導者としても活躍しながら舞台にたっていたが、若手の育成に情熱を傾けるようになり、最近では教える側メインとなっている。
穏やかそうな長身の美女で愛らしい見た目は若い男性に淡い恋心を抱かせるが、バレエとなると一切妥協しない、そのギャップからS魔女と呼ばれ恐れられている >>606(少々修正しました)
---
有沢 啓徒 アリサワ ケイト 推定25歳 公務員 役所勤務
(580踊る名無しさん2022/03/17(木) 22:12:20.70 から登場)
地元の団付属の支部教室に姉と4歳から通い始め引っ込み思案ながら楽しくバレエを学んでいたが、先生のすすめで本部教室に10歳の頃入学。真面目で努力家、舞台映えのする容姿にバレエ的に恵まれた身体の彼は周囲からも期待されていたが、選抜制クラスの男性教師に罵倒や体罰も当たり前のスパルタ指導を受け、かといって誰にも相談できずトラウマを植え付けられてしまう。
バレエに情熱を感じられず高校受験を機にバレエを辞める。高校、大学と学問一筋だったが、10年後、再びバレエに戻った。
体験レッスンの後、見た目とは裏腹にS魔女と呼ばれ恐れられているスパルタ教師 佐藤紗江子に目を付けられた。
--- 〜某市役所〜
「…此方に氏名、生年月日、現住所をご記入ください。あとここにサインを…。
…今回の手続きは以上です。ありがとうございました」
手続きを終えた客を見送り、その後有沢さんは休憩室へと向かった。
「有沢さん、休憩終わったらこの書類のチェックとエクセルにデータ入れといてください」
「あ…はい。今日中ですか?」
「もうすぐ月末だしそうしてくれた方が」
有沢さんのデスクに相当数の書類が置かれたが内心ホッとした。客対応よりも黙ってパソコンに向かっていた方がずっと気楽なのだ。
「分かりました。やっておきます」
軽く会釈し去っていく有沢さんをみる若い女性職員に、中年女性職員が話し掛ける。
「有沢さんって暗いわよねぇ〜。仕事は真面目だけど、何考えてるかわからないっていうか。正直関わりづらいのよ」
「いい人だと思いますけどね…。でも確かに近寄りがたいオーラあるかも。姿勢も謎にいいですし怖いというか」
「でっしょー? 眼鏡だから余計に冷たい感じがするの。周りの男はオジサンばっかだし若い男を楽しみにしてるとこあったのに、あれじゃあ意味ないじゃないの」
中年女性職員は聞こえていないと思い込んでいたが、有沢さんの耳には自分への悪口が入っていた。
地味、暗い、無表情、何考えてるかわからない。結構言われてきた言葉である。これが本当の自分なのだから仕方がない。
でも……。
昨日の舞台写真に映る自分の姿が一瞬過った。 退勤後、いつもの牛丼屋でセットメニューを食べながら、有沢さんは黒崎バレエアカデミー入学案内に記載されたレッスンスケジュールをみた。
初心者大人クラスは、体験レッスンでお世話になった河合ナナ先生、そしてもう一人佐藤紗江子先生が担当していることが分かる。
「今日もレッスンはあるみたいだな。紗江子先生っていう人か。
そういえば黒崎の先生からジャージを注意されたし、バレエ用品店でタイツ買いにいった方がいいかも……いや、他の男性生徒は短パンとかだったし、別に義務じゃないよな」
10年ぶりに大人になってからタイツというのは恥ずかしさからくる抵抗感しか無いため、出来れば履きたくはない。
お尻の輪郭や股間のふくらみが分かってしまうような代物を平気で履ける男性はさほどいないだろう。
今日もとりあえずジャージでいいかと思い、有沢さんはレッスンへと向かった。 「ほぉ〜ら、鏡を見てごらんなさい。右に比べて左のアラスゴンが甘い。
腿から開いて〜、開くのよぉ〜。この起点からゴムのように伸ばして〜。
アキレス腱は縮めない〜ぃぃぃ」
黒ジャージの有沢さんの左脚を、紗江子は外へ外へとなでながら言った。
スパルタ教師にトラウマがある有沢さんだが、
子供のころに苦手だった中年男性教師の威圧感と、
紗江子先生の厳しさは、ちょっと質が違うとは思った。
しかし、やたら触られるのが、ちょっと恥ずかしい。
「今の5番なの?5番のつもりよね?全然、5番に見えなかったからやり直し!」
昔、聞いたようなことを言われても、紗江子が見せるポジションは
はるかに美しく説得力があった。
「らせん状のパワーで、かかとを前に床に入れ込んで!
ひざ下ふくらはぎにも、らせん状フィラメントを通して!」
マダム達は、有沢さんを見て
「また、紗江子先生のおもちゃが来た…」と気の毒がっていた。 田中さんはロビーの掲示板に貼ってある小さなプリントに気がついた。
『全国〇〇コンクール ジュニアの部 入賞4位、松谷きなこ』
「きなこちゃん、これ!すごいなあ!おめでとう!」
「ありがとう!中学のときは全然ダメだったから、うれしい!」
きなこは笑顔で言った。
「ヤマカ先生と踊った日から、世界のなにもかもが違って見えるの。
広くて深くてカラフルで、いろんな音色にあふれてて…
なんて言ったらいいのかわからないけど、五感が一度に目覚めたみたい。
それに、Aクラスに入ってから、ぼんやりわかってたことがクリアになってきて。
紗江子先生って怖い人だと思ってたけど、すごい先生よ!」
初めて会ったときは、ほんわかした幼い少女に見えたきなこが
ダンサーとして美しさと自信にあふれ、どんどん輝きを増していくのが
田中さんにもわかった。
「すごいなあ。10代って。そんな風にあるとき急成長を遂げるんだね」 俺もきなこちゃんみたいに頑張らないとな…。
それこそコンクールとかにもバンバン出て、自分を鍛え上げるのもいいかもしれない。
「そういえば、夏のバレエカーニバルで、ヴァリエーションを踊れるらしいよね。俺も挑戦してみよっかなぁ」
「是非やってみてください! それにヴァリエーションクラス、紗江子先生が担当なんです」
それじゃあ行かないわけにはいかないな。
いきなりコンクールに出場するのもどうかと思い、田中さんはまず手始めにヴァリエーションをカーニバルで踊ってみることが重要だろうと考えた。
ヴァリエーションはたった一人で舞台に立つというプレッシャーもある一方で、田中さんは絶対配役されないであろう“白タイツの王子様”の役が出来る貴重なチャンスなのである。
「よし! 俺の圧倒的な王子様感を先生達に見せつけて、発表会で王子の役をもらえるようにしないとな」
さっそく田中さんはヴァリエーションクラスの申込書を書いて事務に提出した。希望欄には「白タイツの王子様」と書かれていた。 「うちの子、3歳から12年も習ってるのに一度もソロを踊らせてもらえない。
同じ子たちが、毎回良い役を独占するんだもの」
という、ある保護者のぼやきを耳にして、
二番手三番手グループの生徒にもチャンスを与えようと
ター子が企画したのが『夏のバレエカーニバル』。
利用する会場は小さめで簡易なかわり費用も抑え、
生徒の希望のバリエーションを中心に
パドドゥ、コンテ、自作の振付作品も発表できる企画だ。
「予想よりも、参加希望者が多くてびっくりよ。
しかも、大人の初心者まで…」 田中さんは早速バレエショップ・ルルベで男性用白タイツを物色していた。
ヴァリエーションクラスで王子を踊るというのは決定事項ではないが、田中さんの気持ちは王子になることでいっぱいであった。
「こういうのってサイズが分からないんだよな…。目安とか特に書いてないもんな」
「にしても俺もとうとう王子様か…」
田中さんは、白い衣装で華麗に踊る自分を想像しながら一人にやついていた。 「サー子先生、今週ランチ行かない?」ター子に呼び止められた。
「ター子先生久しぶりじゃない?明後日ならOKよ!事務所にいるわね....」
紗江子とター子は食後のティータイムに突入していた。
「…でね、きなこちゃんには是非PDDで参加して欲しいの、ベテランのオオツマ君と組ませたいのよ!」
「あら〜素敵、オオツマ君とだったら安心ね、きなこちゃんにとっても良い経年になると思うわ!」
「OK,じゃあ近々4人でミーティングしましょう!」
「ター子先生、その前に大人だけで軽く打ち合わせしましょうよ!バータイムで!!」
「そうね、演目とか相談しといた方が良さそう!イトは来週末までシャモニーだけど、オオツマ君は大丈夫だと思うわ、アレンジするわね!」
..... (タイポでした)
「あら〜素敵、オオツマ君とだったら安心ね、きなこちゃんにとっても良い経験になると思うわ!」 「古典の王子様は、美しい容姿、正確なポジション、高度なテクニック、
それに気品のあるプレゼンス、全て備えた人が踊るもんでしょー!」
田中さんの希望を見た紗江子は呆れて言った。
バレエ団時代からの同僚の塩田も
夏のバレエカーニバルの指導担当の一人だ。
「これは、生徒のモチベーションを上げるための企画だから。
田中さん?ニワトリやコッペリウスの代役やってた素人男性?
ずいぶん、がんばってるますね」
「いくら、生徒の希望をくむと言っても、
バレエとして、超えてはいけない一線ってものがあるわよ。
あのガニ股に白タイツ…、考えただけでもおぞましい」
「時代が変わって老舗教室が廃れていくのを見るとね、
これだけ大勢の生徒数をキープするには
新しいビジネス戦略ってものが必要なんだよ」
「ビジネスと芸術を天秤にかける…なんて時代かしらね!」
紗江子の嘆きは止まらなかった。 「父は、高校卒業したらイギリスに戻って
大学に入ってビジネスマンになれって言うんです」
リチャードはオオツマさんに相談した。
日本のバレエ団との労働条件の違いを聞いて
ヨーロッパでオーディション巡りを計画していた矢先のケガだ。
数カ月たっても右かかとの痛みは消えず、
まだレッスンにも復帰できていない。
「ああ、覚えがあるな。僕も昔ケガしたときに
それまで音沙汰なかった父親が、うちの会社で働かないかって。
言葉には出さないけど、ずっと心配してたんだろうね」
「それで納得してバレエダンサーやめたんですか?」
「あっさり納得したわけじゃないよ。
会計士の兄が継ぐものだと思ってたし。
ただ、兄は家具や商品には興味ない人で、
僕は子供のころから家具やインテリアが大好きだったから
父もそういうとこを見てたんだろうね。
でもね、リチャードくん、
人が何を言ったところで、自分の人生を決めるのはいつでも自分だ」 「は…はっくしゅんっ!!」
誰かが俺の噂でもしてたのか? 田中さんは突然のくしゃみでそんなことを考えた。
「白タイツの王子様を踊るにしても、バレエは王子様いっぱいいるもんな〜。どの王子様がいいだろうか? どれどれ…」
男性ヴァリエーションを紹介したバレエ雑誌を立ち読みしながら、
王子の衣装に身を包んだ美しいダンスール・ノーブルたちの写真に自分を重ねながら妄想を膨らませる。
「やっぱり、きなこちゃんを感動させた、クルミ割り人形二幕の王子のVaだろうか?」
>>156 「今さらグランパドドゥは勘弁して〜。
引退してから17〜8年もたって、もう40過ぎだよ?
仕事で新しいプロジェクトを進めてて、レッスン回数の確保がやっとなのに」
田中さんとは正反対に、
現在の実力をわきまえるべきだと思っているオオツマさんは
電話で山加糸吉に演目の相談をしていた。
「動けるうちに踊っておけ、っていう考え方もあるよね。
男は跳べなくなるとお終いだから。
40半ばくらいだと相当辛くなるって聞くよ」
「脇役やキャラクテールならともかく、
毎日3時間も練習してるジュニアに混ざって
はるか昔に引退した元プロが、中途半端な古典を見せるのもどうかと思うね」 「きなこちゃんなら上手いし軽いし、アダジオは問題ないと思う。
軸もしっかりしていて、あんなに扱いやすい子は滅多にいない。
白鳥2幕のアダジオはどうかな?
グランも人生最後だと思ってやってみればいいじゃないですか。
ザンレールもアラスゴンターンもまだ問題なくできるでしょ」
「そりゃ、できるけど。ピーク時よりはかなり劣化してるよ」
「まあ頑張ってください。ダブルター子の期待を背負って」
「やれやれ」オオツマさんは電話を切った。
動けるうちに踊っておけ、か。
直後、仕事の電話がかかってきた。
「はい、オオツマです。ええ、明日10時から現地で内装の最終調整を…」 エキゾチックな色彩感にあふれたメロディー、
これほどまでに、俺にチャイコフスキーが似合うのはなぜなんだろう。
やはり、王子様は色気のある表情が大事だな。
客席の端から端までなめるように、
俺の甘いマスクで謎めいた流し目でもしてみるか。
田中さんは鏡の前で王子様になりきり、イメトレと称して百面相を繰り返していた。 「きなこ、コッペリア良かったわよ。コンクールもおめでとう」
「ありがとう!ママ」
きなこの母親は、有名バレエ団の長くプリンシパルをつとめる
大バレリーナ松谷瑠璃子。今年44歳になる。>>10
瑠璃子がきなこを褒めるなんて、滅多にないことだ。
「他の子のママは、楽屋でも化粧がどうだ衣装がどうだと大騒ぎなのに、
ママは私のバレエに全く興味ないのかな?」
幼かったきなこが寂しく思うほど、
瑠璃子は娘のバレエに一切口を出してこなかった。
松谷家の食卓には、バレエダンサーの身体を作るために
栄養学的に吟味された料理が並んでいる。
良質なタンパク質、ミネラル、鉄分が取れるように
たっぷりの野菜や海藻、豆類、魚などが使われる。
「松谷瑠璃子の名前でチケットが売れるのだから、絶対に舞台に穴はあけられない」と
この25年間、瑠璃子は日々健康には細心の注意を払ってきた。
その背負ってきたものの大きさを、
きなこは最近になって、少しずつ理解してきたところだった。
「きなこ、次の舞台でママは現役を引退するわ」
「え?」
きなこは耳を疑った。 3年前から、松谷瑠璃子は現役ダンサーを引退したい、
バレエ団付属バレエ学校の教職に専念したい、とバレエ団に申し出ていた。
完全に手遅れになってしまわないうちに、バレエ団には世代交代が必要だ。
プリンシパルは、実力、魅力、人気、スタミナ、安定感、精神力、
すべてを兼ね備えた人でなくてはいけない。
誰よりも完璧で、毎回、素晴らしく踊るのが当たり前。
看板スターである松谷瑠璃子は長い間そのプレッシャーとともに生きてきた。
「ママはまだまだ素晴らしく踊れるのにもったいないわ」
「誰だって、肉体は衰えるのよ」
瑠璃子は珍しく、きなこに優しく微笑みかけていた。
「きなこ、今年の夏は海外のサマースクールに行ってみるのもいいわね」 黒崎バレエアカデミーの掲示板に、ヴァリエーションクラスの詳細が張り出された。
「やった! キトリのVa。ずっとやってみたかったんだ!」
「私はフロリナ王女のVaみたい!」
小学生バレエ女子たちが自分が割り当てられた曲に興奮する中、
田中さんもワクワクしながら自分の踊る曲を探していた。 実はこの日のために白タイツを持参している田中さん。
晴れて王子様デビューするヴァリエーションクラスで自身の白タイツ姿を公開する気でいっぱいであった。
楽しみだな〜と呟いていると、自分を呼ぶ声で振り返った。
「あ! 蓮くんじゃん。本当に久し振りだね」
「田中さんこそお久しぶりです。田中さんもヴァリエーションクラスを?」
「もしかして蓮君も?」
「ええ。『ドン・キホーテ』のバジルのVaをするんです」
運動神経もよく明るく爽やかな高瀬蓮は、ドゥミキャラクテールの役がよく似合う。スペイン系はより彼の魅力を引き立てることだろう。
「蓮君カッコいいし凄く似合うだろうなぁ。ジプシーの役も見ていて本当にプロダンサーみたいだったし」
「褒めすぎですよ田中さん」
高瀬は苦笑した。上級者に混じって踊っていると、自分の実力の無さを思い知らされてきた故に、素直に誉め言葉を受け止められなかったのだ。
「田中さんは何の曲を?」
「俺はね〜」
もう一度張り紙の方に向き直り、自分の名前の横にかかれた曲名を見つけると、田中さんは気味の悪い笑顔を作る。
「『くるみ割り人形』二幕の王子のVaだな!」 きなことオオツマさんは、白鳥の湖二幕のアダジオに決まった。
中学で踊ったジゼル以来、人間でない役にはかなり苦手意識があるきなこだが >>77
尊敬するヤマカ先生の提案だと聞いて、思い切って挑戦することにした。
「白鳥は古典の中では最も難しい役どころ。
誰でも踊れるわけではないけど、ダンサーとして大事な勉強になる」
ママはそう言ってたっけ。
オオツマさん、私より25歳も上のベテランで、
私もかなり背が伸びたけど、188cmもあるっていうから身長20cm差。>>474
「今回は、仕事の都合は大丈夫なのかしら。
大きな大人に運ばれてる子供みたいに見えなきゃいいけど」 俺は常々、王子たるものどうあるべきか、考えて生きている。
ただ、恵まれてるだけの美男子では、王子にはなれない。
ネズミの呪いによって醜いくるみ割り人形に姿を変えられても、
国民を愛し、国を守るため、ネズミと果敢に闘う、
その勇敢な心と行動ゆえに、信頼され慕われ尊敬されるのだ。
それが高貴なる者の道徳観、ノブレス・オブリージュというものだ。
「おばあさん、こちらの席にお座りください」
田中さんは立っているのが辛そうなおばあさんに電車の席を譲った。
「あらまあ、悪いわねえ」
「俺は、常に国民の幸福を考えている王子様だから当然です」
とうっかり言いそうになったが、
「どーぞどーぞ」と言うにとどめておいた。 良いぞっグッジョブ田中氏!
それでこそ、民に慕われる王子様だ
ボロは着てても心は錦と昭和歌謡にも唄われているのだ! そうしてヴァリエーションクラス当日
田中さんは白タイツ姿で現れたのである。
その瞳の奥には覚悟と、自分は高貴なる王子であるという自信に満ちていた。
いつもは猫背の田中さんであったが、その日は別人のように姿勢が美しい。 土曜日の昼下がり。
柔らかい白い陽光が差し込む中、純白のタイツを履いた彼の姿に、その場にいた誰もが息をのんだ。美しかった。
いったい彼は何者なんだ……?
気品、威厳、誇り、田中さんが纏うのは何も白タイツだけではない。
彼はニワトリを観察し自分のものにしたと同様に、王子となったのだ。 「おはようございます。紗江子先生」
高貴な微笑みを浮かべ、美しい姿勢で歩き出す田中さん。
声のトーンもいつもと異なる。
ディズニーアニメの吹き替え版ビデオを何度も見ながら
夜な夜な練習を重ねた王子様の声だ。
先週はひそかに舞浜のディズニーランドに男一人で出かけ
パレードやショーに出演している外国人キャストの王子様の微笑みとふるまいを
完全にマスターしてきた。
「ど、どうしちゃったのかしら…なんだか別の人みたい」
紗江子は困惑していた。 はたして、この物語の主人公・田中さんは、冴えない初心者ダンサーから
プリンス・オブ・黒崎バレエアカデミーへと変貌を遂げたのであろうか?
田中さんはアカデミーのビデオライブラリからビデオを借り
名高いスターの動きを熱心に真似してきた。
その、類まれなる観察眼、執念にも似た探求心は、
もはや匠の技とも呼べる領域だ。
「次は田中さんの番ね」
田中さんは優雅にうなずき、自信に満ち溢れた微笑みを浮かべ、
スタジオの上手側から美しく歩き、スタンバイした。 なんということでしょう。
匠の手によって、完全にコピーされた王子様の華やかな表情。
「う、美しい…」
その輝く存在感に、スタジオにいた他の生徒たちから溜息がもれた。
曲が流れる。
田中さんは、おもむろにストゥニューしたあと、
ザンレール、シャンジュマンと続けた。
「あっ、残念…」
すぐに、別の溜息がもれた。
骨格や筋力、テクニックまでは、さすがに真似しきれなかったようである。 最初の3秒しか持たなかったのね
でも、在籍期間がわずかなのに一人で本質をつかんでいくのはすごいわ
王子のバリエーションではなく習得度に応じたパしか入っていないエチュードなら
最後までなんとか見られるものになったかもしれないけれど
それではモチベーションが保てないのね大人は
キラキラしたお目目で見ていたタキ子先生が、すぐにプイっと目をそらしたのを
受付嬢は見逃さなかった その時、受付の後ろに珍しく塩田と諏訪二人の男性講師が通りかかった
ニワトリ君終わっちゃったのか・・・残念間に合わなかった
どうだった?
最初の3秒は完ぺき・・・かどうかはわかりませんが王子様だったと思います
うん、そんな感じだっただろうね
受付嬢はふと聞いてみた
大人って子どもさんみたいなエチュードやらないんですか?
二人は顔を見合わせて答えに困っていた
あれはね、ポヨポヨしたひよこみたいな可愛い子どもたちだから許されるんだ
緩んでたるんだ鍛えていない&基礎が無い大人には何よりも無理on無理なんだよ
だって見るに堪え
諏訪が塩田の脇腹をこつんとして、二人はそそくさと立ち去った 「えーっと…、うーん…」
紗江子はこめかみを抑えながら、田中さんにかける言葉を探した。
田中さんが頑張っているのはわかってる。
田中さんの致命的な欠点は、骨格がバレエに向いていないこと。
曲がった脚に、カチコチに固い身体。
「ポジションを正確に」と下手に指導すれば、
熱心なぶん無理を重ねて、やがて関節を痛めるだろう。
程度の差はあれ、紗江子は若いころからそんな人をいっぱい見てきた。
それでも「できる範囲で、バレエを楽しんで♪」
という指導は紗江子の性分には合わない。
どんなレベルの誰でも、より高みを追い求めるダンサーであってほしい。 「諏訪先生は無理して5番に入れなくてもいいって、言ってるのよね。
その、田中さんのベストの5番ってどんなの?」
田中さんが5番に立つ。
紗江子にとってはそれは5番ではない。
ハの字に足を開いた3番(のようなもの)だ。
まったく、何が悲しくて
その脚でバレエをしようなんて思いついたのかしら?
「…じゃあ…、そこまではやって。足をタテにしないで」
紗江子は苦悶の表情を浮かべた。
「ストゥニューで、せめて前足だけでもかかと見せて、5番に降りる。
トゥールは、1回転でもいいから、脚重ねて、ちゃんと5番に降りる。
シャンジュマンも、1回ずつ、必ず5番を踏む」
その日、田中さんの持ち時間の間に、紗江子はひたすら「5番」と言い続けた。 「諏訪先生、ちょっといいですか?」
何か考え込んでいるのであろう、何とも言えない複雑な表情で、紗江子は諏訪に声をかけた。
「前からの事で、今に始まった話じゃないんですけど、私、悩みと言うか迷いがあるんですよね」
「ええ」
諏訪は軽く頷いて、続きを促す。
「今日、田中さん指導してて思ったんですけど、いくら何でも、もうちょっとターンアウト出来ないと、何をやるにも厳しいなと。今更ですけど」
「5番入れて、ターンアウトして、って大人に強く言って膝壊されても、とは思うんですけど、特に男性だとムキになりがちな気がして。でもあれじゃあ流石に」
「あれって、もうちょっと、どうにかならないですかね?
何か、やり方によっては何とかなるものなんでしょうか?それともやっぱり無理ですかね?」
「それは…分かります。僕の悩みでもあります」
神妙に諏訪が言う。痛い所を突かれた。
無理して5番に入れなくていいと、自分は確かに言う。しかしそれは現状のままで、改善する努力を何もしなくても良いという意味ではない。断じてない。
とは言え、改善の為に何をすればいいのか、出来ることには何があるのか、自分は十分示して来ただろうか?どうせ出来るようにはならないと、最初から諦めてしまってはいなかったか? 「本来男性の方が骨盤は狭いし外旋できるし有利なんですけどね。ああいうタイプの成人男性の場合、何より筋肉が硬くて、伸びない筋肉が関節を抑え込んじゃうんですよね。」
紗江子は蓮を思い浮かべた。そう、男性でも筋肉が柔らかくて可動域が十分活用出来る。
「女性だと大人でもまだ柔らかいから、ストレッチしていくといい線まで行けますけど…」
「硬い男性だと努力しても厳しい?」
「そもそも努力しないんですよ。」
「えっ?えぇー?!」
「あまりにスタートが硬すぎて、女性や皆んなの前で出来なくて恥ずかしいのか、なかなか成果が出なくてモチベーションが続かないのか…
ストレッチは時間も食うし、地味だし、硬いし、痛いし、格好悪いところ見せたくないからいまいちやりたくない。そんな時間があったら、格好いい派手なワザの練習でもしたいと思うのかも知れません」
ああ… 男って…
こめかみを抑えながら、紗江子は今日の田中さんの姿を思い浮かべた。
最初は見事な王子。3秒しか持たない王子。真面目な顔で、ひたすら言われたことをやろうとする田中さん…
「田中さんはどうでしょうね。黙々と努力する人だと思いますけど。兎に角、観察力と形態模写能力は凄いです。」
「ニワトリ3秒王子」ボソッと諏訪の口から漏れた言葉に紗江子は笑った。
「諏訪先生、じゃあ田中さんのターンアウトストレッチ指導、よろしくお願いします!」
男のことは男同士に任せよう。紗江子は諏訪に押し付ける事に決めて、屈託のない笑顔を見せた。 ヴァリエーションクラスが終わり、田中さんは更衣室の床に腰をおろした。
どこか上機嫌な様子で、次の大人クラスレッスンを控えている素人バレエ男性仲間たちが「今日は嬉しそうですね。ヴァリエーションクラスどうでしたか?」と感想をきいてくる。
散々ではあったけれど、王子様オーラを振りまきその場にいるものたちの心を釘付けにしたところまではパーフェクトであったと田中さんは嬉しそうに答えた。
「プロであっても王子様な雰囲気のダンサーは一握りですからね。俺には素質があるって思ったんですよ!」
「田中さんすごいですね。私なんてヴァリエーションなんて自信が無くて……」
「俺も自信は無かったですが、自信がつくように研究しまくったんです。この日のためにディズニーランドに男一人でいったり、アニメの王子様や王子役ダンサーの踊りを見まくりましたよ」
田中さんは得意気な様子で語っていたが
周りはついていけないといわんがごとく少し引き始めていたのは言うまでもない。 「本物の美しいバレエを目指す」と
「できてなくても無理せず楽しく踊る」
その二つが、紗江子の中でどうにも両立しない。
開いてない5番でよしとする。
伸びない足先やひざでもよしとする。
そんな妥協が、本人のためになるのか?ならないのか?
その先に待っているものは、一体、
バレエなのか?バレエのような何かなのか? 「バレエを愛する心があれば、子供も大人もバレエダンサーですよ!」>>146
「私は、バレエを好きでいられることが
バレエに一番必要な才能だと思ってます」>>256
私はナナみたいな博愛主義者ではないわ。
昔、紗江子が1年間留学した学校では、バーから成績順に並ばされ
成績優秀者を優先的に指導するエリート教育を行っていた。
この厳しさが最高峰と言われるバレエ大国を築いたのだ。
紗江子は10代のときに、そう痛感したものだ。
「ま、考えても答えは永遠に出ないわね。
諏訪先生にまかせておきましょう」 「きなこ、ちょっと元気すぎる」
ほら!やっぱり!人間じゃない役が似合わないんだもの!
白鳥のリハーサルを始めたとたん、紗江子に指摘された。
「羽にそわせる首の角度、視線の移し方、胸の開き方、
全ての動きを、ひとつひとつ、見直していきましょう」
きなこの意識になかった細部の細部まで、紗江子は直し始める。
「湖の水を足の裏ですくって、水がしたたり落ちるようなデヴェロッペを」
大バレリーナの松谷瑠璃子の娘、きなこ。
幼いころから、真面目で上手に動く子ではあったけれど、
そろそろ子供っぽい踊り方から抜け出しても良いころだ。
そういう意味では、経験が浅くても
高瀬蓮の踊りには色気があるし、
田中さんも表現者としては、ある意味、天才的なのよね…。
「大丈夫。あなたの心も体も、今ダンサーとして成長したがってる。
きっと良い踊りになるわ」 「有沢さん、カプリオール上手ですね。
ビックリするほど空中姿勢がきれいですよ!」
10年ぶりにバレエを再開した有沢さん。
ナナにほめられても、相変わらず無表情のままだったが、
内心うれしかった。
デジレ王子のヴァリエーションで死ぬほど繰り返したパの一つだ。
ナナ先生みたいな可愛い素敵な人がオーロラだったらな…
実力差がありすぎて、一緒に踊るなんて、おこがましいけど… (ごめんなさい、カプリオールじゃないカブリオールcabiriol) うわぁ〜〜!今日はヤマカ先生が指導してくださる〜!
きなこは小躍りしていた。
コッペリアで共演して以来、きなこは密かに糸吉の大ファンなのだ。
鏡に映る顔は、興奮で紅潮してる。
ダメダメ、浮かれてる二ヤけてる場合じゃないわ。
真面目な顔してしっかり踊らなきゃ。
「一度、スタジオの電気を消して踊ってみようか。
広大なユーラシア大陸の、うっそうとした森の湖のほとり、
あるのは、月明りだけ…」
パチン!と電気が消された薄明りの中、
浮かび上がる糸吉の姿の美しさに、きなこは胸が苦しくなった。
「ある日突然、理不尽に自由を奪われる恐怖を想像してみて。
君はここから自力では逃げられない。
そんな中でも、他の娘たちを統率して守ろうとしている
オデットは、どんな人だろうね?」 ああ、ヤマカ先生は素晴らしいわ。
触られたところから、音楽が流れこんでくるよう。
「見知らぬ男が、君や君の仲間を殺すための弓という武器を持ってる。
だから、最初はとてもとても恐れてるんだよ」
ヤマカ先生の声は、まるで耳から心臓に入ってくるように身体中に響く。
「このリフトはオデットが飛び立とうとするのを
王子が引き留めているのだから、空へ逃げてって」
もし、世の中に魔力というものがあるなら、
ヤマカ先生と踊る、この瞬間のことを言うんじゃないかしら! 「きなこちゃんって、イトのこと大好きだよねえ」
レッスンの後、オオツマさんは糸吉にこっそりささやいた。
きなこが糸吉と踊って浮かれてたのはバレバレである。
「あはは。かわいいね」
糸吉は、10代のころのネリッサのことを思いだした。
僕の永遠のオデット、無垢なネリッサ。
一度でも、ネリッサと『白鳥』を踊っておけばよかった。
バレエの神髄とも言えるこのアダジオを、彼女と踊っていたなら、
ネリッサは、何をどんな風に伝えてくれただろう。 さて、いつもの初心者クラス。
最初の出会いから完全にスルーしていた
紗江子がようやく田中さんを指導し始めた。
「やはり、初心者クラスの指導継続は、俺のためだったんだ。
紗江子先生、ああ見えてもシャイだから、
一番気になる人に声をかけるのに、少し時間がかかるんだよな。
かわいいとこあるじゃないか」
勘違いを炸裂させる田中さんに対して、紗江子は、
「まがりなりにも、自分の担当でヴァリエーションを踊るのだから
上体だけでも、どうにかならないか」と悩んでいたのだ。
「田中さん、エポールマン。身体は45度クロワゼで、
胸から上を正面に、アンオーのひじを開いて…」
えっ!えぇーっ!肩関節すらもそんなに固いの。
その横で有沢さんは難なく自然なポーズを取っていた。
紗江子の苦悩は続く。 バレエを踊るのに適した骨格というのは確かに存在する。
踊りやすい骨格、美しく見える骨格。
ロシアのバレエ学校では、それこそ優れた身体条件のものが選抜されるわけだが、
仮に選ばれなかった身体条件のものでも訓練を重ねれば相応のものになる。
だが田中さんの場合、稀にみるバレエに壊滅的に向かない身体条件だ。筋肉が硬いだけでなく、骨格的にも向いていない。
黒崎バレエアカデミーにおいても、プロを目指すコースを希望する生徒の身体条件を審査するルールが存在し、それをパスした者のみがそのコースの受講資格が得られる仕組みだ。
また資格を得てからも、体重が適正に保てない場合は一般コースに戻らされてしまう。
初心者大人クラスの場合そもそもプロ養成コースでは無いため、田中さんのような生徒でも月謝さえ払えばレッスンを受けられるのだ。 「だいたいさあ」
素人おじさんたち三人寄れば、恒例のバレエ談義である。
「黒崎バレエアカデミーのレベル分けって、何か間違ってないか?
初心者クラスのあの高齢マダム、実は歴20年って言ってたぞ。
他のマダムたちも
『時間が合わないから』
『先生が好きだから』
『上のクラスが難しすぎるから』
と理由つけてみんな初心者クラスに居座ってるんだよ」
「だってさ、中級クラスやボーイズクラスには
プロもいるし、エリートジュニアが振替とかで来るんだよ?
俺も一度挑戦してみたけど、無残だったよ。
できないのは仕方ないけど、あの冷ややかな視線は耐えがたい…」
この時点から20年後まで、田中さんが初心者クラスにいるのは
そういう事情もあるのだ。 その頃有沢さんは、マダム達に囲まれて様々な質問を投げかけられていた。
上手くて若い男性生徒は、バレエ初心者クラスのマダム達にとっては興味の対象である。ある意味、あるあるな光景だ。
相変わらずの全身黒ジャージコーデの有沢さんだが、特にバレエの踊りやすさの観点から眼鏡からコンタクトにしてからというもの、冷徹な雰囲気が和らぎ話しかけられやすくなったのだ。
眼鏡をとった有沢さんは、ジュニア時代に王子役の似合うダンサーとして期待されてきただけに、どこか上品さと落ち着いた雰囲気さえする。華やかな高瀬蓮とはまた違った魅力の持ち主だ。
高瀬が太陽だとすれば、有沢さんは月といったところだろうか。
「大人から初めて今はジュニアの子たちに混じってやってる高瀬くんって子もいるから、有沢くんも頑張ってね!」
「まだ有沢くん若いんだから上目指さなきゃダメよ!」
「高瀬くんの方が筋力も運動神経もあってテクニックも凄かったけれど、有沢くんは何より一つ一つの動作に丁寧だし優雅よね〜」
「だけど男子はやっぱりダイナミックで力強くあるべきよ! 紗江子先生も仰ってるでしょ?」
長くやっているだけに初心者クラスのマダム達は、目も肥えており結構遠慮なしに色々言ってくるわけだが、ふだんは女性から避けられているためそういったことに慣れていない有沢さんは困惑した。 「タキ子さ〜ん、暫くお世話になります!」ター子の甥っ子豹が現れた。
>>421 >>434
「あらヒョーマ来たわね、早速みんなに紹介するわね.... 暫く練習に参加する甥っ子の豹です。オーディションビデオ作製の為、練習にも参加します。」 「うん!ポージングはすごくいいわ!」
高瀬蓮のバジルに紗江子は感嘆した。
これよ、これ!バレエ男子はこうでなきゃ!
鶴の首のように伸びた甲高の美しい脚。
ダンサーとしての色気!セクシービーム!
「ただテクニックは弱いところがちらほらあるわね。
アンディダントゥールは、少し前のめりがちだから上に伸びて。
1/4回転の余裕がほしいわ。
どのポーズも、もう0コンマ数秒、長く見せて。
肩越しに横顔を…そうそう」
高瀬蓮は滅多に見ないほどの逸材だけど、
まさかこんなに早く、これほどまでに目覚ましい上達を見せるとは。
「この前、小さなバレエ団のエキストラで闘牛士の一人として出演したんです。
その時のプリンシパルのテクニックに憧れてこの演目を選んだんですが
彼とは雲泥の差…僕はまだまだ、バレエになってない…」 きなこはレッスンから帰り、自分の部屋に戻ると、
ふと涙がボロボロこぼれてきた。
ときめきと興奮、悔しさと哀しさが、ごちゃごちゃになって襲ってくる。
ヤマカ先生、紗江子先生、オオツマさん、
みんな大人で、ずっと奥深くまでバレエの世界を知っている。
私はまだ子供で、鈍感で、
動いていても、踊ってはいない。
感じていても、その正体がわからない。
私は、まだ、バレエの何も知らない。 ヒョーマくんは、独特な雰囲気があるよね。
古典の王子様?
…とは、ちょっと違うかも?
あのしなやかな跳躍と着地は…
野生動物…いや、豹、そのもの。
あどけない顔してるけど、時々鋭く光る目は。
今にも日本を飛び出していきそうだ。 さあ、さあ、沢山お食べなさい!
ダブルター子とイト、オオツマ、ヒョーマは鍋を囲んでいた。
ヒョーマは黒崎スタジオに下宿しながらコンペに向けて特訓中で、コーチ山加、メンター大妻、応援団黒崎タキ子、保護者代理ター子とでまったりサタデーイブニングを過ごしていた。 「今日の鳥豚牛鍋のお肉はイトのところの山の奥農場からよ…ヒョーマ、コレ絶品よ…」
何故か鍋には水餃子が入っていた。
「檜さん、また新作ですね!それにしてもこの水餃子の皮もちもち…」
「ヒョーマは餃子好きってター子から聞いたからさ、イトキチ鍋に相性抜群の水餃子にしたんだよ!エビ入り!!」
「すげ〜肉肉肉エビ、野菜...あれ?これなんだろう??…」
「今日はデザートは何かしらねえ」
「おばあ様、そう来ると思って今日も用意してきましたよ!」
「ダーリンったら....」
「ヒョーマはワインはダメよ!」 「あの男の人が高瀬くんか…。自分と歳も変わらないのかな?」
ヴァリエーションクラスの様子をバルコニーから見下ろす有沢さんの目に、高瀬蓮のダイナミックで堂々とした踊りが目に入る。
エネルギッシュで、本当にバジルがそこにいるかのようだ。なんてカッコ良く美しい男性だろうか。
初心者大人クラスのマダム達の言っていたとおり、運動神経やセンスも高いことがうかがえた。彼ならばプロになってもおかしくはないかもしれない。いや、ならなければ勿体ない。
「有沢さん、おはようございます!」
高瀬の踊るバジルのヴァリエーションに魅入っていると、背後から声をかけられた。
明るく快活な若い女性の声…
「な、ナナ先生…おはようございます」
「早く来て見学なんて熱心ですね。もしかして、有沢さんもヴァリエーションクラスご興味があるとか? 私のクラスの田中さんも受けてますし、遠慮なさらないで良いんですよ? カーニバルまで時間もあります」
ニコリと可憐に微笑むナナ先生に、有沢さんは戸惑ってしまった。
「いえ、はじめて間もないですし、私なんてそんな…」
「有沢さんは自信が無さすぎなんですよ。羨ましいくらい、有沢さんは綺麗ですし舞台映えするんだろうなって。バレエの基礎もしっかりしていらっしゃいますし、そんなの勿体ないです」
一瞬ナナ先生の目が真剣に見えたが、すぐ目を細めていつもの彼女に戻る。
「それを言ったらナナ先生こそ…!
先生ほどの実力者が現役を退いたなんて、それこそ勿体ないです。私も先生が舞台で踊る姿をみたかった…」
「……」
「……すみません。つい」
ナナ先生は首を横に振った。
「そう言ってくれて嬉しい。まあ私も色々あって……何というか、私はバレエの楽しさを伝えたくてプロとして踊るより指導者になる道を選んだんです。実際性に合ってました」 有沢さんは、再びヴァリエーションクラスの生徒たちの様子に視線を戻し
「確かに、ナナ先生のような先生にご指導いただいて本当に良かったと思っています。
実は私は子供の頃バレエを習っていました。バレエ団付属の教室で……最初は楽しくやっていたんですが、先生の勧めで本部教室に移籍してからというもの地獄のような日々でした。正直バレエ教室に通うことがイヤになっていました…それで結局辞めたんです。
けれど今はバレエが楽しくて仕方がありません。それはきっとナナ先生のお陰です」
「ありがとうございます。でも私のおかげというよりも、有沢さんはきっと最初からバレエが好きだったんですよ。そうでなきゃ、きっと此処にいませんもん!」
確かにソレは言えていますねと有沢さんは笑った。普段であればこんな風に会話したり笑うなんてことも無かったが、有沢さんは不思議とナナ先生の前ではそういう自分を出せることに気付いた。
「というか、有沢さんまさかバレエ経験者だって隠しているつもりだったんですか? 動きを見れば、相当努力したことぐらいわかりますよ。
…ところで有沢さんに合いそうなヴァリエーションはなんでしょうね…?」
「ヴァリエーションクラス受けなきゃダメなんですか…?」
「もちろん任意ですよ。でもやりたいと思ったときに決めておいた方が良いかなと思ったので。そうですね…有沢さん、優雅でエレガントですし正統派が絶対合うでしょうね!」
「正統派…ですか……」
この歳で白タイツを履くのは流石に抵抗があるなと内心思う有沢さんであったが、
ちょうどヴァリエーションクラスのレッスン場では白タイツでクルミ割り人形二幕の王子を踊っている田中さんの姿があった。 「ん?なんだこのまばゆい光は?」
田中さんは、全身から輝いていた。
ヴァリエーションクラスの田中さんは、
お菓子の国を統治する超かっこいい王子様モード全開である。
醜いくるみ割り人形にされるという屈辱に甘んじていたが、
可憐な少女の勇気あるスリッパの一撃に助けられ
ついに、宿敵・ネズミ軍を撃退することができた。
この恩人たる少女に感謝の意をしめすべく、
我が国にお招きし申しあげましたで候!
さあ、俺の王子様としての真骨頂、
勝利の喜びと勇者への感謝の舞をご覧あれ!
「あれ…なんだか、妙な感覚だ…。
上手くはないよな?上手くはないんだけど、
なぜだか目が離せない…」 ヒョーマ、明日オオツマ君がPDDの練習に来るからレッスンに参加しない?
一人若くて可愛い子もいるのよ、ヒョーマと同世代よ!ヒョーマ来月お誕生日よね?早いものね〜来年中学卒業でしょう?良いタイミングで留学先決まると良いわね....
ダブルター子と豹は銀座オオツマアネックスのカフェ”アップルシュニッテン”の新作スウィーツ・ケーゼクーヘンを食べながら和んでいた。 そっか、そっか、ヒョーマはヴュルテンベルクバレエ学校の短期講習受けるのか!いや〜懐かしいな〜
あそこは僕とヤマカの母校だからね、喜んで案内するよ。ズッペンゲミューゼ(オオツマ家具銀座アネックスの名前)の買い付けもあるあから。
....
オオツマ君が連れて行ってくれるなら安心だわ〜 「現役を退いたなんて、勿体ないです。
私も先生が舞台で踊る姿をみたかった…」
有沢さんの言葉は、ナナの胸に突き刺さるものがあった。
河合ナナが以前在籍していたアメリカのバレエ団は、
自己主張が強く、強烈なパワフルダンサーばかり。
同期で入ったアメリカの女の子は
男子並みのダイナミックな動きが評価されていた。
「ナナ、あなたは、かわいらしくて器用に踊るけれど、
たとえ醜くても、もっと強いメッセージがないと伝わらない」
今までの踊り方を無理矢理ダイナミックに改造しようとして
混乱していき、自分の踊りを見失っていった。
ここで、子供や初心者にカワイーナ先生と慕われて
ありのままの自分が受け入れられた気がした。
だから自分も、生徒の個性も気持ちも否定せずに、大事にしよう。
ナナはそう思ってる。
それでもなお、ダンサーとしてやりきっていない感覚は
ずっと、ナナの心の中で消化されないまま、残っていたのだ。
>>255 一所懸命に踊る、バレエを純粋に愛する田中さんは、たとえ技術が拙くとも観る者の心を掴んだ。
有沢さんはそんな田中さんの姿を見て、己の自信の無さが恥ずかしくなった。バレエが好きだと言いながらなかなか前に進めない自分。
初心者である田中さんの足下にも及ばない。
「……っ!」
今ナナが、ヴァリエーションクラスを受けてみないかとチャンスを与えようとしてくれている。失敗を恐れて大好きなバレエの世界に飛び込めないなら、きっとまた後悔する。
「ナナ先生…」
有沢さんはナナの方に振り返る。
「ヴァリエーションクラス、私も受けたいです…」
「ふふ、承知しました。曲は私が選択しましょうか? それとも有沢さんがお決めになりますか?」
ナナがニコリと微笑む。 さて、ヴァリエーションクラス受講を決意してから有沢さんが選曲したのは
『眠れる森の美女』第二幕第17曲情景
カーニバルでは踊られることが珍しいデジレ王子のソロ曲であるが、有沢さんにとってそのヴァリエーションは特別であった。 先日、有沢さんが地方の実家に帰省したとき、
二つ上の姉が、彼氏を親に紹介しに連れてきた。
勤務先の商社で知り合ったらしい。
「ねえ、啓徒にも、職場に誰かいい人いないの?」
母も姉も聞いてくる。
「いないいないいないいない」
有沢さんは首を激しく横にふった。
デジレ王子でさえ、理想の結婚相手は
自分の領地内で見つからなかったのだ。
市役所なんて狭い範囲で運命の人が見つかるわけないじゃないか。
眠れる森の美女なら、お見合いおばさん、じゃなくてリラの精が
この人こそはと見込んで、オーロラの幻影と引き合わせてくれるんだが。 有沢さんは、眠りの二幕には思い入れがあった。
場面が100年後に飛んだと思ったら、
100年前と同じ妖精が出てきたり、
眠っているはずのオーロラと踊る。
小さい頃「ドラえもん」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の
タイムマシンに憧れていた有沢さんは、
時空が交錯して展開する物語が好きなのだ。
そして、オーロラの幻影と出会ったときめきのまま、
駆け抜けるように踊る、あのヴァリエーションには、
アントルラセ、グランジュッテ、バランセ・アン・トールナン
子供のころから大好きなパが詰まっていて、
少年だった遠い日の踊る高揚感、そのものだ。
ああ、青い風切って走れ、あの城へ! 「おばあ様ご無沙汰しています!サロンは相変わらずですね!!コレ、山の奥農場の新作のさっぱりスフレチーズケーキです....」
山加糸吉が黒崎タキ子のもとにやってきた。」
(内輪では黒崎タキ子のアフタヌーンティーを通称サロンと呼んでいる)
「イト、待ってたわ!オオツマくんもは少し遅れるって....
仕事じゃなくってお教室ですって!製菓の方の....
ヒョーマはレッスン終わり次第来るわ、また背が伸びたのよ、驚かないでね....」 いつもは無表情で地味な雰囲気の有沢さん。
いつからなのだろうか…? こんな風に思うようになったのは…?
今まで何もかもがグレーに映っていた。味気ない毎日、他人からは陰口を言われ、ただただ時間だけが過ぎていく現実しか自分にはないと思っていた。
世間の流行も、娯楽も、一時は心を充たすが有沢さんに巣くう虚無を満たせる程のものではなかった。時と共に色褪せ風化していくように、永遠とはいかない。
けれど今、夕方の橙の光を纏いデジレ王子を踊る彼はなんと優雅で華やかで、何より希望に満ちた表情であろうか。
幻影に対する希望。本当にそれが幸福であるかはわからない。今から本気でやったところでプロになれるかもわからない、もしくはそうなれることを期待されるかもわからないのに…?
それでも、バレエという一度は諦めた道を再び愛せた喜び、生きる意味を漸く見出したときの喜びがわき上がるのを感じた。自分の居場所が何処にあるのかわかり始めた安心も。 踊っている最中、一瞬バルコニーから見下ろすナナの姿が目に入った。
…と同時に、先日、ナナにヴァリエーションの希望曲が決まったことを告げたときの彼女の顔が脳裏に浮かんだ。
柔らかな微笑みをたたえながらナナはこういっていた。
「デジレ王子…有沢さんにとても似合いそうです。楽しみにしていますね!
私も…、まだここの生徒だった時代に『眠れる森の美女』のオーロラを踊ったことがありました。主役を踊れたのがアレが最後でしたけど…」
「…」
「本当に楽しかったんです。自分から現役退いた私がいうのもなんですが、有沢さんがデジレ王子を踊るっていうので、その時の楽しかった思い出がよみがえってきて」
楽しい…そう言っているのに有沢さんはナナからは物寂しげな空気を感じずにはいられなかった。
ナナにそういってもらえたことが正直嬉しかったが、彼女の何の力にもなれない自分が歯がゆかった。
あのとき何も気の利いた言葉をおくることさえ出来なかった。
ヴァリエーションクラスの受講生はそんな彼の踊りにみとれていた。
クラスレッスンを控えた上級者たちやジュニア達も、スタジオの前で足を止め、皆口々に彼はいったい何者なのだろうかと囁く。
黒崎バレエアカデミーについ最近入学したばかりの有沢さんを知る者はごく限られていたため、新しい顔というだけで興味を引くには十分だ。
その時、周囲が少々騒がしいと感じ姿を現したのは、松谷瑠璃子であった。
スタジオが窺えるガラス窓越しから、有沢さんの姿をみた彼女は首を傾げる。
「あの子…どこかで…………」 少々、かったる〜いという顔をしてバーを終えた
ター子の甥っ子のヒョーマ、15歳。
センターになると、がぜん活き活きし始めた。
野生の本能のまま踊ってるような激しさとしなやかさ、
全身バネのような跳躍力。
「ぅうををぉぉ?」
あまりのジャンプの高さに、他のAクラス生徒は驚嘆の声を漏らした。
「短期留学?あなたみたいな子は短期と言わずに
さっさと日本を出たほうがいいわよ」
紗江子はヒョーマを見て言った。 「すごい上手い女の子がいるなあ。
あんな叙情的な表現は俺の好みとは違うけど」
ヒョーマは、選抜されたAクラス女子の中でも
目立って動きの良いきなこにすぐに気がついた。
「オオツマさんと踊る子って、君?
オオツマさんなら、ちょっと重くても安心して運んでもらえるね」
と、全く、何の悪気もなく、普通に言ったつもりだったが…
ムッ!『重くても』『運んでもらう』…って失礼ね!
お年頃のきなこには、言葉のチョイスがよろしくない。 「そうね、オオツマさんは紳士だから。
本能にまかせて踊ってる人とは違うわ」
穏やかなきなこには、これでも渾身の反撃のつもりだ。
「踊りなんて、本能で踊るもんだと思うけどねー。
真面目な優等生が古典踊ってるの、クソつまんねーじゃん?」
きなこが小さいころから『真面目な優等生』と
言われてきたことを、ヒョーマは知らない。
何よ、この男の子、感じわるーい。プンスカ!
ヒョーマには、きなこがほっぺたを膨らまして
むくれている理由がさっぱりわからなかった。
「その顔、丸顔がますます丸く見えるね」
と、愉快そうに笑った。 きなこ、きなこでいいよな?
今日この後空いてる?いいよな、受付前で待ってる!よろしく!!
ええええええ〜っと、あああ?
豹はレッスンの合間に間髪をいれずきなこを誘い、待ち合わせまで仕切られていた。 きなこ、お疲れ〜
今日はこれから奥でお茶してお互いを知ろうよ!何となく縁がありそうな気もするし。。。
ああ、タキ子おお先生のところのアフタヌーンティーだから心配しないて!
ター子先生とヤマカ先生とオオツマさんも一緒だから。
「ヒョーマ、来たか!」
ヒノキアニい、きなこも誘ったよ。
豹はター子の姉の子で糸吉とも親戚、幼い頃から大妻檜とも付き合いがあった。 有沢さんを興味津々で眺めるヴァリエーションクラスを見学する上級者たちの中に混じって
一人不適な笑みを浮かべる若い女がいた。
ロシアの有名バレエ団に在籍しているようなプロバレリーナ並みの美しい容姿の女であるが、何処か人を寄せ付けない雰囲気を放つ。
「嗚呼…ケイトくん、案外懲りないんだね…。バレエはとっくに辞めたと思ったらまさかこんなところで……」
何処か嫌みめいた声色で呟く女は、今度は不満そうに長い脚で大股に歩きながらその場から去っていった。 「ナナはアルバイト助手として働いてるけど、
そろそろ黒崎の専任教師にならない?」
何度かそう言われても、ナナが断っていたのは、
バレエ団に戻りたくなる日が来るかもしれない、
その想いが断ち切れなかったからだ。
この先教え続けるにも、レパートリーの知識や経験が足りない。
20代も半ば、入団するとしたら年齢的にもギリギリだ。
国内のバレエ団は条件が悪いと聞いてるが
身体が大きいほうではないし、日本のほうが合ってるかもしれない。
あるいは、ダメ元でヨーロッパのカンパニーに挑戦…。
「ナナせんせーい」「はーい、おはようございます。
運動会の練習始まったの?日焼けしすぎないようにね!」
子供たちはとても可愛いくて悩む…。 「ヒョーマはいつからそんな技を覚えたの?」タキ子もびっくりしたようだった。
「だって大先生、古典の王子はみんなそうじゃないですか!ジゼルやバヤデールをみて育ったんですよ!」
.....豹の自然に身についた黒王子の資質に唖然とする面々と、将来を期待するダブルター子、豹ときなこ、若い二人もすっかり打ち解けていた。 うわーん、ヤマカ先生!スタジオの外でも、なんて素敵なのかしら。
オオツマさんはうんと大人で紳士だし、
2つ上のリチャードは、すごく気遣ってくれたし、
田中さんはいつも、「きなこちゃんは、すごいなあ」って褒めてくれたり
面白いことして笑わせてくれるのに。
中学男子って、なんだか、ガキっぽーい!
「きなこの踊り、Aクラスの女子の中でも鬼の迫力があったよ。
たまに陶酔しすぎて、異次元にいっちゃってるよね」
ヒョーマは、かなり褒めたつもりなのだが…
「それは、どうもありがとう?
ヒョーマくんがいると、スタジオがサファリパークみたいだったわ」
きなこは不満気な顔をして言った。
「きなことヒョーマ、もう仲良くなったのねえ」と
大人たちは面白そうに笑っていた。 有沢さんって、丁寧で綺麗な踊りをする人だなとは思ってたけど、まさかあれだけの表現力があったなんて……
先輩としても負けてられないな!
田中さんは踊りの雰囲気が以前と見違えるように変わった有沢さんに刺激され、よりインパクトを追究することを心に決めた。
「やっぱり芸術家は独創性が必須なんだよなー!」
ヴァリエーションクラスが終わり、皆が紗栄子にレベランスをすると、有沢さんが不穏な表情をした紗栄子に呼ばれる。
「有沢くん…」
「……はい」
恐る恐る返事をする。
「あなたは気持ち良かったのでしょうけれど、このままではダメだわ。ただの自己満足のバレエで終わりたいの……?」
紗栄子の鋭い視線が有沢さんに向けられた。それを見る周囲の生徒たちは皆息をのむ。ひょええ!!?と奇声を発する田中さんは除いて。 きなこ、着替えたら受付前な!
....
ちょっと、豹....
…
若い二人はいつの間にか”きなこ”と”ヒョウ”と呼びあい、レッスンの後毎回二人で待ち合わせていた。 その二人を眺める人物がそこにいた。
リチャードである。骨折をしてしばらくアカデミーに姿を現わさなかった彼だが、リハビリに奮闘し漸く日常生活に支障が出ない程度には回復していた。
だが、エリートジュニアのレッスンを受けられるレベルにはなれていない。それでもバレエを諦められない彼は、常にレッスンの見学を怠ったことはなかった。
「…きなこ……」
いつものリチャードであれば、ヒョーマにガンでも飛ばしていたところだが、正直今はそんな気力はない。
それよりも、明るく笑う太陽のようなきなこの姿に、荒んだ心が癒される時間を堪能していたかった。少しでも長く彼女の姿を見ていたかった。
「つい最近まで近くにいたはずなのに……なんだか遠い存在になってしまったな」 「きなこポテト食べないの?」
「私、揚げ物の摂取には気をつけてるの」
きなこがアイスティーをすすりながら言った。
「真面目だなあ。少しくらい食べたって、それ以上太らないよ」
「それ以上とは何よっ。
私をリフトできるようにちゃんと筋トレしときなさいね、プンスカ」
「ぼちぼちやってるよ。
成長期にあまり筋トレしすぎると良くないって、先生うるさいんだ。
ダンサーが大型化してるから、身長伸ばすのが優先だってさ。
まずは、コンクール終わってからだな」
「ヴァリエーション、見たわよ。ええっと、
リボルタード?ファイブ・フォーティ?っていうの?
跳びすぎてケガした男の子知ってるから、気をつけてね」
「あ、心配してくれてるんだ?」
「べっつにー」
そんな人懐っこい目をして、人の顔をのぞきこまないでよね。 ママ、きなこ海外のバレエ学校でお勉強したいの
ヴュルテンベルクバレエ学校の短期講習受ける子がいるのだけど、きなこも行きたいの。
黒崎のおお先生とター子先生にも相談してみたら、山加先生が紹介状、とオオツマさんが推薦状書いてくれるって きなこ、ママ嬉しいわ!きなこがやりたいなら思いっきりやってらっしゃい。 きなこが、母親の瑠璃子の舞台を観に行くのは久しぶりだ。
子供のころは祖母に連れられてよく観に行ってたが、
中学になってからは、コンクールにリハーサル、学校の勉強、
気持ちと時間の余裕がなかったのだ。
松谷瑠璃子の引退公演『白鳥の湖』
会場ロビーにあふれる、花、花、花…。
「まだ踊れるのに、引退には早いわよねえ」
「この前のカルメンも本当に素晴らしかったわ」
「妥協を許さない人だから、思うことがあったんでしょう」
と見知らぬおばさま方が母親のことを噂している。
立派なパンフレットには、母が今まで踊ってきた演目や写真、
大バレリーナとして活躍した二十余年の歴史が紹介されている。 「アニメーションって1秒24コマで構成されてるんだってね」
ヤマカ先生は言った。
「1秒1枚のパラパラ漫画じゃなくて、
1秒の時間を、数十枚の美しい画で埋めていって。
それがオデットに求められるクオリティだから」
どうして、もっと、ママの舞台を観ておかなかったんだろう。
ママは、こんなにも強靭なコントロールをもって、物語を魅せる人だったんだ。
心を打ち震わすパドブレも。
恐怖と希望の声も、魔力も発するアームスも。
観客の呼吸を止める一瞬の間も。
ママはその身体で、余すところなく見せてくれたのに。 「簡単に留学できるなんて、いい時代になったわねえ。
ママが18歳の時(1976年)に留学したときには、まだ1ドルが280円。
資産家だったひいおじいちゃんが、親を説得してくれたの。
情報もろくになくて、先生方のつてを頼って、
『絶対に、何かをつかんで、日本に帰ってくる』という決死の思いだった。
でもね、その覚悟と熱意が伝わったのか、ずいぶん目をかけてもらった。
その2年で、今まで見えてたバレエの世界が何もかも変わったのよ」 「有沢くん!アントルラセは、スパン!と上から空間を切って!
ほら、また脚が寄り道してる!」
「グランジュッテの脇が落ちすぎ!それじゃアラベゴン!」
「マネージュの軌道をクリアに、あっちこっち無駄な経路を踏まない!」
「踏み込んだグランバットマンの時点で軸足の、ここ!
ここよ!あなたが思ってるより骨盤が前!」
紗江子は有沢さんのお尻の下をぐいっと押しこんだ。
「うわぁ、紗江子先生の本気のスパルタモード…」
まわりの生徒はおののきながら見ていた。 今までこれといった運動をしてこず、尚且つ手足の長い有沢さんが身体をうまくコントロールしテクニックをこなすのはなかなか困難とも言えた。
優雅にみえて、実にハードなヴァリエーションである。
「ハァ…ハァ…ハァハァ…」
息のあがる有沢さん。
初心者クラスの生徒を此処まで厳しくするものなのかと周りは思ったに違いない。だが紗江子に、「初心者だから」「大人からバレエだから」といったものは厳しく指導しない理由にはならない。
有沢さんには身体条件、見映え、雰囲気、どれをとっても古典の似合うダンサーとしての資質が備わっていた。
高瀬のようにエネルギッシュではないものの、繊細で優雅、動作の一つ一つを丁寧に誇張もなくシンプルに、曲を奏でるように踊る。
紗江子はそんな有沢さんを目覚めさせないままそのままにしておくことは出来なかった。彼も
、あの高瀬蓮のように指導で変わるはず。
「今日はこれくらいにしましょう…」
「ありがとう…ございました……」
ぜえぜえと呼吸する有沢さんを見ながら紗江子は言う。
「このダサいジャージはやめなさい。本当にバレエを知りたいなら、身体ラインの見える格好にすべきよ? 前にも言ったはずよ? 何故言うことを聞かなかったのかしら!」
「…すみません……」
「それとプロを目指す生徒対象の選抜制クラスがある。明日から来なさい。…何も難しいテクニックをするわけではないから安心して。けれど基礎を徹底的に叩き込むわ!」 「きな、来たよ。招待サンキューな!」豹と大妻檜もやってきた。きなこのことは”きな”と呼ぶようなっていて、若い二人の仲の良さがうかがえた。
「きなこちゃん、招待ありがとう。舞台全体が見渡せる特等席だね。」
一足先に到着していたター子と糸吉とも合流した。
「ヒョウ、ありがとう!オオツマさんの素敵なお花ありがとう。まるで巨大なお花のオブジェ。。。ママも驚いてたわ!初めてだって。。。」
「あ〜あれね、実は多忙で秘書に頼んだら業界関係と勘違いしたみたいで。。」 北欧語では、Kinaは中国のことなのよね。
ドイツ語ならシーナ、イタリア語だとチーナ。
海外行ったら絶対「中国人?」って聞かれそうだわ。 「筋トレ?うん、もう始めてもいいかな。
太い筋肉になりすぎてはいけないけど、
なんせ、向こうの女子、ガタイの良い子も多いから。
ヨーロッパの北部だと平均身長が日本人より10センチ近く高いんだよ。
日本人男子は、みんなテクニックはすごいよ、回転が得意。
ただ、海外出ると、ちょっと小さかったり、ひょろい。
胸筋が貧弱だと、子供っぽく見えてしまう。
オオツマさんみたいに例外的に大きくて力の強い人もいるけど。
僕は、子供の頃は、パドドゥあんまり自信なかったなあ。
10代後半から、フリーウエイト中心に鍛えたり
ジムではマシン使ったり。筋肉は裏切らない」 「ヒョーマは身長どのくらいあるの?なんか最近身長伸びたわよね?ピューマでデビューした時はメンバーの中で一番小さかったわよね?
(<<421)
「この間測ったとき177センチだったけど....あと10センチは欲しいよ、きなとPDDやるためにもね....
たー子ちゃんとうちの母上も大きい方だから希望は持ってるよ....」
豹はター子の甥で、豹の母親はター子の実の姉である。母親のことは”母上”と呼んでいる。 豹くん、筋トレは早すぎるよ
まだまだ成長期なんだし、基礎レッスンと食事と睡眠が大事だよ、結局のところこれが僕の身長が伸びた秘訣でもあるんだよね。
…
豹は、メンターでもある大妻檜からアドバイスを受けた。 この夏15歳になるとはいえ、まだまだ子供なのよね
オオツマ君がいてくれてよかったわ!
ダブルター子とオオツマは恒例の土曜のアフタヌーンティーからのディナー、その後のまったりタイムに突入していた。
今日はヒョーマときなこちゃんは英語のクラスなのよ。
きなこママの引退公演を観てから何か変わったというか…
それにしても今日のコレどうしたの?何で?どうして手作りイチゴショートケーキがホールであるのよ??中3段じゃないのよ。 「以前は小柄なダンサーが目立っていたから
小柄が有利と言われた時代もあったのよ。
1948年生まれのバリシニコフは168cm、同年代の有名プリマが150cmだった。
紗江子先生は170cm超で、国内バレエ団では役と相手が限られたって言ってたわね。
最近よ。急に大型化が進んできた。ドイツだと高身長の国だからね。
即、ソリストとして踊れる実力があるなら高くても低くても良いんだけど…。
ダイアナ妃が178cmでバレエを諦めた話は有名だけど
まあ、それだと今でも組む相手は限られるわね…」 「リチャードくん、バレエ休んでる間に勉強して、
前の定期テスト学年1位だったんですってね。
留学生で言葉のハンデがあるはずなのに、頭がいいのね。
母国語じゃないのに、日本の古文が好きとか言ってたわ。
あの子なんだってできるんじゃないかしら。」 「豹くん、かっこいいよね」
「きなこ、豹くんとどこ行ってるの?」
「二人で、あやしー」
「今度は私たちも一緒に連れてってよね!」
「ええ、別にそんな…」
豹は女子には大人気である。
ところが男子たちは、
「ヒョーマって態度悪いよな」
「なんだあいつ、ここの所属でもないくせに偉そうに」
「事務所でお菓子食べてはしゃいでたぜ」
「タキ子先生の親戚だってさ」
主催者や教師の身内のあからさまなひいきは、中傷と嫉妬のターゲットとなる。
バレエ教室あるあるである。 「田中さんみたいな素人男性が王子様のヴァリエーション、
聞いたことも見たこともないわよねえ…」
「よくやるわねえ…」
初心者クラスのマダム達は、こそこそ噂していた。
それを耳にした田中さん。
「つまり、こういうことだ。
俺は、初心者男子の先駆者的存在となるのだ」
とかえってやる気を高めていた。
「新たな道を切り拓く人には、やはり疑問や批判がつきまとう。
しかし、俺はやるのだ!
素人男性の王子様という未知の領域を拓くのだ」 いいぞ!田中氏
素人女性のお姫様や妖精さんやおきゃんな町娘へのトライは山のように実例があるけど
男性バージョンはないから「足りない時どう見えるか」の研究が出来る
何がバレエをバレエたらしめているのかみんなで研究しよう! それにしても、
素人男性は逆に何のヴァリエーションを踊るのだろうか? なんということだ、こんな根本的な問題を見落としていたとは。
王子様じゃない男性ヴァリエーションとは、
海賊のアリ?タリスマン?ディアナとアクティオン?
余計難しいぞ?
白鳥パドトロワ?ジゼルのペザントか?眠りの青い鳥?
ラ・シルフィードのジェームス?
いずれも、跳躍と回転のオンパレードには違いない。
子供がよく踊るアレキナーダ、子供ほど可愛くはないからなあ。
ここは、奇をてらってブロンズアイドルあたり攻めてみるか?
ダメだ…あれこそ、究極の肉体美が必要だ。
くるみの中国やトレパックや白鳥のスペインは、
もれなく女子とセットにされるしな。この問題解決は、混迷を極める。
誰か天の声が解決してくれないものか。 有沢さんは、紗江子に怒られたときのことを思い出しながら、偶然立ち寄ったアップルシュニッテンでケーキセットについている紅茶を啜る。
時間帯もあるのか割と空いている店内で、有沢さんの溜め息が聞こえた。
「今日もキツかったな……。やっぱり応えるよ……ダサいジャージって」
メンタルが弱い有沢さんには、紗栄子の毒舌はつらいものがあった。
「けれど紗栄子先生……選抜制クラスに僕みたいな大人からバレエの人間を呼んでくれたし、子どもの時の先生と違って理不尽なことは言ってこない」
だが一方で紗栄子の指導者としての愛情も感じていた。そう感じられるようになったのは、有沢さんがバレエを本当の意味で好きになり始めたからというのもあるだろう。 パリの炎、サタネラ…、ヴァリエーションはあるのだが、
考えれば考えるほど、
男子は回れて跳べなきゃヴァリエーションになりません、
残念でしたまた今度、という結論になってしまうではないかっ! そういった事情もあり、素人男性たちはヴァリエーションクラスの受講を憚っていた。
けれど田中さんは持ち前のポジティブさとチャレンジ精神で、今王子様を踊っている。
「レベルに合わせて振付も考えてくれているんで、大丈夫ですよ! 俺だって王子様やってるんですし」
田中さんは遠慮している鈴木さんや中村さんまでをヴァリエーションクラスに引き込もうとしていた。 「ヒョウ、ごめんごめん、遅くなっちゃった〜」遠くから聞こえてきた。
黒崎アカデミーのメインゲートわきで待っていた豹のもとにきなこが走ってやってってきた。
「はああ〜実はクラスの女子二人と男子一人がついてきちゃってるの、どうしよう…」走ってきたせいか荒い息できなこは小声で豹に呟いた。
「問題ないよ、今日はピューマのレッスンだしせっかくだから楽しく参加してもらおうよ!」
豹はちょっとやそっとでは動じない性格で、嫉妬や妬みも一切気にせず意地悪してくる子とも何故か仲良くなってしまう超不思議クンであった。
「みんな、ヒョーです、よろしく。今日はピューマのレッスンなんだけどOK?服装は…それで大丈夫だけどウェアレンタルあるし。。シューズはレンタルだね」
あ、ジャンルはいろいろなんだけど今日はブレイクダンスね。」
……
一瞬沈黙があり、女子一人は参加せず帰っていった。
きなこはもう一人の女子生徒と男子生徒に経緯を話し始めた。
「実はね、コンテの勉強も兼ねて、時々ピューマのレッスンに参加させてもらってるの。最初は見学でもと軽い気持ちだったんだけど、みていたら踊りたくなっちゃって…」
「きな、じゃあ行こうか!」
気付けば一番若い豹が仕切り、きなこのクラスメイトであり年上の2人のことも呼び捨てに場を仕切っていた。ピューマの雰囲気が新鮮だったのか、みんなすっかり打ち解けていた。 「なんできなこが、白鳥なのよ?」
Aクラスでも気の強い女子、美姫子と麗佳は怒っていた。
「この前コッペリア全幕だって主役だったじゃない?
なんであの子ばっかりパドドゥ踊れるわけ?」
「あの程度踊れる子、他にも5人はいるわよね」
「有名人の娘だから特別扱いされてるのよ」
「あの先生たちに取り入ってんの、みんな知ってるわ」
「踊りはどんくさいのに、性格は計算高いのよね」
「そうよね、今は豹くんを狙ってんのよー」
今度はきなこの悪口である。
あー、やれやれ、この光景見たことがあるわ…
懐かしいカラミちゃん。
>>252
「あなたたち、くだらないこと言ってないで
レッスンに集中しなさい!」 「あのー、きなこちゃんそんな人ではないわ」
水野みやこがおそるおそる言った。
「きなこちゃん上手だもの…」
「ええー、コッペリアだって、みやこちゃんのほうが上手なのに
短い祈りのソロだけだったじゃない。
今回は、みやこちゃんのほうがパドドゥ踊るべきよ?
黒崎先生たち、ひいきと公私混同が過ぎるわ」
「そんなことは…」
みやこはそれ以上言うのをやめた。
苦手だわ。こういうタイプ。
悪口を言えば言うほど、アドレナリンが出て、
わけのわからない正義感が大きくなってしまう…。 そうなのよ、ヒョーマもピューマデビュー当初は身長164pのお子様だったのに1年ちょっとで10センチ以上も身長が伸びたら、この間なんてラフォーレの前でアムラー系のオネンさんにナンパされたんですって。
人生初のモテ期っていうの?見た目ばっかり大人びてるけどまだまだ子供だから…
あれがいけないわ、あれよ、スケボー持ち歩いてるじゃないの!留学前に怪我でもしたら…
…
ダーリン、今日のチーズケーキ最高よ!
…
タキ子さんに気に入ってもらえて感激だな〜今日はNYチーズケーキ習ってきたんですよ!
....
ダブルター子とオオツマはいつものアフタヌーンティーを楽しんでいた。 特集『愛する者と素敵な空間』オオツマグループ大妻檜が手掛けるキッチン
オール電話 vs. ガス ……
へえ〜オオツマくんはこんなビジネスも手掛けてるのねえ、お菓子教室もこんなところに活かせてるのねえ〜
僕、バレエ辞めた時の勉強で、家一軒プロデュースしたいと思って研究したんですよ〜
夏に豹ときなこちゃんをドイツに連れて行くから、その時母校のセミナーにも講師として参加してきます。 へえすごいわね
趣味とはいえ、ダンサーなのに、甘い物ばかり食べて遊んでるだけかと思ったわ。
私の知ってる社長さん達は分刻みスケジュールで忙しくしてるから。
よほど時間管理が上手いのね。 「素人男性の舞台かあ。
見た目重視で、何の演目でもいいっていうなら、
例えばさ、海外のヒット曲使って、簡単なジャズっぽい振付の群舞なら
わりとサマになると思うんだけどね。
タイツじゃなくて。ダンスパンツとシャツ、
ジャズダンスシューズやスニーカーでさ。
ただし、バレエとはジャンル違うよね」
「そうなんだよ、正統的な古典バレエにすると急にハードルが上がる」 女性たちは若くてもおばさんでも
「人の噂してないと死ぬのか?」
と思うほど、人のことネタにしてあーだこーだとおしゃべりするものだ。
そんなヒマがあれば、俺は華麗なピルエットを練習する。
まだ安定はしていないが、
昔すってんころりんしたよりは、かなりマシになったはずだ。
田中さんは紗江子の前で、自称華麗なピルエットをしてみせた。
着地の笑顔だけは、ちょっと華麗かもしれない。
「うー、田中さん、顔はまっすぐ立てて、
頭が斜めになると、頂点が大回りするから…」
ああ、相変わらずひどいわ…。
ルルべの低さ、パッセの開き、直すところが多すぎる。
一度に10個に言っても直らないから、我慢して1個ずつ。
でも少し、ほんの少し、良くなってきたのは認める。
目の錯覚くらいだけど…。 紗江子が教える選抜Aクラスのレッスンに
有沢さんは、いつもの黒ジャージではなく、
黒タイツ、バレエ用のストレッチの効いた白Tシャツ、
白ソックス白シューズというかっこうで現れた。 社長、欅会計事務所の大妻さんがみえました。
…
お、来たか、お茶菓子に下のカフェ”アップルシュニッテン”のアップルシュニッテンホットカスタードソース添え出してね。よろしく。
…
大妻兄弟の話題は若手社員のお茶請けになっていた。
大妻社長に大妻さんね、社長に負けないくらいイケメンだったわね
あら、知らないの?大妻さんって社長の実のお兄さんで、大妻欅(オオツマケヤキ)っていうのよ!
名前からして大妻一族じゃないの。彼は会計事務所を経営しているの。欅ねえ〜あ〜なあ〜るほど!
もともと社長候補だったらしいけれど、勤勉なお兄さんの方は、通称働かない会社でとおってるオオツマグループの社風に合わず、辞退したって噂よ。
ほら、うちの会社って残業禁止だったり、タイムマネジメントにうるさいし、10時と3時にティータイムとらないといけないじゃない?楽しくないと。。。って先代の。。。
ええ?何時も10時のチームミーティングって、お茶とお菓子が出るな〜と思ってたけど、そういうことだったのか。
ほら、今も3時でしょう?オオツマティータイムなのよ。
先代がね、効率悪く忙しい人は仕事ができない人です!山林工場で修行し直してきて下さい。って口癖だったとか。。 「有沢くんは、子供のころ何も考えずに反復したらできる子だったでしょ。
古い記憶の中の感覚に頼った大雑把な動きになってる。
これからは、一つ一つ自分が何やってるかを、意識してほしいの。
それから、リハーサルの多かったスクールにいた?
同じ方向ばかり練習してた跡が見えて、左右アンバランスだわ。
ジャンプや回転、なるべく両方同じようにできるように」 もしも田中さんであれば、白タイツで現れていたに違いないが、そこは有沢さんである。
無難な「ザ・バレエ男子」スタイルだ。
「新しい顔だな」
「誰だろ……? すげえスタイルいいな」
「どうせ紗江子先生のお気に入りで、スタイルと顔が良いだけの素人男だろ」
高瀬蓮への嫌みを言いながら、Aクラスのバレエ男子たちはスタジオに佇む有沢さんをジロッと見やる。
黒ジャージの時とは雰囲気が変わり、有沢さんの細身な身体が栄えて、より洗練され上品に見える。今の有沢さんに較べると、黒ジャージの有沢さんはダサい黒ジャージと言われてしまっても仕方がなかったかもしれない。
「あの人ってヴァリエーションクラスでデジレ王子やってた人じゃない?」
「そうそう!」
ヴァリエーションクラスで有沢さんの踊りを見ていた生徒たちが噂をしているその隣に、彼を死んだような目で見る人物が呟いた。
同じくヴァリエーションクラスを覗いていた時に不穏な態度を見せたあの時の女だ。
「ケイトくんは先生たちに凄く贔屓にされていて期待されていたわね…私達を馬鹿にするのもいい加減にしてほしいわ……」
光美マリア(こうみ まりあ)。
彼女は黒崎バレエ団の若きソリストだが、かつて有沢さんと同じバレエ学校に所属していた人物である。 有沢さんとマリアのいたバレエ学校は、向村バレエ団附属バレエ学校であり、東京を中心に幾つもの支部やカルチャー教室を持っている、有名どころだ。
バレエ団附属ということもあるのか所属生徒は次期バレエ団員として養成されており、一年に何度も舞台に立つことも珍しくはない。
古い体質の教室でもあり、贔屓など当たり前、それによるイジメや嫉妬も当たり前、教師による暴言当たり前の、地獄のような場所だ。
有沢さんがトラウマを植え付けられ、彼に自信の無さや劣等感を与えた元凶とも言える。
発表会でも、いつも主役や目立つ役を貰える生徒もいれば、いつまでもその他大勢の生徒もいる。「バレエ作品は、脇役あってこそ成り立つ」と言い聞かせられるものの、厳しい練習に対して皆子ども心ながら理不尽さも感じていた。
その中でも有沢さんそしてマリアは類い希な容姿とセンスから主役を貰うことも多かったがプレッシャーも酷かった。
紗江子は有沢さんにリハーサルが多いところなのではと訊ねたが、その予想は当たっている。
有沢さんは「はい、年に何度も舞台があったんです」と答えた。 ああ、ブルータス、有沢さん、お前もか…。
田中さんは、選抜Aクラスに参加する有沢さんを
うらめしそうに眺めていた。
前にもあった。この「置いけきぼりを食う」感じ。
高瀬蓮のときもそうだった。デジャヴー。
一番最初に来たときこそ、有沢さんは少し不慣れに見えたけれど、
紗江子先生に目をつけれらて、みるみる上達していく。
いや?元からけっこう上手かったのか? 「回れない・跳べない男子、ヴァリエーション踊るべからず」
なんて誰が決めたんだ?
マダムの言うには
「バレエ習ってる女性が、初めて観る大人の男性ダンサーは
ほとんどの場合、発表会のゲストのプロ。
なので下手な素人男性を観ると…ごにょごにょ」
素人女性はお手手ひらひらしてるだけで姫になれて
素人男性は上級テクニックがないと、王子になれない。
俺のように、気合・根性・夢見る気持ちがあるなら
王子様を踊っても、えーじゃないかあああ…。
田中さんは、声にならない声をあげていた。 「そうだ! こっそり参加して技術を盗んでやろうじゃないか!」
このままではいつまで経っても王子様にはなれないと、田中さんはおかしなことを企んだ。
生徒人数が多いことをいいことに、選抜クラスレッスンに忍び込むのである。
「やっぱり俺だってバレないようにするには他の人みたいに黒タイツと白シャツで参加しないとな! 流石に白タイツじゃ俺の美しさが目立ってしまう…」
田中さんは早速選抜クラス生の装いとなり、恰も元からこのクラスの生徒であったかのような雰囲気で、そっとバーについた。 先生から遠い位置のすみっこのほうなら、他の生徒たちに隠れて見えないだろう…。
いつもは軽く上げている前髪を、引っ張っておろしてみた。
「おっ、学生みたいに若く見えるぞ。これなら別人だ」 「え……誰、あの人…………?」
マリアが振り返った先に、ちょうど潜入した田中さんの姿が映った。
黒タイツに白シャツと他のバレエ男子と同じ装いなのだが、彼だけ別のものに見えていた。
その時マリアは、田中さんに一目惚れをしてしまった。 選抜クラスでは、成績順にバーの位置も決められる。鏡前は上位数名が許された場所だ。
「有沢くんは高瀬くんの近くのバーにつきなさい」
「はい」
有沢さんがつくように言われたのは下位のバー。そこには高瀬の姿もあった。
ヴァリエーションクラスで見知った顔にほんのちょっと安心を得たのか、有沢さんは高瀬に微笑んだ。
「高瀬さん、よろしくお願いします」
「有沢さんも来てくれたのですね」
「紗江子先生にこのままではダメだからと誘われましたし断れないですよ。それに……バレエ、上手くなりたくて」
有沢さんは苦笑いを浮かべる。 田中さんは、無駄にキョロキョロして目立たないよう注意しながら、
あたりをうかがっていた。
初心者クラスや素人おじさんクラスだと、服装も髪型も体型もまちまちで
クラス前はマダム達がおしゃべり大会でにぎやかなんだが…
このクラス、全然、雰囲気違うぞ。
男子は白シャツ黒タイツ、女子は同じ形の水色のスカート付きレオタード。
女子の髪型は、全員完璧に同じような高さのダンゴ?シニヨンって言うんだっけ?
まさに「学校」って感じだなぁ。 そこへ一人浮きまくりで場違い感半端ない少年が入ってきた。
ブルーとグレーの迷彩柄のルーズなジャージに黒いT シャツで胸元に小さく豹のシルエットのマークとBlack Pantherのロゴ、背中には大きな豹の顔…
ダンスグループ・ピューマのシャツを着た豹だった。 失礼します。先生、お言葉に甘えて参加させていただきます。
ヒョーです。みなさんよろしくお願いします。
見た目とのギャップがありすぎる丁寧な挨拶だった。 20代半ばにして、バレエ団に戻るかどうか悩んでいる河合ナナ、
日本のバレエ団にいる友達に聞いてみると、
ほとんどの場合、固定給はなく、必要経費は自腹。
親がかりかバイト生活だと言う。
プロが集まるオープンクラス「クストゥン・ハウス」の
ヨーロッパ人講師と話すと、
「君のアームスや音の取り方は、全くアメリカ的ではない。
ヨーロッパの中でも、古風な劇場のほうが向いてる」
と何か所か提案してくれた。
紗江子は「バレエダンサーの寿命は短い。
やり残した後悔するよりオーディション受けてみなさいよ」
と背中を押してくれた。 目立ちやがって!田中さんは心の中で呟いた。
豹は田中さんの隣に場所を確保した為田中さん、豹の一角が注目されてしまった。
事前に体を温め終え汗ばんでいた豹は、派手なジャージと厚手のTシャツを脱いだが、白いピッタリしたバレエ用シャツに薄いグレーのバレエパンツだったため、更に目立ってしまった。 豹が目立っていたため、こっそり無断参加している田中さんには
人の視線が集まらなかった。
田中さんはまんまと選抜クラスのレッスン参加に成功したのだ。 選抜クラスは、男女に分かれたり、2グループに分かれてレッスンすることも多いが、
この日は合同レッスンで、全員勢ぞろい。
外部の関連教室からの有望生徒たちも参加していた日で、
一番大きなスタジオに50人ほど集まっていた。 実は、田中さんの存在にすぐに気がつく人もいた。
初心者クラスでしばらく、一緒にレッスンした高瀬蓮だ。
「あれ?田中さんが、あんなところに…?」 「田中さん? 彼も紗江子先生に呼ばれたのでしょうか?」
有沢さんが高瀬の視線の先を見ると、確かに先ほど入ってきた豹の存在感で気づかなかったものの、田中さんらしき人物がいた。
“らしき”なのは、いつもの髪型とは違っており印象が違っていたこと、そっくりさんという可能性もあったからだ。
「では皆さん、レッスンをはじめます!」
紗江子がそう声を張り上げると、ピアニストが曲を奏で始め、一同はそれをきくなりサッと真っ直ぐ立ち音に合わせてレベランスをした。
ピタッと息のあったそれは、短い時間のレベランスといえど、なんと美しいことか。舞台の一場面をみているかのようだ。 プロを目指すジュニアたちの毎日は、日々闘いである。
自分に妥協を許さず、ひたすら上を目指す。
選抜クラスでは、容姿に恵まれ、テクニックに優れ、
将来性のあるトップの生徒たち中心に指導される。
それを追う者たちは、毎回自分の最高のものを出し、
上達するさまを見せなければ、上位グループには上がっていけない。
初心者クラスから呼ばれた高瀬蓮や有沢さんは下位グループ。
この、ピリピリとした緊張感は初心者クラスにはないものだ。 ★素人おじバレ日記男子キャラモチーフ★
独断と偏見
田中さん 本作主人公
モチーフバレエキャラ:くるみ割り人形の王子
高瀬蓮
モチーフバレエキャラ:バジル
有沢さん
モチーフバレエキャラ:デジレ王子 >>747
ヒョーマくんのイメージが浮かばない
どうするか (バレエ界の真面目さが合わず
ジャニーズやミュージカルやエンタメ系のダンスへ行く子のノリに見えるけど
さて?) 男子が多い黒崎バレエアカデミーとは言え、
今日の選抜クラスに集まった50人の内訳は、男子15人、女子35人。
男子は高瀬蓮や有沢さんのように、容姿と身体能力、
伸び代を認められると入れることが多いが、
女子のほうは、生き馬の目を抜くような競争倍率である。
15人の男子の中に紛れ込んだ田中さん、
バレるのは時間の問題だろう。
彼は、ここで何かを得ることができるのだろうか? 豹のコンペの演目はジゼル・ペザントのvaなのよ、おばあ様
イトとオオツマくんが絶対コレって
ねえ
…
ダブルター子と大妻檜は、フランス出張から帰国した山加糸吉を囲んでアフタヌーンティーからのまったりタイムに突入していた。
…
そうなんですよ、おばあ様
オオツマがブルーバードやジェームスを提案してくれたものの、豹のナンバーワンドリームロールはジゼル・アルブレヒトって言うもんだから…
そうだったの、まあイトがOKだしたのなら心配無用ね
オオツマ、今日のコレ何?
これは昨晩焼いた十字軍クッキーだよ、いいだろう?
豹君が、貴族キャラ好きってわかってさ、イメトレしてたらクッキー焼きたくなったんだよ〜
味はジンジャークッキーだけど…
体ができあがったら絶対ソロルとジャン・ド・ブリエンヌって熱く語ってるの聞いてたら現役時代を思い出して、センチメンタルバリューの十字軍の刀を見てたらついな… (>>325
では、大先生のタキ子は生涯独身だったんだけど
勝手に孫を名乗るター子にアカデミーを乗っ取られてしまったのだ。
しかしこの展開は泥沼になりそうだからやめとくわw) いつもクラス全体を見渡している紗江子が気がつかないわけがない。
紗江子はバーの途中で気がついた。
「ん?あの5番に入らない脚は、田中さんじゃないの?なぜここに?」
教師の誰かが『いいよいいよ、一度やってみれば』と
ノーテンキな許可を出したのかしら?
大人数のハイレベルのクラスは、後ろでモタモタしている生徒に
かまうヒマもなく、サクサクと進行していく。 このクラスはなんて素晴らしいんだ!
みんなレッスンに集中していて、
バレエの上達以外のことを微塵も考える人はいない。
右を向いても、左を向いても、
何年も、わき目も振らずに、バレエに打ち込んできた人ばかりだ!
有沢さんの胸は高鳴った。
今までとは、別の次元のバレエの世界に引き上げられていくような感覚を覚えた。 このクラスはなんて素晴らしいんだ!
田中さんもそう思っていた。
ビデオで見るより何十倍も身近にリアルに王子様を感じるぞ!
このような崇高のレベルに来ると
初心者クラスは目くそ鼻くその争いでしかないんだな、
と自分のことは棚に上げて感心していた。 センターで少人数グループに分かれると
さすがに他の生徒も田中さんに気がついた。
「今日は、変なやつが混ざってるな」
ある生徒は嫌悪感をあらわにし、
別の生徒はあざ笑い、
大半の生徒は見ないふりをした。
「目が腐るから出ていけ!」
と紗江子もいい加減叫びそうになったが、
その日は、外部からの生徒たちが来ている手前、
湧き上がる怒りをこらえつつ、
「そこの人、もういいから。座って見ててちょうだい」
そこの人は田中さんだとわかっていたが
ここでは名前を呼ぶ価値もない。 田中さんに今さっき一目惚れしたマリアは、そんな田中さんを心配したように見つめた。
心の中で「頑張って」と呟く。
マリアは努力家が好きであった。
なりふり構わず、恥も恐れず、バレエに直向きで純粋で一直線な人間が。
田中さんはまさにそのような人である。
一方、有沢さんのように身体条件にも容姿にもセンスにも恵まれているにも関わらず、自信が無く劣等感が強く、バレエに特に関心のない男が嫌いだったのだ。
マリアからすれば、それはバレエへの冒涜であった。 光美マリアは3歳の頃、向村バレエ学校に入学した。当時はふっくらとした少女で、ダイエットの為にということで親が通わせたのだ。
明るいマリアは同い年の生徒たちとすぐに打ち解けたが、成長していくに従い、体型にコンプレックスを抱くようになる。
教師からも人前で何度も体重を落とせなど痩せるように言われたり、生活習慣をきかれるようなこともあった。
周りの子は細身でとても綺麗なのに何故自分だけがと悔しくなる毎日。また陰口を言われていることも気付かないわけがなかった。
「あんな体型でよくバレエなんて…」
「マリアのレオタード姿見たくねえな」
「あたしだったら無理、堪えられないよ」
マリアは次第に心を閉ざしていった。他人なんて信じられない。それでも自分はバレエが好き、将来はバレリーナになるんだと自分を奮い立たせた。
バレエへの愛を糧に、レッスンは毎日参加し、できる努力は全て行った。そうしてマリアは生まれ変わった。
10歳ながら、大人びた雰囲気を持った少女マリアはバレエダンサーとして優れた素質をあらわにする。 紗江子に止められた田中さんは、残りのレッスンを隅っこに座って見学していた。
「なんだよ…参加資格さえ、ないなんてさ」
しかし、生徒たちの動きを熱心に見てるうちに、あっさり立ち直った。
「さては、紗江子先生、俺の観察能力の高さを知ってて
まずは、見学するほうが上達すると判断したんだな?
さすが俺のことをよくわかってる!」 田中さんに備わった不思議な観察力
仕組みを見抜く能力・・・生き物や動くものの中身が透けて見えるだけでなく
自分の身体に仕組みを移し替えて、ストレートに再現する能力である
高い跳躍や回転数を誇るエリート集団を眺め続けるうちに田中さんは
仕組みが整っているグループと、一見整っているようで違う仕組みで動いているグループがある事に気付いたのであった 選抜クラスに最年少で選ばれたマリア、そしてもう一人、同い年の少年がいた。彼が子供時代の有沢さんである。
男女でわかれてレッスンすることが圧倒的に多くお互いに関わることは無かったが、中学二年生の舞台公演で転機が訪れる。
『眠れる森の美女』でマリアは主役オーロラ姫に抜擢された。
この古典作品は向村バレエ学校の誇る代表作であり、毎年秋に生徒たちにより踊られている、界隈では有名な舞台だ。
その舞台で主役に選ばれることはプロバレリーナを目指す少女にとって憧れであり栄誉であったことは言うまでもない。その相手役デジレ王子を務めることとなったのが有沢さんであった。
マリアは当時、その青年に密かに憧れを抱いていた。選抜クラスのエリートバレエ男子達の中でも一際存在感があり、舞台で踊る姿は耽美で繊細、跳躍は華が舞うように華麗で気高く魅力的に映っていた。 向村バレエ学校の看板公演である『眠りの森の美女』。
例年ソリストは高校生が中心となるのだが、
その年は、異例の中学生二人の大抜擢。
20もの支部教室を有する向村バレエ学校には、
主役を踊る力量のある女子生徒はたくさんいる。
実際、フロリナ王女やリラの精を踊った高校生たちは、
その時点では、マリアよりも上手かったかもしれない。
先にデジレ王子に決定した有沢さんは、まだパドドゥの技術が十分でなかった。
そのため、小柄でバランスやポジションの整ったマリアが
幸運にもオーロラに選ばれたのだ。
「絶対に、絶対に、成功させて、高校生や他の人たちも納得させてみせる!」
マリアは、強い意気込みで役に取り組んだ。 「あのねえ、田中さん」
Aクラスの後、紗江子が田中さんに声をかけてきた。
「はい!なんでしょう!」
「このクラスはオーディション審査に通過したり
推薦を受けたり、選ばれたダンサーが集まるクラスなの。
週末に2時間3時間かけて通ってくる子もいるのよ」
「は、はい…」
「人生かけて、バレエに真剣に取り組んでるの」
「は、はい…」
「あなたは、ただの趣味でしょ?邪魔しないでくれる?」
「す、すみません…」
田中さんはちょっと傷ついた。
確かに『趣味』だけど、俺だって、俺だって…。
田中さんは、唇をかみしめてスタジオから出ていった。 マリアと有沢さんは、いつも二人で厳しい練習に励んだ。夜遅くなることも珍しくない。
大変ではあったが、一方で、年頃の女子にとって、気になる男子と一緒にいられることは夢のようでもあった。
物静かで控えめで、知的にみえる有沢さんは、どこか同じ学校の中学生男子とは異人種にさえ思えた。
そんな彼の手が、指先が、体温が自分に触れると、心の奥が喜びと劣情に溢れる。きっと彼女がいたことも、女子に興味を持ったこともないであろう初な彼を、自分が独り占めにしているという優越感。
マリアが有沢さんと踊ったときにふとみせる微笑は艶やかで、それがまた彼女の美しさを引き立たせた。
けれど有沢さんはマリアが思い描くような“王子様”ではない。
有沢さんの方は、マリアのことは特にどうでもよかったし、バレエなど早く辞めてしまいたいと常々思ってきた。理不尽に怒鳴られ罵倒され、いったい何が楽しくてこんなものに一所懸命になるのか?
有沢さんはマリアをはじめ、バレエに一所懸命な人間が全く理解できなかった上、哀れにさえ感じていた。将来なんの役にも立たないのに。 「何だってぇ?!田中さん、選抜Aクラスに無断でもぐりこんだぁ?」
「よく、そんな恐ろしいことを…」
鈴木さんと中村さんは田中さんの話を聞いて驚いた。
「Aクラスじゃなくても恐ろしいよ。
俺、一度休んだときの振替で中級クラスに行ったんだよ。
そしたら、センターですんごい上手い人が
『お前は邪魔だ!どけっ!』って感じで突進してくるんだ。
プライドの塊みたいだったよ」
「『中級の人たちコワイですー』ってナナ先生に愚痴ったら
『私もアメリカでたまにそういう目に遭いました。
負けずに大きく動くか、少し離れて踊るかですね』って笑ってたよ」
「ええ?プロでも?バレエの人コワイ…」 ちょっと前まで「角兵衛獅子」の世界だったんだよね
だから今のこのブームは謎なんだぁ
おまんま喰いたければ逆立ちやトンボ返りを練習しな
できなきゃのたれ死ぬんだね
飢饉があると子どもは売られたり買われたり捨てられたり
「食べるのに困らず豊かに暮らしているのになぜ好き好んでバレエやるんだ?」って思われてたらしい
角兵衛獅子感覚の人と、「高尚な芸術だから生涯かけて当たり前」っていう人と、なんとなくそのままいる人と
いろんな人が混じってる危ない世界だから生半可な気持ちで入るとケガするかもね〜 「プロムナードの手はこっち!もっと脇のほう!
アンナヴァンでへそ前に手のひらが来るか?考えろよ!
マリアがバランス取るの邪魔してるだろ!」
中学3年だったあの夏。男性スパルタ教師が有沢さんの手をパシッと叩いた。
有沢さんはバレエへの気持ちが、日に日に薄れていくのを感じていた。 わからないでもないな…
そうねえ〜、豹はバレエ大好きだし海外留学の準備を是非うちでと思ってたんだけど…
ダブルター子とオオツマ、
週末恒例のアフタヌーンティーからのサタデーまったりタイムに突入していた。
豹はドイツでの夏期講習準備と、その後のコンペに向けての特別レッスンをここ黒崎で受けていたが、クラスレッスンには猛烈な拒否反応が出ていた。
紗江子と田中のやり取りを目撃し、ショックを受けていた。
豹自身のバレエは、ひょろりと伸びた長い手足が美しく映える柔らかく繊細さが特徴である。
あれ以来特別クラスレッスンには参加せず、気が向いたら一般クラス、それ以外は山加糸吉の個別指導、単発で11歳から16歳までの少人数留学準備特別ワークショップに参加するのみとなっていた。 田中さんの目には、徐々にバレエの仕組みが見えてきた。
しかし、同時に、大きな問題にも気がついてしまった。
俺の足で、バレエ踊るってことは、
曲がった角材と、開かない蝶番を使って、
扉を作るみたいなもんだな。
ん?んん?それって…かなり絶望的じゃないか? いやいや、絶望するのはまだ早い。
あえて歪みを美として見せることだってできるはず。
アントニオ・ガウディの建築、ピカソの絵画、ランボーの詩…
そうか。俺は、理性的かつ規定的な概念にとらわれない
シュルレアリスム的なダンサーなのかもしれぬ。
「田中さーん、今日はなんだか考えすぎですよー!
哲学者みたいな顔になって、思考が内側にこもっちゃってますよ!」
すかさずナナの注意が飛んでくる。
おっと、あいかわらずナナ先生は何もかもお見通しだ。 本番当日を迎え、
今年の向村バレエ学校『眠りの森の美女』は、異例の中学生生徒二名が主役に抜擢されたことで反響を呼び、各地のバレエファンや業界関係者が集まった。
生徒による公演であるにも関わらず、観客の多さはもちろんのこと、その中には名の知れたダンサー、指導者、振り付け家、演出家などの姿もあり、そして大バレリーナ松谷瑠璃子もその客席にいた。
豪華な面々に、恰もプロの公演を観に来ているような感覚になる一般客も多いことだろう。
そんな多くの人々の期待が見守る中、チャイコフスキーの美しいクラシック音楽と共に幕は厳かにあがっていく。
暗い客席に光が灯ったかと思いきや、その先には心待ちにしていた“おとぎの世界”が現れるのである。 歴史ある向村バレエ団の舞台セットや衣装を借りているため
観客はまず、学校公演とは思えないほどの豪華な舞台装置に目が奪われる。
6人の妖精を演じるのは、多くの女子生徒から選ばれた
向村バレエ学校の精鋭たちだ。
その中でも、美しい手足を持つリラの精を演じる
女子生徒の優雅さは際立ち、物語をけん引していく。 「あのリラの精の子は、去年主役だった子ね」
「また一段と上手くなったわね。気品が出てきた」
「来年からは向村バレエ団、それとも留学するのかしら?」
「フロリナ王女は、発表会で見事なテクニックを披露してた子よ」
常連の観客は目立つ生徒たちのことを良く知っている。
「主役の中学生、どんな素晴らしい子か楽しみね」 ピューマだ。。。ホントだ!ラッキー!!かわいい〜、まだ中3なのに…頭小さい…宇宙人…
「豹君、今日はこっちに来たんだね、この間隣でレッスン受けた田中です。今日もよろしく!っていうかさ〜そのTシャツどうやったら手に入るの?僕も欲しいな〜」
田中さんが参加するクラスに豹が現れた。田中さんはさりげなく豹の隣に移動して、ちゃっかり仲良くなっていた。
「実はクラスの後軽く自主練するんだけど、その後ならいいよ!田中くんも参加したらいいよ、間違いなく楽しいはず。」
レッスンが終わった後、自主練メンバーが集まった。豹、大妻檜、山加糸吉、きなこ、として田中さん。
そもそもこの自主練は「ヒョーマにバレエ嫌いになって欲しくない、楽しさを実感して欲しいの!」とター子の希望でオオツマがアレンジしたものだった。
自主練というよりも、大妻檜のプロ時代の経験談や、役どころや表現についてのレクチャーがメインだった。
「お疲れ!じゃあ何時ものところで待ち合わせな」
豹ときなこに田中さんが加わり、ピューマのスタジオレッスンに向かった。
「さあ〜て、楽しみにしてたよ、遂に!山の奥農場の新作…」
オオツマと糸吉はサロンへ向かった。 ピューマのレッスンに向かいながら、3人はすっかり仲良くなっていた。
「田中くん、ところで今日はラテンクラスなんだけど大丈夫?無理だったら見学してよ」
「いやいやいやいや、参加したいよ、参加してTシャツもゲッツ!」…… 「バレエとは身体の使い方が違うから
きっちり脳を分けて踊らないと、踊りが荒れるわよ」
カーニバルための白鳥も、くるみのヴァリエーションも
完成には程遠いのに、プリンシパルの踊りをナメてんのね
と紗江子はあきれ果てていた。
ラテンクラスが始まった。まずはウォーク。
そんなに、ターンアウトしなくていいんだよ。楽だろ?
ひざはつけて、足首だけ開いて。バレエだと怒られるけどね。
ポワントもつま先まで伸ばさなくてもいいよ。てか膝も、ゆるめて。
股関節の前も伸ばさずに、「く」の字に曲げて!
脇も骨盤もそろえずに、左右上下差しっかりつけて、
骨盤の上で腰回すのがセクシーだよ! そうそう、バレエやってる人って姿勢まっすぐすぎだから、
ラテンダンスは、腰出して、胸を前に突き出すくらいでちょうどいいよ。 手先ね、ほんわかしないで、指先にギューッと力入れてみて!
手のひらをそらすくらいが、かっこいいんだよ! 軸足のほうに、どっかり座るように乗ってね!
なぜか、きなこより、田中さんのほうが上手いね? 「この初心者クラスにジュニアに来られてもねえ」
50代のマダムはブツブツ言っていた。
「いいじゃない、お手本になってくれて」
「大人とジュニアいつも格差つけられてんだから、少しは遠慮してよね」 「中年初心者が必死でやってるとこ来て面白いのかしらね」
「まあまあ、大人げないこと言わないでよ」
「たまに来るのはいいけど、ずっと居ついたら嫌かも」
「もうすぐ海外行くでしょ、それまでよ」 「ちょっとちょっと田中くん、部屋間違ってるから!
そっちは趣味の社交ダンスクラブで、ピューマのレッスンはこっちだよ!
ほら、みんな未成年でしょう?それにピューマのレッスンは社交ダンスのラテンじゃなくって、ピューマの中の枠でいうラテンってだけだから大袈裟に考えないで!
あくまでも表現クラスであって、バレエでいったらコンテ的なクラスだからそこんとこヨロシク!」
うっかり流れてくる音楽と参加者のコスチュームに釣られてしまった田中さんだった。 なんだこれは?
ラテンダンスエクササイズみたいなやつか?
エアロビと似たような? 「田中くん、ボクが踊ってるダンスグループ名はピューマだけど、母体組織はブラックパンサーって言って、未成年のダンススクールみたいない教室と芸能事務所なんだよ!
いろんなジャンルのレッスン受けるんだ、芸能活動しながらレッスン受けれる子も多いんだよね〜
女子に人気なのはジャズのクラスなんだよね〜、あ、一応クラシックもあるんだよ、基礎クラスのみなんだけど。。。」 「へ〜ジャニーズ事務所みたい!」と言いながら田中さんは受付近くにあるショップのピューマTシャツを手にとっていた。
「母上は劇団ひまわりみたい、ってジョークでいってる!」 社交ダンスが上手いと、お世辞言われていい気になった田中さんは、
後日、社交ダンス教室の体験レッスンに行ってみた。
25分4000円という個人レッスン代を聞いてひるみ、
50分1500円のグループレッスンに参加してみる。
ほとんど40代50代、それ以上の人ばかりだなあ。
この前のクラスはもっと若い人がいたのに、ちょっと残念。
バレエのおかげか、表面的にステップの真似だけはできる田中さん、
中高年女性たちと次々踊ることになった。
「な、なんと、社交ダンスではいきなりパドドゥ?」
しかし、リードの仕方はさっぱりわからない、
ちょっと引いてから押す、少し下に抑えて、
無理に引っ張らない、などと教えられても感覚がわからない。
リードのできない田中さん相手に、
ベテランの中高年女性たちは勝手に動いていた。
「なるほど、パドドゥというものは難しいんだな。
自分の動きだけでなく、相手がどういう位置へ行くのか、
的確に導かなくてはいけない」
そうして、田中さんは社交ダンスを一回限り習い
「いつか俺もパドドゥ踊りたいなあ。…できればもっと若い人と」
と思いながら帰っていった。 オーロラが舞台袖から現れた途端、その場が桃色の空気に包まれたようなそんな錯覚を覚えた。
細い脚が舞台上をリズムを刻むように進み、優雅なポールドブラは王女の品格と慈愛、少女らしい可憐さと、だが何処か大人の女の魅惑的な香りも放つ。
四人の求婚者は、その王女に翻弄されるように踊らされているようにさえ見える。
男を惑わす微笑みに眼差しが、彼らを舐める。その色気はマリアの持つ天性のものなのだろう。だがオーロラとて、ただの純粋無垢なか弱い女ではないだろう…。
そう観客に気付かせるような、そんな王女がそこにはいた。
「王女、どうか私と…」
「いえ、私を」
「この花を受け取ってください」
「貴女は気高くなんと麗しいことか」
求婚者達の望みを知りつつも、王女は微笑み踊るだけで、その口は選ばれし者の名を答えない。品定めをするかのように、四人と代わる代わる舞うオーロラ。
『私はこの国の王女…。この国の為に、この四人の王子を夫に選ばなければならない。これが私の宿命…』
王子たちを翻弄する彼女だが、実際には孤独であった。王女という役割を演じ続け特に好いてもいない男に笑顔を振り撒く自分自身が虚しかった。答えないのは、王女としてのプライドが理由だけではない…
自分という人間の人生を少しでも生きたいというささやかな抵抗。
このままそれが一生叶わないというのなら、カラボスの呪いどおり死んだ方が、リラの精の魔法のとおり長い眠りについたほうが、もしかすると幸せなのでは無かろうか…。
マリアは時折、この明るい場面で憂いを秘めた雰囲気を見せた。 「ホント参りました。。でもこっちの自主練クラスの方が楽しいし結果オーライ!」
田中さんは、以前はオオツマを前にすると何故か物凄く緊張して喋ることができなかったが、自主練に参加してからは親しく話をするようになっていた。
豹のための『自主練クラス』と名付けられた秘密プロジェクトであったが、ター子の「いいじゃない?場も和むでしょう」の一言で受け入れられたのだった。
「あっちのクラスではみんなすごくて、10年前にセミプロ公演に出た経験者もいたんですよ。先生もなかなか。。。。。」
と、ダンスグループピューマのTシャツを着た田中さんは、選抜Aクラスでの武勇伝を面白おかしく話して聞かせた。 1幕が終わり、観客は口々に新しいプリマをほめたたえた。
「見ました?あのオーロラのポワントと軸の強さ!」
「アチュチュードバランスがあれほど自然に決まるオーロラは滅多に見ないわ」
「中学生と聞いてどんな子かと思ったけど、期待以上だわ」
2幕はいよいよ有沢さんの出番だ。 「ヒョーマには楽しくバレエを続けてほしいの、多感な時期だからしっかりサポートしないとね!
だって田中さんが言ってた10年前にセミプロ公演参加者って、有沢くんとマリアさんでしょう?
当時注目を集めたようだけど、あの後バレエ止めてしまったでしょう?
何があったかは知らないけれど…
縁あって今うちでレッスンは受けてくれているけれど、あのまま続けていたら……」
ター子は祖母タキ子の『サロン』と呼ばれるアフタヌーンティーからのまったりタイムで熱く語った。
「ボクも厳しいレッスンは苦手だったな〜のんびりやりたいタイプだったから、だからドイツに留学したんだけどね。」
オオツマグループは働かない会社と言われているけど、実際は限られた時間内で成果を出さなければいけない厳しさがあるんだ。
それでも毎日お茶の時間をとる会社、やり方次第だなって経営者側にたって学んだよ。」 ウィーン国立歌劇場バレエ学校、
体形維持で生徒に喫煙奨励 虐待として調査(2019)
https://www.afpbb.com/articles/-/3260139
名門パリ・オペラ座バレエ団でいじめやセクハラ、
内部調査漏えい(2018)
https://www.afpbb.com/articles/-/3171408 世界で結果を残すバレエダンサー・永久メイが夢を叶えるまで
学校がとにかく厳しくて。校則が40個以上
https://jj-jj.net/lifestyle/91570/ この物語の舞台、2002年ごろ、国内バレエの世界に変化が起きていた。
かつては幼少から習い、20歳ごろを過ぎるとバレエをやめるか
プロや教師になるかの二択だったのだが、
1990年代〜2000年代にかけて、大人未経験者や再開する人が爆発的に増えた。
今まで対象外だった人に、一気に習い事バレエの門が開かれたのだ。
そこで今までジュニア育成メインのバレエ教室は
大人生徒の扱いに戸惑うことになる。 有沢さんは舞台袖から緊張した面持ちでステージ上を見つめていた。
刻一刻と自分の出番が迫っていくと同時に、心臓の鼓動が強まるのを感じる。この舞台はただの舞台ではない。きっと自分にとって最初で最後になる舞台だ…。
有沢さんは既に、この公演が終わったらバレエそのものを辞めてしまうことを心に決めていた。だからこそ失敗は許されない。
でも今日を終えれば楽になれる…。
この舞台で踊る喜びは本当に好きだ。舞台で踊っている間、自分は自由になれている気がした。けれど、バレエには何の思いもない。
「ケイトくん」
よく知った声が有沢さんにかけられる。
「…先生」
支部教室でお世話になった若い女性の先生だ。向村バレエ団員である彼女は公演の手伝いとして来ていたのである。
彼女の顔をみたとたん、思わず笑みがこぼれた。
「ケイトくん…、やっぱり凄く綺麗。本当に王子様ね…。先生、ここで応援してるから! ケイトくんが素晴らしいバレエダンサーだっていうこと先生が知ってるから、自信持ちなさいよ!」
有沢さんは静かに頷き、黒い幕を颯爽と抜け、光り輝く舞台へと飛び出す。彼を送り出す女性教師の瞳に、有沢さんの眩しい背中が映っていた。 有沢さんは、バレエを愛しているからこそ、
生半可な気持ちで続けるのは、バレエへの裏切りだと思っていた。
高い理想や憧れに、限界まで取り組んだ有沢さん、
これが最後と覚悟を決めて臨んだ舞台だった。 「まあボクの場合、身長の問題も大きかったな。
高校で卒業単位がとれる見込みがわかり卒業資格を確保しつつ留学したんだけど、当時17歳で身長180半ばだったんだよね、このまま伸び続けたって懸念されてね。
高過ぎてプロは無理って言われたのも留学のファイナルディシジョンだったんだけど。」
サロンではまったりタイムが過ぎ、タキ子はうたた寝をしていた。
ター子とオオツマはドリンクアワーへすすんでいた。
「へ〜オオツマ君もいろいろ葛藤があったのね。それより何?この白ワイン甘くてフルーティーね??…」
「これはドイツ時代の友人で、ヤマカとはクラスメイトだったガイの実家から届いたんだ、彼の実家はワイナリーなんだよ」
「ガイってもしかしてあのオーゲス?」
「うん、ヤツの彼女はボクと同学年でPDDの組んでたんだ!」
「彼女って、もしかしてあの?」
「おっと、車が来た、じゃあまたね!」オオツマは爽やかに去っていった。 >>1
再確認
○ルール○
名無しが適当にストーリーをつくり適当に投下していく完全暇潰しスレ。
連投も全然OK。
語彙力文章力一切問わず。
マニアックなバレエネタも大歓迎。
登場人物の追加やおじさんの設定を勝手に追加してもよし。
展開がカオスな方向へいっても自由ですが、あくまでもバレエものなのでバレエから脱線しない。
※おじさんやその他登場人物に関して、実在人物をモデルにするのは構いませんが、それによるトラブルは保障しかねるため
不特定多数が閲覧していることを視野に気をつけてください。 プロフェッショナルクラスに通う小夜子さんと真澄さんは
それぞれの教室を持つバレエ教師だ。
気の弱い真澄さんは教室運営の悩みが尽きない。
「夜のクラスに大人の生徒さん増えて、
にぎやかになったのはいいけど、ストレスも増えたわ」
真澄さんが語るのは、急に増えた大人生徒の困った実態の数々。
ほとんどの生徒さんはそうでもないのだが、
中にはトンデモナイ生徒も出てくる。
小夜子さんは真澄さんを励ました。
「ときには、これはここのルールですっ嫌なら他へどうぞって
ピシッと言わなきゃダメよ。
でもね、大人の趣味なら、楽しければいい、
有意義な時間を過ごせてもらった、と、どこかで割り切ることも大事よ。
自分のバレエの理想は、理想として置いておいて…
保護者も大人生徒も変なクレームを言う人は年々、増えてるわね。
バレエ教室のハードルが下がったぶん、マナーも…」 「へ〜オオツマ君のところは先代が個性的だったものねえ〜元祖遊び人というか…」
ター子は銀座丁目にあるオオツマグループアンテナショップに来ていた。
オオツマが社長に就任する前から手掛け、社長に就任してからは特別社長室まで設けた『オオツマ家具銀座アネックス"ズッペンゲミューゼ”』
ヨーロピアンテイストのお洒落な家具、雑貨、ベーカリー、カフェに加えて、屋上テラスでは期間限定テナントとしてレストランやバーなどを不定期で催していた。
「夜の銀座が大好きだった先代は遊び人の金さんと陰で呼ばれていたんだよ!経営がそこそこ回っていたら何やってもいいって説得されてさ〜、ここも社長直属ビルにって勧められたり…
オプションの一つに、ワンフロアはオオツマ家業と全く関係なくバレエでも何でも好きに使っていいとも言われたり…結局社長を引き受けたんだけど…」
「で、今回は屋上テラスにカフェバーを設けて、ヨーロッパワインフェアをやりたくてさ…」
バレエ以外にフーディーズの肩書を持つター子は、不定期でフードコーディネーターとして百貨店の食料品売り場の企画、催しも手掛けることもあり、今回はオオツマから企画を任された。
「まずはワインサンプルから、これは一昨日サロンのアフターアフタヌーンティーで飲んだガイの実家のワイン、
こっちはドイツ時代野… それからミラノ…」
ワインの試飲でハッピーアワーに突入し、いつの間にか山加糸吉と
山加糸吉がかつて芸術監督を務めていたモンブランの麓の劇場シャモニー・モンブランの後任、芦田マヤ子(>>602)
バレリーナできなこの母親でバレリーナ松谷瑠璃子 (>>628、>>10)
何故か田中さんもいた。
最近は豹ときなこの保護者の如く行動を共にすることが多く、今日も3人でカフェアップルシュニッテでお茶をしていたが、二人は留学準備の英会話クラスへ向ったため、こちらに合流していた。 バレエ学校Bは下の学年から国立なのでドイツ人も多少残ってますが、
やはり上の学年になると外国人だらけになり、
下から来ている子たちはどんどん落とされる。
とにかく軍隊のように厳しい学校です。
バレエ学校Pは小さくて全員入れる寮も学内にあり悪くないのですが、
ご存知の通りコンテで有名なので、
そのせいか自由を重んじるあまり少しゆるすぎるところがあって、
それが卒業生のレベルに直結しているところがあって残念。 そうですね、せっかく憧れのバレエ学校に入れたのに、
2ヶ月足らずで帰国。
褒めて育てられてきた子はすぐギブアップ。
反対にけなされてきた子は
程度にもよるけど免疫ついてるのでくじけない。
ホントそれ!
小さい頃から自由、平等、自主性を教えられ、
家やそれまでのバレエ教室で褒められて育ってきたドイツ人は
バレエ学校続かないんです。
信じられなかったらドイツのバレエ団の団員見て下さい。
ドイツ人ダンサー、1割もいないですから。 「今回は、短期なので様子見ってとこね。
成功例ばかり聞こえてくるけど、実際行った人からはいろいろ聞いてるわ。
留学してから、他の道が向いていると気がついて
大学進学してもいい。それはそれで必要な経験なのよ」
松谷瑠璃子は、かつてのロシア留学を思い出していた。
ときにはお湯も出なくなり、電話したり外出する時間も決められていた。
言われた通り上手くできなくて、悔しくて泣くこともあった。
それでも「日本に帰りたい」という言葉をぐっと飲みこんでまたクラスに向かう。
絵に描いたような美しい身体の生徒たちに囲まれ、劣等感を抱きながらも、
学べるものを全て日本に持って帰ろうと毎日必死に練習していた。
「将来的に長期で行くなら、自炊の練習もしなきゃね。
留学中、太ったり痩せたり、食生活乱れる子が多いから」 実はきなこは最初、憧れのヤマカ先生のいるフランスのバレエ団付属学校への
留学を希望していたのだが
「それは、やめたほうがいい」ときっぱり止められた。
「バレエ団は、フランスの田舎だけど古典レパートリーが豊富で
公演数も多いけれど、バレエ学校の質はいまひとつ。
思うように就職が決まらない子が半数以上」
「バレエ団の採用も、今年はモナコ、スイス、ロシアの名門バレエ学校から。
学校の成績1位2位の子は別のところへ就職して
付属学校から、取れなかったんだ」
山加糸吉は団のディレクターの芦田マヤ子の信頼が厚い。
「私は、ヤマカくんに、付属学校のほうをまかせたいのよ。
今の学校長は高齢だし、レベルが年々落ちてきてしまってるの。
団と学校のトップが日本人だということに、
少なからず批判や不満の声もあるけど、今やらなきゃ」 (ところで田中さんって年齢設定とか職業とかどうなんだっけ?) (中小企業の会社員、>>29 >>110
20代半ばから始めて、現在バレエ歴1〜2年かそこら
>>26 始めたのは20年前だがそろそろ18年前になってる
黒崎バレエアカデミーで舞台に二度出た
初心者クラス2つと、ボーイズ基礎クラス(素人おじさんクラス)に通ってる
他に、40代半ばのころの話では、夜の商売の女性にはまり、
妻と離婚、娘は自殺、>>47
きなこは愛人>>20 という筋を書いてくれてる人がいるのだが
これは悪いがフォローが難しい) そ、そんな「田中さんの人生大河ドラマ」的な大きな流れがあるとは知りませんでした 最初は神と闘うオカルト路線 >>6-15
こっちも限界があり夢だったことにした>>23 >>809 >>811
(Thanks!! では25歳くらいだね。フォローが難しい限界系はスルーします。) 銀座三丁目『オオツマ家具銀座アネックス"ズッペンゲミューゼ”』屋上テラス期間限定ヨーロピアンワインフェア『関係者以外お断り ワインの試飲会』でハッピーアワーに突入していた面々だったが、
山加糸吉と芦田マヤ子の二人は打ち合わせが入っていた為、お酒を殆ど飲まず一足先にが帰っていった。
きなこの母親でバレリーナ松谷瑠璃子と芦田マヤ子、大妻檜はそれぞれお互い殆ど面識はなかったが、この機会ですっかり意気投合していた。
瑠璃子は黒崎にいる時とは全く別人で、社交的で可愛らしく華やかなオーラをまとった女性であった。
しかし一番のサプライズは田中さんだった。
田中さんにとってきなこは可愛い可愛い妹、その母親瑠璃子はまるでビーナスだった。
瑠璃子と田中さんは不思議と親しくなっていた。
瑠璃子にとって屈託の無い田中さんは肩肘張らずに話せる数少ない貴重な存在となった。
家族の一員愛犬に感じる安心感のようなものであった。
「きなこからいつも聞いてるわよ、いつも田中君がお世話してくれる、って。いつもありがとう。英会話学校も良いところを…」
「あそこは僕のインター時代の同級生が経営してるんですよ。」
「あら?そうだったの〜」
「父親の仕事の関係で子供時代はイギリスで生活していて、15歳で帰国した時は学力がついてゆけず結局インターにしたんです。帰国子女だと10年経った今でも時々コミュニケーションで…
バレエのレッスン中はいろいろリセットできるんですよね…」 二幕の舞台上に華々しく登場したデジレ王子。
長くしなやかに伸びた手足で空中を舞い、観客の視線をさらっていく。皆、中学生とは思えないような気品と風格に釘付けであった。
それ以前に、観客に見せたのは“王子を演じる中学生”ではなく、デジレ王子そのもののようだと思うものも多かっただろう。
舞台袖では有沢さんを応援する女性教師、そしていつの間にか楽屋で時間を潰していた筈のスパルタ男性教師の姿もあった。
彼はただ真剣な眼差しで、有沢さんの姿を見つめていた。 銀座三丁目『オオツマ家具銀座アネックス"ズッペンゲミューゼ”』屋上テラス『関係者以外お断り ワインの試飲会』でハッピーアワーが終わる頃、英会話クラスを終えた豹ときなこが加わった。
「そろそろ閉めのスイーツかしら?みんなどうする??下のアップルシュニッテ行く?」
ター子が提案すると、田中さん以外のメンバーでお茶に行くことになった。
「残念だけど、僕、これから電話会議なんですよ、オフィスに戻らないと。。」
「あら、もう夕方じゃない、いい時間なのに?」
「はい、時差のある国の取引先となんです。」田中さんは中規模商社で働いていた。
「OK、じゃあまた!」と、オオツマは爽やかに田中さんと別れた。 2幕のコールドは総勢24名、一糸乱れぬ美しい風景を作っていた。
この群舞こそ、向村バレエ学校の圧倒的な女子生徒の層の厚さを証明するものだ。
彼女たちは、遠くの支部からの参加者も含め何度も集まり、
大人数で、わずかな手の高さや、細かいタイミングを合わせてきた。
その甲斐あって、素晴らしい群舞となった。
マリアも去年はコールドの一人だった。今年は主役だ。
大勢の中から選ばれて真ん中で踊る喜びと責任を感じていた。 今でもマリアの脳裏によぎる過去の栄光、突然ふと思い出す。
バレエ一筋だった中学時代、中学最後の思い出、子供時代の思い出は全てバレエ絡み。。。
向村バレエでオーロラを演じた舞台を思い出していた。
あれから10年、マリアは再び踊っている。 「ケイトくんは、プロを目指すの?」
公演を終え、数日後のある日。
早めに来ていたマリアとケイトはスタジオで二人きりになっていた。ストレッチをしながら、マリアはそれとなく訊ねた。
「僕は…バレエを辞める……」
憧れ続けていた人からその言葉が出た途端、思考が停止した。
「一所懸命やる意味が、僕には分からなくなった……。今までだってそう……周りからやらされていたから仕方なしにって感じ。
もうウンザリなんだよ…。
正直プロを目指して頑張れる人間の気持ちが分からない。バレエのいったい何がいいんだ? 何の役に立つんだ…」
「やめてよケイトくん!!」
マリアは有沢さんの愚痴を遮るような大声をあげた。
「ケイトくんからそんな言葉ききたくないよ!
…私たち皆一所懸命やってるの、バレエが好きで、プロバレリーナになりたくて…! 頑張って頑張って…、それでも無理な子たちだって大勢いる。
ケイトくんはさ…大して努力しなくたって主役に選ばれたり先生たちから贔屓にされたりする。スタイルも見た目も恵まれてる…。そういう何もかも恵まれてる人がさ…大して努力もしない中途半端な人がさ…そもそもバレエ自体好きじゃない奴がさ…軽々しくそういうこと言わないで!!? 私達を馬鹿にしないでよ!??」
「……」
「辞めたいならさっさと辞めなさいよ! でももう二度とバレエに関わらないで! あんたはバレエと、そして一所懸命な皆を侮辱したんだよ!? あんたにバレエやる資格無いから!」
気付けばマリアはため込んでいたものをすべて有沢さんにぶつけていた。有沢さんへの羨望や嫉妬もあったかもしれない。
それからというもの、マリアの有沢さんに対する淡い恋心は、恨みへと変貌を遂げ、いつしか周りを信用できなくなってしまっていた。まるでみずからを茨で覆うように、その心は開かれることを拒み続けていた。 まいったな、ほんと勘弁だよ。。。
過去の嫌な経験は忘れたつもりだったのに、まさかここで再開するとはな。。。。。
とりあえず様子見だけどとことん無視だな、一番かかわっちゃいけないヤツ。。。。。。
マリアと黒崎のスタジオでで偶然再会した有沢は、心の中で自分に言い聞かせながら切望するのだった。 まったく凄まじい執念だよ、怨念か。。。
有沢は、いつしかレッスンの前に過去に経験した消し去ることが出来ない嫌な記憶を心の底から吐き出きだす
声に出さずとも、毎回この毒とともに日々のストレスを吐き捨て、一心不乱にバレエを踊り新しい自分になる
という不思議なルーティーンになっていた。 「俺は、プロダンサーになるっっっ!!!」
田中さんは、今日も意気揚々として初心者クラスでレッスンしていた。
俺は先日良いことを聞いてしまった。なんとなんと!
「男子はバレエ歴3年でバレエ団に入れる」
それなら、俺もあと1〜2年続けたらプロだ!
それには大きな語弊がある。
松谷瑠璃子や他の人達が話していた内容は、こうだ。
「国内ならバレエ団によっては、男子不足もあって
バレエ始めて3年程度の人も、受け入れることもあるね。
週2でのんびり習ってたような男の子も。
若くて素質とやる気があれば、入団時に未熟でも、毎日鍛えられるから。
生活の保障は知らないけど…。
そこから、努力次第でソリストになってる人もいないわけではない」
確かに、いなくもないのだが、容姿がバレエに向いていて、身体能力も高く、
人の何倍もの時間をスタジオで費やし、
必死になって実力の差を埋める情熱のある人、
現実的には収入のことを考えずバレエに打ち込める人、という条件付きの話だ。
「女子や海外、たいていの場合は書類審査で通った
50人100人オーディション来て、合格は数人だよ」 「田中さん、いつも向上心にあふれてて、なんて素敵な人…」
光美マリアはときめいていた。
10年間マリアの心を囲っていたイバラが開いていくようだった。 「有沢くん、今日は浮かない顔してるけど大丈夫ですか?」
ナナ先生が優しい表情で、過去のイヤなことをフラッシュバックしていた有沢さんを見つめた。
「い、いえ…昔の嫌な記憶が甦ってきて……でも大丈夫ですから」
「ならいいのだけど…。何かあったら先生に相談してくださいね!」
なんて可憐で優しい先生なのだろう。バレエダンサーは怖い人が多いが、彼女はまるで本物のお姫様のようだ。
そういえば、僕を育ててくれた支部の若い女性の先生もちょうどナナ先生のような優しい先生だったな…。
マリアが田中さんという新たな恋の相手を見つけた一方で、有沢さんもまた、かつての恩師の面影がある優しいナナ先生に心を動かされていた。 幼い頃の有沢さんは、子どもながら自分を励まし良さを知ってくれる支部の女性教師に好意を抱いていた。
あまり褒められる経験がなかった彼にとって、唯一の理解者が彼女であったのだろう。けれど、彼女の顔も名前もどうしても思い出せないのだ。
月日がたって、女性教師のことも記憶の片隅へ消えていったが、黒崎バレエアカデミーでナナ先生にはじめて出会ったとき、何処か懐かしさと喜びが滲み出すのを感じていた。
ナナへの感情は、あの時の女性教師への感情だったのだろうか。
だとすれば、有沢さんは自身の気持ちの真相に無自覚なまま、ナナというあの時の女性教師の幻に心を奪われているのかもしれない。 バレエ歴1〜2年の俺が、
コンクール入賞者も多い選抜クラスに潜り込んだのは
すこーーーしだけ早かったかな?
田中さんも少しは反省しているのだろうか。
選抜クラスのダンサー達の精密画のような美しさにくらべると、
初心者クラスはクレヨンの殴り書きみたいな動きだ。
しかし、殴り書きという純粋な表現欲求を甘く見てはいけない。
「ようやく子どものような絵が描けるようになった」と
ピカソも言ってるではないか。
それにやっぱり紗江子先生は俺のことを気にしてるんだよ。
この前も、有名な大バレリーナの松谷瑠璃子さんと仲良くなったし、
俺って『カリスマ性を持つ年上の美女』をひきよせてしまう
謎の魅力があるんだよねー!
どうやら、田中さんはあまり反省してないようだ。 さ〜今日も『自主練クラス』がんばろう!(>>790)
ダンスクループ・ピューマのTシャツ姿に黄色いバンダナを頭に巻いた田中さんが雄叫びをあげた。
そこへダンスクループ・ピューマの長袖Tシャツを着た、細く長身、同じ背格好の女性二人が現れた。
ピューマの半袖Tシャツは黒地で背中に大きな豹の顔(>>739)だが、長袖Tシャツは白地で前身頃真ん中に小さめのピンクの豹の顔と背中に大きくパステルカラーでロゴが入っている。
きなこと母親でバレリーナ松谷瑠璃子の二人だった。
既にアップが完了している瑠璃子は入室間もなく踊り始めた。
前回自主練メンバーでの夜お茶で、自主練の話題があがった際、瑠璃子は興味津々だったのだ。(>>815)
美しく踊る瑠璃子をみなが大興奮で心の声を漏らしてまくっている田中さん、
うぉ〜わお、ひゅ〜、
そこへ同じくピューマの半袖Tシャツを着た豹もやってきた。
「今日の自主練は絶対楽しいよ!」
「間違いない!!」 子供が受験や部活で習い事をやめるのは、バレエに限らずよくあることだ。
有沢さんは思っていた。
4歳から、11年間、何千時間もレッスンしたんだ。
じゅうぶん続いたほうじゃないか。
僕はそれから先へ進むほど、情熱家でもタフでもなかった。
マリアが一方的に期待して、勘違いしていただけだ。
ナナ先生も言っていた。
「有沢さんは、中学時代ずっと週5回やっていたんでしょう?
やりきった感覚が出て、イヤになっても、受験にシフトしても、
ごくごく普通ですよ。
どういうわけか、器用にこなせる子のほうが、見切りをつけるのが早くて、
ちょっと不器用な子のほうが長く残ってるんです。
ましてや、プロになるなら、人生の何万時間をバレエの訓練に費やす
覚悟や信念が必要ですから…。
でも、有沢さん、せっかく再開したんですから、
自分が一番良いと思う状態でバレエに取り組んでください!
ダンサーの一番良い時期は、とっても短いですからね!」 山加糸吉と芦田マヤ子はともにフランスに戻る飛行機に乗っていた。
「今の付属バレエ学校は、中心となる教師がやめてから、
生徒の感性にまかせすぎて、基礎から甘くなってきてるのよね」
芦田マヤ子は、ヨーロッパの有名バレエ団の元プリンシパル、
ダンサーとしては恵まれた体型をしているわけではなかったが、
たゆまぬ努力により身に着けた、緻密かつ繊細な踊りが高く評価されていた。
今年の付属バレエ学校の就職状況の惨敗ぶりは以前から想像できた。
マヤ子はバレエ団のディレクターとして
学校の最高学年クラスに呼ばれて、あぜんとした。
卒業生の成績1位の子はブラジルからの1年のみの留学生だし、
2位の子はパリオペラ座の容姿規定に外れて転校してきた子だ。
正確に踊る意識が見えたのはその二人だけ。
「日本の私立教室である黒崎の生徒たちのほうが
よほど基礎がしっかりしているのは、ショックだったわ…」 『自主練クラス』に最後にやってきたオオツマが汗ばんできて、スウェット上下を脱ぎ始めた。
「ママ、今日は白鳥のお手本をみせて!オオツマさんもいるし!!」
田中さんと豹は拍手をしていた。
「いいわよ、じゃあオオツマさん軽く打ち合わせしましょう」「OK!」
瑠璃子もオオツマも想定外に承諾した。 自分はバレエをやってよかったのか?
かつてマリアにバレエを踊る資格はないと言われたが、あの言葉がずっと有沢さんの心に引っかかっていた。
マリアに言われたからというのもあるが、有沢さん自身がどこかでそう思ってきたのだ。そんな罪悪感をかきけさんように、ただひたすらバレエに打ち込もうとしていた自分に気付く。
ナナはその有沢さんの危うい状態を察していたのか、彼はナナの言葉でようやく自分を許せるような気がした。
「ありがとうございます。先生…」
躊躇う必要など最初から無かったのだ。
もう昔のやらされていた自分と、今の自分は違う。何故自分はバレエを踊るのか、有沢さんは既にその答えを知っているのだから。 若い頃、留学先の劇場で観た『白鳥の湖』、
それが松谷瑠璃子の白鳥の原点だった。
かの地のバレリーナたちの大きく動く長い手足、
美しく憂う表情の奥に、国家芸術家としての揺るがないプライドが見えた。
劇場からの帰り道、白い息を吐きながら、
瑠璃子は、今までになく、強くはっきりと感じていた。
『私は、私の限界までバレエを極めていく』
誰のためでも、誰から言われたわけでもない、強固な決意だった。
今でも白鳥を踊るときに、あの夜の凍てつく寒さを思い出す。 オオツマさん流石だわ。なんて安定感なの?なんて楽しいの?
瑠璃子は若かりし頃の留学先でのレッスンを思い出していた。
背の高いロシア人と組んだ時のデジャブの様な不思議な感覚
心と体が別々に動いていて、まるで自分は傍観者のようにも思える
背が高く、がっしりした強い腕っぷしで持ち上げられたリフトは上で止まっているかの様
これは現実なの?
一連の動作がスローモーションみたいでふわふわしていた気分でいた。 引退して肩の荷が下りた。
もう一挙手一投足、すべてが批評の対象になることもない。
ダブルやトリプルキャスト、
他のバレエ団のプリンシパルと比べられることもない。
二千人の観客を納得させる責任もない。
興行として、自分の名でチケットを売れるというプレシャーも。
もうプロダンサーの生活は終わったのだ。
きなこは、あのプロの世界に足を踏み入れるのだろうか。
プロになっても、理不尽なことは山ほどある。
瑠璃子は娘のバレエには口出ししない方針だ。
幼いころからずっとそうだった。
所属のCバレエ団付属学校でなく、黒崎バレエアカデミーに入れたのも。
「いつでもやめていい。続けるのも自由、
続けるなら、誰にも恥ずかしくないように真剣にやりなさいね。
今後はママはCバレエ学校の指導に専念するから」 「ママにはもっと教えてほしいのに」
きなこはうらめしそうに言った。
「あーダメダメ、今から親にしごかれて上手くなってもダメ、
高校生になったら手放す時期よ」
「小さい頃だって、全然教えてくれなかったわ」
「よその子なら、できてなくてもしかたないって思うけど
自分の娘ができないと、無性に腹が立つんだもの」
瑠璃子は笑った。
二世の中には親を超えて偉大になる人もいる。
多くはほどほど、中にはダメになる人もいる。どの世界でも同じだ。 瑠璃子は田中さんのヴァリエーションにコメントを求められて少々困った。
きなこから話を聞いて様子を見に来たが、
プロ、しかも名のあるプリンシパルに、顔見知りだからと
無料で踊らせたり指導させるのは、非常に失礼なこと。
本当は、瑠璃子も簡単に応じるべきではないのだ。
「バレエの様式美を代表する三大バレエなのだから、
まずは基本のポジションの改善からね。
でも元気良くて、雰囲気は出てていいんじゃない?
じゃあ、様子はわかったから帰るわねー」
「おお、松谷瑠璃子にほめられた俺はやはり…王子様だな!」
と田中さんは大興奮だった。 田中さんは『自主練クラス』でストレッチをしながら居眠りして長い夢をみていた。
本来踊ることの少ない自主練では見学する側だったが、瑠璃子の参加で興奮したようだった。 「ヒノキー、迎えに来たわよー」
赤いポルシェで黒崎バレエアカデミーに乗り付け
さっそうと登場したのは、オオツマさんの奥さん。
オオツマさんより10歳年下の妻は、2歳の女の子のママとは思えない抜群のスタイル、
高級ブランド品をさりげなく着こなす超美人の元モデル。
オオツマさんは3年前、遊び人や業界人たちが集まるパーティで出会った
長身モデルに一目ぼれして即刻プロポーズした。
それまでケガをしてバレエ団をやめてしまったことに未練も残っていたのだが
彼女に出会ってからは
「過酷なバレエダンサーやめてビジネスマンになってよかった。」と思うことができた。
「パパァ〜」可愛い娘が抱き着いてくる。
オオツマさんは幸せな男だ。 オオツマさんはバレエ団にいたころには
「力持ち」としてパドドゥを踊る女性たちには好評だった。
だがディレクターには「表現も動き方も、何もかも大味」だと言われ悩んでいた。
マウィッツオーゲスのようなカリスマ性もなければ
糸吉のようなテクニシャンでもなかった。
今、黒崎バレエアカデミーでは、そのような厳しいことを言う人はいない。
いつもベタぼめされている。
プロとして厳しい評価されず、アマチュアとして褒められて踊るって楽しいんだよね。
たとえ、仕事で2週間練習できなくても後ろめたさもない。
今は、これでよかったと思う。結果オーライ。毎日楽しいからね。 「な、なんだー!あのゴージャズな美女はっっっ!」
田中さんはオオツマさんの奥さんを見て目をひんむいて驚いた。 「30代後半になっても、結婚は面倒だからいいやと思ってたんだよねー。
趣味に使う自由な時間が欲しいからね。
なのに美しい彼女に会った瞬間に『俺は彼女と結婚する』と決めたんだ。
一幕では仲間と遊んでて結婚を渋ってたのに
二幕でオデットに出会って結婚を決意する王子みたいだろ?」 「あのゴージャスな美女は今回の主役!ばれえじゃないわよ!!」
「今黒崎でバレエのドラマ撮影やってるの。そのイメージモデルの一人がオオツマさんなですって。女性脚本家がオオツマさんの大ファンで、偶然経済系マガジンのサファイヤの記事を見て以来ですって。何度か取材もしたらしいわよ!」
「そうね、ちょっとキャラ違うものね、オオツマさん独身だし、あんなチャラチャラしてないし、プロダンサー引退してからは怪我のリハビリと、猛勉強してドイツの有名大学の工学部でたって…その後オオツマ家具で修行した後イギリスでMBAとって帰国したって…」 へ〜、オオツマさんのところはご両親の理解が大きかったのね〜
今日もまったり『自主練クラス』(>>790)でストレッチをしながらのメインの座談が始まっていた。
自主練とは名ばかりで、オオツマや山加のバレエ経験談を若手に聞かせる機会でもあった。
第一線を退いたばかりの瑠璃子が顔を出したのも娘のきなこにバレエの喜びを知ってもらいたい、という気持ちもあったが、瑠璃子自身が燃え尽き症候群のようなモヤモヤを消し去りたかった。 そうオオツマさんは大人気だ。
だから妻子がいることもひた隠しているのだ。
だって40過ぎても遊び人だから、妻子がいるのバレると不都合なんだよね。 「バレエに打ち込めるのは今のうちだけど、
30過ぎると引退する人が増えるわ。
最低限、高校卒業するのは絶対。
バレエ引退して、最低限の学歴も何もない、じゃ困るのよ。
学歴って名刺代わりだからね。
ドイツのバレエ学校でディプロマ取るならドイツ語も必須。
今から勉強しておきなさい」 「ねえヒノキ、今度エマとお菓子作りしてくれる?
有名幼稚園の親子面接でそういうエピソード入れると
好印象だってお受験塾の先生が言うの」
「オーケー、もちろん!エマ、パパとお菓子作ろうねー」
「うん!」
「幼稚園に入って落ち着いたら習い事もさせたいの。
ピアノは必須として、バレエは、黒崎バレエアカデミーってどうなの?」
「そうだな、幼児クラスは優しくて可愛い先生がいるみたいだよ。
小学校高学年や中学生以上は本格的だから、かなり厳しい。
バレエは別に…、やらなくてもいいよ。
体操や水泳教室も見てみよう」
オオツマさんにとっては黒崎バレエアカデミーは遊び場所のひとつ。
娘や妻が介入するとなると、ちょっと居心地悪いのだ。 「目立ったことはやめてくれよ。君は美人すぎるからね。
41歳最後の独身イケメン社長で名前が知られちゃったから、
その知名度をビジネスでも利用していきたいんだよ」 「先代は言わないけれど、跡取りを期待してたんだよね。
古い人だからね。息子が二人だから余計そう思うんだよね。
僕の代でダメになっても、それはそれでいいじゃないか。
エマに婿養子でもいいし」
美人の妻に似た娘のエマをオオツマさんを溺愛している。 経済雑誌のサファイアで、女性ライターが自分の希望込みで独身と書いてしまった。
それで「ぜひ結婚したい!」という中年以上の独身女性の反響が大きかったため、
ひっこみがつかなくなってしまったのだ。
今さら訂正もできないので、しばらく独身のふりをしておこう。
バレたら「あれは雑誌の間違いです」と言えばいいのだし。 「ところでずいぶん地味なかっこうだね?お葬式じゃないよね」
「お受験塾へ行くときは、いつも紺のスーツよ。
チャラチャラしてる母親は有名幼稚園は嫌うんだから」
「君は本当に頼もしいよ。家のことを安心してまかせられるから
僕はバレエができるんだ。理解ある妻で僕は幸せだな」 「他人の私生活はどーでもいいけど、オオツマさん女性に大人気だなー
ター子先生だっていい年して、オオツマさんを独占したがるもんな。
なんで俺にはあんな風に女性が寄ってこないんだ?」
田中さんは不思議に思っていた。 先代の遊び人の血をひいてはいるけど
オオツマさんは真面目な人だよ!
奥さんと交際時したときから中年女ストーカーの嫌がらせが多かったから
奥さんを守るために結婚したのを公にしないんだよ! 「オオツマさんに彼女がいるらしい」「実は結婚している」
「子供も生まれた」と聞いたときの
周囲の女性達のヒステリックな拒否反応は
オオツマさんも奥さんも恐怖を感じるほどだった。
というわけでオオツマさんの私生活は闇に葬り去られてしまった。 >>843~>>851
〜黒崎大人クラス〜
見た?見たわ〜ドロドロね〜
あらすじありがとう。それにしても主人公の名前なんでオオツマさんなのよ。
オオツマさんは正真正銘最後の独身イケメンよ。婚約者ター子先生がいるじゃない。この間のオオツマさんの銀座のビルのオープニングに同伴してたもの。。
あ、ごめんごめん、つい
だって昼ドラよ〜
ドロドロしてないわけじゃいじゃない。私たち大人バレエに通うような世代が喜ぶドロドロ昼ドラなのよ♪
黒崎大人バレエクラスでもバレエドラマ>>841の話題で持ちきりだった。 黒崎タキ子は涙を拭っていた。
「酷いわ〜だって、こんな…」
黒崎タキ子は話題の昼ドラ一気見で泣いていた。
「おばあ様、そろそろアフタヌーンティーよ!オオツマ君、向かってるみたい。
今日は製菓のお教室だから期待できるわよ。タルトって言ってたわ。」 オオツマさんは30過ぎて経営学修士を取り、やっと親の会社に就職して
売り場スタッフから始め、慣れない仕事に追われて忙しく過ごしてきた。
40になる前に結婚をと、元祖遊び人の先代は
広い人脈を駆使して若く美しい女性たちを集めて大きなパーティを開いた。
オオツマさん38歳、奥様は28歳のときである。
奥さんは、国立大学博士前期課程修了してドイツ文学の修士号取ってる才女、
ヘルマン・ヘッセやゲーテなどの文学作品に造詣が深い。
ドイツ車メーカーの在京オフィスで働いていた彼女は
学生時代スカウトされてからモデルのバイトもしていた。
子供が好きな、控え目なしとやかな女性であった。
彼女の父親は、大きな不動産企業の経営者で
オオツマのビジネスを広げる強力なコネクションともなる。
ここまであらゆる条件のそろった女性であるから嫉妬に狂った
中年女性たちは結婚前には脅迫状まで送りつけてきた。
今でも「あれは奥さんじゃない!!!」と何年も否定し続けている。 Takiko ist ein Horror. Sie ist eifersüchtig.
Sie denkt erbarmlich, dass ich ihr Verlobter bin.
Hilf mir. Nenn mich nicht Liebling. 「いや、ほんとなんでもいいけど、みんな愛されてていいな。
俺もバレエの神様に愛されたい…」田中さんはひとりごちた。
「今のところ俺を世界で一番愛してくれているのは
実家の柴犬のモモかなあ」
と田中さんはブツブツ言いながら、固い足先を伸ばすのだった。 Was ist so unbequem, dass er eine Frau und eine Tochter hat?
Ein reicher und netter Mann kann mit einer jungen schönen Frau verheiratet sein. Sie brauchen einen Erben.
Es ist besser, eine junge Frau zu haben. 「おばあ様お待たせしました、今日はイチゴのタルトです。」
オオツマがアフタヌーンティーにやってくると、一足先にフランスから帰国した山加糸吉も席についていた。
「今日はイトのお土産スイーツのあるのよ、それからビデオみてたの。話題のバレエ昼ドラ」
「これ、えげつない話でわらえたよ、タキ子おばあ様大泣きだったけど。さすが昼ドラ、バブル感半端ない>>855」
「大人バレエクラスの生徒さんでドラマの大ファンの方々がね、あらすじ話すときになぜかオオツマ君っていうのよ(笑)(笑)(笑)
「ところでイトはどうなの?また黒崎に来てくれるんでしょう?きなこちゃんもイトの大ファンで楽しみにしているのよ。
そうそう、最近座談クラスに田中さんも来てくれてるの。是非イトの話も聞かせてあげてよ」 「そうだね、バレエ付属学校の教育に力を入れるので、
もうあまり来れないよ。お世話になりました。
オオツマさん、可愛い娘さんと若くて美人な奥さんによろしくね」 Ich hasse deinen Schreibstil. まあねえーわかんなくもないよねー
自分が結婚したい人に奥さんと子供がいたらねえ
だから内緒なんだよね 「バレエより恋愛話のほうが詳しくて力が入るって
おばさん達って、ほんとにもう」
田中さんは呆れていた 「とこれで再来週の土曜日あいてる?
アニキの会計事務所の10周年パーティーなんだけど、山加も面識あるだろ?たー子のところには既に招待状来てるんだけど、イトもよかったら。
一人同伴OKだから。たー子は僕の同伴者として参加するんだけどさ。
前からこっちで事務所立ち上げてビジネスしたいっていってたけど、アニキのところ紹介するいい機会だから。」
アフタヌーンティーからのまったりタイムに突入していた面々は、山加糸吉の国内バレエ活動についての話題に移っていた。 「いや、僕はすぐにフランスに帰るよ。
今夜の便でね」 「ああ、そうだね、久しぶりに可愛い娘のエマちゃんと
きれいな奥さんに会いたかったよ。
以前あったとき、彼女の文学の話は興味深かったね。
僕もゲーテの『若きウェルテルの悩み』を題材に振り付けたいと思ってたんだが、
本当に教育現場は教師がいないと始まらないんだ」 「そういえばね、大人クラスにいるの、良く言えばミーハーだけど、」
アフタヌーンティーからのまったりタイムでは大人バレエくらすについての話題に移っていた。
「実はね、オオツマ君の熱烈なファンがいねて、ストーカーっていうの?心配なのよ…」
「えええっつ何ですって?ダーリン大丈夫なの?心配だわ〜」
黒崎タキ子が叫んだ。 なんでもね、妄想っていうの?オオツマ君の妻になりきって空想の子供までいてね、面白おかしくもっともらしい物語をお教室で吹聴しているらしいの。
他の大人バレエの生徒さんたちは適当にお相手してるみたいなんだけど、例のバレエ昼ドラの影響じゃないかって。
いろいろご家庭で問題を抱えているらしくて、どうしたものかとね。
今度のスタッフ会議での議題にも上がるけれど。
ター子が心配そうに話した。 「ほら、ほーら、また事務所でダーリンとか言ってる」
「だ・か・ら。公私混同って言われるのよ。
保護者まで聞こえてるわよー」
実は、大人クラスにはオオツマさんのファンと、ター子の敵がいっぱいいたのだった。 まったく女どもときたら!
金持ち・イケメン・優しいと三拍子揃ったら、すぐに見苦しく争奪戦だ。
触らぬ神にたたりなしとはよく言ったもんだ。
俺は誰よりもピュアな心でバレエに取り組んでいるのだ。
今日もアラスゴンターンに挑戦するのだ。
足が絡みついてしまって、4回しか続かないけどな!
男はなぜかアラスゴンターン16回できないと、良い役が踊れないらしい。
しかし女性のフェッテは倍の32回。
ん?なんで半分なんだろな?
あとは、跳ぶことと、女性を持ち上げることにエネルギー使えってこと? 今日もひたすら練習に励む田中さんをマリアはバルコニーから見つめていた。
ちょうど自主練しようとスタジオに訪れたのだが、“憧れの男子”が先客であったため恥ずかしくて入りづらかったのだ。
「今日は頑張って声掛けてみようかな…」
だが、勇気を振り絞り少し緊張しながら田中さんが練習するスタジオにさりげなく入っていくと…
「た、田中くん…!」
「うお!?」
突然話しかけられアラセゴンターンでバランスを崩した田中さんは何とも不格好な姿でよろけて変な悲鳴をあげてしまった。
「急にごめんなさい。
私も自主練しようと思って……
本当に田中くんはバレエに一所懸命なんだね。一緒にいいかな?」
選抜クラスにいた如何にもバレリーナな外見の容姿端麗な女子に気付いた田中さんは、少し興奮して鼻の下を伸ばした。
「大歓迎大歓迎!! 上級者さんの動きは参考になるし!」
「ありがとう」
マリアは田中さんが自分を歓迎してくれたことに舞い上がりそうな自分を隠しつつ、無邪気な笑顔を見せた。 マリアはいったん気持ちを落ち着けるために
バーのそばで、そっとアチュチュードバランスやパッセバランスをした。
「すごいバランスの強さだなあ。ポワントで立って全然ぶれない」 できないアラスゴンターンを必死で繰り返す田中さんを見て
マリアはフェッテを習い始めた10代のころを思い出した。
最初は不器用に2、3回、なんとなく脚と身体を回すだけ。
コツがわかると、7回、8回と続くようになり、
徐々にスポッティングや顔に切り方が安定して、回数は増えていった。
だが24回で終わる日がしばらく続いた。
あと8回なのに!
20回過ぎたころに視界が急にぼやけていく。
ロンドジャンブの足が重くなり、音に遅れていく。
軸がズレる。脇が思うように回らなくなる。
ポワントアップが上がり切らなくなる。
向村バレエ学校には、もっと上手に回る子もいた。
マリアはあきらめずに練習を続けて
高校生のある日、とうとう32回回れるようになった。
あのときの努力を積み重ねが今のマリアの実力を支えている。 山加糸吉も芦田マヤ子も、きなこの踊り方がロシア的だと言っていた。
瑠璃子も紗江子も、若い頃ソ連に留学していたこともあるし、
きなこが観てきたビデオや舞台もロシアのものが多い。
「ヨーロッパ行くと、もっと骨盤を立てろという先生もいると思う。
アームスや肩甲骨の回し方も。
でも、今回の白鳥は今の踊り方がいいわ。空間を良く使ってみえる」
「きなこちゃん、コッペリアのときと足元が変わってきたよ。
紗江子先生の指導が良かったんだね」
紗江子には、脚の使い方、腕のライン、音の利かせ方、余白の見せ方、
片っ端から直された。
きなこはバレエを習う子供の踊りから
急にダンサーの踊りを見せるようになってきた。 河合ナナは、ロビーの片隅でノートパソコンをいじっていた。
『夏のバレエカーニバル』のプログラムの作成だ。
本当は事務所のパソコンのほうが性能がいいのだが…。
「うーん、文頭が上手く揃わない」
「あ、あのっ、僕がわかることだったら、お手伝いしましょうか」
ナナが困っているのを見かけて、通りがかった有沢さんがさっと直した。
「ありがとうございます。有沢さん、詳しいんですね」
「いえっ、職場で書類作ることが多いので…」 ナナに褒められて照れ臭そうにする有沢さん。
他人とコミュニケーションをとるのが苦手だが、その分事務仕事は積極的にとっているためパソコンスキルはあがっていったのだ。
「市役所で働いているので事務仕事は多いんです。よく使うのでExcelが得意ですが、wordやパワポも一通りは」
「私はバレエ一筋で生きてきたのでそういうのはあまり慣れていないんですよね。
有沢さんはバレエも綺麗でパソコンも詳しくて凄いなって思います!」
そんなに褒めないでくださいよと焦る有沢さんを面白そうに見るナナであったが、時間を確認するともうすぐヴァリエーションクラスの時間だ。
「あ、有沢さん、ヴァリエーションクラスがもうすぐはじまります。デジレ王子のヴァリエーション頑張ってくださいね」
「はい!」
「ケイトくん、おはよう」
「蓮くん、おはよう」
ちょうど通りかかった高瀬蓮が有沢さんに親しげに挨拶をした。
実は高瀬蓮と有沢さん、同じ初心者大人クラスから選抜クラスに入ったという境遇や、バーが近いこともありバレエ男子友達になったのだ。
タイプの異なる美青年二人のコンビということもあってか、大人クラスのマダム達の間では噂にもなっているらしい……。
「それではナナ先生、行ってきます」
軽く頭を下げて高瀬蓮と有沢さんはクラスのあるスタジオへと急いだ。 「蓮くんは、動きがダイナミックで
思い切りが良くて、見ごたえがある」
「ケイトくんは、子供のころやってただけあって
フットワークが柔らかくて自然で優雅だ」
二人はお互いの良さを認め合っていた。 「あなたは誰のお弟子さんなの?」
ナナは大先生に呼び止められた。
「黒崎でずっと習っていた河合ナナです。
今は、子供クラスや初心者クラスを教えてます」
この会話を、今年に入ってからもう何回も繰り返している。
「東野先生はいついらっしゃるのかしら?」
「さあ、どうなんでしょう…」
先生が50年前共演したその男性はもう亡くなられました、
と言いかけて、ナナは言葉を濁した。
ますます時間の前後関係が怪しくなってきている。
大丈夫かしら、大先生。>>180 >>252 間食、糖分は控えてください
インスリンの機能低下をおこして認知症が進んでしまいます 有名人や権威を持つ人と親しいことをまわりにアピール
テンションが高く、考える隙を与えず言いくるめようとする
疑われると話をそらして同情を買うような話をする
典型的な詐欺師ですよ…
思い当たりませんか… 『第一回進路希望調査』
きなこは高校で渡されたプリントにどう書こうか迷っていた。
高校1年生、3年後の自分の姿は、紗幕の向こう側。
ぼんやりとしか見えない。
「バレエを続けていく」という気持ちは強くあるけれど
「絶対にプロのバレエダンサーになる」という自信や確信は、
まだ、ない。
「芸術の選択科目は音楽かな。美術も書道も好きなのに、
来年からは1科目だけ」
1つ選択して、他の選択肢が、消える。
大人になっていくと、こんな決断が増えていくんだ。
それが少し怖い。 「はい、次は、田中さーん、くるみ割り人形ですね。
王子の白い上衣はたくさんありますので、試着してください」
おおおおお〜!憧れの王子の衣装〜!
俺の晴れ舞台であるから、一番立派なのを選ばねば!
ここは、多くの衣装が保管されている黒崎バレエアカデミー自慢の衣裳部屋。
夏のカーニバルでの衣装を選ぶ田中さんは興奮していた。
「袖は膨らんだものもいくつかありますよ。
それともタイトなほうがいいですか?」
衣装担当のスタッフはテキパキと見つくろって、田中さんの前に並べた。
「アンオーしてみて、ちょうどいいですね。
え?後ろ身ごろが短いですか?こっちは袖が長い?これは肩がキツい?
こっちは地味?ベージュすぎる?デザインが嫌?生地に光沢がない?
大きいのは調整しますよ。じゃこっちはどうですか」
田中さんは迷った挙句、豪華な装飾がほどこされた
ビショップスリーブの白い衣装を選んだ。 俺は以前、オープンクラススタジオ『ベルベット』で
10人の先生に習ったときに気がついていた。>>353-359
奥様方がワイワイキャーキャーやって
先生が「できてますーできてますー」ってほめて
それで楽しく成立しているクラスだってあるのだ。
それもいいのだ。趣味だからな。
しかし、俺は真の求道者である。
イバラが道をふさいでも
邪悪な者に誘惑されても
ネズミの大群が襲ってこようとも
理想へと突き進む真のバレエダンサーなのだ。
「あのー、田中さん?そろそろいいでしょうか?」
衣装を着て鏡の前に立っていた田中さんは、はっと我に返った。
おっと、いけないいけない。
またもや自分の美しさに陶酔してしまった。 ナナはスタジオの床にビニールテープの目印、バミリを貼っていた。
いつも使用する客席数2000の大ホールと違って
「夏のバレエカーニバル」は500席ほど。舞台の大きさも違う。
「子供たちの出番は最初のほうに固めたから
当日は、楽屋入りしたら一斉にメイク。
今週、お手伝いの保護者との打ち合わせ…」
「ナナも何か踊ればいいのに」と紗江子は言うのだが
毎回、裏方仕事と子供の世話に奔走しているのだ。 会場に持ち込む食べ物は、衣装や会場を汚さないもの。
つまり、一口大のもの、汁が出ないもの。
監督さんや照明や音響の舞台スタッフには
個別のお弁当を配るんだけど…。
前回は、バゲットのパンくずやローストビーフのソースが散った机や床を
ナナが拭き掃除をしてから帰った。
「日本のバレエ界、無償労働が多いんだよね」
山加糸吉は、逃げるようにフランスへ帰って行った。
労働契約もなく知り合いだからといって応じていたら際限がない。
「ナナさんは、ヨーロッパに来る気はないんですか?」 僕のいとこ?そんなこと言ってた?
大先生と同姓同名のいとこなんていないよ…
最初会ったときは落ち込んでた時期で
人の話を気に留めてなかった
あの人は踊る人ではないよ
それは、話したらすぐわかるよね… 「大先生が心配だわ。先生の姪のゆかりさんを呼びますね」
>>325 「きゃあー! 高瀬くんかっこいいわ素敵〜!」
「ありがとうございます」
夏のバレエカーニバルの衣装合わせがはじまって、何やら人集りが出来ていた。
黒のバジルの衣装に身を包んだ高瀬蓮目当てにファンが集まっているのだ。高瀬蓮は彼女達ににこりと微笑みかけた。
「ケイトくんも早く出てきた方がいいよ。練習もはじまるし」
「いやでも人が……」
部屋の奥では人目がありなかなか出て来れない、白タイツに18世紀風の豪華な衣装の有沢さんの姿があった。
若いとはいえ成人男性が白タイツを履くのはやはり抵抗があったのだ。くっきりと尻の輪郭や股間の膨らみが分かってしまうため無理もない。 小学生までは気にしてなかった。
中学生になると「なぜタイツなんだろう」と思う時期があった。
サポーターのバックが食い込む感触も「うわっ」と思ったっけ。
フィギュアスケートでは露出しすぎる
品位にかけるという理由で男子タイツ禁止だ。(2018まで)
舞台衣装が素晴らしいのはわかる。わかるんだけど。
許されるものなら黒ジャージで出たいくらいなんだ。 「有沢くん、モタモタしないでさっさと出て来なさい! 準備ができているのは知ってるんだからね!」
紗栄子が大きな声を出して有沢さんに出て来るよう促す。
もちろんヴァリエーションクラス指導者としての責任もあったが、個人的事情として有沢さんの白タイツ王子様姿見たさでウズウズしていたのもあった。
(高瀬くんの黒タイツのスペイン色男感もセクシーで最高だし、きっと有沢くんの気品溢れる感じなら王子の衣装が似合うにきまってるわ…!)
するとシャラっとカーテンがあき、一見シンプルに見えて見事な装飾が施された上衣に……
<<<<<下黒ジャージ!!!!!>>>>>
の有沢さんが現れた。
そして紗栄子は激怒した。 毎回、発表会には家族に来てもらうが、特に観てほしい人はいなかった。
全幕主役だからと渡された多めのチケットは、どうしても余ってしまう。
「俺の妹もバレエやってて、脇役で出るんだよ。
プログラム見たら、有沢が主役の王子じゃん!」
「まじまじー?!みんなで観に行こうぜー!」
あまり気が進まなかったが、チケットを渡した。
クラスメート10人が遠足気分で盛り上がっていた。
あれが間違いだった。
舞台の翌日、女子の一人が教室で大声で言ったのだ。
「有沢、モッコリすごかったねー!!!」 それが、有沢さん中学3年生、多感な時期のタイツの思い出だ。 有沢さん主役の舞台を観た中学のクラスメートたちは
「有沢のジャンプや回転すごかったな!そんな特技、隠すことないじゃん!」
と真似をしてみせる子もいた。
しかし、何人かの女子は、その秋から卒業まで有沢さんのことを
「モッコリく〜ん!」と呼び続けた。 この前来てた男の子、オーディションに受かって
アイドル養成グループの『シャイニーズJr.』に入ってたよ。
ええ〜、すごいな〜!でも似合ってるよ。
バレエ一筋というタイプではないもんな。
先輩にため口きいてさっそくにらまれたらしいけど。
シャイニーズのレッスンでも、上手い子が前に呼ばれて
下手な子は後ろに追いやられるんだってさ。
そういうとこは選抜クラスと似てるね。
スターのバックで踊るには曲数がめちゃくちゃ多くて、
小道具や早着替えも手伝うから段取りとか覚える量が多くて
拘束時間が超長いし、厳しいってぼやいてた。
厳しいと嫌になるって言ってる子が大丈夫なのか?
でもさ、下積みを頑張ったら、
ひょっとすると、将来国民的大スター? 有沢さんが紗江子先生に怒られてるときに
田中さんは、白タイツの王子姿で堂々たる態度で現れた。
「あれ?有沢さん、なぜ黒ジャージ?」
「…うん…その…」返事に困る有沢さん。 元プロダンサーで趣味でバレエを続けていたオオツマさんは
夏のカーニバルを最後に舞台を降りる。
レジェンドと呼ばれていたカリスマダンサーの40代半ばの舞台を観て
その衰え方にショックを受けたことがあるのだ。
だから自分も見苦しくなる前に去りたいと思っている。
「僕がドイツに拠点を移したいのは身長の問題も大きいんだよね。
188cmもあると、日本の規格に合っていないので
油断すると色んな場所で頭をぶつけるんだよ。
妻も175cmの高身長だから、ドイツのほうがのびのび暮らせそうだからね。
年の半分は日本で仕事して、半分はドイツでのんびり暮らす。
いかに働かず、遊ぶか、は先代の教え。
2拠点生活もやり方次第だよ。
娘のエマにはあっちでシュタイナー教育を受けさせたいんだ。
僕は厳しい日本の教育は苦手だから」 みんな、人生の決断が早い。
やりたいことがはっきりしている。
いつまでもたくさんの選択肢をキープできないってことはわかってるけど。
きなこは、トウシューズの先をかがいながら
教科書を広げて学校のテスト勉強をしていた。 俺は有沢さんが白タイツ嫌がる理由が分かんねえな〜
有沢さんは脚も長くて綺麗だし白タイツ似合うと思うんだけどな!
まあ俺の王子様ぶりに自信を失う気持ちも分からなくもないけどね。
田中さんをみる死んだ目の女子生徒の視線の中で田中さんはポーズを決めだした。 だが田中さんの場合それほど“大きくない”為、白タイツ姿であってもさほど気にならない。
けれど有沢さんのソレはそこそこのサイズであるため、逆に田中さんのタイツ姿を見てコンプレックスを抱いてしまった。
中学時代、クラスメートから自分の股間サイズでからかわれてしまった有沢さんにとって、お上品なサイズの田中さんがとても羨ましかった。
田中さんは、股間サイズは王子様であった。 踊りは、あんなだけど、田中さんはいつも楽しそうだよな。
生徒の中で一番バレエを楽しんでるんじゃないか。 ~成田〜
オオツマ君、豹の事頼んだわよ、お教室の妄想大人バレエの方は心配しないで
あの方いろいろ問題を抱えていて、現実と妄想の区別がつかなくなっているのよ
ご家族の方に何度か連絡したのだけれど....
流石にお教室でオオツマ君の妻と名乗ったり、お人形抱えて娘のエマとか呼ぶとね…
レッスンの時はいたってまともなんだけど…
他の大人メンバーさん達が、お子さんやご家族の噂話しを始めるとね…ちょっとおかしくなってしまうのよ…
お気の毒なんだけど…退会してもらったはずなのに時々黒崎に現れるのよ....
オオツマ君が紹介してくれた弁護士さんにも対応してもらってるところよ。
大妻と豹は夏季講習の始まる3か月前にミュンヘン行きのルフトハンザに搭乗した。
豹は、大妻のオーストリア時代の同僚が経営しているバレエ教室にホームステイしながら現地のインターへ通う。
大妻は、豹を送り届けた後母校に立ち寄り講演を行い、その後オオツマ家具の商談をする予定だ。 その頃、芦田マヤ子の誘いを断りがてらンスへ向った山加糸吉は、ブルジェ湖湖畔にいた。
気持ちの整理がついた糸吉は、暫くネリッサの傍にいたいと切望したのだった。 黒崎ではマネージャー会議が行われていた。
ここ数年で大幅に増やした大人バレエクラスだか、各クラスで様々な問題が発生しており、年々増えていた。
大人バレエさん達のマナーについて、クラスの雰囲気、レベル、問題点などをシェアしながら改善点を探る。
中でも問題視されたのは、いじめ
大人の世界だけに陰湿なケースもあり、それが原因で退会者が出たり、精神的に病んでしまったりと様々意見があがった。
それと同時に、教師のマナーや態度につても言及された。
今回同席した弁護士からも助言があり、教師、スタッフ全てがトレーニングを受けることになった。 大先生の妹の娘、姪である十文字ゆかり(じゅうもんじ・ゆかり)は>>325
幼少期に黒崎バレエアカデミーでバレエを習っていた。
結婚を機にやめて、ときどき事務の手伝いをしに来ていた。
ゆかりは黒崎の口座履歴をチェックしながら、いぶかった。
「妙な出金が多いわ」
この前の決算時期、手伝いに行くと連絡したら
「もう決算書はできましたから結構」と謎の女性に断られた。
あの時に気が付くべきだった。
幼少期から50年来、黒崎バレエアカデミーと関わってきたが
バレエ一筋のおばに、養子がいるとか、孫がいるとか、一度も聞いたことない。
「警察に来てもらいましょう」
2002年は高齢者を狙った犯罪数ピークの年である。 なんでもね、なりすまし詐欺っていうの?
最近表に出てこなかった大先生になりきろうとしてたけど
80代のおばあちゃんって知って
あわてて空想上の孫を騙り始めてね
もっともらしい物語をお教室で吹聴して、居座ってるらしいの
人に取り入るのが上手いけど
代表としての仕事は全くしないのよ 奥様、バレエやってないわよ?
2歳の子の育児に忙しいんだもの。
あの方の妄想もひどくなってるわね。 奥様、バレエやってないわよ?
2歳の子の育児に忙しいんだもの。
あの方の妄想も日に日にひどくなってるわね。 フードなんとかで忙しいなら
バレエアカデミーの邪魔をしないでほしいわね。 オオツマさんの若く美しい婚約者の存在を知ったとたん
ター子は発狂した。
「いやよ!彼は私の婚約者なのよ!そんなわけはないわ!」
キーキー泣き叫びながら、ター子が走り回っている姿を
スタッフも生徒も見ていた。
「ジゼルそっくりだな」 結局、詐欺の容疑で逮捕者が出てしまった。
架空の孫になりすまし、黒崎バレエアカデミーを乗っ取ろうとした罪で。
今後は姪の十文字ゆかりさんが代表になります。
あとはアカデミーの私物化を防ぐために、理事を数人置きましょう。 ああ、あの逮捕された女、
大人クラスの女性達が「オオツマさんと結婚したーい」と
冗談を言い合って笑っていたら、鬼のような形相でにらんでいたわよね。
みんな美人の奥さんのことは知ってるから冗談に決まってるじゃない。
「40過ぎた女の怨念よ。一番関わっちゃいけないやつ」 あの方、刑務所でもブツブツ妄想してるみたい。
精神障害で無罪になるのって納得いかないわ。 豹も家庭に問題があり年齢相応の社会性がなく敬語も使えないのよね。
選抜クラスが厳しいから大人初心者行くなんて
その程度のもんよ。 なんか事務室周辺にぎやかだな。
オオツマさんのストーカーってター子だったのか。
執念っていうか、怨念ってこわいよな。 松谷瑠璃子さんもあきれ果ててたわよ。
なんか人を利用してのし上がる気満々だって。 「一番態度や行動にあるのはター子先生だけどな」
「踊れないおばさんがわけわからない口出ししないでほしい」
教師は口々に言い合っていた。
逮捕されたのには驚いたが、今はホッとしている。 40過ぎた男に妻子がいることが
なぜそれほど受け入れられないんだろうが不思議だよね。
自分の理想像を投影しすぎじゃないのかなあ。 「あなた達!!見せ物じゃないのよ!さっさと行きなさい!」
紗栄子が、美青年二人のバジルとデジレ王子をみに来ていた女子生徒達をじろりと睨むと、彼女達は気まずくなり退散していった。
女子生徒の好奇な眼差しが向けられることが無くなったため、有沢さんは漸く黒ジャージを脱いだ。
中学時代のときと違い、あどけなさが薄まり有沢さんはよりいっそう王子らしい落ち着きが生まれていた。
「ケイトくん、凄い似合ってるよ!」
「そうかな…」
蓮に褒められて照れ臭そうに笑った。
そして脳裏に、中学時代の最後の公演、舞台袖で自分を本当に王子のようで凄く綺麗だと励ましてくれた名前を忘れてしまった向村バレエの女性教師の言葉がよみがえる。>>798
一番信じたい人の言葉を信じられず、クラスメートのくだらないからかいの言葉に振り回されているなんて…
有沢さんは自嘲した。 ええ先生、おばあ様と私も大事には。
ター子は大妻檜が紹介した弁護士と警察署に向かう前に打ち合わせをしていた。
逮捕された大人バレエの生徒さんの件で話をしなければならなかったのだ。
黒崎タキ子はかつて若くして出産で命を落とした愛弟子の女児を養子としてひきとっていた。
その娘が結婚して生まれた子供がター子である。
ター子の母親もまたプリマだったが、引退後は嫁ぎ先でバレエ教室を開いている。
ター子は生まれてからずっとバレエ教室で育ったが、思春期に摂食障害に悩みバレエをやめて、栄養士を目指し、女子大の栄養学部を卒業した。
その後、食に関わるあらゆる学びを経てフードコーディネーターや、プロスポーツ選手の栄養サポートなどを兼務しながら黒崎タキ子の面倒を見ていた。 数カ月前にいきなりきて居座っただけよ?
刑務所でそう言ってるらしいわ。 自称孫さん、いろいろ問題を抱えていて、現実と妄想の区別がつかなくなっているのよ
ご家族の方に何度か連絡しようとしたけど
詐欺師だから本名も連絡先もわからない。
流石にお教室でオオツマ君の婚約者と名乗ったり、
大人クラスの人に濡れ衣きせるとね…
バレエの話はバカ丸出しになっちゃうしね…
他の大人メンバーさん達が、お子さんやご家族の噂話しを始めるとね…
ちょっとおかしくなってしまうのよ…
お気の毒なんだけど…逮捕されてよかったわ....
オオツマ君が紹介してくれた弁護士さんにも対応して
今後はいっさい黒崎に近づかないよう誓約書も書かせてもらったわ。 かつて姪の十文字ゆかりが黒崎をみていたが、ゆかりの母でタキ子の妹が病気になり、ゆかりは黒崎のビジネスから手を引いていた。
逮捕された大人バレエ生徒の女性は、退会を余儀なくされた後、姪の十文字ゆかりになりすまして黒崎に出入りするようになっていた。
ある時はタキ子の住居へ不法侵入したり、黒崎の事務所を荒らしたり、孫のター子へは執念深く嫌がらせ行為をしたり、大妻檜の職場にまで現れたのだ。
幼児の人形をベビーカーに乗せて現れ、オオツマ家具銀座アネックス"ズッペンゲミューゼ”に現れ大騒ぎとなった。
特にター子が恐れたのは、ター子の姉で二人が子供時代を過ごした母親のバレエ教室にも影響があった事だ。
豹は、ター子の姉と母のもとでバレエ英才教育を受けたが、黒崎のような厳しいスタイルとは真逆の環境で育った。
父親がピアニストだった事もあり、音大付属小、中学校に通い、ピアノにも熱心な子供だった。
褒められ、愛され、大切にされて育ったおおらかな子だった為、予定を早めてドイツに発ったのだった。
逮捕された大人バレエ生徒さんは、お教室でのインモラルな発言含め、逮捕時には救急車で搬送されていた。 黒崎ター子は、黒崎タキ子やスタッフとも相談して、身の安全のため暫くは黒崎から離れることにした。
そして、ドイツで大妻檜と合流した後、大妻の仕事に合間にフランスの山加糸吉を訪ねていた。
ター子は今回の滞在では、フーディーズとして旅先のレストランの下調べや紹介記事を書いたり、副業としてバレエ学校の紹介記事も書くことになっている。 いとこで幼馴染の山加糸吉には、リヨンを案内してもらう約束をしている。
それ以外には"ズッペンゲミューゼ”の次のクリスマスイベントの企画の一環として、ワイナリー巡りも予定している。 大妻とター子は、以前からザルツブルクで挙式をすると決めていた。
今回の滞在ではその場所を手配し、秋に親しい友人のみを呼ぶつもりだ。
今回のストーカー騒ぎで、大妻の家族も会社も賛成してくれていた。 大妻檜は、18歳からドイツ・ヴュルテンベルクバレエ学校で3年学ん後オーストリア・ウィーン国立劇場に入団するも、怪我の為3年で退団していた。
帰国後1年怪我の治療をした後、オオツマ家具でアルバイトをしながら趣味でバレエを続けながら海外留学ために必要な資格とスコアをとるため2年かけて勉強した。
シュトゥットガルト大学に5年通った後帰国し、オオツマ家具で3年修行を積んだ。
オオツマグループを継ぐ決意をした後、オオツマのビジネスも手伝いながらイギリスのビジネススクールへ2年通った。
MBAを取得して、本格的にオオツマグループのマネジメントに参加するようになったのが2年前で、社長に就任したのはつい最近の事だった。
ター子と大妻は、兼ねてよりオオツマの社長就任後に挙式をする予定でいた。
それにしても災難だったな〜
ちょっとおかしな大人会員がいるとは思っていたけどさ〜
糸吉の優しい言葉と美味しいワインを見つけたター子は安堵した。
他にも劇場シャモニー・モンブラン・バレエスクールの取材許可もおりていた。 まーさーかー!今から40過ぎた犯罪者のおばさんと結婚だと?
しかしそれもよいだろう
40女の執念と怨念の略奪婚がここに完結する というのは妄想で
来年はオオツマさんには第二子が誕生するようだ
「エマもお姉さんになるね」オオツマさんは幸せだった 有沢さんも田中さんも白の衣装だ。
有沢さんのは、シンプルなシルエットですっきりとしたライン、
まっすぐ伸びた手足の美しさがよりよく見える。
田中さんは、袖にボリュームがあり、赤い指し色が入った上衣で
脚より上半身に視線を集めるデザインだ。
衣装スタッフさんの見立てか、自分で選んだのかしら。
たしかに体型に合ってるわ。 「俺、最近わかったんだよ。
男の身体には『究極の美』が宿っているんだ」
「は…?」
田中さんが唐突にそんなことを言い出し、
鈴木さんや中村さんは心配した。
(田中くん、大丈夫か?)
(別の方面に目覚めたのか?)
(悪い冗談なのか?)
(いいや、田中さんは、いつだって大真面目じゃないか)
実は田中さん、先日、現代バレエ団の来日公演を観に行き
タイツだけで踊る男性ダンサーたちの肉体とパワーに魅了されたばかりだ。
「前はタイツに少し抵抗があったけど
今は身体の線を見せるタイツが最高の衣装だとわかる。
なぜなら、俺は『動く彫刻』、『踊る芸術品』として、この世に存在してるのだから」 「彫刻と言えば、俺って、ちょっと『ダビデ像』に似てるんだよね」
(ダビデ像?)
(どんなのだっけ?)
(昔、教科書載ってたような?)
(男性の裸像だよね?)
鈴木さんと中村さんは思い出せそうで思い出せず、
「そ、そう…、かな…?」と苦し紛れに答えた。 この日、有沢さんは久々に向村バレエ本部教室の前まで足を運んだ。
黒崎と優らずとも劣らない立派な煉瓦づくりの校舎…子どもの頃バレエを辞めてから一度も見ることの無かったその建物を20半ばの今目の前にしている。
何を思ったのか自分でもよく分からなかったが、再びバレエをはじめた今、過去の自分がバレエとどう向き合ってきたのか再確認したくなったのかもしれない。
有沢さんは受付に見学したいという旨を伝えると、来客用のスリッパに履き替えて木の板の廊下を進む。そしてピアノが奏でる軽やかな音楽の響くスタジオの方へと向かった。 田中さんはノートと鉛筆を持ってシャワー室に入ると、鏡に映る自身の裸体の模写を始めた。
一見ふざけているようだが、田中さん本人は真剣そのものである。 巨人ゴリアテに石を投げつけようと、にらみつけるダビデ像。
なにものにも屈しない精神の強さと肉体の美の象徴。
そこまで髪がカールはしてないが、俺そのものではないか。 有沢君・・・中学生でバレエ免疫が無い友達に白タイツ姿は可哀そうだったかもね〜
僕も最初この姿で学内を移動するのは恥ずかしかったんだけど、社会人サークルの人たちとも交流できるようになって今は全然平気になったよ
田中さんや有沢さんの雄姿に勇気づけられた中村さんは、学生時代のスコティッシュの衣装一式を久しぶりに押入れから引っ張り出して着てみたのだった バレエやダンスは非言語文化だからなのか「◎▽っていうのは、※◇だからなんだってよ」っていう
出典・根拠・裏付けが全く検証できないんだよなぁ
メリハリのあるどっしりとした存在感を持つ「裸体こそ神の化身であり美しい」とする西洋にたいして
着物という布でふんわり包むことではじめてその内側にある「かそけき肉体の有様を想像できる」みたいに捉え方が曖昧な日本文化
ってのもどこかで聞きかじったことがあるんだ
ゲルシー・カークランドの分厚い翻訳本をぱたんと閉じて鈴木さんはため息をついた 「もしもーし、シャワーは手短にお願いします!次の人達が待ってるので」
誰かがドアをトントンと叩いた。
おっと、デッサンに夢中で長居をしすぎてしまった。
しかしなんだかな。俺って首短いのかな。
首は短くないが、肩がごついんだ。
お腹も彫刻みたいに引き締まってはないな。
俺ってこんな身体なのか。
デッサンをしてようやく現実を知る田中さんだった。 あれ…なんだ……?
視界がぼやけて空間が歪んだ気がした。
ピアノのメロディーが頭に大小に響いて気持ちが悪い。有沢さんは頭を押さえて立ち止まった。
「……」
……どれくらい経ったであろうか?
不可解なめまいはおさまっており有沢さんはそっと瞼を開けた。そしてメロディーが変わっていることに気付く。
『眠れる森の美女』第二幕オーロラのVa。
デジレ王子の目の前に現れた王女の幻影が優雅に、どこか切なげに舞う。
そしてその曲と共に小スタジオからポワントの軽い音が聞こえてくる。
いったい誰が踊っているのだろう? まるで引き寄せられるように夕陽の橙色の光が零れるドアから、中のスタジオを有沢さんはそっと覗いた。
「……!」
妖精のように殆どポワントの音が聞こえない脚の運びに、音楽を奏でるようなポールドブラ、凛と咲く一輪の百合のような若い女性……
まるで窓から射し込む光と踊っているようだ。
「……先生…?」
有沢さんの記憶の中の姿から全く変わっていない支部教室時代の恩師。
そんなこと有り得ない。有沢さんが俄には信じがたい光景に呆気にとられていると、目の前の彼女は踊り終えて有沢さんの方を見た。
やはり先生だ……。
「ケイトくん、どうしたの?」
柔らかく微笑む先生。
有沢さんはその懐かしい笑顔に泣き出しそうである。だが、自分の鏡に映った姿に驚いた。身長が今より低くなっており、あどけなさのある15歳の頃の自分になっていた。 薄いラベンダーのレオタードに、
アイボリーの長めのスカートを身に着けた先生は
その澄んだ優しい目で、有沢さんを見つめながら言う。
「大丈夫よ、ケイトくん。
あなたの脚はバレエに向いている…
練習すればうんと素敵に踊れるようになるわ…」 夢でもみているのだろうか?
さっきまで廊下を歩いていた気がするが……自分が15歳だった頃の記憶なのか、それとも願望だったのか?
目の前の先生が現実なのか夢なのかは分からない。それでも、どうしてもききたいことがあった。
「先生のお名前、教えてください……」
先生の名前。こんなに自分にとって特別な存在であったのに名前が思い出せない。名前さえ知れたら先生が今どうしているのかわかるかもしれない。 「みんな、マミー先生って呼んでくれてたわね…」
支部教室で有沢さんを指導していたのは
真弓ゆうこ(まゆみ・ゆうこ)先生。
当時教室の生徒の中に、まゆみちゃんもゆうこちゃんもよくいたから
ニックネームで呼ばれるようになったのだ。 バレエ学校の3歳からの幼児クラスはベビー科と呼ばれていた。
誰かが「まゆみせんせい」を上手く発音できず、
「まみーせんせい」と呼んでいたところ、支部長の先生も真似してそれが定着した。
そうだ、マミー先生…。 田中さん、ミケランジェロの『ダビデ像』の体型とは違うよね。
顔もあんなに彫が深くない。
でも、
少し眉尻を下げて、口元をほころばせたら、
見ようによっては、
似てなくもない…?
面白キャラだから誰も気がつかないのだが、
田中さん、顔のパーツの配置はそう悪くないのだ。
>>28 今日は幼児クラスの見学日。
お母さま方が並べたパイプ椅子にずらりと座って見学している。
以前は見学自由で、お母さま方の私語で気が散ったり
レッスンに集中できないことが多かったので
今では決まった日を保護者の見学日にしている。
「はーい。みんな元気に踊れましたね!
お母さんにもレべランスしましょう」
拍手で無事に見学日レッスンは終わった。 母親の一人がナナに声をかけてくる。
「すみません、ナナ先生お話が」
「はい!なんでしょう」
「うちの子、バレエの才能あるんでしょうか?
他のお子さんよりモタモタして見えるんですけど」
「ええ、のんびり屋さんですけど、大丈夫。何も問題ないですよ」
「才能がないなら、他のことに集中したほうがいいかと思うんです。
他にもヴァイオリンと、水泳と、そろばんしているんです」
「まだ5歳なので、なんとも…。
本人が好きで続けられるかどうかですね」
「コンクールはいつから出られるんでしょう?」
「一応、10歳から少しずつです」
「下手だと出られないんでしょ?」
「希望も聞きますが、選ばれた子が数人出てますね」
「そこまで続けてコンクール出られなかったら
努力が無駄になりますよね…」
「お母さまのご心配はわかりますが、長い目で見守ってください」
ある時期に子供が保護者の手に負えないほどに
バレエに熱くなる子でないと続かないことが多いのだ。 意識は大人の有沢さんは、流石にマミー先生と呼ぶのは気恥ずかしくて「真弓先生…?」と確認するように訊ねた。
真弓先生は静かに頷く。
「真弓先生……僕は…………
バレエに出会えて本当によかったです。
昔はバレエをする意味が分からなくて……ただやらされているような感覚しかしなくて……
けれど、やっぱりバレエが好きだったんです……。
そういうときいつも思い出していたのが舞台だった。そして、僕を信じ続けてくれた先生のことも……」
頬を伝う感覚。
有沢さんはいつの間にか涙をこぼしていた。悲しい、嬉しい、いったいどんな感情なのか分からない。けれど勝手に涙が溢れてくる。
「ケイトくん……
そんな風にバレエを好きでいてくれたの本当に嬉しいな。ケイトくんは一時期バレエが嫌いになったと感じたのかもしれないけど、ケイトくんいつも完璧主義だから思い悩んでしまっていたのかもね。
ただアナタはバレエにずっと誠実だったわ。いつだって妥協をしなかった。ケイトくんは手足も長くて綺麗で舞台映えもする……でもそれだけでなく努力も出来る子だから。
だから先生は、ケイトくんなら素敵なバレリーノになれるって信じてるし、今も素敵なバレリーノだと思っているわ」 有沢さんは、子供のころに失われた宝箱を再び探し当てた気がした。
一見、傷だらけの宝箱。
11年間のあらゆる想いが詰まっている。
他人にその価値を測られたくはない。
それを、あえて手放した気持ちも、
誰かに簡単には語られたくはない。
この想いに、言葉をつけるのをためらうほどに。
有沢さんのバレエへの想いは
10年間、心のずっと奥深くに眠っていたのだ。 厳しい、辛い、楽しい、嬉しい
そんな言葉じゃ表しきれない心の聖域が存在する。
何かに本気で取り組んだことがある人なら知ってるはずだ。 「本部に移籍してからケイトくんの噂はきいてた……かなり厳しく指導されているって。
私ね、本当にケイトくんを本部に移らせてよかったのか悩んだこともある」
「……え?」
「ケイトくんはただでさえ自分に厳しかったから、それに繊細で。精神が壊れてしまうんじゃないかって……私の選択がケイトくんを追い詰めていたのなら謝るわ」
真弓先生は少し暗い顔をして語った。
「そんなこと…
そんなことありません! 確かに本部の先生は怖い先生ばかりでした。クラスメートも嫌みを言ってくる奴だって…。
辛いことはあります。
けれど…
だけど僕は自分にとって最高の舞台を主役として踊ることが出来たんです。たった一人僕のことを思ってくれた先生がいてくれたから。信じることが出来る先生がいてくれたから……」
「ケイトくん」
「どうか先生は謝らないでください! だって先生は僕に色んなものをくれたんです」
有沢さんは感じていた。
自身の真弓先生を教師として敬愛する気持ちの他に、そばにいたい、もっと知りたい、自分のことをもっと見てほしいという欲求が自分の中にあることに。 「紗江子先生!手っ取り早く上手く見える方法ありませんか?」
「…はぁ?」
田中さんの質問に紗江子は戸惑った。
なくはない、なくはないけど。
手っ取り早くって、また横着なことを考えてるわね。
「とりあえず、動いたあと、きっちり止まる。
回ったあと、止まる。跳んだあとも、止まる。最後も止まる。
止まったときに、その得意の顔芸…」
それからボディの絞り、方向、音楽の使い方…と、紗江子が続けようとする前に、
「なるほど!わかりました!」
田中さんはうれしそうにスタジオを出て行った。
「ほんとにわかってんのかしら?」 「では、一人か二人、新しい教師を採用することにします。
『タンツ・マガチネ』で公募もしますが、
心当たりがあれば随時、推薦してください。
男性でも女性でも。35歳くらいまでプロバレエ団経験のある人」
今回の教師会議では、
3年以上助手をしていた河合ナナが現役復帰のために
来年には退職するかもしれないと告げた。
まだ決まってないのだが
ナナは人気があるし、雑用含め多くの仕事を引き受けていたため、
急に「海外行きます」と、いなくなられると後が大変だ。
それに最近生徒もコンクールなどの舞台も増えるばかりで
他の教師も手いっぱいだったのだ。 「ルックスの良い若い男性教師がいいわ!」
「いいや、地道に真面目に指導してくれる人」
「子供担当になるなら明るくて優しい女性でしょ」
「プロクラスの代講できるレベルだとありがたい」
「コンクール指導も時間足りないし」
「大人初心者も増えてますよ」 教師会議のテーブルのすみっこで諏訪先生は一人、両手の長い指を組んで姿勢よく静かに座っていた
そうか・・・生徒が減っていくとか、個人毎の受講時間が少なくなって先生が余るという事態を誰も予想しないのか
生徒はどんどん増え続けるし、クラスはどんどん増やさないと間に合わない・・・それが今の考え方
子どもは全体数が減っている上に学校や習い事が忙しくてたぶん受講数が減る、なのでコンクール組を選別して個人単位の受講数を増やす
趣味の大人は・・・定員オーバーするクラスが続出するから増える傾向で心配ない
けど肝心の良いバレエダンサーをどうやって育てるかっていう理念は議論されないんだ
アートだから?
どこへ向かうのかわからないまま流されていくってラクチンだもんな
前の戦争の時だって・・・
「諏訪先生何かご意見は?」っと言われて我に返ったとたんペットボトルが床に落ちて
会議は終了になったらしかった 鋭いご指摘だこと。
大人バレエバブルが陰りを見せはじめ
供給過多になり始めるのは2010年代半ば。
そのころには同じ駅に何軒もバレエ教室があるという事態になる。 ナナは自分の指導ノートを整理していた。
ワガノワメソッドをベースに、子供に必要な柔軟ストレッチ、
ポワントを履くまでの子供に必要なエクササイズ、
子供の踊る心を育てる指導アイデアを詰め込んだ何十冊のノート。
自分がアメリカで学んだバランシンメソッドのアンシェヌマンも含まれる。
しかし、ナナの感覚と経験で覚えている部分が多すぎて、
他の人が見て実践できるほど整理はされていない…。 「小5のれーちゃんのお母さん、来月でやめたいって。
中学受験に専念したいって言ってたわ」
「はい、わかりました。残念ですけど…」
とは返事をしたものの、うすうすやめるだろうとナナは思っていた。
去年から少しずつトウシューズを履き始めたものの、
一人、全然立てないのだ。同級生よりも足が固く、筋力が弱い。
「あせらず、ゆっくり足首を鍛えましょうね」
とは言うものの、その子だけを見ているわけもいかず。
中学に上がれば、もっと上手な子が入ってくるし
さらに実力主義になって役にも差がついていく。今が辞め時なのかもしれない。
もっと上手く、教えられなかったんだろうか、
自分の指導力の限界を感じて、ナナは少し虚しい気持ちになった。 回ったあと止まる、か。
着地が大事なのはオリンピックでも同じだよな。
着地が決まらないと減点される。
そうだ。俺は今日から
「着地を決める男」になる!
田中さんは、「ピタッ!」「ピタッ!」と言いながら着地の練習していた。 先生が変わったら言われることが変わってくる。
振付師によって同じことでも評価が違うなんて世界中日常茶飯事。
さまざまなメソッドを学んで、舞台経験を積んで
いろんな人のいろんな身体やアプローチを見ていくうちに
何周もぐるぐる回った挙句、
「自分が信じてきたものはあるけれど、
それが万人にとって絶対正解とか最善とは限らない」
海外に行っても対応できる基礎技術を身に着けた子が
「きっちり踊るけど、パーソナリティーが見えてこない」なんて
言われて帰ってくるけど、それも経験。
何度も価値観を揺さぶるような体験をして成長するのは
人生と同じ。
小さい子は大人初心者にはこれが良いって端的に教えるよ。
情報量が多すぎても混乱するから。シンプルにね。 真弓先生は穏やかな表情で有沢さんを見つめた。
「そんなに悲しそうな顔しないでケイトくん」
真弓先生はにっこり笑うと、有沢さんに背を向けて数歩歩くと曲を流した。
「眠れる森の美女二幕のアダージオ……」
「一緒に踊ってくれる? ……好きな曲なの。ケイトくんがこれでマリアちゃんと踊っているところ見たら私も踊りたくなったのよね!」
有沢さんは涙を拭うと、真弓先生の背中を見て微笑んだ。
「もちろんです」
有沢さんが徐に真弓先生に近付くと、
彼女はそっと有沢さんの方へ振り返った。微かに花のようなよい香りが舞う。
そして西からの暗い陽光が真弓先生の顔を照らし出したその時、有沢さんはその顔を見て固まった。
「……!?」
有沢さんの手を取ったのは確かに真弓先生の筈であった。だが彼の目の前にいるのは……
「ナナ……先生……」 幻…だったのだろうか。
ナナ先生は、子供のころに教わったあの真弓先生に似ていた。
透き通るような肌の質感、優しい声のトーン。
伸びやかに空間に線を描く、丁寧な踊り。
動くとふわりと舞うスカートのシルエットさえも…。 本当に求められたのはどちらだったのだろうか?
デジレ王子は優雅に舞うオーロラ姫の幻に心を奪われた、だが彼が選んだのは一度とて心を通わしたこともない100年の深い眠りにつく真のオーロラ姫だ。
けれどそれでも尚、彼は彼女の本当の愛を欲した。彼は分かっていた。幻とはある種自分自身のエゴ、願望であることを。
自分の思い通りにしかならないものを追いかけてもただ虚しいだけであることを。
気がつくと、有沢さんは古びた倉庫の中で倒れていた。長い間使われていなかったのだろう、カビや埃の臭いが酷い。
「?」
ゆっくりと上体を起こし辺りを見回すと、積み重なるダンボールの隙間に何やら光るものが見えた。
鏡……ここはかつてスタジオだったのだ。床も柔らかい木の床だ。
そして有沢さんはハッと思い出した。この倉庫が以前、スタジオとして使われていた時のことを。
「あの夢は……過去の記憶か何かだったのだろうか……? けど何でこんなところに倒れて……」 有沢さんは、バレエをやめたあともバレエの夢を見ることが頻繁にあった。
「本番前なのに、シューズが見つからない」
「曲が鳴ってるのに、メイクもできてなくて制服のまま」
「舞台に立っているのに、何も振付が思い出せない」
ときには
「リハーサルのレべランスのエスコートの練習をしている」
「バーの下に座って、誰かのリハーサルを見ている」
「スタジオの大きな窓から入ってくる風に当たりながらのマネージュ」
そんな夢もあった。
バレエをやめて何年もたってからようやく
そんな夢を見なくなっていたのに。 「考えなさいよ!どの方向なのか、どの音なのか、床に対してどう立ってるのか。
自分だけ気持ち良くなってんじゃないのよ」
って紗江子先生に言われた次のレッスンで
「みなさん、考えすぎですよー!意識が内にこもっちゃって
修行僧みたいな顔して正確に踊っても、踊ったことになりません」
とナナ先生には言われるんだ。
考えろ、考えるな、どーすりゃいいんだぁぁぁ…
田中さんは苦悩した。 もうすぐ彼の物語もおわりですね・・・
鈴木さんはつぶやいた
もし誰かが引き継いでくれるなら旅が続けられるけど
どうして心の暗闇から戻ってこられたの?ネリッサ
考えるな、感じろって誰かがずーっと私につぶやいていたからかしら
自由になって空を飛んでいいって
飛ぼうとして上半身を必死で動かしていたらあら不思議!萎えていた脚に少しづつ力が戻ってきたの
呼吸するのもだんだん楽になって頭もスッキリし始めたのよ
まぁ物語なのでエビデンスはないけど ネリッサの記憶にあったのは、ずっと昔のこと。
あきゃーとかうきぃーとか叫びながら跳び回ってた
線の細いアジア人の男の子。
「どうして、あなたはここにいるの?」
「Mi corazon ha estado siempre contigo.
(僕の心はずっと君と一緒にいたよ)」
あの頃、何度もスペイン語のメッセージをくれた男の子が
20年の時を経て、成長した男性になって目の前に座っている。
「私、こんな状態なのに…、なぜ、そんなに優しくしてくれるの?」
「Porque creo en el verdadero amor.
(僕は真実の愛を信じているから)」
「ネリッサ、『白鳥』覚えてるかい?上体だけでも、歩くだけでもいいから」
糸吉はネリッサの手を取った。 有沢さんは倉庫になったスタジオから出ると、生徒たちがレッスンをしている大スタジオの見学スペースまで足を運んだ。
だがレッスン風景を見ても、先ほどの夢かうつつかも分からない出来事の印象が強すぎて集中して見ることなど出来ない。
いや、今が現実なのかどうかさえ分からぬほど曖昧な感覚であった。
「真弓先生……」
あの時、真弓先生……或いはナナに触れられた場所が今でもその温もりを覚えている。夢というには妙に現実味があった。
出来ることなら、もっと、自分を真っ直ぐ見つめるあの澄んだ瞳の中で、アダージオの続きを踊ってみたかった。夢の中ならば、そういうことも許される気がした。
「ケイトか?」
「!」
あの幻の余韻に浸ってボーッとしていた有沢さんは、突然かけられた男性の声で我に返った。振り返ると、有沢さんにトラウマを植え付けた張本人であるスパルタ男性教師の姿がそこにある。 そのスパルタ男性教師は、満面の笑みでケイトを迎えた。
「驚いたなあ、立派な青年になって!」 その瞬間、有沢さんの意識はまた、ぼやけていった。
「ちょ、ちょっと待って…」 「ラウラとガイのスワンレイク、本当に素晴らしかったわね」
シュヴァルツヴァルト(ドイツ)に滞在していたター子とオオツマはバーデンバーデンを訪れていた。
二人は長らく事実婚の間柄で、大妻のビジネススクール在学時には、ター子もロンドン郊外の語学学校やアートスクールへ通い寝食を共にしていた。
バーデンバーデンは、大妻がダンサーだったオーストリア時代に何度か鉄道で湯治で訪れた思い出の場所でもあった。
大妻と、かつてのアカデミー時代のクラスメイトだったラウラと悪友のガイ。
二人はアカデミーに写真が飾られる程有名な世界的ダンサーになっていた。
その大スターの夢の競演、特別公演を観劇したのだった。
富裕層が訪れず有名な温泉地では、観光にも事欠かない。疲れたらスバでのんびり過ごす…
「明日のオペラも楽しみだわ!」 ネリッサは会話ができるまで回復していた。
山加糸吉が付き添って認知療法を始めてから、デトックスの効果もあり、劇的な成果だった。 このアカデミーの基本方針は
「ロシアバレエのメソッドにのっとり
バレエ芸術の伝統を継承するとともに、
世界に通用する優れた舞台人を育成する」なんだけど。
でもね、この前、雑誌の大人の習い事特集を見てみたら
「会社帰りにリフレッシュ」
「憧れのバレリーナ気分を満喫」
「あなたも今日からプリマドンナ」(苦笑)
っていうキャッチフレーズが並んでたわ。
広告載せませんかって。
バレエ学校、理想と現実、芸術かサービスか
いろいろと相反することが多いんだわ。
日本のバレエ界、どこへ向かうのかしら。 とにかく、この古い板張りを全てリノリウムに張り替えたいのよね。
そういうスタジオが増えてるから。 「リチャードくん!」
きなこが笑顔で走り寄ってくる。
「ケガ良くなったの?!」
「大きなジャンプは様子見ながらだけど、少しずつレッスンを始めるよ」
「良かった!なんだか身体が大きくなったみたい?」
休んでいた数カ月間、リチャードは黒崎バレエアカデミーが
提携しているジムトレーナーさんと注意深く筋力トレーニングを続けていた。
ケガをしたのは不運だが、
身体の弱い部分を認識して改善する良いきっかけにもなった。
「この前は迷惑かけて、ごめん。舞台の途中で降りちゃって」
「ううん、あれは仕方なかったことよ」
本当は、「君と再び踊るために帰ってきた」と言いたかったが
シャイなリチャードには言えなかった。 向村バレエ本部教室に中学生時代以来に訪れてみれば、あまりに不可思議な出来事ばかりが続く。そしてまるで準備されていたかのような偶然の再会も。
有沢さんは困惑していた。確かによく夢は見る方ではあったが、起きているときに突然幻を見てしまうようなことは今までなかった。
「ケイト、大丈夫か!?」
遠のく意識の中、スパルタ男性教師の声が響いている気がした。だが有沢さんは為すすべもなく、その場に崩れ落ちた。
有沢さんが再び目が覚ましたとき、本部教室よりも狭いリノリウムの空間に木製のバーが並ぶ懐かしい場所の中にいた。
支部教室のスタジオの中であった。他の子どもたちの姿もある。
「はーい、皆さん! 次は並んでツーステップしていきましょうね。音楽に合わせて奥までいったら可愛くポーズですよ!」
有沢さんが5歳だった当時のクラスの光景だ。先生もいる。だが、そこにいたのは有沢さんが知っている真弓先生ではない。
「あれ……?」
「どうかしたのケイトくん?」
ひとりの女子生徒が首を傾げたずねてきた。彼女のことはよく覚えている。マキちゃんだ。
「真弓先生……いや、マミー先生は今日はいないの?」
「何いってるの? マミー先生ってケイトくんの夢に出てきた先生でしょ? 現実にいるわけ無いじゃん! 変なの」
「……え」 リチャードは、ケガをして踊れない時間
自分にとってレッスンが、舞台が、バレエが、どんなに大切だったかを感じていた。
舞台に立つダンサーにとって、自分の身体を理解して
メンテナンスをするのも責任のうちだとも。
学校のテスト勉強も頑張って、苦手な古典も全て暗記して
順位に1と書かれたテスト成績が返ってきたときに、思った。
一生は風の前の塵に同じかもしれないけれど、
自分の人生の価値は自分で作りだせる。
どんな人生を選択をするかは、自由だ。
リチャードはまっさらな気持ちになって、あらたにバレエに向かった。 リチャード、着地をはじめ、踊りが格段に丁寧になったわ。
まさに、怪我の功名ってやつかしら。
苦もなくできていたところを、改めて考え直して、より精密になってきた。
同時に休んで我慢していたぶん、踊る心もあふれるようになってきた。
プロになる子は、急に成長する時期がある。
ある日、子供から大人に脱皮していくように。
顔つきまで変わってくる。 嗚呼、そうだった…
真弓先生という存在は僕が作り上げた人だったんだ…
有沢さんは呆然と立ち尽くした状態で、混乱する思考を何とか抑えようと戦った。
子どもの頃の記憶はあまり無いが、その様なことは普通であると思っていた。けれど考えてみれば妙なところも多い。流石に10代の頃の記憶まではっきりしないのは異常なのでは無かろうか。
有沢さんは普通以上に感受性が強く繊細な少年であった。その繊細さ故に、小学生時代に不登校だった経験や養護学級にお世話になっていた経験もあった。
彼にとっての楽しみは、ドラえもんの漫画や童話を読むこと、バレエを習っていたこともあり『白鳥の湖』『眠れる森の美女』はよく読んでいた。自分もいつか素敵なお姫様と運命的な出逢いをして結婚したい…と妄想したり、空想に耽ったり、物語をつくることも好きであった。
それでも少年有沢さんの現実は辛いことも多かったのだ。その時にうまれたイマジナリーフレンドが真弓先生という存在であった。
自分が通う向村バレエのバレリーナで、若く美しい先生。いつだって自分の味方でいてくれる彼女に、有沢さんは支えられた。いや、真弓先生という存在は、有沢さんが生きる上で必要であったが故に存在させられたものである。 Lieve Kitty。
アンネフランクが、アムステルダムの隠れ家で心の友を作ったように。
真弓先生。
有沢さんが、自分の気持ちの抜け道を作るための、架空の存在だったのか? 田中さんは、とある教室の発表会を観にやってきた。
高瀬蓮がゲストダンサー扱いだ。
「バレエ団の先輩の紹介で、人数合わせのお手伝いです。
くるみ割り人形の二幕するんです」
高瀬蓮はスペインの踊りを踊った。
ジプシーといい、バジルといい
蓮くんは、スペイン風のニュアンスを出すのが上手い。
正直、ペアの女性よりも美しい。
あのルックスで目線を送られたら
観客のハートを奪ってしまうではないか!
差をつけられて悔しいけど、俺も惚れてしまうじゃないか!
王子役のプロダンサーは素晴らしく上手だった。
紗江子先生が言うように要所要所で「ピタッ」と止まっていた。
でも、俺だったら、もっと二カ〜ッと満面の笑みを浮かべるかな。
俺だったら、もっともったいぶった入り方をするかな。
俺だったら…。 真弓先生は架空の人物であった。
今までの自分はそうである事実を受け入れられなかったが、過去の記憶が頻繁に蘇ってくるようになったのは徐々にそれを受け入れ始める回復段階に来たのかもしれない…。
有沢さんは心療内科のカウンセリングで言われたことを反芻しながら、今の自分の状況について前向きにとらえようと考えた。
だけど今まで名前や顔も忘れていたのに何故急に今になって思い出したのだろうか?真弓先生に再び救いを求めているからなのか?
そしてもう一つ不可解なことは、真弓先生がナナ先生と瓜二つということ。 招聘講師のニコライ・シトニコフ先生が来日。
以前は、きなこのジゼルを子供っぽい情緒のない踊りだと酷評していたが
このところ急成長したきなこを認めてくれたのだろうか。
きなことリチャードの白鳥を熱心に指導していた。
「白鳥に必要なのは、静謐な空気だ。
相手の呼吸を音楽のように感じて踊りなさい」
しんみりとすればいいのではない。楽しい踊りでもない。
薄っぺらいメロドラマになるか、悲劇の名作として演じられるか。
偉大なバレリーナたちが何度踊っても、
どれだけ真摯にバレエに向き合ってきたかを試される作品だと言う。
「あなたたち二人なら、もっと良く踊れると思う」
シトニコフ先生の指導は続いた。 身体は昔のように思うようには動かないけれど…
力強く支えてくれるこの人は、あのときのアジア人の男の子。
今、彼の呼吸を感じながら、私の鼓動も高鳴る。
ネリッサの頬に涙が伝った。
「Nelissa, mi hermosa bailarina, Odette inocente.
(ネリッサ、僕の美しい舞姫、無垢なオデット)」
糸吉はネリッサを抱きしめた。 「シトニコフ先生は相変わらず、容姿よくてポジションきれいで
なおかつ実力のある生徒しか見ないよねー。
今回は、リチャードときなこと、あと数人にかかりっきり」
「でも高瀬蓮は経験短くて下手なのに、ちょっとかまわれてたぜ?
何が違うんだろね?」 もしかすると真弓先生の顔は変化するもので、自分の中で真弓先生のイメージに非常に近いナナ先生が反映されたのかもしれない。
有沢さんは真弓先生の容姿がナナ先生とそっくりであったのをそう推測した。
あの時、真弓先生に想いを抱いている自身に気がつき、感情が溢れ出てしまったが真弓先生はあくまでも架空の存在。
彼女の正体に気付いたとき、有沢さんの心を埋め尽くすのはいつの間にかナナ先生になっていた。ナナ先生は真弓先生ではないが、ナナ先生こそ本当の真弓先生なのかもしれない。
そう、彼女こそ自分が求め続けた理想の女性であったのだ。
けれどそれは有沢さんにとって辛いことでもあった。ナナ先生と自分は、バレエ教師と生徒の関係であり、その関係性は壊すべきではないと思った。それ以前に年齢が近いとはいえ、そういった関係を求めるのは良くないことである。
にもかかわらず眠りにつく間際、ナナ先生とのことを想像して快楽に耽ってしまった自分に、途轍もない後悔と嫌悪の感情、ナナ先生への申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
今日もレッスンではあったが、ナナ先生に顔向け出来ず、広いスタジオの端っこの方でただ黙々とストレッチをはじめた。 黒崎のスタッフルームでは騒めきと歓喜にあふれていた。
四年に一度NYで開催されるトムソン国際バレエコンクールのファイナルを迎えた豹が、見事GOLDを獲得したのだ。
予定より早く日本を離れ、リラックスしながらバレエに集中出来た成果だろう。
滞在先でのバレエ講師と共に特別レッスンを受けた、豹と他2人、講師夫婦とスタッフ、5名でドイツからの参加だった。 一方、田中さんは、ナナ先生に熱心に話しかけていた。
「先日観た発表会、蓮くんカッコよかったんですよー!」
とか、
「プロの王子様は、すごい上手にさらっと踊ってて、
でも、僕は、もっと、気迫とか気合のこもった
自己主張の強い踊り方が好きだなって思ったんです」
「ええ、スタジオで田中さんの王子様になりきってるの見ましたよ。
濃い、というか、インパクト強めでしたね!」
ナナ先生がクスクス笑う声が、有沢さんの耳をくすぐった。 Cela ne fait pas 4 ans.
Le dernier concours a eu lieu l'annee derniere. 四年に一度NYで開催されるトムソン国際バレエコンクールは、1年毎にクラス別に開催される大イベントである
昨年;17歳〜21歳
今年;15歳〜17歳
来年;13〜15歳 & 13歳以下 A and B
再来年;シニアクラス
と各クラス4年毎に実施されている 豹にとって今回のコンペティションは、上位を狙うよりも大舞台を経験する事が目的であった。
海外で本格的にレッスンを受け、2年後のパリのコンペティションを目指していた。
まさかGOLDとは、本人も想定外であった。 最大のサプライズは、豹が夏期講習を受ける予定だったドイツ・ヴュルテンベルクバレエ学校から1年の奨学金のオファーを受けた事だった。
それ以外にも、スイスとルクセンブルクのバレエ学校から6か月の奨学金、ニューヨークとサンフランシスコのバレエ学校からは入学許可と3か月奨学金オファーがあった。 「そうなのよ、豹くんがね。。。」
黒崎の大人バレエクラスでは豹の話題でもちきりだった。
「あの豹くんがね〜」一般クラスでも持ちきりだった。
「何よ、ジュニアの部じゃないの!」ジェラシーも。。。 「ママ、きなこ悔しい・・」
きなこは豹と共に海外での夏期講習を目指してコンテのレッスンも取り入れ頑張っていたが、豹が一足先に海外に出た為、取り残された様な、先を越された様な、一緒に頑張れなくて寂しような、複雑な心境でいた。 豹はシャルルドゴール行きの便に搭乗していた。
ブルジェ湖湖畔に滞在中の山加糸吉に結果を報告した後、二人でザルツブルクへ向かい、大妻とター子の挙式に参加する為た。 豹にとってはもう一つ、フランスのバレエ学校見学もプランにあった。
豹の両親は既にパリに到着しており、ヴィトンのメゾンに立ち寄りシャンパンを飲んでいた。 それにしも大人バレエのあの方怖かったわね
あの執念深いストーキングとハラスメントは病気のせいだからお気の毒ではあるけれど・・・
まあ、結果的に豹も環境を変えてバレエに集中できたし、私たちも予定より早い挙式を決心できたのだけれどね
ター子はあの黒崎での大人バレエ生徒さんの暴走からようやく解放され、心の底から安堵したようだった。 このスレッドは1000を超えました。
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