>>158
私は言語学の専門家じゃないので詳しくは分かりませんが、
音韻は発音上の分節、形態は綴り上の分節と理解してよろしいんでしょうか。

現代トルコ語は、例外はあるかもしれませんが、表音文字で発音されるとおりに綴られる言語だと思いますので、
その場合、発音の変化はそのまま綴り上の変化に反映されることになりますよね。

このことから、あえて言いますと、私が「発音」という場合、
木村さんのいう「音韻論と形態論にまたがる現象」のことを指していると言ってよいんじゃないかと思えます。

いずれにしても、トルコ語の母音調和(音韻論と形態論にまたがる現象)の原則(前舌母音と後舌母音が混在しない)は、
やはり意味とは独立の体系であって、それによって語や文の意味に変化を与えないんじゃないでしょうか。

日本語の「ますか」の「か」を表すトルコ語のm(iの上の点がない字), mu, mi, m(uの上に"がある字)という変化形がありますが、
これは日本語の動詞の何段活用とは違い、この変化によって意味上の違いは生じませんよね。
音韻や形態というより、むしろ純粋に音声学上・(前舌後舌という)生理学上の調和の問題であるようにすら思えます。