>>51
・・・「紺豚」などという造語に気遣いする必然が解らないなー。
(ためしにググったら「もしかして: 黒豚」って出たんだけどw)
実際、同字(同音)意義についてはハングルではさほど問題になっていないんだし
まあハングルの方が表せる音素のヴァリエイションが多いから、という反論は承知だが、
日本語の日常語彙では簡単な説明を加えれば簡単に判るものがほとんどであって、
他人に説明するために言葉に対する国民の意識が向上するかもしれない(てのはまあ冗談)。

形態素に至っては「無理矢理」など語源とは無関係な当て字もたくさんあるし、
そもそも日常的に語源等を意識しながら喋ってるのは僕らみたいな理屈屋だけだから、
そこまで漢字に拘る必然が無いという気がせんでもない(どっちだ)。
例えば「たそがれ」を「黄昏」と書こうが「誰そ彼」と書こうが「たそがれ」と書こうが、
大多数が気にするのは読み易さくらいなもんだってこった。
語源が解らなくなっても生活には困らないし、寧ろその為に専門家がいるわけだしね。