イディオム・成句・成語・諺・複合語・連語 [転載禁止]©2ch.net
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
日本語の語結合について語るスレです。
日本語には、イディオム、成句、成語、ことわざ、複合語、連語など多くの
紛らわしい言語学的概念がありますが、相互の違いなどについて自由に語れればと思います。
議論の際は、学術的に違いを明確にしていくのもいいのですが、日本語の特性上
厳密な線引は不可能とか、言語学的な厳密性を言い出すと複雑過ぎて専門家にしか
理解できない結論になりがちです。
この板は、言語に興味がある一般の人たちや、文筆家の人なども多く来られると思うので、
ある程度実用に則した説明などが多く出てくるといいかなと思います。 >>30
>>>23はおそらくWikipediaを読んで真に受けたんだろう。
>>13はじゃなくて? ビッグデータと統計的手法でやればいい、が結論だったらこの板のトピはほとんど要らなくなってしまうよね 抽象的なことばっかり言ってるから、話が空中分解してしまう。
なんで具体的な話に戻ることに使用。
語と句の違いについてはいったん置いとくとして、句に分類される概念をどう類型化するか考えてみよう。
(>>1の意思を尊重して、専門家以外には理解できない、実用上はあまり意味が無い厳密な細分化は避け、
デジタル辞書を作るつもりになって、そこに表示するタグとしてはどういったものが適当か、という基準でまとめてみる。)
成句、故事成語、ことわざについても、とりあえず慣用句の一種(またはバリアント)として横に置いといていいと思う。
となると、まずまな板にのせるべきなのは慣用句と常套句。
前者を後者と区別するポイントは、
1. 比喩作用の有無
2. 単なる句を構成する各要素の合計ではない(その句がしようされている文章、会話を読んだり聞いたりしているだけでは、
意味がわからない言葉)であること。
でいいかと思う。
句には当然、常套句と慣用句以外のものもある。
書き手、発話者がその場で自由に作れる類のものは無限にある。
辞書に載せるべきなのはある程度用法や形が固定化したものなので無視でいいが、もう一つ固定化している
ものとしては、決まった名詞+動詞、名詞+形容詞などのフレーズがある。
例えば「目を落とす」「恥をかかす」「風邪をひく」「腕を組む」「興味がわく」「耳が遠い」「得体が知れない」
「我慢ならない」「手癖が悪い」「威勢がいい」「後を絶たない」など。
こういうものも固定化したフレーズとして扱っていいんじゃないだろうか? >>18さんはどうやら認知言語学の主流派になっているプロトタイプ理論が
ファジー理論の応用であることをまったくご存知なかったようで。
プロトタイプ理論の解説書をお読みになったことはあるんだろうか。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002940145
http://protist.i.hosei.ac.jp/protistology/Kawatabi98/03.html
ファジー理論の応用としてもっとも活発かつ頻繁に話題にされているものの一つに
コンピュータの自然言語処理がある。いわゆる人工知能への実用化がすすめられている分野。 >>35は感情的な書き込みでまったく論理になっていない。
ビッグデータ、ビッグデータとバカの一つ覚えのように書いているだけで、
こちらがやっているようなそれを理解して使っているような説明文がいっさいない。
ファイジー集合はファイジー・データベースシステムとしてデータベースにも
応用されているがそれだけじゃない。それと自然言語処理は同じじゃない。
そんなこともまるでご存知ないようす。 >>38のほうがよっぽど専門用語を多用していて専門家以外に実用性がないよ。
ファジー理論はべつにビッグデータに関する理論じゃない。
今日の認知言語学、認知科学の基礎理論のそのまた基礎になっているもので、
それを実用性がないと否定することはこれらの科学をまるごと否定しているようなもの。
そんな無知を言語学板でさらけだしていいんだろうか?
ファジー理論は抽象的な議論ではないし、何度も書いているように小学生でも分かるものだし、
低級な情報処理をするコンピュータにも理解できるように考えられた数学の理論だよ。
人文系の人は数学を持ち出すと拒絶反応を示す人が多すぎる。
数学はべつに離散的な対象ばかりを扱う分野じゃない。そう誤解している人も多すぎる。 まずなによりも、この問題を考察する大前提として、言語学が対象にしているものが
そんなに単純な離散的世界ではないということを認識しておく必要があるということ。
この前提を認識していないと、延々と無用な、ああでもないこうでもない論のループになる。
その上で、その境界領域にはこの概念が適用可能だとかやらないと無用な論争をまねく。
どんなに細分化しても境界領域が残ってしまうという認識がないとね。 すいません、いままで黙って見ていましたが、
ファジーを持ち出すのはしばらくお預けにしてもらえないですか?
ファジーが有効かどうかは置いといて、少なくとも時期尚早です。
>>>38のほうがよっぽど専門用語を多用していて専門家以外に実用性がないよ。
>>38さんの使っている用語は、言葉に興味がある人にとってはどれも
一般的なこなれたことばばかりだと思いますし、>>1を見ていただけると
わかるかと思いますが、このスレは基本的にそうしたレベルでの
ことばの説明を想定しています。 この板で離散的だのなんだの書かれてもなぁ。。。
その言葉の意味を理解できる人間が果たして何人いるか。 >>40
うーん、あんたちょっと他の住人とコミニケーション取れてなさすぎ。
話が全然噛み合ってないもん。
ファジー理論の話にしても拒絶反応じゃなくて、スレのテーマとはまだ距離があり過ぎと言ってるだけ。
人文系云々はまったく関係なし。
というか、多分スレを別に立ててそっちでやった方がいい。 >>2
>>38
>デジタル辞書を作るつもりになって、そこに表示するタグとしてはどういったものが適当か、という基準でまとめてみる。
>決まった名詞+動詞、名詞+形容詞などのフレーズがある。
>こういうものも固定化したフレーズとして扱っていいんじゃないだろうか?
結局、フレーズ=句だよね?
タグにするんなら「固定化したフレーズ」じゃなくてもっと的確な言葉が欲しいと思ってぐぐってみたけど、どうもなさそう 単に名詞句、動詞句でいいんじゃないの?
複合語にも立項されるものとそうでないものとあるけど特に複合語だとはっきり書く必要はないし >>4>>5
比喩作用の強さを考えるにあたって、
慣用表現がどの程度元の言葉の意味を失っているかを考えてもいいかもしれないね
例えば「長靴」は「雨で足を濡らさないための機能性がある靴」のことだけど
その機能性の一つとして靴の口が高いことが欠かせない
なので長靴は実際長い靴だし、逆に長い靴なら大体長靴の役割を果たすことができる 訂正
長靴の定義は「雨具である長い靴」だ
雨具である短い靴は長靴とは呼べないし、雨具ではない長い靴はただの長い靴だ 何が言いたいのか分からなくなってきた
「短い長靴」という表現が成立する点で長靴はとても複合語らしい
「女の敵」はどうだろう?「敵らしくない女の敵」?「攻撃性の低い女の敵」?無理っぽい ファジー理論って結局なんだ?
グラフ理論の一種?それともフレーム理論? >>44
言葉に興味がある人なら「離散的」という言葉くらいは知らなきゃねえ。
辞書やネットで調べるくらいのことはできるでしょうし。
>>51 集合論の一種。高校あたりで習う集合論のちょっとした拡張だね。
もともとは言語哲学(言語学と論理学の統合を測ろうとした論理実証主義の一派)
においてヴィトゲンシュタインが提唱した命題に起因し、それが数学的に基礎づけられた
ものとみなしてもいい。
そしてそれが言語学分野でもお馴染みのプロトタイプ理論(もとは認知科学)の基礎になっている。
認知言語学においてもっとも積極的にとりこまれた概念の基礎。
言語学を実証科学にしようとした分野だね。
ヒントがある。 けっきょくこの議論をつきつめていくとこの考え方の応用に
行き着かざるを得なくなると思うよ。
ああだこうだと延々繰り返すだけの言葉遊びに陥らないように
せいぜいがんばってね。そうならないように見守っているよw 捨て台詞吐くぐらいなら自分でスレ立てろよ
あんたが話していることとこのスレとでは単に趣旨が違うんだっていい加減気づけ。 ファジー君のやってることって結局宗教の勧誘と同じ。
独善的過ぎるし、最終的なことについてばかり言いたがる。
ハルマゲドンの話ばかりしたがる連中のように。 言語学板でいまどきプロトタイプ理論も踏まえようとしないなんて、
そのほうが独善的すぎるけどね。 ファジー君はまず、普通の日本語を身につけた方がいい
一般的な言葉の用法がやたら間違ってる
だから他の人が書き込みを間違って理解しまくってるんだと思う >>41
>>>38のほうがよっぽど専門用語を多用していて専門家以外に実用性がないよ。
どこに専門用語があるんだよw
バリアントは一般的じゃないあんまり使わない方がいい言葉だけど、単になじみがない横文字ってだけで専門用語でもなんでもないし。
バリエーションとでも言い換えれば普通に理解できるだろうに >>12
上で散々騒いでいるけど、>>12の辞 > 語 > 句が間違いなのかも。
本当はこうなのかもしれない。
辞 > 語 or 句(phrase) > 節(clause)
ここに各辞典での句の説明がある。
https://kotobank.jp/word/%E5%8F%A5-54597
日本大百科全書(ニッポニカ)あたりが詳しくて良い説明なんじゃないかと思うんだけど、
「句は節と異なり、文の資格を備えた統語体を含まないものとされる。」となっている。
節と句の違いは、以下の説明ではっきりすると思う。
「句と節とは、英文法でいうフレーズphraseとクローズclauseにほぼ対応する(英分法では
clauseを「主語、述語をもつ統語体」とし、それ以外をphraseとする)」
ちょっとひっかかる問題は日本大百科全書が「赤い」を形容詞句、「花」を名詞句としているように、
単語単独のものでも句と呼んでいること。
これでは複合語でさえない。
他の辞典類は2つ以上の単語からなることを主な条件にしているわけで、
この辺りがいろいろと工夫が必要になってくるところなんじゃないかと思う。 句の範囲は曖昧というより、用語の混乱と見た方がいいのかもね。
英語等のヨーロッパ言語の文法と日本語のそれとの整合性を取ろうとして、
clauseとphraseを節と句に対応させたけど、日本語のような膠着語の場合は
その性質上、句と(広い意味での)複合語が形式的に同じケースが無数に出て来てしまう。
つまり語より上の単位の句と、語と同じレベルの句との2つのもののいずれも
同じ「句」という名前で呼ばざるをえない。
それを上の方のやりとりでは曖昧と言ってるわけで、今までとは別の類型化の
枠組みを用意しない限り、仕方がないことってことだね。
ってことは、境目を度数で表す云々はまったくのナンセンスってことになるわけか。 文法用語で「句」とは phrase のことで、「節」とは clause のこと。
日本語の文法は「句」も「節」も用いていない。 ことわざと慣用句の違いがいまいちわからないんだけど。。。
例えばここでは「慣用句が文中で使われる言い回しであるのに対し、ことわざは単体で成立する。」
http://lance3.net/chigai/z0209.html
となっているけど、「沽券に関わる」「めどが立つ」「引っ越し貧乏」は単体で成立するのになんでことわざじゃないの?
かと思えば「高みの見物」「身も蓋もない」「危ない橋を渡る」がことわざとされてたり。
結局ことわざの内実は故事成語であって、なんかの故事が元になっているかどうかが判断の基準になっているような。。。 >>62
>文法用語で「句」とは phrase のことで、「節」とは clause のこと。
>日本語の文法は「句」も「節」も用いていない。
君が言う文法用語って英文法の用語って意味? >>61
>ってことは、境目を度数で表す云々はまったくのナンセンスってことになるわけか。
当たり前。
句と語についてはそもそも意味がないとして、それ以外の場合も
きれいに分類できないから数値で度合いで示すなんてのは、一見良さそうに聞こえるけど
そもそも言葉を使用するのは人間だってことを忘れている使えないアイディア。
コーパス辞典みたいに各項目の横に数値を付記するのは可能だけど、
結局のところほとんどの人は50%超えてるかどうかしか見ない。
現時点では労力に見合わなさすぎ。
もうちょっとするとAIに勝手にいろいろやらせることができるようになってくるから、
労力の問題は解消するだろうが。 >>64
諺については、ここのベストアンサーの方が参考になると思う。
>「ことわざ」自体に「古くから言い習わされてきたこと」という意味合いがありますから,
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1570520.html
豚もおだてりゃ木に登る、がことわざじゃないないことがその証拠 土用の丑の日、も難しいね。
起源はよく知られていて宣伝文句でしかないわけだけど、
これほど人口に膾炙してしまうと違う性質のものに変化したと考えざるを得ないし。
でも明らかにことわざ、慣用句、常套句じゃないよね? >>1は最初から意図する答えの方向を定めていて、そっちの方向に収束していかない
異見は最初からすべて排除しようという魂胆でこのスレッドを立てただけじゃないの? 収束の完了形じゃなくて収束していくようにあらかじめ方向づけられているということね。
その方向性から外れる答えに向かいかねないような異見は最初から排除されている。 誹謗中傷はやめろ。
どんなスレにも意見が操作されている可能性はある。
陰謀を暴くには知っている人間が全てを明かしてこのスレの人たちを説得するしかない。
動かぬ証拠があるというなら出してみせろ。どうせお前には無理だろうがな・・・クククク。 >>69
ちょっと見方が穿ち過ぎじゃ?というか何のためにそんなややこしいことする? >>71の憶測が当たっているかどうかは、ファジー理論以外のネタをふってどうなるか見ればすぐに分かること。 >>64
故事成語=ことわざじゃなくて、故事成語<ことわざ
すべての故事成語はことわざに含まれる。
故事成語ってのはだいたい古代中国の逸話が元。
ことわざは江戸時代が元ネタのものが多い ことわざは、人間関係など人間が置かれた環境に対する鋭い洞察が含まれている。
含まれていれば即ことわざじゃないけど、含まれていなければことわざじゃない。
ポジティブなものが格言。
社会を斜めから見た皮肉や風刺もある。 まずこのスレッドを見ればファジィな論理を意図的に排除していることは明白。
それに対する心理的な拒絶反応が単なる誹謗中傷程度に語られるだけで、
冷静に論理的な異論が示されているわけでもない。
概念間には重なり合う部分があるという初歩的な認識がそこで排除されてしまっている。
>>1はこれを日本語の特質と見なしてしまっているが、現代の数学や論理学ですら
概念間の単純な線引きをしない論理を見出して認めているのにね。
そしてそれは現代言語学でもほぼ常識になっているのに。
たとえば認知言語学に関するいくつかの書籍を手にとってみればファイジィ論理に
言及しているものが多々見られるし、『新編 認知言語学キーワード事典』にも
ファジィについて一つの項目が設けられている。
しかもファジーは専門的概念ではなく、われわれが認知上ふつうに理解できる論理だしね。 けっきょく、「スレッドの空気を読め」という、
論理性とは無縁の感情論で排除するばかり。 イディオム、成句、成語、ことわざ、複合語、連語を>>1は一様に言語学の概念
であるかのように書いているけれども、国文法や英文法の概念や日常語とが
ごっちゃになっている。だから重なり合う部分が多くて当然。
sagr
国文法の中でさえ○○文法とか言って多数の理論が入り乱れていて統一されていない。
それぞれの理論体系内での用語の整合性があればいいのだから。 ファジー君、ほんとしつこいな
語りたいことがあれば自分でスレ立てろって >>80
うーん、国文法が現代日本語をそれなりにうまく整理できてるなら、
理論体系内での用語の整合性だとか言ってていいんだろうけど、
それがかなり中途半端にしかできてないように思えるんだよね。。。
俺の勉強不足に過ぎないのかもしれないけど。
例えば>>1に挙がっているような概念を、国文法では具体的にどのように分類しているの?
それが言語学ではどうなるの? >>69ではいかにもひとつの結論以外は、みたいなことを言っておいて、結局
>>78
>まずこのスレッドを見ればファジィな論理を意図的に排除していることは明白。
かよ。。。
君は自分しか頭にないんだなぁ。 イディオムはスレタイを全部含むゆるやかな概念
慣用句、諺、成句、成語は言語学的にも日常語としてもほぼ同じ
連語、複合語は>>9 いや>>84が言ってることは一応間違ってはいないと思うよ。
間違ってはいないんだけど、そんなざっくりした話だったら聞いてもしょうがないってだけ 1. イディオムは日常用語ではスレタイを全部含むゆるやかな概念
2. 言語学では慣用句とイコール
3. 英語教育では熟語や慣用句のこと。暗記すべき言葉の一つのセットの総称。
(英単語に含まれないものが便宜的にまとめてイディオムと呼ばれている。)
※日本語の文法や言語学の話を一般人がする場合、素養となる知識が
英文法しかない場合が多いため、英文法の概念や用語法に引きずられてしまうことが多い。
そしてそれがしばしば日常用語として定着していってしまう。 >>87
>日本語の文法や言語学の話を一般人がする場合、素養となる知識が
>英文法しかない場合が多いため
英文法は常識レベルの知識なのに
日本語文法は常識の範囲内には無いということ?
それはひどい。 >日本語文法は常識の範囲内には無いということ?
そうだよ。
普通の日本人に日本語の文法の話してみ?
授業で習ったはずのこともほぼ100%頭に残ってないから。
おもいっきりり英文法の用語でしか説明できない。
かと言って連中は英文法もほとんど理解できてないんだけど、それなりに授業とかテストで
いじめられているからなんとなく断片的情報は頭に残っている。 >>84
国文法のことを聞かれてるのに、まったく答えてないじゃん
言語学側と用語がかち合って紛らわしいのが連語。
国文法側では連語は「増して」(動詞「増す」の連用形+助詞)みたいなの、
つまり言語学側の複合語に類するものだから要注意。 >>64
> ことわざと慣用句の違いがいまいちわからないんだけど。。。
そんなこともわからないんじゃ、この板はつまらんだろ >>80
>国文法の中でさえ○○文法とか言って多数の理論が入り乱れていて統一されていない。
>それぞれの理論体系内での用語の整合性があればいいのだから。
えーと、それは学説が入り乱れて言葉の整理ができていないってことだよ。
自派の中だけで整合性が取れていればいいなんてのは、科学ではない。
各個別の学問ごとに、ある言葉に対し違う定義が与えられているっていうのは、
自然科学や社会科学でもよくあることで、その場合はそれぞれの理論体系内での
整合性があればいいけど、日本語の文法界、国語学の状況はそれとは違う。 >>80、>>94
分類する場合は、最初に各概念が相互排除的なものなのか、そうでないのかをはっきりさせておくことが大事。
科学の場合でも、複数のカテゴリーに属してしまう場合がある。
それはそのカテゴリーが違う観点から対象を分類している場合。
そういう場合は相互排除的な分類である必要はなく、分類の混乱とは言わない。
ただその場合、その観点(体系)がどのような関係にあるのかははっきりしている必要がある。
そうでないとユーザには何がなんだかわからない。
日本語文法の現状がそれ。
ある意味その元凶が学校文法なわけで、橋本文法になんとなくいろんな人が付け足して
それがなんとなく一般用語になってみたいなことをやってるから、ヨーロッパ言語の文法では
ちょっと考えにくいレベルの混乱が起きてしまっている。 × ただその場合、その観点(体系)がどのような関係にあるのかははっきりしている必要がある。
○ ただその場合、各観点(体系)同士がそれぞれどのような関係にあるのかははっきりしている必要がある。 国文法はともかく日本語文法ってそんなに混乱してる? >>100で言ってるのは、外人に教えるための文法体型って意味でのいわゆる「日本語文法」
じゃなくて、学校文法からなんからひっくるめた日本語の文法ってことでしょ。
文脈から言って 実用上、そこまで厳密に区別しなくたって問題ないものも含まれている。
学者さんが厳密な議論をするためには厳密な分類が必要になるかもしれないけど、
単なる言語使用者にとっては、イディオムと成句と慣用句の厳格な違いまで設けて
いちいち把握しておく必要があるのって。 だから>>1は
>議論の際は、学術的に違いを明確にしていくのもいいのですが、日本語の特性上
>厳密な線引は不可能とか、言語学的な厳密性を言い出すと複雑過ぎて専門家にしか
>理解できない結論になりがちです。
>この板は、言語に興味がある一般の人たちや、文筆家の人なども多く来られると思うので、
>ある程度実用に則した説明などが多く出てくるといいかなと思います。
と書いてるんだと思うんだが。。。 専門用語が一般化して意味が広がっているものは仕方がないけど、
一般用語を勝手に意味を狭めて使ってる自称専門家は半可通だと思う。 とりあえず、オストアンデルってスレタイで言うとどれ? >>106
問題は、言葉にはいろんな専門分野があること。
物書きだって編集者だって言葉の専門家出し。 >>106
>一般用語を勝手に意味を狭めて使ってる
例えばどういうケース? >>110
勝手に誤解して喧嘩になるケースとかだな。 ホップ・ステップ・ジャンプは本来は三段跳びの飛び方のことなんで、
一つの単語として扱って名詞なんだろうけど、歌詞とかテレビで使われたりして
文化的ないろいろなもんがひっついてきたから、もはや日本語の慣用句と言ってもいいのかもね。 謹賀新年とか、よろしくお願いします
みたいなのって何になるんでしょう? あいうえお、ドレミファソラシド、いろはにほへと
みたいなのって何になるの? ドはドーナツのドのドは音階の一つを表す名詞
ドレミファソラシドは順序が固定的であることから語彙として固定されていると考えられる
構成要素が全て名詞だから複合名詞だろう
いろはにほへとは一部で仮名全体を表す比喩的な複合名詞 >>116
「よろしくお願いします」は副詞と動詞の組み合わせ以上の特別な意味がないから比喩性のない常套句
謹賀新年も同様に常套句でいいんじゃないかなあ
謹賀って名詞? 四字熟語って慣用句ってされることが多いけど、
常套句か慣用句かって分けていくと前者がやたら多いよね。 >>119
回答ありがとうございます。
あいさつことばは、「おはよう」みたいに単独の単語の場合は感動詞、
複数の単語や辞が組み合わさっているときは常套句ってことで良さそうですね。 なんかだいぶロジカルな説明も出てきて見通しが良くなってきたなぁ。
今のところうまく説明できないのは、豚もおだてりゃ木に登ると
土用丑の日ぐらい? 「豚もおだてりゃ木に登る」は言葉の形式的にはことわざ(格言)だね。
でもまだ辞書に載せるほど成熟していないので、特にこのスレで分類を考えるほどのもんじゃもんじゃないんだろう。
あえていえば、ことわざ未満?
他にどう考えていいか難しいものとしては、「少年よ大志を抱け」みたいなのがあるね。
名言?とでも呼べばいいのか。。 起承転結もわからん。
慣用句でも常套句でもないし、、、複合語ともちょっと違う。
>他にどう考えていいか難しいものとしては、「少年よ大志を抱け」みたいなのがあるね。
スローガン? 豚もおだてりゃ木に登るも、土用丑の日も、少年よ大志を抱けも
みんな格言でまとめられるんじゃないかな?
ことわざって言い方は、四字熟語や故事成語と同じで、学問として分類する際には不適当なくくりでしょ?
格言は、言葉ができた経緯や時代に関係なく、教訓や洞察、戒めなどを含むものを全部含めることが
できるけど、ことわざだと内容だけじゃなくてほかのいろんな要素が絡んでくるんだよね。
ただ、起承転結はどうなんだろう?
やっぱ格言? 問題は、ことわざはすべて格言に含まれるかどうかだが >>105
それなら尚のこと、専門家なら区別する意味があるのかもしれないが、
実用上、これらを厳密に区別する意味などあるのか、ということ。 文章下手なら、あんまり短く書こうと思わない方がいいよ。
多分こういうことを言いたいんだろうなあ、ってのはなんとなく想像つくけど。 そもそも>>1の文が何を言いたいのか不明瞭だからね。
お世話になります。
私、責任者の加茂と申します。以後、宜しくお願い致します。
http://www.apamanshop.com/membersite/27009206/images/kamo.jpg
浪速建設様の見解と致しましては、メールによる対応に関しましては
受付しないということで、当初より返信を行っていないようで、今後につい
てもメールや書面での対応は致しかねるというお答えでした。
このように現在まで6通のメールを送られたとのことですが、結果一度も
返信がないとう状況になっています。
私どものほうでも現在までのメール履歴は随時削除を致しております
ので実際に11通のメールを頂戴しているか不明なところであります。
http://s-at-e.net/scurl/common-list.html ざっとスレを読んでみたけど、語と句についてはぐだぐだで終わってるみたいだね。
いろいろ補いながら話を整理すると、
・ヨーロッパの言語なら語と句は、それぞれその形態からかなり明確に定義が可能であって、
統語論的に区別する意義があり、区別も簡単。
日本語はそれが難しい。その理由としては、
・膠着語であること。
・孤立語である漢語を大量に借用していること
(漢語の場合、たった2字でも文として成立してしまうこともあり、形態から語と句を区別
しようとした場合、日本語ではなく中国語の文法の観点からの分析が必要になる。
が、恐らくそういうことをやっても形態からの分類は無理だと思われる。)
・分かち書きをしないこと。
そして、そもそも語と句を区別する必要がどれぐらいあるか、という話になってくる。
そもそも語と句は、国文法(その他種々の文法)側と言語学側では、指し示すものが不明確だったり違ったりしている。
言語学側は、wordとclauseというヨーロッパの言語に共通する単位に、語と句を
対応させることで、統語論的分析をスムーズに行いたいという意図があったように見える。
国文法側は、日本語は仕組みがヨーロッパの言語とは違い過ぎるので、
ざっくりした話をするときには、語と句を使って話をし、突っ込んだ話になると
お茶を濁す対応を取っているように見える。
そもそも、国文法では形態論ばっかりで統語論はみんなそんなに重視していないからなのかも。 このスレはidiomについて語るスレだと俺は認識しているし
idiom語りをしているレスに関してはそこまで混乱はしていない気がする
ただ、idiomとphraseの違いに気付かずにphraseの話題を持ちだして
この本来的に違う2つの概念を強引に一つの概念で説明しようとして混乱しているレスも多いので
スレそのものが一見カオス状態に見える ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています