「ふ」は別に[ɸu]ではないと思う
ハヒフヘホのフ
ファフィフゥフェフォのフゥ
この両者の発音が微妙に異なることからもフ=[ɸ]とは言い難い
おそらく[ɸ]から[h]に移行してる最中
よって[ɸʰ]や[ɸ˕]の辺りが妥当と推測される >>3
こちら東京ネイティブ。60年代末の生まれ。両親とも東京人。
ハ行のフとファ行のフでは、自分も他人も、何の発音の違いも認められない。 >>3
まじか。それは知らなかった。てかIPAって完全じゃないんだな つまり「振袖」や「普通」と「フリー(自由)」や「フルーツ(果物)」という時の「フ」は違うとでも? ハヒフヘホと言った時、フは無声母音になることも多いが、ファフィフフェフォの場合はそれが起きづらい。そうした違いも考慮に入れないと駄目。 ハ行音のフはファ行音のフに比べて唇寄らないな
というか前後関係によっては閉じる気配すらない
この辺の差はジとヂの差と似てるな
発音し分けてるか、発音の差を意識できてるか
その辺が人によって割れる 年配者はファンと発音できないのでフワンと言うし、
ワンツースリーホーと言う。これに関しては関係ないのか。 >>11
ファイルなんかは普通にファイルって発音してるはず
多分ファンだと日本語の特性上1音節になるから年配の人はそれが語感的に言いづらいのか聞き取りづらいんだと思う >>11
映画関係者はフィルムのことを、仕事への自負自慢といささか怪しいプロ意識を込めて「フイルム」と今でも発音している。
こういった、昔の日本人がファフィフェフォを発音しにくかった時代の名残りの発音があることも考慮されて然るべき。
ちなみに、横浜のフェリス女学院の年配のOGが、自校の名門意識をちらつかせながら「フエリス」と発音しているのには嫌悪しか感じない。 しかし日本語は[p] -> [ɸ] -> [h]と唇音退化の過程で[ɸ]を覚えたはずなのに何故この発音が苦手な日本人がいるのか… >>16
ɸだった頃から生きてる人も居なくなってるから 韓国語ってfが無いからfanをペンとかpか、単語によって完全なhで発音するけど日本人はhまでいかずにф 室町時代の蓮如が弟子がくれたウグイスが「法ーホキキョ」と鳴くのを聞いて心が慰められたと言ったのを、その弟子が書き留めていているそうだ。
その「法ホキキヨ」の法(ホー)はhoの発音だとおもうが、ある野郎はフォ(両唇音)だと言って頑張っておる。
実際、おめはどう思うよ。 >>21
室町時代の日本語のハ行はɸ音だからな
ɸ音で発音してただろうな
言語学をやる人間にとっては常識だろ ハ行の子音は、遠い上古の時代には [*p] 音であった可能性が高いと言われている[1]。
定説として、奈良時代には [ɸ] 音(ファフィフフェフォのような音)になっていたとされる[2]。 [ɸ]音はその後長く続いた。 17世紀初めにポルトガル人らによって編纂された『日葡辞書』を見ると、「母」は faua または fafa [3]、「人」は fito、「花」は fana というように、ハ行の音写に f を用いていて、[ɸ] 音であったことを示す確実な証拠のひとつとされている。
は行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E8%A1%8C >>24
おめの説明は、短い文でよく説明できとる。
ちゃんとした知識があるのが分かる。
あの野郎のぐだぐたした主張とは違うな。
一番最後のところで日葡辞書の日本語の母や人、花などの語頭表記がf音で表されていることと、ほぼ同じ時期にイギリス人商館長のコックスが箱根をHaconeyと書いていることをどのように解釈するか、意見を述べてくれ。 >>25
お褒めにあずかり光栄だな
簡単に書くと、日葡辞書(1603年から1604年にかけて長崎で発行)における日本語の「母」や「人」、「花」といった単語の語頭表記がf音で表されているのは、当時の日本語のハ行全段が現代日本語のファ行の子音にあたるɸで発音されていたためだろう
日本語をポルトガル語式のローマ字で表記し、ポルトガル語によって語義などが解説されているが、例えば、現代日本語で「はな」と発音される「花」は、日葡辞書では「fana」と表記されていた
この表記は、室町時代から安土桃山時代にかけての中世日本語の音韻体系を反映しており、言語学的にも非常に貴重な資料とされるな
fとɸは厳密には発音が違うが、日葡辞書がɸの表記にfを使っているのは、単純に当時のポルトガル語にɸの文字が存在しなかったからだろう
fはɸの音を表していたとみて間違いないだろう >>25
リチャード・コックスの日記(1615年〜22年)のことなら、「Haconey」という表記は、当時の日本語の発音を反映したものであり、正しいだろう
この表記は、16世紀から17世紀にかけてのローマ字表記の一例で、日本語の「は」行の音が「f」や「h」で表されていたことを示している
問題なのは、当時の「は」行の音に「f」と「h」の両方が使われていることだが、方言を反映したなどとする説があるな
諸説の中で有力なのは、当時のハ行が「f」から「h」へと推移する途中の表記の揺れを反映しているとする説だが、恐らくその通りだっただろうな まず、リチャード・コックスは言語学者ではなく
貿易商にすぎないので聞きなしとしては
辞書の書き取りよりは流石に正確性に劣る
その上で、コックスはハ行の聞き取りをHで統一しているわけでもない
同じ地名でもFとHで揺れる場合がある
たとえば、箱根山をFaconiamaとも書いているし
浜松をHammamachともFame Machとも記している
ただ、俯瞰して見ればハ行のほとんどはFで書き取っているよ
H音が混ざってくるのは地域的におおよそ
関東・東海方面に限定されていて
この辺りがh音への移行の過渡期だったのでは?
という見方がある >>26
fとフ(両唇音)は厳密には発音が違うと言うのは、丸山先生の主張と同じなので納得や。
そうすると、日本語のフ(両唇音)音を表すポルトガル語のフ(両唇音)がなかったので、日葡辞書では日本語のフ(両唇音)はf音で代替したと見てよいか、あるいは代替ではないと考えるか、その点はどうか。 >>29
代替という表現には語弊があるが、ポルトガル語にɸの文字がない以上、ポルトガル人にとってはfがɸに最も近い音として認識されていたのだろうな
現代の言語学的な、あるいは、音声学的な知識がない当時のポルトガル人にとっては、fとɸは同音、または、最も近い音として認識されていたのではないか >>28は>>27と内容がかぶってしまったが
母、についてはよく引用される話として
1512年頃の体源抄に
“ナゾダテニ曰、母ニハ二度アフテ、父ニハ一度モアハズ クチビルトトク”
という謎かけがあって、母と発音する時は唇を二度合わせる
つまり唇音である事がこの当時当たり前に通じる
コモンセンスとしてしっかり描写されている
ほぼ同じ謎かけは同時代(1516年)で古くからの謎かけを編纂した
後奈良院御撰何曾にも登場しているんだけど、
江戸時代後期の学者はこの謎かけに別の解釈を与えていて
これも通説通り、江戸期にはハ行の音韻が変化していた事が見て取れる >>30
日葡辞書を編纂したポルトガル人自身は、例えば日本語の花の語頭子音の発音とポルトガル語のf音は似てはいるが別の音だとちゃんと認識していたというのは、その通りだと思う。
そこで、現代ポルトガル語のアルファベットにはhがあり、国際音声記号ではそのh(声門摩擦音)の発音はハーとなっているが、このh(ハー)は現代ポルトガル語では発音しないようだ。
この現代ポルトガル語のhの無発音と、日葡辞書にHの項目がないことは軌を一にすることだと考えるか。
それとも、日葡辞書にHの項目がないことの理由がほかにあると考えるか、どうだろうか。 0159 名無し象は鼻がウナギだ! 2023/05/21(日) 19:42:23.40
日本最古の稲作遺構である菜畑遺跡に伝わった日本最古の耕作用農具だって当時の
中国とは全く違ったものが伝わっている。
と言うか、当時の中国の耕作用農具が日本最古の稲作遺構には一つも伝わっていないのだ。
◆菜畑遺跡に伝わった日本最古の耕作用農具 → クワ、エブリ 《すべて木製》
◆同期する中国の耕作用農具 → 耜、鋤、犂 《すべて石刃》
クワ、エブリに該当する耕作用農具が当時の中国にない!
耜、鋤、犂に該当する耕作用農具が日本最古の稲作遺構にない!
伝わった日本最古のイネの粒種だって違う。
◆菜畑遺跡に伝わった日本最古のイネ → 短粒種のみ
◆同期する中国のイネ → 中粒種が半分近く混ざったもの
稲作が長江やら江南やら中国から伝わったと吹聴してるヤツは中卒です!
ID:0(159/249)
高卒ゴミチョンコロは殺処分されとけ 質問する立場で自分の言いたい事ばかりで自己完結して
話を聞いていないのはいかがなものか 追加
>>32の記述では、「花の語頭子音とポルトガル語のf音は似てはいるが別の音だとちゃんと認識していたというのは、その通りだと思う」としたが、
>>30の本文では、「fとフ(両唇音)は同音、または最も近い音と認識されていたのではないか」と書いているので、訂正する。 >>34
アホォ。
ワイが質問しているこの御仁は、ワイよりもはるかにこの問題に精通しておる。
今は、ひとつ一つワイの疑問に答えてもらっている段階や。
手寧に答えてくれると思っとる。
それが、知識豊富な方の真摯な態度やと思うわ。
ど素人のワイを足蹴にするはずがない。
このお方は、おめらとは違うよ。 >>32
真意がいま一つ伝わっていないようなので補足する
ɸの文字がない当時のポルトガル語では日本語のɸを表すにはfを使う以外に選択肢がなかったと言って良い
日葡辞書がɸの表記にfを使っているのは、単純に当時のポルトガル語にɸの文字が存在しなかったからだろう
fはɸの音を表していたとみて間違いないだろう
日葡辞書のfはɸであると受け取ってもらって良い >>32
日葡辞書に「h」の文字が含まれていない理由は、当時の日本語には「h」に相当する音が存在しなかったからだろう
日本語の「ハ行」の音は、現代の「ファ行」に近いɸで発音されていたとされる
以上が定説だが現在のところ、定説を覆すだけの研究はないと言って良い
この辞書は、当時の日本語の実相をよく表しているとされ、室町時代から安土桃山時代における中世日本語の音韻体系、語の発音・意味内容・用法などを知る上で、第一級の歴史的・文化的・言語学的資料だ
そのため研究がよく進んでいるが、定説以上の研究は今のところないとしか言いようがない >>32
現代ポルトガル語にhの発音はないが、ポルトガル人はhの文字の存在もその発音も理解しているはずだ
日葡辞書に於いても、宣教師がラテン語などの知識を元にhの文字の存在もその発音も理解していたと見て良いだろう
これは、例えば日本人が英語theの/ð/の存在もその発音も知っているが、日本語に於いては/ð/の文字も音もないことに似ている
自国語にhの音がなくとも、外国語ではhの文字も音も使うことは心得ていたとみて間違いない
日葡辞書は、ポルトガル人にとっては外国語の辞書であるから、外国語(日本語)の発音にh音があるならhの文字を使ったはずだ 調べてみたら、同時代の宣教師が書いたポルトガル-中国語の辞書だと普通にhを使ってるのか >>37
ポルトガル語にフ(両唇音)を表す文字がなかったので、日本語のフ(両唇音)を表すのにf(唇歯音)音を用いたと考えられる、ということは理解した。
そこで、見てもらいたい資料があるので、検索欄に「PDF『日葡辞書』」と入力して検索し、画面の上から3番目の『日葡辞書』を開くと、麻原義雄氏の論文が出る。
この論文のp20の7行目に「ポルトガル語ではHは発音しないので」として日葡辞書にHの項目がない理由を挙げている。
このことからすると、ポルトガル語ではhの文字はあっても発音しないためにHの項目を設けていないのだとしていることが分かる。
つまり、発音しないのだから、(仮に日本語にh音の言葉があっても、その日本語のh音を書き入れることは無意味であり、そのために)、Hの項目を削除している、ということが推し量れるものとなっている。
例えば、そうした例としては、horaana(洞穴)の場合はポルトガル語ではオラアナの発音となるため、日本語のhoraana(ホラアナ=洞穴)言葉の発音が伝わらないので、辞書として意味がないというより誤った語彙を伝えてしまうということになる。
そこで、このケースの対処法としては、h音の語彙はすべてよく似たf音で置き換えることにすることが手法の一つとなる。
なので、この手法が日葡辞書などのポルトガル語関連の辞書で用いられたとすることも可能になる。
そうすると、この考えは、ポルトガル語ではフ(両唇音)の発音がないことから日本語のフ(両唇音)を表すためにポルトガル語のf音を用いたとする手法とは、対立する考えであることになる。
そこで、日葡辞書から遡って、日本語にh音の言葉があるかどうか調べてみる必要が出てくる。
そうすると、室町時代の浄土真宗の蓮如上人の言葉に、ウグイスの鳴き声を「法ホキキヨ」とする記録のあることが重要になってくる。
この「法ホキキヨ」の「法」がホ音なのか、フォ(両唇音)なのかによって、日葡辞書の時代に日本にh音があったか、フ(両唇音)音があってh音はなかったのかが判然とすることになる。
また、このことは、謎々のフ(両唇音)音のこととも関わってくる。
というわけで、この上のことについて、意見を聞きたい。 おめのようなド素人がワイに指図する資格は、ねーよ。
今、このお方は、蓮如の法ホキキヨを確認中だろう。
まあ、もう少し待ってろ。
おめーが、何の根拠もなしに、法はフォだと胸張ったのとは違うて、このお方はちゃんとした主張を出してくるはずや。
あほぉぉぉぉぉ! 今までの御高説を爺がおとなしく聞き入れていること自体が敗北宣言じゃねぇか ワイは、このお方が蓮如上人の「法ホキキヨ」の「法」の発音をどう読むか非常に関心を持っとるのよ。
おめらみたいに、むやみにフォやなどとは言わんやろ。
ちゃんと根拠を述べると思っとる。
議論は、それからなんよ。
おめらを相手にするときと、向かい方がちゃうやろ。
ちゃんと竹刀、合わすわけや。
まあ、おめらも、このお方を見習えや。
わははははは。 NHK語アクセント
オリエ\ント
なのか。
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