つまり日本の中世支配階級のトップである大名と公家は
皇胤or藤原でほぼ独占されていたということ。

華族制度制定時の476家のうち430家が皇胤か藤原氏。あとは大江・菅原の土師氏が22家でかろうじて目立っている程度で、文字通り圧倒的に皇胤・藤原が強い

まあこの類別では徳川家が源氏とされていたり、織田家が平氏とされていたり、割と怪しい点が多々あるし、
ひどいのになると島津が源氏扱いになっている(w)けど、
多くの仮冒を割引いても
またこぞって有力者が血統を仮冒したという事実にこそ、
王孫と藤原氏が別格の血統として尊重され拡散していった事実を証明している。

公家・大名に次ぐ武士階級、それに次ぐ庄屋・豪農・豪商階級では
大名公家のように9割まではいかないだろうけど、遺伝子が上の階級から下って拡散していくという法則にしたがって、過半数が皇胤か藤原の血筋を称していただろう。
そのなかには無論仮冒であったり女系相続で男系が違っている家も相当多かっただろうが、本物も多かっただろう。

これらの事実からして、2大modal type説はかなり説得力を持っているとおもう。