>>582
「人天眼目」は中国宋代の1188年になったものらしいな。
その中の「霹靂」について、日本で解説したが「人天眼目抄」もののようだ。
その日本での解釈が、1471年頃ということになるな。
しかし、それより700年近く前に書かれた「竹取物語」に書かれている(はたたく)の語彙のほうが、ようがより古く信頼できると思わんのか。
太秦の秦氏が渡来したのは5世紀初頭前後やから、それから400年後くらいに書かれたのが「竹取物語」や。
「人天眼目抄」は秦氏の渡来より1000年も後の解説書であり、竹取物語と比べたら700年後になる。
どっちを採るのがよいか明らかだわな。