>>381
楚王の名。穴熊、熊麗、熊狂、熊勝、熊渠、熊厳、熊通、など。楚は大国で、南蛮、東夷、西戎、越などを含む。
阿蘇氏の子孫宇治氏について、内倉武久先生によると、ウチのチは氏族を意味し、
ウは禹の可能性。楚王は禹の末裔を名乗った。
阿蘇には、健磐龍命がカルデラ湖を蹴破って、排水したという伝説があり、事実、かつて湖。
安曇野では、かつて湖だったのを、泉小太郎と母の犀竜が、山を崩して日本海に水を流したという。
諏訪氏の先祖、武五百建命。別名を健磐龍命、阿蘇氏の祖先。諏訪氏と阿蘇氏は、先祖が同じ。
蜀の初代王開明は、大洪水のとき、玉塁山を切り開いて排水。
禹の洪水神話の変形。大洪水で世界が水没したとき、禹が排水。
楚の祖先祝融は鳳凰。太陽を運ぶ鳥であり、丹朱。古代の墓や神社の水銀朱と関係か。
熊には輝くという意味があり、太陽だとすると、熊本と日本は同じ。
熊襲は楚人。阿蘇氏は楚王で夏の禹の末裔の可能性。大和朝廷系。伊勢神宮内宮の元の神職は宇治土公で阿蘇氏。
外宮の神職は尾張系。楚人だと、畿内を超えて名古屋へ行き、畿内へ戻るという回りくどい行き方。
弥生時代、東海の人口が最も多かったから、尾張氏はたぶん縄文系。楚人なら、2系統建てる必要ない。