「日本はなぜ敗れるのか 敗因21ヵ条 」 山本七平

Oさんはノートをかたわらに押しやると、われわれ「日本軍捕虜」の状態は、何といっても余りに情けないと嘆じた。

彼が収容した米英人は、絶対にこんな状態ではなかった。
彼らはすぐさま、自分たちの手で立派な自治組織をつくり、それを自分たちで運営した。

一体どうして、われわれにそれができないのであろう、と。

彼は緒戦当時、英語が上手なため徴用され、米英オランダの民間人を収容する収容所に勤務させられた。
そこも似たような状態であり、着のみ着のままの人が、ほぼ同じように柵内で生活し、彼らの好むままに秩序をつくらせた一種の自治であった。

彼らは、自己の伝統的文化様式通りの秩序をつくり、各人の「思想」すなわち自己規定でそれを支え、秩序整然としていたのだから。

小松氏が記している米軍による暴力団の一掃は、ほぼ全収容所で同時に行われたらしい。
というのは、戦犯容疑者収容所における暴力団も、同じようにMPによって一掃されたからである。
そしてそのあとの状態もまさに同じであった。

Oさんは、このときも嘆いていった。
米英オランダ人の収容所に対して、日本軍が、こういう措置をとらねばならなかった事例はなかった、と。