>>193
あと、念のため言っとくけど
たんなる「在庁」なら京侍由来でない可能性の方がはるかに高い。
在庁官人は基本的に在地の有力者で、京都に「留住」ことのない人間が主体で、
基本的には地元の郡司クラスが多い。彼らクラスになるともはや正確な系図を持たない
下郎の身分であり、本来は卑姓の持ち主が多い。なお彼らが源平を名乗っても、
それが真実である保証は全くない。
吾妻鏡など紐解けば「源太」「平六」などと名乗る、最下層の凡下がいくらでも現れる。
こんなの農民上がりだろう。
のちの護良親王は北条氏のことを
「伊豆の国在庁時政子孫高時法師」と言っている。今更>>193
に言われなくても北条氏が「在庁」クラスの人間であることはよく知られている。
ちなみに義時は自らの家を「げろう」と言っている。これは五位以上にはなれない
卑しい身分であると自ら証言しているのである。
時政以前が伊豆守になったなどというのは後世の系図の嘘。