【阿曇氏】海人族 part2【宗像氏】 [無断転載禁止]©2ch.net
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前スレが落ちてしまったので再び立てます。
謎多き海人族について語るスレ
海人族とは何者だったのか?
天孫族との関係は如何なるものだったのか?
前スレ
【阿曇氏】海人族【宗像氏】
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/history/1317289551/ >>986
言っちゃ悪いが屠殺屋一族に仕えた下請けの精肉屋でしかない阿波忌部に何のルーツがあるんだ?
殺傷供養で全国各地から分社してもらった神社を建てまくるくらいしか出来ないじゃないか(笑) 住吉大社の神宮寺は新羅寺(758年建立)
博多住吉神社の元宮とされる現人神社は香春にもあり都怒我阿羅斯等を祀っている
香春は辛嶋氏が筑前國筑紫神社に次いで新羅の神を祀ったところ
841年筑紫守の文室宮田麻呂が、新羅、唐、日本にまたがる海上勢力を築いた新羅人張宝高との密貿易が発覚する
820年の遠江・駿河弘仁新羅の乱の乱後処理のため遠江守に任ぜられた藤原衛が新羅人鎮撫の実績を買われて
842年大宰大弐として筑紫に下向する
新羅人との密貿易、国内新羅人の反乱、新羅の入寇の時代に
筑紫の志賀海神、住吉神が整備されている
藤原北家の摂関政治が始まるころの時代 摂津チョンコ
大宝律令の前は何もなかったことにしたい説はじめるwwwww 「住吉大明神こと住吉神社」
板野郡藍住町住吉神蔵に鎮座。
祭神は神功皇后、表筒男命、中筒男命、底筒男命。
鎮座地は神功皇后ゆかりの地で当社は全国住吉神社の元社にあたる。
神功皇后の本名は息長足姫 (おきながたらしひめ) 命。 息長ということは生粋の海人族である。
大陸進出にあたり航海の守護神として、底筒男命、中筒男命、表筒男命を御舟に祀っていた。
百済征伐の帰りに当地(板野郡藍住町住吉)に寄り、御舟に祀っていた住吉三神を降ろしたのであろう。
そのほか、夫にあたる仲哀天皇は西に位置する板野郡矢武の応神山仲哀寺で祀られ、大臣 武内宿禰は同町 矢武八幡神社を中心に武威神社、高良神社で祀られている。
また御子である応神天皇の葬場跡は南に位置する応神町宮島。
審神者(さにわ)で顕れた淡郡の嚴(いつの)事代主は吉野川を上流に上った阿波郡市場町伊月の式内社「事代主神社」で祀られている。
ちなみに海人族でも支配地域が違うと氏族も違う。 神功皇后も幼少の頃より古の各海人部族の神話を聞かされていたのであろう。
そもそも住吉三神は泡(阿波)より産まれた神。 この三神は神代より祀られた阿波の海人の神々なのである。
底筒男命は県南部海岸を支配した長国の神(大国主命、事代主命)
中筒男命は北に続く小松島市、徳島市の海岸を支配した阿曇の神(和多都美豊玉比賣命)
表筒男命はさらに北に続く鳴門の海岸一帯を支配し淡路、奈良大倭に進出した大倭の神(速吸宇豆彦)
神功皇后は阿波全ての海人族神を味方につけて異国との闘いに挑んだ訳である。 @阿波 >>989
住吉大社は筑前からの分社
住之江の領地権住吉から津守に移った後に乗っ取っただけ
那珂川現人神社と香春現人神社は名前が同じだけでルーツは全く違う別物
筑紫神社の主祭神の筑紫の神は綿津見の孫である磯武良(イソタケラ)と同定した須佐之男の子 五十猛(イソタケル) >>991
住吉神は筑紫日向小戸橘之檍原で綿津見の弟として誕生した
泡から生まれたのは猿田彦命の底度久御魂、都夫多都御魂、阿和佐久御魂
これは津守が正伝を知らなかったためにニニギの道案内をした猿田彦と神功皇后の道案内をした海神(住吉)を同一視したことによって創作された。 >>993
住吉大社が後付な
一昨日から住吉大社に電話して確認しろって命令されてるんだから
さっさと言付けに従えよ摂津チョンコ >>991
屠殺屋の下請けが阿波忌部
阿曇浜子のパシリが阿波忌部 >>996
ウンコにはウンコぶつけるのが相当なだけでしょ >>1000ならバレンタインジャンボ宝くじで1等+前後賞で3億円が当たってる! このスレッドは1000を超えました。
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