邪馬台国畿内説を批判するスレ [無断転載禁止]©2ch.net
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けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。 八葉は鈕座を示しているわけではないというツッコミかな?
だとすると八頭花崎が鈕座を示して八葉が内行花文のことになる。
どっちにしても、そんな内行花文鏡は平原遺跡の鏡だけ。
平原遺跡の内行花文鏡が八咫の鏡だという結論はかわらない。 ご託を並べる前にググってから、訳してみたらどう?
例の文章のどこにも鈕座だとは明記されてないよー マジレスすると天岩戸神話は皆既日食の象徴だろう
面白いのはこの天岩戸自体も神になってるんだよね
そして岩戸を開けた天手力雄神は相撲のルーツとか
実は九州でしかあの時代に皆既日食は起こっていない
岩戸隠れの年代つまり皆既日食は時代を遡って天体軌道計算で証明されてる 八頭花崎と八葉形じゃなくて八頭花崎八葉形なんだな
それで初めて円外日天八座が理解できる
曼荼羅なんだな 反論できないから小出しにしてそれらしく思わせているだけ。 伊都国から八咫の鏡が出ると畿内説がツムツム
だって倭国の都が伊都に決まってしまうから、女王がいたのも伊都になる。 検索能力のないチェリーピッカーが虚勢を張ってるだけか 平原鏡=八咫の鏡が完全に崩壊してるのに確認すらできない哀れな老人 >>376
都合が悪い割注も無視を決め込んでるしな
結局結論先にありきでまともに史料を分析してない なにがどうしたら、そんなことが確定するだ?
かなり病的だな >>388
古代から中世における「八葉」の用例を調べればわかる 中世の宗教書の内容を引用するのに際して
当時の用語の意味を検討してないとか
学界で相手にされないのも無理はないな >>390の目の前にあるのはただの箱らしい
あるいは掌のなかにあるのはただのカマボコ板らしい 学問の探究者=ヒントから自分で調べる
勘違い傲慢爺=自分で調べることもせず罵倒 自分で調べずに他人に責任転嫁…
さぞかし顰蹙を買ってきたのでしょう
周囲の方にご同情申し上げる ・偽スレを立てる
・他人に成り済ます
・ウソスレを立てる
・いずれも使い切らないのに複数立てる
・自演三昧
・しばらくするとほったらかし
は、誰がどう見ても異常
それを擁護するのも異常 八葉≠八葉座確 と確定したんだろ、
だったら、そう主張したほうが根拠だせよ。
論拠を提示せず、自分で調べろとな? >>399
ほったらかしのスレを埋めようとする相手を罵倒するのも異常だな >>401
そもそも八葉=八葉座になんの根拠もないし >>401
話をすり替えるなカス
八葉≠八葉座 と確定したなら、
それを証明して見せろよ。 八頭花崎八葉形でひとつの文章なんだよ
それが理解できないアホにいくら説いても無駄だもんね 伊勢神道だと天照は大日だったけか
さもありなんだな >>392
咫は頭の古語っていう割注すら気が付いてなかったくらいだし 卑弥呼や倭の五王は畿内に実在した
これは考古学的に堅い
どういう関係かは今となってはわからないが、
分家の応神が九州から乗っ取り今の天皇家の基礎を築いた
邪馬台国東遷ではなく大和朝廷東遷が正しく要するに神武天皇とは
応神の東征を過去に投影しただけ
九州から大和を確かに征服した確かなと見ていい史実であり
これが建国神話に反映していないというのも無理
要するに神武とは応神のこと
五王の畿内王権はほぼ考古学的に裏とれている
卑弥呼の頃の邪馬台国が九州にありそれが出雲飛ばして
畿内を制圧すんのは無理あるし
九州から畿内の征服がないのも馬鹿げている
神武の東征が必要なくなる
東征はあった
応神の時に
明確な九州による東方征服 >>406
反論はもっと体系的にしないと相手に伝わらない。 >>415
応神は卑弥呼より後だよ。
それと3世紀の畿内に九州に対抗する国力はない。
3世紀より後に九州が畿内を征服しただけ。 鈕座が8葉の内行花文鏡が平原遺跡の鏡しか見つかっていないんでしょ?
だったら現状では八咫の鏡の可能性が一番高いでしょ。
そして、伊都国が倭国の都。 >>419
だから、反論はもっと体系的にしないと相手に伝わらない 畿内厨はバカだから文章がかけないので、単語を並べるだけ。
八咫鏡の模様は、マンダラなんだぞ、とでも言いたいのか??
それだと単に可能性の一つを提示しただけだな。 八葉が八葉座だっていうのもひとつの可能性
御鎮座伝記には八葉が八葉座のことだなんてどこにも書かれていない
しかも円外日天八座を説明不能
八葉が宗教書に書かれているということを直視すると
八葉が仏教用語だと理解でき
円外日天八座の意味も理解できる
いかれ頭には理解できないだろうが >>417
古い年代観のもとでの3世紀だろ、その辺は今は1か2世紀あたりのこと
残念だね >>417
九州土人のコンプレックスいい加減にしてね >>422
円外日天八座の鏡があるなら見せてくれ。
そもそも仏教伝来より前のはずだろ。
もし八咫の鏡に仏教の要素があるなら、それは後世の作になってしまう。 >>425
漢から冊封された王墓があるのは、九州北部だけなんだが。 >>426
そんな鏡はないな
もちろん平原の鏡にも該当する部分はない
つまり、御鎮座伝記に記される八咫鏡は、当時の宗教観によって観念された、想像の鏡だってことさ
で、八葉が何かは調べたのかい? はち よう −えふ [0] 【八葉】
@
八枚の葉,または紙。
A
八枚の花弁,特に蓮の花弁の形。また,一つの円を中心に周囲に八つの円を配した文様。
で?? >>432
いや、一応検索したってことでw
引用文にも宗教用語としてのヒントがあるんだから、ここから掘り下げればいいんだけどね いろいろググってみた
はち ようの はちす −えふ− 【八葉の蓮▼】
@
花弁の八枚ある蓮。
A
〘仏〙 極楽浄土の別名。八葉蓮華。
八葉蓮華
はちようのれんげ
花弁が8葉ある蓮華。真言密教などでは胎蔵界曼荼羅の中央にこれを描き,中央に大日如来,8葉に4人の仏陀と4人の菩薩を配する。
仏教用語でいう八葉蓮華とは、どういうことですか。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1125108161
はちえふ−の−くるま 【八葉の車】
分類連語
「網代車(あじろぐるま)」の一種。車の箱の外装に、青地に黄色で八弁の蓮(はす)の花(=八葉)の紋様を散らした牛車(ぎつしや)。摂関・大臣から地下(じげ)(=六位以下の役人)に至るまで広く用いられた。
中台八葉院
http://www.mikkyo21f.gr.jp/mandala/mandala_taizoukai/01.html もし伊勢の八咫の鏡が仏教の影響下で作られたものであれば、それは後世の復元品が保管されていることになる。
宮中の八咫の鏡も灰の形状になっているという。
本来の形状を今に伝えるものは平原の鏡だけなのかもしれない。 伊都国は大阪湾一帯の芦原中津國の宮家。
天孫降臨は奴国から、博多湾一帯を割譲してもらい、伊都国を作る話。 大阪湾と博多湾の勢力は親戚。
伊勢は、火神石神阿波が倒した芦原中津國の鎮魂の場所。 剣は倭人の王イザナギ
玉は本来のスサノオ、ヤマタノオロチ(丹後半島、丹波から逃れてきた)
鏡は月読にしてサルタヒコ(島根の神庭から逃れてきた)
芦原中津國を作った神々。 大阪湾も伊勢湾も、筑紫倭国の勢力が侵入しただけですよ。 まあ、朝鮮半島まで鉄を摂りに
言ってたような連中が
阿波や三重に行けないはずはないからね。 八葉は蓮華のことだから、八頭花崎八葉形とは八弁の蓮華形ってことだね
で、八葉には仏教的に極楽や仏のいる場所みたいな特別な意味もあると
そこで円外日天八座が、曼荼羅を意図した文であると理解できるわけだ >>446
つまり伊勢の鏡は仏教伝来後に再製作されたもの。
真作は平原遺跡の内行花文鏡。
内行花文鏡は漢代から王権の証だからね。 そもそも伊勢神宮に関する神話自体が奈良時代に作られたっぽいし、
伊勢神宮が天皇家と深い関係を持つようになったきっかけが壬申の乱とされている
とすれば必然的に伊勢の鏡は飛鳥時代末か奈良時代初頭のものってことだろ、
仏教伝来後だ。おかしくないな。
その原型が九州に実在したという与太話だけが根拠なし。 何度か焼けているとのことだから、製作し直した可能性は十分にある。 >>449
>その原型が九州に実在したという与太話だけが根拠なし。
実際に鏡が発掘されてしまったからね。 伊勢神宮の鏡の「樋代」(容器)は外径60センチ内径49センチ
『延喜式』の『伊勢大神宮式』でも、『皇太神宮儀式帳』でも、容器の内のりが一尺六寸三分(49センチ)
平原の鏡46.5センチ
ちょうどいい大きさの容器なのも偶然?という話
同じ可能性はもちろんあるでしょうね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています