第19章 退去

〔四〕桐野利秋
「おきよ、おきよ」
と、鞍の上から大声で呼ばわった。門内に入らないどころか、馬から降りようともしない。
「いるか、おきよ」
と呼ばわるうち、女が何事かと思って転ぶようにして出てきた。
桐野は馬上から、
「俺はゆえあってこのたび官を辞めて帰国する。あるいは今生では再び会えぬかもしれぬが、身のふり方は勝手にせよ。これは形見と有金である」
というなり、短刀一口と財布を投げ、投げるや馬首をめぐらして颯々と去ってしまった。