藤原が出る前は蘇我も含め豪族という。貴族は藤原から。
正統な扶余家を補佐するものを貴族とし、それ以外は豪族として差別している。
これは現在の呼び方だから、今も歴史学的に扶余家以外を差別している。

平安貴族はまさに扶余家の家臣団、百済文化を誇りに思っている。
源氏物語は義慈王656年にあるような淫荒・耽楽あるいは、千夜一夜みたいなものがあって伝えられていたのではないか。

倭国土人の誰が高貴な好色文学を作れるのかねぇ。あんな大作を一人の女性がつくれる?ありえない。
それを、日本の誇りだと単純に思っているのはお人好しもすぎるんじゃねえの?