自女王國以北 特置一大率檢察
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なるほどなるほど。
政治は女王卑弥呼。
伊都国王は官の爾支となり、大率として諸国を監視する業務に就いたのだな。
女王卑弥呼は伊都国にいた、邪馬台国全土を治めて外交も担当(姉ヒメ)
爾支=大率も伊都国にいた、伊都国を治めて警察も担当(弟ヒコ)
見事なコンビネーションだな
キナイコシ、ナイスアシスト!
グッジョブ!! キナイコシによると伊都国には伊都国王はいない
だが王はいる
一つの国に王は一人しかいないとキナイコシが絶叫する
伊都国は邪馬台国の勢力圏内で王がいてその王が伊都国王じゃないと漢文に精通したキナイコシが断言するのだからそこにいるのはもはや
邪馬台国女王卑弥呼しかいない
伊都国には爾支がいるし副官もいるし一杯いる
その伊都国を一大率が治めていると漢文に精通したキナイコシが断言するのだから伊都国を治めている一大率は伊都国を治めている爾支と同じ人だなこれはもう
伊都国の女王卑弥呼が邪馬台国を治める総理大臣で伊都国の爾支が一大率でこれが伊都国を治めて検察もしているということで邪馬台国九州説の圧倒的勝利をなんとキナイコシがナイスアシストしてくれるという歴史的大勝利 キナイコシは敗走
伊都国には全ての権力が集約する
つまり邪馬台国の首都でした 一大率が北部九州の検察官だったからといって
北部九州の地方官であって
だからといって邪馬台国ではなかろうて >>5
ちがうよ〜
よく見なよ
畿内説どうこう書いてないでしょ >>8
だよな!
狗邪韓国を中心とする投馬国は倭人領土だもんな! >>1
女王は政治 治世 邪馬台国全土
爾支も政治 治世 伊都の首都知事
大率は検察 治安 警視庁長官
全て常に伊都で執務している 伊都国にて治める
執務する場所が伊都国であり、
治するのは治安
治世としての政治機構は最初の里程部分で全て説明済み 呉の建業を攻める作戦を立案した張政が
本当は西だけど東に書き換えたんだろ
あと戸数も増やした まちがえた
本当は西だけど北に書き換えた
計其道里 當在會稽東治之東
その道里を計るに、まさに会稽、東冶の東に在るべし。
邪馬台国は沖縄台湾あたりにあるようにされた
とりあえず九州北部に邪馬台国はない >1 >女王卑弥呼は伊都国にいた、邪馬台国全土を治めて外交も担当(姉ヒメ)
ここがおかしい 魏志倭人伝の記述とも矛盾する
>南至邪馬壹國 女王之所都
卑弥呼がいるのはヤマト国であって伊都国ではない ∧ ∧ {^^}
_(=゚ω゚)⌒ i | ギャハハハハハ
(⌒ ー 一 r、!
ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
〔勿\ ヽ
) r⌒丶)〜
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( く !|||| ガッガッガッ
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';:;:,;.:,;: ∧ ∧ {^^}
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ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
〔勿\ ヽ
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ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
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⊂⌒ヽ从/( ;`Д´) >>1バカチョン
';:;:,;.:,;: 伊都国に関する魏志倭人伝の解釈は↓で正解だよ
反論したけりゃ明確な根拠を示さねばならない
原文
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
読み下し
”女王国の以北に一大率を置き特に検察す。
諸国は之れを畏れ憚る。
常に伊都国を治むる。
國中に於ける刺史の如く有り。”
和訳
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。
(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。
(一大率は)常に(諸国の一つである)伊都国を治めている。
(一大率とは)国中に束ねる(魏の)監督長官のようである。
根拠
三国志の記述では前節が後節に掛かっている。
よって諸国が畏れている(諸國畏憚之)のは前節の一大率。
統治されている伊都国(常治伊都國)は前節の諸國の一つ。
結論
つまり女王国の北側に設置された一大率が諸国の一つである伊都国を統治しているということ。
よって伊都ファンや糸チョン、キナイチョンが屁理屈を並べても伊都国は女王国にはなり得ない。 >>21
常治伊都國の誤読ですな。
伊都國で執務していた、が正解です。 >>24
魏志倭人伝の記述をお前らの民族願望で歪曲しとるだけやんけ 「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
女王国より北の国々に対しては、一人の大率を特設して検察している
北の国々は大率を畏れ憚っている
大率はいつも伊都国に役所を置いている
魏國における刺史のような存在である
三国志を読んでいるならこの訳になる。 大率の役所は女王国=邪馬台国の首都である伊都にあって、
女王国から北の国々を監視している。
女王国=邪馬台国なのだから、
監視対象は邪馬台国の北にある投馬国。
畿内説だと意味不明。
南を東にして女王国=邪馬台国を東にしたら、
伊都は女王国より西になってしまう。
畿内邪馬台国より西の伊都国に一大率を置いて
畿内邪馬台国より北の国々を検察するとか
もう矛盾だらけでどうにもならないレベル。 >>27
何と何が矛盾してる?
なんか主張したかったら明確に言うこと
自分の頭の中にあることを、ちゃんと言葉にしろ
でないと他人には全く理解できない 治には、役所を置く、という意味がある。
例えば中国の州の州庁所在地のことを州治と呼んでいた。
広範囲の守備領域(Bとする)+「治」狭い場所(Aとする)
=Aに役所を置いて、Bを治めていた
あるいは、Bを治めるための県庁をAにおいていた
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國」
一大率は伊都国に役所を置いて女王国から北の諸国を監視していた。 伊都国に関する魏志倭人伝の解釈は↓で正解だよ
反論したけりゃ明確な根拠を示さねばならない
原文
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
読み下し
”女王国の以北に一大率を置き特に検察す。
諸国は之れを畏れ憚る。
常に伊都国を治むる。
國中に於ける刺史の如く有り。”
和訳
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。
(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。
(一大率は)常に(諸国の一つである)伊都国を治めている。
(一大率とは)国中に束ねる(魏の)監督長官のようである。
根拠
三国志の記述では前節が後節に掛かっている。
よって諸国が畏れている(諸國畏憚之)のは前節の一大率。
統治されている伊都国(常治伊都國)は前節の諸國の一つ。
結論
つまり女王国の北側に設置された一大率が諸国の一つである伊都国を統治しているということ。
よって伊都ファンや糸チョン、キナイチョンが屁理屈を並べても伊都国は女王国にはなり得ない。 >>30
>>29
結論として、>>26
そちらの欠陥として、>>27 >>31
何を言ってるのか、わからない
>>27の欠陥って、なに?
何と何が矛盾するのかまったく書いてない 伊都国の内情
原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
書き下し文:
”官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。
千余戸有り。
世王有り。
皆女王国に統属す。
郡使往来し常に駐する所。”
現代文:
官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。
(人口は)千余戸ある。
代々の王がいる。
みな女王国に従属している。
(帯方)郡の使者が往来し、常に留まる所である。
解説:
三国志の記述では前節が後節に掛かっているので、
女王国に従属している「皆」は爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指す。
つまり、伊都国の王も役人も住民も女王国の臣民である証明である。
また三国志における魏代の刺史は官と同義であるため、すでに伊都国には爾支という官が務めているのだから
魏の刺史(=官)と同等の一大率は伊都国の役人でないことは明白。
つまり、一大率は女王国か直属の役人であり、伊都国には属していない証明である。
結論:
伊都国は女王国ではなく、女王国に従属する諸国の一つであり、
一大率は伊都国には存在せず、女王国の北限で伊都国を監視する女王国の役人である。 一大率で負けを悟ったキナイコシがタゲそらしを開始しました >>34
それも具体的に言ってみ
言えないだろう? 伊都国に関する魏志倭人伝の解釈は↓で正解だよ
反論したけりゃ明確な根拠を示さねばならない
原文
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
読み下し
”女王国の以北に一大率を置き特に検察す。
諸国は之れを畏れ憚る。
常に伊都国を治むる。
國中に於ける刺史の如く有り。”
和訳
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。
(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。
(一大率は)常に(諸国の一つである)伊都国を治めている。
(一大率とは)国中に束ねる(魏の)監督長官のようである。
根拠
三国志の記述では前節が後節に掛かっている。
よって諸国が畏れている(諸國畏憚之)のは前節の一大率。
統治されている伊都国(常治伊都國)は前節の諸國の一つ。
結論
つまり女王国の北側に設置された一大率が諸国の一つである伊都国を統治しているということ。
よって伊都ファンや糸チョン、キナイチョンが屁理屈を並べても伊都国は女王国にはなり得ない。 伊都国の内情
原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
書き下し文:
”官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。
千余戸有り。
世王有り。
皆女王国に統属す。
郡使往来し常に駐する所。”
現代文:
官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。
(人口は)千余戸ある。
代々の王がいる。
みな女王国に従属している。
(帯方)郡の使者が往来し、常に留まる所である。
解説:
三国志の記述では前節が後節に掛かっているので、
女王国に従属している「皆」は爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指す。
つまり、伊都国の王も役人も住民も女王国の臣民である証明である。
また三国志における魏代の刺史は官と同義であるため、すでに伊都国には爾支という官が務めているのだから
魏の刺史(=官)と同等の一大率は伊都国の役人でないことは明白。
つまり、一大率は女王国か直属の役人であり、伊都国には属していない証明である。
結論:
伊都国は女王国ではなく、女王国に従属する諸国の一つであり、
一大率は伊都国には存在せず、女王国の北限で伊都国を監視する女王国の役人である。 >>26-27
>>29
畿内説は連打したから勝てるというものではないのだが。
まともな反論もできないのかな。
どちらかというと九州説の意見を聞きたいな。 まあ、このスレもすぐ九州説が完全敗北して、うんこうんこ、と連投し始めるんだろうな >>737
自女王国以北は女王国の北限じゃないな
女王国よりも北の国々のことだ
よって、キナイコシさんの訳は全部デタラメw >>38
>畿内説は連打したから勝てるというものではないのだが。
>まともな反論もできないのかな。
いやこの投稿
まったく反論を書かないで
「まともな反論もできない」典型を
いま自分でやらかしてないか? >>40
九州説が発狂したようだが
誰か弁護してやれ >>42
ほら、九州説がまったく反論できなくなった
早いわー 自女王国以北は女王国の北限じゃなくて
女王国よりも北の国々のこと
「治」には、「役所を置く」、という意味があり、
三国志では、地名を治める、という意味はごくわずかで、
「役所を置く」、という意味の方が多用されている。
よって、正しい訳は>>26-27
根拠は>>29 >>45
刺史は首都には置かれないから
伊都国は重要な地方都市ということで確定済みな
定説だね
異論を唱える学者は皆無 >>46
そう何遍教えてやっても伊都国を女王国にしたい糸チョンコというバカがいるんだよなぁ・・・ 「自」女王国以北
女王国 自(よ)り以(も)って北
「自」がなけりゃ女王国内の北で解決なんだが、「より」が付いてるのがなぁ >>48
道筋の話だってことが判るだけで
なんの問題もない 伊都国に関する魏志倭人伝の解釈は↓で正解だよ
反論したけりゃ明確な根拠を示さねばならない
原文
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
読み下し
”女王国の以北に一大率を置き特に検察す。
諸国は之れを畏れ憚る。
常に伊都国を治むる。
國中に於ける刺史の如く有り。”
和訳
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。
(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。
(一大率は)常に(諸国の一つである)伊都国を治めている。
(一大率とは)国中に束ねる(魏の)監督長官のようである。
根拠
三国志の記述では前節が後節に掛かっている。
よって諸国が畏れている(諸國畏憚之)のは前節の一大率。
統治されている伊都国(常治伊都國)は前節の諸國の一つ。
結論
つまり女王国の北側に設置された一大率が諸国の一つである伊都国を統治しているということ。
よって伊都ファンや糸チョン、キナイチョンが屁理屈を並べても伊都国は女王国にはなり得ない。 伊都国の内情
原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
書き下し文:
”官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。
千余戸有り。
世王有り。
皆女王国に統属す。
郡使往来し常に駐する所。”
現代文:
官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。
(人口は)千余戸ある。
代々の王がいる。
みな女王国に従属している。
(帯方)郡の使者が往来し、常に留まる所である。
解説:
三国志の記述では前節が後節に掛かっているので、
女王国に従属している「皆」は爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指す。
つまり、伊都国の王も役人も住民も女王国の臣民である証明である。
また三国志における魏代の刺史は官と同義であるため、すでに伊都国には爾支という官が務めているのだから
魏の刺史(=官)と同等の一大率は伊都国の役人でないことは明白。
つまり、一大率は女王国か直属の役人であり、伊都国には属していない証明である。
結論:
伊都国は女王国ではなく、女王国に従属する諸国の一つであり、
一大率は伊都国には存在せず、女王国の北限で伊都国を監視する女王国の役人である。 於國中有如刺史
畿内説 まったく全て中国の刺史と同じ地方官
九州説 如くとあるので、刺史の検察官能力のみの引用
・里程部分で既に地方官の説明がなされている
・自女王國以北とあるので、女王国よりはもっと北の諸国に焦点がある
・刺史の業務についての説明は検察官のものだけ
・三国志では「治+場所」はその場所に役所を構えるという意味が多い
九州説が正解。 >>1
↑
贅六wwwwwwwwwwwwwwwwwwww >>1
糖質贅六wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww ∧ ∧ {^^}
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ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
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';:;:,;.:,;: ☆★☆生データ☆★☆
三国志に出てくる「治」は433文字。うち、「治+地名(A)」は24か所。
”Aに役所を置いた”の意味で使われた例 ☆22
"Aを治めた"の意味で使われた例 ★2
☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹はそこで太祖を兗州東郡の太守に任命することを発表し、東武陽県に役所を置かせた
☆紹歎其能徙爲東郡太守治東武陽 袁紹は臧洪の能力に驚嘆し、東郡の太守に転任させ、東武陽県に政庁を置かせた
☆郡所治廣武 郡の庁舎が所在する廣武
☆治廣ィ如舊 (閻柔に)元からの如く廣ィ(上谷郡の寧城)で執務させた
☆辰王治月支國 辰王は月支國で政務を執っている。(魏志韓伝)
☆焉徙治綿竹 劉焉は綿竹県に役所を移した
☆焉徙治成都 劉焉は成都に役所を移した
☆羣下推先主爲荊州牧治公安 臣下は先主を荊州の牧に推し立てて、公安県(を州都として)で執務することにした
☆治成都 (先主は)成都に役所を移した
☆先主爲漢中王遷治成都 先主は漢中王になると、成都に役所を移した
☆移治味縣 (馬忠は)役所を味県に移した
☆州舊治壽春 揚州の役所は古くから壽春に置かれていた
☆繇乃渡江治曲阿 劉繇は長江を渡って曲阿に役所を定めた
☆權徙治秣陵 孫権は役所を秣陵に移した
☆以慈爲建昌都尉治海昬 太史慈を建昌の都尉(6県を統治)に任命して、海昬県に役所を置かせた
☆劉備以左將軍領荊州牧治公安 劉備は左将軍となって荊州牧の任務を行い、公安にその役所を置いた。
☆以普爲吳郡都尉治錢唐 程普を呉郡の都尉に任命し、銭唐に役所をおいて執務させた
☆領江夏太守治沙羨 江夏の太守になって、沙羨に役所を置いた
☆領丹楊太守治建業 (呂範を)丹楊の太守にして、建業に役所を置かせた
☆拜抗都督信陵西陵夷道樂鄉公安諸軍事治樂鄉 陸抗は都督となって、信陵・西陵・夷道・樂鄉・公安の軍事担当となり、樂鄉に役所を置いた
☆假節開府治半州 政府を開設させて、その役所は半州に置かせた
☆爲吳興郡治烏程 呉興郡を新設して、烏程に役所を置いた
★使司隸校尉留治関中 司隸校尉に関中を留守統治させる
★司隸校尉治弘農 司隸校尉に弘農郡を治めさせた 「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
女王国より北の国々に対しては、一人の大率を特設して検察している。
北の国々は大率を畏れ憚っている。
大率の役所は伊都国に常設してある。
中国本土における刺史のような「検察官の役目」を果たしている。
・里程部分で既に地方官の説明がなされている
・自女王國以北とあるので、女王国よりはもっと北の諸国に焦点がある
・大率の業務についての説明は検察官のものだけ
・三国志では「治+場所」はその場所に役所を構えるという意味が多い
女王国=邪馬台国の首都である伊都に、
邪馬台国政庁(国会議事堂:女王卑弥呼や大臣達)
伊都国都庁(都庁:都知事爾支と部下たち)
大率執務室(検察庁:検察官大率→北方諸国巡回でほとんど伊都にはいないが)
などなどの重要官庁が集中していた。
刺史は本来は領地を持たないただの「検察官」であり、
首都から派遣されて各国を巡回し、年に1回首都に戻って報告していた。
大率の職務も同じ検察官。
中国大陸は広いので、報告するに刺史本人でなく使者を立てるようになり、
本来の地方官と居座った刺史の二重権力を解消するために、結局は刺史や牧が地方官になった。
邪馬台国とその北の諸国であれば、対馬海峡を行き来するだけだから(水行10日)、
大率は伊都国に執務室を構えて、そこから各国へ行き来して検察していただけ。 邪馬台国の都が伊都であったことが再確認されましたね。 >>1 ∧ ∧ {^^}
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';:;:,;.:,;: 「自女王國以北 特置一大率 檢察諸國 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
「女王国(を含めたそこ)から北の諸国には、(女王卑弥呼が)特別に一大率を配置して検察させており、諸国は之(一大率)を畏れ憚っている。
(一大率は)伊都国で(女王国から北の諸国を)常に治めていた。
(その様子は)魏で(皇帝が)刺史(を州に派遣し検察させて洛陽で治めているの)と同じようだ」の意味となる。
女王卑弥呼が一大率を任命して治めさせているのは自女王國以北(女王国を含む)の対馬海峡の国々である。
女王国が伊都よりずっと東の畿内にあったら、一大率が支配していたのは畿内とその北である若狭湾沿岸になってしまうが、伊都に置かれていたという記述と齟齬を生じる。
つまり女王国は伊都国を含まなくてはいけない。
女王国以北はおよそ里程や概要を記すことができるとされているが、里程が記載されているのは対馬海峡と福岡県内の国だけである。
すなわち女王国以北(女王国を含む)は伊都から北であり、女王国(邪馬台国)が伊都国を含むことを示している。
倭に近い文化を持っていた百済には、大率や徳率などの中央官僚の官職があった。
邪馬台国では中央官僚は大率一つだけだったので一大率と魏志倭人伝に書かれたわけだ。
都から対馬海峡の国々を検察に出かける様子が、刺史のようだとされたのだろう。
「刺史」・・・地方を検察する官僚
「大率」・・・百済などにあった高級官僚の役職 コレで解決!
↓
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。皆女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に留まる所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は諸国の一つである)伊都国に役所を常設した。(一大率とは魏の)長官と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國の一つとなる。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であったため、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
結論:
思考を停止させた古田信者や郷土愛に狂う糸クズ、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する諸国の一つであり、女王国にはなりえないのは明白となり、
一大率は伊都国に常設した役所を女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
岡上氏の悲しい一日
「治」を誤読して、>常に伊都国を治むる と大々的に多スレ発表
>(一大率は)常に(諸国の一つである)伊都国を治めている。
↓
「治」は支配する、じゃなくて、役所を置く、の意味だと指摘される。
↓
さらに勘違いして、
>(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。
と世紀の珍訳w
↓
「A治B」はAが何でもいいから役所をBに設置した、じゃなくって、
AがA自身が働く庁舎をAの自領であるBに設置した、の意味だぞと指摘される。
↓
癇癪をおこして、多スレにキチスレage連打
岡上氏は考えるのをやめた・・・
粋ってた当初の岡上氏
>伊都国に関する魏志倭人伝の解釈は↓で正解だよ
>反論したけりゃ明確な根拠を示さねばならない
>ほら、九州説がまったく反論できなくなった
>早いわー
これぞ国宝級のなんとやら >>27 >女王国=邪馬台国
これだと魏志倭人伝でおかしいとこがある
>丗有王 皆統屬女王國
(30ヶ国の)それぞれに王がいてみな女王国に属している
女王国=30ヶ国として魏志倭人伝を読むと矛盾しない
>女王国より以北、その戸数、道里は略載を得べきも、
>その余の旁国は遠くして絶へ、詳を得べからず。
原文の書かれている順からこの女王国は
これまで距離や戸数を書いてきた国々のことを指していると思われる
つまり >自女王國以北 がさす女王国は
対海国、一大国、末盧国、伊都国、奴国、不弥国、投馬国
のこと
方角が違うのは張政が90度書き換えたから 女王国=30ヶ国とすると九州説が不利になるけど
>次有奴國 此女王境界所盡
>自郡至女王國 萬二千餘里
だって全文を見た場合おかしいとこがでるんだもん
魏志倭人伝を全文読んだ人は
女王国=邪馬台国 なんて思わないはずなんだよね 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 >方角が違うのは張政が90度書き換えたから
治の解釈をくるくる変えた狂人の主張 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
>>130
岡上氏の悲しい一日
「治」を誤読して、>常に伊都国を治むる と大々的に多スレ発表
>(一大率は)常に(諸国の一つである)伊都国を治めている。
↓
「治」は支配する、じゃなくて、役所を置く、の意味だと指摘される。
↓
さらに勘違いして、
>(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。
と世紀の珍訳w
↓
「A治B」はAが何でもいいから役所をBに設置した、じゃなくって、
AがA自身が働く庁舎をAの自領であるBに設置した、の意味だぞと指摘される。
↓
癇癪をおこして、多スレにキチスレage連打
岡上氏は考えるのをやめた・・・
粋ってた当初の岡上氏
>伊都国に関する魏志倭人伝の解釈は↓で正解だよ
>反論したけりゃ明確な根拠を示さねばならない
>ほら、九州説がまったく反論できなくなった
>早いわー
これぞ国宝級のなんとやら >>129で図星を突かれたわけねw
>>130連打www ∧ ∧ {^^}
_(=゚ω゚)⌒ i | ギャハハハハハ
(⌒ ー 一 r、!
ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
〔勿\ ヽ
) r⌒丶)〜
/ ! |′
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( く !|||| ガッガッガッ
\ i |||‖|‖
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⊂⌒ヽ从/( ;`Д´) >>1
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ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
〔勿\ ヽ
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ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
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';:;:,;.:,;: >>131
おや?ひょっとしてキナイコシにカン違いさせてしまったか?
つか、キナイコシは原文を全然読まずに反応してるだろこれ。
>>111
>☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹はそこで太祖を兗州東郡の太守に任命することを発表し、東武陽県に役所を置かせた
これは意訳だぞ。
袁紹が太祖に任命したという流れだから、使役形でまとめてあるだけだ。
直訳ならば、
>袁紹はそこで太祖を兗州東郡の太守に任命することを発表し、
>(兗州東郡の太守に任じられた)(太祖は)東武陽県に役所を置かせた。
となる。
袁紹因表太祖爲東郡太守 治東武陽
自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史
並べたらよくわかるが、
女王国が一大率を設置して、一大率が女王国中心の伊都国に(一大率の勤める)役所を置く。
袁紹が太祖を任命して、太祖が兗州東郡中心の東武陽県に(太祖の勤める)役所を置く。
帯方郡治などのキナイコシの個人的願望妄想が突然入る余地は無い。
あと、それくらいお前も自分で調べろよだが、治で置く役所は、自分の管轄内の中心地。
だから伊都はほぼほぼ女王国の首都。 ↓直訳に直しておく。
こうやってみると
役所を置く意味で書かれたものは、主語が自分でやっているが、
治めるで書かれたものは、使役系なのだな。
しかも司隸校尉だからこれは統治という意味ではなく、
治安を守らせたとかの意味かもしれんな。
2つしかないからなんとも言えんが。 倭の女王の都がある国は七万戸の邪馬台国
女王国に従属しているのが千戸の伊都国
女王国以北の中の別の王がいる伊都国に一大率の治所を置いて諸國を檢察させている ☆★☆生データ☆★☆
三国志に出てくる「治」は433文字。うち、「治+地名(A)」は24か所。
“Aに役所を置いた”の意味で使われた例 ☆22
"Aを治めた"の意味で使われた例 ★2
☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹は太祖を兗州東郡の太守に任命すると発表し、太祖は東武陽県に役所を置いた
☆徙爲東郡太守治東武陽 (臧洪を)東郡の太守に転任させ、臧洪は東武陽県に政庁を置いた
☆郡所治廣武 郡の庁舎が所在する廣武
☆治廣ィ如舊 (閻柔は)元からの如く廣ィ(上谷郡の寧城)で執務した
☆辰王治月支國 辰王は月支國で政務を執っている。(魏志韓伝)
☆焉徙治綿竹 劉焉は綿竹県に役所を移した
☆焉徙治成都 劉焉は成都に役所を移した
☆羣下推先主爲荊州牧治公安 臣下が先主を荊州の牧に推し立てたので、先主は公安県に役所を置いた
☆治成都 (先主は)成都に役所を移した
☆先主爲漢中王遷治成都 先主は漢中王になると、成都に役所を移した
☆移治味縣 (馬忠は)役所を味県に移した
☆州舊治壽春 揚州の役所は古くから壽春に置かれていた
☆繇乃渡江治曲阿 劉繇は長江を渡って曲阿に役所を定めた
☆權徙治秣陵 孫権は役所を秣陵に移した
☆以慈爲建昌都尉治海昬 太史慈を建昌の都尉(6県)に任命して、太史慈は海昬県に役所を置いた
☆劉備以左將軍領荊州牧治公安 劉備は左将軍となって荊州牧の任務を行い、公安にその役所を置いた。
☆以普爲吳郡都尉治錢唐 孫策が程普を呉郡の都尉に任命したので、程普は銭唐に役所をおいた
☆領江夏太守治沙羨 江夏の太守になって、沙羨に役所を置いた
☆領丹楊太守治建業 (呂範を)丹楊の太守にして、呂範は建業に役所を置いた
☆拜抗都督信陵西陵夷道樂鄉公安諸軍事治樂鄉 陸抗は都督となって、信陵・西陵・夷道・樂鄉・公安の軍事担当となり、樂鄉に役所を置いた
☆假節開府治半州 (孫慮に)政府を開設させて、孫慮は役所を半州に置いた
☆爲吳興郡治烏程 呉興郡を新設して、烏程に役所を置いた
★使司隸校尉留治関中 司隸校尉に関中を留守統治させる
★司隸校尉治弘農 司隸校尉に弘農郡を治めさせた これで全解決! 女王国の北に伊都国、伊都国の南に女王国
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 キナイコシよ、お前の負けだ。
誰もお前の妄想には同意していない。 .
日本が1600年前の古墳期にようやく竪穴式住居から抜け出したのに対し、
中国では8000年前にはすでに高床式住居が登場し、早くも竪穴式住居から抜け出していた。
その時代差、約6500年。
その後、中国では6000年前に木骨泥墻が登場し、早くも土壁の住居の時代に入り、
4000年前にはすでに戸建ての時代である。
商周より前の3500年前の王朝では宮殿建築なるものが花開き、2800年前には
瓦が登場し、早くも瓦屋根の戸建ての時代に入るのである。
縄文弥生を通して、日本にはこれら中国の住居が一切伝わっていない。
中国から渡来人があったなんてあり得ないのである。
. ☆★☆生データ☆★☆
三国志に出てくる「治」は433文字。うち、「治+地名(A)」は24か所。
“Aに役所を置いた”の意味で使われた例 ☆22
"Aを治めた"の意味で使われた例 ★2
☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹は太祖を兗州東郡の太守に任命すると発表し、太祖は東武陽県に役所を置いた
☆徙爲東郡太守治東武陽 (臧洪を)東郡の太守に転任させ、臧洪は東武陽県に政庁を置いた
☆郡所治廣武 郡の庁舎が所在する廣武
☆治廣ィ如舊 (閻柔は)元からの如く廣ィ(上谷郡の寧城)で執務した
☆辰王治月支國 辰王は月支國で政務を執っている。(魏志韓伝)
☆焉徙治綿竹 劉焉は綿竹県に役所を移した
☆焉徙治成都 劉焉は成都に役所を移した
☆羣下推先主爲荊州牧治公安 臣下が先主を荊州の牧に推し立てたので、先主は公安県に役所を置いた
☆治成都 (先主は)成都に役所を移した
☆先主爲漢中王遷治成都 先主は漢中王になると、成都に役所を移した
☆移治味縣 (馬忠は)役所を味県に移した
☆州舊治壽春 揚州の役所は古くから壽春に置かれていた
☆繇乃渡江治曲阿 劉繇は長江を渡って曲阿に役所を定めた
☆權徙治秣陵 孫権は役所を秣陵に移した
☆以慈爲建昌都尉治海昬 太史慈を建昌の都尉(6県)に任命して、太史慈は海昬県に役所を置いた
☆劉備以左將軍領荊州牧治公安 劉備は左将軍となって荊州牧の任務を行い、公安にその役所を置いた。
☆以普爲吳郡都尉治錢唐 孫策が程普を呉郡の都尉に任命したので、程普は銭唐に役所をおいた
☆領江夏太守治沙羨 江夏の太守になって、沙羨に役所を置いた
☆領丹楊太守治建業 (呂範を)丹楊の太守にして、呂範は建業に役所を置いた
☆拜抗都督信陵西陵夷道樂鄉公安諸軍事治樂鄉 陸抗は都督となって、信陵・西陵・夷道・樂鄉・公安の軍事担当となり、樂鄉に役所を置いた
☆假節開府治半州 (孫慮に)政府を開設させて、孫慮は役所を半州に置いた
☆爲吳興郡治烏程 呉興郡を新設して、烏程に役所を置いた
★使司隸校尉留治関中 司隸校尉に関中を留守統治させる
★司隸校尉治弘農 司隸校尉に弘農郡を治めさせた 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 ∧ ∧ {^^}
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ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
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(⌒ ー 一 r、!
ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
〔勿\ ヽ
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( く !|||| ガッガッガッ
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__> ヾ从/∧_∧从
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';:;:,;.:,;: 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 郷土愛に狂う岡上なる糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や
在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり
女王国には成り得ないのは明白
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する
女王国の長官であることに疑念の余地はない。 ☆★☆生データ☆★☆
三国志に出てくる「治」は433文字。うち、「治+地名(A)」は24か所。
“Aに役所を置いた”の意味で使われた例 ☆22
"Aを治めた"の意味で使われた例 ★2
☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹は太祖を兗州東郡の太守に任命すると発表し、太祖は東武陽県に役所を置いた
☆徙爲東郡太守治東武陽 (臧洪を)東郡の太守に転任させ、臧洪は東武陽県に政庁を置いた
☆郡所治廣武 郡の庁舎が所在する廣武
☆治廣ィ如舊 (閻柔は)元からの如く廣ィ(上谷郡の寧城)で執務した
☆辰王治月支國 辰王は月支國で政務を執っている。(魏志韓伝)
☆焉徙治綿竹 劉焉は綿竹県に役所を移した
☆焉徙治成都 劉焉は成都に役所を移した
☆羣下推先主爲荊州牧治公安 臣下が先主を荊州の牧に推し立てたので、先主は公安県に役所を置いた
☆治成都 (先主は)成都に役所を移した
☆先主爲漢中王遷治成都 先主は漢中王になると、成都に役所を移した
☆移治味縣 (馬忠は)役所を味県に移した
☆州舊治壽春 揚州の役所は古くから壽春に置かれていた
☆繇乃渡江治曲阿 劉繇は長江を渡って曲阿に役所を定めた
☆權徙治秣陵 孫権は役所を秣陵に移した
☆以慈爲建昌都尉治海昬 太史慈を建昌の都尉(6県)に任命して、太史慈は海昬県に役所を置いた
☆劉備以左將軍領荊州牧治公安 劉備は左将軍となって荊州牧の任務を行い、公安にその役所を置いた。
☆以普爲吳郡都尉治錢唐 孫策が程普を呉郡の都尉に任命したので、程普は銭唐に役所をおいた
☆領江夏太守治沙羨 江夏の太守になって、沙羨に役所を置いた
☆領丹楊太守治建業 (呂範を)丹楊の太守にして、呂範は建業に役所を置いた
☆拜抗都督信陵西陵夷道樂鄉公安諸軍事治樂鄉 陸抗は都督となって、信陵・西陵・夷道・樂鄉・公安の軍事担当となり、樂鄉に役所を置いた
☆假節開府治半州 (孫慮に)政府を開設させて、孫慮は役所を半州に置いた
☆爲吳興郡治烏程 呉興郡を新設して、烏程に役所を置いた
★使司隸校尉留治関中 司隸校尉に関中を留守統治させる
★司隸校尉治弘農 司隸校尉に弘農郡を治めさせた 郷土愛に狂う岡上なる糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や
在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり
女王国には成り得ないのは明白
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する
女王国の長官であることに疑念の余地はない。 >>1の糸クズは細石神社に金印があったとかほざいてる糸クズと同一人物? ☆★☆生データ☆★☆
三国志に出てくる「治」は433文字。うち、「治+地名」は24か所。
うち22例にて、"設置者(A)+治+地名(B)"は、
「Aが自らの役所を(Aの管轄域の中心地である)Bに設置した」の意味で使われている。
☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹は太祖を兗州東郡の太守に任命すると発表し、太祖は東武陽県に役所を置いた
☆徙爲東郡太守治東武陽 (臧洪を)東郡の太守に転任させ、臧洪は東武陽県に政庁を置いた
☆郡所治廣武 郡の庁舎が所在する廣武
☆治廣ィ如舊 (閻柔は)元からの如く廣ィ(上谷郡の寧城)で執務した
☆辰王治月支國 辰王は月支國で政務を執っている(魏志韓伝)
☆焉徙治綿竹 劉焉は綿竹県に役所を移した
☆焉徙治成都 劉焉は成都に役所を移した
☆羣下推先主爲荊州牧治公安 臣下が先主を荊州の牧に推し立てたので、先主は公安県に役所を置いた
☆治成都 (先主は)成都に役所を置いた
☆先主爲漢中王遷治成都 先主は漢中王になると、成都に役所を移した
☆移治味縣 (馬忠は)役所を味県に移した
☆州舊治壽春 揚州の役所は古くから壽春に置かれていた
☆繇乃渡江治曲阿 劉繇は長江を渡って曲阿に役所を定めた
☆權徙治秣陵 孫権は役所を秣陵に移した
☆以慈爲建昌都尉治海昬 太史慈を建昌(6県)の都尉に任命して、太史慈は海昬県に役所を置いた
☆劉備以左將軍領荊州牧治公安 劉備は左将軍となって荊州牧を拝領し、公安に役所を置いた
☆以普爲吳郡都尉治錢唐 孫策が程普を呉郡の都尉に任命したので、程普は銭唐に役所をおいた
☆領江夏太守治沙羨 江夏の太守になって、沙羨に役所を置いた
☆領丹楊太守治建業 (呂範を)丹楊の太守にして、呂範は建業に役所を置いた
☆拜抗都督信陵西陵夷道樂鄉公安諸軍事治樂鄉 陸抗は都督となって、信陵・西陵・夷道・樂鄉・公安の軍事担当となり、樂鄉に役所を置いた
☆假節開府治半州 (孫慮に)政府を開設させて、孫慮は役所を半州に置いた
☆爲吳興郡治烏程 呉興郡を新設して、烏程に役所を置いた
★使司隸校尉留治関中 司隸校尉に関中を留守統治させる
★司隸校尉治弘農 司隸校尉に弘農郡を治めさせた 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 ふむ。
九州説は、刺史は検察官であって、その庁舎が伊都国にある。
そして刺史は伊都国を拠点にして、女王国ならびにその北にある国々を検察して回っている、ということじゃな。
畿内説は、刺史を行政府と捉えて、その官庁が伊都国にあるとしている。
畿内説が書いておるように、刺史の担当領域は州であり、
その下に郡、さらにその下に県がある。
一大率が治で置く官庁は、あくまでも一大率の長官が詰める本庁のことであるから、
郡治に例えるのは誤りじゃな。
例えるなら州治が正しい。
一大率を行政府と考えるなら、
一大率は伊都国(中国の県)に本庁(州庁)を常設して、北部九州(中国の州)を支配していることになる。
一大率の支配域に女王国を含めることはできんから、
この場合の自女王國以北は自動的に女王国を含まない、より北の諸国ということになり、
それが一大率の支配する北部九州なのであれば、
そうなると女王国は南部九州になければならなくなるぞい。
その辺り説明できるかの? 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 >>164
九州説にも色々ある
糸クズのお前は何が何でも女王国を伊都国にしたいようだが、お前以外の九州説は歴史学と考古学の両面から検証して伊都国は女王国の北にある貿易専従地域と認識してる >>164
文献上は北部九州の南が女王国(連合)
南に水陸二月行ったところが邪馬台国
考古学では北部九州沿岸が南の影響をまったく受けてない、交流もほとんどないので
考古学者は影響を受けている地域の畿内説 >>164
どんな顔してそういう老人口調を文字にして打ち込んでるの?
羞恥心とかないの? >>167
>考古学では北部九州沿岸が南の影響をまったく受けてない、交流もほとんどないので
倭奴国があり、まさに倭の中心部じゃん。 対馬海峡の貿易を独占して富を蓄え、中国との外交も独占して倭人の代表として倭王を名乗っていたのが博多湾沿岸勢力だ。
大率などはその具体的な役職や仕組みの説明になる。
そしてその博多湾沿岸勢力のトップに君臨するのが倭王、200年前後(平原遺跡が作られた時代だが)においては卑弥呼だった。 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 自女王國以北に、女王國を含む場合
伊都説〇
北の諸国 対馬海峡以北の国々
女王國 伊都が首都=一大率庁舎
vs
南に狗奴国
自女王國以北に、女王國を含まない場合
筑後説〇
北の諸国 筑前以北の国々、中心の伊都国に一大率治所
女王國 筑後
vs
南に狗奴国 熊本など
キナイコシ×××
北の諸国 伊都を含む北部九州 中心の伊都国に一大率治所
女王國 南部九州〜キナイコシ ←東西に長いじゃーん×××
vs
南に狗奴国 ←キナイコシより南に敵ってどこよ××× 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 ふむ。
伊都説は、刺史は検察官であって、その庁舎が伊都国にある。
そして刺史は伊都国を拠点にして、女王国ならびにその北にある国々を検察して回っている、ということじゃな。
畿内説は、刺史を行政府と捉えて、その官庁が伊都国にあるとしている。
刺史なるものの担当領域は州であり、その下にいくつかの郡、さらにその下にいくつかの県がある。
一大率が治で置く官庁は、あくまでも一大率の長官が詰める本庁のことであるから、
郡治に例えるのは誤りじゃな。
例えるなら州治が正しい。
一大率を行政府と考えるなら、
一大率は伊都国(中国の県)に本庁(州庁)を常設して、北部九州(中国の州)を支配しておることになる。
一大率が行政府なら、支配域に女王国を含めることはできんから、
この場合の自女王國以北は自動的に女王国を含まない、より北の諸国ということになるのう。
それが一大率の支配する北部九州なのであれば、
そうなると女王国はその南じゃから、これはもう邪馬台国筑後説じゃ。
その辺り説明できるかの?
できんようじゃのう。 伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説:
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
結論:
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。 >>192
郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。
根拠
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。 >>193
ふむふむ。
女王国は伊都国とその周囲の南になるから、
邪馬台国は吉野ヶ里を中心とする地域だな。
やはりそうだったか。 .
◆中国の釜
中国では新石器時代には持ち運び可能なコンロに釜を載せた形態の釜竈がみられた[1]。
商朝から戦国時代にかけては鼎や鬲が多用されていったん衰えた[1]。
釜が再び使用されるようになるのは春秋時代晩期になってからである[1]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/釜
商朝から戦国時代にかけては鼎や鬲が多用されていったん衰えた
商朝から戦国時代にかけては鼎や鬲が多用されていったん衰えた
商朝から戦国時代にかけては鼎や鬲が多用されていったん衰えた
商朝から戦国時代にかけては鼎や鬲が多用されていったん衰えた
アー タノシーデスネー 長江の鬲!wwww
http://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E9%95%B7%E6%B1%9F+%E9%AC%B2&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa
アー タノシーデスネー 江南の越式鼎!wwww
http://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E8%B6%8A%E5%BC%8F%E9%BC%8E&aq=-1&oq=&ei=UTF-8
. >>193
なるほど、女王国は自国の北側に一大率を設置。
一大率はその権限で伊都国内に役所を設置。
刺史と同等の役職だから自国内に留まり、伊都国内に設置した役所には刺史同様に部下を配置したってことか。 大宰府があそこに置かれた理由はあそこに邪馬台国があったからだと思ってる >>201
三国志で治する役所は全てメインの拠点
だから一大率が伊都国に設置した役所は一大率の主要拠点
どうあがこうが女王国は九州内でしたとさw それが考古学の研究が進んで博多湾沿岸が南側との交流がほとんどなく
影響は東側の本州から受けていることがわかってきたから考古学者の通説が畿内説になった >>204
おお、初耳だな!
鉄器すらない毛人の地から吉野ヶ里遺跡が何の影響を受けていたと??? >>204
平成に入った頃はそう思われていた。
それが考古学の研究が進んでキナイコシが海外との交流がまったくなく
影響は東側の尾張から受けていることがわかってきたから考古学者の通説が九州説に戻った >>205
吉野ヶ里は畿内とも博多湾沿岸ともほとんど関係ない >>206
デマを流しても日本の学問には何の影響もない >>203
俺は九州説だが伊都国は重要な貿易港だが女王国ではない派 >>209
そう。
女王国より北の国々の中での拠点が伊都国。
あたりまえだが女王国はその南にあり、
筑後を中心とする連合国家だったと考えられている。
吉野ヶ里遺跡などは北に対する城砦で伊都国の一大率と連携していたのだろう。 拠点という抽象的な表現が希望的憶測を増やしてしまうんではないだろうか?
あくまで貿易拠点、入国管理基地だと認識しなければ >>212
上に並んでた三国志全体での治だと、支配拠点>仕事拠点
魏志倭人伝での一大率の説明だと、仕事拠点>支配拠点 >>213
あくまで一大率は刺史の如しなんだから治ではなく部にいないといけないんだよなぁ >>214
キナイコシはそう思ってるんだね。うん、それでいい。そう信じておけばいい。
さよならw >>215
伊都国≠女王国は確定事項だから諦めろ
もちろん女王国は九州な と、いうわけで、
女王国は九州にあるということで確定。 そして女王国の卑弥呼女王を伊都国王なども一緒になって共立してできたのが、
「邪馬台国」
その首都が伊都 卑弥呼は肥国女王であり、
特別に一大率を置いて北部諸国を支配した。
最後には北部九州覇者の入る伊都国の墓
平原女王墓に葬られた。 >>219
なんで伊都国が首都になるんだよw
糸クズ願望やめろwww 漢魏の行政区分は州郡県。
州の長官は刺史のちに州牧。州庁所在地が州治。
郡の長官は太守。郡庁所在地が郡治。
県の長官は県令。
州治と郡治は、領内の県で指定。
千葉県の県庁と千葉市の市役所がどちらも千葉市にあるような感じ。
刺史の治所=刺史が治する所=刺史が担当する州の州治所在県
大率の治所=大率が治する所=大率が担当する領域の首都 >>212
ご明察。
西晋の初代皇帝の武帝(司馬炎)は中国統一を果たしたので、
中央集権を強め地方が反乱する危険性を下げるために、
刺史から軍事権と行政権をはく奪し、
郡長官が行政、刺史は監察のみ、という本来の姿に戻している。
>>224
陳寿はいつの時代のどこの国の人だね? >>223
222だが、そこは全く否定する気はないぞ >>227
では、陳寿の言う國中の國とは、どの國のことだね? .
(8)蒸して食べる
7000年前 中国に起源
最近、タジン鍋やシリコンスチーマーといった、油を使わずに調理できる蒸し調理器具が話題になっています。
モノを蒸す調理法は、形を崩さずに素材の持つ美味しさをそのまま生かせるだけではなく、お酒やお茶を
作る際にも欠かせない調理法です。
この「蒸し調理」、実は東アジアで発達した調理方法なのです。
蒸し調理の起源は、今から6000〜7000年前の中国新石器時代にまで遡り、黄河流域の遺跡から、
粘土で作った蒸し器がわずかながら発見されています。それ以前は、ゆでる、煮る、焼くといった調理法が
基本だったと考えられています。
日本へは中国東北地方、朝鮮半島を経由してこの調理法が伝わりました。最初に蒸し調理が行われたのは
3世紀頃の北部九州。福岡市の西新町遺跡から土製蒸し器が出土しています。実に4000年余りの時を経て、
ようやく日本にまで到達したことになります。
しかし、この後、日本では蒸し調理は廃れ、全国的な普及はそれから数百年後のことでした。
今では日本料理とは切っても切れない蒸し料理。普段、何気なく接している蒸し料理にも、
数千年にわたる人々の営みが隠されているのです。 http://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2014/04/tanken08.html
◆7000年前の江南の河姆渡遺跡の竈(=火へんに土)と釜と甑
http://inoues.net/museum/mikata_museum_kaboso.html
. .
7000年前から中国では炊飯するのに、釜と竈(=火へんに土)のセットで炊く、
鼎で炊く、さらに甑を釜にセットして蒸し上げる、という3種類の炊飯方法があった。
ところが縄文末に渡来した、いわゆる弥生人は渡来時に釜も竈も鼎も甑も何一つ伝えなかった。
弥生人は弥生末の3Cに甑が半島から伝わるまで甑で蒸し上げて炊飯する事を知らなかったのだ。
中国には7000年前からある甑で蒸し上げて炊飯する方法を弥生末の3Cまで知らなかったのだ。
同じく中国には7000年前からある竈も釜もそれまで知らなかった。
弥生人が中国からなんて2兆%あり得ないね。
. >>232
これも追加しといて
↓
@阿波
釜と甑
釜と竈
氏名と所属団体
サギー >>207
吉野ヶ里は博多湾沿岸と同じ甕棺墓だよ。
畿内説はデマばかりだな。 >>234
ここで暴れてる奴は畿内説というより朝鮮半島防衛隊。
伊都國が女王国だとそういうことになるから、伊都國さえ外せるなら畿内だろうが九州だろうが構わないって態度じゃん。 >自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳
自女王國以北に女王國は含まれる。
だから自女王國以北において一大率が伊都國に治するということは、
女王國を含む自女王國以北における中心地=首都が伊都國だということ。
女王も首都にいるから、一大率は監察官に過ぎない。 232、233←中国から来た来た詐欺のサギー華南ブタチックボルネオチックセロイピーノwwww >>234
魏志の時代には甕棺墓集団は既にど没落している >>236
>自女王國以北に女王國は含まれる。
そうだな。
>だから自女王國以北において一大率が伊都國に治するということは、
>女王國を含む自女王國以北における中心地=首都が伊都國だということ。
なんで?
一大率にとっての中心地=伊都國であっても、
女王にとっての首都は別かもしれんし。
それこそニューヨークとワシントンみたく。
>女王も首都にいるから、一大率は監察官に過ぎない。
一大率が政治機構だと女王国まで支配してしまうから、
一大率は監察官だろうな。 >>240
糸クズ妄想にレスしなくて良いぞ
ただ粛々と蔑み罵るべき 郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は九州である。
根拠
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。 >>233
ツカポコタカ♪ツカポコタカ♪セローイ!
ツカポコタカ♪ツカポコタカ♪セローイ!
ここは台湾の田舎町。どこからか南方太鼓を叩く音が聞こえてくる。
見てみると叩いているのはそう、東南アジア顔した台湾人。
ツカポコタカ♪ツカポコタカ♪セローイ!
ツカポコタカ♪ツカポコタカ♪セローイ!
半裸で意味不明の南方語の掛け声を唱えては太鼓をしきりに叩いている。
叩く。叩く。しきりに叩く黒い手。
そして黒い顔に潰れた広い鼻。突き出した口元とゴツゴツとした輪郭。
ツカポコタカ♪ツカポコタカ♪セローイ!
ツカポコタカ♪ツカポコタカ♪セローイ!
一瞬、ニューギニアの奥地に居るような感覚に私は襲われたのである。
. >>242
これはいかんな韓人のお方。
「恨」の文化にとらわれて、
肝心の解釈が間違いだらけじゃのう。
特別にわしが添削してしんぜよう。
↓ 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は九州である。
根拠
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。 郷土愛に狂う糸チョンコを筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日チョンの如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は九州である。
根拠
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。 >>246-247
これはこれは韓人のお方。
短気はよくないぞい。
他人の親切はありがたく受けるものじゃぞ。
>>245
を百回ほど読み上げてみるがよいぞ。 郷土愛に狂う糸チョンコを筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日チョンの如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は九州である。
根拠
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。 >>249
おやおや韓人のお方。
このスレを覗く日本人は魏志倭人伝の全文が頭に入っておる。
おぬしチェリーピックでごまかしても通用せんぞい。
これは忠告だぞい。
日本人はこう読んでおるぞい
↓ 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 一大率は女王國が女王国よりも北側に特に置いた地方監察官 >>254
自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳
女王国を含む、女王国よりも北側に 一大率が置かれた伊都國には別の王がいるので
女王国ではなく従属国 倭人伝に伊都國王は女王国に従属していると書いてあるのに
伊都チョンが拒絶しているだけ >>259
何で日本語書けるのに日本語読めないんだよ糸チョンコ? 倭人伝には伊都國王は女王国に統属しているとは書かれているが、
何のことを言っているのだろうか。 >>261
お前の民族願望は古田説の崩壊と共に壊れてるんだから諦めなよ。 三国志に出てくる統属は全て、その配下に入るという意味。
伊都国全てが女王国に統属したのだから、
伊都国は女王国の一部になっている。 >>263
何で過去レス読まないの?
伊都国は王も行政官も国民も女王国に統属してると書いてあるやん?
つまり伊都国は貿易港として女王国に植民地経営されてるか属国経営されてるって事やんけ >>264
おやおや韓人のお方。
狗邪韓国が倭人領土だからといってヤケをおこしてはいかんぞい。 >>265
女王国の配下であって女王国ではないぞ。 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 >>268
統属されたらその一部。
伊都国は女王国の一部だよ。
三国志に出てくる。 老人口調を文字化するなんて恥ずかしい行為を平然とやってのける厚顔無恥は糸チョンコだったのか笑 伊都国王は存在するが、伊都国に住んでいるとは書かれていない
キナイコシはなんか夢でも見てるのか >>273
意味不明。
君の方こそいちいち自分だけ解釈すぎるんだけど。 >>272
女王に統属したんだから自国にいなくてもいい。 >>275
伊都国は女王国に統属してる国であって女王国ではないだろ
女王国ならわざわざ伊都国とは書かんやろ >>269
書き直すならもっとマトモな日本語で書き直してくれよ。 >>277
女王国の中の一国邑が伊都国だろう。
他にも列挙してあるじゃないか。
奴国にはじまり奴国に終わる。 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 >>275
女王国の一部はあくまでも一部であって女王国ではないだろ?
興奮し過ぎて日本語読解力まで無くすなよ >>281
書き直すならもっとマトモな日本語で書き直してくれよ。 >>282
女王国=女王が支配する国=伊都国など数十国
列挙されてるじゃん。 >>283
韓人のきみは日本語を文法からしっかり勉強したのだろうな。
偉い! あれか
アメリカ人よりも日本人の方が英語の文法だけは得意ってやつか >>284
女王国という単独国家はなく、女王連合に従属する国々を総じて女王国と言う解釈も歴史学的には古いんだけどなぁ… >>285
いや糸チョンコが代替案として書き直すなら当初の文節を踏襲しろと言っている
アタマ小学2年生のままなのか?
あぁ、朝鮮学校出身なのか笑 >>288
そのとおり、糸チョンは女王国を邪馬台国の代名詞とか解釈せず、倭国そのものだと思い込んでるようだから始末が悪いんだよな。 >>288
そう。
もとから伊都国が重要な地。
その伊都国王が統属されることを承諾したから女王卑弥呼が伊都国入り。
三国志を読んだらこうなる。 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 もともと>249は九州説の立場で伊都国を女王国=邪馬台国にしたい糸クズを否定してるだけ >>292
ならんやろw
史学に郷土愛や民族願望を持ち込むなよ朝鮮人 >>293
いや糸チョンコが代替案として書き直すなら
当初の文節を踏襲しろと言っている
アタマ小学2年生のままなのか?
あぁ、朝鮮学校出身なのか笑 >>297
だから史学に郷土愛や民族願望を持ち込むなよ朝鮮人w >>298
おやおや韓人のお方。
朝鮮人と韓人。
世界平和だぞい。 >郷土愛に狂う岡上を筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
>だから史学に郷土愛や民族願望を持ち込むなよ朝鮮人w 3世紀の伊都国は女王国連合にとって郡との外交上非常に重要だった国
この頃を考古学では博多湾貿易と呼んでいる
4世紀中頃に直接伽耶中枢部との金海貿易に移行する こ、このレス応酬の速さなら言える。
狗邪韓国を中心とする投馬国五万戸は倭人領土。 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 伊都チョンの倭国は、朝鮮半島南部に倭国の約3分の1の5万戸以上もあり
北部九州側の邪馬台国の中に奴国、伊都国があるというマトリョーシカ極小倭国
大半の日本人の先祖は倭人ではなく、在日朝鮮人の先祖が倭人であるという歴史改竄工作活動 >>307
前半2文は伊都説をよく理解しているということ。
最後の1文は真実を理解してしまったがために、
夢の世界へ旅立った韓人の心象世界を表現している。 >>306
いや糸チョンコのお前が代替案として書き直すなら
当初の文節を踏襲しろと言っている
アタマ小学2年生のままなのか?
あぁ、朝鮮学校出身なのか笑 .
中国大陸には7000年前の河姆渡遺跡の時代から皿という器種がありました。
あちらで皿は盤と呼びます。
ところが、縄文末に渡来した弥生人は鬲や鼎どころか、皿(盤)の一枚さえも
伝えませんでした。
日本に皿という器種が伝わるのは4C末の古墳時代です。
中国大陸には7000年前からある皿という器種を我々の祖先は古墳時代まで
知らなかったのだ。
その時代差、約5400年。
弥生人が中国大陸から来たと吹聴しているヤツはガチで中卒です!
. >>300
韓国人は朝鮮人の一部でもあるが、朝鮮人が韓国人なわけではない。
同様に伊都国は女王国の一部ではあるが、伊都国が女王国なわけではない。 そりゃソーダ。
日本国の首都が東京であるが、東京が日本国ではないように、
女王国の首都が伊都であるが、伊都が女王国ではない。 >>313
>王遣使詣京都帶方郡諸韓國及郡使倭國 皆臨津捜露 傳送文書賜遺之物詣女王 不得差錯 >>314
糸クズは無知だと聞いていたが真正なんだな。 女王が伊都国にいないのなら、
外国から女王に贈られた品ならともかく
女王から外国に贈る品を、女王から離れた伊都国で検品するかね。
伊都国が女王のいる首都だからこそ、
女王が外国に贈る品を「伊都国で」検品して、それから包装する。
悔しいのう。
悔しいのう。 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 >>318
いや糸チョンコのお前が代替案として書き直すなら、当初の文節を踏襲しろと言っている
アタマ小学2年生のままなのか?あぁ、朝鮮学校出身なのか笑
↑
3度目 >>319
私は驚きました。
論理的な反論を放棄して、吐き捨てるように、
「貿易港だからだろ。。。」
この高圧的な態度には強烈な不満を禁じえません。
>>320
ヘイトスピーチ丸出し結果ありきの歪曲しまくりの文節を
踏襲しろと強要するとわ
これはパワハラ、セクハラ、ヘイトスピーチ解消法に触れる大罪。
私はこの人に屈して、ヘイトスピーチを叫ぶしかないのでしょうか。。。 >>319
貿易港で国家首脳の外交文書をいちいちチェックするのかい無能www けっきょく糸チョンコロは既に各所で何度も何度も何度も論破されてる古臭い古田史観を連呼することしかできない無能 女王が伊都国にいないのなら、
外国から女王に贈られた品ならともかく
女王から外国に贈る品を、女王から離れた伊都国で検品するかね。
伊都国が女王のいる首都だからこそ、
女王が外国に贈る品を「伊都国で」検品して、それから包装する。
悔しいのう。
悔しいのう。 >>317
皆臨津捜露
女王のいる首都から外国に贈る品を伊都国の津で受け取り外航船に積み替える
伊都国が女王のいる首都だった場合は津まで行ってまた検品はしない >>324
>外国から女王に贈られた品ならともかく
>女王から外国に贈る品を、女王から離れた伊都国で検品するかね。
入管だから >>324
>>326
貿易港だからだろ無能www
↑
二度目 >>329
貿易港って倭人伝のどこに書いてあるんだ?
お前の脳内倭人伝は抜きにしてさ >>330
なんの為に一大率が検察してんだよ無能www けっきょく糸チョンコロは既に各所で何度も何度も何度も論破されてる古臭い古田史観を連呼することしかできない無能 これこれ、韓人のお方。
熱くなってはいかんぞい。
韓人のお方にはわからんかもしれんが、
女王が海外の皇帝や王に贈る品々を
おいそれと覗き見れるものではないぞい。
それを見れるのは、パッケージする時だけ。
次に開封するのは、受け取り手の皇帝や王の首都で
しかるべき高官、そうじゃな、中国で言うところの刺史のような官が
開封してチェックする時だけじゃ。 糸チョンコってのは岡上のことか?
それとも別のキチガイが爆誕したのか? 熱くなっておる韓人のお方は、
この真実の書を読んだらよかろう。
しっかりと声に出して、
日本語で読むのじゃぞ。
↓ 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 >>333
どんな顔してそういう老人口調を文字にして打ち込んでるの?
羞恥心とかないの? >>337
いや糸チョンコのお前が代替案として書き直すなら、当初の文節を踏襲しろと言っている
アタマ小学2年生のままなのか?あぁ、朝鮮学校出身なのか笑
↑
4度目 郷土愛に狂う糸チョンコを筆頭に思考を停止させた古田信者や、在日チョンの如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の長官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は九州である。
根拠
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
解説
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は漢代では監督職であったが、魏代には長官職であり、
伊都国には爾支という長官が存在している=長官と同職の一大率は伊都国の長官ではなく、女王国の長官である。
加えて刺史は魏国内の刺史「部」に務め、魏の植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。 >>336
おい、糸チョンコ
駄々をこねるなって叱られてるぞ >>343
なんで老人口調やめたん?
面白くないから老人口調でやり直して! 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 >>346
いや糸チョンコのお前が代替案として書き直すなら、当初の文節を踏襲しろと言っている
アタマ小学2年生のままなのか?あぁ、朝鮮学校出身なのか笑
↑
5度目 >>346
なんで老人口調で書かんの?
面白くなかけん老人口調でやり直せ! 王遣使詣京都帶方郡諸韓國及郡使倭國 皆臨津捜露 傳送文書賜遺之物詣女王 不得差錯
>皆臨津捜露
伊都国が首都で女王卑弥呼がいるから、
卑弥呼が海外首脳へ送る品を伊都国で最終検品して荷造りする。 ∧ ∧ {^^}
_(=゚ω゚)⌒ i | ギャハハハハハ
(⌒ ー 一 r、!
ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
〔勿\ ヽ
) r⌒丶)〜
/ ! |′
/ /| |‖
( く !|||| ガッガッガッ
\ i |||‖|‖
__> ヾ从/∧_∧从
⊂⌒ヽ从/( ;`Д´) >>1
';:;:,;.:,;: ∧ ∧ {^^}
_(=゚ω゚)⌒ i | ギャハハハハハ
(⌒ ー 一 r、!
ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
〔勿\ ヽ
) r⌒丶)〜
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( く !|||| ガッガッガッ
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__> ヾ从/∧_∧从
⊂⌒ヽ从/( ;`Д´) >>1
';:;:,;.:,;: ∧ ∧ {^^}
_(=゚ω゚)⌒ i | ギャハハハハハ
(⌒ ー 一 r、!
ヽ弋 。 X 。イ(`ー′ つぶせ! つぶせ!!
〔勿\ ヽ
) r⌒丶)〜
/ ! |′
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( く !|||| ガッガッガッ
\ i |||‖|‖
__> ヾ从/∧_∧从
⊂⌒ヽ从/( ;`Д´) >>1
';:;:,;.:,;: >>349
伊都国が首都で女王卑弥呼がいるなら津では検品しない >>354
伊都国が首都で女王卑弥呼がいるから津で最終検品してから海外首脳に発送する。 >>354
正解
>>355
朝鮮脳的にはどうしてもそう思い込んでおきたいんかw >>355
正解
>>354
朝鮮脳的にはどうしてもそう思い込んでおきたいんかw >>355
10分くらいで津まで行ってまた検品ということはない 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 >>359
いや糸チョンコのお前が代替案として書き直すなら、当初の文節を踏襲しろと言っている
しかも老人口調でやれと何度も言われてるんだから言うこと聞けって
アタマ小学2年生のままなのか?あぁ、朝鮮学校出身なのか笑
↑
6度目 >>361
そんな必死で伊都国が首都説を強化されてもw 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 三国志に出てくる「治」は433文字。うち、「治+地名」は24か所。
うち22例にて、"A+治+地名B"は、
「A自らの中心拠点を(Aの管轄域の主要地である)Bに設置した」の意味で使われている。
☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹は太祖曹操を兗州東郡の太守に任命し、曹操は東武陽県に郡治を置いた
☆徙爲東郡太守治東武陽 (臧洪を)東郡太守に転任させ、臧洪は東武陽県に郡治を置いた
☆郡所治廣武 郡庁所在地の廣武県
☆治廣ィ如舊 (烏丸校尉の閻柔は)元からの如く廣ィ(上谷郡の寧城)で執務した
☆辰王治月支國 辰王は月支國で政務を執っている(魏志韓伝)
☆焉徙治綿竹 (益州牧)劉焉は綿竹県に州治を移した
☆焉徙治成都 (綿竹の大火災)劉焉は成都に州治を移した
☆羣下推先主爲荊州牧治公安 先主(劉備)は公安県に州治を置いた
☆治成都 (劉備は)成都を首都とした
☆先主爲漢中王遷治成都 劉備は漢中王になると、成都を首都とした
☆移治味縣 (庲降都督)馬忠は主要拠点を味県に移した
☆州舊治壽春 揚州の州治は昔から壽春県にある
☆繇乃渡江治曲阿 (揚州刺史)劉繇は長江を渡って曲阿県に州治を移した
☆權徙治秣陵 孫権は首府を秣陵県に移した
☆以慈爲建昌都尉治海昬 太史慈を建昌都尉(6県担当)に任命し、太史慈は海昬県に主要拠点を置いた
☆領荊州牧治公安 (劉備は)荊州牧を拝領し、公安に州治を置いた
☆以普爲吳郡都尉治錢唐 (呉郡都尉)程普は銭唐に軍事拠点をおいた
☆領江夏太守治沙羨 江夏郡の太守になって、程普は沙羨県に郡治を置いた
☆領丹楊太守治建業 (呂範を)丹楊郡の太守にして、呂範は建業県に郡治を置いた
☆拜抗都督信陵西陵夷道樂鄉公安諸軍事治樂鄉 陸抗は都督となって、信陵〜公安の軍事担当となり、樂鄉に主要拠点を置いた
☆假節開府治半州 (鎭軍大將軍の孫慮に)軍政府を開設させて、孫慮は幕府を半州に置いた
☆爲吳興郡治烏程 (烏程候から皇帝になった孫晧は)呉興郡を新設して、烏程県に郡治を置いた
★使司隸校尉留治関中 司隸校尉を関中に留めて治めさせる
★司隸校尉治弘農 司隸校尉に弘農郡を治めさせた 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 三国志に出てくる「治」は433文字。うち、「治+地名」は24か所。
うち22例にて、"A+治+地名B"は、
「A自らの中心拠点を(Aの管轄域の主要地である)Bに設置した」の意味で使われている。
☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹は太祖曹操を兗州東郡の太守に任命し、曹操は東武陽県に郡治を置いた
☆徙爲東郡太守治東武陽 (臧洪を)東郡太守に転任させ、臧洪は東武陽県に郡治を置いた
☆郡所治廣武 郡庁所在地の廣武県
☆治廣ィ如舊 (烏丸校尉の閻柔は)元からの如く廣ィ(上谷郡の寧城)で執務した
☆辰王治月支國 辰王は月支國で政務を執っている(魏志韓伝)
☆焉徙治綿竹 (益州牧)劉焉は綿竹県に州治を移した
☆焉徙治成都 (綿竹の大火災)劉焉は成都に州治を移した
☆羣下推先主爲荊州牧治公安 先主(劉備)は公安県に州治を置いた
☆治成都 (劉備は)成都を首都とした
☆先主爲漢中王遷治成都 劉備は漢中王になると、成都を首都とした
☆移治味縣 (庲降都督)馬忠は主要拠点を味県に移した
☆州舊治壽春 揚州の州治は昔から壽春県にある
☆繇乃渡江治曲阿 (揚州刺史)劉繇は長江を渡って曲阿県に州治を移した
☆權徙治秣陵 孫権は首府を秣陵県に移した
☆以慈爲建昌都尉治海昬 太史慈を建昌都尉(6県担当)に任命し、太史慈は海昬県に主要拠点を置いた
☆領荊州牧治公安 (劉備は)荊州牧を拝領し、公安に州治を置いた
☆以普爲吳郡都尉治錢唐 (呉郡都尉)程普は銭唐に軍事拠点をおいた
☆領江夏太守治沙羨 江夏郡の太守になって、程普は沙羨県に郡治を置いた
☆領丹楊太守治建業 (呂範を)丹楊郡の太守にして、呂範は建業県に郡治を置いた
☆拜抗都督信陵西陵夷道樂鄉公安諸軍事治樂鄉 陸抗は都督となって、信陵〜公安の軍事担当となり、樂鄉に主要拠点を置いた
☆假節開府治半州 (鎭軍大將軍の孫慮に)軍政府を開設させて、孫慮は幕府を半州に置いた
☆爲吳興郡治烏程 (烏程候から皇帝になった孫晧は)呉興郡を新設して、烏程県に郡治を置いた
★使司隸校尉留治関中 司隸校尉を関中に留めて治めさせる
★司隸校尉治弘農 司隸校尉に弘農郡を治めさせた しょせん糸チョンコなんてこんなもんだろ
はい、解散 推奨NGワード
↓
@阿波
河姆渡
良渚
木骨泥墻
鬲
釜と甑
釜と竈
氏名と所属団体
サギー
チンク
ツカポコタカ >>380
贅六って誰のこと?伊都国を首都にしたがってる在日チョンの如きキナイコシのこと? おーい
糸クズー
書き直してやったぞー
これで諦めろよー
↓ 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は「九州」である。
【根拠】
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
【解説】
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。
以上。 ちゃんと読んだら分かるじゃん
↓
> 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
> 一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
> 無論だが、女王国は「九州」である。
>
> 【根拠】
> 伊都国についての原文:
> 「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
>
> 伊都国についての書き下し文:
> ”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
>
> 伊都国についての現代文:
> 長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
>
> 一大率についての原文:
> 「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
>
> 一大率についての書き下し文:
> ”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
>
> 一大率についての現代文:
> 女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
>
> 【解説】
> まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
> 女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
> そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
>
> また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
> 伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。 >>611
糸クズもチョンコやけん同じチョンコのキナイコシに同族嫌悪しとるんやろなw 突如として老人口調を文字に起こし出す厚顔
論破されるとうんちっちなどと幼児語を連投する無恥
まさに厚顔無恥は糸クズのためにあるような語だな。 ∩ _rヘ / ヽ∩
. /_ノυ___ιヽ_ \
/ / /⌒ ⌒\ ヽ \ キナチョンも糸チョンも
( く /( ●) (●)\ > ) チョンコどもの頭は
\ `/::::::⌒(__人__)⌒:::::\' /
ヽ| |r┬-| |/
\ `ー'´ /
(( (ヽ三/) (ヽ三/) ))
. (((i ) ___ ( i)))
/ / /_ノ ヽ_\ ヽ \
( く /( ●) (●)\ > ) く〜るく〜る
\ `/::::::⌒(__人__)⌒:::::\' /
ヽ|  ̄ |/
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∩∩∩ . ∩∩∩
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ヽ ノ ___ ヽ ノ
/ / /_ノ ヽ、_\ ヽ \
( く o゚((●)) ((●))゚o > ) パーだおwwwwwww
\ `/::::::⌒(__人__)⌒:::::\' /
ヽ| |r┬-| |/
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`ー'´ ┏━━靖━━国━━┓
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/Japanese Only\
No More CHONCO さすが糸チョンw 安定の無能っぷり
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ギャハッ /ノ^, ^ヽ\
/ (・)) (・)) ヽ
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⊂ ̄ヽ_| |r┬-| |
<_ノ_ \ `ー'´ /
ヽ  ̄V ̄ ̄ ⌒,
/____,、ノ /
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ヽ__,\_,ヽ
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/⌒ ⌒\ | |
/( ●) (●)\ ! !
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| |r┬-| | / < 無能朝鮮人
\ ` ー'´ // まるだしwww
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(___) / 糸
チ
存 ョ
在 ン
自 コ
嫌 体 ロ
が が は
. ら
せ
糞
Λ_Λ
<丶`∀´>
( チョンコ ) | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
| 次もファビヨって. |
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∧_∧ .||
<ヽ`∀´>||
/キナチョンつ 伊都って上陸してからしばらくあるから貿易港とはいえないのでは? ____
/_ノ ヽ、_\ 糸チョンコロが本性丸出しでファビョっとるやーんw
o゚((●)) ((●))゚o ,. -- 、 _
/::::::⌒(__人__)⌒:::::: / __,>─ 、 ◎_,-,_ロロ | |
| |r┬-| / ヽ | ̄ ̄ ̄ | |_ _|. л __ | |
| | | | { |__  ̄ ̄/ / | ̄  ̄| lニ ニ フ |__| |__|
_ _(_) | | | } \ ,丿 ヽ / /  ̄| | ̄ |_| '-' □
l_j_j_j^⊃ | | | / 、 `┬----‐1 }  ̄  ̄
ヽ | | | | / `¬| l ノヽ
ヽ \ `ー'ォ / 、 !_/l l / }
{ \ l / ,'
\ ´`ヽ.__,ノ / ノ
\ ヽ、\ __,ノ /
 ̄ ヽ、_ 〉 ,!、__/
 ̄ .____ 糸チョンコロ
../_ノ ヽ、_\ ぷぎやぁー
,. -- 、, o゚((●)) ((●))゚o ,. -- 、
,.―<,__ ヽ:::⌒(__人__)⌒::: / __,>─ 、
/ ヽ |r┬-| / ヽ
__| }. | | | { |__
/ ヽ, / { | | | } \ ,丿 ヽ
{ Y----‐┬´ 、. | | | / 、 `┬----‐1 }
/'、 ヽ |ー´ ヽ, | | | / `¬| l ノヽ
{ ヽ ヽ lヽ_!´ ヽ`ー'ォ./ 、 !_/l l / }
', ヽ ヽ ,/ } { \ l / ,'
ヽ ヽ 、,__./ / .\ ´`ヽ.__,ノ / ノ
\ ヽ__/,' _ / \ ヽ、\ __,ノ /
 ̄ ヽ、_ 〉 ,!、__/ >>355
途中の経由地で荷を解いたら間違いの元だろ。
アホか >>384
伊都の他に首都があったら、そちらの説明もたくさん載っていないとおかしい。
ところが魏志倭人伝は伊都の説明ばかりしている。 プギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
/ ̄ ̄^ヽ / ̄ ̄^ヽ
l l ____ l l
_ ,--、l ノ . /_ノ ヽ、_\ 丶 l ,--、 _
,--、_ノ:: `ー':: 、ミー---‐,,l o゚((●)) ((●))゚o l,,‐---ー彡, ::`ー' ::ゝ_,--、
,/ ::: i ̄ ̄ | . /::::::⌒(__人__)⌒::::: \ |  ̄ ̄i ::: ヽ,
/ l::: l::: ll | |r┬-| | ll :::l :::l ^ヽ
l l . l !:: |::: l | | | | | l :::| ::! l l l
| l l |:: l: l . | | | | | l ::l :::| l :l |
| l . } l:::::,r----- l \ | | | / l -----、_::::::l } l |
ヽ :l:::: ト:;;;;;;;;;/-/__........... /. | | | ヽ ...........__ノヽ;;;;;;;ノ ::::l /
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| | |
`ー'´ >>658
首都の位置はハッキリクッキリ明記されてるぞ無能
東行至不彌國 百里
南至投馬國 水行二十日
南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月 ____ 厚顔無恥で無知無能な糸ちょん岡上
/_ノ ヽ、_\. ━━┓┃┃
,. -- 、, o゚((●)) ((●))゚o ┃ ━━━━━━━━
,―<,__ ヽ::::⌒(__人__)⌒::::: \ ┃ ┃┃┃
/ ヽ ゝ'゚ ≦ 三 ゚。 ゚ ┛
__| }。≧ 三 ==-
/ ヽ, / { -ァ, ≧=- 。
{ Y----‐┬´ 、レ,、 >三 。゚ ・ ゚
/'、 ヽ |ー´ ヽ`Vヾ ヾ ≧
.{ ヽ ヽ lヽ_!´ ヽ。・イハ 、、 `ミ 。 ゚ 。 ・
', ヽ ヽ ,/ }
ヽ ヽ 、,__./ __/
\ ヽ__/,' _ /
\__.'! 〈 _, '
 ̄ 糸チョンコロ ____
/_ノ ヽ、_\ ぷぎゃああああああああああ
o゚((●)) ((●))゚o ,. -- 、
/::::::⌒(__人__)⌒:::::: / __,>─ 、
| |r┬-| / ヽ
| | | | { |__
. | | | | } \ ,丿 ヽ
___,.-------、 | | | | / 、 `┬----‐1 }
(⌒ _,.--‐ `ヽ | | | | / `¬| l ノヽ
` ー-ァ''"/ / r'⌒)  ̄ ̄`ー‐--\ `ー'ォ / 、 !_/l l / }
\\\_/ ノ___ `''ー { \ l / ,'
 ̄ `(_,r'"  ̄`ー-、 / \ ´`ヽ.__,ノ / ノ
/ / \ ヽ、\ __,ノ /
/ /  ̄ ヽ、_ 〉 ,!、__/
/ _ く  ̄
/ / \ \
/ / \ \
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/ / ゝ、 ヽ
/ /  ̄
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r___ノ ┏┓┏┓┏┏┓ ∩________∩
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水行◯日は位置を書いてあるとは言わねーよ 糸チョンコロの呻きwww
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_ ,--、l ノ . /_ノ ヽ、_\ 糸チョンコロ
,--、_ノ:: `ー':: 、ミー---‐,,l o゚((●)) ((●))゚o プギャアアアアアアアアアアアアアア
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l l . l !:: |::: l | | | | | ノ ~.レ-r┐、
| l l |:: l: l . | | | | | ノ__ | .| | |
| l . } l:::::,r----- l. \ `ー'´ ./ 〈 ̄ `-Lλ_レレ
ヽ :l:::: ト:;;;;;;;;;/-/__........... /  ̄`ー‐---‐‐´ 反論できなくなった糸チョンコロ
._,,,,,,。,,、 广'x、 ,,、._ 」'゙''i、
,,,,,_.,,,,、广゚┐ .,,,v―冖"~゛ ゙'i、 .ト ,|,_ riゃ .} .,i´ '冖i、
.] ` f゙,l° ,i´ .゙l_ .y-┐ 'や'゙"゙’ _,,,vr" .゙ト.゙'x,,,,广 ィ・'''゙~ .._,,v・゚ヒ''''・x、
入、rУ ,iレ-v,,,、 .,r°."'''l゙ ,|√゙゚'i、 匸 ._ .y・'゙゚,,,v―-, .:゚ーa .√ ._,rll_ :}
.,r''y|゛゙゙l..,i´ ,i"゙l, .゙ト ,r°,,, .., ._,,vぐ .`√ .,i´l广._,,,,,,,,i´ ,,i´ ,i´ ,「 .:| .~''''″
.r″ .|゙l、 “ .,i″.yi入-イ il∠i、.` .,メ| | 」'ト .,,i´ .,i´ ,, ̄ .[ .,i´.,,,,,,! .]_
.゙l_,i´,レ .'_,,,,レ ~''┐ .,r°.,i´.| .| ,l゙ :゙l、 ,,i´ ,i´ l゜.゚L__ .:―ヤ゚″_ :~''=、
.,r″.,x=,, .,i´ ,x'".,,x'″ .゙l、 ゙冖''″ .] | .,i´ .゙l, .~1 .゚L '゙〃 ,n, .,,}
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論破されるとうんちなどと幼児語を連投する無恥
まさに厚顔無恥は糸クズのためにあるような語だな。 ┏━━┓ ┏━┓┏┓┏━━━┓
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┃┃┗━━━━┓┃ ┃┗━━┛┃┃┗┓ ┗━┛┗┓ ┃┏┛┏┛ ┏━┛┏┛
┗┛ ┗┛ ┗━━━━┛┗━┛ ┗━┛┗━┛ ┗━━┛ 伊都国の三雲南小路遺跡には王と王妃があわせて葬られており、ニニギと木花開耶姫といわれる。
その拝殿である細石神社は江戸時代まで国璽である「漢倭奴国王」の金印を保管していたと伝えられている。
伊都国の平原遺跡からは円周が八咫(あた)となる超大型内行花文鏡が出土していて、ニニギがアマテラスから受け取った倭国の王権の象徴である八咫の鏡と考えられる。
許都が後漢末期の帝都であったのと同様に、伊都は倭の王都であったと考えられる。 ┏━━┓ ┏━┓┏┓┏━━━┓
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┗┛ ┗━┛ ┗━━━━━━━┛┗┛┗┛┗┛ ┗━┛ ┗┛ ┗━━┛ ┗┛ >>694
また細石神社ネタ蒸し返すのかよ無能www 伊都国について書かれた中国史書において共通しているのは、伊都国には王がいて女王(国)に属しているという点
魏志倭人伝
「世有王皆統屬女王國」
翰苑(魏略)
「其国王皆属女王也」
どんなに伊都ファンや糸クズ、キナイコシが屁理屈を並べても伊都国は女王国にはなり得ない。
伊都国について書かれた中国史書において共通しているのは、伊都国には王がいて女王(国)に属しているという点
魏志倭人伝
「世有王皆統屬女王國」
翰苑(魏略)
「其国王皆属女王也」
どんなに伊都ファンや糸クズ、キナイコシが屁理屈を並べても伊都国は女王国にはなり得ない。
重要なことなので二回書コピペしましたよ(笑) >>694
そもそも細石神社に金印があったという情報は「古田史学の会」の四国会員である大政就平が古田に伝えたもの
そして現地調査した古田が地元民から「侍が持ち去った」という伝承を聞いたと『古田武彦が語る多元史観』に記載した
それでは細石神社(旧・佐々禮石社)について検証してみましょう
紀元前1世紀頃 三雲南小路遺跡が築造
建武中元2年(57年) 漢光武帝が倭国王に金印を下賜
(三雲南小路遺跡の祭祀施設が後に佐々禮石社になった可能性があり、高祖神社との由縁も確認できる)
天正年間(1573〜1586年) 戦火により社殿焼失
天正15年(1587年) 太閤検地により神田没収、筑前の石高に組み込まれる
(祀る神も奉る神主も確認できなかったため神領とは認められなかった=断絶の証拠)
寛永年間(1624〜1645年)末 年貢逃れのために村長の大原金左衛門が流鏑馬を実施するも再興叶わず
元禄8年(1695年) 細石神社御縁起が書かれる
元禄16年(1703年) 筑前国風土記にて佐々禮石社の記録を確認
(祭日に流鏑馬行事が実施されていた様子)
天明4年(1784年) 百姓の甚兵衛が志賀島から金印を発見
文政5年(1822年) 三苫清四郎が自宅の土壁補修のために当地を掘り返したところ三雲南小路遺跡を発見
(何の由縁も残らず藪と化していた証拠)
文政12年(1829年) 氏子が手水舎を奉納(現存)
明治5年(1872年) 村社
大正12年(1923年) 幣帛供進社
(現宮司はこの時に神社庁から派遣された)
古田が聞いたとする「侍が持ち去った」が事実ならば、神田没収前、おそらく社殿焼失の1586年前後と考えるのが妥当
425年も前の出来事を住人が記憶している可能性は皆無である
三雲の戸籍は金龍寺の元禄宗門人別帳に組み込まれており、信仰対象を失っているため曹洞宗に帰依していたと考えるべき
傍証として流鏑馬が神事ではなく祭日の行事としてしか残らなかったこと、三苫清四郎が社領であると認識していなかったことなどが挙げられる
まして現宮司は大正時代に神社庁から派遣された神職であるため、古田が宮司から伝承を聞いたということ自体が虚言である
結論: 細石神社の金印庇保管はネタであり、歴史学としての価値はない :_ ..、 ..__ 、___
_jllll′ ョ- 4il||l "lll'、 ‐ 、 _..-''lllliin 、 _ `''||ゞ'
,ョ广 ゙廴_j=冖゙゙'ll'、 .llll′ `||li '''l 、 ,j广 l|! "ll'、 、 __ョ=ョ 、 ,,_、 、 ..,,_
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'llL_ "'´ |ll、゙゙''冖′ lll 、 llll 〃 ..ulll!' ‖ ,jlll′ _|lll′ ||l ゙llll ./゙l||| l||′
゙l||li、 |ll、 'll'、 ,__〃 ゙||lli ゙゙ 'l|l'′ ,,._lll′ ,,lll′ .|lll’ `'l|||′
`il|l' il|l `'ill||lll''~ ~~ ` -‐'~~ ..l广 .`'' ゙''′
; ∧,_∧: 悔しいニダァァアーーッ!!!
:<;l|l;`田´>;
;(6 9):
:ム__)__) 朝鮮ヒトモドキ三種の神技
記憶喪失(論破されても半日で忘れる)
文盲病(前後の文脈や論の大局を読めない)
チョンコロ目(見たくないものは見えず、見たいものは捏造してでも見る) 糸チョンコロの五ナイニダ
___
‖ |
‖現実 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 見えナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___
‖ |
‖空気 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 読めナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___
‖ |
‖常識 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 知らナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___
‖ |
‖未来 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 全くナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___ 人
‖ | (_)
‖人糞 ∧_∧ (___)
‖ \ ( ・∀・) <`∀●> 目がナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U 朝鮮ヒトモドキの五ナイニダ
___
‖ |
‖史実 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 見えナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___
‖ |
‖漢文 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 読めナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___
‖ |
‖歴史 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 知らナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___
‖ |
‖未来 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 全くナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___ 人
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‖人糞 ∧_∧ (___)
‖ \ ( ・∀・) <`∀●> 目がナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U |ヽ、 | ヽ、
___ / ヽ─┴ ヽ、
/ ⌒ ⌒\ ノし 糸 \
/ (●) (●)\ / ⌒゙ .ノし \
/ ///(__人__)///\ < )г >
| . `Y──┴──┴─┐ \、 ,/
\,, :| おい!糸チョン .|. / ^ヽ、
/⌒ヽ(^つ もっと | / ヽ
`ァー─イ ファビョれ | l |. | |
/ |________| | | | |
/AD ./ :ノ |. | :
/ ⌒ヽ. :.( ‖ | ):
___/ / ̄ ̄`) ノ :`-‐´| ∩ |`-‐´:
(__r___ノ (.__つ | | | | 糸チョンコロの五ナイニダ
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‖ |
‖史実 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 見えナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___
‖ |
‖漢文 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 読めナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___
‖ |
‖歴史 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 知らナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖ |
‖矜持 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 全くナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___ 人
‖ | (_)
‖うんち∧_∧ (___)
‖ \ ( ・∀・) <`∀●> 目がナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U 糸チョンコロの五ナイニダ
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‖史実 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 見えナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖漢文 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 読めナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖歴史 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 知らナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖矜持 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 全くナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___ 人
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‖うんち∧_∧ (___)
‖ \ ( ・∀・) <`∀●> 目がナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、
在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、
伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は「九州」である。
【根拠】
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
【解説】
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、
女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。 糸チョンコロの五ナイニダ
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‖史実 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 見えナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖漢文 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 読めナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖歴史 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 知らナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
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‖矜持 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 全くナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖うんち∧_∧ (___)
‖ \ ( ・∀・) <`∀●> 目がナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄干 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
( ̄ ̄ ̄ ̄_) __皿_
 ̄ ̄\ \_// λ ヽ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
‐=≡ \ / l \ < 日本史に絡みつこうとすんなチョンコ
‐=≡ / | (^o^) 丶 \___________
‐=≡ ( \ γ(つ¶ つ¶__|
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\\\ヽ ビシュ! 糸
丶 \\\ ウリは:;:,∴ん<ヽ`;ζД´> o;;*∴;ウリナラマンセー・・・
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ヽ丶 \ :;:,∴⊂ );:,*∴ :;:つ))
ヽ丶 \ 丶 (_⌒ヽ
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ε≡Ξ ノノ J:*;:,∴`J 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は「九州」である。
【根拠】
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
【解説】
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。
以上。 ババババババババババババ
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( ̄ ̄ ̄ ̄_) __皿_
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ε≡Ξ ノノ J:*;:,∴`J 突如として老人口調を文字に起こす厚顔
論破されると幼児語を連投する無恥
まさに厚顔無恥は糸クズのためにあるような語だな。 >>803
こういう否定するだけの人って何が言いたいんだろうね。
じゃあ邪馬台国はどこで、卑弥呼の墓候補がどれとか、何一つ示せていない。
有力な説を否定したいから結論ありきの駄文を張りまくって迷惑かけてるだけじゃん。 >>814
糸クズの願望でしかない説を有力な説とかいう無能(笑) 相変わらず糸クズは罵られるの大好物なんやな
真正マゾヒストやんか 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は「九州」である。
【根拠】
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
【解説】
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。
以上。 推奨NGワード
↓
@阿波
河姆渡
良渚
木骨泥墻
鬲
甑
竈
鼎
耜
オクキョン
氏名と所属団体
サギー
チンク
ツカポコタカ
贅六 >また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
刺史は「州」の担当として派遣される。
楽浪・帯方郡が属する州とは?
そして楽浪・帯方郡を管轄する刺史の記録は? >また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
刺史は「州」の担当として派遣される。
植民地や属国といった、州外地域は刺史の管轄外。
蛮族の地を中華が征服して、州に組み込んだ場合に、初めて刺史の担当となる。
のだから、刺史が担当するということは自動的に、その国家の行政管轄内となる。 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は「九州」である。
【根拠】
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
【解説】
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。
以上。 >また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
刺史は「州」の担当として派遣される。
楽浪・帯方郡が属する州とは?
そして楽浪・帯方郡を管轄する刺史の記録は? >また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
刺史は「州」の担当として派遣される。
植民地や属国といった、州外地域は刺史の管轄外。
蛮族の地を中華が征服して、州に組み込んだ場合に、初めて刺史の担当となる。
のだから、刺史が担当するということは自動的に、その国家の行政管轄内となる。 >>838
倭国に当てはめたら州に相当するのが女王国では?
だから刺史の如し一大率は女王国内から伊都国に治を置いて太守の如き部下を配して植民地経営を行ったということでしょ 伊都国には別の王がいるから女王国ではない
倭国の一部の従属国 >>847
意味不明
伊都国は女王国の首都。だから伊都国は女王国の一部。 >>848
アホの糸クズ願望やんけ
伊都国は王も官も民も女王国に統属してるんだから国家として支配されているんだと何故理解できないんだ? 糸チョンコロの五ナイニダ
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‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 見えナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
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‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 知らナイニダ
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‖ \ ( ・∀・) <`∀●> 目がナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U 糸チョン三種の神技
記憶喪失(論破されても半日で忘れる)
文盲病(前後の文脈や論の大局を読めない)
チョンコロ目(見たくないものは見えず、見たいものは捏造してでも見る) >記憶喪失(論破されても半日で忘れる)
>また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
刺史は「州」の担当として派遣される。
楽浪・帯方郡が属する州とは?
そして楽浪・帯方郡を管轄する刺史の記録は? >(見たくないものは見えず、見たいものは捏造してでも見る)
>また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
刺史は「州」の担当として派遣される。
楽浪・帯方郡が属する州とは?
そして楽浪・帯方郡を管轄する刺史の記録は? 糸チョンコロの五ナイニダ
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凵 し`J U U >>854
>>856
治に所属する刺史など三国志に一人も出てこない
そんな初歩的なことも理解できずに何を得意げになっているんだか >>858
伊都国は魏志倭人伝に出てきたときから王も行政官も国民も女王国に統属させられているから、いつからと言った史料はないよ。 >>867
統属してるから伊都国は女王国の一部だ。
その時期によって話が変わってくる。 >>868
お前にこの名言を贈ろう
糸チョン三種の神技
記憶喪失(論破されても半日で忘れる)
文盲病(前後の文脈や論の大局を読めない)
チョンコロ目(見たくないものは見えず、見たいものは捏造してでも見る) 清に統属した国家が朝鮮という属国
女王国に統属した国家が伊都という属国 >>871
>清に統属した国家が朝鮮という属国
統属を誤解釈している。 糸チョンコロの五ナイニダ
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‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 読めナイニダ
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凵 し`J U U >>876
間違いを何度も指摘されて、そろそろ対応できなくなってきたんじゃないの? .
最古水田菜畑に伝わった日本最古の耕作用農具だって当時の中国とは
全く違ったものが伝わっている。
と言うか、当時の中国には存在しない耕作用農具が伝わっている。
◆菜畑遺跡に伝わった日本最古の耕作用農具 → クワ、エブリ 《すべて木製》
◆同期する中国の耕作用農具 → 耜(スキ)、鋤、犂 《すべて石刃》
クワは当時の中国には存在しない耕作用農具。
エブリは田を均す耕作用農具で、これも当時の中国には存在しない。
鋤は地面を引っ掻いて除草する除草用の耕作用農具で日本には伝わっていない。
スキが日本に伝わるのは菜畑遺跡から200年以上あとの弥生前期頃で、
やはり全て木製であり、犂は牛耕用の耕作用農具で日本に伝わるのは5C頃で鉄刃。
伝わった日本最古のイネの粒種だって違う。
◆菜畑遺跡に伝わった日本最古のイネ → 短粒種のみ
◆同期する中国のイネ → 中粒種が半分近く混ざったもの
稲作が長江やら江南やら中国から伝わったと吹聴してるヤツは中卒です!
. 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 >>881お前にこのAAを贈ろう
糸チョンコロの五ナイニダ
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‖史実 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 見えナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖漢文 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 読めナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖歴史 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 知らナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
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‖ |
‖矜持 ∧_∧ .ヘ,,∧
‖ \ ( ・∀・) <`Д●> 全くナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U
___ 人
‖ | (_)
‖うんち∧_∧ (___)
‖ \ ( ・∀・) <`∀●> 目がナイニダ
|| ̄ ̄⊂ ) ( と)
凵 し`J U U 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は「九州」である。
【根拠】
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
【解説】
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。
以上。 >また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
刺史は「州」の担当として派遣される。
楽浪・帯方郡が属する州とは?
そして楽浪・帯方郡を管轄する刺史の記録は? >また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
刺史は「州」の担当として派遣される。
植民地や属国といった、州外地域は刺史の管轄外。
蛮族の地を中華が征服して、州に組み込んだ場合に、初めて刺史の担当となる。
のだから、刺史が担当するということは自動的に、その国家の行政管轄内となる。 三国志に出てくる「治」は433文字。うち、「治+地名」は24か所。
うち22例にて、"A+治+地名B"は、
「A自らの中心拠点を(Aの管轄域の主要地である)Bに設置した」の意味で使われている。
☆袁紹因表太祖爲東郡太守治東武陽 袁紹は太祖曹操を兗州東郡の太守に任命し、曹操は東武陽県に郡治を置いた
☆徙爲東郡太守治東武陽 (臧洪を)東郡太守に転任させ、臧洪は東武陽県に郡治を置いた
☆郡所治廣武 郡庁所在地の廣武県
☆治廣ィ如舊 (烏丸校尉の閻柔は)元からの如く廣ィ(上谷郡の寧城)で執務した
☆辰王治月支國 辰王は月支國で政務を執っている(魏志韓伝)
☆焉徙治綿竹 (益州牧)劉焉は綿竹県に州治を移した
☆焉徙治成都 (綿竹の大火災)劉焉は成都に州治を移した
☆羣下推先主爲荊州牧治公安 先主(劉備)は公安県に州治を置いた
☆治成都 (劉備は)成都を首都とした
☆先主爲漢中王遷治成都 劉備は漢中王になると、成都を首都とした
☆移治味縣 (庲降都督)馬忠は主要拠点を味県に移した
☆州舊治壽春 揚州の州治は昔から壽春県にある
☆繇乃渡江治曲阿 (揚州刺史)劉繇は長江を渡って曲阿県に州治を移した
☆權徙治秣陵 孫権は首府を秣陵県に移した
☆以慈爲建昌都尉治海昬 太史慈を建昌都尉(6県担当)に任命し、太史慈は海昬県に主要拠点を置いた
☆領荊州牧治公安 (劉備は)荊州牧を拝領し、公安に州治を置いた
☆以普爲吳郡都尉治錢唐 (呉郡都尉)程普は銭唐に軍事拠点をおいた
☆領江夏太守治沙羨 江夏郡の太守になって、程普は沙羨県に郡治を置いた
☆領丹楊太守治建業 (呂範を)丹楊郡の太守にして、呂範は建業県に郡治を置いた
☆拜抗都督信陵西陵夷道樂鄉公安諸軍事治樂鄉 陸抗は都督となって、信陵〜公安の軍事担当となり、樂鄉に主要拠点を置いた
☆假節開府治半州 (鎭軍大將軍の孫慮に)軍政府を開設させて、孫慮は幕府を半州に置いた
☆爲吳興郡治烏程 (烏程候から皇帝になった孫晧は)呉興郡を新設して、烏程県に郡治を置いた
★使司隸校尉留治関中 司隸校尉を関中に留めて治めさせる
★司隸校尉治弘農 司隸校尉に弘農郡を治めさせた > 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
> 一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
>
> 無論だが、女王国は「九州」である。
>
> 【根拠】
> 伊都国についての原文:
> 「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
>
> 伊都国についての書き下し文:
> ”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
>
> 伊都国についての現代文:
> 長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
>
> 一大率についての原文:
> 「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
>
> 一大率についての書き下し文:
> ”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
>
> 一大率についての現代文:
> 女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
>
> 【解説】
> まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
> そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
>
> また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
> 伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。
>
> 以上。 三国志に出てくる「統属」は6か所。
「A統属B」は全て、〇新たな所属変化に伴って、
◎AがBの”直接支配域の一部”もしくは”直接の部下”になる、の意味。
☆州幷属冀州更拜議郎西部都督従事 統屬冀州 <吸収合併>
梁習は幷州の刺史だったが、
幷州が冀州に「併合」されて幷州刺史の職も無くなったため、
議郎・西部都督従事の肩書を新たに拝命して、冀州に統属された。
(後年、文帝が幷州を復活すると、梁習は再び幷州の刺史となった)
☆仍就故任 統屬長沙守韓玄 <直接の部下><領土の一部>
黄忠は、荊州牧・劉表の配下で荊州長沙郡の攸県を守備していた。
曹操が荊州の新支配者となったが、黄忠にそのまま攸県守備を続けさせ、
長沙郡太守・韓玄の下に統属させた。
☆移屯江州留護軍陳到駐永安 皆統屬嚴 <直接の部下><領土の一部>
孔明が漢中へ出陣した留守中は、蜀を前将軍の李厳が守った。
総大将の李厳は駐屯地を永安から江州に移し、
永安は護軍の陳到に担当させ、李厳配下に統属した。
李厳は護軍から出世を重ねて前将軍になっており、護軍陳到は前将軍李厳の直接配下に入った。
江州も永安も同じ益州巴郡内で、管轄地としても陳到は李厳の一部である。
☆王沖者廣漢人也爲牙門将 統屬江州督李嚴 <直接の部下>
王沖は牙門将となって、李嚴の配下になった。
☆士仁字君義廣陽人也爲將軍住公安 統屬関羽 <直接の部下><領土の一部>
士仁は将軍となって公安に駐屯し、関羽(荊州軍事総督〜前将軍)の配下となった。管轄地としても関羽の一部。 >>894
伊都国の皆が女王国に統属したのなら、
伊都国は女王国の完全な内部。
>>891
そして一大率が伊都国に治するのであれば、
伊都国が女王国内の主要地。 伊都は邪馬台国の植民地
これが魏志倭人伝に書かれている唯一無二の史実 >>895
ダメだな
正しくは
伊都国の皆が女王国に統属しているのだから
伊都国は女王国の完全な植民地
そして一大率が伊都国「を」治するのだから
伊都国が女王国唯一の貿易港 >>899
糸クズ願望が議論の対象になり得ないトンデモだってことだぞ笑 >>900
あんた逃げてるだけだねえ
ホーラご自慢の長文が矛盾だらけだ >>894
伊都国の皆が女王国に統属したのなら、
伊都国は女王国の完全な内部。
>>891
そして一大率が伊都国に治するのであれば、
伊都国が女王国内の主要地。 女王国に従属した伊都国は倭国の一部
王がいるということは千餘戸の統治権はある >>894
伊都国の皆が女王国に統属したのなら、
伊都国は女王国の完全な内部。
>>891
そして一大率が伊都国に治するのであれば、
伊都国が女王国内の主要地。 女王国に従属した伊都国は倭国の一部
王がいるということは千餘戸の統治権はある 伊都国は少なくとも大率により女王国の北側の国々全てを統率していたな。 「自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶」
自女王國以北には、女王國自身も含まれる。 「自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶」
自女王國以北には、女王國自身も含まれる
だから大率は女王國をも検察する。 自女王國以北の道里は女王国までの行程
自女王國以北の諸國は女王国よりも北側の諸国 女王國自身の道里がわからないと卑弥呼の墓の径も測れないだろ 郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は「九州」である。
【根拠】
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
【解説】
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。
以上。 >>931
>>970まで待てずに次スレ立てちゃう早漏は低所得の在日コリアンに多いんだよな。 根拠
自女王國以北について:
「自女王國以北 其戸数道里可得略載 其余旁國遠絶 不可得詳」
”自女王國以北は女王國を含む”
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北には 一大率を特に置き、検察す。諸國は之れを畏れ憚る。常には伊都國に治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国内とその北方に対しては、一人の大率を特別に設置して、検察している。諸国は之れ(=大率)を畏れ、気を使っている。(大率は)普段は伊都国で働いている。(大率とは)(陳寿と三国志完成当時読者の暮らす西晋における)刺史(監察官)と同職のようである。
解説
まず、余旁國との対比によって、自女王國以北は女王國も含むことがわかる。
また刺史は、もともと漢の設置した監察職であったのが、三国志の戦乱期には一時的に長官職となったが、
西晋初代皇帝が全国統一を果たすに及び、職権乱用を粛清されて元の監察職へ戻された。
女王國は女王が支配しているのだから、女王國をも担当する大率は支配官ではなく、女王國の監察官である。 >>937
やっぱチョンコって感覚おかしいのかね?
完膚無きにされてる自覚がないって恐ろしいわ >>938
漢文を全く読めてないから却下だ。 正しくは↓
郷土愛に狂う糸クズを筆頭に、思考を停止させた古田信者や、在日朝鮮人の如きキナイコシがいくら声高に駄々をこねようとも、伊都国は女王国に従属する一介の諸国であり、女王国には成り得ないのは明白。
一大率は伊都国に「治」を常設し、女王国の北限で監視する女王国の監察官であることに疑念の余地はない。
無論だが、女王国は「九州」である。
【根拠】
伊都国についての原文:
「官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐」
伊都国についての書き下し文:
”(長)官は爾支、副(官)は泄謨觚、柄渠觚。千余戸有り。世王有り。みな女王國に統属す。郡使往来し常に駐する所。”
伊都国についての現代文:
長官は爾支、副官は泄謨觚と柄渠觚である。(人口は)千余戸ある。代々の王がいる。(これらは)みな女王国に従属している。(帯方)郡の使者が往来し、常に足を止める所である。
一大率についての原文:
「自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」
一大率についての書き下し文:
”女王國より以北に一大率を置き、特に検察す。諸國は之れを畏れ憚る。伊都國に常治す。國中に於ける刺史の如く有り。”
一大率についての現代文:
女王国の北側に一大率を置いて、特に(=厳しく)検察している。(そのため)諸国(の使)は之れ(=一大率)を畏れ、気を使っている。(一大率は)伊都国に(魏の帯方郡「治」のような)役所を常設した。(一大率とは魏の)刺史(「部」)と同職のようである。
【解説】
まず、三国志の漢文は前節が後節に掛かるので、女王國に従属している「皆」は前節の爾支、泄謨觚、柄渠觚、千余戸の民、王を指している。 つまり伊都国の王も役人も住民も女王国に従属している。
そして、諸國が「畏れている」のは前節の一大率の事であり、「伊都國」も前節の諸國に含まれるのは明白である。
また、三国志における刺史は西晋以降は監察官であり、国内の刺史「部」に務め、植民地や属国に(楽浪・帯方)郡「治」を置き、部下(太守や官吏など)を配していた。
伊都国に刺史の如き一大率が役所を常設した以上、伊都国は女王国の植民地ないし属国であることに疑いの余地は皆無である。 >>934
わかったから、お前さんの考える邪馬台国の位置と、卑弥呼の墓候補があれば教えてくれ。 >>940
わかったから、お前さんの考える邪馬台国の位置と、卑弥呼の墓候補があれば教えてくれ。 >>943
お前さんが間違っていることがよくわかったから、お前さんの考える邪馬台国の位置と、卑弥呼の墓候補があれば教えてくれ。 >>944
お前さんが間違っていることがよくわかったから、お前さんの考える邪馬台国の位置と、卑弥呼の墓候補があれば教えてくれ。
そんなものがお前さんの脳内にあればの話だが。 >>945
御託は良いから反省文と謝罪文を書けよ無能の糸チョンコ
話はそれからだ >>946
御託は良いから反省文と謝罪文を書けよ無能の糸チョンコ
話はそれからだ >>947
御託は良いから、お前さんの考える邪馬台国の位置と、卑弥呼の墓候補があれば教えてくれ。
そんなものがお前さんの脳内にあればの話だが。 >>941-942
>>945-946
わかったと言ったり、間違ってると言ったりお前の頭は狂ってんなwww >>949
御託は良いから反省文と謝罪文を書けよ無能の糸チョンコ
話はそれからだ >>949
謝罪文と反省文、そして二度と日本史スレを朝鮮民族願望で荒らさないと誓えば教えてやるぞい。 ババババババババババババ
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄干 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
( ̄ ̄ ̄ ̄_) __皿_
 ̄ ̄\ \_// λ ヽ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
‐=≡ \ / l \ < 日本史に絡みつこうとすんな伊都ちょん
‐=≡ / | (^o^) 丶 \___________
‐=≡ ( \ γ(つ¶ つ¶__|
‐=≡ \  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ )
‐=≡ _/,へ ________/
(_∴) (∴) ズガガガガガガガガ!
ヽ\ ヽ\
\ ヽ \ ヽ
ヽ丶 \ ヽ丶 \
丶 \\\ 丶 \\\ ギャーーーーーーーーーーー!!
ヽ丶 \ ビシュ!! ビシュシュシュシュシュシュ!!!!
\\\ヽ ビシュ!
丶 \\\ 伊都は:;:,∴ん<ヽ`;ζД´> o;;*∴;ウリナラマンセー・・・
丶 \\\ 女王コ / :*;:,∴ \
ヽ丶 \ :;:,∴⊂ );:,*∴ :;:つ))
ヽ丶 \ 丶 (_⌒ヽ
。;:,∴ ヽ 。;:,∴ ヘ }
ε≡Ξ ノノ J:*;:,∴`J >>941-942
>>945-946
>>955-998
わかったと言ったり、間違ってると言ったり、言葉に詰まると発狂したり
糸クズって朝鮮ヒトモドキだからアタマが狂ってんだなwww このスレッドは1000を超えました。
新しいスレッドを立ててください。
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