古代中国で一尺は時代によって微妙に違うが、
人の手のひらを広げた長さであり、だいたい23センチ前後、
一歩は6尺と決まってるから、だいたい1m40前後。
卑弥呼の墓は径百余歩なんで150m前後の円墳か楕円墳になる。

九州に一つもないのが笑えるw

とりあえず箸墓の円墳部分が径百余歩に相当するのは事実。
しかし箸墓は被葬者埋葬時期が椿井大塚山や桜井茶臼山と同時期であり、
その時期は4世紀前後であるから、卑弥呼の墓ではない。

この日本で150m前後の楕円の墳墓あるいは自然丘が一つだけある。
それは大和朝廷の発祥地である奈良県御所市にある。
それは古代から高天原と呼ばれた場所であり、となりに土蜘蛛が埋葬された蜘蛛窟がある。
魏志倭人伝に書かれた卑弥呼墓そのものの様相である。https://userimg.teacup.com/userimg/9218.teacup.com/easiatoron/img/bbs/0001640.jpg

ここに卑弥呼(Bei mei hu)、比桃@(Bi mie hou)、比売后〈Bi mai hou〉、つまりヒメ后=ヒメ(踏鞴五十鈴)媛をはじめ、その両親、親族、3世代後のトヨまでみんな埋葬されているのである。
彼らは高天原の神々であったからだ。