「倭国の王→倭の国王」「日本国の王→日本の国王」など、津田左右吉らが徒党を組んだ「支那人漢語の“嘘読み”」は、紙上テロルの「王おほきみ殺し⇒天皇殺し」
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筑波大学名誉教授、中川八洋

『後漢書』倭伝にある「倭国王」の間違った訓みの問題も、この一つ。
支那人のこの種の文は、必ず「国名+官名」。間違うことは万が一にも不可能。
訓みの間違いは、訓みの意図的な捏造から生まれている。

 具体的には、『後漢書』倭伝にある西暦107年の記事「倭国王帥升」の、
「倭国の王」を「倭の国王」と訓読みしている。「王」は官名。「倭国」は国名。
なので、「倭国」と「王」の間に「の」を入れる。

 支那人の漢語では、「倭やまと」は、「倭国」という国名で用いなければ、
“日本(やまと)地方”とか“日本(やまと)民族”とかの意味として用いる。
「倭」の古音は「ヤ」で、「やまと」の最初の一音を表記。故に、
「倭国王帥升」は、表1の右欄のようにしか訓めない。

箸墓の大きさは、「墳長280㍍弱=円部150㍍+前方部130㍍」で、高さは16~30㍍。
今般、吉野ケ里で発掘調査しているのは、ゴミほどの「縦3.2㍍、幅1.7㍍」。余りに小さすぎる。
報道すること自体ナンセンス。嘘つき朝日新聞のエゲツナイ他意が丸見え。

『魏志』倭人伝が「邪馬台国」と表記した国が「大和朝廷のくに」を指すのは自明。
「台」の古音が「ト」なのも、この証拠の一つ。
しかも、『魏志』倭人伝が、箸墓を「径百余歩」と描写しているように、
魏帝国は、百襲姫が気になって気になって仕方がなかったほど徹底的に調査したようだ。
径とは後円部の直径の事、そして歩とは六尺で一尺は24.3㎝だから百歩は145㍍となる。
記述「百余歩」は、実際の150㍍とぴったり一致。