インドネシアを占領した日本は、スカルノ、ハッタ、といった独立運動家を解放した。
彼らに自由を与えたが、日本軍政への協力を要請し、将来の独立を確約した。
スカルノもハッタも、日本軍政への協力を受諾し、日本軍政の厳しい要求にも耐えた。

日本軍政はインドネシアに学校を沢山作り、民族教育を行って民族意識を高めた。
インドネシアに防衛軍PETAを設立し、日本式の厳しい軍事教練を課し、将来の指導者を育てた。
PETAからは、後のスハルト大統領も生まれている。

インドネシアの独立精神を育てたのは間違いなく日本軍政である。

大東亜会議にインドネシアが参加できなかったのは、まだ独立していなかったのだから当然であり、
インドネシア独立容認声明は、東條が総辞職したから小磯が声明しただけのこと。また、サイパン
陥落=負け確定は短絡的な見方であり、陸軍強硬派は負けるとは全く思っていなかった。

終戦後、インドネシアに残った日本兵がインドネシア独立戦争に参加し、インドネシア政府から英雄として叙勲
された。しかし戦後彼らは、日本政府から、脱走兵扱いされ冷遇された。しかし、独立戦争で亡くなった日本兵の
墓地に秋篠宮ご夫妻が献花し、更に小泉首相が献花したことで彼らの名誉は回復された。

馬鹿は何も知らない。