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不毛な「社説真偽判定」までして福沢諭吉を美化するのは、いい加減に止めてはどうか2018年1月11日
形式: 単行本

著者は1961年生まれの福沢諭吉研究家であり、自著の『福沢諭吉の真実』(文春新書、2004年刊)に見られるように、
近年は「諭吉美化」にひたすら励んできた。その手法は「井田メソッド」なる非科学的な著者判定法で諭吉を擁護するもので、
いまだにその手法にしがみ付いて本書を刊行した、という訳である。痛々しい限りだ。
不毛な「社説真偽判定」までして福沢諭吉を美化するのは、いい加減に止めてはどうか。以下、詳しく説明しよう。

「安川・平山論争」なるものがあり、「福澤諭吉がアジア諸国を蔑視していたかどうか」が議論された(Wikipedia)。
平山氏が諭吉を「アジア侵略主義者」(安川寿之輔説)ではなく、丸山真男が唱えた「市民的自由主義者」であると擁護する際の最大の根拠が、
諭吉が創刊した『時事新報』の無署名社説で侵略主義的言説を振り撒いているものは、
実は諭吉ではなく別の社員が執筆した、というものである。本書でもこの「社説真偽判定」が用いられている。

(1)「諭吉とは誰か」を知るには、生涯に渡る著作全体を分析する必要があること
福沢諭吉(1835−1901年)はその生涯で初期の啓蒙思想家から、その後の「明治政府のお師匠様」としての政府寄り言論活動まで、
膨大な著作がある。生涯を通じれば互いに矛盾する言説も珍しくない。「諭吉とは誰か」を知るには、
生涯に渡る著作全体を分析する必要があることは言うまでもない。本書のように、一部社説やその中の片言隻句を取り上げればいかような説でも仕立て上げられる。
このような「恣意的摘み食い」手法の創始者が丸山真男であり、諭吉を「市民的自由主義者」として美化したのだった。
このような「恣意的摘み食い」手法による諭吉美化を徹底批判したのが、安川寿之輔氏の一連の著作である。
特に『福沢諭吉のアジア認識』(高文研、2000年刊)では、諭吉の全著作から419件の言説を抽出して、その内容を徹底分析した。
それによれば、アジア蔑視、好戦的、対外侵攻、強権的植民地支配など、侵略主義的言説が圧倒的に多い。

(2)「井田メソッド」は、テキストの著者判定法として恣意性が高く非科学的であること
本書の著者が頼りにした、論説の真贋を判別する手法である「井田メソッド」とは、井田 進也氏が『歴史とテクスト』(光芒社、2001年刊)で説明しているように、
中江兆民のテキスト分析用に1980年代に開発された。手法の詳細は不明だが、真贋判定のキーとなる単語を抽出し、
その頻度の多寡でテキストの真贋を判定しているようである。30年前にはこのような手法でも通用したのかもしれないが、
客観的にテキストを比較分析可能な、最新のテキストマイニングの観点からこの手法を見ると疑問だらけである。
手作業では恣意性が高く、第三者による再現が不可能であり、とうてい科学的とは言えない。現在は無償で入手可能なテキストマイニングツールがあるのに、
なぜこのような古色蒼然たる手法に拘るのか、不思議である。