【偉人】福沢諭吉について【悪人】(其の13) [無断転載禁止]©2ch.net
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【偉人】福沢諭吉について語るスレ【悪人】
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1147733623/ >>344
?
平山諭吉説からすると日本軍慰安婦は容認されると平山氏は書いたんですか?
もしそうだとしたら平山さんは「人権」をまるで理解していないとしか思えず。
平山氏は日本軍慰安婦への言及を回避しただけではないのですか?
図書館のは貸し出し中で……閉架式図書館にいく時間がいまないんだよなぁ。 それにつけても、拙>>340に誤爆した件は……怒り心頭なんてもんじゃない。
日本の公文書は4月いっぴから「本人の承諾」ないと個人名がかけなくなる。
……もう後世の検証を不可能にさせるために必死だな、と思わざるをえない。 明仁天皇と福沢諭吉
2018年03月01日 | 天皇・天皇制
1万円札の肖像画となって今も生き続けている(?)福沢諭吉が、明治時代の「富国強兵、朝鮮・中国侵略」にいかに犯罪的な役割を果たしたかを先に見ましたが
(2月3日のブログ参照https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20180203)、福沢はほかにも思わぬところで現在も影響力を持ち続けています。天皇明仁との関係です。
皇太子時代の明仁天皇の教育係としてはアメリカのバイニング夫人がよく知られていますが、もう1人、大きな影響力を及ぼした教育係がいました。小泉信三です(写真右。『明仁天皇と平和主義』より)。
「一九四九年に皇太子教育の事実上の責任者となった小泉信三は、悩める(象徴天皇制下の皇太子のありかた―引用者)皇太子に振る舞い方の軸を作っていった。
小泉は慶應義塾長を一〇年以上務めた経済学者であり、教育者としても、マルクス主義批判者としても著名であった」(瀬畑源長野県短期大学助教、『平成の天皇制とは何か』岩波書店収録)
「小泉は…父は、福沢諭吉の高弟で慶應義塾塾長を務めた信吉。その父に六歳で死別した後、諭吉の邸内で諭吉に見守られながら成長した」(吉田伸弥読売新聞編集委員、『天皇への道』講談社文庫)
根っからの福沢信奉者である小泉を教育係に推挙したのは、友人の田島道治宮内府(現在の宮内庁)長官でした。
「田島が長官に就任した際に、小泉は福澤諭吉の『帝室論』と『尊王論』を合本したものを贈って激励した。おそらく田島はこの本を読んだ上で、小泉がその任に適切であると判断したと思われる」(瀬畑氏、同前)
事実、小泉は『帝室論』『尊王論』を明仁教育のテキストに使いました。
「明仁皇太子は後に、こうした小泉からことあるごとに大きな影響を受けたことを語っている。例えば四三歳の誕生日を前にした記者会見で、自分に影響を与えた人物として、『私の場合、小泉先生、
安倍院長(安倍能成学習院長―引用者)、坪井博士(坪井忠二東大教授―同)と三人いました。小泉先生は常時「参与」という形で…私はその影響を非常に受けました』と述べている。
小泉は毎週火曜と金曜に各二時間の授業を行った。テキストとして用いたのは『ジョージ五世伝』(イギリス国王の公式伝記。ハロルド・ニコルソン著―引用者)の原書、
および福沢諭吉の『帝室論』『尊王論』等である」(斉藤利彦学習院大教授、『明仁天皇と平和主義』朝日新書)
「小泉信三は福沢諭吉の『帝室論』や幸田露伴の『運命』を明仁親王と代わる代わる音読した」(吉田伸弥氏、同前)
では『帝室論』『尊王論』には何が書かれていたでしょうか。 小泉自身はこう語っています。
「皇室は政治の外に仰ぐべきものであり、またかくしてこそ初めて尊厳は永遠のものとなる。…然らば皇室の御任務はいずこに存するのであるか。
それは実に日本民心融和の中心とならせらるることである、と福沢は言うのである」(小泉信三『ジョージ五世伝と帝室論』、吉田伸弥氏同前より)
この小泉の「解説」はきわめて一面的と言わねばなりません。『帝室論』『尊王論』で福沢が語っている「天皇(制)論」はそれだけではありません。
「我日本…内に社会の秩序を維持して外に国権を皇張す可きものなり。…(日本の軍人は)帝室の為に進退し、帝室の為に生死するものなりと覚悟を定めて、
始めて戦陣に向て一命をも致す可きのみ」(『帝室論』福沢諭吉全集第8巻)
「帝室は人身収攬の中心と為りて国民政治論の軋轢を緩和し、海陸軍人の精神を制して其向ふ所を知らしめ、孝子節婦有効の者を賞して全国の徳風を篤くし…」(同、全集第5巻)
「軍備を拡張…増税…理論を離れて人情に訴へ、日本国中の人は悉皆天皇陛下の臣子にして良民たるを…抵当にして…」(「東洋の政略果して如何せん」
全集第8巻―「みな天皇の臣子」を口実にした軍拡のための増税論)
「政府が天皇陛下の聖意を体して、果して軍備拡張…其全力を軍費に充てるの工風専一なる可し」(海防費用の下賜)全集第11巻)
「帝室は日本国内無数の家族の中に就いて最も古く…帝室以前日本に家族なく…皇統連綿として久しきのみならず、列聖の遺徳も今尚ほ分明にして…天下万民の共に仰ぐ所にして、
其神聖尊厳は人情の世界に於いて決して偶然に非ざるを知る可し」(『尊王論』全集第6巻)
(以上、全集からの抜粋は、安川寿之輔著『福沢諭吉のアジア認識』高文研より)
福沢において「天皇」は、国内を統治し、軍人を海外侵略に向かわせる要です。まさに「教育勅語」「軍人勅諭」の基本思想にほかなりません。
明仁天皇は小泉信三からこうした福沢の「天皇(制)論」を叩き込まれ、「その影響を非常に受け」たのです。実際、それは明仁が天皇になってから具体化されていきました(後日具体的に検証します)。
https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/52dc7b25b43f3a0a493f1a13166f639e >>348-349
情報サンクスでした。続報、期待してます。
で、ちと思い出した話。
正確な日付はわすれたが、今年の朝日にアキヒト天皇の生前退位に
疑問を挟む社説が載っていたと記憶する。
天皇は政治的発言をするのは許されない。よって天皇がその権限に
もとづき、行政に退位を命じたものだったら決して許されることではない。
天皇のご意向による退位はあってはならない。その視点は理解する。
しかし「人間天皇」が、人権の“自らの所有権(オーナーシップ)は自ら”の
大原則にもとづき退位≒廃業を希望するのであれば、何人といえどそれを
とどめることはできはしないと考えてる。
天皇という身分・状態は、人権を極端に制限される。かつて三笠宮氏は
死ぬまで退位できないのでは奴隷的拘束を意味しないかと発言していた。
奴隷条約第一条第一項に従えば、その人の所有権にともなう権限において、
自ら奴隷的拘束を自由意志で受け入れるのでなければ奴隷になってしまう。
慰安婦は、だから本人の意志でなければ奴隷なのだが、それは天皇にも
当てはまらないのだろうか。
人間アキヒト氏が天皇であるのは「本人の意志」にもとづく。
その意志をなくせば、退位を認めるのは当然と信じる。人権の「所有権」は、
オウンを語源し、他者の権利を認めることは自身の権利を認めることになる。
この一点において優先すべきは、まず人権なのではなかろうか。 >>346
図書館から平山新著を借りてきた。薄い割には高い本だ。
第4章「福沢諭吉と慰安婦」の結論部にはこうある。
「福沢諭吉が一九三〇年代以降の日本軍と関係する慰安婦制度に賛成したか、
それとも反対したか、私には分からない。けれども、事実として言えることは、
一九世紀を生きていた福沢は性風俗従事の女性が海外に出ることを肯定した、
ということだけなのである。」(184頁)
>>332で引用されているのは、2006年に平山さんが清水義範氏に書いた手紙の一節で、
「デジタルで読む福澤諭吉」が公開されて改めて調べ直したら、
『福翁百話』48と『福沢先生浮世談』の中に、性風俗女性を海外に出すことを
許すべきだ、という部分があったのだと。
その部分を孫引きするなら、
「西洋の諸強国より海外の地に兵士を屯在せしむるその地には、必ず娼妓の
あらざるはなし。若し然らざるときは、政府の筋より窃かに賎業婦の往来に
便利を与えて必要に応ずと云う」(『百話』48、全集第6巻286頁)
だそうで、なんだ、伝聞じゃん、ということ。
平山さんがこの部分を発見できなかった理由は、福沢は「娼婦」を
署名著作で一度も使っていなかったためだそうで、この言葉は石河の
用語なんじゃないか。福沢は「娼妓」を使うようだ。
社説「娼婦出稼論」の執筆者は石河でキマリだが、アイディアは福沢
かもしれんとのこと(社説と百話の執筆時期はほぼ同時期)。
でも、『百話』には、「と云う」とあるな。
安川さんたちは、『学問のすゝめ』の冒頭の「云へり」をもって、
天賦人権論は福沢の本心ではないと言っていたわけで、
となると、これも伝聞だから本心ではないとなるんでは?
海外の新聞を読んでいた石河が、「先生こんな記事があります」と
福沢に伝えたのかも。まあ、石河から福沢なのか、福沢から石河なのかは、
永久に分からんことだが。 【平山さんに失望】
>>351
感謝です。乙でした<(_ _)>
やはり平山さんの発言は想定内で、《私には分からない》でしたか。
物言えば唇寒し……。言論人としての平山さんに残念との感想を
抱いてしまう当方です。
自由廃業が担保されないかぎり、「文明国」において合法売春とは
原理的になりえない。それを容認すれば、国際社会から「奴隷制
主張の諭吉」とみなされてもやむを得ないと思うのですが……。
なおカラユキさんが集中した英国植民地シンガポールも、とうぜんの
ように「自由廃業」だったと推定できます。
↓ 【英領シンガポールの公娼制】
残念ながら19世紀でなく1913年の時点となりますが、確認できた
範囲で英国領シンガポールの公娼制について言及しておきます。
出展はベトスセラー山崎朋子『サンダカン八番娼館』(1972)で、
続編の『サンダカンの墓』(1974)をふくむ文春文庫の2008版です。
同地では遊廓の管理売春は違法で、当然「自由廃業」制でした。
(*頁333)
また《……人身の年季的拘束は赦しておらず……前借金なる
ものは無効……》でしたし、(*頁340)
花街で未成年が働くことも無条件に違法でした。(*頁341)
つまり「本人の意思」による売春制で、明治日本の1872-1900年の
「人身売買厳禁に関する東京府令」の司法判断そのままといえます。
むろん慰安婦よりカラユキさんが恵まれていたなどと主張しませんが、
(※比較不能)、1872年以前の管理売春制度を諭吉が是認した
可能性があるとすると、平山さんも諭吉をプラグマティストとみている
ことになるのではないでしょうか。
この辺は専用スレに書く予定でしたが、ここに書いてしまいました。
ついでですので、1896年の娼婦出稼ぎ社説の背景に、カラユキさん
の廃娼運動が関係していた可能性があるのでご紹介しておきます。
↓ 【1895年のカラユキさんレポートと諭吉社説】
1896年の娼婦出稼ぎ社説の前年の1895年、ある女性誌に国際
廃娼団体の英国巡回員2名によるカラユキさんレポートが載った。
あるいは先の社説は、そうした動きを牽制する狙いがあったのかも。
以下はその『婦人新報〈1号〉』(婦人新報社 1895)に寄稿された
「日本の汚辱」と題するレポートの一部だ。
同レポートは、1891年における英領ピナング(ペナン)とシンガポールの
邦人女性264名中、娼妓は249名。残りの15名も疑わしいとした。
そのため外国の《……多くの人々は、「日本人中一人も善良なる
婦人なし、余は多くの日本人を見たれども、皆悪しき者のみなり」と
申居り候。勿論かゝる者は、思慮なき徒……》ではあるものの、日本
としてもこの状況を放置せず対策を講じてほしいと要請していた。
(* 『日本婦人問題資料集成〈1〉』ドメス出版 1979 頁237重引)
キリスト者廃娼団体の英国女性は《……日本婦人は、何事にても、
人より命ぜらるゝ事は、その事柄の善悪を問わず、速に従ふこと、
他の国人の比にあらずして、彼等悪人の意を満足せしめ以て快く
彼等に従ふ……》傾向にあると分析していた。 (*前掲/1979/頁235) >>352
福沢の時代といわゆる慰安婦がいた時代とは違うのだから、
福沢が慰安婦の制度についてどう考えたかなど、分からない、とするのが正解なんじゃ?
福沢が肯定したのは賎業婦人の出稼ぎ、ということだけでね。 >>355
詳しくは拙>>273
不足なら>>246、317の「もくじ」先を再読を。
>>356
時代はもちろん違いますが、人権の大原則は19世紀も当時も
21世紀のいまも不変。売春は人権由来以外容認されず、
人身売買の娼婦など論外というのも前々世紀来の普遍原理。
したがって(↓) 【平山さん諭吉解釈への疑問】
親による(国内の)娼館への身売りに「断固、稼業拒否せよ」
と熱弁した諭吉が、植民地シンガポールでも保証されていた
(と推定.拙>>353)就・廃業の自由すら制度設計されず、
親による身売りや未成年採用という人身売買前提の慰安所に
関して、「どうみたか分からない」と平山さんが論じるのは
理解不能です。(拙>>273の再読を<(_ _)>)
それは諭吉を状況次第で主張を変化させるプラグマティストと
論じるに等しく、平山諭吉解釈に矛盾します。
(※平山さんが、慰安婦の人身売買を認めた安倍政権の見解すら
ご存じなく「日本軍慰安婦制度は不勉強だから推論できない」と
仰るなら、ギリギリ理解もしますが……)
関連して、次回は【人喰い儒教と『福翁百余話〈19章〉』】など
upします。 代理やは、福沢なら慰安婦制度を批判したはず
と言いたいわけ? >>359
丸山/平山さん流諭吉なら、肯定は不可。
「沈黙」するか、やんわり「欧米式にせよ」と警告しないと筋がとおらない。
人身売買認定される「親による身売り」「未成年」「就・廃業自由なし」は
回避しないとダウト。
「分からない」はプラグマティストとみる当方側のセリフ。 【人喰い儒教と『福翁百余話〈19章〉』】
福沢諭吉『福翁百余話〈19章〉』は、親による身売りの
権限を縮小した1872年以後の明治司法を前提とした論説だ。
諭吉は娼婦になるのは「人非人」となるようなものと断った
うえで、《たとひ父母の命令にても断然これを拒むべし》と
断じた。 (*『福翁百余話』時事新報社 1901 頁94)
http://iiif.lib.keio.ac.jp/FKZ/F7-A54/pdf/F7-A54.pdf
http://d.hatena.ne.jp/elkoravolo/20111125/1322176990
この19章「節に臨んでは親子夫婦も会釈に及ばず」は、
「親に従え」の儒教的因習に縛られず、自立して歩めと
いうアジテーションであり、旧来の儒教的家族制のもとでは
成立しえない主張だった。
旧来の人間の所有権(オーナーシップ)を家長に一任し、
諭吉流にいえば「人非人」たる娼婦にする権限を与えた
儒教的家族制度は、100年前の魯迅や周作人からすれば、
人が人の人権を喰らう制度に等しかった。拙>>273
就・廃業の自由なき日本軍慰安婦制度は、魯迅らにいわせれば、
まさしく人喰いの制度だったわけだ。
※次回は【言葉足らず?の「娼婦出稼ぎ」社説】を予定 >>362
さんくすでした。
安川さん視点では経世家は思想家にあらず、か。
う〜む。その解釈も分かるけれど……。
と、それはともかく上の「破壊は建築の手始めなり」を読み、
ふと強引に慰安婦制度と重ねてみたくなった。
《朝鮮は腐儒の巣窟……日本国の力で開進を促し、従わざれば
鞭撻し、脅迫教育の主義に依る外なし。……我が本心に愧じる
所なき限りは断じて行ふ可きのみ》とまでアジった諭吉氏が、
天皇の軍の慰安*レ的に、儒教丸出しの親による身売りに
よって半島の未成年まで誘拐連行した歴史を「恥じるところ
なき」行為とみた可能性はあったのだろうか。
平山さんの諭吉解釈からしたら、あり得ないとしか思えないのだが。 >>358
身売りはダメだが自由意思ならかまわない、ということなんじゃないかな >>366
諭吉親戚いるかもな
日本の地盤やばいかもな 学問のすすめを読んですごいなーと思って
福翁自伝を読んで福沢諭吉という人物に興味が湧いたので評伝とか読みたいですけどなんか客観的に良くかけてる本はないですかね?
安川と平山の本以外で
この二人の本は読んでも客観的な福沢像が得られなそうなので >>371
ありがとうございます
さっそく購入してみました >>373
考証福沢諭吉ってやつだよね?
絶版だから古本で買ったけど一冊千円くらいだったよ ◆「約束は無効と覚悟せよ」 福沢諭吉が見抜いた韓国の本質
韓国の不実はいまに始まったことではない。
明治の傑出した知識人、福澤諭吉は当時すでにそのことを看破していた。
「脱亜論」で彼はなぜ朝鮮を見限ったのか。
いまこそその背景にある思想に学ぶべきだ。文芸評論家の富岡幸一郎氏が解説する。
* * *
《左れば斯る国人に対して如何なる約束を結ぶも、背信違約は彼等の持前にして毫も意に介することなし。
既に従来の国交際上にも屡ば実験したる所なれば、朝鮮人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して、事実上に自ら実を収むるの外なきのみ》
(『時事新報』明治三十年十月七日)
これは福澤諭吉の言葉であるが、まさに現在の日韓関係の本質を言い当てているではないか。
ただし福澤は決して「嫌韓」論者なのではなかった。
後で引く有名な「脱亜論」もそうである。
彼は西洋列強のアジアへの帝国主義的な侵略にたいして、明治維新によって近代化の道を拓いた日本こそが、中国や朝鮮にたいして力を貸して共に連帯して抗すべきであると考えていた。
また亜細亜という言葉から中国(清朝)と朝鮮を同じく捉えていたのではなく、むしろ朝鮮をアジア同胞として清韓の宗属関係から脱却させ日本のように文明化させることの必要性を説き尽力したのである。
李氏朝鮮の旧体制(血族や門閥による支配)のままでは早晩、清国やロシアの植民地となり、それはそのまま日本の国難になるからだ。
李朝末期のこの腐敗した絶望的な国を変革しようとした開化派を福澤は積極的に支援し、そのリーダーであった金玉均らの青年を個人的にも受け入れ指導教育を惜しまなかった。
また朝鮮に慶應義塾の門下生を派遣する行動を起こし、清朝の体制に取りこまれるのをよしとする朝鮮王朝の「事大主義」の変革をうながした。
清仏戦争が勃発し、清国軍が京城から退却したのを機に開化派がクーデターを企てるが(甲申事件・明治十七年)、それが失敗に帰したことから、朝鮮における清国の影響力は決定的となった。
福澤のなかにあった日本による朝鮮の文明化の期待も潰えた。
日本に十年余り亡命した金玉均も明治二十七年上海で朝鮮の刺客に暗殺され、その遺体は無残に切断され国中に晒された。
福澤に「脱亜論」を書かしめたのも、朝鮮の開明派、独立派の人々への必死の支援がことごとくその固陋な中国従属の封建体制によって無に帰したことによるものだ。
《我日本の国土はアジアの東辺に在りと雖ども、その国民の精神は既にアジアの固陋を脱して西洋の文明に移りたり。
然るに爰に不幸なるは近隣に国あり、一を支那と云い、一を朝鮮と云う。》(「脱亜論」明治十八年三月十六日)。
この近隣にある「二国」は、《その古風旧慣に恋々するの情は百千年の古に異ならず……教育の事を論ずれば儒教主義と云い、学校の教旨は仁義礼智と称し、一より十に至るまで外見の虚飾のみを事として……道徳さえ地を払うて残刻不廉恥を極め、尚傲然として自省の念なき者の如し》
◆挑戦への絶望と苛立ち
福澤の文章の烈しさは、そのまま朝鮮の開化を祈念していた彼の思いの裏返しの憤怒であった。
しかし福澤は「文明化」自体に絶対的な価値を置いていたのではない。
「脱亜論」の冒頭でも「文明は猶麻疹の流行の如し」といい、「有害一偏の流行病にても尚且その勢いには激すべからず」として文明化は利害相伴うものであることも語っている。
むろん福澤はアジアのなかで唯一文明化に成功した日本を正しい選択であったとしている。
大切なのは西洋文明の波がかくも急速に高く押し寄せているときに、旧態依然の「外見の虚飾」を捨てない朝鮮の政体と人民への絶望と苛立ちをはっきりと表明してみせた言論人としての姿勢である。
《左れば今日の謀を為すに我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの猶予あるべからず、寧ろその伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、その支那、朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従て処分すべきのみ。
悪友を親しむ者は共に悪名を免かるべからず。我れは心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり。》
当時も今も国際社会のなかで外交を「謝絶」することはできない。
問題は「心に於て」、すなわち日本はユーラシア・中華帝国の膨張の現実を前にして、この世界史に参与すべく如何なる「思想」を自ら打ち建てるかである。
NEWSポストセブン 2018.04.16 07:00
http://www.news-postseven.com/archives/20180416_657811.html
※続きます ※続きです
韓国に関していえば日韓基本条約(一九六五年)で国交正常化をなし、日本から韓国への膨大な資金提供もあり「漢江の奇跡」と呼ばれた経済復興を成し遂げたにもかかわらず、日本のおかげというその現実を認めたくないがために慰安婦問題や戦時徴用工などの「歴史問題」を繰り出し続けてやまない。
その国家としての態度に日本は毅然とした「処分」を示さねばならない。
韓国がやっているのは、福澤のいうまさに「外見の虚飾のみを事として」の「背信違約」の狼藉三昧である。
かかる「悪友」への処し方を、われわれは今こそ明治国家の多極的な外交戦略と、その背後にあった福澤諭吉のような近代日本の思想的先達によくよく学ぶべきであろう。
※SAPIO 2018年3・4月号
※おわり〆 >>375
あとミネルバの伝記、平山本だか押さえてはおくべき >>380
脱亜論がこれほど肯定的に評価される時代が来るとはね まああんまり良いことでは無いとは思うけど
正直言ってることは正しいとしか思えんわ 聖徳太子から福沢諭吉になったのはどうしてだろう?
どうしてだろう?を根拠に明治の年表作ってます よろしければお読み下さい
https://plaza.rakuten.co.jp/denkyupikaso/diary/201804100003/ >>385
関わるな、といってみたところで関わらない訳にはいかないのであって。 ????????
hflib.kr/#/search/detail/152770
???? ?????. ?????? (NHKドラマ)「坂の上の雲」の歴史認識を問う : 日清戦争の虚構と真実
/ 中塚明, 安川寿之輔, 醍醐聰 [?]著; ???? 東京 : 高文研, 2010; ???? 183 p. ; 19 cm;
?? 中塚, 明, 1929- 安川, 寿之輔, 1935- 醍醐, 聡, 1946-; ????? ?? C日戰爭 1894-1895
??; ISBN 978-4-87498-443-7 : ¥ 1,500; ???? 913.05 ?81?; ??? ??
/?? ?? 日清戦争の虚構と真実 ?? ?? ??;
MARC ??. ? ???. ? ?????? ???? ??? ??? ? ???? ... 結論!朝鮮半島に関わってはいけない/石平
★★★★★
朝鮮半島は、今こそ全人類に謝ろう!その上で鎖国してください!
タイトルは「朝鮮半島に関わってはいけない」ですが、
本書を読んで、自らの真の歴史を直視し反省するだけの誠実さと能力があるのであれば、
自らの意思で「朝鮮半島は世界に関わってはいけない」ようにすべきだと思います。
そして、世界に一切の迷惑をかけずに、朝鮮半島内で好きなだけ勝手にやっていてください。
そのためであれば、日本は支援を惜しみません。
リビア方式で北コリアの核を含む大量破壊兵器・ミサイルを完全・検証可能・不可逆的な方法で破壊し、
北コリアに拉致された日本人(含む世界中の犠牲者、特定失踪者)を全員救出することが大前提です。
南コリアは自らの意思で北朝鮮に併合されるのでしょう。
日本は北朝鮮とは国交を樹立していません。
従って、併合後は自動的に旧南コリアとの国交は無くなります。
この流れに対して日本は一切干渉しないことが支援になります。
その支援の見返りとして、以下を求めます。
・日本固有の領土である竹島からの即時撤退
・在日コリアンの特権の即時廃止
・在日コリアンのうち、犯罪歴のある者、反日思想を持つ者、反日活動家の即時送還
・立法・司法・行政をはじめとして日本国内のあらゆるところに潜入している工作員の即時国外退去
(コリアンだけでなく、日本帰化人や日本人も含む)
今年は明治維新150周年です。
日本は今こそ維新の賢人に学ぶ必要があるのではないでしょうか。
福沢諭吉の「脱亜論」にある以下の一節に学ぶのです(ここでの亜はチャイナ&朝鮮半島のみを指します)。
「悪友を親しむ者は共に悪名を免かる可らず。我は心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」
(ご参考:平山洋氏著「福沢諭吉の「脱亜論」と<アジア蔑視>観」)
日本は朝鮮半島に対しては、
一喝・一蹴できるだけの確固たる抑止力を粛々と整備し、
いつでも発動できるようにしておけばいいだけです。
なおコリアンのうち、
日本の歴史・伝統・文化・道徳・倫理観が好きでたまらない方々は、
日本に残って頂ければと思います。
著者である石平氏のように、並の日本人よりも日本を愛してやまないような方は大歓迎です。
個人的には、日本人のくせに反日活動をしている連中よりも余程好感が持てますので。
なお、レビュータイトルの一部は以下の書籍のオマージュです。
百田尚樹氏著「今こそ、韓国に謝ろう」 福沢諭吉すげぇ
完全に頭が壊れてる
労働者や高齢者や身体障害者など弱い者を
これでもかと汚い言葉を駆使してののしりまくる
こんな人間が日本に存在していたことは国の恥だ
明治の偉人は全てクズなのに美化されまくり >>395
>労働者や高齢者や身体障害者など弱い者を
これでもかと汚い言葉を駆使してののしりまくる
その面だけ批判すればいくね? ま、時事新報の記事になんざ、いろいろと書いてあるわけでね 福沢諭吉も伊藤博文も・・・
明治の偉人と言われる者たちは全て人間のクズなのに
そんなクズを美化する日本の腐れっぷりに驚く
福沢諭吉なんて日本女性を海外販売して金に替えましょうと言ったクズだが
俺は福沢ほど汚い言葉を知らないのでクズとしか言えないが
日本に存在してはいけない朝鮮人だ
まぁ、明治維新で日本を乗っ取ったのが
山口県の朝鮮部落民だからそうなるわな >>401
それはネガキャンというものですよ
伊藤と福沢は対立関係になったが、両方がいなければ
日本は経済大国になれなかった
その点を理解しないとね IWJ 実況ch1@IWJ_ch1
【再配信】これから、2015年5月23日(土)に行われた「『万端を差図せられた事実がある』朝鮮国内のクーデターを実際に支援していた福沢諭吉
?岩上安身による帯広畜産大学教授・杉田聡氏インタビュー第2弾(後半)」の模様を実況します。
★配信中!https://www.youtube.com/user/IWJMovie/videos?shelf_id=4&view=2&sort=dd&live_view=501… @iwakamiyasumi
20.杉田氏「福沢が朝鮮や中国、台湾に対してどのような態度を取ってきたか、見ていきたいと思います。
金玉均らが起こした甲申政変に、福沢が関与しています。しかし福沢はその後、この事実を執拗に隠すんですね
。しかし、福沢が援助した事実が残っています」@iwakamiyasumi
21.岩上「金玉均や朴泳孝による甲申政変に関して、『自ら進んで役者を選び、役者を教え、
また道具立其他万端を差図せられた事実がある』という文言が残っているわけですね。
他国の政変を工作するなんて、とんでもないことです」。杉田氏「武器まで提供しています」@iwakamiyasumi
22.杉田氏「金玉均は、日本に来て福沢に対し『誠に申し訳ありません』と謝っています。福沢の期待通りに事を運べなかったことに対し、
謝罪しているわけです。このことからも、どれだけ福沢が甲申政変に深く関与していたか、分かるかと思います」@iwakamiyasumi
23.杉田氏「甲申政変の段階で、井上馨による外交交渉が行われているなか、福沢諭吉は『我政府に於ても、
止むを得ず曲直を兵力に訴るの外なかる可し』と、戦争を仕掛けろ、と鼓吹しています。
日本人が殺されたことの弁償をしろ、という理屈です」@iwakamiyasumi
24.杉田氏「自分で仕掛けておきながら、支那と朝鮮が加害者だ、と福沢は言います。
さらに、『御親征の挙、断じて行う可きなり』と言います。天皇が自ら乗り込んで戦争しろ、ということですね」@iwakamiyasumi
25.杉田氏「有名な『脱亜論』はこの時期に書かれます。この論説で明瞭なのは、
列強によるアジアの分割に加わるべきだ、ということです。アジアの土地を奪え、遠慮はいらない、といった調子ですね」@iwakamiyasumi
26.岩上「次が台湾です。台湾に対してはよりあからさまです。『一人も残さず殲滅して』などということを書いています」。
杉田氏「台湾で次から次に抵抗運動が起こります。そのたびごとに、台湾人を殺戮するよう煽る文章を発表しています」@iwakamiyasumi
27.杉田氏「時事新報に『雑報』という欄があります。この中に、『自分が見切れないで、とんでもないものが出てしまった』と書いています。
しかし、台湾人の殺戮を煽っているような文章は、社論として書いています。平山洋さんが言うように、弟子が書いたものではない」@iwakamiyasumi
28.視聴者からの質問「福沢諭吉は病んでいるとしか思えない」。杉田氏「福沢としては、貧知者が生まれないように、
かなり自覚的に差別を行っているのだと思います。それは、アジアに対しての視線でも共通しています」@iwakamiyasumi
29.岩上「最後に、日清戦争後に日本が膠州湾を租借した後の福沢の言動を見ていきたいと思います」。
杉田氏「支那人の支配には日本人が最適だ、ということを言います。
日清戦争の時にいかに日本が手際よく清国を倒したか、ということを強調しています」@iwakamiyasumi 台湾人の殺戮を扇動する社説を福沢が書いた、ねぇ。証拠はあんのかな。 杉田聡ってポルノへイターだな
清教徒かホモかなんか?
お綺麗亊が好きなのね 福沢諭吉も伊藤博文も・・・
明治の偉人と言われる者たちは全て人間のクズなのに
そんなクズを美化する日本の腐れっぷりに驚く
福沢諭吉なんて日本女性を海外販売して金に替えましょうと言ったクズだが
俺は福沢ほど汚い言葉を知らないのでクズとしか言えないが
日本に存在してはいけない朝鮮人だ
まぁ、明治維新で日本を乗っ取ったのが
山口県の朝鮮部落民だからそうなるわな 封建社会のままでいろと?
恐怖d政治とナポレオン戦争が起きたから
フランス革命を否定するフランス人はいないだろうな 長州朝鮮族と、そのお仲間の神社朝鮮人らは明治を美化し、江戸時代を悪く言う
しかし明治は調べれば調べるほど、むごたらしいものだ
そして江戸時代は調べれば調べるほど素晴らしい
簡単に言うなら、日本は明治に、英国によってISISとなった
国体など無いのだ、通貨発行権が奪われたら国家ではないのだから
その中で、民を人とも思わない長州朝鮮族が私利私欲で好き放題やっていたに過ぎない >>414
>江戸時代は調べれば調べるほど素晴らしい
江戸時代の末期には武士以外の町人(職人、商人)、農民たちは慢性的な栄養不足のため
骨格が最も貧弱になっていたが、明治維新後に急速に回復したという歴史的事実を、江戸・
東京の墓に埋葬された遺体を系統的に調べた研究者が発表していた。文献は今、手許に見
当たらないが、 探し出して後ほど提示するつもりだ。
徳川幕藩体制が250年の間に煮詰まって、末期症状が出ていた訳で、明治維新はどうしても
必要だったと思われる。
明治維新後、薩長を中心とする新政府は賢く、理性的に振舞って、中世的な封建体制を打
破して、近代的な国民国家の樹立に成功した。
日本全体が国民国家として一つにまとまるためには天皇を国家の中心に据える必要があっ
た。
ちょうど、西洋でドイツの鉄血宰相ビスマルクがカイザーを中心とした国民国家を樹立した
のと同じだ。 >外形的な様子においては、野蛮か文明かという移り変わりはあるでしょうが、
>百年後千年後に至っても、ひとかけらの「瘠我慢の精神」は国家を成り立たせる
>大事な根本であるとして重視し、いよいよますます「瘠我慢の精神」を養い育て
>瘠我慢の精神という要素が発達することを助けることが差し迫って必要なことで
>しょう。つまり、これが、国家の気風についての教育が大事である理由です。
残念ながら史実は、福沢の全面勝利に終わった。
この愚劣な「瘠我慢の精神」とやらを福沢の言う愚民にまで徹底教育し、一億玉砕まで達したわけだから。 >>418
ま、じっさいの1930年代から終戦までの風潮は
「福沢諭吉は非国民」
というもんだったんだがな
福沢が軍人たちに好かれるわけがなかろう >>415
明治に神社朝鮮人の故郷である満州奪還の戦争をさせられ
その満州に国府を注ぎまくったので日本人は飢餓状態になった
ドラマで見る明治大正の優雅な人たちは日本人ではない
日本人は奴隷のように働かされ、戦争させられ、飢餓状態になり
年寄りは子供のくい分を減らすまいと自ら山に入って飢え死にした
道端にあるお地蔵さんは、そんな年寄りのために置かれている >>420
どこか別の惑星の話かい?
地球で起こった出来事の話をしようよ! >>418
>この愚劣な「瘠我慢の精神」とやらを福沢の言う愚民にまで徹底教育し、一億玉砕まで達したわけだから。
【「戦前の軍国日本」絶対悪】という戦後教育を受け、洗脳され、未だにその呪縛から抜けられない
日本人の典型的な意見だね。
妄想が膨らんで、諸悪の根源は「明治維新」そのものにあると考えるに至り、明治維新によって
樹立された近代国民国家「大日本帝国」を「軍国日本」として全否定。
啓蒙思想家・教育者として人材を育成し、国民、社会を啓蒙し、指導し、向かうべき道筋を生涯、
照らし続けた福沢諭吉をも全否定する。
しかし、「軍国日本絶対悪」を教え込んだ戦後教育が、実はアメリカ政府(ルーズベルト&
トルーマン両大統領)による「日本人に自虐史観を徹底的に植え付け、二度とアメリカの脅威に
ならないようにする」政治プログラムに則って実施されたものであることは今では周知の事実に
なっている。
さらに、「侵略国家日本」、「好戦的で残虐な日本人」のイメージを植え付ける根拠とされた
様々な「歴史的事実」を否定する重要文書が近年相次いで解禁されている。
・ハーバート・フーバー・著、ジョージ・H・ナッシュ・編 『裏切られた自由』(原題:Freedom Betrayed:
Herbert Hoover's Secret History of the Second World War and Its Aftermath, Hoover Institution
Press, 2011) 渡辺惣樹・訳、草思社 (2017)
*ハーバート・フーバーは合衆国第31代大統領(在任:1929〜1933)
・ハミルトン・フィッシュ(Hamilton Fish)・著、岡崎久彦・監訳 『日米・開戦の悲劇』(原題:"Tragic
Deception", 1983) PHP文庫 (1992)
・解説書; 青柳武彦・著 『ルーズベルトは米国民を裏切り日米を戦争に引きずり込んだ ーアメ
リカ共和党・元党首H・フィッシュが暴く日米戦の真相−』 ハート出版 (2017)
あの未曾有の敗戦から73年経った今、あの戦争を戦前・戦中・戦後の全てにわたって客観的に
見つめ直すための資料が揃い始めたのは大変良いことだ。
因みに、私自身は、明治維新は日本が近代に成し遂げた世界に誇るべき偉業であると考えて
おり、福沢諭吉を尊敬している。 いろいろと役に立つ嘘みたいに金の生る木を作れる方法
念のためにのせておきます
検索してみよう『立木のボボトイテテレ』
PWX >>423
福沢および慶應関係者は、戦時中は親英米派で非国民とされていた
徳富蘇峰が『言論報国』誌上で福沢批判をおこない
それに小泉信三が反論した
>>422にある >>425
いったい安川なんかの批判はどうなるのかと 結局安川なんかの福沢批判は、現在の慶応系への批判に過ぎないんだな >>422
要するに安川は、本来蘇峰に向けられるべき批判を福沢にしているだけなんだな ID非公開さん
2018/8/1419:20:57
.
社会の自由研究で福沢諭吉さんのことを書きたいのですが、どんなことを書いたらいいのでしょうか?
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ベストアンサーに選ばれた回答
mim********さん
2018/8/1419:51:56
安川寿之輔名古屋大学名誉教授の書いた「福沢諭吉のアジア認識」を読むといいです。
福沢は当時の知識人に「ホラを福沢、ウソをゆうきち」と揶揄されるほど、
その時々の時世に合わせたことを言っていた世渡り上手の教育者でした。
日清戦争を煽り、中国人、朝鮮人を貶める発言を繰り返し、戦前の朝鮮、中国蔑視の基礎を作った人です。
進歩的な事を当初書いていますが、「伝聞形式」で本人の意見ではありません。
これらの事を資料に基づいて綿密に論証していますから読んでみるとよいです。
小生は中学校から慶応(慶応義塾普通部)で学内では先生は福沢だけで他の教諭は「00さん」と呼ばれており、
福沢は絶対でしたので安川さんの本には「目から鱗が落ちる」思いをしました。
一万円札の肖像はアジア各国の評判は悪いです。(福沢が植民地主義者だったからです)
慶応の卒業生が産業界に評判がいいのは福沢の教え、即ち「体制に従え、
上に文句を言うな」が浸透しているからで、能力的にソコソコ仕事ができるのが多い為です。
「強きを助け,弱きを挫く」のも福沢の教えで卒業生は、これに忠実な人が多いですよ。
これは実社会での経験ですからウソでも誇張でもありません。
勿論、少数ですが福沢の教えに逆らう卒業生もいます。小生も、その一人です。 >>430
わずか30分後に「ベストアンサー」が w
自問自答、とはこのことですね 福沢諭吉は元祖ヘイトスピーカー
在特会桜井による在日朝鮮人へのヘイトは
桜井自身が朝鮮人であり、的を外したヘイトによって
逆に、朝鮮人が何をやっても批判されない社会を法的に作るのが目的で
それはユダヤ人がやっている手法だ
日本人はそんな工作に惑わされることなく、朝鮮人を批判していく必要がある
朝鮮人の福沢諭吉のヘイトはすさまじい
その対象は、老人、労働者、身体障碍者、娼婦など弱者に向けられ
権力者には向けられない
弱者に対して、これでもかと汚い言葉でののしっている
絵に描いたようなクズであり、原始時代の弱肉強食の思考なのだ
それは明治維新の勝者である朝鮮人という支配階級から
庶民である日本人へのヘイトなのだ >>432
>>429はちょうど逆のことを言っているぜ 【第2の911】 米ロ密約でイラン系勢力後退 → エルサレム米大使館テロ → イスラエル軍イラン空爆
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1535075045/l50
また911テロやるそーです、九条改憲はこのためでしょうか? >>433
こんなとこでリンクなんか踏まねぇぜ
そもそもリンクのある低能コピペレスは全て無視
コピペバカはろくなサイトを見てないしな 産経新聞2018.9.3 07:30更新
【明治の50冊】
(27)福澤諭吉『福翁自伝』 希代の啓蒙家誕生の軌跡
近代日本を代表する啓蒙(けいもう)思想家、福澤諭吉が晩年に自らの生涯を口述筆記させたのが、
明治32(1899)年刊行の『福翁自伝』だ。
封建社会から近代国家に向かう激動期を思想的にリードした当人による回想は、
自伝文学の傑作として今も読み継がれている。
刊行当時、福澤は64歳。幕末以来の著述活動はもとより、
慶応義塾の創設や高級紙「時事新報」の創刊など、教育者や経営者としても功成り名遂げた存在だった。
その波瀾(はらん)万丈の生涯を、ユーモアを織り交ぜた洒脱(しゃだつ)な口調で語っていく。
福澤は大分の貧しい下級武士の家に生まれた。有能で向学心にあふれた父は学者になる望みを抱いていたが、
厳しい身分秩序の前に果たせず、不本意かつ薄給の仕事をあてがわれたままその生涯を閉じた。
有名な「門閥制度は親の敵(かたき)で御座る」というくだりは、亡父の無念に思いを致しての言葉だ。
個人の能力や希望とは無関係に、生まれですべてが決まる社会への疑問が、そこに兆している。
青年になった福澤は、長崎遊学や大坂・適塾での蘭学修業を経て江戸に上り、英学を猛勉強して米国へ渡る。
米側が案内したメッキ工場や電信などの科学技術については既に輸入書で学んだ通りで驚かなかったが、
女性尊重などの風俗や政治・社会制度の違いには仰天した。
初代米大統領、ワシントンの子孫は今どうしているのか、との福澤の質問に対し、
米国人が詳しく知らないと返答したエピソードは、本書中でも特によく知られている部分だろう。
「此方(こっち)の脳中には、源頼朝、徳川家康というような考えがあって、
ソレから割出して聞いたところが、今の通りの答に驚いて、これは不思議と思うたことは今でも能(よ)く覚えている」
日本が封建社会から文明国となる際、工場や軍艦といった科学技術の移入よりもずっと難しいのは
近代的社会の構築であり、それを市民として支える自立した個人の確立である−。
「一身独立して一国独立す」と説いた希代の啓蒙家、福澤がいかにして誕生したか。
その一部始終を、よくできた小説のような味わいで読み進められる。
福澤の著作としてはまれな口語体で、刊行後数十版を重ねるベストセラーに。昭和の批評家、小林秀雄は
「強い己れを持ちながら、己れを現わさんとする虚栄が、まるでない」と評し、
「日本人が書いた自伝中の傑作」と絶賛した(『考えるヒント』)。岩波文庫版は昭和53年の新訂版以降、
66刷73万部。角川ソフィア文庫や講談社学術文庫にも収録され、今も広く読まれている。
また慶応大は平成8年度から毎年、入学式で全新入生に『福翁自伝』を配布する。慶応義塾広報室は
「この書を通じて創立者の生涯と思想に接し、今に引き継がれる義塾の気風を感じ取ってもらえれば」と目的を話す。
福澤研究で知られる平山洋・静岡県立大助教は、刊行当時の時代状況に目を向けるべきだと指摘する。
明治28年の日清戦争の勝利で、「一国の独立」はひとまず達成をみた。
だがプロイセンを範とした官尊民卑の明治国家が完成するこの時期、人民の国家への依存は次第に高まりつつあった。
「本書と対になる存在といえる『修業立志編』をはじめ、日清戦争後の福澤の著作はすべて『一身の独立』に関する内容。
個人の独立を基盤にしない国家の独立の脆弱(ぜいじゃく)性について、福澤は不安を抱いていた」
現在も、所属集団の「空気」に従う形で、非合理的判断や違法行為へと流されてしまう組織人は後を絶たない。
合理的思考を保ち、理非曲直の判断を空気に委ねない「強い己れ」を、
日本社会の中でいかに確立していくべきか。刊行から100年以上たってなお、
『福翁自伝』はわれわれに大きなヒントを与えてくれる。(磨井慎吾)
>>437
福翁自伝についての最大公約数的な評価だな。安川なんかはこれにどう反論するのか? そもそも安川寿之輔さんは存命なの?
訃報は耳にしていないが 法務省は11日、2018年の司法試験に前年より18人少ない1525人が合格したと発表した。3年連続減となったが、政府が年間目標とする1500人は上回った。
合格率は3.25ポイント増の29.11%と2年連続で上昇。法科大学院を修了しなくても受験資格を得られる予備試験組の合格者は過去最多を更新し、合格者全体の2割を超えた。
受験者数は前年比729人減の5238人。現行試験に一本化された11年以降で最少だった。
合格者の内訳は男性1150人、女性375人。平均年齢は28.8歳、最年長は68歳、最年少は19歳だった。
法科大学院を修了した合格者が64人減の1189人(合格率24.75%)だったのに対し、予備試験組は46人増の336人(同77.6%)だった。
法科大学院別の合格者は多い順に京都大、東京大、慶応大、早稲田大、中央大など。合格者ゼロの大学院は9校だった。京都大でも合格率は6割を切り、予備試験組に水をあけられた。
法科大学院を中心にした現在の司法試験制度は06年に始まった。11年に現行試験に一本化するに当たり、経済的な理由などで法科大学院に通えない人のための例外措置として予備試験が導入された。
しかし費用や時間的負担をかけずに済む「法曹への近道」として、優秀な学生が予備試験ルートを選択するようになり、法科大学院離れを招く一因となった。
一方、文部科学省によると、18年度の法科大学院の志願者数は前年比102人減の8058人と底打ち感もみられ、学生の法科大学院離れに一定の歯止めがかかるとの見方もある。
2018年9月11日 16:00
日本経済新聞
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO3521625011092018CR8000?s=3 >>437
>合理的思考を保ち、理非曲直の判断を空気に委ねない「強い己れ」を、
日本社会の中でいかに確立していくべきか。
この点は同意。だからこそ平山氏には慰安婦問題では逃げずに(当方から
みると本質への解答拒否だった)解答してほしかった。
>>439
ご存命でも故人でも無関係では?
諭吉殿の著書がそうであるように、発せられた問いへのまともな解答が
見つからぬかぎり、問題は問題として永遠に残るかと。 >>441
いったい、どのような方向性の質問なのかが、よくワカラン >>442
>>437氏へは、ほかならぬ平山さん自身が「空気」を忖度し、
安川さんの慰安婦のIFに解答避けたと感じていたので書きました。
拙>>98以来のべてきたとおり、平山さんの諭吉観からすれば、
必然的に「自由廃業なき制度なら反対した」となるハズのなに、
ということ。
また>>439氏へは、「議論の中身に無関係」の主旨でした。 >>443
検索してやっと分かったよ
今年の3月くらいの話じゃん
諭吉さんは慰安婦制度がはじまるはるか前に死んでいるのだから、
それに賛成したか反対したかは分からない、というのは当然じゃないの? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています