西郷隆盛は日記の類を書かなかったようで残っていない
西郷の行動の真意などが謎だったり盛られたりしている理由の一つはそれである
後世の者たちが勝手に想像を膨らませたり、そこに深謀遠慮があるかのように錯覚するのである

当時のインテリ層は日記を書くのが常識化していたようで、
木戸孝允も大久保利通も相当量の日記を残している

ちなみに大隈重信は日記を残していない
記憶力が抜群だったため、文書で記録を残す必要性が無かったそうだ