>>207>>209、は反論になっていない。

中国兵捕虜は日本軍と戦闘(反抗)はしていない。

>それ以前の1982年刊の『ふくしま戦争と人間』で既に捕虜が反抗したから鎮圧した事が証明されているw

柳の木や石榴の木を切ったのは、「レ」の字形のカギ棒にして、死体の脇の下に引っかけて岸壁まで
引きずって行くために使われたのだ。 福島県地方の農作業・林業でものを運ぶときに使われていたそうだ。
河原の柳では足らないので、夕刻になって急遽永清寺の石榴が狙われたのだ。
武器として使用可能な木の枝をそのままにして置くことなどありえない。
箭内亨三郎准尉の証言は、真っ赤なウソだ。 

>あれは偶発であり、最初から計画的に皆殺しにする気なら、銃座をつくっておき、兵も小銃をかまえて
>配置し、あのように仲間が死ぬヘマはしません

平林貞治少尉の証言もウソだ。
予め、河川敷に鉄条網を張り、砂を盛って台座を作り、機関銃を並べ、機関銃の上にシートがかけられて
いる。
ご丁寧に準備していたのに、計画的ではないとはねw おまえは、本当におめでたい奴だなw
世間では、おまえのような奴をバカというそうだw