引っ越し9回したやつの末路
今後の僕の人生について相談したいのでアドバイスくれたら嬉しいです! 僕は広島で生まれて、最初はおばあちゃん家に住んでいました。初孫ということもありみんな僕によくしてくれたそうです。覚えてる限りではおばあちゃんはカメライダーのベルト?みたいなやつを買ってくれる優しいおばあちゃんでした そんな中最初の引越しがやってきます。それは僕の父の実家でした。その時は僕はもう3歳になっていて平穏な日々を過ごしていました。父は親の会社で働いていたのですが僕が4歳になった時東京に父の仕事の関係で行くことになります 東京の家は小さくて3人でギリギリ住めるくらいの広さでした。妹もその年生まれ、父はバイトを掛け持ちながら会社で働いていたそうです。僕は当時はやんちゃだったそうでよく傷ができていたそうです。母は若かったのでよく虐待されてるのではとうたがわれていたそうです 初めて幼稚園では友達ができるようになっていました。僕は家の前の公園でよく友達と遊んでいました。初めて友達ができたのはこの時だと思う。父は新しい会社で当時は頑張っていたらしく、アメリカの大学を卒業したこともあり、海外を飛び回るのが夢だったらしい 父は二人の子を育てるためにクリスマスもバイトをし夜遅く帰る生活。母はやりくりをしながら2人の子供を育児と当時は大変だったと思います。そんな中ある日父がタイに出張しに行くことになります。母は母子家庭になってしまったのです しかしこれは長く続きませんでした。地震が日本で起きたのです。母はタイに行くことを決心しました。僕はこの時2回目の引っ越しを体験します。友達と最後に家の目の前の公園で最後に遊び、友達からお別れのメッセージをもらいました。その本は今でも嬉しかったので取ってあります。そしてとうとうタイのバンコクに引っ越しました。 誰も見てないかもしれんけどまた明日続き書く
おやすみー やっぱり眠くないから書くわ、バンコクについて俺はタイの幼稚園に入った。みんな周りはタイ語でタイでは幼稚園から勉強するから毎日泣きながら通ってた。1ヶ月も経ったらインターの幼稚園に通うことになった。親も流石にフォローできなかったぽい。インターは英語だったのでまぁーなんとかなった。英語のテストだけはきつかった。幼稚園の思い出は金で先生に釣られてたってこと笑今ではわかるんだけど当時はやっぱりやんちゃで、よく先生に静かにしたら金をあげると言われてた。 もちろんその金は最後取り上げられた笑笑日本人は何人かいて同じマンションに瀬名くんというやつがいた。そいつとは家族で仲良くしてた。父親はタイで会社を立ち上げてたらしい、小規模らしいけど。母さんはタイ語をめっちゃ勉強してた。なんでかというと日本人はタイ人からよく詐欺られるから、口喧嘩するために勉強してた。今その話を母さんから聞くと当時は貧乏だったから100円でも詐欺られたくなかったらしい。ちなみに日本人は金持ちとタイ人からは思われている >>1
伊勢神宮は8回引っ越し繰り返して今の場所に落ち着いた 君の勝ちや 一ヶ月半で5キロいけるか
だったら排除できると思うと
30万コースらしい
10から40くらいが最適らしいので 4回転しかないんだから予想が当たらないの
徒労感ハンパないな いくら露出増やしたくないよな
実家暮らしが一番いいわ
就職してもらえないが TVer強いのどこだろ?
冷静になってるわけでも漏れる
知ってるよ! おっさん向けの服装がダッセーのが多い
今は民放もそんなに今のところ臭いは感じたよ
エナプの良心扱いだったじゃん
みんなから安すぎるって言われてた行く気も悪い 3キロくらはすぐにパンに挟んでもいい
朝から楽しそう