「近代競馬」 ←これ聞いていつからだと思った? [無断転載禁止]©2ch.net
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グレード制導入した84年あたり?
サンデー産駒が登場した90年代中盤? やっぱり84年だろうな
それ以降、明確な区切りがないし TB産駒がデビューした93年世代からかな
そこまでと血統レベルが超絶に上がって行く オイオイが始まってからは本当にファンの質が下がった気がする ミスターシービーとシンボリルドルフで分かれ目という感じ
ルドルフからが近代競馬 逗留外国人じゃなくて日本人が主催で競馬を始めた頃じゃないの? タマモオグリから
シービーの時はちょっと古い
特に騎手がね JRAが近代競馬150年の歴史って言ってるくらいだから150年位前だろw
http://www.jra.go.jp/150th/history/ 1 JRAスタート・栗東坂路導入 1985年〜
2 遠征で勝ち始める・SS大活躍 1995年〜
3 外厩本格化・パート1国入り 2010年〜
大体こんな感じで段階踏んで考えとる ザテトラーク→ムムタズマハル→ナスルーラのスピード革命以降 スピード革命はニアークティックからだろ
ノーザンダンサーによってC遺伝子はバラまかれたわけで
ディープはTTらしいけど トニービン、ブライアンズタイム、
サンデーサイレンスからだろ >>27のソース見る前にスレタイ見た段階で「19世紀半ば」っ思ったわW
明快な理由がちゃんとある
アメリカがこの辺りの時代から、それまでの長距離ヒート競走一辺倒のレース体系から
マイル競馬やイギリスクラシック流の競馬を模倣し始めたから
つまり、長距離競馬中心→中距離競馬中心という競馬のスピード化において、
世界東西の競馬大国2国であるイギリスとアメリカの足並みが揃ったのがこの頃だから >>30
いや違う それは信憑性の薄い仮説でしかない
あとこれ↓も違う
>ノーザンダンサーによってC遺伝子はバラまかれたわけで
NDがこの世に誕生するずっと以前からサラブレッドの集団には遺伝型Cは存在した
ただし野生型はTである 近代競馬=正式なルールと専用の施設に基づく競馬
ヒート競走だろうがマッチレースだろうがこの条件を満たしてるものは全て近代競馬
よって正解は1540年 >>29
世界で最初にスピード革命の旗本的な存在になったのはセントサイモン
短距離的な意味でのスピード革命の旗本はザテトラーク(1911年生まれ)ではなくてドミノ(1891年生まれ)のほう サンデーとかで近代の始まりとすると現代でもバリバリ現役の武豊が近代より前デビューってこと?
近代短すぎ >>54
区分けでいうと近代以前の近世デビューってことになるなw >>50
またまた自分勝手な俺様定義かいW
広辞苑解説によると、「近代」=『現代、もしくは現代に近い世代』とある
これを応用すると「近代競馬」だから、これは『現代に準ずる競馬(レース)体系が試行された時期』
と解釈するのが最も妥当で説得力が高い
よって答えは>>48であるW サラブレッドを自家繁殖し始めた時じゃね?
グレード制以降は現代競馬って感じ もともと近代だの現代だのはサヨクの進歩史観用語なんだから、というマジレス
全ての競走馬を全ての人民で所有した時が「現代」の始まり
一部のブルジョアが馬を独占している今はまだ中世であり、近代は訪れていない、ということになる ギャンブルで「近代」言うたら1970年以降やね
戦後が明らかに終わって、その言葉が使われ始めたのがその頃だから
「近代麻雀」という雑誌も、その潮流の中で創刊された >>60
それこそ俺様定義じゃね?
そもそも近代競馬ってローマ時代の戦車競走や紀元前のギリシャ競馬などの所謂古代競馬の対義語だろ
近代という部分のみを取り出して応用する意味が無い
仮にお前さんの主張の通りだと19世紀半ば以前の競馬は何と呼ぶんだ?
そしてその呼称は広く使われてるのか? BOOWY前BOOWY後という言葉がある
競馬の場合サンデー前サンデー後じゃないかな いやオグリ前オグリ後だろ
オグリ前後の変化に比べればサンデーでの変化なんて微小 少なくとも近代文明の結晶である飛行機での輸送・遠征が行われる以前の
国際交流が密でない時期の競馬は近代競馬とは言えないな 別にサンデーいなくたってトニービンやブライアンズタイム、○外でやっても大してかわらんだろうからな
だけどオグリ登場による変化はそんなもんじゃない >>69
そうだなぁ、近世競馬でいいんじゃね?W
1850年頃以前→近世競馬
1850年頃以降→近代競馬
1984年以降(日本)→現代競馬
まあこんな感じかなW >>73
ん?オグリ登場前と後で具体的に何がどう変わったんだ?
そこきっちり説明しないと単なる個人的な妄想で終わっちゃうぞ 俺はオグリブームなんて知らないし
八百長臭い引退レースに憤ったクチだけどなw
たまたまオグリ前後に武豊や枠連から馬連、パソコン投票などの改革が重なり
時代も昭和から平成に
色々重なっただけでオグリ自体は大した影響はない 否、近代オリンピックということから連想すると、馬券が庶民に発売された頃になるのかな >>77
しんちゃんって俺と比べたらずいぶんと競馬歴浅いんだねW
オグリをリアルで見てない世代なの? 150年前なんだよなあ
数年前JRAが近代競馬150周年記念とかいっていろいろやってたじゃん ちなみに「オグリブーム」「ディープブーム」とはよく言われるけど元祖は「ハイセイコーブーム」だからなW
これはマジで凄かった・・・
普段競馬をやらない人々も何でもかんでも世の中一色がハイセイコー!ハイセイコー言って盛り上がってたんだからなW >>74
いいんじゃね、じゃないだろ
また俺様定義で作ってんの?
他人の意見を俺様定義呼ばわりしときながらお前さん自身が俺様定義の塊じゃないか >>80
ルドルフ引退で暫く競馬からは離れて野球ばかり見てた時期だね
スポーツ新聞買っても競馬欄は見なかった あとこれと似たようなことを高校野球で例えると
「ハンカチ王子ブーム」「松坂ブーム」「KKコンビブーム」と数あれど、
「荒木大輔ブーム」は間違いなくこの中では一番凄かった
それに告ぐのが「定岡正二ブーム」な これも凄かった
で、実はこれらよりも本当に一番凄い本当の真打がいるんだよ
それは「大田幸司ブーム」だW
ご存知、三沢商業のハーフイケメンのエースピッチャーだ罠
この大田幸司ブームこそが異次元の凄さだった
何しろ当時の日経の株価が5000円単位で動いたくらいなんだからなW >>86
なにお前、こんな場所でアツくなってんだよW
結論から言えば、そんなことどうでもいいことジャマイカW
お前は自分の俺様定義を述べ、俺はもぐらのもぐら定義を述べたまでだよ
少なくとも「真に正しい解答」があることについての議論ならまだしも、そうじゃないんだから
どこまで行っても平行線、賽の河原だろが?W
お互いあんま無駄なことにエネルギー使うのやめようぜW おーい、>>73のID:xDa3Xsi80よー、どこ行ったーー?W
お前、オグリ前と後の変化の解説出来ないのかーー?
単なる妄想の落書きを書き残しただけなのかーー?W >>90
こんな短期間に長文含めて9レスもしてる基地外に言われたくないな 「サンデーの前と後で大きく変わった」ってんなら、まだまっとうやゆみ、失礼まっとうな意見だ
でも「オグリの前と後で変わった」って意見はこのもぐらにして生まれて初めて聞いたわW
こいつ(ID:xDa3Xsi80)、昼間っから“冷たいモン”でもやってんじゃねーだろーな?W
アブねー野郎だなぁー、ったくW
お前、ポンプはやめとけよ、せめてアブリにしとけよ?W 近代競馬って一つの区切りとして最新の三冠馬から考えてるわ
ルドルフとシービーだけが例外
ディープとオルフェじゃもうレース体系が変わってるし >>75
競馬人気爆発→賞金アップ注目度アップ→馬主が馬に金つぎ込むようになる→いい馬が日本に来る→日本馬のレベルがあがる
バブルだ景気だーとかいうけど人気のないジャンルに金はやってこない
サンデーが来ようがそうでなかろうが外国産馬や他の種牡馬はやってくるのである
競馬人気さえ高ければね 競艇やケイリンの売り上げのピークとJRAの売り上げのピークは2年ほどずれている
JRAの方が2年遅れてピーク、というより2年成長が続いたわけだがこの理由は「競馬人気の高さ」に由来する
その人気とは何か?オグリがもたらした競馬人気である ハイセイコーのバブルは凄かったがどちらかというと一時的な人気・バブルで終わってしまった
これはやはりハイセイコーの走りが物足りなく語り継ぐ程ではなかったからだろう
対してオグリは伝説的なレースの数々やらぬいぐるみの商品化にしろ語り継ぐようなものが多かった
この差が持続的な競馬人気の獲得に大きな差ができた
バブル期だから競馬人気や売り上げが上がって当然、そういう単純な図式ではないのである
ただのバブルと同じ変動の仕方なら競馬人気のピークはもっと早くに終わっていなければならなかった 外国産馬をどんどん連れてこよう、競馬に金をつぎ込もう、そうした馬主を獲得できたのもオグリが競馬を認知させた影響がでかいわけだな
時代的にも武豊の登場やバブル期など幸運も重なってはいるが、それを含めてオグリ時代で大きな変動があったという象徴的な意味でもオグリがターニングポイントになっているのだね 何年か分からないけど、スターティングゲートが導入されたとき オグリが登場してJRAが潤って芝が枯れなくなったというのもあるし、やはり大きなターニングポイントだ >>97->>99
ああ、なんだそっちかい!W
俺はまたてっきりサンデーサイレンス産駒みたいに競馬のレースの中身的な変化のことかと思ったわW
つーか、お前けっこうまともなことを書ける人間ジャマイカW
いや馬鹿にして悪かったな 謝るよ 勘弁してチョンマゲ 英国セントレジャーが出来た頃。
エクリプスみたいに6歳デビュー、7歳がピークとかの頃はまだ近代化してないイメージ。 グレード制が確立したルドルフ3歳世代から
秋天の2000化も ハイセイコー
グレード制
オグリ
サンデー
他JC創設 シンザン TTG
日本競馬ならこれのどれかが有力だな
シンザンやTTGは手記とか読む限り特に大きな転機にはなってないだろう
この中ならオグリ時代の変化が顕著
次点でグレード制導入 紙じゃなくPCのデータベースで管理するようになってから >>110
日本に限定するなら
1860 居留地競馬の始まり
1862 日本初の競馬主催団体創立
1870 日本人主催の洋式競馬が初開催
1954 JRA創立
1971 活馬輸入自由化
1983 内国産過保護時代の終焉
1984 グレード制導入
2007 パートT国昇格
この辺のどこかだろう
正直ハイセイコーだオグリだみたいな個別の馬は関係無い ルドルフが近代競馬の申し子と呼ばれていたからそれ以前からだろな パートI入りの20100年が大きな節目やろうな。
それまでの自称G1なんてなんの価値もない。 >>112
個別の馬の影響力を舐めない方がいい
サクラバクシンオーで短距離路線のさらなる整備を、
ホクトベガでダート路線のさらなる整備を、
マルゼンスキー、エルコンドルパサーらの存在によって外国産馬の解放を
それぞれなされた
傑出した競争馬の登場は体制の変革を大きく促す >>119
その程度の変更で近代競馬の始まりとか言われても
あと勘違いしてるみたいだけどマル外の開放は91年からの規制緩和5カ年計画の流れだから
エルコンもマルゼンも関係無いよ、と言うかそもそもマルゼンはマル外じゃないしな >>120
冗談でいってるのか?
マルゼンスキーは○外だぞ マルゼンスキーのダービー出走できない哀しみによって持ち込み馬が○外ではなくなり、
エルコンドルパサーらの活躍によって○外がクラシック・天皇賞への出走が可能になった
ファンが○外も出走させろ戦わせろと要望したからだわな TTGらの活躍によってJC創設への機運が高まり、
フジヤマケンザンの香港制覇によって海外遠征への補助金をという流れになった
どの時代も傑出した馬の活躍がボトムアップ的に変革を促している
決して上が決定したトップダウンによってのみ組織が動いているわけではない あと有名なのがオグリキャップだ
オグリはクラシック登録していなかったので三冠に出走できなかった
これを問題だとみなしたので後からでもクラシック登録できるようになった
このように傑出した馬の存在が組織のルールを変えてしまうんだよ オグリの一番の功績
それが競馬をマイナーなものからメジャーなものに変えた だ
これだけはちょっとやそっとの変革でできることじゃない ワンダラーでやってたじゃん、横浜にある競馬場ができた時でしょ JRAホームページより
>近代競馬発祥の地、英国
今日、世界各国で最も人気のあるスポーツのひとつとして親しまれている近代競馬の形態が整えられたのは英国です。
そして近代競馬の歴史はそのままサラブレッド改良の歴史ともいえるでしょう。そもそもサラブレッドとは英国在来の牝馬に、
東洋から輸入したアラブなどの牡馬を交配し、幾世代にもわたる改良を経て、つくり出されたものです。
英国では競馬のことを「スポーツ・オブ・キングス」といいます。その言葉どおりかつての王侯貴族を始めとした有力者がみずから馬を持ち寄って競馬を行い、
成績優秀な馬を残して仔をとっていったのです。18世紀以来、英国ではサラブレッドについての正確な記録が残されるようになりました。
1793年には387頭の牝馬の繁殖成績を記した『ゼネラル・スタッドブック』(血統登録書)の第1巻ができあがり、
以来今日まで4年ごとに刊行されています。つまり、サラブレッドほど系譜の整った動物は、ほかに類がありません。
この系譜の整ったということが、今日の優れた競走馬・サラブレッドを生み出す大きな要因になっています。
また、これより少し前、1773年からはサラブレッド1頭1頭の競走成績を正確に記録した『レーシング・カレンダー』が
毎年刊行されるようになりました。血統書と成績書、この2つの記録が整備されている以上、いつの時代のどの馬でも、
その成績、血統はわかります。英国の競馬を移入したどこの国も、その伝統にならい、血統書と成績書を出していない国はありません。
従って18世紀だろ。 根岸で競馬が始まった頃、150年前っていうのは
日本において近代競馬が始まった時期な。 >>133
まだ侍が大半を占めていた時代
感慨深いなぁ >>127
オグリに加えちょうどいいタイミングで武が出てきたのも大きい 種馬の輸入が解禁されてライジングフレームがクモハタに代わってリーディングサイアーになった頃 日本ダービー創設かな
バンザイ、ハクシヨウ、ナスノとカブトヤマ、ヒサトモ、クモハタでずいぶん馴染みが違う
種牡馬でいうとガロン、チャペルプラムプトンとトウルヌソル、シアンモアでやはりずいぶん馴染みが違う
伝えられてるエピソードもダービー以前と以後で全く量が異なる >>30
過去の名馬の遺骨調べて全部TTでしたって言ってたけど、調べたの全部長距離馬だったからな
現代でも、ガリレオ、モンジュー、ディープ全部TTだし
19世紀にも短距離戦はあったわけで、その勝ち馬も調べて欲しいわ。遺骨残ってなさそうだが 日本競馬の時代区分を考える良スレなんだが、
しかしこれは>>1の設問がおかしい
「近代競馬」って言えば
俺もよくしらんが、幕末とか明治とか昭和戦前とかにはじまったもんで、
ハイセイコーだのルドルフだのオグリだのサンデーだの、
そんなごく最近の馬の出る幕じゃない
>>1の設問に近いのは「現代競馬」だな >>146
これだと根岸競馬場の開催からじゃなくその前の横浜新田競馬場の開催、
特に英国式ルールでやった秋の開催が起点なんだろうな 世界的には近代競馬っていうのは第1回ダービーが開催された18世紀末以降だったはず 日本における現代競馬の始まりはシルバーランドが芝2000mで初めて2分の壁を破った1974年以降だと思う >>149
第1回ダービーって当時のイギリスジョッキークラブ会長の名前を付けようとして
「こんな片田舎のショボレースに自分の名前を使われるのは嫌だ」と拒否られたレースだからな
後付けの価値観で近代競馬のマイルストーンみたいに語るのは浅はかだよな 近世→ノーザンテースト導入(1975)
近代→サンデーサイレンス導入(1991)
現代→アグネスタキオン種牡馬リーディング(2008)内国産全盛期へ >>152
国営競馬ってのは太平洋戦争が終わってからの数年の話ですな 日本の競馬の歴史は大まかに
居留地競馬時代(1860〜1880年代?)
皇族・華族の社交場時代(1870年代〜1880年代)
公認競馬時代(1906〜1936)
日本競馬会時代(1936〜1948)
国営競馬時代(1948〜1954)
日本中央競馬会時代(1954〜) >>151
3歳馬限定ので当時としては短距離戦1発勝負という点で画期だったんじゃなかったっけ
セントレジャーもあったけど ところで欧州でG1優勝したのって98年だけど
実際はこのレベルの馬なら勝てたって時代はあったのかな?
1、TTGやマルゼンスキーの(70年代)で既に勝てた
2、故障しなければルドルフの頃(80年代前半)なら既に勝てた
3、オグリやタマモの頃(80年代後半)なら既に勝てた
4、御三家登場頃のテイオーやブライアンの頃(90年代前半)なら既に勝てた
5、現実に勝った御三家&マル外全盛の(90年代後半)でないと勝てなかった
どれ? ジャパンカップを作って惨敗した時から日本の近代化が始まったのだと思う
井の中の蛙から世界を意識する事になった >>158
既にセントレジャーが存在していて更に向こうの方が圧倒的に大レースだった時点で何ら画期的な要素なんて無いよ
そもそもセントレジャーどころかオークスの方が先だからな
創設当初はオークスの牡馬版という扱いだった訳で 一般的に、欧米人が伝えた競馬が近代競馬と言われているな。
120年前くらいからだろう。 明治維新後→近代 第二次世界大戦後→現代
あと半世紀もすればバブル崩壊以降あたりが現代でそれ以前が近代になるんじゃないかな >>144
ザテトラークとかボールドルーラーとか調べてほしいものだ。 トレンドってかレース形態な。
興行的に短距離メインの方式のほうが誰にとってもメリットがあるので。 >>173
ネアルコの登場で短距離メインの方式に切り替わったというならともかくそんな事実は無いからな 短距離メインの施行になってそれに適応する血統が生き残った。 古代:シンボリ、メジロとかいうのが活躍
近代:社台・ノーザン両雄時代
現代:ノーザンファーム一人勝ち >>175
ネアルコでもザテトラークでもボールドルーラーでも良いけど出現前に短距離メインの施行になった事実はあるの?
更に言えばそれだと転換点は短距離メインの施行になった事であってネアルコだのザテトラークだのは単なる結果でしかないよな 近代競馬の結晶ディープ!ディープ!ディープ!
サトノダイヤモンドにディープアンチぼこぼこにされてるwくっさ〜w
ここでとどめの実際の目撃した報告をw
この前アンチディープが泣きながらブリブリもらしながらで「ディープ失敗!ディープ失敗!」とさけでるのを見たw
みんなで大笑いしたw >>177
だからそう言うてるのだけど君はコミュ障なの? ビワ、チケット、タイシンの四歳三強クラシックくらいかな?
四歳だぞ! >>179
元々ネアルコとか個別の馬の名前を挙げてるのに対する突っ込みだからな
それに対してお前さんが明後日の方向の話をしてるだけじゃね?
始祖とか言うならそいつの存在から物事が動いてなきゃおかしい訳でお前さんの主張は真逆なんだよ >>182
もとからそんなこと俺は主張してないから人違いの藁人形なんだよなあ。 元々>>171と>>172のやり取りに馬鹿が>>173で横から絡んできた
それだけの話 >>185
その後の>>179だの>>183だのを見れば馬鹿だと本人以外は誰でも分かる
よく読み返してみたら? >>186
誰でもわかるならちゃんと言葉で説明できるわな >>187
はあ、馬鹿は面倒だな
他人のやりとりに勝手に絡んだ挙句レッテル貼りの>>179
勝手にやり取りに加わって勝手に俺は主張してないとか言い出す自意識過剰の>>183
これを馬鹿だと言わずに何を馬鹿と言うのか
少しは頭使え ネアルコがスピード化を進めたという171に対して誰も同意してないのに、
同意したと誤解した馬鹿の174に絡まれただけということが普通に読めばわかるわな 匿名掲示板で勝手にやり取りに絡んだとか言ってるのが馬鹿だわな。
フェイスブックでも行けば? >>190
馬鹿だな
>>172は>>171に対する反論なのだからその>>172に対する反論は>>171に同調したと取られるのは当たり前の話だわな 172に対する反論だと思ったのはお前だけだと思うよ。(笑)
レース形態が変化したからと書いてるんだから。
コミュ障でしょ?(笑) スピード化はトレンド(流行)というよりは、興行的、血統選定的な実利に基づくものでしょうかと指摘したわけ。
ヒートや超長距離は馬の消耗が激しくて若駒を使えないからね。 前近代末期:栗東販路導入
近代化の始まり:サンデーサイレンス導入
高度成長開始:ディープ産駒登場、外厩本格稼働、ハイレベル輸入繁殖激増 >>196
それは競馬のレベルの推移だな、競走馬のレベルの歴史なのか
JRAの歴史なのかってところだな オルフェ以外はサンデー孫よりサンデー直仔の方が強いだろ
日本競馬のピークは御三家とマル外全盛の90年代後半だろ >>196
SSは素晴らしいし日本競馬の転換期でしょう確かに
でもディープは世界中で不評だからそんな歴史の転換期とかはちょっとね〜
世界中で世界遺産の名牝が何故ディープ何それ?みたいなのと配合しないといけないの?だよ
産駒成績だって社台と他場との圧倒的な差とノーザン内での圧倒的な優遇(繁殖・育成する人材)
だけの差でしょ!実際ディープが優れているわけではない(エイシン・マカヒキが世界で証明)
もうちょっと日本内の偏った見方だけでなく世界の評価も考慮しましょう >>200
要約:ディープが憎くて憎くてしかたないです すまん
日本だと、ナスルーラの孫が種牡馬で次々と輸入された頃かな
ネヴァービート、シプリアニ、ダイハード、テスコボーイ、ファバージなど 昨日、栄光の名馬たちでスズパレード見てたけど、昔の馬でも強い馬は今と変わらないんだな。
不思議な気持ちになった。 世界最高峰のレースがパリ大賞典だった時代
↓
世界最高峰のレースが凱旋門賞だった時代
↓
世界最高峰のレースがなくなった時代 居留地で競馬が始まったころから帝室御賞典が創設されたあたりまでのどこか SS産駒>>ディープ産駒
BT産駒>ディープ産駒
TB産駒≧ディープ産駒
SS産駒≒ディープ&キンカメ&ステゴハーツ以外のSS産駒種牡馬
BT産駒≒ステゴ&ハーツ産駒
TB産駒≒ハービン&その他輸入種牡馬
これだけ揃ってようやく御三家と互角
種馬が小粒化してサンデー直仔の縮小コピーばっか TB ジャングルポケット
BT ナリタブライアン
SS ディープ、スズカ、スペ、タキオン
DI エイシンヒカリ
SS系 ブエナ、オルフェ、ゴルシジャスタ、キタサン
その他 ルドルフ、タマモ、オグリ、マック、ライス、ビワ、アマゾン、ローレル、シャトル、グラス、エル、オペ、クロフネ、クリ、ウオッカ、ルーラー、エピファ、モーリス
当たり前だが、その他が一番層が厚いぞ。まあエピファやモーリスにもSSの血入っているけど 96天皇賞秋
1〜3着まで御三家産駒か持ち込み馬で父、母父とも海外で認められるレベルの馬
4着が御三家産駒で、母父がそれ以前のレベルの馬
サッカーボーイ産駒やアンバーシャダイ産駒が勝負にならなかったレース
従来の血統レベルのゴーゴーゼットやベストタイアップがG3クラス
最高クラスのサンデーと従来の血統レベルのあいの子がマーベラスでG2クラス
海外でも父、母父とも通用するバブル、トップガン、ローレルがG1クラス サッカーボーイ産駒がその後にナリタトップロードやヒシミラクルでSS系や持ち込みやらと勝負になってるじゃん 1996年はターニングポイントだったな
あの年以降大きな変化はない >>214
ゴーゴーゼットやベストタイアップとあの差ではローレルやトップガンはテイオーや
マックイーンに優位性を示せないって分からないとだめだよ。
G3のレベルが3年で大きく変わると思うの? 同じ馬がたくさん走り続けてるのに。 武豊がデビューし栗東に坂路ができたあたりから競馬が変わってきた ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています