スダホークって馬
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現役時代知らないが宝塚3着が謎
まあ相手が弱かったんだろうな そんなあなたにウイニングポスト8
初プレイでスダホークで凱旋門賞取りました 昭和60年の菊花賞、ミホシンザンとの
枠連1点買いだったから外から
突っ込んで来た芦毛の馬体には
思い入れが有ります、16歳の秋でしたwww 現役時代知らんが今で言うとヤマカツエースとかステファノスみたいな感じ? >>8
ヤマカツエースより強くステファノスより弱い シーホークはオモロイ種牡馬だったよな。アイネスフウジンみたいな分けわからん馬出すと思わんかったわ。 馬主が亡くなったときに持ち馬を無料で引取り手を探してた
親父がスダリーフを貰うか悩んでたけど断った
貰っておけば良かったのに…… シーホークって当時種付け料どんくらいだったんや?
GI馬三頭くらい出しとるやろ 明け4歳からの3戦はブイブイ言わせてたんだがな
田原とのコンビで華もあったし
しかし春天で一気に駄馬化したかと思えば引退までソコソコ頑張ったんだよな >>22
たしか250万円くらいだったとおもわれる
写真見ればわかるがすごく馬体のいい種牡馬だった 蹄が弱くてレースの度に出血してたとか、昔何かで読んだ記憶が ごく普通の個人馬主さん(歯医者さん)で、最後まで大事にしてくれて、穏やかな余生を送ったようで良かった。
長く良い足を使うタイプで、一瞬のスピードは無い。
単枠で敗戦の春天は、調子落ちもあったと思うけど、この馬の適性距離よりは少し長かったのじゃ無いかな。
シーホークだし、ダービー・菊2着からステイヤーと言われてたけど、2400〜3000くらいで好走する馬って感じ。
G1二着、G2.G3勝つ馬。ウィンバリアシオンみたいな感じだねw
性格も大人し目でパドックでも静かで闘志みたいなの感じないのも似てるかも。
芦毛で目立つし、人気はあった。 シーホークの血統も消えてしまったのかな?
アイネスフウジンの産駒で牝系で何か残ってるのかな? アイネスフウジン産駒の牝馬だとファストフレンドだな
どうなってんのかね? >>36
ファストフレンド→ファストメモリー→エターナルメモリー(父親不明)で繋がってるね >>21
エイシンサンディなんかをつけてその種の最高傑作のセイクリムズン出しちゃうんだが >>41
夜這いされたとか?
馬主の名前も無いし、生産者名しか出てないってことはまだ売れてないってことなのかな そういえば、スダホークは誘導馬の話も来てたようで、馬主さんも迷ってたんだとか。
結局、スダホークの子供が走るのを見たいから、というので種牡馬にしたらしい。
大人しい馬だったし、引退時は真っ白だったから、誘導馬には最適だったかもね。 天皇賞1.5倍の馬が何でステファノスごときより下に見られんといかんのだ プリティマッハかな、オープンまで行ける可能性があったのは。 京都記念勝った時の実況
「 盾を求めて飛来した東の白い鷹〜! 」
って言うフレーズがかっこよかった記憶 AJCC→京都記念→サンケイ大阪杯の時点でお釣りなしだったように見える
そうじゃなきゃ2000短い馬が2000でサクラユタカオーより1kg重いハンデ背負ってクビ差なんて事できないだろうし >>55
還暦クラスならTTGとかハイセイコーageだろ >>19
シーホークは潰れたよ。
今はヒルトンになっている。 デビュー戦ではサザンフィーバーに千切られた
ジュニアCでそのサザンフィーバーに初めて土をつけたのもスダホークだった サザンフィーバーってスプリングSで逝っちゃった馬だよね? >>65
キミなかなかセンスいいねW ヤマカツとかステファノスとか全然タイプがちげーからW
しかしスダホークの世代、いわゆる「ミホシンザン世代」は本当に面白い馬が揃っていた・・
俺はこの当時の競馬が一番面白かったと今でも思っている
ネットで調べないでも「ミホシンザン世代」の馬はこれだけの馬名↓がスラスラと出てくる・・
ミホシンザン、シリウスシンボリ、スダホーク、スクラムダイナ、クシロキング、サクラサニーオー、サクラユタカオー、
タイガーボーイ、ブラックスキー、グリーンカップ、ランドヒリュウ、スピードヒーロー、ビンゴチムール、
ロンスパーク、ダイヤモンドラーン、ロードキルター、ハマノキャプテン、そしてサザンフィーバー(涙)・・・・
↑18頭か・・・
このモグラにして、調べないで同一世代でこれだけスラスラと馬名が出てくるのはこの世代くらいである・・・ 今ネットで調べたら、まだまだ個性派たちがいたいたW
モンテジャパン、スーパーグラサード、トレードマーク、ストロングアロー、アサカサイレント、コランダムetc・・
本当にこの世代は役者が揃っていたものだ・・・ 関西によく来ていた馬
春開催移行最初の阪神大賞典にも優勝。 スピードヒーローがいてフリートホープが居ないとは(`・ω・´) >>1
ほとんどのレースで大外ブン回しだったから岡部が乗れば1つぐらいG1獲れたかな?(笑) >>69
いやネットで調べた時に「ああ、これもいたな・・」と思ったけど、あえて>>67の追加の馬たちの中に入れなかったんだよ
何故ならフリートホープという馬はほとんど印象に残っていないから・・
少なくとも>>66と>>67であげた馬たちには1頭1頭がこのモグラの脳裏の中に何らかの思い出が残っているんだよ
一番好きだったのは「タイガーボーイ」かな・・
何つっても名前がカッコよすぎるW 「タイガーボーイ」だぜ?
タイガーボーイ成績http://ahonoora.com/tiger_boy.html
皐月賞までは凡庸なオープン馬でしかなかったが、夏を越して超絶怒涛の本格化!!
マーガレット賞を脅威の大差勝ちすると、3歳の身で臨んだ函館記念であのウインザーノットに惜敗の2着
そして次走のセントライト記念において、あのミホシンザンを撃破! そこで絶超期のまま引退!
今も脳裏に残る、函館記念におけるウインザーノットを追い詰めた怒涛の追い込み末脚 わずかに届かなかったが・・
あんな凄い追い込み末脚は、このモグラにして、その後約30年経った今でも見たことがない・・ 牝馬はエルプス、タカラスチール、ノアノハコブネ、ユキノローズ 懐かしいスダホーク
ミホシンザンとスダホークがあの世代じゃ一番好きだったわ
常にミホシンザンの脇役だったけど
ラストランの宝塚、仕事人田島良保で外から追い込んで3着は感動したw >>71>>72
どういう馬だったのかすぐに思い出せない馬もいるけど、牡馬の名前はほとんど記憶に残っているなあ
牝馬は、全然覚えていなかった。ユキノローズだけ覚えてる
そういえば、やっぱシーホークで、ジュサブローってのが居たなあ。 ジュサブロー、管理調教師が本気でJC勝ちに来た馬だったらしいね
坂本敏美を乗せて出走させたかったが前年の事故で首から下がほぼ動かなくなって騎手引退してた
その管理調教師をして「同じ東海公営生え抜きならジュサブローより強い」と言わしめたのがゴールドレツト
初代JC地方代表馬になるはずだったが脚元の不安が出て出走断念 スダホーク血統
http://db.netkeiba.com/horse/ped/1982100749/
↑クッソ、クソクソワロタWWW(良い意味で)
スダホークって、父シーホークの父がエルバジェで、サンインロー系のコッテコテのステイヤー血統だし
おそらく母系も鈍重な、いわゆる昔の日本馬に多かったステイヤー×ステイヤーの脂っこい血統
なんだろうな って思って今確認してみたら、母父ファーザーズイメージじゃねーかW
ファーザーズイメージって、ヘイローの半兄だからなW しかも父はあのスワップスだW
で、スダホークの血統にはこれ以外にもマームードやブルーピーターのクロスが掛けられている
これらは全部アメリカのスピード血統の要素である
昔の馬産の人たちって、良く考えたねりにねった、こった配合をやっていたんだな・・
こういう配合見ると、最近の競馬板でよくいる「昔の日本馬なんて駄血統ばっかだろw」
とかホザいてるニワカが馬鹿にしか見えないんだよな 当時、錦糸町ウインズでシリウスシンボリースダホークの1点買い10万円の勝負に出たオジさんがいたな
懐かしい… スダホーク 大好きな馬
最後は病気で死んだけど、余生もちゃんと送れた >>72
エルプスは実は相当強いマイラーだったよね
タカラスチールが一度も勝てんかった ジュサブローの勝ったオールカマーは、
地方応援している人たちからしたら忘れがたいだろうな
1,3,4着という結果だけでなく、当時の南関最強テツノカチドキ、カウンテスアップ
最下位だったけど勝ちまくっていたカンテツオー 中学生でこの馬を見に天皇賞の京都まで行ったみたいだぞ須田は
そんなことに金出してくれる寛容な親でよかったな カウンテスアップが何かのゲームでアメリカだがドバイのG1勝てる能力設定だったな エルプス・・・
もしも街で見知らぬ人から、「現代に蘇らせたい牝馬を1頭あげよ」と言われたら、
このモグラはまごうことなく「エルプス」をあげるであろう・・
ていうか、もしも現代にエルプスが存在していたならば、競馬板はそれこそエルプスヲタでごった返していたであろう・・
「パッとしない血統」・「新馬戦の人気から完全な叩き上げ馬」・「でも名前が良い」・「脚質=逃げ」←ここ最重要※
民衆から支持されうる人気馬となるであろう要素を、ほとんど全て兼ね備えていた牝馬であった・・
特筆すべきは、逃げ脚質なのに強いマイラーであったということだ
マイルというレースはレースレベルが上がるほど逃げ馬にとってキツい距離である
なのに、エルプスのマイルにおける強さは本当に本物であった
その華麗なる逃げによって、同期のエリート・タカラスチール(マイルCS勝ち馬)を3歳時に悉く封じたのはまことに痛快であった・・ おまえと違って俺はサクラサニーオー、タカラスチール派w
ちなみにタカラスチールの関屋記念は吉沢なw >>89
いやサクラサニーオーは俺も好きだったわな だって名前がカッコいいからW
しかもこの世代で最初に一番のエリート馬だと認識出来たのがサニーオーだったしな
確か朝日杯も1番人気だったよな?
そうこうしている内にサクラユタカオーってサクラの馬がもう1頭いて、
実はこっちのほうがあらゆる意味ではるかに大物だったというオチな・・W
ちなみにサクラなんとかオーって名前のつけ方は、この世代が最初だったと記憶している・・ WWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
「ほら見ろ↓このサニーオーのデビューからの人気・成績のエリート感」
http://ahonoora.com/sakura_sunnyo.html
って思って、ふと血統を確認したらサニーオーの祖母ってスワップスの全妹じゃねーかWW
どんだけだよ、ったくWWW 巨泉がサニーオーはグッドルッキングホースだがスワップス系は一本調子だから多頭数のクラシックは?
って言っててその通りだった。
けど秋天でシンザン、ユタカオーがいる中本命にして嬉しかった覚えがw スワップスの全妹のアイアンエイジはサクラサニーオーの2代母であると同時にトランセンドの4代母でもあるんだな
ほんとに血統って馬鹿に出来ないもんだな・・ なぜアサヒエンペラーが出て来ないんだと思ったら一つ下だったか サクラサニーオーもアサヒエンペラーも好きだったな
エンペラーはまだ存命らしいけど、サクラサニーオーは種牡馬を辞めた後はどうだったのかわからない >>73
あれは本当に凄かった。
当時最高潮のタマモクロス、ニッポーテイオーに続く3着だから、引退がもったいなかった サクラユタカオー、サクラサニーオー、サクラエクスプレスは境勝太郎厩舎の三羽烏と言われてた
この世代の新馬一番最初の勝ち馬も境勝太郎厩舎のサクライチボシで、逸材揃いのハズだったが… >>66
トウショウサミットとニューファンファンも加えておくれ。 >>88
そもそもエルプスを管理してた久恒厩舎は安馬ばかり管理してて、中には当時としてもニューギャロップとか珍しい血統の馬が居たりしたよ >>102
この馬が勝った阪神3歳ステークスで一番人気だったニシノバルカンはホウシュウエイトの産駒だった
残念な事になったけどね… >>101
トウショウサミットかぁ
最初東京サミット?って勘違いしたw
主戦の中島啓之ジョッキーが癌に冒されながらもダービー出走したんだよなぁ
ホントこの世代の面々は何か面白かったw 当時も地味に人気あったけど今の時代ならさらにファンから愛されていたはずの馬 >>94
アサヒエンペラー:主な勝鞍 若竹賞
サウンズオブアース:主な勝鞍 はなみずき賞 実は最強世代説あり
明け5歳(今で言う明け4歳)の春だけで、金杯、AJCC、日経新春杯、目黒記念、小倉大賞典、ダイヤモンドS、京都記念、中山記念、スプリンターS、中山牝馬S、大阪杯、鳴尾記念、天皇賞春、新潟大賞典、エプソムC、宝塚記念と、ほとんどの重賞をこの世代が制覇。
古馬になる前の4歳秋でも、オールカマー、ウインターS、牝馬東京タイムス杯、愛知杯などを勝っている。
世代混合になってからはミホシンザン世代だけ買えばいい状態だった。 >>108
こんな重賞独占したのはこの世代だけだな この時代の馬のほうが個性豊かだった気がするのは、
いろんな血統が居たからだろうなあ。 サクラサニーオーね。
良血でグッドルッキングなのにどこか間抜けな雰囲気があって面白かった。
自分的には、ダイワメジャー見た時雰囲気かぶるなあと思ったので、
ダイワメジャーが、あんだけ成績残したのは、意外だったw スレ違いな話題になるけど、今年の3歳、いろんなタイプが居て、
この世代のワクワク感とちょっとかぶるよ。
この時期だと、
府中3歳:シリウスシンボリ
阪神3歳:ダイゴトツゲキ
朝日杯:スクラムダイナ
シンザン記念:ライフタテヤマ
・・ミホシンザンはまだ新馬勝ちしたばかり、スダホークは3着(1着サザンフィーバー)〜1着の後、葉牡丹賞勝った。
この後、
京成杯:サクラサニーオー
共同通信杯:サクラユタカオー
弥生賞:スダホーク
スプリングS:ミホシンザン http://ahonoora.com/suda_hawk.html
スダホークの全レースの成績見れるのはここくらいかな
レースのリンク見ると、色々な馬が出てきて懐かしい 道悪上手のジョーダッシュ
ダービーで、ただ一頭最内を走る
鞍上花松 リアルで見た世代だが、ミホシンザン応援してて
スダは詳しくない
弥生賞も見てないかも……初心者の頃で
まあダービーも菊も2着で頑張った方だよ
ただ主役にはなれなかったな 連投?スマソ
>>113
個人的には、翌1986年組の方が混戦で、
バラエティに富んでた印象が強い。
フレッシュボイスが大好きだった。
1985は、ミホとシリウスの2強だなあオレには…
直接対決はなかったようだけど >>119
ええっ…。逆だよ、逆。
そういや何かの読本で、須田孝雄が悲惨な産駒状況を嘆いていたことを思い出したわ。
スダフォコンとかまだ覚えてるよ。 豚はスダホークの後に生まれた産地偽装のコピー商品みたいなもんだ >>118
二頭が三冠皆勤しても結果同じだろうね、ダービーはシリウス。
重だし >>108 \(・ω・) これ。
昨日ふと考えたんだけど、「何で俺はこの世代だけ妙に印象に残っているんだ?」
と思ったら結局>>108なんだよな
とにかくこの世代は異世代相手の重賞を勝ちまくったんだよな?
で、このレベルが非常に高い世代の中でも頭一つ抜け出していたミホシンザン
で、このミホシンザンは3歳時の有馬において、1歳年上の皇帝ルドルフと初対戦した
その結果は・・・・ 既にご承知の通りである・・
『馬なりで子ども扱い・・』
強い強い3歳世代の大将格であるミホシンザンが、皇帝シンボリルドルフの前に、な〜んにも出来ずに、
影さえ踏めずに一蹴されてしまった しかも岡部はルドルフに一度も鞭を入れていない・・
シンボリルドルフという馬は、本当はどこまで強かったんだろう・・・ >>113
2年続けて3冠馬が出たあとの世代だったから余計に熱かった >>108
こんなに重賞勝ちまくるのはこの世代だけだよ
スダホークはもっともっと評価されるべき馬 何で関西騎手が主戦だったの?関東馬なのに
当時は珍しいよね 田村騎手ってけっこうイケメンだったよね。
優駿で見た時びっくりした。 >>122
かもね。
馬券は1986からなので1986が忘れなれない
スダホークはまあミホ以外では応援してたし
宝塚でもっと上にいってほしかった
同じ芦毛でも何故かタマモクロスは応援できなかったから… >>129
春天皇賞、オヤジとスダホークめあてで東京から見に行って、パドックで
タマモクロス見た時、なんじゃこのドブネズミみたいな馬は・・と思ったw
スダホークも馬格のあるほうじゃ無いけど、タマモクロスはもっと貧弱に見えた。
同じ芦毛でも、タマモクロスは、見た目が汚いんだよねw
こん時はスダホークは4角で3番手につけたが、まさに並ぶまもなくタマモに抜か
れ、そのままバテでずるずる下がって終わり。ドブネズミ・タマモのフォームは
独特で、すげー魅力を感じた。後になって思えば、この頃がタマモクロスの
パフォーマンスの最高時期じゃないのかな。今思うに、いいもん見せてもらった。
宝塚は見に行けなかったけど、スダホークが3着に入った時は実にうれしかった。
タマモの1着も納得だったし。
ルドルフがミホシンザン以下を子供扱いした有馬も見に行ってる。
スダホークは4着。ルドルフ>>>ミホシンザン・ニシノライデン>>スダホーク・
ギャロップダイナ・・という感じの入線で、当時の中距離の実力そのままじゃ無い
かな。
ルドルフはパドックでの威圧感がハンパじゃ無かった。のっしのっしと偉そうに歩く。
こっちがルドルフだ、と思って見てるせいもあるんだろうけど、馬にもオーラがあるん
だな、こういうのが強い馬というんだな、と幼心に刷り込まれた。
・・で、タマモクロスは真逆だったから、こういう強い馬も居るんだな、馬にもいろ
いろあるもんだと、自分の思い込みを修正したもんだ。 >>124
有馬の追い切り真ん中ルドルフ、両サイドにスダホーク、サニーオー。
まるで水戸黄門だって言われてたw >.>132
ごめん間違えて送信してもうた
タマモは使い方が気にいらなかった
1987の有馬とか、出ようと思ったら推薦で出れた筈と思うので…
夢がないなあという印象で、反感を覚えたから…
1986の秋天、1987の春天はライブで見たよ。
1986はミホシンザンの負けに泣いた(毎日王冠では新聞紙?投げつけられ可哀想)。
1987はニシノライデンが斜行したけど、何があったのか、最初はよく分からなかった。
初心者の頃の方がライブが多いな。1987は有馬も見たし。 デビュー戦は文化の日
アテイスポート(前年菊花賞3連勝をかけて菅原泰夫が乗った馬)が平場の最下級条件の
ダート戦で単1倍台で飛んだ
東京障害特別でダービー3着後未完の大器と言われながら大成しなかったテイオージャが
障害転向後3連勝を決め重賞初制覇、もっともこれが最後のレースになった
メインは準オープンのノベンバーS 断然人気のサクラガイセンが勝ったが、
直線斜行により小島太は騎乗停止になった 俺も兄貴が秋天の馬券買いに行くからと淀についていったら丁度パドック歩いてて
牛みたいにトロトロ歩いてる馬居てるなと思ったら1.7倍ぐらいのダントツ人気でなんでやねんと思ったら
レースでは直線ブッチギリの楽勝でビックリした、それがタマモクロスの藤森特別、秋天のほうはニッポーテイオーが圧勝し、その後無双状態だったが
半年後そのタマモクロスに宝塚記念で一蹴され、ここで東西政権が変わった 平成になって連続してダービー馬を出したり
シーホークは傍流な血なのに頑張ったのですね
その父エルバジェは有力馬の片隅に時々見かけたりする血統なので
シーホークも牝系に回っても日本競馬に影響力を与えられる血だったでしょうに >>139
シーホークの血統って、今の感覚で見ると傍流っぽく見えるかもしれないけど
実は当時はバリバリの欧州の人気血統だったんだよね 父のエルバジェがね
このエルバジェの血ってのは、本当に本当に優秀希に見る秀逸な血筋であって
当時、父系としての大成功はもとより、母父としても後世に多大絶大なる影響を残している
父:ブラッシンググルーム×母父:エルバジェからはレインボククエスト
父:ヘイロー×母父:エルバジェからはグローリアスソング、デヴィルズバッグ、セイントバラードの姉兄弟が出ている
グローリアスソング(米G1・2勝の名牝でグランドオペラ・ラーイ・シングスピール兄弟の母、更にダノンシャンティの祖母)
デヴィルズバッグ(米G1・2勝、タイキシャトルの父)
セイントバラード(米リーディング種牡馬)
父系としてのエルバジェ系からはモンテプリンス、アイネスフウジン、ウイナーズサークル、アサヒエンペラー、バンブーメモリー
など、とにかく血統的活力が凄い 歴史に残る名血であった 昔さんまの番組でナリタブラリアンにぶっちぎられてたな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています