どんな質問にもマジレスするスレ
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1981年 毎日王冠 ジュウジアロー
https://youtu.be/L2ATZHrzQV8?t=97
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街灯みたいのがあるんだけど
今でもあるの?結構な度合いで映ってたんかな? >>4
ナスルーラ
ナスルーラとは、20世紀最高の種牡馬になりそこねた大種牡馬である。 最近おぺにぺにの勃ちが芳しくないけど亜鉛食っときゃええんかの? >>7
1966年の菊花賞など、中央競馬で重賞4勝を挙げた。名種牡馬モンタヴァルの代表産駒であったが、
1967年の天皇賞(春)で発症した骨折が原因で死亡した
寺山修司が愛した狂気の血統・モンタヴァルの血を引く馬である。
このナスノコトブキの世話をしていたのが稲葉秀男厩舎の平山勝男厩務員。
まだ若いながらも、馬のことを第一に考える職人気質の厩務員だった。
実は、菊花賞の直前、平山厩務員はナスノコトブキに蹴られ大怪我を負っていた。
しかし、彼は菊花賞当日病院を抜け出し、ナスノコトブキを大舞台に送り出したのである。
未だ癒えぬ怪我の痛みに耐えながら・・・。
2コーナーの辺りで1頭の栗毛馬が止まっていた。
騎手のいないゼッケンには「3」の数字。
それは紛れも無くナスノコトブキであった。
診断の結果、獣医は関係者に安楽死処分を進言した。
しかし、関係者は種牡馬入りを望み、安楽死処分は見送られた。
しかし、モンタヴァルを父に持つナスノコトブキ。
あまりの苦痛に激しく暴れる日々。
そして、季節は折悪しく梅雨に向け蒸し暑くなっていく時期。
傷口から雑菌が入り、ナスノコトブキの体を侵していくのに時間はかからなかった。 >>7
骨折したナスノコトブキが壮絶な最期を迎えるまで看病に当たったのが他でもない
担当の平山厩務員である。
彼にとって、大レースをプレゼントしてくれたナスノコトブキは全てであった
と言っても過言ではないだろう。
そんな最高の相棒が悲惨な最期を迎えたのである。
平山厩務員は心労から体調を崩し、入院してしまう。
そして、ある日病院を抜け出すと二度と戻ってくることは無かったという。
その後の彼の消息は杳として知れない・・・。
ナスノコトブキの後を追ったという話もあるが、定かではない。
>>8
すっぽんぽんぽん
ガンガレ ノートパソコンとデスクトップどっち買ったほうがいい? >>14
ノートパソコンだけど
キーボードが壊れると悲惨 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています