公認神話で、タイマンでボコボコ・いい所無しの敗残兵の役割を被って、
地元の者(特に神職関係)は汚名を晴らそうとは思わなかったんだろうか?

まったく健御雷神に歯が立たず、一矢も報いず両腕引きちぎられて、諏訪まで逃げて命乞いして止まったのが起源って・・・
あまりにも情けなさすぎる
地元信仰のプライドはなかったんだろうか?
朝廷の権力なんて後々まで続かないし、記紀の扱いへの批判や、従来の伝説や新説なんかを、
もっとアピールする機会はいくらでもあったのに