神聖な、というより「畏怖すべきモノ」の名を直接呼ばないと言うのはすぐれて呪術的、精霊崇拝的感覚だろう。
コトダマの魔力を信じる呪術的感性では、「名を呼ぶ=そのモノを呼び寄せる」、ってことだからな。

来てほしくない恐ろしい(あるいは、嫌な)存在の名指しを避ける感覚は、よくよく考えたら現代人にもあるだろ。古い呪術的感性の名残りなんだよ。
十戒の規定も本来はそうした感覚の名残りとしてあったもので、別に一神教的感覚でもなんでもない。