九州のどこぞで河童の手のミイラを時々公開していた人がいたが、ある時テレビ出演
その際、同席の学者はそれを野兎の前足のミイラと断定
河童の手の持ち主は、その学者をインチキ学者!と大批判
今は昔の昭和のお話