長子・左賢王さけんおうが妙に李陵に好意を示しはじめた。好意というより尊敬といったほうが近い。
二十歳を越したばかりの・粗野そやではあるが勇気のある真面目まじめな青年である。
強き者への讃美さんびが、実に純粋で強烈なのだ。初め李陵のところへ来て騎射きしゃを教えてくれという。騎射といっても騎のほうは陵に劣らぬほど巧うまい。
ことに、裸馬らばを駆る技術に至っては遙はるかに陵を凌しのいでいるので、李陵はただ射しゃだけを教えることにした。
左賢王さけんおうは、熱心な弟子となった。陵の祖父李広りこうの射における入神にゅうしんの技などを語るとき、蕃族ばんぞくの青年は眸ひとみをかがやかせて熱心に聞入るのである。よく二人して狩猟に出かけた。ほんの僅わずかの供廻ともまわりを連れただけで二人は縦横に曠野こうやを疾駆しっくしては狐きつねや狼おおかみや羚羊かもしかや
※(「周+鳥」、第3水準1-94-62)おおとりや雉子きじなどを射た。あるときなど夕暮れ近くなって矢も尽きかけた二人が――
二人の馬は供の者を遙はるかに駈抜かけぬいていたので――一群の狼に囲まれたことがある。馬に鞭むちうち全速力で狼群の中を駈け抜けて逃れたが、
そのとき、李陵の馬の尻しりに飛びかかった一匹を、
後ろに駈けていた青年左賢王が彎刀わんとうをもって見事みごとに胴斬どうぎりにした。あとで調べると二人の馬は狼どもに噛かみ裂かれて血だらけになっていた。そういう一日ののち、
夜、天幕てんまくの中で今日の獲物を羹あつものの中にぶちこんでフウフウ吹きながら啜すするとき、李陵は火影ほかげに顔を火照ほてらせた若い蕃王ばんおうの息子に、ふと友情のようなものをさえ感じることがあった。