>>602
司馬遷しばせんの場合と違って李陵のほうは簡単であった
無理でももう少し早くかねての計画単于ぜんうの首でも持って胡地こちを脱するというを実行すればよかったという悔いを除いては
ただそれをいかにして現わすかが問題であるにすぎない彼は先刻の男の言葉「胡地こちにあって李将軍が兵を教え漢に備えていると聞いて陛下が激怒され云々うんぬん」を思出した
ようやく思い当たったのである
もちろん彼自身にはそんな覚えはないが同じ漢の降将に李緒りしょという者がある
元塞外都尉さいがいといとして奚侯城けいこうじょうを守っていた男だがこれが匈奴きょうどに降くだってから常に胡軍こぐんに軍略を授け兵を練っている
現に半年前の軍にも単于に従って問題の公孫敖こうそんごうの軍とではないが漢軍と戦っている
これだと李陵りりょうは思った同じ李り将軍で
李緒りしょとまちがえられたに違いないのである
 その晩彼は単身李緒の帳幕ちょうばくへと赴おもむいた一言も言わぬ
一言も言わせぬただの一刺しで李緒は斃たおれた