史実を正義−悪という評価軸から語っている場合は語り手を疑ってかかっておくのが無難

人間以外の生物と同様、人間も自分や自分の所属する集団の生存と勢力拡大を求めて行動している
その行動を正当化するために正義−悪という図式から大義名分を持ち出すケースがあまりに多い

戦勝国による史実の解釈もそうだし、敗戦から年月を経た敗戦国による史実解釈の修正運動も同じ
正義−悪という図式を持ち出した時点でコインの表と裏でしかない

さいわい個別の戦役や作戦を対象とする戦史においては、その手の図式が入り込む余地は少ないほうだけどね
それでもゼロにはならないというが何とも・・・