SW正史はルーカスのEP456123で終えるべきだった
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その後何作っても良いけど全部傍流としてやってほしかった 123もいらねーだろ。
あの時点でルーカスは老害化してた。 >>3
全部合わせて1〜2本で良かった
特に1と2は蛇足大杉 EP7以降を作っても正史ではないとしてほしかった
それなら何やってもそんな不快感はない ジャバ・ザ・ハットの中にルーカスが入ってないSWはすべて無価値 7はソロとレイアの子がルークに弟子入りしてジェダイの新世代となる話になるかと思ってたのに… エピソード8、ヤバいな
クソつまらない
30分で限界がきた そうしたらEP7が別に複数あってもいいわけよ
その方がむしろ自由にあれこれ描けるじゃん?
正史を元に色んな作家が思い思いのスターウォーズを描く
スターウォーズの小説とかゲームとかと同じようにね
もう映画もそういう形式の方が似合ってると思うのよ そこはめげずにスカートローズとして新展開をするべきだった。
冒頭に巨大なウンコが出てきてだな… SWはEP456(特別篇含まず)で終えるべきだった しかしアーヴィン・カーシュナーとかリチャード・マーカンドに監督を任せたのは何でだろ?
まさか「ヒットしたら俺様の手柄、コケたら監督のせい」とか思ってたのかルーカスちゃん >>19
ルーカスはコミュ症で有名。同じ技術屋のオタク気質の裏方の人間と付き合うことができても、役者みたいなパリピ系とは合わない。
役者と付き合わなければいけない現場が嫌だったんだろう。
123の役者陣はルーカスがコミュニケーション取らないので自分たちで話し合っと役作りしたんだと。 9見た
映像
新TopガンのPV5分>>>>>9の2時間
脚本0点
なに?魔法で生き返るとか10年前の日本のヲタアニメみたいなバカ脚本 上映前にかかったテネットの訳わからん10分弱のフッテージの方が良かったな
物語は置いとくとしてアクションシークエンスもシリーズを重ねるごとにつまらなくなってないか?
SFアクション映画の王座に座ってたはずなんだけどな エピソード7以降はソロとレイアの子がルークに弟子入りして新たなジェダイの歴史を作り始める修行メインの話だと思ってたんだよなぁ…… 何でプリクエルが叩かれて7が絶賛されたのか分からないんだが
プリクエル駄目な所いっぱいあるけど映画としてつまんない訳ではないじゃん
7は4の焼き直しで退屈なんだけど何で許されたの8は論外として いや4で終わるべきだった
帝国の逆襲以下全て駄作
帝国の逆襲のメカだけは良かったけど 7は4を愛する人にとっての最高の二次創作
二次創作にしちゃよくできてた
あとは推して知るべし >>28
愛してるからこそ焼き直しに耐えられないんだけど
CG以外劣化してるんだが アナキン無能ピエロにしておいて僕のようにバランスをもたらせって言わせるとかプリクエルアンチのオッサン媚びですかそうですか 789の監督やスタッフ達はディズニーに家族人質に取られてルーカスのSWを全て台無しにするSWを続編として作れって脅迫でもされてたのか? 7,9もゴミなのに8のおかげで擁護されるんだからJJライアンに感謝したら アメリカの神話()がソードマスターヤマトかつ背乗りとはね
他人の作品破壊して楽しいかネズミ 8はルークの扱いからして原作レイプのヘイト同人だけど9はスノーク殺されたってメタ的な理由で皇帝復活レイの設定後付けと駄作にありがちな超展開で9のが無理 エピソード10はダークサイドに堕ちたレイが新銀河帝国皇帝となり宇宙を支配
それに対抗する新反乱軍と新たに生まれたジェダイたちが集結して
銀河帝国とレイ皇帝に立ち向かうというストーリー
→エピソード4に戻る >>38
スカイウォーカー背乗りがディズニー版4〜6の為の布石だったなんて
てか生まれに人間性は関係ないんだからパルパティーンでいいだろ >>26
1があそこまで叩かれる理由がわからん
456で期待しすぎて当時叩かれたのはわかるが
いまだに叩かれるのはおかしい
ジャージャーだって作劇上大事なキャラなのに >>40
1の叩きって基本ジャージャーだけどキャラのウザさと話の中身って別だしそういう役目ってだけなのに老害がネチネチ叩いて馬鹿みたい
ルーカスの言うとおり子供には人気だったし 帝国の逆襲の公開直後に死ねばルーカスは間違いなく伝説になれたのに…
スピルバーグが後を継いで続ければそこそこ面白くなったはず
人間、何をやったかよりいつ死ぬかの方が重要なこともある 【何もしない人=授業中寝るか遊び呆ける事しか能のない"自称芸大志望"(笑)のド低脳wwwwwwwwww大場雄太ほど批評家になる】
自分がバカにされないことに意識を集中する。
これが劣等意識がもたらす「引き下げの心理」なのです。
部下の行動、妻の言動、何かのコラムに批評することで
「自分の方が偉いんだ!凄いんだ!」と自分で確認しなければ、気がおさまらない。
だから、良いところより、批判することにのみ、すぐに意識が向く。
なぜ、人を誉めること、よい所を認めることにこれほど、ある人は抵抗感を持つのか。
誉めないまでも、一つの考え方としてとらえる事ができないのでしょう。
演劇や舞台の批評文ばかりを見て、あの舞台はキャスティングミスさ、
台本の流れが問題さと、退屈と苛立ちにアグラをかいて、人を批判するより、
一生懸命作っている演出家や出演者の方が人生を楽しんでいるし、心からの友達も多いはず。
何もしない人ほど批判精神ばかりを育てて、人生を孤独にする傾向があるのです。
批判ばかりがクセになると、自分の小さな行動に対しても「くだらない」「意味がない」
と自分にも批判精神は向いてしまい、自分の前向きなエネルギーまでもが枯渇します♥ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています