徴用工問題 大統領の姿勢を危ぶむ

韓国の国際的信用と日韓関係を損なう危険をどこまで見据えたのか、疑問が募る。

文在寅大統領が日本の植民地支配下での徴用工問題について、韓国人の個人請求権は消滅していないとの見方を示した。両国間の過去の合意を覆す見解である。

この問題を巡っては韓国内で何件もの裁判になっている。大統領発言に呼応する形で賠償を命ずる判決が確定し、日本企業の韓国内の資産が差し押さえられる展開もあり得る。先進国同士では考えにくい事態になる。

発端は5年前に韓国最高裁が下した判断だ。徴用工の日本企業に対する請求権は1965年の日韓協定でも消滅していないとして、審理を差し戻した。

日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民地支配に直結した不法行為が原因で生じた損害賠償請求権は、協定が消滅させる対象に含まれない―。最高裁は判決で述べている。

これ以降、下級審で請求を認める判決が相次いでいる。

「両国間の合意が個々人の権利を侵害することはできない」。大統領の発言だ。最高裁判断を追認した形である。

大統領が言うように、個人の権利は国家間の合意では侵害されないとするのは一理ある考え方だ。例えば独裁者が外国からの援助と引き換えに国民の請求権を勝手に放棄した場合、その行為を是認するのは難しい。

しかし65年の協定を韓国国民の権利の不当な侵害と見なすのは一方的に過ぎる。韓国政府は当時の国家予算の2年分に当たる資金を日本から受け取って経済建設に充てた。そして高度成長軌道に乗ることができた。

韓国は盧武鉉政権のとき無償経済協力に徴用工問題解決の資金も含まれているとの見解を発表している。今になって過去の経緯を無視するのは筋が通らない。

日本と韓国の間には元慰安婦、原爆被害者、サハリン残留韓国人など、解決してない問題がある。苦しみをなめた人たちの痛みをどうすれば和らげることができるのか、国民レベルの確かな和解につなげることができるのか。そこに力を注ぐ努力が両国政府に求められている。

国家の指導者が国民の反日ムードに迎合するようでは、問題解決はさらに遠くなる。

過去の行為が時を超え世代をつないで非難され続ける。植民地支配とは何と割に合わないものかとの思いが改めて込み上げる。

ソース:信濃毎日新聞 8月21日
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170821/KT170818ETI090005000.php