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私は「脅迫の下で交渉はしない」と当時の通産省の幹部とともに交渉の場から引き揚げたことも多かった。しかし多くの場合に日本が妥協したのは米国に安全保障を依存する同盟国であったからである。

しかし北朝鮮や中国はそうではない。

北朝鮮は国際法に違反し、数々の安保理決議にも明白に違反し、核ミサイル開発を進めている訳であり、米国や日本が強硬な立場を貫くのは当然だろう。しかし、相手を締め上げて降参させることができればよいが、北朝鮮核問題の歴史はそれではうまくいかないことを示してきた。

また、現時点の最大の目的はいかにして大きな犠牲なく北朝鮮の核・ミサイルの脅威を取り除くかということにあり、問題の本質は「交渉による解決」を可能にできるかということだ。

北朝鮮は過去にロシア、中国、日本といった周辺大国に蹂躙されてきた歴史を持つ。強いもの、大きなもの、力による押しつけには強く反発をする。

私が拉致被害者や核・ミサイル開発の問題で、北朝鮮との一年に及ぶ水面下の交渉で心がけてきたのもこの点だ。相手を脅すよりも信頼関係をつくることが交渉妥結の早道である。北朝鮮の米国に対する反発は異常なほど強いことは米国も理解するべきだ。

国内に「強さ」示すことが必要な金書記 シナリオ実現の実働部隊欠くトランプ大統領

三つ目の理由は、金正恩第一書記にとり「強さ」を示すことが国内的に必須なことだ。

北朝鮮は完璧な情報のコントロールを行うとともに、恐怖政治により国民の不満を抑え続けてきた。だが金日成から金正日、金正恩と三代続くに従い、カリスマ性は薄くなり、強権に依存する度合いも強くなってきた。

いまだ指導者の地位に就いて日も浅く、十分な統治経験のない若き指導者として国内の権力基盤を固めるため自分の「強さ」を示すことに躍起となっている。

核・ミサイル・対米関係・対中関係・対日関係で「強さ」を見せることが国内対策として必須と映っているのだろう。この点を顧みず国際社会が強気一辺倒で進むと、思わぬ北朝鮮の反応を引き起こす可能性がある。

四つ目は、トランプ大統領にとり国内的困難と対外関係は密接に関係することだ。

トランプ大統領は就任以来、公約実現のため行動を始めたが、政策意図表明はともかく、現実にオバマケアの改廃や予算の裏付けを得て所得減税・インフラ投資を実現に導くには至っていない。それどころか議会やメディアとの対立、さらにはホワイトハウス内部の抗争も深刻だ。

北朝鮮問題についても「軍事的オプションを排除せず強さをデモンストレーションし、中国の北朝鮮への圧力強化を図る事により北朝鮮が交渉に出てこざるを得なくする」というシナリオがスムースに動かない。

この大きな原因の一つは、シナリオを実現する準備や根回しを行う国務省幹部などの実働部隊を欠いていることにある。

また最近では大統領の人種差別問題への発言に対するへの批判も高まっており、「ロシアゲート」を巡る特別検察官の捜査結果次第では、トランプ大統領が窮地に立たされることも容易に想像し得る。

このままいけば、振り上げたこぶしを、本当に下ろさざるを得なくなるといった状況が出てくる怖れを排除することはできない。

五つ目の理由は「ツイート」と「大本営発表」の“齟齬”がお互いの計算違いを引き起こすことだ。

北朝鮮は完璧に情報をコントロールし、「大本営発表」を日常的に行い得る国だ。

その時の必要性が、「北朝鮮核ミサイルの輝かしき進展」であれば、事実かどうかは別に、すべての対外発表や宣伝は巧みに演出される。

一方で、米国の今の対外的発表ぶりは整合性を欠き、トランプ大統領の「ツイート」は感情の赴くままといった面も目立ち、慎重に練られた発表とは考えられない。他方、マティス国防長官やティラーソン国務長官が柔軟路線をとり、役割分担をしている気配もある。

しかし北朝鮮の目から見れば、民主主義国の微妙なチェックアンドバランスの動きを理解せず、トランプ大統領のツイートに絶対的な意味を与えてしまう可能性も存在する。

このように米朝とも必ずしも真実を語っていないにもかかわらず、もし水面下でチャネルが存在しなければ、双方が相手の対外発表を文字通り受け止め、計算違いが生まれる危険性がある。

(続く)