「東アジア共同体」を構築するために“日本型TPP”を促進すべき
金 ゼンマ(明治大学 国際日本学部 准教授)

2015年に大筋合意に達したTPP(環太平洋パートナーシップ)ですが、アメリカのトランプ大統領が離脱を表明し、暗礁に乗り上げています。

トランプ大統領は国内経済のことだけを考えてTPPに反対しているようですが、TPPがもっているもっと大きな意図に目を向けて欲しいという指摘があります。

◇TPPの目的は自由貿易だけではない

いま、アメリカの新大統領であるトランプ氏は、非常に保守主義的な政策を行う意向を示しています。これに危機感を覚える人は多いと思います。

それは、極端な保守主義が、20世紀に2つの世界大戦を引き起こす契機ともなった世界の保守的な経済外交を思い起こさせるからです。

私たちは、この世界大戦の反省から、ガット(GATT)を定めたり、世界貿易機関(WTO)を設立し、貿易の自由化を促進してきました。その歴史を、トランプ大統領は押し戻そうとしているかのようです。あまりにも国内経済のことにしか目を向けていない視野の狭さを感じます。

しかし、そうした保守主義では、もう国内経済を上向かせることはできないでしょう。例えば、サプライチェーンのグローバルな拡がりひとつをとっても、もう20世紀初期の状態に戻ることは不可能なのです。

広い視野で歴史を考えてみれば、トランプ大統領が離脱を表明しているTPPも、その本当の意義が見えてきます。確かに、TPPについては日本でも様々な議論があります。

その中には、TPPの自由貿易の側面のみを捉えている議論もあります。しかしTPPは、貿易の自由化を目的として関税の撤廃や削減などを目指すFTAとは異なる性格をもっています。その意義をアジアの歴史から見てみましょう。

◇日本型経済連携協定の色合いが強くなったTPP

第2次世界大戦後、ヨーロッパの欧州連合構築の動きを受け、東アジアでも共同体をつくる動きが起きます。まず、1990年にマレーシアのマハティール首相が、EAEC(東アジア経済協議体)という東アジアにおける経済グループの枠組みを提唱します。

しかし、これはアメリカの猛反対に遭います。アメリカは、東アジアに排他的な経済ブロックができ、そこから閉め出されることを懸念したのです。

その後、韓国の金大中大統領がEAEG(東アジア経済グループ)を提案したときもアメリカは反対し、シンガポールのゴー・チョク・トン首相がASEM(アジア欧州会合)を提唱したときはアジア側の足並みが揃わなくなっていました。

その間、日本の立場は微妙でした。アメリカが反対するものに積極的に参加することはできず、また、かつて大東亜共栄圏構想を基に東南アジアに進出した歴史もあり、イニシアティブをとることもできませんでした。

この状況を変えたのが、2001年に就任した小泉首相です。小泉首相は、「東アジア共同体」をいきなり提唱するのではなく、2国間の経済連携協定を提案したのです。

しかも、重要なのはこの協定が自由貿易を主目的としたFTAではなく、例えば、投資、人の移動、知的財産の保護、競争政策におけるルール作りなど、様々な分野での協力を含む経済連携協定(EPA)であったことです。

つまり、貿易の自由化だけでなく、相手国の経済発展を促し、それによって政治的安定を実現し、ガバナンスの向上を目指すことを意図していたのです。このEPA協定は、まず2002年にシンガポールと結ばれます。

当時の日本にとって、シンガポールと協定を結んでも経済的メリットはほとんどありませんでした。

しかし、小泉首相の意図は、こうした2国間のEPA協定を広げていくことで、東アジア経済共同体を構築することにありました。実は、こうした効果をスピルオーバー効果といいます。

1950年代末にエルンスト・ハースらが提唱した理論で、例えば、A国とB国が経済的に協力して統合し、信頼関係を築いていくと、この経済統合はやがて社会的な統合につながり、さらに、それを見ている近隣国にもその関係が拡散し、地域の政治統合につながっていくことを理想とする理論です。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170824-00010000-meijinet-soci

>>2以降に続く)