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EUも、このスピルオーバー効果に基づいてつくられた枠組みです。日本は、シンガポールに続き、2005年にメキシコ、2006年にマレーシア、2007年にタイ、2008年にインドネシア、と次々に協定を結び、現在は15のEPA協定が発効済みとなっています。

ところが、こうした状況に変化が起きたのが、TPPへのアメリカの参加です。

もともとTPPは、P4と呼ばれる小国(ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール)がつくった枠組みでしたが、先に述べたように、東アジア経済圏から閉め出されることに懸念をもっていたアメリカは、環太平洋という枠組みなら自らも参加でき、ルールセッティングできることに目を付けたのです。

私たちアジアの人間は、アメリカの目がそれほどアジアに向けられているとは思っていませんが、実は、アジアは世界からエマージング・マーケット(新興国市場)とみなされ、注目されているのです。

つまり、自由貿易だけでなく、知的財産権や環境、労働などの分野でもルール作りが行われ、非常にハイレベルな経済連携協定となったのです。TPPはEUに匹敵するような、環太平洋地域の平和構築を目指す枠組みになったといえるのです。

アメリカが参加したのを受け、日本も2013年にTPPに参加します。ここで重要なのは、アメリカや日本が参加したことで、TPPの条項は日本が進めてきたEPAに非常に近くなったことです。

◇「東アジア共同体」に向けて日本はリーダーシップをとるべき

実は、TPPには中国を牽制するという狙いもあります。TPPの条項が非常に民主主義的で、ハイレベルな内容になっているのは、東アジアのマーケットにおいて主導的立場をとりたいアメリカが、中国がTPPに参加できないようにして、中国を封鎖しようとしているともいわれています。

しかし、中国もRCEP(東アジア地域包括的経済連携)の推進や、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の設立、「一帯一路」構想によって対抗します。

一帯一路とは、中国から中央アジア、ヨーロッパをつなぐ「シルクロード経済ベルト」を一帯、中国沿岸から東南アジア、インド、アラビア半島、アフリカ東岸をつなぐ「21世紀海上シルクロード」を一路として、この2つの地域の貿易促進を図る壮大な経済圏構想です。

ところが残念なことに、この構想は自由貿易を主目的としており、経済連携によって地域の政治的安定を実現し、ガバナンスの向上を目指す、TPPのような理念はありません。つまり、中国の経済効果を目的とした、レベルの低い貿易協定ともいわれているのです。

日本の軸足はEPAからTPPへと移り、アメリカの離脱表明によって、それも揺らいでいます。しかし、TPPには環太平洋のみならず、東アジア共同体を実現する大きな可能性があります。

アメリカが本当に離脱しても、日本が主導して発展させていくべきでしょう。実は、ASEANには、ASEAN主導でアジアに共同体をつくるべきだという強い思いがありました。しかし、経済の格差や、ASEANディバイドといわれる亀裂が起こり、ASEANもひとつにまとまることができないのです。

マレーシアのマハティール首相が提案したEAECが挫折した経緯もあり、日本にリーダーシップをとって欲しいという動きに変わりつつあるといいます。

日本にとって注意すべきは、アジアの人々には、日本が大東亜共栄圏の名の下に進出してきた記憶があることです。この記憶は簡単に消えるものではありません。日本の国益を全面に出しては、反発を生むでしょう。

アジアの人々と同じ立場で発言し、一緒に経済やガバナンスを向上させていこうという動きこそが重要だと思います。日本国内にもTPPに反対する声があるのはわかります。しかし、東アジアの平和構築が、長い目で見れば日本の国益につながることを考えてほしいと思います。

また、トランプ大統領がいう2国間協議が簡単にまとまるとも思えません。むしろ、アメリカはアジアのエマージング・マーケットに注目し、中国の台頭に神経を尖らせてきたのです。

最後に、私はアメリカがTPPから本当に離脱するのか疑問に思っています。もう、保守主義で国内の経済を好転させられる時代ではありません。

TPPの内容はそのまま、TPPという名称を変えた新たな経済連携協定を立ち上げ、協議を再開する可能性もあるのではないでしょうか。

金 ゼンマ(明治大学 国際日本学部 准教授)

(おわり)