「あったものをなかったことにはできない」――これは、加計学園をめぐる問題での政府の対応に限らない。歴史的事実についても然り。「あったものをなかったことに」すれば、歴史の教訓を今や未来に生かす機会を奪いかねない。そんな心配が現実のものになりつつある。

●東日本大震災時にも流布された悪質デマ

小池百合子東京都知事は、毎年9月1日に市民団体などで構成する実行委員会主催の「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に、都知事名での追悼文を送るのを断った。

これまで、石原慎太郎氏、猪瀬直樹氏、舛添要一氏ら各知事が実行委員会の要請に応えて追悼文を送っており、昨年は小池氏も送っていた。それをあえてやめる理由を、彼女は記者会見でこう語っている。

「3月に関東大震災と都内の戦災遭難者慰霊大法要に出席をしている。その場で都知事として、関東大震災で犠牲となられたすべての方々への追悼の意を表した」

一見「すべての方々」を平等に遇するかのような物言いだ。だがこれは、アメリカで批判を浴びているドナルド・トランプ大統領の話法とよく似ている。白人至上主義者のデモが反対派と衝突し死傷者が出た後、トランプ氏は「どっちもどっち」という趣旨の発言を行った。

反対派の側にも気の荒い者はいただろう。彼らの抗議の手法に注目し、双方も同じように批判してみせることで、人種差別という根源的な悪から目をそらした。もしくは、その問題性を薄めて小さく見せようとした。

一方の小池知事は、虐殺の被害者を「関東大震災で犠牲となられたすべての方々」の一部に組み入れることで、虐殺の事実を見えにくくし、あるいは「なかったこと」のように扱う。

記者からは、「『大震災の時に朝鮮人が殺害された事実が否定されることになる』という批判があるが」という質問も出た。これに対し小池氏は「さまざまな歴史認識があろうかと思う」と応じ、「事実」を「歴史観」の問題にすり替えた。

被害者は、地震の犠牲になったわけではない。大地震を生き延びた後に、「朝鮮人が暴動を起こす」「井戸に毒を入れた」「爆弾を準備している」「放火した」などの流言飛語が出回り、人の手で惨殺された。しかも、流言飛語の拡大には政府、警察、軍も関わった。警察署内で惨殺された者もいた。

当時、警視庁幹部だった正力松太郎氏は、後に「朝鮮人来襲の虚報には警視庁も失敗しました」と率直に認めている。さらに、新聞も「不逞鮮人」の暴動や放火情報を報じ、虚報の流布に一役買ってしまった。

今でも、大地震などの災害が起きると、さまざまな流言飛語が出回る。

東日本大震災の時も、すさまじい量のデマが飛び交った。評論家の荻上チキ氏は、著書『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書)で、この時のデマを集め、それが拡散していく状況や対応策などを具体的に紹介・分析している。

それによると、この時にも、やはり「阪神淡路大震災のとき、朝鮮人によるレイプ多発。みなさん、気をつけて」など、事実無根の外国人犯罪に関する流言・デマが流れ、「善意の人」の手で拡散された。

今年1月16日付河北新報電子版の報道によると、仙台市内で行われた調査で、回答者全体の半分以上が「被災地で外国人窃盗団が横行している」「外国人が遺体から金品を盗んでいる」など、「被災地で外国人の犯罪があるといううわさを聞いた」と答えた。

そのうち、このうわさを信じた人は86.2%に上る。年齢や性別で大きな差はなく、情報源は口コミがもっとも多く、続いてインターネットだった。

「宮城県警によれば、震災があった年に外国人犯罪が増えたという事実はない」とも同紙は伝えている。

広島の土砂災害や茨城県常総市などの水害の際も、外国人による窃盗団のデマが流れた。

災害がもたらす被害と衝撃、今後の生活についての不安、避難生活の疲れなど、人々は極限状況に置かれているうえ、真偽を確かめる術が限られているため、デマは出回りやすく影響を与えやすい、といえるだろう。

だからこそ、「災害時のデマは人の命さえ奪う」という教訓として、関東大震災の朝鮮人虐殺の事実は、きちんと語り継いでおく必要があるのではないか。

http://biz-journal.jp/2017/08/post_20371.html

(続く)