北朝鮮は3日、水爆実験を成功させたと発表した。このニュースを読んだのは、ピンクの韓服と轟くような威圧感たっぷりの声で日本でもお馴染みの、北朝鮮国営テレビのベテランアナウンサー、李春姫(リ・チュニ)氏だ。すでに引退したはずなのに、重大ニュースとなるとかならず駆り出されるこの謎多き存在に、欧米メディアが注目している。

◆北の名物アナ。欧米での愛称は「ピンクレディ」
 ガーディアン紙によれば、李氏は1943年生まれの74才で、北朝鮮南東部の貧しい家庭に育った。演劇関係の大学でパフォーマンスアートを学んだ後、1971年に、まだ黎明期にあった国営テレビに入社している。ワシントン・ポスト紙(WP)によれば、同氏は「北朝鮮の声」、「国民的アナウンサー」と形容されており、40年以上にわたって北朝鮮唯一のテレビ局でもっとも有名なアナウンサーとして君臨している。いつもピンク色の韓服(朝鮮のフォーマルドレス)を着ていることから、欧米では北の「ピンクレディ」とも呼ばれているそうだ。

WPは、何よりも彼女を有名にしているのは、残忍で抑圧的な政権のメッセージを伝える、その豊かで堂々とした声だと述べ、トレードマークの大げさかつオペラ調のスタイルで、核実験を発表し、敵国を非難し、3代にわたる北朝鮮のリーダーたちの人生と偉業を語ってきたと説明している。

 北朝鮮の国営誌「Chosun Monthly」は、「温かな愛と信頼をもって」、威厳ある声を作ることを李氏に要求したのが、北朝鮮建国の父、金日成氏だったとしている。2009年にロイターが訳した「Chosun Monthly」の記事には、「李がレポートや声明を発表すれば、敵は恐れで震え上がるだろう」と記されていたということだ(WP)。

◆声に正恩氏も感心?粛清をサバイバル
 WPが引用したブログ「北朝鮮リーダー・ウォッチ」によれば、李氏は1980年代からテレビにレギュラーで出るようになり、お天気から政府のイベントまですべてのニュースを読んでいたということだ。アナウンサーとして不動の地位を勝ち取った彼女は、長いキャリアの中で、1994年の金日成氏死去、2011年の金正日氏死去を経験している。特に、金正日氏死去は、彼女のキャリアのなかでもっとも有名な出来事であり、黒い韓服を着て、声を震わせすすり泣きながらニュースを読んだとWPは回想している。ガーディアン紙も、いつも好戦的な彼女が、このときばかりは涙を見せた、としている。

「北朝鮮リーダー・ウォッチ」は、李氏のすごさは、北朝鮮の政権で定期的に訪れる粛清から生き延びたことだと述べている。李氏は、多くの同僚や上司が解雇されたり、降格したり、再教育に送られたりするのを実際に見てきたはずだという。ガーディアン紙は、李氏のメロドラマ的なニュースの伝え方は、現リーダーの金正恩氏から称賛され、このことが世界でもっとも残忍な政権と評される北朝鮮で生き延びるのに不可欠だった、としている。

◆引退撤回? 重大ニュースを語れるのは、やはり彼女
 WPによれば、李氏は実は2012年にアナウンサーを引退しており、現在は「比較的豪華な」生活を家族と送り、後進の指導にあったっているが、7月のミサイル発射、5回目の核実験、そして3日の水爆とされる核実験など、政府は特別な発表となると、彼女にニュースを読ませている。

 ジョージタウン大学のビクター・チャ氏は、「政権が彼女を呼び戻したということは、現リーダーの祖父の、ハードライン冷戦時代のイデオロギーへの回帰を政権が強く望んでいることの表れではないか」とウェブメディア『Mashable』に昨年語っており、決して偶然ではないとしている。

「北朝鮮リーダー・ウォッチ」のマイケル・マッデン氏は、核実験成功などはトップレベルの発表で、北朝鮮が特に誇りとし、最高のプロパガンダ価値を持つと述べ、国内外にこのようなニュースを発信する役は、やはり李氏だとロサンゼルス・タイムズに語っている。

Text by 山川真智子

https://newsphere.jp/national/20170907-4/
Sep 7 2017.09/07

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北朝鮮のピンクレディー