祖父から続く悲願

端川市と言っても、知らない方が大半だろう。日本の街ではない。「タンチョン市」と読み、北朝鮮の北東部、日本海側に面している。地下資源に恵まれ、化学・工業地帯に位置付けられている。

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この端川市でダム・水力発電所の建設に関する巨大事業がスタートし、国内外の両方で多くの注目を集めている。無謀極まりない計画とされ、実際に建設が進めば、万単位の死亡者が出てもおかしくないという。最悪のシナリオが現実のものとなれば、金正恩体制が大きなダメージを受けるのは必定だ。北朝鮮の強制収容所問題を追及する宋允復氏が言う。

「計画は金正恩の祖父、金日成の頃から立案されていました。しかし建設に着工することさえできず、次代の金正日も基礎的なダムと発電所を一つずつ完成させるので精一杯でした。

ところが、それが今になって、全計画を現実のものにすると言うのです。理解に苦しみますが、金正恩は、祖父や父でも成し遂げられなかった巨大事業を、自分が成功させてみせると意欲を燃やしているのかもしれません。ですが、それはあまりにも無茶です」

まず北朝鮮の発表から見てみよう。朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は17年5月19日、端川発電所の建設着工式が行われたと報じた。

《端川発電所の建設は、祖国の北部全域の険しい山を貫き、数百qの水路を形成して(略)河川の水を効果的に利用するための基本的なダムと発電所を建設する膨大な大自然改造戦である》

いかにも北朝鮮のメディアらしい文章だが、この調子で延々と続いていくにもかかわらず、肝心の建設計画ついての説明は全く存在しない。ならば、今度はアメリカ政府系の「ラジオ・フリー・アジア」が5月26日に放送したニュースを引用してみよう。

《端川発電所が去る5月19日に着工式を行い、工事に入りました。この発電所は、総発電容量が200万kwのカスケード発電所です。端川発電所の建設は、北朝鮮建国以来最大の土木工事として知られています》

日本人には信じられない巨大計画

報道では発電所の建設には、現時点で青年突撃隊約1万人と、従業員が3万人ほど従事していると明かし、その上で《端川発電所の建設が成功するかどうかが、金正恩政権の民心の行方を決定し得るし、したがって、金正恩体制の運命に影響を与え得る》と解説している。指導者層にとっても一種のギャンブルという巨大事業なのだ。

別の消息筋は、そもそも端川発電所の設計は、植民地時代に日本側が手がけたものだが、《膨大な作業量と地理的不安定のために建設を放棄した》と証言。更に《金日成も1980年代に西海閘門、端川発電所のいずれを建設するのかをめぐりかなり苦心したと聞いている》とも明かしている。

ラジオ・フリー・アジアが明らかにした建設計画を、箇条書きにしてみよう。

@端川発電所は160kmの水路を通し、落差を利用して電気を得る。8つのダムと発電所が建設される。
A一日平均の建設労働者は40万人。完成すると合計の発電容量は200万kw。
A2020年までに完成する計画だが、たとえ人材と資材が確保されたとしても2025年までに完成するのは難しい。
B建設に必要な人材とセメントの量も膨大だが、数十万トンを超える鉄筋を適時に確保できるか疑問。
C流動的な地質層と石灰岩層も工事中断の要因で、建設に失敗すれば、金正恩政権には大きな打撃。

日本は島国であり、北朝鮮はユーラシア大陸に位置している。簡単な比較はできないが、それにしても示される数字は、我々にとっては信じられないものばかりだ。

まず総発電量200万kwと言うが、日本では揚水式の最大が奥多々良木発電所(兵庫県朝来市)で193万kw。揚水式を除くと、奥只見発電所(福島県檜枝岐村)で56万kwだ。ちなみに奥只見ダムは日本一高い重力式コンクリートダムで、小説『ホワイトアウト』(真保裕一・新潮文庫)のモデルという説もある。

原発を2基作れば終わり

揚水式の水力発電は夜間の余剰電力を使って水をくみ上げ、日中に発電する。電力不足に悩む北朝鮮に余分の電力などないだろう。非揚水式と推測しても問題ないはずだ。

https://www.dailyshincho.jp/article/2017/09220610/?all=1

>>2以降に続く)