航空機燃料の全面禁輸と在米資産の凍結に続き、石油全面禁輸 こう書けば、だれもがトランプ政権の北朝鮮向け経済制裁を想像するだろう。さにあらず。実は対日制裁なのだ。

今から77〜76年前、ルーズベルト米大統領が中国侵略と東南アジア軍事侵攻を加速する日本政府に実施した制裁内容だが、北朝鮮制裁といかによく似ているか。経済封鎖の果てに起きたもの、それは真珠湾攻撃による開戦だった。

国連安全保障理事会は9月11日、6回目の核実験を実施(同3日)した北朝鮮に対し、石油輸出の3割削減や繊維製品の輸出禁止などを柱にした制裁決議案を全会一致で採択した。対北朝鮮の制裁決議は9回目。原案にあった石油全面禁輸からは後退したが、安保理が石油規制に踏み込んだのは初めてだ。金正恩・労働党委員長を制裁対象に指定する案は見送られた。あからさまな敵対行動とみなされかねないからだ。

全面禁輸の断念は、中国とロシアが強く反対したためだが、アメリカはそれを承知で、高めのハードルを設定した。ヘイリー米国連大使は決議に際して、アメリカは北朝鮮との戦争を求めておらず、北朝鮮が「後戻りできない地点」まで至ったとも考えていないと語った。アメリカが対話による外交を断念していない証しである。

「新聞は北朝鮮への石油禁輸を主張するが、第二次大戦で日本は『窮鼠猫を噛む』状態に陥った。それを経験している日本が北朝鮮に同じことをやれと言っている」

石油の全面禁輸に反対する理由をこう説明するのは元中国大使の丹羽宇一郎氏である。制裁には即効性はないが、ボディーブローのように効き始める。今年は干ばつで、コメが不作とされる北朝鮮経済に負の影響を与えるのは間違いない。

追い詰められたネズミ(窮鼠)は、強大な「猫」に歯向かう ?? 戦争を回避するには追い詰めてはならない。75年前の教訓だ。

経済制裁するなら「出口」の設定を

北朝鮮が初の核実験を行った2006年10月、国連安保理が採択した「1718」決議は、贅沢品の禁輸など「経済制裁」を初めて盛り込んだ。それから10年余。核・ミサイル開発は中止されるどころか、開発速度と技術の向上は目を見張る。

経済制裁が、目的達成の「有効な手段」と考える国際政治の専門家はほとんどいない。 「成功例は『3割程度』」とみる岩月直樹立教大教授は、「有効な手段と考えるのは現実的ではない」と書く(『国際法で世界がわかる:ニュースを読み解く32講』「北朝鮮に対する経済『制裁』?」)。外交交渉や対話とのセットでなければ、有効性は発揮できないのだ。今回の制裁も同様だ。

経済制裁は、武力行使に比べれば一見穏健な手段にみえる。しかし、武力行使を回避するために制裁するなら、その先の「出口」をきちんと見据えなければならない。

平壌が核搭載の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発を急ぐ意図は、北米への攻撃自体にあるわけではない。体制転覆や壊滅を抑止するという動機ははっきりしている。一見、無謀な挑発を繰り返しているよう見えるが、軍事衝突を回避するため時期や場所、ミサイルの種類を慎重に選んでいる。ある歴史学者は北朝鮮の行動様式を(1)体制温存(2)尊厳の維持(3)意表を突く??の3点から説明したことがある。

この行動様式を踏まえれば、彼らが考える「出口」が、朝鮮戦争の「休戦協定」を「平和協定」に替えること。アメリカと日本との「関係正常化」による体制保障にあることは鮮明だ。2002年の小泉訪朝は、打開につながる糸口を開いた画期的外交だった。

浮上する核上限・凍結論の現実性

金正恩政権を圧力と経済制裁で締めあげれば、北が「音を上げる」と信じる者は、トランプ政権ですら皆無だろう。代わりに出ているのは、スーザン・ライス前米国連大使ら前政権の専門家が主張する北朝鮮の核保有を前提にした「核上限・凍結論」である。

北の核保有を認めれば、NPT(核不拡散条約)体制が崩れ、日本、韓国などへの「核ドミノ」につながるという声がある。だが米政権がドミノを容認する可能性は限りなくゼロに近い。「核の傘」という同盟の絆が失われ、アメリカの優位を揺るがすからである。

今年4月に始まった今回の核危機で、鮮明になった変化がいくつかある。

https://www.businessinsider.jp/post-104771

(続く)