北朝鮮の工作説まで浮上する「ヘイト本」が売れる“闇”

大昔、「ビジネス社」という出版社から『小説 土光臨調』(1982年11月20日初版)という本を出した。小さな会社だが、「時々の流れ」をいち早くキャッチするのが上手で、本もそこそこ売れて、その後、角川文庫に入った。僕にとっては、出版を勧めてくれたビジネス社には恩を感じている。

だから『沖縄を本当に愛してくれるのなら県民にエサを与えないでください』という本が、ビジネス社から出ている!と聞かされ、あ然とした。この本、シンクタンク「沖縄・尖閣を守る実行委員会」代表と名乗る惠隆之介氏と、経済評論家の渡邉哲也氏の共著。

「沖縄に忍び寄る覇権国家・中国の魔の手」「裏切りの県民性の闇」「沖縄と日本を売る職業・左翼の闇」といった文句が躍る。「オキナワは右も左も金の亡者ばかりだ」と基地反対の沖縄県民を痛烈に批判している。

タイトルからして、俗に言う「ヘイト本」の流れではないか?それにしても、同じ日本人が沖縄県民に向かって「エサをやるな」と表現するのは、あってはならない「究極の民族差別」ではないか――。

確かに、韓国や中国をボロクソにこき下ろせば本は売れる!と思い込んでいる出版人がいる。嫌韓・嫌中本が次々に出版されている。今度は「嫌沖」で一儲(もう)け!という向きがあってもおかしくない。

しかし、である。この本は「言葉の感覚」が麻痺(まひ)している。あのビジネス社がこんな本を出すなんて……情けなくなった。

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本屋に行くと、異様に長いタイトルの本が並んでいる。例えば、『韓国は日米に見捨てられ、北朝鮮と中国はジリ貧』『教えて石平(せきへい)さん。日本はもうすでに中国にのっとられているって本当ですか?』――。この異様にタイトルが長い本は、ほとんど韓国や中国への露骨な嫌悪感を表したヘイト本。特定の民族を一括(くく)りで批判する本である。

どこの民族にもマイナス面はある。紳士の国イギリスでも、日本でも「恥ずかしい部分」がある。そのマイナス面を並べ立てる手法で一冊の本にする。「お手軽」である。しかし、お手軽本はまず売れない。共感を呼ばないから売れない。

ところが今年、なぜか「お手軽本」が売れている(という評判だ)。その筆頭が、ケント・ギルバート氏の『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』である。今年2月に書店に並び、40万部売れた(と聞かされた)。「儒教」なんて難しい言葉をタイトルに使っているが、要するに、悪口のオンパレード。適当に「日本国絶賛」もちりばめている。

何で、こんな「いいかげんな本」が支持されるのか、僕には分からない。あえて言えば、金王朝の北朝鮮、トランプ大統領のアメリカだけでなく、世界的に「排他主義」が流行(はや)りなのかもしれない。

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『夕刊フジ』もそうだ。政治欄の中には、嫌韓、嫌中ものがたびたび登場する。数年前まで、この夕刊紙を愛読していた。この新聞にしか見られない「ユニークな政治感覚」が好きだった。これは、右とか左とかは関係ない。知り合いの記者もいた。

ところが、いつごろからか反韓国、反中国になり、気がつけば、恒常的な「扇動新聞」に成り下がったように見える。例えば、手元にある9月20日付の記事の4面の見出しは「深谷隆司元通産相激白  韓国・文政権は狂気の沙汰 同じテーブルに着くのは、やめていい」とブチ上げている。読んでみると、ニュースではない。別に新しい見方でもない。

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2016年6月、ヘイトスピーチ解消法が施行されたが、ヘイト本は姿を消さない。その理由は、ヘイト本がなぜか一定の売り上げがあるかららしい。なぜ、売れるのか?

想像するに、ある集団が「ヘイト本」を応援する。例えば、ニュースサイトのコメント欄に反韓国、反中国、果ては反沖縄の書き込みをして世論を煽(あお)る。その集団が「呼び水」として一定の部数を買い占める、と見る向きもある。あり得るだろう。

安倍政権に近い右寄りの集団の仕業と見る向きもあるし、最近では、北朝鮮のサイバー部隊が日本人になりすまし、「反韓国」の世論を作っている!という“分析”まであるらしい。

https://mainichi.jp/sunday/articles/20170925/org/00m/070/003000d

>>2以降に続く)