一滴の石油も出ない韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が6月に打ち出した「脱原発政策」が早くもいつ壊れるか分からない薄いガラスのようになってきた。

自ら中断に追い込んだ新規の原発建設工事に再開の道筋をつけてブレ始めたばかりか、脱原発実現までの道のりが「60年以上」と長く、無責任さが露呈。その一方、原発輸出に力を入れる矛盾も指摘され始めた。文氏にとって「脱原発」は絵空事なのか−。

「公約は(建設を)白紙化することだったが、多額の費用がかかっていることもあり、工事を続けるか世論調査を通じて決定する」。文氏は8月中旬、工事が中断している新古里(シンゴリ)原発5、6号機についてこう述べ、脱原発の急激な推進を自ら否定した。

最終的な方向性は10月中に示されるとみられるが、工事再開の道を残した突然の方針転換で、脱原発宣言もトーンダウン。「本音がどこにあるのか」と関係者は首をかしげる。

南部釜山郊外の海岸にある古里(コリ)、新古里両原発。ずらりと並ぶ巨大なドーム状の原子炉は「運転終了」「建設中」を含めると、計10基に上る。ここは韓国で最初の原発が設置された「発祥の地」。総発電量の30%を担ってきた韓国原発の象徴的な場所だ。

独自の技術で開発した次世代原子炉「APR−1400」の導入に向け昨年6月に着工した新古里5、6号機の工事現場では、岩盤を砕く発破音は止まり、作業員の姿も見えない。脱原発宣言後、工事が中断したためだ。韓国産業通商資源省によると工事の進捗(しんちょく)度は約3割、1兆6000億ウォン(約1550億円)が投じられた。

韓国紙の中央日報(日本語電子版)によれば、工事の一時中断に伴う損害賠償は1000億ウォンに上る。既に投下した「埋没費用」は2兆6000億ウォンと推定されるが、建設が中止となった場合の責任は誰が取るのか定かではない。政府決定ならば国民の税金で埋めることになるとの不満の声も聞かれる。建設などに従事する労働者5万人が雇用を失うという。

突如、工事再開の道を開いた文氏の様変わりは、国民から非難を浴びやすい税金負担や雇用問題に配慮したとの冷めた見方も少なくない。

また、文氏の計画には実効性を疑問視する声も多い。脱原発社会が実現するのは2079年以降。20年代に全基停止を目指すドイツや台湾と比べ、あまりにも緩やかだ。

代替エネルギー源を確保するための十分な時間があり「現実的」との評価があるものの、大統領の任期は22年まで。現政権が実現に向けて実行できることはほぼないに等しい。文氏の後に、原発推進派の政権が誕生すれば、白紙撤回される可能性も高い。

さらに、脱原発は電気料金を引き上げかねない。朝鮮日報(同)によれば韓国の産業用電気料金は日本の約60%という水準。

漢陽大の金慶●(=矢の大が母、右に攵)教授(エネルギー安全保障)は「韓国は電気料金が非常に安いから産業の国際競争力が強い。脱原発が進むと料金が上がり、半導体工場や造船会社などが中国にさらに移転する可能性がある」と指摘する。発電コストの安い原発を止める代わりに、発電燃料となる石油や液化天然ガス(LNG)の輸入を増やさざるを得ないからだ。

一方、韓国は「世界3大原発強国」に挙げられる。世界最高水準の原発技術が認められ、中央日報(同)によると、04年に1951万ドル(約22億円)だった原子力産業関連輸出は15年には1億5063万ドルへと飛躍的に伸びた。

最近ではアラブ首長国連邦(UAE)に続き、英国に対しても原発輸出の可能性が高まっていると報じられた。しかも英国の原発事業者は、新古里5、6号機に投入予定の「APR−1400」で英国原発への参入を打診しているという。英国進出が実現すれば、これを足がかりに東欧や中東を経てアフリカ、中南米にも原発輸出の道を開くことができる可能性もある。

同紙(同)は「新古里5、6号機の行方次第でこの夢は水の泡になる」と強調する。国内原発建設が中止されれば、技術力の衰えは火を見るより明らかだからだ。人材が流出する可能性もあり、その場合の受け皿は世界の原発市場の技術主導権を掌握したい中国になると見立てる。

http://www.sankei.com/premium/news/171010/prm1710100001-n1.html

(続く)