「海外初心者」丸出しで…

ネパールの首都カトマンズの中心部に、ホテルやレストラン、土産物屋や旅行社が軒を連ねるタメルという地区がある。80年代のヒッピーブームの頃から、世界各国のバックパッカーや登山者、長期滞在者を集め、今も根強い人気を誇るツーリストエリアだ。

近年、そんなタメルに異変が起きている。一昔前までは、ほとんど見かけることのなかった中国人観光客が、どっと押し寄せてきているのだ。

所得の向上や受入国側のビザ要件の緩和に伴い、中国の海外旅行者数は増加の一途をたどっている。2005年には3000万人程度だった出国者数が、2015年には1億3000万人強と、10年間で4倍以上の増加。旅行好きで知られるドイツ人の出国者数8000万人を軽く抜き、世界最多の海外旅行者を排出しているのである。

彼らの渡航先は、香港・マカオ、タイ、韓国、日本などのアジア周辺地域や欧米などで、全体の80パーセントを占める。それに比べれば、ネパールを旅先に選ぶ人の数は格段に少ないのだが、それでも12万3000人(2013年)に上る。

もっとも多いインドからの旅行者13万5000人、3位の米国からの旅行者4万9000人、6位の日本からの旅行者2万5000人と並べてみると、中国人旅行者が占める割合はかなり高いといえる。

ネパール旅の形態は、バックパッカーをはじめとする個人旅行が主流だが、中国の人々は、たいていパッケージツアーのスタイルだ。しかも、老若男女が入り混じった大団体。その大半が海外旅行の初心者である。

初の渡航先を、香港・マカオ、タイ、韓国、日本、欧米といった人気の地ではなく、いかなる理由でネパールを選ぶかといえば、ズバリ、予算の都合だ。

日本のネパールツアーの相場は、1週間で27〜28万円である。一方、中国のツアーは、15万円程度と10万円以上も安い。これほど差が開いているのは、さまざまなところで経費が抑えられているからである。

一体何を「爆買い」するのか?

こうした中国人観光客の急増に伴い、タメルの雰囲気がずいぶん様変わりしてしまった。ひとつめは街並みである。レストランやホテルが雨後の筍のようにオープンし、一角が中華街と化しているのだ。

経営者は、本土から移住してきた人たちである。メインターゲットの中国人観光客に加え、中華レストランは現地で働く中国人の食堂としても機能している。夕食時になると、タバコの煙が充満するなか、口角泡を飛ばしておしゃべりに興じる中国の人々で満員となり、ここがネパールであることを忘れてしまいそうになるほどだ。

ふたつめの変化は、ネパールの人々の日本人への対応である。

ネパールにおいて、日本人旅行者は礼儀正しく穏やかと評され、好感度が高い。ゆえに、タメルの通りを歩くと、3分置きぐらいに「コンニチハ〜」と、片言の日本語が飛んでくる。声の主は土産物屋の客引きだ。そう。日本人の人気の理由は、その国民性もさることながら、ジャパンマネーを期待してのことでもあるのだ。

ところが、それも今は昔。ここ数年、「コンニチハ〜」と声をかけてくれる人がめっきり減ってしまった。この8月、ネパールを訪れた際も、1時間ほど歩いてみたものの、「コンニチハ〜」の声を聞くことは1度もなかったのである。

代わって盛んにかけられるのが「ニーハオ」だ。日本人であろうと、韓国人であろうと、東洋人と見て取ればとりあえず「ニーハオ」。「コンニチハ〜」は「ニーハオ」に、すっかりとってかわられてしまったのである。

理由はしごくシンプルだ。中国人観光客の急増は前述したとおりだが、そんな彼らの購買意欲はネパールにおいても遺憾なく発揮されている。「ニーハオ」の台頭は、要するに、土産物屋の心が、ジャパンマネーからチャイナマネーに移ろったことによる現象なのだ。

一時期、日本でも中国人の爆買いツアーが話題になった。家電製品、腕時計、医薬品、化粧品、食品などが買い求められていたようだが、そうした高性能・高品質商品はネパールにはない。では、いったい何を買いまくっているのかといえば、他国の旅行者のニーズとずいぶん異なるものが好まれているようだ。

タメルで長年、土産物店を営むA氏がホクホク顔で語る。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53229

(続く)