「政治犯を釈放しろ!」。気温約30度。絡み付くような蒸し暑さの中、香港中心部の大通りにシュプレヒコールが響く。中国が国慶節(建国記念日)を迎えた1日、香港への締め付けを強める中国に抗議して、市民ら数千人がデモ行進した。国慶節を祝う赤い中国国旗に対抗し、参加者は黒い服を着用。「反暴政」などのプラカードを掲げて約3キロを練り歩いた。

「香港の自由はどんどん狭まっている。このまま中国化するのは本当に心配」。デモの様子をビデオカメラに収めた女性がつぶやいた。香港中文大3年の学生(20)。大学の新聞研究会の研修で取材したのだという。

一緒にいた女子学生(20)はマスコミ志望。今は自由な報道ができる香港だが、将来、中国本土のように報道機関が共産党の指導下に置かれる可能性は否定できない。そうなれば党批判はタブーだ。「記者になって何ができるか…」。不安は尽きない。

中国の習近平指導部は2014年の大規模民主化デモ「雨傘運動」以降、経済協力拡大と締め付けという「アメとムチ」で香港市民の不満を封じ込めようとしてきた。しかし、香港生まれの若者たちは、そうした中国の対応に不信感を強めている。

8月、雨傘運動の学生リーダーだった若者3人が実刑判決を受けて収監されると、学生の間で「中国の圧力による政治弾圧だ」と反発が広まった。新学期が始まった9月には、複数の大学の学生が「香港独立」を主張する横断幕を掲げた。

若者の中国離れは経済面にも原因がある。中国の富裕層は資産保護や投機のため香港の不動産を買い進めており、マンション価格の高騰が続く。市民の半数は狭い公共住宅に暮らしているのが実態だ。「マイホームなんてとても無理。賃貸も家賃が高いし、しばらく結婚できない」。香港樹仁大4年の女子学生(22)はため息を漏らした。

香港の大手企業は、経済大国である中国との関係を重視。新規採用では共産党幹部や中国本土の富裕層の子ども、中国の高学歴者の採用を優先し、香港出身の大卒者は不利な状況に置かれているという。同大3年の男子学生(20)は「全く好きじゃないけど、中国企業への就職も考えないと」とぼやいた。

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若者がいくら反発を強めても、中国が香港への締め付けを弱める気配はない。習氏は7月、香港返還20年の記念式典で「一国二制度は堅持する」と述べる一方、「一国が根であり、根が深く張った木に葉が茂る」と強調。国家統一が香港の「高度な自治」より優先するとの考えを鮮明にした。

「香港で大きな(民主化の)動きがなければ、中国は圧力をかけてこない。香港人はもっと“一国”の自覚が必要だ」。親中派議員の黄国健さん(65)はこう強調する。若者に広がりつつある香港独立の主張について「米国の支援を受け、軍隊を持つ台湾だって独立できていない。独自の軍隊もない香港がどうやって実現するのか」と突き放した。

香港の高度な自治が認められる一国二制度は返還後50年続く約束で、残りは30年。中国への嫌悪感を強める若者は、将来の海外移住も視野に入れ始めている。

香港中文大の世論調査によると、機会があれば海外に移住したいと考える香港市民は3人に1人。理由は「政治的な争議が多い」「民主政治がない」などで、中国からの圧力やトラブルを嫌う心理がうかがえた。

香港の金融会社に勤める女性(28)は最近、台湾や日本への移住の条件について友人と情報交換している。「古里は好きだけど、香港に未来はないから」と寂しそうにつぶやいた。 (香港・川原田健雄)

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