国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長の開会式のあいさつは政治色に満ちたものだった。IOCはリオデジャネイロ五輪で難民五輪選手団(ROT)を初めて結成したことで「希望のメッセージ」を発信し、今回の平昌五輪では韓国と北朝鮮が合同で入場行進したことで「平和のメッセージ」を発信したと自賛した。

■南北融和行進を自賛
 
五輪の政治利用を懸念する声に対してバッハ会長は、IOCの取り組みは政治的な意図に無縁であることを明確にしていると強調してきた。だが、五輪のたびにスポーツを政治的な課題に絡めて語る傾向が強くなっている。この日は「多様性の中での結束は、分断しようとする力よりも強い」とも訴えた。

バッハ会長は開会式で「スポーツは人々を一つにする力がある」と話した。全てのアスリートが選手村で寝食をともにすることで新たな交流が生まれ、五輪憲章にある「平和でよりよい世界の構築に貢献」につながる。だが、政治的な課題を解決するためにスポーツがあるわけではない。

スポーツに力があるのはバッハ会長も認めるように、ルールを守る前提があるからだ。人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教などの違いを乗り越えられるのもこのためだ。

今、スポーツはそのルールが大きく侵害される危機にある。ロシアによる組織的なドーピングだ。この対策こそがバッハ会長が向き合うべき課題のはずだ。バッハ会長は「ルールを守り不正をしないことによってのみ、皆さんは心から五輪を楽しむことができる」と選手らに説いたが、説得力に欠ける。個人資格とはいえロシア選手が出場することに否定的な選手は少なくない。

南北融和ムードでの開催はバッハ会長が待ち望んだものだった。前回、ソチ五輪に北朝鮮が参加しなかったことでIOCは北朝鮮の選手が平昌五輪の出場資格を得られるように、特別支援プログラムの提供を申し出るなど働きかけてきた。「開会式をご覧になっている世界中の五輪ファンのみなさん、私たちはこの素晴らしい行進に感銘を受けました」と成果を強調した。

スポーツは外交手段としては極めて有効だ。だからこそ慎重であるべきだ。あるIOC委員は「大会後に何が起きるのかは誰も分からない」と話している。【


毎日新聞2018年2月10日 11時51分
https://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20180210/k00/00e/050/313000c